asahi.com によれば、来年のワールドカップ日本代表の合宿地がほぼボンに決まりそうだとか。
「スタジアムに近く、ホテルもすばらしい」のか…。かつてのべ3年暮らしていながら、スタジアムがどこなのか思い浮かばないし(ボンにサッカースタジアムなんてあったっけ? ケルンがすぐ隣町だということを言っているのだろうか?)、ホテルの話も、いつも短期訪れるときは小さなホテルを選んでいるからピンと来ない。
でも、そう言えば、開催地ケルンのスタジアムには、その昔、たった1回、行ったことがあるのだった。
スタジアムはたしか東西に走る市電のどちらかの終点だった。1988年のことで、日本のJリーグが正式に発足する前だったと思う。ドイツの国民的スポーツ、当時の日本のプロ野球に対応するもの、という認識で、とりあえず、一度行ってみるか、という感覚ででかけた。
もともと集団でやるスポーツに対するセンスのない僕は、サッカー自体には関心がなく、よいプレーを見たとしてもそれと分かるわけでもなかった。とにかくサッカーを観に行くというよりは「ドイツ人が好きなサッカー」を観に行くという感じだった。地元ケルンのチームとレーファークーゼンの試合。たしかレーファークーゼンがオウンゴールで3点失って負け、というひどい(それは僕にも分かった)試合だった。
当時の僕にもはっきり分かったのは、日本よりも階層性の強いドイツ社会で、スタジアムに来る人々も偏っているということだった。いまどきはどういう表現が適切なのか分からないが、ブルーカラーっぽい男たちが圧倒的に多くて、試合中、あちこちから動物的な咆哮が聞かれた。(ドイツ人の男達の深いバリトンやバスの声で唸られると、なかなか迫力がある。)隣の男はそれほどワイルドではなかったが、最初から最後までひたすら Mensch, Mensch! とつぶやいていた。
いわゆるインテリの男たちも、熱狂的なサッカーファンであることには変わりないのであって、家でテレビにかじりついているのだ、と聞いた。でもスタジアムにはやってこない。
89年にベルリンの壁が崩れたとき、ベルリンからはるか西のボンの町では、あまり熱気のようなものは感じられなかった。が、そのあとのワールドカップでドイツが優勝したときは、クラクションをけたたましく鳴らしながら街中を(と言っても中心部は歩行者天国だからその周辺を)走り回る車が何台もあった。
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