シェップルとでも音訳しておこうか。「ウィーンの森の最高峰」であるらしい。(ちなみにドイツ語圏で「森」Wald と言えば、たいていはなにがしかの山地だ。)
かなり長めのコース。6月28日火曜日、朝早くに目が覚めたし、一日中好天という予報だったし、行ってみることにした。
地下鉄4番線で終点ヒュッテルドルフHütteldorfまで行き、Sバーンに乗り換え。15分ほどで、レーカヴィンクル Rekawinkel 下車。6:45ぐらい。ザンクト・ペルテンとウィーンの中間の峠。この路線のトンネル工事で作業員の人たちの集落が形成され、その後避暑用の別荘地になっていったらしい。瀟洒な駅舎。
跨線橋を渡った南側から登山道が始まる。森の中の林道状の道をゆるやかに登っていく。林の向こう、朝日に輝いて見えるのは牧草地だ。
と、間もなくアウトバーンA1を渡る橋。
少し行くと、地元の車道を二回渡り返す。この辺りからは、西南西に向かって延びる幅の広い長い尾根の上を、フォルストホーフの峠まで、だいたいにおいて辿っていくことになる。しばらく登りになって、森がやや明るくなると、鉄塔の建つヨッホグラーベン山 Jochgrabenberg (645m) の南面を通る。そこからまた下り。
厩舎のある草地を右にかいま見て少し行くと、三たび車道に出て、そこがホーホシュトラース=シュヴァーベンドルフル Hochstraß-Schwabendörfl の集落。山の村だ。標高は560mほど。8:30。
台地状の南面は広い牧草地になっていて、展望が開け、とても気持ちがよい。広大な牧草地の中、道に沿って、ぽつんぽつんと家が建っている。建築中の住宅もある。
集落の中の一軒。
集落の中心部。前方左奥に見えているのが今日の目的地シェップル。
山の中、森林のど真ん中だが、実はアウトバーンA21が近くを通っていて、ウィーン市内からここまで車でのアクセスは悪くないはず。それで、あまり「山の民」ではない人も住居を建てつつあるようだった(憶測)。どんな土地かはここの村のサイトに掲載されている鳥瞰写真を見ていただくのがよいだろうと思う。
集落を通り抜け、車道の下をくぐり、アウトバーンA21にかかる橋を渡り、林の中に入っていく。
人気のない宿屋ブルダの前を通り過ぎ、ハーゼンリーゲル山 Hasenriegel (616m) の東面を巻くと、まもなくファルケンシュタイン小屋 Falkensteiner Hütte。週末以外は閉じられている小屋の前の階段で少々休憩して、ゆるやかな下りに入る。ホーホシュトラースの手前で山の住民かと思われる軽装のおばあちゃんが犬を散歩させているのに出会った以外は、ここで初めて反対方向から歩いてきた登山客然としたおじさん3人組とすれ違った。
さらに2キロほど歩くと、ハーメトベルクHametbergで林を抜け出す。11:00。広々とした牧草地が開け、その上にシェップルの山容が見える。木蔭で牛が草を食んでいる。道標に従って牧草地を突っ切り、谷から登ってくる車道に降り、フォルストホーフ Forsthof の峠(564m)に到る。
峠からがシェップルの登り。この峠までは車で来て、シェップル山頂を往復して帰る人たちが多いようだ。しばらくはやたらに馬のいる広い牧草地の中の舗装道の登り。
その後、ようやく樹林の中の山道らしい山道の急登になる。ここからは、子供連れも含めた数人とすれ違ったり追い越したりした。
やがて山腹を右に巻き気味に登っていく少ししっかりした道に出る。途中、半円形の石釜のような形にコンクリートで固められた水場を過ぎると、まもなく山頂。
山頂の山小屋兼食堂 シェップル小屋 Schöpflhütte でシュニッツェルを注文して昼食にする。ちょうど午後1時。飲むと歩けなくなってしまうのでビールやワインは我慢する。まだこの先は長い。
ものすごい晴天で日差しはきつい。が、風も強烈で、戸外の席に日陰を提供していたパラソルは閉じられてしまった。
山頂と言ったのは正確ではない。小屋があるのは山頂直下。腹を満たして13:40、腰を上げる。木立の中の一登りで本当の山頂。そこには簡素な鉄骨組の展望塔がある。一段一段カンカンと音を立てながら上まで登って、しばし展望を楽しむ…が吹きさらしの鉄骨、風が強くて長居はできない。展望塔からの眺めはこちら(QTVR 2.1MB)。
早々に降りて、裏の道を下り、小さな牧草地を通り抜けて、南への下山にかかる。大部分の人はフォルストホーフに戻るので、こちらに来る人は少ない。
2.5キロぐらいか、ひたすら樹林の中の下り。
眼下に大きな牧草地が広がると、その下が山麓の村ザンクト・コロナ St. Corona (580m) だった。村に降りて再び舗装道路歩き。
腹は山頂で満たしていたが、実は持参したペットボトルが小さすぎて、中身は既に空。晴天下の歩きで喉はカラカラだった。まだあと丘二つ越えなければならない。この村唯一の食堂で喉を潤していこうと考える。食堂の前に掲げられた看板には、
Essen Sie bei uns / sonst verhungern wir beide!
(当店でお食事を。さもないとお客様も私どもも飢え死にしてしまいます!)
と書かれている。ウマいことを言う。さあ入ろう…と思ったら閉まっていた。月火定休。こういう店が多く月曜定休なのは知っていたが、火曜もだった。飢え死にしてしまえ!
午後3時の強烈な日差しに照りつけられながら、仕方なく店の前の坂道をゆるゆると登っていき、小さな峠越えにかかる。
その先は谷道(あくまでも舗装された車の通れる道)のゆるやかな下りで、本当に小さなノイヴァルト Neuwald の集落を通り過ぎ、ザンクト・コロナから4キロほどで、トリースティング川の本流(と言ってもあくまでも山の中の細い渓流)にぶちあたる。さてそこからが最後の登りだ。
標高差ほんの150mほどの丘越え。なのだけれども喉が渇いてバテている身にはけっこうきつかった。尾根の上にはやはり小さな集落があって、そこから先は帯状に広がる牧草地の中の道になる。峠で再び大勢の牛さんたちの脇を通り過ぎ、
あとはひたすらてくてく下る。
ヤギの群れがいた。
雑草が生い茂ってまったく廃線状態の線路を横切って、地方道に下り、少し東に歩いてから登り返すとようやくカウムベルク Kaumberg の小さな小さな街。歩きの終着点。このときちょうど5時ごろ。あとはバスで帰るだけ。のはずだったが…。
小さな小さな街の小さな小さな中央広場 Marktplatz の真ん中には小さな小さなロータリー状の公園になっていて、風呂桶のような奇妙な泉水がある。そのすぐ横にローカルバスが停まっていた。すぐ脇の小さなスーパーの奥に併設されている場末のスナックみたいなカフェでコーヒーを注文し、さらにスーパーで買ったジュースを飲む。
この広場からは、一日一本だけのウィーン(Südtiroler Platz) 行き直行バスが、6時過ぎにでるはずだった。ウィーンの中心部まで、乗り換えなしで1時間で戻れる。そのバスの時刻の頃合いを見計らってカフェを出て、さっきローカルバスが停まっていた小公園で待つ。別のローカルバスが前を通り過ぎていった。どうもここが停留所というわけではないらしい。横の方には、バスの待合所のような木組みで屋根付きの小さな建造物があるが、狭い広場(って形容矛盾だな)じゅうに停められた車はその前も塞いでいて、バス停として機能しているようには見えない。いったいどこで待っていればいいのか迷っていると、大型バスが走ってきた。たしか女性の運転手。前面には「ウィーン空港」(!)の表示。えっと思う間もなく、小公園の前に突っ立っている僕など一顧だにせず、走り去っていった。
いや、あれは違うだろう、乗るべきバスはまだこれから来るに違いない、としばし待つ。来ない。やっぱりあれだったらしい。しかし何であんな行き先表示だったのか。確かに空港行きリムジンに使われるような大型だったが…。そもそもバス停はどこなのか。スーパーで確かめようと思ったがすでに閉まってしまった。人通りはほとんどない。待合所の小屋に書いてあった番号に電話してタクシーを呼ぼうとしたが、あんたどこにいる?ああカウムベルク?今日はもうそっちには行かない、とのお返事。広場には古ぼけて人気のない宿屋らしき建物も立っている。ここで一泊? 大休止も含めると歩程ほぼ10時間。地下鉄終点から電車で15分ほどのレーカヴェインクルから歩きはじめたわけだが、いやー、思えば遠くに来たもんだ。
…などと感慨に耽っている場合ではない。思いついてあわててiPhoneの乗り換え案内アプリを引っ張り出す。18:17の最終ローカルバスに乗って乗り継ぎしまくると、なんとか今日中に帰れそうだ。やってきたそれらしいバスを、腕を振って必死で止める(そんなことしなくても停まったような気もするが)。他に客のいない車内に乗り込んで、ヴァイセンバッハ Weissenbach へ。そこでまた別のバスに乗り換えてレオーバースドルフ Leobersdorf というこれもド田舎の駅に 19:50 着。夏のことでまだ明るいが、周りには店の一軒もない。しばらく待ってS-Bahnの終電でメードリング Mödling へ。そこで電車を乗り換え、さらにバスに乗り継いで、9時頃、家にたどり着く。さすがに暗くなっていた。ヒーツィング駅のスタンドで買ってきた焼きそばを食い、風呂に入って寝た。
参考:Harald Rötzer, Wiener Gegenden – Ausflüge in und um Wien. Tyrolia, 2006.
Dommeyergasse のスーパーでスポーツドリンクとチョコを買い、市電60番でMaurer Hauptplatz へ。停留所からちょっと戻った所が交差点で、そこから左に入る。
ゆるやかな坂を上っていくと、
教会の背後に天文観測用のSterngarten(星の庭)があるというのだが、灌木の中にこれかなあという地面がコンクリートの小さな空き地があるだけだった。そこから林の中の踏み跡を適当に下っていくと、橇遊び用の広いヴィーゼの端に出る。筍の皮を3枚向き合わせたような自然観察案内板が立っている。
そこから右に、ヴィーゼの下端を限るプラタナスの並木道がある。その入り口には車止めがある。この並木道を進むと、右に分かれ道が二つ。次の目的地 Pappelteich(ポプラ池)へはここで真ん中の道に進むべきだったのだが、ガイドの記述が曖昧で、そのまま谷の真ん中を通る並木の舗装道路をずんずん降りていった。
最後は再び車止めを抜け、左右に住宅のあるIn der Klause という通りになってしまった(画像はその中の一軒)。そのまま下っていくと、Kalksburgの街だった。
仕方なく引き返し、途中の橋のところで、ほとんど水のない谷沿いに、北に入ってみる。そのうち広めの林道状の道に出た。これが本来のコースらしい。
そのまま左に辿ると、ギューテンバッハ谷 Gütenbachtalらしい自動車道に出た。この道をそのまま北西方向に歩く。時折車の通る舗装道路だが、左右は灌木の茂みとヴィーゼばかり。途中でガイドブックを見直すと、自動車道に平行した土の道があるらしいことが分かり、生け垣のような茂みをくぐって入れる所をさがしてそちらに移る。しばらく歩くと、大きなヴィーゼに出て、森の際を右手に登っていくかなり広い道がある。どうもはっきりしなかったが、たぶんこれだろうと思って登っていく。
途中鉄扉のついた防空壕のようなものがある。その先は森の中。
かなり歩いてから、食堂 Gasthaus zur Schießstätte の道標が現れる。本道を離れて左に近道をたどると間もなく、その食堂に着いた。近くまで車で入れるらしく、あまり歩けそうもないお年寄りがかなり来ている。ターフェルシュピッツを注文して昼食。
そこから行きに通ったポプラ池への分岐までは幅の広い、森の中をまっすぐ下って行く明瞭な道だった。
せっかくなので改めて池に寄っていくことにする。三辺をコンクリートに囲われ、北側だけが石積みの、ただの人工池だが、確かに色々な生き物がいる(近頃のウィーンの森は生物多様性の保護をウリにしているらしい)。小さめの蓮の花が咲いている。亀もオタマジャクシもたくさんいるし、トンボも、イトトンボも含めて何種類も飛んでいる。周りには子どもたち。
分岐まで戻り、並木道を少し戻って、そこからまたよく分からないまま右手の森の中に入る道をみつけて行ってみる。と、いったん駐車場のようなところに出てしまった。iPhoneの方位磁石で見当をつけ、とにかく右に右に、再び森の中に入っていく。あまり間違ってはいなかったようで、間もなく端にぶどう畑のある広いヴィーゼに出る。この辺り、Himmelswiese (天/空のヴィーゼ)と呼ぶらしい。ウィーン南部の眺めがよい。
さらにいくつかのヴィーゼを縫うようにして歩き、よく分からないまま左方向にたどると、ぶどう畑の間の石畳の道になった。作業をしている人がいる。
市電60番でヘルメス通りHermesstraßeへ。11:36のバス60Bはほぼ直線の道を走って終点のラインツ門 Lainzer Tor 11:41着。
ラインツ門を入ったあたりは平地で、舗装された真っすぐな並木道が山に向かって延びている。門を入ってすぐの建物の自然教育展示をざっと見て、並木道を歩き出す。左手は児童公園。右手の網で囲われた広いヴィーゼ(草地)の奥に、鹿の群れが見える。ここでは午後二時になると餌付けが見られるらしい。ヨーロッパバイソンや馬もいるそうだ。
メインストリートの右側に平行している土の道を歩いていくと、やがてメインストリートを離れて右に入っていく。ヴィーゼの奥の森の蔭に、ヘルメス・ヴィラが姿を覗かせている。手前のヴィーゼには、一面に菜の花のような黄色い花が咲いていた。道はヴィーゼの端、森の際をうねうねと曲がりながら続き、ヴィラの左翼に向かう巨大な唐檜の立ち並ぶ道にぶつかる。
ヘルメス・ヴィラは、フランツ・ヨーゼフが晩年のエリーザベトのために建てた城館。ピンクの壁がいかにもなスイーツな建物だ。当初は Villa Waldruh 「森の安らぎのヴィラ」と名づけられるはずだった。しかし旅行マニアのエリーザベトはこんなところにじっとしていたくない。彼女は自らベルリンの彫刻家に注文してヘルメス像を作らせた。旅人の守護神だ。それをヴィラの夫の部屋の真ん前に建てさせた。一種の嫌味だと取るしかなさそうに思われる。一方フランツ・ヨーゼフは、Sisiがここで快適に過ごせるようにあらゆる手を尽くした。ヘルメス・ヴィラにいたるメインストリートはウィーン周辺で最初に電気による街灯が点されたし、Sisiのために電話も引かれたという。(ちなみに、Sissiというのはロミー・シュナイダー主演のの同名の映画以降流布するようになったもので、歴史的なエリーザベトはSisiないしLisiと呼ばれていたらしい。)
唐桧の道を戻り、少し行くと、左手から最初の並木道が合している。右に、林とヴィーゼの中の道をたどる。途中で一頭だけ、イノシシを見かけた。ディアナ門に行く道を見送ると、道は右に折れる。
間もなくHirschgstemm ヒルシュグシュテムという食堂。元々はルドルフ皇太子が猟に出かける前に朝食を摂るための館だった。ここまで、ヴィラから7キロほど、遊歩道はカルトブリュンドル山の南麓をぐるっと円を描きながら回り込んでくる感じ。完全に舗装されている。
すでに一時半ぐらいだったが、ここからが登りなので、食事はやはり我慢。ここまでは舗装道路だったが、ここからは土の道。林の中の広い道をゆるやかに登っていく。山頂を通らないショートカットの道を左に見送ってなおも行くと、Kaltbründlbergカルトブリュンドル山 508m の山頂。フーベルトゥス展望台 Hubertuswarte という名の直方体の塔が建っている。小さな窓しかない螺旋階段を登って上に出ると、
塔を降りて、幅広い稜線上の、林の中のゆるやかな下りにかかる。30分ほどで稜線を横断する道との三叉路に出る。正面は再びヴィーゼ。右手にRohrhaus ローアハウスという食堂がある。ここで昼食。すでに2時半ぐらい。 (ヘルメス・ヴィラからここにまっすぐ登ってくる道もある。)
北に向かって、舗装道路を下る。左右は樹林。20分ほどで、再び三叉路。左から、山の登り口で分かれた裾野道が来ている。その道を右へ、ニコライ門のほうへ向かう。ところどころにヴィーゼが現れる。間もなく、道標がある。このまま舗装道路を進んでもニコライ門に着くが、尾根の背を越えていく土の道、Waldwegが分かれている。もう一登りすることになるが、こちらを選択。ゆるやかな登りだが、これがきつかった。まもなく道は平坦になり、左に折れて下り始める。右に、また左に折れ、ヴィーゼの中を進むと、ちいさなチャペルのあるニコライ門。4時ごろ。

有名な
アウガルテンの一角を占める
アウガルテンのバロック式の公園自体は、なんだかつかみ所のない感じだった。格子状に走る遊歩道の両側は異様に丈の高い並木が生け垣のようになっている。
第二次大戦の灰色の円筒形の巨大な要塞が残され、公園のシンボルのようになっている。
西端の門から公園を出て、柱の上に円い環を載せたモダンなストーンヘンジのような奇妙なオブジェのあるガウス広場へ。その隅のPalermoという店の庭で安いランチメニューで遅めの昼食。茸のクリームスープとほうれん草のペンネ。このあたりからは20区ブリギッテナウ。
ガウス広場からドナウ運河に出て、運河沿いの遊歩道を2kmほど歩く。平日の昼間だが、例によってジョギングする人、サイクリングする人が行き交う。対岸の川面と上の道路との間、半地下の部分を走る地下鉄U4が見える。セーヌ沿いのRERにちょっとだけ似ている。舞洲と同じくフンダートヴァッサーがデザインした焼却場を間近に見て、ハイリゲンシュタット橋で頭上を横断する自動車道に上がって運河を離れる。
途中、楽譜出版のUniversal Editionの社屋を左に見て、ブリギッタ聖堂Brigittakapelleにいたる。1650年創建の小さなチャペルは、当初、水辺の土地にぽつんと立つ存在だった。
フリードリヒ・エンゲルス広場で左に折れ、1930-33年に建てられた立派な共同住宅の中を通り抜ける。多くの自動車道がややこしいカーブを描いて集散するうえに貨物線の線路も走る北橋Nordbrückeのたもとを道標に従ってくぐり抜け、歩行者・自転車専用の古い橋 Nordsteg(元は自動車用だったらしくかなりの幅がある)を通ってドナウ島Donauinselに渡る。
橋の途中から見るドナウ本流。
舗装された遊歩道を南に向かう。島には車は入ってこない。下流、南に向かって島の右側がドナウ本流、左側が新ドナウ。ここも二十世紀に行なわれた再びの河川改修の産物。1970年代のことだ。水位上昇時に本流の水を逃がすもう一つの水路として、新ドナウが作られた。そのときに掘り出された土砂がドナウ本流との間に積まれて、この島ができた。長さ21km、最大幅250mの異様に細長い土地だが、島には違いない。新ドナウの入り口は普段は閉じられていて、流れはなく、一種細長い湖のようになっている。洪水の危険のあるときにだけ、こちらにも河の水が流される仕組みだ。
途中、脇に灌木の中を通っていく土の道を見つけて遊歩道を離れ、新ドナウの水辺に出てみる。意外にきれいな水。入江状になったところには、やはりビーバーの仕事とおぼしい切り倒された木が見られた。
再び舗装された遊歩道に戻り、丘の上に上がって行く。新ドナウの向こうにはドナウ・タワーとUNOシティが見える。見下ろす新ドナウの川べりには、水浴用の桟橋がいくつも設置されていて、この8月の末でも泳いでいる人たちがいる。完成以来ドナウ島は手近な行楽地として、ウィーンの人たちに愛されているらしい。ジョギング、サイクリング、釣り、水泳、バーベキュー。大きめの児童公園もある。北の方にはFKK(ヌーディスト)ゾーンもあるらしい。島の中央部では、毎夏、
島に入ってから1kmほどで、地下鉄U6の鉄道橋の真下に設えられた歩行者用の橋で新ドナウを渡ってU6 Neue Donau 駅に到着。ガラス張りの高架の駅からは西にカーレンベルクあたりの山がよく見えた。

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