昨年のエントリでヨーロッパのダニについて取り上げた。山野に生息していて、人が通ると知らない間に食いつき、血を吸って膨れ上がるダニ。何より、ライム病と脳炎という二種類の重病の病原菌を媒介することから警戒しなければならないという話。
そんな話を書いておきながら、その後、実は昨秋のスロヴェニアで、子供がダニに食われてしまった。これもエントリに書いた、スリウニツァ山に登ったときのことだ。二三日後、下の子供が、右耳の後ろのあたりが少しふくらんでいるみたいで、押すと痛いと言う。見ると、小豆粒ほどにふくらんだダニが食い込んでいた。それまで気付かないのだから、以前に書いた「噛まれるとひどく痛くかゆいらしい」というのは誤りだったことになる。訂正します。あれだけしっかり食い込んでいて最初気付かないというのは、ウチの子供がニブいのかもしれないが、それだけではないと思う。おそらく、このダニには、人間の痛覚を避けて食いつく能力が備わっているのだろう。
たぶん山からグラホヴォの集落に下りようとして道が分からなくなり、少し薮の中に入り込んで引き返した、そのときに付いたのだろう。そしてスリウニツァから日帰りで帰って、子供を風呂に入れはしたものの、頭を洗うのはサボってしまったのだった。
このダニが活動するのは暖かい季節のことで、すでに秋も深まりゆく十月に入っていたことからも油断した。昨年のそのころのスロヴェニアは、例年よりずっと暖かかったのだった。
もちろんすぐに医者に電話して連れていき、引きはがしてもらう。子供は特に痛がりもせず、落ち着いていた。
ダニに噛まれたからといって、必ず病気になるわけではない。千匹〜20万匹に1匹が病原菌を持っているのだという。ことにこの遅い季節に保菌しているダニは少ないはずだという話を聞いてちょっぴり安心し、それでも少しびくびくしながら二カ月を過ごした。病気の潜伏期間があるから、それぐらい様子を見なければならないのだ。その間、子供は普通に幼稚園に通い、普通に生活していた。そして結局何事もなく済んだ。感染はしていなかったようだ。「ロシアン・ルーレット」(後述の Der Standard 誌)だとはよく言ったものだ。
スロヴェニアの隣、オーストリアの Der Standard 誌が、最近、このダニと予防接種について取り上げているので、簡単に紹介する。上の画像も同じ頁から引いている。(これぞ元々の意味の weblog ですね。)
1970年代はじめのオーストリアでは、このダニによる発病が毎年700件報告されていたという。1976年に脳炎 (FMSE) の予防接種薬が開発されて、バクスター社が量産を始める。やがて啓蒙活動が行われるとともに薬の値段も引き下げられて、オーストリアは87パーセントの人が予防接種を受け、接種率で世界一になる。製薬会社が不安を煽っており、予防接種による副作用もあるとする批判もあった。しかし現在では製法も改良されて、副作用の心配はほとんどないという。1979年にFSMEにかかったオーストリア人は667人いたが、予防接種キャンペーンののちの1999年には41例にとどまった。(ライム病には予防薬はなく、抗生物質で治療するしかない。)
しかしこの予防接種、一生に一回で効果が永続するという性質のものではなく、五年に一度は新たに受け直さなければならない。で、近ごろのオーストリアではこれをないがしろにする傾向が出てきて、結果、昨年の FSME発病は100例、うち三名死亡と、再び増加に転じた。
オーストリアでは、シュタイアーマルク、オーバーエステライヒ、チロルといった州が特に多くダニの生息する危険地域とされているが、それ以外の地域でも油断できない。現在、7月31日までの「防ダニ予防接種キャンペーン」中で、予防接種薬は特別価格 22.50 ユーロ!だとか。
現在、オーストリアでは、薬は二種類出ている。バクスター社の “FSMEインムーン” と、ノヴァーティス社の “エンツェプーア”。後者はアルブミン(血漿蛋白)を含まない血清だというのが売り。人間のアルブミンは、これを介して BSE が感染する可能性が完全には排除できない。イギリスで発生した BSE のうち二例は輸血血液からの感染だ、だから血漿を使わずに製剤しているノヴァーティス社製品は安心です、という謳い文句らしい。で、オーストリアの予防医学政策に関わる役人は、どちらの薬もいいですよ、と言っているとか。
以上が記事の大筋。これに現時点で50近い読者コメントが付いていて、関心の高さを窺わせる。
純然たる山地でなくても気をつけたほうがいいのは確かだ。リュブリャーナでお世話になった友人Bは、数年前にやられて、1カ月だったか、意識不明だったというが、彼女がダニにくっつかれたのは、どうやらリュブリャーナのティヴォリ公園裏の山だったらしいという。
山野を歩くのが好きな人はやっぱりヨーロッパでは気をつけたほうがよさそうだ。よほど寒い季節以外、戸外のそういうところを歩いたら、とにかくその日のうちに頭からシャワーをかぶる。1年以上の滞在なら、行ってすぐに予防接種を受ける、といったあたりか。
追記:在ドイツの医師によるダニに関する記事が出ていた。