Kako čas hiti! 月日の経つのが恐ろしく早い。スロヴェニアから帰って来てもう丸2年経ってしまった。「リュブリャーナ日記」として滞在記を書いていた頃、書きかけたまま放置してあった記事がまだかなりある。これからでも、出せるものは少しずつ出していこうと思う。
プレチニクの建築についても、いくつか紹介してきたが、彼の作品はまだまだいくらでもある。さすが「プレチニクのリュブリャーナ」だけあって、リュブリャーナを歩いていると、犬でなくても、いたるところでプレチニクに当たるのだ。関係ないけど、リュブリャーナでは犬の糞を放置していく飼い主が多い。パリほどひどくはないけれど、ちょっと気をつけて歩かなければならない。
ええと、いたるところにあるプレチニクの話。たとえばぼくらの住んでいたアパートのすぐ近くのこれ。
アイロン (1933-34)

「アイロン」Peglezen
非常に細長い三角形の土地に建てられた建物。青空市場のほうを向いた鼻先には旗の掲揚ポールがある。
鋭角な三角形の狭い敷地に建てられた作品。土地が高価で狭隘な日本ではありふれているかもしれないが、こちらではかなり稀なチャレンジだったのではないかと思われる。その形から「アイロン」 peglezen と呼ばれている。一階にはちまちました店舗があり(一番手前は衣料品店で、『グッバイ・レーニン!』──あの映画は旧東独の話だが──で、ドイツ統一後、主人公の姉が赤ん坊に向かって、ほーら、あたしたちこんな代物を着ていたのよ、と見せる古着のような衣類が飾ってある)、上は住居。ウチの住んでいたアパートのあるポリャンスカ通りの入り口にあって、最初からよく目にしていたのだが、それがプレチニク作品の一つだということに気づいたのはしばらくしてからだった。
1階の南面は6つのアーチ状の窓。そのアーチのそれぞれの上に、2階の窓が2つずつ。3階の先端は4対の柱に囲まれたガラス張りの温室状の空間。その後ろの部分にはもう1階あり、小さな窓と軒蛇腹が目立つ。先端部が3階、後ろが4階というのは、高さの低い市場周辺の建物と、背後のポリャンスカ通りの建物(当時の計画では)の高さとを繋ぐ意図があったという。今でもすぐ後ろの建物は一回り低いのだが。
あと、この建築で面白いのは、屋内の階段。踊り場で180度折り返す階段は、1階から踊り場へ、踊り場から2階へと、つねに下が幅広く、上が狭く作られている。パースペクティブ上のトリックが仕掛けられているわけだ。(日本でも古くは鎌倉の鶴岡八幡宮参道の段葛がそうだ。)
ピオニール・ハウス (1938-1941)
リュブリャーナの鉄道の駅の北側の殺風景なベジグラート地区にずどんとたつピオニール・ハウス Pionirski dom。現在は青少年文化センターとして使われており、スロヴェニア語教室の会場にもなっている(そうそう、以前に書いた「自販機で博打」の話はここのことだ)。野球場のような丸い外観。実際は、上の開いたΘ(シータ)型になっている。
このΘの真ん中の横棒の部分が、両サイドからの入り口と、それに続く列柱に囲まれた階段になっている。このあたりにやはりプレチニクらしさが感じられる。
元々神学校のための建物として構想されていて、Θという文字にしても、ギリシャ語の「神」テオスの頭文字なのだ。ぼくらが見るとすぐに野球場を連想するのだが、プレチニクが野球などというものを知っていたとは考えにくい。モデルはローマ人たちのコロッセウムのようだ。
3分の2ほどできあがった1941年、戦争で建設は中断。戦後、T. ビテンツによって完成された。
リュブリャーニツァ川水門 (1939-1944)
リュブリャーニツァ川に沿って、プレチニク作品として誰の目にも留まる三本橋と青空市場を過ぎ、ドラゴン橋も過ぎてしばらく歩くと、水門がある。ウチの住んでいたアパートからだと、前の通りを「アイロン」とは反対方向にほんの少し歩いたところ。以前に書いたゲリラ的ミニ食料品店の少しだけ先。これもプレチニクなのだ。
両岸と中央に相似形の箱形の塔。凝った軒蛇腹のついた屋根を載せ、市の中心部側、上流側には三匹のドラゴンの頭の付いた水盤型の装飾があり、下流側には、渦巻き模様と人の頭部の彫刻が施されている。水門のメカニカルな機能を覆って、少々エジプトっぽくも古典的な印象を与える作品。写真は2006年3月11日に撮影。雪だったのだ。

参考:
Peter Krečič, Das Ljubljana von Plečnik. Cankarjeva založba, 1991
Andrej Hrausky & Janez Koželj, Archictectural Guide to Ljubljana. Darila Rokus, 2004

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プレチュニックの再来を!願ってやみません。ちょっとした建築ラッシュのリュブリャナですが新たに現る建築物はどれもこれも・・・。
t.fuji さん
リュブリャーナじゅうにプレチニクと風呂敷を!ですか。(笑)
いろいろぼこぼこ建ってきているのでしょうね。だいたい想像がつきます。建築のことは詳しくありませんが、19世紀的なモニュメンタルな建築は、現在コスト的にも無理なのではないかという気がします。プレチニク作品にはいかにも安価な素材で作られているものも多いわけですが、その模倣をしたくないという心理もきっとあるのでしょう。
駅の北側の開発は進んでいるのでしょうか。