リュブリャーナの日本人

今回、リュブリャーナの街では、最初はほとんど日本人を見なかったが、日本のお盆休みが始まったあたりからちらほら見かけるようになった。

驚いたのは、ある日、ホテルの前に、「xxツアーズ xx医師会ご一行様」と日本語で書かれたツアーバスが停っていたことだ。この日本の元号(その時代のお医者さんたちなのかなあ)を冠した名称の一団のバスは、二日ほどで見かけなくなった。きっと駆け足でウィーンかヴェネツィアにでも向かったのだろう。

そういえば、何年か前に、日本のどこかの旅行業者がすでにスロヴェニアに目をつけている、と聞いた。それでも、今なお、日本からの旅行者は決して多くはない。やって来ても、リュブリャーナと、せいぜいブレット湖、ポストイナ鍾乳洞、白い馬で知られるリピツァ、もしかしたらピランあたりを回るくらいだろう。スロヴェニアがいまでもスロヴァキアだのスロヴァニアだのと勘違いされるというのは、日本に限った話ではないが、日本で一般にはこの国がまだまだ知られていないことは確かだ。

しかし、住んでいる日本人だって150人ぐらいいるという話だ。思ったより多い。

数年前に、旧市街の中心部に近いあたりに、唯一の日本料理店、Sushi Mama という店がオープンした。名前の通り寿司がメイン。日本料理店はずっと以前にも、一軒あったらしいが、とうになくなっている。ガイドブック Lonely Planet のコメントが面白い。「リュブリャーナは、初の日本の寿司のレストランができたことで、世界的な都市のレベルにちょっと近づいた。」ふうん、そういうものなのか。Sushi Mama は、もちろん日本人の板前さんがいて、こちらではネタの仕入れに苦労するところもあるはずだけれど、とてもまっとうなおいしい寿司を出してくれる。(パリの、Rue monsieur le Prince の通りだったかな、リュクサンブール公園の北側のオデオンにも近いあたりの、中国系の人がやっているらしい似非日本料理店にうっかり入ったことがあって、あれはひどかった。)しかし他のヨーロッパ諸国の日本料理店と同様、値段は張るから、そうそう行けるものではない。先日行ったときは、隣のテーブルで、スロヴェニア人の親子が苦労しながら箸をあやつっていた。しかし寿司に辛口の白はともかく赤ワインは合わないんじゃないか。店の側が教えてあげればいいのに。

こちらで出会ったスロヴェニア人の多くが、それぞれに、どこそこにいる日本人を知っている、とわざわざ教えてくれる。それだけたくさんいるからでもあるし、それだけ珍しいからでもあるだろう。Mestni trg にある店で十年来骨董屋を開いているのは日本人だ、とタクシーの運転手に教えられた。

もっと古い話もある。こどもの通うことになった幼稚園の建物は、ハプスブルク時代の海軍の軍人が建てたもので、その主は船で日本へも行き、日本の女性を妻にして連れ帰ったという。だからどこかに彼女が持参した掛け軸や調度品があるらしい。

Grad城と聖ニコラウス大聖堂

山の上の城は、リュブリャーナのシンボル。20年来工事中。1990年に最初に訪れたときは本当に廃虚に近かった。だが現在は、内部に展示ホールやカフェのような諸施設をうまく収めて、すでにかなりの部分が出来上がっている。その中に、スロヴェニアの民芸品を集めた売店があって、こういうものを造ったのも、聞くところではJAICAから来た人物の入れ知恵だという。せっかくお城まで登ってきても、何もないではないか。土産物屋をつくりなさい、と。その話(かなり確かな筋からの話だが、確認したわけではない)が本当ならば、つまりここも日本と関わりがあるわけだ。最初、その話を聞いたときは、この城山を江ノ島にするつもりかいと思ったが(いや、江ノ島はあれはあれでいいのだけれど、それと同じにして欲しくはなかった)、実際にできた店舗を見てみると、土産物屋とは言っても、かなりまともな民芸品に品を絞った小さなおしゃれな店が城の半地下にうまくはめ込まれている感じで、許せる範囲だと思えた。むしろ、展望台を兼ねた真っ白な塔に埋め込まれた巨大な時計のほうが、中世の城からどこか浮いている。

数年前にリュブリャーナを訪問した皇族の女性が、国歌になっているプレシェレンの詩を諳んじてみせて人々を喜ばせた、なんて話もあった。

8月の終わり、市街の中心、プレシェレン広場で、日本の中学生の一団に出会った。杉並区のサッカーチームで、ここに合宿訓練に来ているという。とても楽しんでいる様子だった。この前のワールドカップのとき、スロヴェニアのチームは福山かどこかにいたのではなかったっけ。残念ながらあっという間に帰ってしまったけれども。

リュブリャーナ大学の日本語学科の前の掲示板には、日本人の名で、hotmail のアドレスの付いた日本語個人教授の張り紙がある。

ボヒンでよくお世話になってきた休暇用アパートの家主の息子、マルコは、リュブリャーナで木材輸出にかかわる仕事をしているが、現在の取引の六割は名古屋だかの日本の会社だという。

つまり日本との関わりはそれなりにある(僕などのあずかり知らぬ関わりは相当にあることだろう)し、今現在はEU新加盟国の中の優等生的な国、経済の論理から言ってここに目をつけない理由はないのだが、しかしスロヴェニアには日本の大使館・領事館はなく、いまだにウィーンの大使館が管轄している形になっている。韓国はすでに領事館を持っているのに日本はなぜないのか…と思っていたら、こちらに来て知ったのだが、どうやらもう開設は決まっていて、かなり準備が進んでいるらしい。場所も決まっているし、要員は某ホテルに滞在中とか(来ているのは誰なんだろう。滋賀とか成瀬ならいいのに…人に分からない話ですみません)。

その噂はリュブリャーナの人たちにはすでにかなり知れわたっているようで、先日も、不動産屋で、大使館関係の人か、と尋ねられた。その気になれば、何か詐欺に使えそうだなあ(やりませんって!)。

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