10月から、午前に週二回のスロヴェニア語教室に通っていた。最初の筆記と面接のレベル分けテストで中級というか真ん中のクラスに入れられた。火曜と木曜の午前10時から12時半まで。朝、子供たちを学校や幼稚園に送って一息ついたらすぐにでかけなければならないこれには、案外拘束された。
しかし家族連れでの滞在は、家で四六時中日本語を使っていることになるので、その土地の言葉を習得するには非常に不利で、せめてこの教室に通ったことはその意味でプラスだったと思う。何度か触れているけれど、僕のスロヴェニア語能力はもともとほんとにたいしたものではなかった。
仕事では、いや、このブログのネタ探しでも、ドイツ語や英語ばかり読んでいた。いや、スロヴェニア語がもっとできればスロヴェニア語ももっと読んだのだろうけれど、たいして読めないからいきおいドイツ語や英語に逃げることになる。
中級のクラスに入れられたのだけれど、実は途中で初級のクラスに降りた。難しすぎたというよりは、もう少し基礎を復習した方がいいのではないかと思ったのと、教師が気に入らなかったからだ。
語学のクラス(に限らないだろうけれど)、教師の資質がいかにクラスの雰囲気や学習者の意欲に影響するかということを改めて感じた。中級の教師は小さな子供を持つ女性だったが、何か心理的な問題を抱えているように見えた。休んで代講になることも多かった。(代講の教師の方が、クラスは明るく盛り上がった。)生徒の解答に「すばらしい」 odličino! を頻発するのだが、その言葉は明らかに彼女の心とはズレていた。よく言う言い方で言えば、「心がこもっていなかった」。外見も、決して「不細工」ではないのだが、どこか引きつっているような印象があった。
過去にドイツのドイツ語学校とか、フランスのフランス学校に行っていたことがあるので、一定のイメージを抱いているのだが、ヨーロッパの言語教室というのは、たいてい「ラテン系」のやつがいて、クラスを盛り上げてくれる。そういう生徒も残念ながらこのクラスにはいなかった。(お前がやれって? 無理です。そんな才能はない。)それで、とにかくクラスの雰囲気が暗かった。クラスのメンバーは、ドイツ人の男二名、若いほうの一人は片親がスロヴェニア人だったかもしれない。もう一人は、奥さんがスロヴェニア人ということだった。イラン人の、とても聡明な女の子が一人。フランスで大学生をやっていて、彼氏がスロヴェニア人らしい。アメリカ人の主婦が三名。その少なくとも一人は、どの学校のどのクラスにもいる、よくできる女の子タイプ。そしてクロアチア人の中年にさしかかった女性が一人。表情にどこかカゲがあった。
ところが家人が入れられた初級クラスの方はやたらに盛り上がっている様子。休み時間にもクラスメイト同士でやたらに明るくおしゃべりしている。そちらは、フランス人が多かった。フランス人の男の子一人と主婦3人。アメリカ人の主婦一人、マケドニアとスロヴァキアの主婦それぞれ一人、ドイツ人の笑い上戸の女性一人、オーストリア人の、リュブリャーナ大でドイツ語を教えているというかなりアメリカンな感じの男一人。教師は中級よりも一回り若い女性で、しかしずっと落ち着いた感じの、美しい人だった。
12月に入った頃だったと思う、僕の中級のクラスの教師は、前置詞と格変化の練習問題として、自分のかかわっている団体の所在地への道順を説明したテクストをプリントにして出してきたのだ。日本にもありそうだけれど、明らかに心理的な問題を抱えた人のための団体。ああもういい、とその時思ってしまった。なるほど、やっぱりあんたはそういう問題を抱えていて、こういうところに頼っているわけね。それで、「基礎をもっと復習したいから」という理由で、下のクラスに移ることにした。教室の運営責任者は、もう学期の終わりに近いことからやや難色を示した。が、僕が「やっぱり易しすぎる、もとのクラスに戻りたい、などと言うことは決してないだろう」と確言すると、移動を許してくれた。
「中級」クラスというのが最も運営の難しいものであろうことは考えれば分かる。そのことは、ここでも教師の彼女の名誉のために確認しておかなければならない。でもやっぱりあれじゃダメだよ。
教える側で生きている人の評価だけに、説得力がありますねぇ。こういう観察力の「学生」がいると先生もやりにくいかも。盛り上げ役に徹する、のはやっぱり無理か(オレならやるけどなぁ)。
で、クラスを下げろと交渉し、「やっぱり易しすぎる、もとのクラスに戻りたい、などと言うことは決してないだろう」と確言したのはスロヴェニア語ですか? そんなことがすらすらと言えたら、大学の外国語クラスなら普通は中級以上ではないかと。え? 日本の大学と一緒にするなって?
:-O
あはは、スロヴェニア語まじりの英語でやっちゃいました。面目ない。