ヴァイオリンという楽器そのものについて、実はあまり詳しくない。大学生の頃に、ほどほどの楽器を手に入れて(それもいろいろいわくがあるのだが)満足し、1回、そこそこの弓に買い替えて、ずっとそのまま。弾くだけで満足していて、弦楽器の材料に関する知識は、自分で楽器を作ってしまうような人(これが意外と多い)とちがって、まるでない。

ヴァイオリンの表板がドイツトウヒ (Fichte) で、裏板がカエデだということくらいはなんとなく知っていた。弓に使われる木材のペルナンブーコという名前も耳にしていた。が、そのペルナンブーコがどういう木なのか、全く知らなかった。
あまり詳しい文献を持っていなくて、たまたま手元にあった藤原義章『ヴァイオリンとヴィオラの小百科』(春秋社、1999)にも、佐々木朗『弦楽器のしくみとメンテナンス2』
(音楽之友社、2000)にも、記述は多くない。それで、最近ぽつぽつ、あちこち調べてみていた。それなりに色々出てきたので、メモ代わりにここに。
ペルナンブーコはブラジル東部海岸森林地帯原産のマメ科の高木。学名Caesalpinia echinata。ペルナンブーコはブラジル北東部の州の名前で、木の方はペルナンブーコ木(ぼく)と呼ぶのが適当なのかもしれない。ブラジル木とも言うらしい。樹は高さ30m,幹の直径1mになり、幹には棘がある。 これも知らなかったのだが、ブラジルで産するからブラジル木ではなくて、ブラジル木 (Pau brasil) を産するところからブラジルの国名が生まれたらしい。

ペルナンブーコの花
さらに、そもそもは、ブラジル木と呼ばれていたのは、このブラジル木ではなくて、インド、マレーシア原産の蘇芳(スオウ Caesalpinia sappan)だった。こちらは豆科の小高木で高さ5メートルほど。スオウは日本へは飛鳥時代に中国から伝わっている。正倉院収蔵の木工品の染色にも使われていた。漢方では収れん剤,止瀉剤として用いられる。
このスオウの近縁種で、南米に生えていたやつを、1540年にポルトガル人が「発見」し、その後こちらの方がブラジル木と呼ばれるようになった。「ブラジル」は、ポルトガル語の brasa (燃えるように赤い)から由来しているようで、スオウと同様、心材を刻んで煮て、色素を抽出する。スオウもブラジル木も、心材にブラジリン brazilin(C16 H12 O5 )という赤色の色素が含まれているのだそうだ。染料や赤インクの材料のほか,昔は薬用としてマラリアに用いられた。 以上はおもに平凡社世界大百科事典からの受け売り継ぎはぎ。そしてこの事典の「ブラジルボク」の項には「また材は堅くて耐久性があるので,細工ものや工芸品にも使用される」とは書いてあるけれど、弦楽器の弓のことにはまったく触れられていない。
ブラジルの国名の元となったブラジル木 Pau-brasil =ペルナンブーコは、ブラジルの国樹。ブラジルの社会・経済史と深いかかわりがある。
もともと大西洋岸3000キロにわたる地域、Mata Atlantica と呼ばれる森林に生えていた。花期は9月末から10月半ば。強い芳香を放つ。11月から1月にかけて実が熟していく。画像で見ると、やっぱりマメ科だなとも思うし、ランの花のようにも見える。生育は遅く、花を付けるまでには三、四年かかる。花は一日か二日でしぼんでしまう。ペルナンブーコの林は、ランやコケ、地衣類にとっても重要な生育環境であるらしい。
前の事典に、ポルトガル人が「発見」したという記述があったが、それ以前から、ブラジルの先住民(ブラジル・インディアン)たちは、この木を弓矢の製造や染色に利用してきた。植民地時代、ポルトガル人によって大量に伐採され、染色材料や家具・木工用高級木材として利用される。乱獲が始まった時期として世界大百科は1540年という年を挙げていたが、1501年と言っているものもある。当初、このブラジル木を採る者たちをブラジレイロスbrasileirosと呼んだ。これは現地の人たちの奴隷労働者化をも招いた。
3世紀にわたって、ブラジル木はブラジルの主要輸出品目の一つだった。このため、19世紀には、自生地域は絶滅に瀕する。19世紀後半に代替となる化学染料が開発されるが、それまでに大量のブラジル木が伐採され輸出されており、ブラジル木の減少はさらに1920年代まで続く。現在では、自生しているブラジル木を見つけるのも困難だという。ペルナンブーコは絶滅危惧種だったのだ。
ヴァイオリンの弓の材料として使われ始めたのは18世紀末から。重さ、密度、強度、柔軟さの点で、理想的だった。 染料としては代わりになるものが登場したが、弦楽器の弓の材料としては、代わりになるものは今にいたるまで存在しない。(他の木ではダメだし、カーボンファイバー製のものは、佐々木1999によれば、低価格品以外はまだまだ「使えない」ようだ。)現在でもブラジル木の輸出は続いており、それがどれほどの量なのか、正確な数字はわからない。少なくとも、年間の世界需要は200立方メートルを超えるという。
ヴァイオリンの弓の生産では、最上の部分を利用するため、最終的な弓となるのはもとの材料の15%ほどだという。つまり85%は捨てられてしまうのだ。
# 以上は主に
http://www.globaltrees.org/reso_tree.asp?id=25
http://www.humanflowerproject.com/index.php/weblog/pernambuco_play_on/
http://www.arkive.org/species/GES/plants_and_algae/Caesalpinia_echinata/
(いずれも英語)
および
http://addnaturam.blogspot.com/2004_10_01_addnaturam_archive.html
のポルトガル語記事(画像も同所から)をSYSTRANの自動翻訳で英語にしたものに拠った。日本語への自動翻訳よりはまだかなりマシな訳文を吐き出してくれるのでありがたいが、もしかするとそれによる読み違いがあるかもしれない。
なお、 http://www.caisdomar.net/a_discovery.html には、日本語による簡略な記述と、リオ・デ・ジャネイロの植物園の説明板画像が、日本語訳とともに掲げられている。
またその後、日本の森林学専門家による Mata Atlantica の歴史と現況の詳しいレポートに行き当たった。
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