8月末、3週間の遊牧生活(うん、まあ、子供たちにあちこちで草を食ませていたようなものだ)を終えて、ようやくリュブリャーナでの住まいを決めた。
一人で来れば大学の客員宿舎という簡便な選択もあったのだけれど、家族がひっついて来たから、一般のアパートを探す必要があった。決めたのは、城山とリュブリャニッツァ川に挟まれたところ、青空市場にも近い、古いアパートの4階。大学へは歩いて二十分ぐらい。決定的だったのは、子供たちの小学校や幼稚園に直近だったこと。いずれも五分以内の距離。冬場、かなり雪が降ることもあるここでは、子供たちの通学通園に便利なことを条件の筆頭に挙げなければならない。僕が大学に出て行くのは子供たちのように毎日ではないし、それとてそんなに遠くない。(実は、夏場ならリュブリャーナまで車で1時間あまりの山の中、ボヒンに住んで、そこの小学校・幼稚園に子供たちをやり、僕はたまにリュブリャーナの大学に出てくる、という案も検討したのだが、いくら週に一度程度とは言え、冬場の山地の交通にはやはり不安があり、とりやめた。)
一通りの家具や道具が揃っている家具付き(dt: möbliert, slo: opremljeno) であることも絶対条件だった。何年か前、最初のこどもが生まれた直後、ドイツのボンに一年住んだとき、まったく家具なしのところに入ってしまった。中央駅の裏手を少しエンデニッヒ方向に入ったところ。場所は本当に良かったのだけれど、こちらの家具なしというのは徹底していて、(まあ物件にもよるが、)カーテンレールもないし、流し台もない。(もちろん家具無しというのは、長く住む人が入ることが前提で、入る人は自分の好みに合わせて一から内装をつくりあげるということなのだろう。)おまけに畳部屋なんてものはないから、当初、家の中で座るところと言えばただトイレの便座と、ベッドがわりにしていたエアマットだけだったりした。友人の車で IKEA に行っては安い組立て家具を買ってきて、トンカンやる毎日。最初、一人で住んでいて、二三ヶ月後に家族を呼び寄せた(というか日本に戻って連れてきた)ときまでには、一通りの「生活」ができるようにした。それまでに組み立てたもの:ベッド(部材の一つ一つが重くて、一人ではきつかった)、ベビーベッド、リビングのテーブル、イス、仕事机、台所の調理台と収納、本棚…。ソファと台所の流し台は人から譲ってもらったが、その後も、リビングの棚など、必要に応じて家具を組み立て続け、まるで1年間家具職人(と言ったらプロに怒られるか)をやりに行ったみたいだった。窓の上の石の壁に、店で買ってきた電気ドリルで穴をあけて、カーテンレールを取り付け、カーテンをようやくつけたのも、家族と暮らし始めて少しあとのことだったと思う。
もちろん、後から思い出せば「いい経験」だったが、今回はそんなことはしたくない。たった半年なのだからなおさらだ。それで家具付きは絶対条件だった。そして子どもの学校・幼稚園の近く。(そういう条件を勘案して手際よく助力してくれたのもバルバラだった。感謝のしようもない。)
具体的には、Nepremičnine Si21 のようなサイトで、どんな物件がどんな賃料で出ているのか、当たりをつけ、それから街中の不動産屋 STOJA で条件に合いそうなものをピックアップしてもらった。
家主の女性は、化粧品会社を経営してきた人のようで、おそらくはハイパーインフレの時代にこのアパートを買い、手堅い資産として維持してきたのだと思われる。今は一線を退いているようだが、確かにそういう印象の、けれど感じのいいおばさまだ。本当は3年ぐらいは住んでくれる借り手を探していたらしいが、最初の下見一発で借りますと言ったのがよかったのか、向こうもすんなり受け入れた。8月末の金曜日の朝、おばさまとこちらの家族4人で警察に行き、パスポートを見せて、公的な居住登録を済ませてきた。(例によってOKが出るまで窓口でだいぶ待たされたが。)
78平米、1983年の築。少し古ぼけているが中は十分きれいだ。(そもそも、これぐらいでは、ヨーロッパでは決して古いとは言えない。17世紀に建てられた建物にだって、中をきれいにして、多くの人が住んでいるのだ。) 700ユーロ。日本で住んでいるあたりで、これだけの広さなら、月15万ぐらいは取られるだろうか。主寝室 spalnica と子供用の寝室 otroška soba、居間 dnevna soba、キッチンとダイニング kuhinja、風呂 kopalnica。地下には物置と駐車場があり、これもコミ。寝室は内庭に面している。内庭には、子どもが行っているのとは別の幼稚園があって、昼間の時間、子供たちが外に出てくるときはその声が聞こえてくるけれども、それ以外は静かなものだ。居間のほうはそこそこ交通量のある、バスも通る道路に面していて、直下にカフェもあり、ときどき賑やかだが、向かいのギムナジウム gimnazija の前庭に立つ背の高いポプラ topol の木の間ごしに、山の上の城がちらちら見えている。ポプラは高さ二十メートルぐらいだろうか。微風の吹くとき、樹冠の葉だけがちらちらと動いて、夕方の明るい空を背景にすると、モビールのようにも、何かの影絵のようにも見える。その手前、目の前に、オレンジ色の街路灯がちょうどこの階の高さに灯っていて、蒸し暑かった今日の晩になって始まった雷雨の中、ハエのような、小さな蜂のような虫が、その灯の下で、十数匹も、ぐるぐる飛んでいて、雨に叩かれて次第に数を減らしていった。
一人でいるときに見えるもの、二人でいるときに見えるもの、子どもとともにいるときに見えるものはそれぞれに違っている。旅行者として見えるものと、居住者として見えるものもまた違う。そういったさまざまな見え方は、ドイツではずいぶん経験してきた。スロヴェニアは、これまで旅行者としては何度も訪れているが、「住む」のは初めてだ。長らく望んでいた「スロヴェニアに住む」ことが、ともあれこうして始まった。
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なかなかいい住まいが見つかったようで、良かったですね。
どんなお住まいなのか、差し支えない範囲でまた、家の中や家から見える景色などの写真をアップしていただければ。
物価が安いのでうらやましいです。子供の学校が近いってのも。
それにしても、ドイツの時の苦労話は泣けますねぇ。
建築学科の人だったかしら、と思うほどだ。
tsujigaku さん、ありがとうございます。
ただね、家の中の照明が暗いのと、いたるところから四囲の山々が見えるリュブリャーナでこのアパートはそれがないのがちょっと不満。まあ、ないものねだりですね。
IKEA の安家具を組み立てて建築学科なんてとんでもない。僕は oenologist です。(ウソ)