登山周辺の外来語の怪

べつに数年おきにマスメディアの一部で繰り返される「横文字の氾濫」を嘆く身振りを模倣したいわけではない。そういうのは英語の嫌いなフランス人にまかせておけばよい(あ、あいつらはどっちみち横文字か)。日本では英語が大好きな人も多いようだし、べつにいいではないか。でも外来語としての入り方は、古典的なものをとっても、ぐちゃぐちゃなズレや混交が見られて、かなり面白い。

芦屋地獄谷のところで少し触れたけれど、日本の登山用語の多くがドイツ語起源で、そこにフランス語や英語が混じっている。「コッヘル」と呼ばれてきたのはコッハー Kocher のことだろう。携帯用の鍋を指して使われてきた印象があるが、Kocher はコンロのことだ。今は英語系で「クッカー」と呼ばれることのほうが多いかもしれない。日本ではなぜか「簡易テント」の意になる「ツェルト」 Zelt とはドイツ語でテントそのもの。この微妙なズレが楽しい。「ハーケン」 Haken は鉤、フックのこと。フランス語系で「ピトン」 piton とも呼ばれる。「ピッケル」 Pickel もドイツ語(同音異義で「にきび」も指す)。「つるはし」のこと。「ゴルジュ」は前に書いたように両側の岩壁の迫った狭い地形のことだが、フランス語で喉のこと。J’ai mal à la gorge. 私は喉が痛い。(久しぶりに風邪を引いているので、これは単なる例文ではなくて本当です。)

「カラビナ」がどこから来ているのか知らなかった。ふと思いついて改めて調べた限りではドイツ語の Karabiner らしい。この単語はカービン銃のことも表す。ところが独和辞典(クラウン)にはさらにこれがもともとフランス語であるらしい記述がある。それも、「1. カービン銃;騎兵銃」ではなく、「2. カラビナ(登山用具)」のほうに括弧して「フランス語」と書いてあるのだ。しかし仏和辞典で carabine を引くと、カービン銃は出てくるが、カラビナは出てこない。

いずれにしても、日本の登山をめぐるジャーゴンは、このめちゃくちゃな混交ぶりが面白い。

逆に同じもののはずなのにもとの言語によって日本語での用途が分かれて面白いのは「鉄」だ。
英語の iron からして、輸入された年代によって「アイロン」なら衣類のしわ伸ばしのことだし、より音訳に近くなった「アイアン」ならゴルフクラブの一種。そしてドイツ語の鉄、「アイゼン」は登山用語になっていて、靴底にくくりつけて氷結したところを歩いたりするのに使う、爪のついた金属製の道具。日本語版 Wikipedia は Steigeinsen が略された和製登山用語だとしている。フランス語の「鉄」は、ぼくの気づいた範囲では日本語に入っていない。一音節だから入りにくいのだろう。

登山用語はやっぱり英語も多いかな。岩壁の上のほうが覆いかぶさるように出ているところはオーバーハング。英語だが、岩壁のルート図などではドイツ語の Überhang の頭文字の Ü が記号として記されていることもある。岩と岩の狭い隙間に大岩がはさまったようなところは「チョックストーン」と呼ばれる。たぶんチョークストーン choke stone のことだ。岩登りの「手がかり」のことをホールド、「足がかり」というか足の置けるところのことをスタンスなどと言っていたと思うが、後者は英語から見れば少々奇妙な使い方かもしれない。

スキー用語もドイツ語もどきが多い。スキーで言うシュプール(たしかかつてJRのスキー列車の名前にも使われていた)は、ドイツ語で Spur 跡、痕跡のことだ。英語だとこの綴りの単語(スパーか)は「拍車」として記憶しているが、他ならぬアイゼンの意味でも使うらしい(ああややこし)。ボーゲンもドイツ語。たんに弓(形)、弧のことである。プルークはドイツ語の Pflug らしい。英語で言う plough、犂(すき)のことだ。そう言えば鉄道車両の先頭に付ける排雪機は日本ではスノープラウと英語で呼ばれていた。重たいスノープラウを付けるのを嫌った「きかんしゃトーマス」(イギリス産の物語だ)がトラブルに巻き込まれるお話があったっけ。

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