ソリア Soria を出る日の朝、ドゥエロ川沿いを、今度は右岸を下流にむかってあるいた。

道に沿って何軒かの家。屋根の落ちているようなのも多い。それでいて人が住んでいるようでもある。壁の向こう、内庭から犬の吠え声がした。少し大きな建物は建築中の学校だった。鉄橋をくぐったあたり、川沿いの一部は公園として整備されたばかりのようだった。対岸に僧院が見えるあたりになると、もう家はなく、岩のごつごつした斜面が直接、道に迫っていた(ずっと上を鉄道が通っている)。その岩のあたりに野生のラヴェンダーがあった。土の斜面には見当たらず、岩の露出しているようなところだけに、よく見るとずっと上の方まで、点々と株が並んでいた。
町をとりまく荒野のいたるところに生えているセイヴォリーもサントリーナも、葉は小さく硬く、強烈な香りがした。なぜスペイン人たちは料理に香草を使わないのだろう?

サント・ドミンゴ教会の前には何度も立った。ポルタルの彫刻をずっと見上げていると、首が痛くなった。細部はむしろ日が当たらない時のほうがよく見えた。いずれにせよ、何回見に行っても、この群像のすべてを見つくすことはできないような気がした。
間口の狭い奥行きの深い書店で、ハントケの Versuch über die Jukebox のスペイン語訳“Ensayo sobre el Jukebox”を見つけて、レジに持っていった。店主に、この本はね、ここソリアが舞台なんですよ、と教える。(いちおう僕のスペイン語は通じたらしい。でも、そのときそれをどう言ったのかすら覚えていない。)知らなかったらしい店主は、しかし顔をしかめて首を振るだけだった。 (スペイン語版の表紙は、本文中にも言及のある、ドゥエロ川べりの古い城壁の肌のイメージだろう。)
サラゴーサ Zaragoza のバスターミナルは、バス会社ごとに、街のあちこちにちらばっている。ソリア行きのバス停は、ある裏通りの真ん中にあった。奥行きの深い長方形のそっけない空間で、左手に売店と荷物預かりがあり、一番奥に切符売場の窓口があって、中には疲れた顔の中年女が座っていた。
教えられて売店と荷物預かりの間の狭い通路を通り抜けると、もう一回り大きな、やはり長方形の空間があって、そこにバスが縦横2台ずつ、計4台、びっしりと停まっていた。
ブルゴス Burgos のバスターミナルは、街中の一つのブロック全体の内側をくりぬいたようなつくりになっていた。つぶれた円形、あるいは角を強く丸めた三角形の空間の周囲に沿って歩道があり、その歩道に尻を向けて何台ものバスが停まっていた。

売店で、ローストされたヒマワリの種を一袋買った。スペイン人たちの、定番のスナック。彼らは、歩きながらでも、片手だけで巧みに殻を割り、口に放り込んでいく。彼らのいたあとには、うずたかい、ヒマワリの種の殻。片手だけで割るのは、どうあがいてもマスターできなかった。
スペインのウェイターは、それぞれにグラスを持った両手を振って歩く。(しかし中身はこぼれない。)
グラナダのホテルでは、朝、向かいの部屋でチェリストが練習していた。ブレーメンのホテルでは、夕方、隣の部屋でヴァイオリニストが練習していた。
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