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「闘論・小学校の英語必修化」

2006年5月15日 月曜日

「闘論・小学校の英語必修化」毎日新聞2006年5月15日総合面。お茶の水女子大教授藤原正彦氏・国際教養大学長中嶋嶺雄氏。

まず、2つの一見対立する言説を並べることで、問題に対する視点の100%をカバーしているかのような(したがって新聞の姿勢は公平・中立であるかのような)見かけを作り出す記事構成にも問題がある。議論すべきは、両者ともにまるで考えていないところ、少なくともここではまったく言及していないところにあるかもしれない。
だいたい、なぜこのお二人を引っ張り出すのだろう? どちらも、紋切り型(=思考停止のしるし)のオンパレードだ。
語らせる人物を選ぶ見識という点で、新聞自体の問題であるとも言えるかもしれない。
僕はお二人の他の発言を追っているわけではないし、この記事はインタビューを記者がまとめた形になっているようだから、ご本人たちの意図を正確に伝えてはいないかもしれない。それは留保したうえで…。

中嶋「中学から大学までほぼ10年間習っても実際に使えないのは、これまでの英語教育そのものに方法、内容とも問題があるからだ。英語教育自体を抜本的に改善する必要がある。」
これ自体、誰もが口にする紋切り型で、新たな知見はない。問題は、ではどう改善するのかの認識なのだが、ここで中嶋氏が言っている中身には初習年齢を引き下げ、時間数を増やすという以上のことはない。

藤原「「英語が話せれば国際人」は大うそ。ペラペラしゃべれても自国の文化や言語を深く知らなければ、世界に相手にされない。」
そもそも「国際人」とはなんなのかが不明だし、英語をしゃべることと「国際」なんたらを等置することが奇妙な風習であることは間違いないから、前半の指摘は粗雑ではあるけれどもいいとしよう。しかし「ペラペラしゃべれても…」以下はまた典型的な紋切り型だ。この紋切り型には幾重もの問題がある。「異文化よりまず自文化」という紋切り型の欺瞞については、すでにこのブログで触れた。「ペラペラしゃべる」というオノマトペを使うのは、しゃべることの価値をことのはじめから引き下げる古典的なレトリック。まあ母語だって、「ペラペラ」という表現に見合った中身のないことしかしゃべれないやつはいくらでもいる。でもそれを充実させるべき中身がなぜ自文化にことの初めから限定されてしまうのだろう。そもそも「自国の文化」とは何か。相手にされたほうがいいらしい「世界」とはだれのことか。

中嶋「特にこの15年、ベルリンの壁が崩れ、冷戦が終焉した後、国境がすごく低くなった。ちょうどそのころIT化が進んでいった。中国で天安門事件が起きた89年、アメリカの学者の家を訪れた時、インターネットで私の英文の論文を検索してもらうと、論文がパーッと一瞬に出てきてびっくりした覚えがある。その当時はまだ、日本はそこまでいってなかった。そういう時代の急速な変化に、子どもたちを置いてけぼりにしてはいけない。」
いったい今現在のこの文脈でこのエピソードで何が言いたいのだろう? (まさか、ボクなんか英語のロンブンいっぱい書いてるもんね、ではあるまい。)89年か90年にこういうふうに言って「アメリカは進んでますよ〜」と主張していたのならまだ分かる。ネットでの検索の恩恵など、いまでは(この間、外国語教育はそのままなのに)日本でも誰でも享受しているではないか。

藤原「日本語が10できて英語がゼロ、もしくは日本語がゼロで英語が10ならいい。両方とも5しかできないのでは、米国でも日本でも使い物にならない。」
数学者とは思えない奇妙なロジックだ。日本語が15で英語が10ならいいのだろうか? あるいはそもそも、10というのは、10割、つまり「完璧」という意味なのだろうか?だとすればしかし、なぜこれがゼロサムゲームにならなければならないのだろう? それに、どんな言語でも(母語であっても)100%ということはありえない。

前にも書いたけれど、「異文化理解」という(それ自体紋切り型の)フレーズそのものにも僕は疑問を抱いている。しかしかりに異文化理解というものがあるとして、その最大の妨げになるのは、ここに両者ともあふれるほど並べている「紋切り型」ではないのか。「紋切り型」イコール誤謬ではないが、紋切り型が問題を切り開くことはない。そして何よりありうべき「異文化理解」なるものにとっては、紋切り型は最大の障害になりうる。

教育行政というものはこのレベルの言説で動いてしまうものなのだが、それが困る。一つ確実に言えることは、両者ともにすっぽり抜け落ちているのは、現場の外国語教育の中身であり、いかに外国語を学ぶか、それには何が必要かという経験と考察だということだ。とりあえずは、お二人ともに、今この時に、ご自身で、新たな外国語を学んでみられることをお勧めしたい。

…という言い方をした場合に、両者ともノらないであろうことははっきりしている。中嶋氏の場合は、早期教育を唱えているのだから、ワタシはもうトシだからダメ、と主張することが可能だろう。藤原氏の場合は、外国語教育はそれほど重視する必要はないのだ、と言っているのだから、自分自身で新たな言語を学んでみる必要などないと主張することが可能だろう。面白いことに、こうしてみると、お二人とも自身では外国語(学習)から逃げていることが明らかになる。自分自身はオリちゃってるんです。でもそういう人たちが教育を動かしちゃって(動かそうとする意図を持った言葉を語って)いいのかな?

僕自身は、小学校から始めようと中学校から始めようと、やり方次第だと考える。最大の問題は、教師に人材がそろえられるかどうか。人さえ変われば、今の制度でもそこそこ機能する教育は可能だろう。時間数や初習年齢ばかりで方法論すら両者の議論には抜け落ちているが、人が得られなければ、すぐれた方法の実践は難しいし、もちろん時間割をいくらいじってもダメだろう。教師の人材という問題をクリアしない限り、かえって子どものうちに「外国語嫌い」を増やす可能性だってある。

Podcast 「ドイツ語学習」ガイド

2006年5月3日 水曜日

iPod が、いや mp3 が世に出てきたときから、何よりこれは外国語学習に使える、と思ってきた。

podcast.gif

もともと音楽を聴いて楽しむ習慣があまりなかったからでもあるけれど、僕の mp3 プレイヤーや iPod には、いつでも音楽よりも諸外国語のサウンドデータが多く入っていたし、このブログでも iPod で外国語、という話は何度か取り上げてきた。Podcast の隆盛のおかげもあって、最近はようやく iPod で外国語を学ぶことが当たり前になってきたようだ。アップルのサイトにも、iTunes & iPodで聴くPodcast「語学学習」ガイドというページが登場している。

このページ、「英会話Podcast」と「その他外国語Podcast」のページに分かれていて、後者には独中仏西伊露語の学習向けPodcastが紹介されている。でも、とりあえずドイツ語に限って言うと、少々さびしい。

2006年5月現在そこで紹介されているドイツ語学習Podcastは2つ。
その一つPortside Station - Education - -  使えるドイツ語/Praktische Ausdruecke auf Deutsch - - -  使えるドイツ語/Praktische Ausdruecke auf Deutsch -
は横浜から発信されているらしいが、余計なイントロや宣伝が多い上に、内容的にも少し首を傾げる。なにより、昨年10月に二本出ただけで、尻切れトンボに終わっている。もう一つは Deutsche Welle が流しているものDW-WORLD.DE | Deutsche Welle - Deutsche im Alltag - Alltagsdeutsch | Deutsch Lernen | Deutsche Welle。この4月下旬から始まったばかりのようで、毎回、一つの名詞を中心とした慣用句を主に取り上げている。何が「初級」で何が「中級」かという話になるけれど、感覚的に言えば、初級の終わりから中級にかけての「副教材」という感じか。

これだけではちと寂しい。特にドイツ語「学習向け」に作られているのではないPodcastingであれば、すでに色々出てきている。以前にもこのブログでちょっと取り上げたことがあるものも含めて、僕の目に触れた範囲でのお薦めを挙げておこう。これも感覚的に言えば、いずれも「準中級」以上向けというあたりか。

Schlaflos in MünchenAnnik Rubens - Schlaflos in MuenchenはドイツのPodcastingの草分け。スタート当時から注目していたが、今やかなりメジャーになっているようだ。二十代後半(?)のAnik Rubensの軽いおしゃべりは、とても聴きやすい。


Die Zeit Audibleblog bring: Das beste aus der Zeit - Audibleblog - Die Zeit
。このドイツの有力週刊紙は、Podcasting が登場する以前の早い時期からインターネットでの音声による記事配信を意欲的に試みていた。それなりの水準の文章を、しっかりした専門家のクリアで生き生きした朗読によって聴かせるのだから、加えて無料となれば、お薦めするに値する。

NHK World Radio Japan – German News NHK (Japan Broadcasting Corporation) - NHK World Radio Japan - German News。NHK のドイツ語ニュース。毎日きっちり10分、日本のニュースをドイツ語で流す。声がやや表情に乏しいのが惜しいところだが、日本の出来事をドイツ語でいかに語るかの参考になる。NHKの他の諸言語のニュースと違って、トランスクリプトが提供されていないようなのが、学習者用には残念。

それにしても、こういった podcasting を聴いてしまうと、日本の教科書・参考書会社が出している、台本棒読みの CD なんて聴いていられなくなってしまうのだった。

言葉は使いよう

2006年4月24日 月曜日

言葉というのは実際「使いよう」だ。外国語を学んでいて、こんなセリフ、使うかなあというようなつまらない文でも、やっぱり「使いよう」なのだ。そう思ったのは、学生時代、ボンの大学にいたときのこと。英語の I love you に対応するドイツ語が Ich liebe dich であることを知っている人は日本にも多いかと思う(わざわざ英語を引いたのは、対応する日本語がその「翻訳」以外にないからだ)。教室でも、まあきみたちがこのセリフをドイツ語で使う機会はあまりないかも、とか言いつつ教えたりするのだけれど、実はこれも使いようなのだ。

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ボンの大学にいたときのこと、友人のギュンター(という名前にしておこう。ドイツ語表記なら Günther)と、学食に昼食に行った。選んだ料理をトレーに載せて、空いたテーブルに向かう途中、ギュンターはよそ見をしていて、正面から空のトレーを捧げて歩いてきた女の子にぶつかってしまった。彼女のトレーはあやうく床に落ちて食器が散らばるところだったのだが、持ちこたえた。ギュンターとイタリア人らしき彼女は知り合いだったらしい。その時彼女が彼をキッと睨みながら言ったセリフが、Günther, ICH LIEBE DICH!

直訳─するまでもないかもしれないが─すれば、「ギュンター、愛してるわよ!」。うまいなあと思った。言葉自体はまったく「状況に則した」ものではないにもかかわらず、すべてを言い尽くしている。もしかしたら、イタリアでも Ti amo! をこんなふうに使うことが案外多いのかもしれず、彼女はそれをドイツ語に「直訳」しただけかもしれない。それでも、これは僕にとっては思いも寄らない「用法」で、感心したし、コトバってのはこういうものなんだ、とその時改めて思いましたね。ギュンターはひたすら恐縮していた。

外国語の初歩の段階で習うセリフというのはえてしてつまらないものだけれど、こんな「用法」まで考えながら学んでいけば、少し面白くなってくるかもしれない。

iTunes, iPod で外国語を学習する際の小さなヒント (続き)

2006年3月8日 水曜日

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iStar Composer

オーディオ・ファイルに字幕を付けるためのソフト。

「聴く」こと、いわゆるリスニングは耳だけによってできなければならないが、まだあまりその言語の音になじんでいない場合は、文字を併せて見ることをあまりストイックに排除することもない。となると、音声を聴きながら文字が同期して(つまりカラオケスタイルで)出てきてくれたほうが便利だ。AAC の歌詞埋め込み機能とチャプタ機能を利用して、簡単にこれを実現してくれるのが上記ソフト。

istar_window.jpg

iTunes の音楽/音声ファイルを取り込み、歌詞/トランスクリプトをネット上から探させたり(iStar composer 自体にネットから探し出す機能がある)ペーストしたり打ち込んだりして用意する。あとはプレイバックを聴きながら簡単なクリック(またはキー)操作で、チャプタを作成しながら、同時にチャプタごとに歌詞/トランスクリプトのテキストを付けていく。修正も容易だ。

作業が終わったら、「ファイル」メニューから Send to iTunes を選択すると、iTunes に作成されたファイルが渡され、iTunes で歌詞/字幕を見ながら音楽/音声を聴くこともできるし、そこからさらにカラー液晶の iPod に持っていって利用することもできる。

ipod_text01.jpg
iPod nano での表示


できたファイルがどんな具合になるのかは開発元のScript Softwareのサイトの画像を見るのが一番わかりやすいだろう。サンプルのページでは、実際に歌詞の表示を見ながら音楽を聴いたり、J.F.ケネディの演説やスティーブ・ジョブズのスタンフォード講演に字幕を付けたものをダウンロードすることもできる。

ipod_text02.jpg
センターボタンを二度押しすると拡大表示される

Mac OS X 10.4 以降で、QuickTime 7.0.3 以降と Apple が配布しているChapter Toolがインストールされている必要がある。30 USD のシェアウェア。

骨粗鬆症

2006年2月9日 木曜日

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(出典)
べつに医学的な話をしたいのではなくて、スロヴェニア語の子音の話。日本語のカタカナ表記でス、ツと書かれる [s]、[ts]はそれぞれ s、c で表記されるが、シュ、チュと書かれる [ʃ]、[tʃ]は、スロヴェニア語では š、č で表す。英語では普通 sh、ch になるだろうし、ドイツ語ならば sch、tsch というなんとも不経済な表記になる。スロヴェニア語でそんな悠長な書き方をしていられないのは、これらの音があまりに頻出するばかりか、連続することも多いからだ。

特定の用途を持った施設・場所を表す単語が -išče という語尾を持つことが多く、「空港」は letališče (レタリシュチェ)、「お手洗い」は stranišče (ストラニシュチェ)。あるいは、「きみは探す」は iščeš (イシュチェシュ)。試みに最後の単語をドイツ語式に表記すると ischtschesch という馬鹿げたことになる。この š、č の連続は日本語を母語とするわれわれにも最初のうちなじみにくくて、舌を噛みそうになる。
そもそも子音の連続が多いのだけれど、こういう発音にあの動詞、名詞、形容詞の膨大な変化が加われば、もうそれは鬼に金棒なのである(何に?)。

ところで、あなたは「骨粗鬆症」がなめらかに発音できますか? 発音しようとすると、あごの骨が骨粗鬆症になって折れそうになりませんか? 少なくとも、舌を噛みそうになりませんか? (ドイツ語なら Zungenbrecher、舌を壊すもの、と呼ぶところ。)

そういう人には、スロヴェニア語学習は勧めないほうがいいのかもしれません。いや、諦めさえしなければ、案外、慣れるものです。外国語学習で何が一番大事かというと、諦めない、ということですからね。

追記:スロヴェニア語の「早口言葉」と回文のリストを見つけた。たとえば一番目、Pešci ščistite cestišče! 歩行者は道路をきれいにすること! ペシュツィ・シュチスティーテ・ツェスティシュチェ。s と š、c と č が交互に現れるととにかく厄介だ。

iTunes, iPod で外国語を学習する際の小さなヒント

2006年1月18日 水曜日

Routledge の “Colloquial…” シリーズがそうなのだが、折角の音声CDのそれぞれのトラックの前後に、よけいなナレーションが入っていたりする。“Colloquial Slovene” で言えば、肝心なスロヴェニア語の前後に英語で解説や状況説明や単純な質問が入っていたりするのだ。英語以外の言語を学びながら英語も聴くのも少しはいいかもしれないけれど、繰り返し聴くにはこれはかなり邪魔になる。日本で出されている教材で、同様に日本語で余計なナレーションが入っているものも多い。たいていは奇妙に甲高い声のおねいさんに、おそらくはそれなりのギャラを払って、なぜわざわざ余計なものを付け加えるのだろう?(前に紹介した ASSIMIL シリーズのいいところの一つは、こういう余計なものがいっさいないことだ。)
そういう不要部分をカットするには、MP3 Trimmer のようなソフトで不要部分を消してしまうのも手だが、iTunes を使っている場合は、もっと簡単な方法がある。

iTunes で編集したいトラックを選択して「ファイル」メニューの「情報を見る」を選択、「オプション」タブの画面で、「開始時間」「停止時間」を指定してやればいいのだ。
itunesoption.png
これで前後の余計な部分は再生されなくなる。この機能のいいところは、開始停止の時間の指定が、そのまま iPod にも受け継がれる点だ。こうして、1曲リピートで繰り返し聴きつつ、shadowing をすれば、効果は大きい。

ときにはディクテーションもいい。それには、iTunes ではなく、NattaWorks の Listen&Type が便利。
ListenAndTypeIcon12.png

作者は日本人だが、値段は20USドル。好みのワープロ、エディタを最前面で打ちながら、音声が自由に再生・停止できる。QuickTime が対応しているフォーマットなら何でも使える。
listenandtype_jedit.png
図は、Jedit X とともに使っているところ。Jedit のウィンドウの上に、フローティング・ウィンドウとしてListen&Typeの再生ウィンドウが表示されている。初期状態ではshift+returnで再生/停止。そのほかにも、shift+space で一瞬だけ戻して聴き直したり、さまざまなキー操作が用意されている。これらのキーボードショートカットがエディタ、ワープロで使われていても、Listen&Typeはそれを乗っ取る。キーの組み合わせは変更できる。もちろん、iTunes で指定した開始/停止時間はこのソフトには受け継がれようがないが、繰り返し流して聴くのと違って、書き取りの場合には、それはあまり問題にはならないだろう。
(作者のサイトには「英語ディクテーション、テープおこしに」と書かれていて、英語以外目に入っていないのがちょっと残念だが、ソフトそのものは、もちろんナニ語であろうと関係なく使える。)

関西人が知らない関西弁

2005年7月4日 月曜日

…というタイトルはもちろん少し奇をてらっているので、「関西人が自覚していない関西弁」という方が正確だ。

最近、『パタリロ!』を読み返していたら、作者が「エンゾ」という新潟弁を自覚せずに使いかけて気付き、「初の新潟弁マンガだあ」と開き直っている楽屋落ちがあった。

で、関西人の自覚していない関西弁の話。何でもいいのだけれど、たとえば次の空欄に入るのはどれか。

ひと煮立ち(        )、火を止めます。
ア. すれば   イ. したら   ウ. すると

関東弁的には、イしかないのだが、関西ではアが普通のようだ。「〜したら〜する」という構文は、上の例に見られるように、料理のレシピやコンピュータソフトのマニュアルなどに頻出する。実際、元気のいいソフトウェアハウスが関西に多く、このような場合に「〜すれば」と書いているマニュアルが多く眼につく。しかしそれが関西弁だということはまったく意識されていないようだ。いや、「標準語」を使うべきだなどと言いたいのではもちろんない。ただそれがローカルだということは知っていて(わざと使って)もいい。

ストラッセ? – 「音訳」をめぐって

2005年4月25日 月曜日

以前のエントリのコメントにも書いたけれど、翻訳のような作業で案外厄介なのが外来語の音訳だ。たとえばドイツ語から英語へといったように、同じアルファベット系の言語同士の翻訳であれば、訳者はもとの発音など分かっていなくても、涼しい顔をしてそのまま転記しておけばいい。(これは中国語から日本語へといったケースにもあてはまるだろう。)ところが、アルファベットを使う言語から日本語へといった、まったく文字システムの異なる言語間の翻訳では、原音を確かめて「音訳」しなければならない。(もっとも、地名などの固有名詞ですら音訳ではなく「翻訳」されることもある。つまりそれぞれの言語内部での呼び名に置き換えられる。Wien は日本語では「ウィーン」という「翻訳」が定着しているし、Köln はフランス語では cologne になってしまうし、München は英語ではMunich、イタリア語にいたっては Monaco di Baviera になってしまう。)

東西対立の全盛期(という言い方はヘンか?)、英米のミステリでは東西ドイツ(あるいはナチスドイツ)がしばしば舞台になっていた。そういう作品の翻訳を楽しく読ませていただいていた中でいつも気になっていたのが、「ストラッセ」という音訳。strasse だ。英語の street にあたるドイツ語。これは標準ドイツ語では Straße で、カナ表記としてはおそらく「シュトラーセ」が一番妥当なところだ。

「ストラッセ」と音訳したくなる気持ちは分からないではない。だが、ドイツ語の語頭に st-, sp- というパタンが来るとき、この s は例外的に単独で [ʃ] の音を表す。だからあえてカナ表記すれば「シュ」あるいは「シ」。

それはまあいい。厄介なのは、ß だ。本来 s (エス)と z (ツェット)の組み合わせ文字で、文字の名前としてはそのまま「エスツェット」と呼ばれる。これはそれ自体の音としては、ss とまったく同じ [s] だ。近年の正書法改訂以前には、ss が使われるのは、前が短母音でかつ後ろが母音である場合に限られていた。それ以外の場合は ß。正書法改訂(その行方は実はまだ不透明な部分があるのだが)以後は、後ろが母音でなくても前が短母音でありさえすれば ss が使われるようになった。つまり基本的に、ß は、前が長母音であるしるしであり、正書法改訂以後は、ますます純粋にそういう意味を持つようになっている。

実はスイスドイツ語の正書法には ß は存在せず、もともとすべて ss で表記される。タイプセットに ß を持たない英語圏でも、ß は ss で表記される。だから Straße は strasse。同じ子音の文字が二個連続する場合、たいていの言語で、前の母音は短くなる。したがって、strasse がシュトラッセにされてしまうことは十分「理解」できるのだが、元来これは ß、つまり前の母音は長いのだ。

関連してもうひとついつも気になるのが、ch の前の母音。この ch は二文字組みで〈一つの〉子音([x] または [ç])であって、二つの子音ではない。したがって、その前の母音は必ずしも短くならないのだが、その点がしばしば誤解されているように思われる。だから Buch が「ブッフ」にされていたり、hoch が「ホッホ」にされていることがしばしばだ。辞典類には、発音記号が [bu:x]、[ho:x] と記されている。つまりそれぞれの母音は明確に長母音として扱われているのだ。

問題はおそらく、「子音二つの前の母音は短い」という原則の曖昧さにある。子音二つとは、子音文字二つなのか、それとも子音の音そのもの二つなのか。ß と ss による区別は、文字の数を利用した区別だと言っていいだろう。ところが、ch の場合は、文字数の問題ではない。

日本語の長母音とドイツ語の長母音は長さをとっても性質が異なるように思われる。日本語の長母音は二音節分だと言ってほぼよさそうだが、ドイツ語の長母音の長さは、感覚としては1.5音節ぐらいだ。これにはアクセントの性質の違いも絡んでいる。したがって、所詮カナによる音訳は原音を表せるわけではなし、Straße の音訳が「シュトラセ」であろうと「シュトラーセ」であろうと、Buch の音訳が「ブフ」であろうと「ブーフ」であろうといいようなものだが、「シュトラッセ」「ブッフ」という促音表記だけは明らかな誤解をはらんでいる。

所詮カナによる音訳は原音を表せるわけではない、と言ったけれど、しかし本当はこう言うべきだろう、「文字は音を表さない」と。文字に音を見出すことができるのは、すでにその音を知っている者だけだ…。

ま、とにかく、「ストラッセ」だの「ブッフ」だの「ホッホ」だの書かれると、僕自身はとっても気持ちが悪いのだ。

# いや、実を言うと僕自身、以前にやった翻訳(ドイツ語からの)の中で、スロヴェニア語の地名の音訳でたくさんミスを犯している…。

Une hirondelle ne fait pas le printemps

2005年4月20日 水曜日

関西のこのあたりもぐっと暖かくなって、ツバメが飛び始めた。

タイトルは、「ツバメ一羽では春だとは言えない」、つまり、「喜ぶのはまだ早い」といった意味合いのフランス語の成句だが、面白いのは、ドイツ語や英語だとこれが春ではなくて夏になってしまうこと。
Eine Schwalbe macht noch keinen Sommer.
One swallow does not make a summer.
「ツバメ一羽ではまだ夏にならない」
ドイツ語英語ではどうやらツバメ (Schwalbe / swallow) は春ではなく夏と結びついているらしい。

ではスロヴェニア語はどうかというと、フランス語と同じ春。
Ena lastovica še ne prinese pomladi.
“pomlad” が「春」だ。やはりドイツやイギリスよりずっと南国だからか。それとももっと北のスラブ諸語でも同じように言うのだろうか(まだ調べていない)。だとすれば南北はあまり関係ないことになる。

いずれにせよ、ツバメは、基本的にこれからよい季節がやってくるしるしと捉えられていることはわかる。だからこそ、一羽でよろこぶな、という成句が成り立つわけだ。

ちなみに、旧東ドイツで Schwalbe と言えば、SIMSON の青いバイク。映画『グッバイ、レーニン!』でも主人公アレックスがこれに乗っていた。Ostalgie オスタルギー(旧東独を懐かしむ風潮)の定番アイテムの一つ。

昼にツバメが飛び始めるのと同時に、夕方にはコウモリが飛ぶようになった。コウモリというもの、かつて住んでいた南関東では珍しかった。関西に移住した頃、自転車のハンドルに傘を突き立てているおばちゃんたちと同様、あまりにありふれているので驚いたものだ。

スロヴェニア語の辞書

2005年4月8日 金曜日

スロヴェニア語-日本語の辞書というものは存在しない。
いや、いったいどうやって経営が成り立っているのか謎の、あの大学書林の
山崎佳代子編『スロベニア語基礎1500語』
という単語集は、1985年にすでに出ている。複雑なスロヴェニア語文法を30ページに圧縮したセクションも付いている。でも日本語では辞書(というか単語集だが)としてはこれ以上のものはない。

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スロヴェニア語-英語とか、スロヴェニア語-ドイツ語とか、スロヴェニア語-イタリア語の辞書はもちろん存在する。手元にあるだけでも、
W. W. Derbyshire “A Learner’s Dictionary of Slovene” (スロ/英、5000語)
Daša Komac, Ružena Škerlj “Angleško-Slovenski in Slovensko-Angleški Slovar” (英/スロ、スロ/英、15000語。小さいが厚い)
“Langenscheidts Universal-Wörterbuch Slowenisch” (スロ/独、独/スロ、計30000語。判型は一番コンパクト)
France Tomšič “Slovensko-nemški slovar” (スロ/独、50000語。中型辞典)
Janez Gradišnik “Nemško Slovenski – Slovensko Nemški Slovar”, Maribor: Obzorja, 1996 (独/スロ、スロ/独、語数不明。普段使いにはこの中では一番手頃)

など。

デジタルな辞書としては、スロヴェニア語から日本語以外の辞書も、Mac上で使える辞書はない。いや、一つ、あるにはある。Slovar (スロヴェニア語で「辞書」。そのまんまだ)という、スロヴェニア語-オランダ語辞書。1万1千語あまりを収めている。19USドル。Windows版もある。作者はもちろんオランダ人。オランダ語は少し齧ったことがあるし、ドイツ語が分かっていればだいたい「解読」できるかなと思って、使ってみた。ところがMacromedia Director なんぞで作られているこのソフト、システムのデフォルトの言語が日本語になっていると動かないのだ。システムの言語を英語などに切り替えれば使える。しかし普段のシステム言語はやはり日本語で使いたい。作者とメールでやりとりしたのだけれど、今のところどうにもならないという結論だった。残念。

ファイルメーカー Pro は、バージョン7からユニコード対応になった。以前のバージョンのファイルメーカーは、多言語で使うには耐えなかったのだが、それが Mac OS X に合わせてようやく改良された。それで、今は手持ちの辞書データをせっせとファイルメーカーで入力している。ひとまずはDerbyshireの学習辞典から。そのうちスロヴェニア語-日本語の形にしていけたらいいなと思っている。