多くの奏者が自ずと拍節感を備えていること、アンサンブルを練っていく上で拍節感を自覚的に捉えることが鍵になってくることなどなどを、具体的な例によって示すことができるように思う。
モーツァルトの交響曲第31番ニ長調「パリ」第4楽章。

Mozart Sinfonie Nr.31 in D, 4.Satz
冒頭から8分音符の走句を持たされるセカンドヴァイオリンにとって悩みの種の楽章。冒頭から8小節間、セカンドヴァイオリンが8分音符で走り回る間、ファーストヴァイオリンは4分音符主体の断片を沿わせていき、9小節目でトゥッティになる。ここで特に問題になるのは、7小節めから8小節めの移り行きである。ここがなぜか合わない。いや、なぜかではなく、実はその理由ははっきりしている。この8小節フレーズ、セカンドヴァイオリンは8小節めの第1拍ですでにトニカに入ってしまうのだ(その前はcisの導音である)。そのため、7小節めの終わりで「自然な」アウフタクト的なわずかな伸びが生じる。そのため、順当に8小節目でドミナントから9小節目のトニカに向かうファーストヴァイオリンとずれができてしまう。本来新たなフレーズが始まるのは9小節めからである。だからここで「縦の線を揃える」ために必要なことは、セカンドヴァイオリンが、8小節目第一拍に入るときにエイやっという感じにならず、ここはがまんしてさらっと通り過ぎ、9小節目への入りをアウフタクトとしてしっかり感じ取ることなのだ。
このことの意味をしっかり見極めよう。トニカにエイやっと入る感覚、つまりカデンツの感覚を、奏者たちは自ずと持っており、かつ(ここが重要なところだが)それが拍の伸縮と結びついているということだ。
もう一つの例。これもモーツァルト。交響曲40番ト短調、第1楽章。35-36小節。

2拍子のこの楽章こうした部分は特に、1拍めよりも2拍めのほうが自ずと(もちろんわずかに)長くなっている。たいていの人はそのように〈正しく〉弾いていて、しかも自分がそう演奏していることに気づいていない。このことに気づかされたのは、これも中クラスの某アマオケで、この部分のヴァイオリンと低弦がどうしても合わないということがあったからだ。よくよく観察してみると、あまり音楽的にセンスがあるとは言い難いおじいちゃんチェロが、二つの二分音符を完全に均等な長さで演奏していて、自分は正しい、と、頑としてゆずらない。ヴァイオリンの連中は、正しく演奏していたのだが、自分たちのやっていることを自覚的に捉えていないから、このおじいちゃんをどうすることもできなかった。
ここでも重要なことは、少なくともこの部分のヴァイオリン奏者たちは、無自覚に、正しい拍節感をもって演奏していたということだ。(そしてそのことを僕に教えてくれたのがあのおじいちゃんだったということだ。)

何年前だろう、京都の弦楽器店で、アマデウス四重奏団メンバーによる公開レッスンがありました。アマデウスは1987年にもう活動は止めていたので、元アマデウスと言うべきかもしれません。