以前にドイツ語版『ヒカルの碁』に関するエントリでちょっと触れたけれども、日本のコミックやアニメがどっと入りだす以前、ドイツで一番知られていたマンガは『アステリックス』ではないかと思う。ストーリーマンガの文化が貧困なドイツのこと、これもオリジナルはフランス産。オリジナルの最初の出版は1959年のことで、もはや古典と言っていい。およそ30巻が出ている。
一昔前は、ドイツの駅の売店にはどこでも置いていたが、さすがにいささか古く感じられるようになってきたようだ。それでもドイツではまだまだがんばっていると言えるのではないかと思う。(どちらかというと、本家フランスのほうでやや勢力が弱まってきているように思う。)剰え、ドイツ版は、標準ドイツ語のみならず、各地の方言版まで出版している。シュヴァーベン方言版アステリックス、ベルリン方言版アステリックス、ケルンテン方言版アステリックス…
時はローマ時代。いまのフランスにあたるガリアのほとんど全土がローマ軍に支配される中、ブルターニュ地方のある村だけはローマ軍に屈せず、むしろローマから来た連中を蹴散らし、自立を守っていた。その村の若者二人、アステリックスと相棒のオベリックスが物語の中心。
もう十年ぐらい前のことになるけれど、僕がドイツで暮らしていたとき、このアステリックスのドイツ語版を片っ端から読んだ。ローマ時代特有の事柄を指す語彙も多く登場するのだけれど、それより、ほどほどに口語的な表現をこの漫画からずいぶん学んだ。
Ich bitte dich! とか、Wenn ich daran denke, dass… とか。
かなり前のことだが、日本でデーブ・スペクターという妙に日本語の流暢なアメリカ人タレントがいて、日本語はマンガで学んだ、と言っていた。むべなるかなと思ったものだ。
ドイツでも人文主義教養がすたれて久しく、ドイツの大学生が知っているラテン語はこのアステリックスに出てくるフレーズだけだ、などとも言われていた。Alea jacta estとかね。ラテン語はともかく、実際、ドイツの大学で学生仲間にアステリックスの話題を持ち出せば、100パーセント通じた。そういう点でも、アステリックスは役に立った。
ストーリーは、イラストのSempeと組んで書いたあの名作児童文学〈プチ・ニコラ〉の作者ゴシニー(1926-1977)。面白くないわけがない。(Folio Juniorシリーズで出ていた〈プチ・ニコラ〉シリーズのオリジナルも片端から読んだものだ。)絵はユデルゾ(1927-)。このユデルゾの絵が巻を追うごとにどんどん巧くなっていくのも面白い。このユデルゾ、どうやら色覚異常だったようで、1巻目の彩色は目茶苦茶なのだが、その後、色のほうは助手に任せたらしく、まともになる。残念ながらゴシニーのほうは1977年に早世し、その後、ユデルゾ一人で何卷か出すのだが、ストーリーの面白さは明らかに劣っている。
私見では、二人三脚の油がもっとものっているのがスイスやベルギーを舞台にした卷あたりではないかと思われる。


オリジナルのマンガやアニメが充実しすぎている日本では残念ながらあまり知られていないけれど、アステリックスの世界的な知名度というのは相当なものだ。アステリックスには全世界にコレクターが存在する。色々な言語で出されているのを収集するのだ。僕もドイツ語版全巻のほか、フランス語オリジナルも含めて10カ国語ぐらい、1、2冊ずつ持っている。もちろん英語版も出ているし、時代設定にふさわしく(?)ラテン語版もある。日本ではほんとうにマイノリティだけれども、それでもこんなファンサイトが存在する。また、マンガそのものは知られていないのに、Asterix のキャラを使ったフランス語や英語学習用のCD-ROMも一時日本版が出されていた。
2、3年前の正月、NHKがアステリックスの3話ほどを、吹き替えで放映していた。残念ながら翻訳台本もダメダメ、声優もセンスなし。あれでは、これだけアニメの発達した日本で売れるわけがない。もっとも、なんらか古代ローマのイメージが身近にあるヨーロッパ各国と違って、日本の読者にはローマ軍だのは疎遠すぎ、そういう基盤の点でそもそも少し入りにくいのだということも言える。
日本語で売る話はさておき、フランス語やドイツ語の勉強をしている人には、ぜひそれぞれの言語バージョンのコミックを読むことをお勧めしたい。日本のコミックのドイツ語版/フランス語版を読むのもいいけれど、別の文化的な背景に接することができる点では、あちらのマンガのほうがいい。(ちなみに、アルゼンチン原産の4コママンガに Mafalda マファルダという女の子が主人公の同名のマンガがあって、これもドイツ語版も出ている。これもとてもよい。もちろんスペイン語を知るためにオリジナルを読むのもいいだろう。)
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オランダの友人かastrixのコミック本のオランダ語版を探してほしいと頼まれました。日本語版は出ていますか?
お教えください。
オランダのマリ様
「日本語版を探してほしい」のミスタイプでしょうか? 日本語版は、かつて最初の2巻くらいが出たのではないかと思いますが、現在は入手困難だと思います。僕も見たことはありません。