ドイツの大学オケ、アマオケ (4)

ボンの collegium musicum のオーケストラで、当時セカンドヴァイオリンのパートリーダーをやっていたクリスチアーネは、僕に何かと声を掛けてくれた。クリスチアーネの彼氏はアメリカ人、バリーという名で、ケルンの音大で作曲の勉強をしていた。バリーと、さらにその友人の作品を初演するから来てくれないかと言われた。もちろん演奏する側で。

クリスチアーネがファーストヴァイオリン、僕がセカンドヴァイオリン、ほかに、木管2本くらいと、コントラバスだったか。それに朗読、というか、声が加わる。タイトルも「声」 Stimmen といった。編成も定かに覚えてはいないが、作曲家の卵のちょっと60年代的にアヴァンギャルドな曲。コル・レーニョ(弓の毛ではなくて木のほうで弦をこする)なんて当たり前に出てきたし、駒のこっちがわを弾かされたりもした。弾いている僕自身、あまりピンとこなかったのだけれど、できるだけの演奏はした。

面白かったのは地元紙の批評だ。会場にたいして客は入っていなかったはずだが、Bonn の地元紙 General-Anzeiger の記者はちゃんと来ていたらしい。日本では、歴史的な経緯から、地元紙というのは少ない(もともとはあったが、戦争をやっていたときに大部分が統廃合されてしまったということらしい)。ドイツでは、街ごとに新聞がある。これが、ある程度双方向性をもった市民のフォーラムの役割を果たしている。日本では、一方的な全国紙と、一方的な地元自治体の広報紙しかないに等しい。ドイツの地元紙にはもちろん、国全体のニュース、国際ニュースも載る。それに加えて、地元の街のニュース、さらには街の地区ごとのニュースの欄がある。そして、こんな駆け出しの作曲家の曲の、アマチュアみたいな奏者によるコンサートにも、記者がやってきて、批評を掲載するのだ。

これはある意味でうらやましい。音楽に限ってみても、日本では、アマオケのコンサートなどに目を向けるメディアはない。つまり一種公けに媒介されたフィードバックが存在しない。日本で音楽活動をするアマチュアたちは、会場でお客さんたちに「アンケート」を書かせたりするぐらいで、ほとんど自己満足で終わるしかないのだ。

で、あの初演コンサートの批評はどうだったか? 曲の出来については適当にクサして、演奏のほうは持ち上げていた…。

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