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外国語のカナ発音表記

2008年11月13日 木曜日

easy_french.jpgフローラン・ダバディー監修の『イージーフレンチ』(学習研究社)というフランス語会話本、数年前に出ていたらしいが、最近になって知って、ぱらぱら読んでいる。集められているフレーズのセンスもいいのだけれど、カナ発音の振り方が面白い。Tu parles français ? が「テュパンフロンセ」という具合。ある種のマジメな人は、えっ? と思うに違いない。標準的な仏和辞典や参考書のカナ表記では、「テュパるルフランセ」あたりになるだろうか。でもぼくは逆に、「テュパンフロンセ」に、なるほど、と思ってしまった。

この本のはしがきのような部分の一節に、こんなふうに書かれている。「…たまにフランス語には、日本語には存在しない発音もあるのは事実。カタカナで完ペキに再現するのは無理。そこで、実際、ぼくが話す発音を複数の日本の人にじっくり聞いてもらって、話し合いながら、カタカナをあてはめてみたのだ。」

ドイツ語などでも同じことだが、標準的なカナ表記には、機械的な変換テーブルというか、対応一覧表みたいなのがある。それらは、聴いた感じ、よりも、どちらかというと文字(綴り)に根拠を置いていると言ってよいだろう。この本はそういう行き方をとっていない。実際に言われる音を、先入観抜きで日本語的な耳で聴いたらどう聞こえるか、というところからカナ表記を作り上げていっているわけだ。

「テュパンフロンセ」の例で面白いのは、フランセではなくてフロンセというのもあるけれど、なにより「パン」の部分だ。面白い。しかし人によっては一番違和感を覚えるであろう箇所だ。PARLES の R はどのみちそんなに際立った音ではないから省略している。で、その次の L が、「ル」ではなくて「ン」にされている。これは音そのものから出発して考えれば、じゅうぶんに納得できる。L と N の調音点(口の中でその音を出すところ、口の中の形)は非常に近い、というかほとんど同じだ。それを、L は N ではないという思いこみで「ル」という表記にこだわるから、学習者の R だか L だかなんだかよく分からない、どのみち通じない発音を生み出してしまうのではないか。いや、まあ、フランス語の R は英語の R とも、日本語のラ行音とも全く違う、のどの方を鳴らす音だから、R だか L だか、ということはないか。いずれにしても、L にしては曖昧な音を、「ル」表記は生み出す、ということにしておこう。

ちなみにその R のほうは、この本では「ハ」にされたりしている。たとえば Y’a rien! は「ヤハヤン!」。これも調音点と実際に出てくる音を考えれば納得がいく。「リヤン」と書いて、このカタカナが表わす日本語の音の通りに発音するよりも、「ハヤン」と発音した方が、確かにまだフランス語に近い。

L のほうの話に戻ろう。N も L も、重要なのは、舌先が上の歯茎に押しつけられる点であるはずだ。だとすれば、後ろに母音がない場合の L も N のつもりで発音してしまえばいい。だから、PARLES が「パるル」ではなくて「パン」になっていることには、納得がいくのだ。語尾の es は発音されないから、L のあとには母音はないと言っていい。だとすれば「ン」でいいではないか。

ただしこれはこれで問題がないわけではないと思う。それは日本語の「ン」の特性から来る。多くの場合、日本語の「ン」は n ではなくて ng、つまり舌先が動かない鼻音だからだ。別の言いかたをすると、日本語で「ん」と表記される音は、一種類ではない。「神田(かんだ)」と言う場合と、「考える(かんがえる)」と言う場合の「ん」は全く違う。後ろに d が来る前者は舌先が上歯茎に付く n であり、後者は舌先が動かない ng である。で、PARLES を「パン」と表記する場合、この「ン」は前者の音の意味で理解されなければならないのだ。あまり正確な言いかたではないが、英語ドイツ語などで N で綴られる音は、大部分が、日本語で言えばナ行音に出てくる N であって、そして日本語の「ン」は、多くがそういう N ではない。

外国語の発音をカタカナで書くなんて、という意見が、一昔前は大勢だったような気がする。IPA の発音記号を覚えなさい、なんてね。それが、初学者用の辞書や参考書を中心に、すっかりカナ書きが定着してしまった。方便として、べつにいいと思うのだが、上に書いたように機械的で慣習的な変換テーブルががちがちに決まっていて、ミスリーディングな場合も少なくないように思う。そしてこの変換テーブル(それはほぼ「ローマ字」──日本語の表記法の一つだ──に重なり合う)は、日本の多くの外国語学習者にも、先入観として、そうとうにしみ渡っている。

N と「ン」の件について言えば、以前、独和辞典編纂などにもかかわっている知人と話をしていて、たとえば Bahnhof って、「バーンホーフ」ではなくて「バーヌホーフ」と表記してしまったほうが、「正しい」発音を「誘発」できるのではないのか、と訊ねたことがある(だから上のテュパンフロンセも、ぼくだったらテュパヌフロンセと書くかもしれない。でもこれはこれで、N のあとに本来存在しない母音を誘発してしまう可能性もないではない)。でも、当時、その知人が言うには、それは分かる、でもおじいちゃん先生たちが、そういうのは反対するんだよ、ということだった。そういうことなのだ。『イージーフレンチ』の amazon.jp でのカスタマーレビューなどを見ても、この本のカナに違和感を表明しているものがかなりある。なかには「間違っている」と断定してしまっているものもあったりする。やれやれ、だよね、フローラン?

固定した変換テーブルの知識が、耳を塞いでいるということはないだろうか。じつのところ、フランス語ならフランス語と日本語のカナの間の変換テーブルなど、フランス語そのものには本質的に関係がない。それを、「日本のフランス語学習」のよき(?)伝統にとらわれてしまうとすれば、あまりいいことであるはずがない(ほかの言語でも同じ)。耳を、開くべきだ。そして所詮便宜にすぎないカナ表記については、どうせならもう少し柔軟な使い方を考えてもいいのではないかと思う。つまり、フランス語の音をよく知らない人が「テュパるルフランセ」というカナにしたがって発音しても理解される可能性は極めて低い。「テュパンフロンセ」のほうがはるかにマシだということだ。

英語の××

2008年7月3日 木曜日

ぼくの勤め先の大学には、以前から「英語の××」(××の部分には大学の略称が入る)というスローガンというか宣伝コピーがあって、ずっと恥ずかしい思いをしている。アメリカ・プロテスタント系のこの学校、大昔には英語であらゆる授業をやってしまうようなことをやっていた 時代もあったらしく、その当時にはこのスローガンというか売り文句にもそれなりの意味があったかもしれないとも思う。

しかし、今時、当たり前に英語ができる連中がこんなスローガンを掲げるはずなどないのであって、つまりは、英語できません、と宣言しているようなものではないか。たとえばオックスフォードやケンブリッジやプリンストンやUCLA、は当たり前すぎるか、東大や京大でも、北京大やFUベルリンでもいい、こんなスローガンがありえないことは、ちょっと考えれば明らかだろう。その恥ずかしさに気づかないところが情けない。

いやもちろん、ものすごくできる人は教員にも学生にもいる。でもそういう人たちはこんなスローガンとは関係ないところにいるはずだ。

結局、このスローガンが訴求力を持ちうるとすれば、それはかなり学力ないし知力の低い高校生やその親に対してでしかありえないのだ。したがってそれ自体が「低さ」の再生産に資するものでしかない。

登山周辺の外来語の怪

2008年6月16日 月曜日

べつに数年おきにマスメディアの一部で繰り返される「横文字の氾濫」を嘆く身振りを模倣したいわけではない。そういうのは英語の嫌いなフランス人にまかせておけばよい(あ、あいつらはどっちみち横文字か)。日本では英語が大好きな人も多いようだし、べつにいいではないか。でも外来語としての入り方は、古典的なものをとっても、ぐちゃぐちゃなズレや混交が見られて、かなり面白い。

芦屋地獄谷のところで少し触れたけれど、日本の登山用語の多くがドイツ語起源で、そこにフランス語や英語が混じっている。「コッヘル」と呼ばれてきたのはコッハー Kocher のことだろう。携帯用の鍋を指して使われてきた印象があるが、Kocher はコンロのことだ。今は英語系で「クッカー」と呼ばれることのほうが多いかもしれない。日本ではなぜか「簡易テント」の意になる「ツェルト」 Zelt とはドイツ語でテントそのもの。この微妙なズレが楽しい。「ハーケン」 Haken は鉤、フックのこと。フランス語系で「ピトン」 piton とも呼ばれる。「ピッケル」 Pickel もドイツ語(同音異義で「にきび」も指す)。「つるはし」のこと。「ゴルジュ」は前に書いたように両側の岩壁の迫った狭い地形のことだが、フランス語で喉のこと。J’ai mal à la gorge. 私は喉が痛い。(久しぶりに風邪を引いているので、これは単なる例文ではなくて本当です。)

「カラビナ」がどこから来ているのか知らなかった。ふと思いついて改めて調べた限りではドイツ語の Karabiner らしい。この単語はカービン銃のことも表す。ところが独和辞典(クラウン)にはさらにこれがもともとフランス語であるらしい記述がある。それも、「1. カービン銃;騎兵銃」ではなく、「2. カラビナ(登山用具)」のほうに括弧して「フランス語」と書いてあるのだ。しかし仏和辞典で carabine を引くと、カービン銃は出てくるが、カラビナは出てこない。

いずれにしても、日本の登山をめぐるジャーゴンは、このめちゃくちゃな混交ぶりが面白い。

逆に同じもののはずなのにもとの言語によって日本語での用途が分かれて面白いのは「鉄」だ。
英語の iron からして、輸入された年代によって「アイロン」なら衣類のしわ伸ばしのことだし、より音訳に近くなった「アイアン」ならゴルフクラブの一種。そしてドイツ語の鉄、「アイゼン」は登山用語になっていて、靴底にくくりつけて氷結したところを歩いたりするのに使う、爪のついた金属製の道具。日本語版 Wikipedia は Steigeinsen が略された和製登山用語だとしている。フランス語の「鉄」は、ぼくの気づいた範囲では日本語に入っていない。一音節だから入りにくいのだろう。

登山用語はやっぱり英語も多いかな。岩壁の上のほうが覆いかぶさるように出ているところはオーバーハング。英語だが、岩壁のルート図などではドイツ語の Überhang の頭文字の Ü が記号として記されていることもある。岩と岩の狭い隙間に大岩がはさまったようなところは「チョックストーン」と呼ばれる。たぶんチョークストーン choke stone のことだ。岩登りの「手がかり」のことをホールド、「足がかり」というか足の置けるところのことをスタンスなどと言っていたと思うが、後者は英語から見れば少々奇妙な使い方かもしれない。

スキー用語もドイツ語もどきが多い。スキーで言うシュプール(たしかかつてJRのスキー列車の名前にも使われていた)は、ドイツ語で Spur 跡、痕跡のことだ。英語だとこの綴りの単語(スパーか)は「拍車」として記憶しているが、他ならぬアイゼンの意味でも使うらしい(ああややこし)。ボーゲンもドイツ語。たんに弓(形)、弧のことである。プルークはドイツ語の Pflug らしい。英語で言う plough、犂(すき)のことだ。そう言えば鉄道車両の先頭に付ける排雪機は日本ではスノープラウと英語で呼ばれていた。重たいスノープラウを付けるのを嫌った「きかんしゃトーマス」(イギリス産の物語だ)がトラブルに巻き込まれるお話があったっけ。

ひょっとこの群れ─後舌高母音の記述について

2008年5月12日 月曜日

前々から不思議で、調べてみようと思いつつそのままになっていることの一つがこれ。

音声学で、後舌高母音などと呼ばれる音。日本語にはない。ドイツ語の u とか o の音。フランス語にも英語にも韓国語にもスロヴェニア語にもある。たいていの初学者用参考書には冒頭に発音に関する記述があって、たいていのもので「口をとがらせて」とか「唇を突き出して」と書いてある。それが不思議なのだ。

この音、口を尖らせるのではない。少なくとも、尖らせる、という言い方は明らかにミスリーディングであると思う。日本語としての普通の「尖らせる」の感覚でやった場合、この音は出ない。唇を、肛門のように、と言ったら尾籠にすぎるか、ともかくひきしぼること、そして舌を後ろに引くことが要件なのだ。

ところが「とがらせる」「突き出す」と書き、かつ舌のことにはまったく触れていない記述が多い。

あらゆる言語の参考書にこういう書き方が行われている。書き手は、自分でまともな発音ができていないか、できているけれども自分で自分がやっていることが分かっていないか、何にも考えていないかのいずれかだろうと思われる。

たぶんもともとは一種の誤訳だったのだろうと思われる。おそらく明治か大正期のどこかに起源があって、それがあらゆる言語参考書にそのまま引き継がれてきているのだろうと思う。その起源を調べてみたいと思っているのだが、いまだに着手できずにいる。

DS で外国語学習

2008年4月30日 水曜日

Mein Wortschatz CoachNintendo DS が様々な学習用のプラットフォームとしてすぐれたガジェットであることは衆目の一致するところだと思う。外国語学習に関しては、日本国内で販売されている Nintendo DS Lite 用の英語の学習ソフトは無数にあるし、レベルや目的によってはよさそうなものも少なくない。しかし英語以外の言語を学ぶソフトとなると、国内では、旅の指さし会話帳DS ドイツなど、『旅の指さし会話』シリーズを移植した使い勝手の悪いもの以外、ほとんど見ない(あのシリーズの書籍自体は、対応するレベルの人にとってはよくできていると思うが)。ここで取り上げてみたいのは、海外の DS 用ソフト、フランス Ubisoft 社の製品だ。

Ubisoft はイルカや馬の飼育シミュレーションや職業シミュレーションのヒットもあって、注目されているソフトハウスのようだ。(goo ゲームの記事)まずはMy Spanish Coach、My French Coach の2本。英語話者を対象に、スペイン語、フランス語の語彙増強を狙ったもの。同様のソフトを、ドイツ語話者向けには、英語学習用に、フランス語話者向けには英語、スペイン語学習用に出している。最初にプレイスメント・テストのようなものがあり、一定の成績を収めると11課に飛んで、そこから始めるようになっている。フラッシュカード、神経衰弱、ワードサーチ、モグラたたきなどのゲーム形式で、楽しくやれるよう工夫されている。動詞の活用は仮想キーボードを使って自分で入力していく練習。自分の声を録音してお手本と比べる往年のLL方式の機能もあるし、簡単な辞書機能、お絵描きメモ機能もある。

myfrenchcoach.jpgゲームの成果は明快にポイント化され、一定ポイントを取ると、次の課がアンロックされて、先に進めるようになる。ガイド役(?)にそれぞれの学習対象言語圏のおねいさんとおぼしき人物の絵が添えられており、BGMと相まって、楽しげにできている(ちょっと萌え)。いや、何より重要なのは、収録されている音声がきわめて生き生きしていることかもしれない。萌えるのはそっちだ。日本で作成される教材はこの点、あまりにお粗末なものが多い。たまたま日本にいたネイティブスピーカーを使った、まるで表情のない台本棒読みの(その昔のナ×ナのコマーシャルの王×治のような…って若人はもはや知らないか…)音声教材が多いのだ。フランス産の語学教材は、カセットテープの時代から、こういう点ではすぐれたものが多かった印象がある。

クレジットにはプリンストン大学の名が入っている。

unlockedこのソフトだけでそれぞれの言語がマスターできるとは思えないが、ある程度他の形で学んだ人が、気軽に知識を固めていくのにはいいのではないか。

My French Coach (gopher)右はモグラ (gopher) たたきゲームの上下画面。100パーセント叩くのは案外難しいが、60パーセントでクリアになる。

少し残念なのは、中盤以降の課で並べて出される語彙に脈絡が欠けているように思われる点だ。たとえば My French Coach の第51課で出てくるのは、pâle, chahut, incarner, dingue, pilier, loriot, choyer, association, faire périr, poule mouillée の10語(群)。ちょっとバラバラに過ぎやしないか。互いの関係も、語彙レベルも、どういう基準で選ばれているのか、推測することは困難だ。

やや構成が異なっているのが、My Word Coach というソフト。英語話者、あるいは英語がある程度できる人が、英語の語彙を増やしていくためのソフトだ。フランスではフランス語ができる人が語彙を増強するための Mon Coach Personnel – J’enrichis mon Vocabulaire を出しており、同様にドイツではドイツ語用の Mein Wortschatz-Coach – Verbessere dein Ausdrucksvermögen がまもなく(2008年5月15日)出るようだ。これらはネイティブのおねいさんではなくて、額が広く丸眼鏡の「はかせ」キャラ(と言うよりその昔加藤茶が演じていたおっさんキャラに近い)がガイド役だ。このへんはちょっと触ってみたいと思う。

テレビゲームの場合は、Game Cube にせよ(おそらく)Wii にせよ、映像方式の違いが絡んでくるので、たとえばヨーロッパのソフトは日本では普通にやったのでは使えない。DS の場合は、そういう問題がない。だから入手さえできれば、以上のようなソフトを使うのもいいと思うのだが、ところがこれらは日本では販売していない。Ubisoft社には日本法人もあるのだが…。

残念ながら、いつも書籍やDVDの購入に利用している各国の amazon は、コンピュータ用ソフトウェアはそれぞれの国外には(厳密に言うとヨーロッパの amazon はEU域外には)送ってくれない。音楽CDやDVDは問題ないのだが、なぜかCD-ROMやゲームカートリッジは売らない。そして Ubisoft 社のサイトでソフトの「購入」ボタンを押すと、それぞれの国の amazon に飛ばされてしまうのだ。

で、アマゾンはだめでも、たとえばGDEX Online Game Storeで購入できるようだ(でもかなり割高 – もっとよい店をご存じの方はご教示ください)。一番いいのはそれぞれの国に住む友人に依頼して送ってもらうことなのかもしれない。相変わらず、世界は奇妙な障壁でへだてられている。

追記:
日本国内へは、少なくとも北米向けバージョンは、ここから比較的リーズナブルに入手できるようだ。
Play-Asia com:
My Word Coach
My French Coach
My French Coach Level 2
My Spanish Coach

ところで、さまざまな系統の文字認識エンジンを利用したDS用漢字学習ソフトは、外国語として日本語を学ぶ人々から熱い視線を集めている。ということをここで指摘しておいてもよいかと思う。たとえば Nusby’s World (ドイツ語)の記事を参照。

フランス語学校の思い出

2008年3月26日 水曜日
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シャンボール城。Wikipedia より

今やはるか昔、ドイツの大学に2年いた時のこと。ドイツ人のおっさん先生の専門の講義やゼミの気分転換に、それぞれネイティブのおねいさんが教えてくれるフランス語やスペイン語のクラスの方にはるかに熱心に出席した。(当時の日本では大学の語学の授業でネイティブが教えることはまだ決して多くはなかったが、ドイツというかヨーロッパではそれがすでに当たり前だった。必ずしもネイティブが教えりゃいいってもんでもないが…。)

初級か初級に毛の生えたぐらいのクラスだったはずだが、日本でもちょこちょこフランス語はかじっていたし、ドイツへ行ってからもASSIMIL(当時はまだカセットテープだ)などを使って少しは自分で勉強して、ときどきパリにも出かけていたから、先生にはそれなりにデキると見なされていたようだった。

そういえば、フランス語の期末テストで、あるドイツ人学生のあまりに大胆なカンニングに唖然とした。いや、ほとんど感動した。180度首を捩じって、真後ろの学生の答案を見ていたのだ。それがまた咎められもしなかった。日本の例えば今の勤務校では考えられない。

で、フランス語の先生(美しい人だった)に、あなたはデキるからフランスへ行ってフランス語やったらいいわよ、と言われてその気になり(まるで野原しんのすけである、うっほほーい)、二年間のドイツ滞在の最後は、ちょうど再統一に湧くドイツをさっさと離れて、フランスはアンボワーズ(ダ・ヴィンチの終の住み処だ)のフランス語学校へひと月行った。ホームステイ。

ヨーロッパの列車の多くは、自転車といっしょに乗ることができるし、自転車を別送することもできる。アンボワーズに行く直前、ボンの駅から自転車を送っておいた。それがなかなか到着しなくてやきもきしたが、3,4日して、駅からあんたの自転車が着いたって連絡があったよ、とステイ先の主人に教えられて、駅まで取りに行った。その後は、通学を徒歩から自転車に切り替えた。

ステイ先のホストは年配の夫婦。かなり大きな離れに、カナダから来た老夫婦と、スイスのドイツ語圏から来た銀行員(スイスで銀行というのがあまりに絵に描いたようでおかしかった)と、僕の4人が住み込んだ。学校ではみんな別のクラスだった。カナダ人のおじさまは、一向に上達せず、奥さんの方だけ上のクラスに行ってしまって腐っていた。

ボンで学生寮に住む前、ゲッティンゲンでの宿は、単におばあちゃんの家の屋根裏部屋を借りているという感じで、食事は一切出なかったが、ここアンボワーズでは朝食と夕食が賄われた。考えてみれば、いや、考えるまでもなく、当たり前なことに、毎食がフランス料理だった。とくに夕食時は学んだフランス語を試すよい機会だった。夕食はいつもれっきとしたコース料理になっていて、一皿一皿、マダムがキッチンから大皿で運んできてくださる。そのつど、ぼくらはまるで「おすわり、待て」と命ぜられたワンコのように椅子にかしこまり、マダムが「お取りなさい Servez-vous ! 」という一言を発してくれるまで待つのだった。公安関係に勤めていてすでに退職したというドゴールを少し膨らませたような旦那の方は、夕食のたびに、文字通りの地下室からどこぞのワインを持って来て、ぼくらに飲ませてくれた。そもそもこのロワール河の一帯も、フランスのワイン名産地の一つだ。当時のぼくはただどれもおいしいということしか分からなかった。今ならもう少し「違いが分かる」(この名コピーもそろそろ死語か)ような気がする。アーティチョークの味も、ラディッシュは塩を付けて丸かじりにするのが旨い(当時の日本では、なぜか薄くスライスして彩りにサラダに入れるという食べ方しか知られていなかった)ということも、ここで覚えた。

途中で、このクラスはちょっと人数が多いから、あんた、上のクラスに移らないか、と言われたが、拒否した。先生も良かったし、クラスの雰囲気が好きだったし、何よりペアを組まされていたイギリス人の女の子がとてもチャーミングだったことが大きい。もっとも、彼女の方は結局なんとも思っていなかったようだが…。

海外青年協力隊でこれからアフリカに行くので、その前にここでフランス語研修を受けさせられているという日本人男性3人組がいた。役所を辞めて来ていたり、その志には敬服した。その他に案外日本人は少なかった。その後勤めることになる(もちろんそのときはそうなることなど知る由もなかった)関西の大学の仏文科の女子学生が一人いた。

バスでの遠足があった。シャンボール城と、その二重螺旋階段だけがかすかに記憶に残っている。

学校には、コンピュータールームがあって、ソフトのフロッピーを借り出して文法などの練習をすることができた。今では当たり前(ではないところもまだあるが…)のことだが、なかなか先進的だったわけだ。なるほど、コンピューターではこんなことができるのか、とその時に思った。(当時それまで、ぼくはコンピューターにさわったこともなかった。初めて自分でMacを買ったのはその5年ほどあとのことだ。)

コースの最後に打ち上げパーティのようなものがあって、クラスの担当だった女性の先生としばし話し込んだ。あなたはもう自分の言いたいことは何でも言えるでしょう?──いいえ、自分の「言えることが言える」だけであって、「言いたいことが言える」わけではありません。彼女はちょっと悲しそうな顔をしていたが、外国語というのはどこまで行ってもそういうものだと思う(いや、母語もそうなのかもしれない)。教師がどんなにがんばっても、成果は学生次第なんですよね、なんてことも言ったら、彼女はさらに悲しそうな顔をした。でもそれは、やがてドイツ語教師になるであろう自分を見据えた上での実感だった。もちろん、教師はてきとーにやっていていいということではない。最善を尽くした上で、最終的には教師にはどうしようもない部分があるという、当たり前といえば当たり前のことだ。彼女のフランス語の授業に、悪い印象は一つもない。

再統一のドイツにすぐには戻らなかった。まるで商売根性がなかったのだ(僕のいたライン河畔のあたりでは、そもそもドイツ人たちが再統一に冷淡だったということもある)。日本でお世話になっていた独文科のM先生などは、わざわざ再統一直前の東ドイツへいらしていたらしい。ぼくはアンボワーズからいったんパリに出て、ドイツではなく、タルゴ号でスペインへ行った。フランス語コースの打ち上げパーティで、これからスペインへ行くつもりなんだ、と、スペイン人の受講生の女の子たち相手に片言のスペイン語を使ったら、ふん、あんたのスペイン語、まあまあね、と鼻であしらわれた。あとで『ジュークボックスについての試み』を読んで知ったことだが、ちょうどこの頃、ハントケも、にぎやかなドイツを背に、スペインをうろついていたらしい。

スペイン行きの寝台列車のことは以前に少し書いた。マドリードへ行き、グラナダへ行き、海岸を少し回って、それからようやくドイツに戻って、すぐに日本に帰国した。

辞書ソフト

2007年5月16日 水曜日

EBStudio というソフトを使うと、独自フォーマットやWin専用の多くの辞書を汎用性の高いEPWING形式に変換して Mac 上でも利用することができる。

このことを知ってから、僕の Mac (まだ iBook G4 だけど…そうそう、あのリュブリャーナで手に入れたクロアチア語配列のやつ)のハードディスクには、さっと使える辞書が徐々に増えてきた。

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残念なことに、EBStudio 自体は Windows 用ソフトで、つまり変換作業は Windows 上でやらなければならない。そもそもが汎用性のない辞書データをJIS X4081規格に落とすことで「使える」ようにすることが目的のソフトで、Windows 用の辞書を Mac に持ってくることを「目的」としたソフトではない。しかし汎用的な規格に変換するということは、その結果できたデータは Mac でも使えるということになる。閲覧には、Jamming などの汎用辞書ブラウザを使えばよい。

MacBook Pro を使っている同僚は、BootCamp で Windows を走らせ、その上で EBStudio で辞書をばしばし変換し、それを Mac OS X 側に持っていって使っている。僕のはなにせPowerPCだから、BootCampが使えない。人にお願いして変換作業はやっていただいた。

もちろん、元々の辞書ソフトは、自分で購入するなど、正当に所有しているものに限る。

クラウン独和は、「電子ブック」で出ていたものを長らく使っていたが、現在三省堂が出しているBTONICなるお粗末な閲覧ソフトを付けた Windows 専用 CD (コンサイス和独付き)も、EBStudio で変換して使えるようになった。

小学館『独和大辞典』がデジタル化されないものかと切望しているが、なかなか出そうにない。この大独和、CASIOの電子辞書(XD-GW7150)にはデータを提供するようになったようで、翻訳家のありちゅんさんがレビューをお書きになっている。やはりそれなりに便利なようだが、外に出て使うならともかく、デスクワークでは、Mac で使えた方がいいに決まっている。(おまけに、ありちゅんさんが発見されたところでは、この CASIO 版、現在分詞の綴りが886箇所揃っておかしくなっているらしい。)小学館、考えて欲しいものだ。

スロヴェニアで出ているスロヴェニア語-ドイツ語辞書CD-ROMがあって、これももちろん Windows 用。 EBStudio サイトには当然ながらこれの変換用スクリプトはない。自分で解析すれば、これももしかしたら EBStudio で変換できるのかもしれないが、そこまでまだ手が回らずにいる。

ところで、日本語への翻訳仕事のために、日本語のシソーラス(もちろんデジタルデータで)が欲しいなと思うようになった。日本語への翻訳仕事をする人はだれでも、元の言語の辞書を必要とすることはもちろんだが、オリジナルは理解できてもぴったりした日本語が思いつかず呻吟するものだ。そういうとき、日本語シソーラスはちょっとした助けになる。上記『Super日本語大辞典』にもシソーラスは含まれているが、少し物足りない。そういえば、以前は国語研究所の『分類語彙表』(当時は書籍のみ)を使っていたのだった。これは現在ではデジタル化されており、それを EBStudio によって変換するスクリプトも提供してくださっている方がある。ところがこのデジタル版『分類語彙表』、かなりとんでもない利用料を要求している。この独立行政法人、作物の公共性に見合った価格で提供する気はないのだろうか。そういうわけで、当面は使うのを見送ることにした。

その代わりに、Logo Vista の電子辞典シリーズで出ている『日本語大シソーラス ~類語検索大辞典~』を購入した。ここも奇妙な商売をやっていて、直販サイトで「会員登録」すると、それだけで定価の4割引の「優待販売」で購入できるようになっている。ので、それを利用した。Logo Vista 電子辞典シリーズは、EPWINGに互換性があるらしく、もともと Mac にも対応しているし、専用ビューワ以外に、Jamming などの汎用辞書ブラウザでもそのまま認識できる。

さあて、道具は揃ったんだから仕事しなきゃ。

しかし、近ごろ辞書データや音楽など、バンバンぶちこんだわずか60GBの僕の iBook のハードディスクは満杯寸前。禁断の iBook 解体HD換装に挑戦すべきか、新しくMacBookを購入すべきか…。

中国にとっての外国語

2006年6月6日 火曜日

中国のプロ翻訳者6万人 – nikkeibp.jp -

この手のニュース記事に脊髄反射的に反応してばかりいてもろくなブログにならないよなとは思いながらまたコメント。
「2003年末―2005年末、英語、フランス語、日本語の試験を受けた人は延べ1万7704人となり、合格した人数は3975人」って、どういう試験だか記事からはさっぱり分からないからなんとも言えないし、合格者が二割ちょっとなのをどう評するべきなのかも分からない。

たぶん、アメリカと同じで、優秀な人はものすごく優秀な国なんだという気がする(なにせ母数がすごいし)けれど…。

1988年にドイツへ行って、まずドイツ語学校に行かされた時、同じクラスにやたらに中国人(大陸の)がいたのを覚えている(翌年に第二次天安門事件が起こった)。どうもあの頃、DAAD(ドイツ学術交流会)が意図的政策的に中国から多くの留学生を採っていたらしい。当時、DAADの奨学金を取るための試験も、中国ではひどく簡単だったというような話を聞いた(僕はえらく苦労して、色々な人に助けていただいた)。それにしてもあれはひどかったな。彼らと同じクラスに押し込まれていたのだから、僕もひどかったのかもしれない(いや、あれはドイツの大学入学資格ドイツ語試験を受ける学生に特化したクラスだったから、色々なのがいたのだ、と言い訳しておこう)けれど、それにしてもすごかった。15人くらいのクラスの1/3ほどいた。

今でも相変わらずなのかもしれないが、当時、日本人や韓国人は文法は完璧だが実際の運用は、などと言われていた。それは当時まあ当たっていた。文法的なテストとなると、韓国人や日本人がえらくよい点を取る。で、中国から来た連中は、「同じアジア」なんてことはまるでなくて、文法まるでダメ。文法的にいい加減でもしゃべることはしゃべるかというとそうでもなかった。何より発音がすごくて、彼らがドイツ語で発言しても、何を言っているんだかさっぱり分からなかった。もちろん、日本人としては、ひどいドイツ語でも日本的にひどいドイツ語なら理解しやすい。でもそれを差し引いても、中国的にひどい彼らのドイツ語はすさまじかったように思う。

でも多分、すでに書いたように母数が大きいのだから、これっぽっちではサンプルは小さすぎたのだと思う。すごい人はすごいに違いない。

中島由美さんが、スロヴェニア語に本来はそなわっているピッチ・アクセント(たとえば橋と箸のような)を掴まえるのに、日本人は圧倒的に有利だという話を書いていた。たぶんその点では中国人も有利だろう。そういうメリットは、しかしドイツ語ではないし、スロヴェニア語でもピッチ・アクセントはストレス・アクセントに置き換わりつつあるようだ。残念。

外国語を「聴いて」学ぶこと

2006年5月24日 水曜日

外国語の教師というのは、自分の専門以外の言語をたまには学んでみるべきではないかと思う。商売にしてだらだら続けていれば、だれだってある程度はできるようになるのが当たり前で、その結果、初学者がいかに学ぶべきか、その学びをサポートする意味でいかに教えるかという反省が欠落しがちになるからだ。(こういうことを言うとなぜか怒り出す教師がいるのだが──なぜか、「おまえは傲慢だ」、と。自分が一から十まで「謙虚」でありえているとは思わないし、そうあるべきだとも思っていないが、しかしなぜこの議論が「傲慢」なのかは不明だ。)自分の母語を教えていたりするなら、なおさらだ。

ここでは「聴く」ということに関して。

今なお生き延びている LL教室というのも困ったものだと思う。あれは、(カセット)テープレコーダーというものがまだまだ貴重で、誰もが購入できるわけではなかった時代の遺物だろう。週に1回ばかり、あんなところに押し込まれて、一時間ほどヘッドフォンを耳に当てたところで、たいした効果が出るわけはない。

LL ではない教室でも、週1回の授業に、プレイヤーを持ち込んで、その場でだけちょろちょろと聴かせるのも、すでによほどデキる学生を相手にしているのでない限り、あまり意味はない。

学生の時、たしか二年生の時だったと思うけれど、ある教師が授業にドイツ語のテープを持ってきていきなり聴かせた。かなりまっとうなドイツ語の、長めの、まとまりのあるテクストの朗読のようなものだったと思う。僕らは全然分からなかった。その時、僕は、教師(尊敬すべき先生ではあったのだけれど)に向かって、こんなもの、いきなりただ聴かせたってダメでしょ、と批判したのを覚えている。

そこまで、学生たちが聴くことを十分に取り入れた積み上げをしてきているか、さもなくばそこから何十回となく繰り返し聴かせるのでなければ、こんなやり方に意味はないことは明らかではないかと思う。やっている教師としては、「生きた」言語を聴かせて、追々これぐらいは分かるようにならなければいけないんだよということを認識させ目標設定させているつもりかもしれないし、あるいは単に教室での自分の発音に自信がなくてネイティブの録音にすがっているのかもしれない。僕の二年生の時の教師はたぶん前者だったのだと思う。しかしこれ、学生としてはフラストレーションがたまり、意気阻喪するだけではないのか。おそらくあの先生ご自身は、長年ドイツ語と関わり、ドイツでも学生をやり、そうしたなかで、いつのまにか聴けて使えるようになっていたはずだ。

この問題は、ここ20年ぐらいの、特に最近の数年間の、オーディオ・テクノロジーの急速な変化(やはり進歩と呼ぶべきか)がからんでくる。(つづく)

「闘論・小学校の英語必修化」

2006年5月15日 月曜日

「闘論・小学校の英語必修化」毎日新聞2006年5月15日総合面。お茶の水女子大教授藤原正彦氏・国際教養大学長中嶋嶺雄氏。

まず、2つの一見対立する言説を並べることで、問題に対する視点の100%をカバーしているかのような(したがって新聞の姿勢は公平・中立であるかのような)見かけを作り出す記事構成にも問題がある。議論すべきは、両者ともにまるで考えていないところ、少なくともここではまったく言及していないところにあるかもしれない。
だいたい、なぜこのお二人を引っ張り出すのだろう? どちらも、紋切り型(=思考停止のしるし)のオンパレードだ。
語らせる人物を選ぶ見識という点で、新聞自体の問題であるとも言えるかもしれない。
僕はお二人の他の発言を追っているわけではないし、この記事はインタビューを記者がまとめた形になっているようだから、ご本人たちの意図を正確に伝えてはいないかもしれない。それは留保したうえで…。

中嶋「中学から大学までほぼ10年間習っても実際に使えないのは、これまでの英語教育そのものに方法、内容とも問題があるからだ。英語教育自体を抜本的に改善する必要がある。」
これ自体、誰もが口にする紋切り型で、新たな知見はない。問題は、ではどう改善するのかの認識なのだが、ここで中嶋氏が言っている中身には初習年齢を引き下げ、時間数を増やすという以上のことはない。

藤原「「英語が話せれば国際人」は大うそ。ペラペラしゃべれても自国の文化や言語を深く知らなければ、世界に相手にされない。」
そもそも「国際人」とはなんなのかが不明だし、英語をしゃべることと「国際」なんたらを等置することが奇妙な風習であることは間違いないから、前半の指摘は粗雑ではあるけれどもいいとしよう。しかし「ペラペラしゃべれても…」以下はまた典型的な紋切り型だ。この紋切り型には幾重もの問題がある。「異文化よりまず自文化」という紋切り型の欺瞞については、すでにこのブログで触れた。「ペラペラしゃべる」というオノマトペを使うのは、しゃべることの価値をことのはじめから引き下げる古典的なレトリック。まあ母語だって、「ペラペラ」という表現に見合った中身のないことしかしゃべれないやつはいくらでもいる。でもそれを充実させるべき中身がなぜ自文化にことの初めから限定されてしまうのだろう。そもそも「自国の文化」とは何か。相手にされたほうがいいらしい「世界」とはだれのことか。

中嶋「特にこの15年、ベルリンの壁が崩れ、冷戦が終焉した後、国境がすごく低くなった。ちょうどそのころIT化が進んでいった。中国で天安門事件が起きた89年、アメリカの学者の家を訪れた時、インターネットで私の英文の論文を検索してもらうと、論文がパーッと一瞬に出てきてびっくりした覚えがある。その当時はまだ、日本はそこまでいってなかった。そういう時代の急速な変化に、子どもたちを置いてけぼりにしてはいけない。」
いったい今現在のこの文脈でこのエピソードで何が言いたいのだろう? (まさか、ボクなんか英語のロンブンいっぱい書いてるもんね、ではあるまい。)89年か90年にこういうふうに言って「アメリカは進んでますよ〜」と主張していたのならまだ分かる。ネットでの検索の恩恵など、いまでは(この間、外国語教育はそのままなのに)日本でも誰でも享受しているではないか。

藤原「日本語が10できて英語がゼロ、もしくは日本語がゼロで英語が10ならいい。両方とも5しかできないのでは、米国でも日本でも使い物にならない。」
数学者とは思えない奇妙なロジックだ。日本語が15で英語が10ならいいのだろうか? あるいはそもそも、10というのは、10割、つまり「完璧」という意味なのだろうか?だとすればしかし、なぜこれがゼロサムゲームにならなければならないのだろう? それに、どんな言語でも(母語であっても)100%ということはありえない。

前にも書いたけれど、「異文化理解」という(それ自体紋切り型の)フレーズそのものにも僕は疑問を抱いている。しかしかりに異文化理解というものがあるとして、その最大の妨げになるのは、ここに両者ともあふれるほど並べている「紋切り型」ではないのか。「紋切り型」イコール誤謬ではないが、紋切り型が問題を切り開くことはない。そして何よりありうべき「異文化理解」なるものにとっては、紋切り型は最大の障害になりうる。

教育行政というものはこのレベルの言説で動いてしまうものなのだが、それが困る。一つ確実に言えることは、両者ともにすっぽり抜け落ちているのは、現場の外国語教育の中身であり、いかに外国語を学ぶか、それには何が必要かという経験と考察だということだ。とりあえずは、お二人ともに、今この時に、ご自身で、新たな外国語を学んでみられることをお勧めしたい。

…という言い方をした場合に、両者ともノらないであろうことははっきりしている。中嶋氏の場合は、早期教育を唱えているのだから、ワタシはもうトシだからダメ、と主張することが可能だろう。藤原氏の場合は、外国語教育はそれほど重視する必要はないのだ、と言っているのだから、自分自身で新たな言語を学んでみる必要などないと主張することが可能だろう。面白いことに、こうしてみると、お二人とも自身では外国語(学習)から逃げていることが明らかになる。自分自身はオリちゃってるんです。でもそういう人たちが教育を動かしちゃって(動かそうとする意図を持った言葉を語って)いいのかな?

僕自身は、小学校から始めようと中学校から始めようと、やり方次第だと考える。最大の問題は、教師に人材がそろえられるかどうか。人さえ変われば、今の制度でもそこそこ機能する教育は可能だろう。時間数や初習年齢ばかりで方法論すら両者の議論には抜け落ちているが、人が得られなければ、すぐれた方法の実践は難しいし、もちろん時間割をいくらいじってもダメだろう。教師の人材という問題をクリアしない限り、かえって子どものうちに「外国語嫌い」を増やす可能性だってある。