こちらに半年や一年滞在すると、何か一つは大問題が起こるものだが、かつてのボンでの開腹手術、前回のリュブリャーナ滞在時の寝台車での盗難に相当する「事故」は、ここでやってきた。知らぬ間の不法滞在。
半年の在外研究期間でウィーンに居を定めたわけだが、3月末の出発の直前、在日オーストリア大使館はあの地震(とその後の問題)のため一時的に大阪に移転するという騒ぎの最中で機能しておらず、到底ヴィザの発給事務を行なえるような状態ではなかった。調べたら、どこかに、ヴィザなしで6カ月まで滞在できると書かれていた。あれ?3カ月ではなかったっけと思いながら、ならば9月中旬帰国予定の今回は6カ月以内だし、ヴィザなしで行っても問題はあるまいと判断して、パリ経由でウィーンに入った。ウィーンの芸大からは招聘状を出してもらっていた。アパートも借り、4カ月つつがなく暮らしてきたわけだ。この間、7月にEU域内のイタリアにちょっと出ただけだった。
7月末、子どもたちが夏休みに入り、妻とともにやってきた。ウィーンで二三日過ごしたあと、彼らの旧知も多いスロヴェニアに一緒に移動した。山岳地方のボヒンでしばらく過ごし、リュブリャーナに出た。そこまではよかった。スロヴェニアの海岸地方からは目と鼻の先の、クロアチア領のイストラ半島、海辺のポレチでほんの2泊過ごそうと考えたのが運の尽きだった。スロヴェニアで車を借り、クロアチアに入るところでスロヴェニア側の国境官吏に捕まった。日本から来たばかりの家族は問題ない。3月末からオーストリアというかEU域内にいる僕が見とがめられた。
スロヴェニアの国境官吏が言うには、旅券で6カ月というのは、年間に6カ月であって、連続6カ月ではなく、連続的に滞在できるのは3カ月までで、その間にいったんEUを出ていなければならない。聞いてねーよ(関係ないが、スロヴェニアのゴレンスカ地方にあったダチョウの飼育所は、前の鳥インフルエンザ騒ぎのときに閉鎖されたらしい)。いまから僕にできるのはとにかくクロアチアに出て、ザグレブのオーストリア大使館に行き、再入国許可を得ることだと。そしてそこで半時間ほども空しく費やし、不法滞在の過料(科料?罰金?)200ユーロを払わされ(これもちょっとふざけていて、本来400ユーロのところ、その場で現金で払うと半額に割引されるらしい。まあ、外国人が日本への出入国に際して同じようなトラブルに遭ったら、もっとひどい目にあいそうな気もする)、クロアチアに入った。クロアチア側の官吏は、当然ながら、何も言わずに我々を通した。スロヴェニアがEU・シェンゲンに加盟してしまった(いやー、よかったねえスロヴェニア、おめでとう!)のが問題というか、クロアチアがまだ入れてもらえていないのが問題と言うべきか。ともかくかなり遅い時間に、予約してあったポレチのホテルにたどり着いた。
本当はここに2泊して、まる一日海辺でゆっくりする予定だった。しかし来たのが木曜で、ザグレブのオーストリア大使館に行くとすれば、翌日金曜しかない。やむなく2晩目はキャンセル…した翌朝9時半、ザグレブに電話したら、業務時間は朝9時〜12時だという。ザグレブまでは少なくとも3時間…間に合わねえ。しかも、月曜は8月15日。カトリック国の祝日。火曜の午前中にいらっしゃいという。
そういうわけで、キャンセルをキャンセルし、とりあえずやはりポレチにもう一泊することにした。泊まっていたのはポレチの湾に浮かぶ小さな島のホテル。その離れのような19世紀の城館のスイートを当初2泊取っていたのだが、キャンセルした分は即座に埋まっていて、2泊目は本館の通常のホテルルームになった。しかしよくよく考えてみれば、中途半端に急いでザグレブに行っても仕方がない。子どもたちにも海辺の方がいいだろう。そう思って、さらに2泊、とどまることにした。だがハイシーズンのしかも連休。ホテルは満杯で、フロントの女性は近くの系列の宿にも問い合わせてくれたのだが、どこも塞がっている。ややあって、もう一人のフロント係のおじさんが、ちょっと待て、と奥に引っ込んで何やら相談して出てきた。この島全体がこのホテルのもののようで、離れの城館のさらに背後に、何棟かの「バンガロー」がある、そこの部屋が空いている、バスタブもTVもないが、という。別にTVなど要らないし、とにかく子連れで一々移動したくもなかったので、その「バンガロー」を見せてもらい、泊まることにした。城館→ホテルの部屋→バンガロー。とある家族の没落の物語。
まあ、バンガローもそんなにひどいものではなく、島の西の海べりで、海に(正確にはその向こうのイタリアに)沈む夕日がよく見えたし、屋根裏には鳩が巣を作っていてときどきくーくー鳴いていて、朝は起してくれたし(軒端の穴から出入りする鳩を眺めて、なるほどもしかするとこれが鳩時計の原型なのではないだろうかなどと考える)、バンガローと海の間の疎林と草地には、ぴょこぴょこ走り回る野うさぎのすがたが見られたし、決して悪いものではなかった。とにかく4泊、おかげでイストラの海を堪能しましたよ。透明度の高い、水中眼鏡などなくてもかなりの深さまでくっきりと見える水。大小の魚の群れ、ウミウシ、そしてイカまで。スタッフは終始にこやかに親切だった。クロアチアの観光業はうまくいっているようだ。その利害と絡んでいるとはいえ、接客する人々のホスピタリティもたいしたものだと思った。
月曜の朝、陸の街外れに止めてあった車でザグレブへ。イストラ半島を横断してリエカを通り、ディナル山脈を越えて内陸へ。高速道路は本当に高速で走ることができて、最後の市内で少し手間取ったものの、3時ごろ、ほぼ問題なくザグレブのホテルに着いた。この宿も、前日、iPhoneのホテル予約アプリで取った。夏の観光地とは違って、そんなに激混みではないが、家族5人で泊まれる選択肢は多くはなく、適当に取ったら5つ星ホテルだった。しかし法外な値段ではない。海辺から来ると、ザグレブはかなり蒸し暑く感じられた。
翌朝、家族をホテルに残し、タクシーでオーストリア大使館に行った。結局分かったことは、日墺の互いの国民は連続6カ月までパスポートだけで相手国に滞在できることに間違いはないのだった。しかしこれは日墺間の独自の取り決めで、他のEU圏すべてに当てはまるものではないし、他の国、たとえばスロヴェニアの与り知るところではない。スロヴェニアにとってはあくまでも「EU内に3カ月以内」なのだ。同じEUだからオーストリアとスロヴェニアの間では入国チェックはなく、それですんなりスロヴェニアに入ってしまったのだが、現在のEUの外縁を守るスロヴェニアのクロアチア国境の勤勉な官吏によって、「出国」するときになって、僕は不法滞在していたと認定されてしまったわけだ。したがってスロヴェニアの官吏にもどうやら落ち度はない。なんとややこしいことか。スロヴェニアに入った時点で実質違法になっていたわけだが、クロアチアに出ようとしなければ、あるいはクロアチアがEUに入ってしまっていれば、問題は発覚しなかったことだろう。ザグレブのオーストリア大使館は僕の日本出発時の駐日大使館の状況についても理解があり、大使も出てきて話をしてくれたのだが、とにかくオーストリア側としては問題はないので、一番手っ取り早くベストなのはのはザグレブから飛行機でオーストリアに飛んで戻ることだと言う。
話は比較的短時間で済んだ。11時にホテルに戻る。荷物をまとめ、またiPhoneでその日の夕方のザグレブーウィーン便の席を取る。リュブリャナで借りた車を返しに行かなければならないし、リュブリャナの友人宅に少し荷物も残してあったから、妻と子どもたちはいったん車でリュブリャナへ行くことになる。彼らのため翌日のリュブリャナーウィーン便の席も予約。…しようとしたのだが操作に手間取っているうちに席が塞がり、翌々日の便に。小さなプロペラ機しか飛んでいない路線で人数が多いとこういうことになる。
ぎりぎりの12時にチェックアウトし、昼食後、車で出て行く家族を見送り、ホテルのカフェでしばしぼーっと過ごしたあと、タクシーでザグレブの空港へ。正味35分のフライトでシュヴェヒャート着。


















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