2月21日火曜、マリボル Maribor へ。朝、ガイドブックに載っていた旧市街地中心部の Hotel Orel に電話を入れたら、改修のため休業中とのこと。紹介された Hotel Piramida に電話して予約。10:18 リュブリャーナ発の EC100 で 12:33 マリボル着。ホテルは駅と旧市街の中程南寄りにあり、駅からは歩いて5分余りだった。
この週、もともとあまり好天は期待できないような予報だったが、この日は時々薄日が射していた。宿に荷物を置いて、まず目指したのは、街の北側にあるカルヴァリヤ Karvarija という標高 375m のワイン山。

マリボルの街のすぐ背後には、東からピラミダ Piamida (386m)、町山 Mestni vrh (348m) とこのカルヴァリヤの三つの丘が並び、いずれも南から西にかけての斜面はブドウ畑になっている。明確な三角形のピラミダ=ピラミッド山は、市内のあちこちから、建物の隙間に見えていて、その名が泊まったホテルをはじめ市内いたるところで使われており、もっともポピュラーだと言えるかもしれない。
それをわざわざカルヴァリアに向かったのは、単に町を見下ろすのが目的だったわけではないからだ。実はこれが僕にとっての〈『反復』オリエンテーリング〉のほぼ最後の課題だったのだ。ハントケの『反復』は、その末尾近くでカルストから(間に当然はさまるはずのリュブリャーナには一言も触れず)マリボルに飛ぶ。その部分は4ページ足らずだが、そこで、主人公は、戦争中に行方不明になった年の離れた兄の通っていた農業学校を訪れ、その背後のブドウ山に登る。農業学校は今もあり、背後の山がカルヴァリヤという名だということはつい最近知った。
出かける前、ホテルのフロントの女性に道を尋ねたのは、もしかしたら誤りだったかもしれない。彼女が指示したのは、ピラミダと町山の間の三魚池 Trije Ribniki とよばれる池の連なる谷の道だった。そこに行けばはっきりした道標がある、と言われて、はて、だとするとそこから町山の背を越えてカルヴァリヤに向かうことになるかなと思ったのだが、「すぐに分かる」というのだからすぐに分かるのだろうと思って出発した。
市城のある城広場 Grajski trg からまっすぐ北上し、まだ雪の残る、葉を落とした大きな樹々の枝には点々と丸く茂ったヤドリギの目立つ広い公園を抜けていくと、左手にカルヴァリヤが見える(上の写真)。それをわざわざ教えられた道を信じて、右手、「三つ池」の幅広い谷に入っていく。入り口にある食堂の前を通り過ぎる。それが評判の高い Pri treh ribnikih であることは、後で知った。はっきりとしたかなりの大きさの細長い池が二つ続く。水面の八割方は氷結していた。池の西側にそって奥に進んでいく。しかし「標識」らしきものはない。スロヴェニアの登山道にコースの目印として描かれている赤丸印が、時々、路傍の樹についているだけだ。点々と続く赤丸を追って歩くうち、道はそのままどんどん谷の奥に向かい、左側にあった町山の樹林も切れて、谷奥の高級住宅地のようなところに入り込んでしまった。仕方なく戻ると、樹林が終わるところの直前左手、町山の尾根に向かって林の中を2、30メートルほどの高さを登っていくかなりはっきりした踏み跡があり、そこをたどると、尾根の向こうで町山のブドウ畑に出た。今はまだ芽吹きも遠そうなブドウの畑の間を大きく回り込みながら通っている舗装道路を歩いて、町山とカルヴァリヤの間の谷に下りる。この谷の奥に一軒、ワイナリーがあったのだが、とにかく日が暮れる前にカルヴァリヤの山頂に辿り着きたいと思っていたことと、実は体調が思わしくなくてかなりふらふらの状態で歩いていたこともあって、立ち寄る余裕はなかった。さらにその先、食堂 Anderlič の看板があったが、それがまた評判のよい店であることを知ったのもpost festum、後の祭り、だった。Anderlič に向かう道の途中、左にカルヴァリヤに登っていく細い道を見つけてたどる。まっすぐ登っていくと、左上に山頂の礼拝堂が見えてくる。尾根の直前で左の斜面に上がる木の手すりの付いた階段があり、そこからさらに左に向かって林の中を急登すると、ようやく山頂に着いた。裏側から登ってきたのでそれまで見えなかったのだが、南側の斜面は下から上まですべてブドウ畑になっている。
『反復』は、設定としては1960年頃、このブドウ山の頂の礼拝堂の荒れ果てた姿と、そこに来合わせる二種類の人物(敬虔な人物と共産=啓蒙主義的な冷笑的な人物)を描いて、当時のユーゴスラヴィアの小さな一側面を、しかしくっきりと示してくれているのだが、今現在、この聖堂はきれいに修復されている。上に花綵(はなづな)が飾られた閉じた扉には、スロヴェニアらしいハート形にくりぬかれた小さな窓が左右に一つずつあって中が覗けた。ミサは毎月最終日曜の午後三時からだと書かれたはり紙があった。

礼拝堂のある山頂からは、木の間ごしに、南西の麓すぐのところにある農業学校の建物が見えた。

『反復』の主人公の兄が大戦間期に行っていたことになっているこの学校が、1872年に設立された、この種のものとしてはスロヴェニアでももっとも古いものであること、理論と実践を結びつけ、カルヴァリヤの斜面の9ヘクタールの畑から6万リットルのすぐれた白ワインを作っていることなどが、ずっと前から読んでいるはずの例の Mišo Alkalaj の書物に書かれていることに気づいたのは、うかつにもつい最近、一二ヶ月前のことだった。研究と教育が第一の目的の施設であるから、商品としてのワイン生産量は非常に小さい。だから店頭でここのワインを見つけることはきわめてむずかしい。実際これまでも、そして残念ながら今回も、カルヴァリヤのワインにはお目にかかっていない。(追記:その後、ここのワインにリュブリャーナのワインショップ Vinoteka で遭遇した。)
旧市街とドラヴァ川が見下ろせ、さらにずっとむこうの Mariborsko Pohorje のスキー場がくっきり白かった。

すでに夕刻が近かったので、農業学校には向かわず、山頂からは、南東の旧市街に向かって、ブドウ畑の間に上から下まで明瞭に付けられたジグザグの道を下りていった。一般向けの「教育散策路」になっていて、途中には、ここで栽培されているブドウの品種を(かなり色あせた)写真付きで説明した解説板もある。(つまり、ホテルのフロントなどに尋ねず、正面からここに近づけば、一番簡単な道が一番簡単に分かったはずだったのだった。)
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