燕岳から常念岳(おまけ) 山のiPhoneバッテリー問題

燕岳〜常念岳コースの稜線上では、合戦沢の頭、燕山荘をはじめとして、意外とちょくちょくソフトバンクの電波が入った。燕山荘では、アンテナが4本ぐらい立つか、「圏外」かのどちらかにコロコロ変わった。ソフトバンクのサービスエリアのサイトを見ると、燕山荘まではカバーしていないことになっているのだが。燕山荘で寝床が隣になった男性は、auの電波がまったく入らないとぼやいていた。以前は彼もソフトバンクを使っていたのだが、山で電波が入らないのでauにしたという。いやまあ、山地によって各社の得手不得手はあるかもしれないけれど、そういう理由でキャリア変更するなら、ふつうdocomo行くでしょ。

とは言え、緊急時には電話が使えたほうがいいに決まっているものの、それ以外、山の中では、電話やネットはさほど必要を感じない。もっと困るのはバッテリー問題だ。普段から、iPhoneを電話として使うことは多くない。iPhoneにはもっと他の、様々な機能がある。むしろそれが、山の中でも重要になってくる。カメラもiPhone、GPSトラッカーもiPhone、地図もiPhone。もちろん地図は紙のものも持って行くけれど、ことにGPS記録を取らせていると、iPhoneのバッテリーはてきめんに減る。さらにApple Watchを使うのでBluetoothをオンにしているとますます減る。日帰りでも予備バッテリーは欠かせない。


Lifetrons LT035。スイスのメーカーのモバイルバッテリー。数年前、ヨーロッパからの帰りの飛行機の機内販売で買った。日帰りでは1回分の充電ができる予備バッテリーがあればなんとかなる。ふだんよく使っているのはこれ。確かiPhone4ぐらいまでは2回フル充電する能力があったが、今使っている5sでは1回半ぐらい。iPhone側の容量が増えたせいだ。今は後継機種が出されているようだ。

日帰りならまだしも、山中泊になると厄介だ。今回、燕岳から常念岳まで、前泊も入れると3泊4日で縦走して、この問題に泣かされた。

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SoftBank selection smart energy LU02。5sへの機種更新のときにソフトバンクから押し付けられたこれ。これは5sを2回フル充電できる。でもiPhone本体をフル充電にしてでかけても、1日でこの予備バッテリーの半分は食ってしまう計算になる。ということは電源の取れないところではまる2日はもたない。

IMG_0383.JPG Suntrica SolarStrap MOVE。使えるかなと思って持って行ったのがこれ。ソーラーパネルが付いているこれを、リュックの外側にぶらさげて歩いていた。しかしまずは家でコンセントからフル充電しておくべきものだったようだ。充電池はほとんど空の状態で持って行ったら、太陽光発電だけではなかなか電気が溜まらない。結局ほとんど使い物にならなかったうえ、どこかの岩角でパネルに傷を付けてしまった(幸い機能に問題はなかったようだ)。Amazonで「予備バッテリー ソーラー」などで検索すると、これ以外の同種の製品がたくさん出てくる。その中には、もっと使えるものもあるのかもしれない。

iPhoneはずっと「おやすみモード」にして、毎日夕方には電源をオフにし、朝になると電源を入れた。Apple Watchは途中から使うのを諦め、これもオフ。もっとも、これはオフにしていても、ボタンを押すと時刻だけは表示してくれる。

結局、最終日はiPhoneはまったく使えず、せっかく曙光に輝く槍ヶ岳が見えているのに、安曇野側は雲海がどこまでも続いていたのに、常念岳からの大展望はすばらしかったのに、一の沢の下りではことに胸突八丁あたりのお花畑がすばらしかったのに、写真も撮れずじまい。この前の記事、「燕岳から常念岳(4)」に載せた画像が、すべて「Kさん提供」となっているのはそのためだ。Kさんはたまたま常念岳山頂で一緒になった方で、事情を知ると、哀れに思し召して山頂で写真を撮ってくださり、そのほかの画像も送ってくださったのだった。ありがとうございました。

じつは常念小屋では一時間100円で充電させてもらえる。そのことに気づいたのは、早朝、常念岳山頂を往復して戻ってきてからだった。下山してから立ち寄った蝶ヶ岳温泉にも携帯の充電器はあったのだが、iPhone5sが置ける充電器は使用中で、ふさがっていた。

帰り、豊科から乗った「しなの」の車内でも、MOVEのソーラーパネルを一生懸命西日に当てていたのだけれど、結局、iPhoneを蘇生させることができたのは、名古屋から乗った〈のぞみ〉の車内で電源を取ってのことだった。

ankerastroe7

Anker Astro E7。そんなわけで、帰ってから目にとまったこれは一も二もなく購入してしまった。iPhone6が6回充電できるという。3日ぐらいはなんとかなる計算だ。ただし重さは450g。掌にずっしりくる重さだ。荷物はできるだけ軽くしたいわけだけれど、このへんのトレードオフは仕方がないと言うべきか。さて、この次これが活躍してくれるような大きめの山歩きはいつ行けることか。

燕岳から常念岳(4) 常念岳と一ノ沢への下山

山小屋の朝食を済ませてから、サブザックに最低限のものを入れて、5時、常念岳山頂に向かう。日の出は4:20ごろだったか、すでに西には槍ヶ岳が赤く光っている。

朝日に染まる槍・穂高。(Kさん提供)

朝日に染まる槍・穂高。(Kさん提供)

東の安曇野側は一面の雲海だ。

安曇野側の雲海。(Kさん提供)

安曇野側の雲海。(Kさん提供)

小屋の前から見上げても相当な道に見えるが、見えているのは2/3ほどで、上の1/3あたりで傾斜が少しゆるくなるため、下からは山頂が見えない。見えているのの上にさらに道のりがあるわけだ。岩のゴロゴロした急斜面を、登路のペンキ印を拾いながら、ぐんぐんとと言うか延々と、登る。

どうにか登り切って、大展望を楽しんでから往路を戻る。下りにかかると、すぐに霧が上がってきた。槍方面も見えなくなってしまった。ぎりぎりのタイミングで登頂したわけだ。

常念岳からの槍ヶ岳。

常念岳からの槍ヶ岳。(Kさん提供)

常念岳山頂で槍ヶ岳を摘まむ。(Kさん提供)

常念岳山頂で槍ヶ岳を摘まむ。(Kさん提供)

8時少し前、常念小屋に戻って、トイレを使わせてもらい(8:30以降は清掃のため使えなくなるという)、下山口にタクシーを呼んでおいてくれるよう依頼し、リュックを回収して、一ノ沢の下りにかかる。なんだかんだで出発は8:40。

樹林の中の急下り50分で、一ノ沢の上流に下りる。美しい水が勢い良く流れている。エメラルドグリーンよりは青みがかった、冷たい水。傍から流れ出している小さな流れに、「水場終わり」という札がある。登山地図上に「水場」の印のある箇所だ。これ以降の道は沢沿いで、左右のあちこちから湧き出してくる水もあるし、要するに登りの場合はここが最後の水場になるという意味らしい。低山の水は沸かさないと飲む気になれない。いや、沸かしてでも飲むのだが、ここの水はそのまま飲んでもまったく問題がないような気がしたし、実際に飲んで特に問題はなかった。

丸太橋で沢を渡り、左岸を進む。少し下ると「胸突八丁」(これも登り視点の名前だ)の木製階段の下りになる。このあたりの高山植物がまたすばらしかった。今回これまで見なかったシモツケソウやツリガネニンジン?など百花繚乱、大きなシシウドの類も多く、その白い花には小さなカミキリムシのような昆虫がいっぱいにたかっている。日差しがきつい。

胸突八丁を下りきったのが10時すぎ。しかしこのあとが長かった。やはり大きな山、深い山は下山にも時間がかかる。しばらくは一ノ沢の右岸を進むのだけれど、その道も岩がごろごろしたところに水が流れる小さな沢のようになっていて、歩きやすくはない。少なくともスピードはあまり出せない。

木橋で左岸に渡り、少し行くと、支流の笠原沢を渡る。地図で確認して、やっとここかよ、と愕然とする。

次の支流、烏帽子沢までもかなりあった。そこからまだ延々と歩いて登山地図に「王滝ベンチ」とある地点に12:20ごろ着。ベンチといいながらあまりはかばかしいベンチはない。王滝というのは、一ノ沢の滑滝のことらしかった。滑滝とはいえ、轟々と水が流れている。流れに張り出している木の根方で昼食にしている人も多かったが、先を急ぐことにする。1) タクシーを登山(下山)口に13:00に呼んであるのだ。待っていてくれるだろうけれど、あまり待たせても申し訳ない。王滝あたりから歩きやすく速度の上げやすい林道状になるのではないかと根拠のない期待を抱いていたが、まったくの画餅であった。

*1) そもそも、昨日常念小屋にチェックインしたとき、この日は常念岳を往復して一ノ沢に下るだけだ、と言ったら、小屋のおねえさんは、それなら(オプションの)お弁当なんか要らない、と言って、出してくれなかった。でも非常食に、と言ったら、売店の菓子パンを買ってくださいと言われた。そのパンを買うのを忘れた。この後の温泉でも食事をする気にはならなかったので、結局この日は昼食抜き。いわゆる行動食として持っていたチョコやナッツ類は口にしていたけれど。名古屋で購入し、車内で夕食に食べた味噌カツ弁当がこの日の次の食事だった。

樹林の中の「古池」を過ぎ、小さな祠の「山ノ神」を過ぎてなおしばらく歩き続けて、ようやくヒエ平の下山口に出たのは結局13:25。タクシーは二台停まっていて、依頼したはずの「南安タクシー」の方の運転手さんに常念小屋で渡された紙切れを渡して乗り込む。しかしそこで運転手が無線を入れると、もう一台の方を先に行かせろという指令がかえってきた。また車から出て、トランクからリュックを取り出し、もう一台の方に乗り換える。蝶ヶ岳温泉に行ってくれるように頼む。車はずっと下って山裾を回り込み、また登って温泉に着く。

「蝶ヶ岳温泉」でいいのに、「ほりでーゆ〜四季の郷」とかいうどこの土地でもありそうな陳腐な名前をメインに名乗っていることも、いかにも邪魔で目障りというように、リュックはロビーの隅の衝立の後ろに置けと言われたことも、脱衣場のロッカーに鍵がなく、もう一度ズボンを穿いて貴重品用ロッカーまで戻り、さらに百円玉がなかったからフロントに行って両替してもらわなければならなかったことも、間近に針葉樹林が迫り、山も見える露天風呂が、竹を模した黄緑色のプラスチックで囲われていたことも、帰りにタクシーを呼んでもらおうとしたらタクシー会社の電話番号を示され、いま携帯は使えないのだ(iPhoneのバッテリーが切れていた)と言うと、親切にもロビーの隅の公衆電話を指し示されたことも、すべて気にならないほど、三日ぶりの風呂、しかも温泉は、極楽だった。

電話して、建物の正面で待っているとやってきたのは、先ほど下山口で乗り損ねた車であり運転手さんだった。豊科の駅に着いたのが15:20ごろ。名古屋行きの特急しなのの切符を買い、駅前の酒屋で、常念小屋で飲んだ五一ワインをお土産に買って、ホームへ。列車は白馬から来た4両編成だったが、意外と空いていた。

名古屋で新幹線に乗り換えて帰宅。

燕岳から常念岳(3) 燕山荘〜大天井岳〜常念小屋

明け方、外ではかなりの豪雨の音がしていた。テントの人たちは大丈夫だったんだろうか。4時過ぎに食堂で朝食を摂り、5:45、霧の中、ときに霧雨が吹き付ける中を歩き出す。あまり冷え込んではいなかったから、雨具は出さなかった。ウールのシャツでなんとかなるだろう。視界は周囲30mぐらいだろうか。尾根のやや西側をたどる、さほどアップダウンのない道だ。

霧の中を歩き出す。

霧の中を歩き出す。

霧の稜線。

霧の稜線。

オンタデ?

オンタデ?

蛙(げえろ)岩。

蛙(げえろ)岩。

しばらく岩峰が続く。

しばらく岩峰が続く。

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6:55、「大下りの頭」で、霧がうっすらと晴れてきた。一休み。

大下りの頭。

大下りの頭。

そこからは大下りの名の通りの急下降。そのあとは、灌木と草原の、尾根東側の道になる。この辺りも、ニッコウキスゲとか、コバイケイソウとか、色とりどりの花が咲いている。

コバイケイソウ。

コバイケイソウ。

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ジムカデ?

イワカガミ。

イワカガミ。

再び稜線に乗ると、西側の霧はすっかり晴れて、大展望が広がる。槍も見えた。ここにもコマクサがあった。

槍ヶ岳が見えた。

槍ヶ岳が見えた。

北アルプスのようなメジャーな山の夏のシーズンだと、色々な人と言葉を交わす機会も多くて、それはそれで面白い。まあたいていは「どこから登られましたか」とか「明日はどちらへ」とか、「この道キツいですねー」とか「あー、槍、見えてますね」とか、そんな他愛ないものだが。おっさん一人(僕だ)もいる。女一人もいる。女二人もいる。オバさんの団体もいる。ジジババの団体もいる。若いカップルもいる。親子連れもいる。母親と小学生の男の子2人というのもいる。中学生の団体もいる。60代後半の仲のいいジイさん二人組というのもいる。要するに老若男女そのものだ。このバリエーションの幅は、近場の低山では、一度に感じられることはあまりない。大下りのあとのこのあたりで、香港から来た女の子二人組というのにも出くわした。

水平道が続く。

水平道が続く。

岩稜下のコマクサ。

岩稜下のコマクサ。

コマクサ。

コマクサ。

大天井岳と槍ヶ岳。

大天井岳と槍ヶ岳。

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イワツメクサ。

しばらく行くと、「切通し岩」。クサリと鉄梯子で岩場を下る。9:30。

切通岩から大天井岳を見上げる。

切通岩から大天井岳を見上げる。

小林喜作のレリーフが反対側の岩壁に取り付けられている。いわゆる喜作新道が、ここから槍ヶ岳へと続く。20分ほども長々と休憩して、切通し岩正面から朽ちかけた木製階段を登り、その上の岩場は避けて、道は西に向かう。そのまま真っ直ぐが喜作新道だが、すぐに左に、大天荘への道が分かれる。

切通岩の上から歩いてきた道を振り返る。

切通岩の上から歩いてきた道を振り返る。

喜作新道と大天荘への道の分岐点。晴れたら晴れたで紫外線がすごい。

喜作新道と大天荘への道の分岐点。晴れたら晴れたで紫外線がすごい。

僕は北アルプス初心者なので、槍は敬遠して、大天荘に向かう。大天井(おてんしょう)岳の北東の山腹を、斜めに延々と登っていく道だ。これがこの日の一番の登り。大天井岳は言わば多角錐になっていて、その峰の二つぐらいを越さないと、と言うか到着直前まで、昼の大休止ポイントと決めていた大天荘は見えてこない。

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ヨツバシオガマとイワツメクサ。

ヤマハハコの赤味がかった変種?

ヤマハハコの赤味がかった変種?

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ミヤマダイコンソウ?

チングルマ。

チングルマ。

切通し岩から一時間でようやく大天荘に着き、空身で片道10分の大天井岳の頂上を往復。やはり眺めがいい。山荘の前のベンチで、燕山荘で作ってもらった昼食弁当を食べる。中房温泉のとよく似た、おこわ飯。ただしカロリーメイトはない。昨日の燕山荘にしても、この大天荘にしても、昼食のレストランもやっている。山小屋にあるまじき、北アルプス人気コースならではの贅沢だが、それだから、いちいち前の宿で翌日のお弁当を作ってもらわなくてもいいのかもしれない。それでも非常食を兼ねて食料は持っておきたいので、小屋泊まりで歩く身としては、判断の微妙なところである。

12:10、大天荘を出発。ここからしばらくは、比較的に平坦な、眺望を楽しみながらの稜線漫歩というやつだ。東天井岳の手前に雷鳥がいた。

大天荘前から歩き始めたあたり。

大天荘前から歩き始めたあたり。

チングルマの実。

チングルマの実。

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オンタデ。

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タカネツメクサ。

ライチョウ。

ライチョウ。

東大天井岳北東の雪田。

東大天井岳北東の雪田。

東天井岳は西の山腹を巻く。そこに、二股小屋の残骸、小さなコの字型の石組みが残っている。中にも植物が茂って、アサギマダラが舞っていた。

二俣小屋跡。

二俣小屋跡。

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正面は槍沢?

斜めに巻いて、東天井岳の南側で稜線を東に越す。そこにも小さな雪田がある。

東大天井岳の南側で稜線を越す。前方に常念岳が姿を現わす。

東大天井岳の南側で稜線を越す。前方に常念岳が姿を現わす。

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ミヤマアキノキリンソウと、おそらくミヤマモンキチョウのメス。

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オトギリソウ。

そこからは東天井岳の南東面を巻いて、いったん下り、常念岳への稜線に乗る。といっても、ずっとその東側を巻いていくかたちになる。どうせあとで常念小屋に向かって急降下するのだから、もう少し低いところを水平に行ってくれてもよさそうなものだが、横通岳の脇を通過するまで、道はずっとゆるい登り調子になっている。そして最後の急下り、常念小屋はすぐそこに見えているのに長い。本日もかなりへろへろになって、15:45、やっとゴールにたどり着く。

常念小屋が見える。近そうに見えて、まだかなりの距離がある。

常念小屋が見える。近そうに見えて、まだかなりの距離がある。正面は常念岳。

常念小屋は蚕棚ではなく、小さな部屋に区切られていた。6畳ほどの部屋。ここも詰め込まれるときは10人以上になるのだろうが、幸い同室者はあと二人だけだった。先に「60代後半の仲のいいジイさん二人組」と書いた人たちだ。いい感じのコンビで、往年のどこかの山岳部の仲良しらしい。相当に経験値は高そうだ。山小屋が出す夕食前、二人は自炊場でラーメンを作っていた。時間の自由度を確保するため、小屋の食事には頼らず、自炊しているということのようだった。その自炊場でしばらく話をする。若い頃、この常念小屋に遅い時間に着いて、先代だか先々代の小屋の主人にドヤされた話などを聞いた。お二人が飲んでいるワンカップ?の赤ワイン(五一ワイン)が美味そうだったので、ぼくも売店で調達し、一緒に飲む。

そのうち小屋の出してくれる夕食の時間になったのでぼくは席を外す。夕食後、とっとと寝ていると、二人はかなり後になってガサゴソと荷物整理をし、小さないびきをかいて寝てしまった。翌朝、夜明け前に、再びガサゴソと準備をして、二人は出て行った。

燕岳から常念岳(2) 燕岳へ

翌朝5時に宿を出る。坂を少し下ったところの登山口、いくつかのテーブルのある登山口には、すでに多くの人がいて、それぞれに歩き始める準備をしている。ささっと登山届けを認めて、ポストに入れる。

燕岳登山口と登山届ポスト。

燕岳登山口と登山届ポスト。

ここから燕山荘(えんざんそう)への合戦尾根は、「アルプス三大急登」の一つなのだそうだ。一定間隔で、小さな広場に、立派な、かなりの人数が座れるベンチが設置されていて、歩きやすい。すぐに亜高山帯の針葉樹(たぶんコメツガ)の林の中の登りになる。

コメツガ?

コメツガ?

第一ベンチ。

第一ベンチ。

第一ベンチを過ぎて、6:25、第二ベンチに着いて朝食。中房温泉で作ってもらったおこわ飯。竹へぎに包まれている。なんとカロリーメイトが付いていて笑えた。

第二ベンチ。

第二ベンチ。

朝食。

朝食。

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第三ベンチの次は第四ではなく富士見ベンチと呼ばれる。はるか南のほうに、八ヶ岳と南アルプスに挟まれて、本当に富士山が見えた。8:30から、20分ほども休憩している。

富士見ベンチから。右寄りの、雲の湧き上がっている向こうに富士山が見える。

富士見ベンチから。右寄りの、雲の湧き上がっている向こうに富士山が見える。

ゴゼンタチバナ。

ゴゼンタチバナ。

明日歩く稜線を眺める。

明日歩く稜線を眺める。

ミヤマアキノキリンソウ。

ミヤマアキノキリンソウ。

ミヤマカラマツ。

ミヤマカラマツ。

そこからまた少し急な登りがあって、9:45、ようやく合戦小屋に着く。ここまでのタイムは悪くない。ここへは、荷揚げ用のケーブル(ロープウェイ)が通っていて、スイカが名物。小屋の外の屋台のようなところで、大きな包丁で切り分けて販売している。トレーに、大きなスイカの切り身と、食卓塩の瓶を載せて渡してくれる。水分と塩分の補給にはぴったりだ。

合戦小屋。

合戦小屋。

合戦小屋名物スイカ。

合戦小屋名物スイカ。

あとから中学生か高校生の団体がやってきた。彼らが動きだす前にと、トイレを済ませ、10:20頃だったか、先に進む(結局あとで追い抜かれた)。またちょっとした登りがあって、森林限界を越え、禿げた広場のような合戦沢ノ頭に着く。その手前で、槍ヶ岳が見えた。燕山荘の関係者だろう、大きなゴミ袋を背負って下っていく三四人のグループがあった。荷揚げ用ケーブルのある合戦小屋まで下ろすのだろう。

槍ヶ岳が見える。

槍ヶ岳が見える。

クルマユリ。

クルマユリ。

ハクサンフウロ。

ハクサンフウロ。

ウサギギク。

ウサギギク。

不明。チョコレート色の花?

不明。チョコレート色の花?

ヤマハハコ。

ヤマハハコ。

ミヤマホツツジ。

ミヤマホツツジ。

合戦沢ノ頭。禿げたちょっとした広場になったピーク。三角点がある。

合戦沢ノ頭。禿げたちょっとした広場になったピーク。三角点がある。

合戦小屋まではよかったのだけれど、このあたりですでにガス欠状態だった。普段歩き回っている低山との違いを理解した。近場の低山では、3時間半か4時間も歩いたら山頂で、大休止のあとは下りになる。その下りもせいぜい2時間程度だ。一日の全体の行程時間はさほど変わらないものの、大きな山、深い山では、これが山頂の小屋に向かって、丸一日延々と登りになるわけだ。もう少し体力・持久力を付けないといけない。合戦沢ノ頭から先、むしろ傾斜はゆるくなるのだが、とたんに足が遅くなった。霧も出てきて、目的地の小屋も見えない。あたりには高山植物の花々が増え出すので、何か見つけては立ち止まって愛でながら、ゆっくりゆっくりと進む。ハクサンフウロ、コバイケイソウ、クルマユリ、ウサギギク、ヤマハハコ、エゾシオガマ、シナノキンバイ、ミヤマキンポウゲ、ハクサンチドリ、ミヤマクワガタ。

エゾシオガマ。

エゾシオガマ。

ようやく霧の向こうのピークの上に小屋が見えたものの、そこからもまだかなりの時間がかかった。小屋の立つピークの右側の山腹をしばらく巻いて、それから左に急登になり、ようやく小屋の下のテン場に着き、そこからまっすぐ階段を登って、小屋の前の広場に着く。すでに12:40になっていた。やれやれ。

ようやく燕山荘が見えるように。

ようやく燕山荘が見えるように。

ナナカマド。

ナナカマド。

オオヒョウタンボク。シンプソンズの登場人物のような花を二つずつ付ける。

オオヒョウタンボク。シンプソンズの登場人物のような花を二つずつ付ける。

シナノキンバイ。

シナノキンバイ。

ミヤマクワガタ。

ミヤマクワガタ。

ハクサンチドリ。

ハクサンチドリ。

ミヤマキンポウゲ。

ミヤマキンポウゲ。

燕山荘直下から、西側の眺め。

燕山荘直下から、西側の眺め。

燕山荘への最後の登り。

燕山荘への最後の登り。

ネットで予約を入れておいたはずが、小屋のデバイスでは出てこず、手書きで必要事項を記入して、寝場所をあてがってもらう。この受付から寝場所までが長く急な階段になっていて、ここまで登ってきてヘロヘロな身には、これをこそ「三大急登」の一つに算入してもらいたい気がした。小屋と呼んできたが、燕山荘は600人収容だ。寝床は蚕棚式で、三畳ずつに区切られている。(しかし蚕棚ってのももう死語ではないのか。「若い人」は理解できるのだろうか。)すでに先客がいた。人が多い時はここに6人詰め込まれるわけだが、この日は結局3人、一人一畳確保することができた。

外のテーブルに出て、中房温泉で包んでもらった昼食(ふたたびおこわ飯+カロリーメイト、ただし今回はシューマイも付属)を食べる。高山で気圧が低いので、カロリーメイトの袋がぷくりとふくらんでいた。蚕棚に戻って5分ほど横になり、それから思い切って燕岳山頂に向かうことにした。最低限のものを入れたサブザックを肩に引っ掛けて、歩き出す。荷物がないと、なんと楽なことか。

右奥が燕岳山頂。

右奥が燕岳山頂。

燕岳への稜線の東側、安曇野側は霧が上がってきていて、何も見えない。西側、野口五郎岳、鷲羽岳、三俣蓮華岳あたりのいわゆる裏銀座の山脈はよく見えた。槍ヶ岳は、概ね雲の中に隠れていて、ほんの時たま、顔を出した。砂礫地には、コマクサがぽつぽつ、たくさん花を付けている。チシマギキョウは、必ず岩にへばりついて咲いている。ハイマツの中に、ハクサンシャクナゲやコメバツガザクラ。山頂付近では、キバナノコマノツメも見つけた。高山の黄色いスミレだ。

コマクサ。

コマクサ。

コマクサ。

コマクサ。

チシマギキョウ。

チシマギキョウ。

コマクサ。

コマクサ。

コメバツガザクラ。

コメバツガザクラ。

燕岳への登路から燕山荘を振り返る。

燕岳への登路から燕山荘を振り返る。

キバナノコマノツメ。

キバナノコマノツメ。

燕岳山頂。奥は北燕岳。

燕岳山頂。奥は北燕岳。

ハクサンシャクナゲ。

ハクサンシャクナゲ。

往復一時間程で燕山荘に戻って一休み、5:15からの豪華な夕食のあと、今夜は星空も見えそうにないし、とっとと寝た。

燕岳から常念岳(1) アプローチ・前泊編

阪急梅田の茶屋町口から階段を降りると、その裏手が高速バスのターミナルになっていた。切符売り場窓口のある狭い待合室には、多くの人がいる。次々に、さまざまな方面に向かうバスが出て行く。ネットで予約してあった8:00の松本行きに乗る。

バスは新大阪、千里、京都で客を拾い、その後はおよそ一時間半ごとに多賀、阿智のPA、SAで休憩を取りながら、松本へ。途中、恵那山の立派な姿が目に付いた。意外と快適な旅だった。
13:43松本バスターミナル着。そこからJR松本駅へは歩いてすぐ。14:09の大糸線信濃大町行きで穂高下車。電車は少し遅れた。急いで駅前から14:45の満員のミニバスに乗り継いで、終点の中房温泉に15:50着。バス停から坂をひと登りしたところが日帰り入浴施設「湯原の湯」で、かつ燕岳への登山口。温泉旅館はさらに奥に少し行ったところにあった。建物の脇からは源泉の一つが勢いよく湯気を噴き出し、古い木造の建物の玄関前にはレトロな円筒形の赤ポストがある。
中房温泉正面玄関。

中房温泉正面玄関。 

古い旅館によくあるように、次々に建物が継ぎ足されて延びていったようだ。二つの建物に挟まれた内庭には、ヤナギランが群生して花をつけている。
中庭のヤナギラン。

中庭のヤナギラン。

敷地の全体が山の斜面にあり、そのいたるところから湯が湧き出している。風呂はいくつもある。建物の中にも、やけに浅い大浴場、露天の岩風呂、松本藩主やウェストンが好んで入ったという歴史的な御座の湯、不老泉などいくつもあるが、面白いのは敷地のあちこちにある露天風呂。白滝の湯、月見の湯、菩提の湯のほか、熱砂浴ができるところや、プール状に作られた大きな湯もある。これらへは、山道のようなところを歩いて入りに行く。差し掛け小屋のような脱衣場はあるが、ほとんど素通しだ。
外の露天の一つ、白滝の湯。

外の露天の一つ、白滝の湯。

菩提の湯への道。

菩提の湯への道。

菩提の湯。

菩提の湯。

館内も外の露天も、基本というか建前では、すべては混浴である。が、館内の風呂に関しては「女性専用時間」などというものが設定されていてその時間以外にはご婦人方はお見えにならないし、外のワイルドな露天には、ご婦人方はまったくいらっしゃらない。もったいないことである(何が?)。
夕食は大広間で。6、7人のグループの席は襖で仕切られた向こう。一人のぼくは、1人用、2人用の席をぽつりぽつりと配したなかに座らされる。給仕の女の子の言葉にかすかにアクセントが感じられたので尋ねると、台湾の人だった。へえ、こんな所に。がんばってください。
ところで部屋にこんな案内があったことに、夕食のあとで気が付いた。
謎の多い自家製ソーセージ。

謎の多い自家製ソーセージ。

ブラードブレストはおそらくブルターニュの街には関係なく、ブラートヴルストBratwurstのこと、テブレチーナー(なんか写真撮影の悩みのようだが)はデブレツィーナーDebrezinerのことだろう。クロインスターとは、はてなんだろう? この判じ物、分かる方いらっしゃいますか?いやしかしよい温泉、よい宿でした。

翌日の朝食と昼食は弁当にしていただいて晩のうちに受け取り、翌朝5時に出発した。

燕岳から常念岳(0) まえおき

そこそこ山歩きはしているけれども、実は日本アルプスはほとんど知らず、北アルプスもほとんど初めて。

中学高校の頃、丹沢、奥多摩が一応ホームグラウンドだった。友人たちと丹沢主陵の縦走(Iと)、八ヶ岳全山縦走(麦草峠から小淵沢まで)(H、Oと)や、会津駒・燧ヶ岳・至仏山を繋いで歩いた(N、既出Iと)こともあった(すべて小屋泊まり)。

大学生のころも、やはり友人たちと、丹沢を改めて縦走(現在アメリカ住まいのMと)したり、夜行列車で上越の浅草岳に行ったり(前出M、Kと)しているのだが、この時期の山歩きはなぜかほとんど印象に残っていない。浅草岳がどんなだったか、まるで思い出せないのだ。そのころに、クラスメイトのSくん、N2くんと、ちょっとだけ北アルプスにも行っている。今から考えると、なんだってそんなコース取りをしたのかまったく理解できないのだが、上高地で一泊して(この宿も記憶にない)、翌日1日で蝶ヶ岳の肩に登り、そのまま安曇野側に下りている。あまり天候が良くなかったのか、アルプスの山々の眺望の記憶もない。「蝶ヶ岳の肩」と書いたが、当時はいまの「蝶槍」が山頂ということになっていたようだ。今現在蝶ヶ岳山頂ということになっているところは踏んでいるわけだが、そんなわけで自分の中では蝶ヶ岳に登頂したとは思えていないし、なにより記憶がなぜかあまりに薄い。蝶ヶ岳ヒュッテも記憶にない。安曇野側に下りて、山麓の道を行けども行けども人里に出ず、大きな山の大きさというものを実感した記憶はある。どこかでようやく公衆電話を見つけ、松本に実家のあったSくんが電話をして、父君に車で迎えに来てもらい、その晩は彼の家で、N2くんの歯ぎしりを聞きながら眠ったように覚えている。翌日は美ヶ原でも回ってから帰ったはずだ。とにかく、この時代の山は異様に記憶がぼやけている。Sくんはその後出版社に勤めていたが、早世してしまった。

関西に移って、六甲や北摂や比良の山を、いくつかの沢登りコースも含めて、妻1と歩いたが、あまりたいしたところには行かなかった。

しばらくブランクがあって、スロヴェニアのボヒン地方に一ヶ月滞在したときは、周囲の山々を歩き回ったし、妻1と小屋泊まりで最高峰のトリグラウに挑戦したりもした。(そう言えばフランスのアルザスでル・グランバロンに登ったこともあった。)

それからまたかなり経って、ウィーンに半年いたときは、シュテファン大聖堂裏の山道具屋で山靴を買い、「ウィーンの森」を散々歩き回った。その記録のいくつかはこのブログにも残してある。ドイツ語圏で「森」と言えばたいていは低めの山地で、ウィーンの森というのも、要はウィーンの西側を囲む山塊だ。

ウィーンから戻って、その余勢で地元北摂周辺の低山を片端から歩いていった。六甲のマイナーなコースも漁ったし、剣尾山、妙見谷からの金剛山、武奈ヶ岳、三岳・小金ヶ岳、霊仙山、廃村八丁などを歩き、稲村ヶ岳にも行った。

ともかく、そういうわけで、次項からは、北アルプス初心者の北アルプス単独行の記録である。たぶん北アルプスになじみの人にはあまり目新しい情報はないだろう。

 

丸滝谷から金剛山

久しぶりの金剛山。たぶん通算5回目。『関西ハイキング』2008年版(もうずいぶん前だ)で紹介されていたのを見て、以前から行こうと思っていた丸滝谷から。登山靴で行ける沢登りコース。

丸滝谷に公共交通機関でアプローチするなら、土日祝のみ運行の水越峠行き金剛バスを使うしかない。金剛バスは、自社サイトに時刻表も載せていない謎の会社だ。そのため、乗り換え案内アプリなどでは検索しても出てこない。第三者によるサイトで、土日祝の8:20と9:50に、富田林駅前から水越峠に行くバスが出ていることを知る。もちろんICカードは使えない。

富田林8:20のバスに乗る。これまで金剛山にはもっぱら河内長野からのバスを使ってきた。河内長野からだと、バスはすぐに山懐に入ってしまう。富田林からなら、車窓からまず葛城・金剛連山の勇姿が眺められることに気付いた。バスはその真ん中、葛城山と金剛山の間の水越峠に向かう。水越峠の手前、葛城登山口バス停で下車。歩道のない、でも登山客などの車やバイクの多い道を、東に向かってしばらく歩き、トンネルへの道から分かれて旧道に入る。バスが通るから駐車するな、という警告看板にもかかわらず、路肩にはびっちりと登山客の車が停められている。ここからは、葛城山の天狗谷道、金剛山の青崩(あおげ)道、石ブテ尾根道、中尾ノ背道、太尾道など、多数の登山道が発しているのだ。

その道から別れて林道に入り、しばらく坂を登ると、林道がとぎれる。そこが入渓点。砂と石ころと岩のなかにいく筋か浅い流れのある沢で、もっぱら(主に妙見谷の印象だが)「土の沢」の金剛山の沢のイメージとはちょっと違うなと思った。どちらかというと六甲や湖南アルプスの一部の沢のイメージにちょっと近い。

金剛山は植林の山だが、この沢の周囲は自然林が多い。沢の中には、下から上まで、マタタビの花が散り敷いていた。カツラらしい木も多い。ギボウシの小さな群落もある。

丸滝谷核心部は、次から次へと小滝が現れ、いずれも楽しく越えられる。沢の名のもとになっている丸滝は、かなり上で流れ込む枝谷に入って10mほどのところにかかる滝だ。丸みを帯びた洋ナシ型の大きな岩盤にわずかな水が流れていて、『関西ハイキング』の加藤芳樹氏は信楽焼の狸の腹に喩えている。

本流に戻って進むと、やがて左に「上の丸滝」が現れる。これも縦横10mほどの、垂直に近い大きな岩盤で、丸滝のような丸みはない。直登は困難で、すぐ右に、巻き道と補助ロープがある。沢歩きにあまり馴染みのない人は、ここがかなりスリリングに感じるらしい。

上流部になると、やはり金剛山らしい(?)土の壁が左右に多くなってくる。上の丸滝を過ぎるとまもなく水流はなくなり、最後は急斜面の泥の窪だ。いつもながら、こういう詰めはかなり長く感じられる。

泥の窪が終わるところから右に登り、花はとうに終わって実を付けているエンレイソウなどを見ながら、普通の山道のような踏み跡をたどる。このあたり、ニリンソウらしい葉がたくさん茂っている。ニリンソウは金剛山ではカトラ谷が有名で、ゴールデンウィーク頃の花の時期には混雑するようだが、こちらが穴場ということになるかもしれない。

なおも急登しばしで道は左に、「中尾の背」の尾根上に出る。出たところは植林の中の、小さな平地。ベンチがわりだろう、丸太が転がしてある。そこから尾根伝いに登ると、石ブテ尾根からの道を合わせ、まもなく「六道の辻」で太尾道に合流。金剛山頂から下ってくる人たちだろう、ここからは何人かの人にすれ違った。

六道の辻から一登りで、大日岳 1094m。ここに一つだけある丸太ベンチ、かなり古くてぐらぐらするベンチを独り占めして、昼食休憩にする。西側の展望が少しだけある。背後を、太尾道を登る人、下る人が時折通り過ぎていく。

最近出た山めし本、『山グルメ』のジャガイモスープを試す。予め小さめのさいの目にジャガイモを切り、水少量を入れたジップロックに入れて持参するのがミソだ。現地での調理時間の短縮になると同時に、火の通りを早める。レシピ通り、ローリエとたっぷりのオレガノを加えたら、美味かった。この日は6月末でも日差しが弱く、温かいスープがぴったりでもあった。

大日岳からはほんのわずかで金剛山山頂広場。やはりかなりの人がいたが、思ったほどではなかった。混雑をおそれて大日岳で昼食にしたのだが、ここまで来てから大休止にしてもよかったかもしれない。

山頂の売店で、「登山回数カード」を買った。小さなバッジがオマケに付いてくる。よく知られるように、金剛山は登山回数を競う人たちであふれている。山頂広場には登頂回数を讃える名前入りのパネルがあり、途方もない回数登っている人も数知れない。毎日のように登って毎日のように山の上で顔を合わせる、独特のコミュニティもあるようだ。大方は地元の、山麓の、住人たちなのだろう。ヨソモノのぼくにはとても付いていけない。でもつい魔がさして回数カードを買ってしまった。これまで登った4回は無効である。これからも、くたばるまでに登るのはせいぜい七八回ではないかという気もするが、まあいいだろう。回数を数えることは、いつだって、何をやったって、なぜか楽しいものだ。

奈良県側にまだ歩いたことのない「郵便道」を下って、また「かもきみの湯」に行こうかと思っていたが、かなり消耗したし、一番手っ取り早そうな、金剛山登山のメインルートでありながらいまだに歩いたことがない千早本道を下ることにした。いままで、妙見谷から登って久留野峠から下りるとか、寺谷を登って伏見道を下りるとか、そんなコース取りばかりして、階段道だと話に聞いていた千早本道は避けてきたのだ。一時間、ひたすら階段を降り続けて、翌日から、ふくらはぎに筋肉痛がきた。山を歩いて筋肉痛って久しぶりのことだ。千早本道おそるべし。金剛登山口から南海バスで河内長野に出て帰宅。

赤子谷ふたたび

ふたたび、と書いたが、この前行ったのが去年の10月で、それ以前にも二三回行っている。しかしいずれも左股を詰めてばかりだった。赤子谷とその周辺には多数の踏み跡がある(らしい)。何本もある尾根道はまったく歩いたことがないし、沢筋でも、右股や、左股の支流(左股の右股)には行ったことがない。左股の支流を登って、できたら右股から下りてこよう、と思いついてでかけた。

でも出るのが遅くなってしまった。宝塚でJRに乗って一駅の生瀬で下車したのは、11時近くなっていた。アプローチは生瀬水道道でと思っていたのだが、通行止めだった。前回は、水道道入口の宅地造成がちょうど終わったところで、入って行けた。いまごろは分譲されて、住宅の建設も始まっているだろう、もしかするとすでに住んでいる人もいるかもしれない。と思ったら、まだ分譲もされていないようで、入口のフェンスは再び閉じられていた。

閉じられたフェンス。

閉じられたフェンス。

仕方ないので生瀬高台の住宅地を抜ける。住宅地の南の奥まで行くと、西に向かう「林道」があった。その入口はやはりフェンスで塞がれているが、左に、人は通れるような入口がついている。しばらくは、実際車が通れそうな幅の林道だが、

はじめは林道風。

はじめは林道風。

やがてたんなるガタガタの山道になる。

たんなる山道。

たんなる山道。

豪雨のときの水流に道の半分がえぐれているところもある。

片側がえぐれた道。

片側がえぐれた道。

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この道が地形図では二本線で描かれているのは本当に不思議だ。やがて前回通った小尾根からの道が右上から合流し、さらにガタガタの道を下ると赤子谷に架かる西宝橋。そこから上流方向に進み、かなり傷んでいる木橋を渡って、二三の砂防ダムを見ながら右岸の道を行くと、赤子谷左股・右股出合。

今回も左股に入る。低い堰堤を二つ越え、

最初の堰堤で。

最初の堰堤で。このあたり、ヤマアジサイが多い。

最初の堰堤は左隅に石が積まれており、簡単に越えることができる。

最初の堰堤は左隅に石が積まれており、簡単に越えることができる。

堰堤の上の渓相。

堰堤の上の渓相。

しばらく行くと赤子大滝。

赤子滝。iPhone + Apple Watch で自撮りしてみた。

赤子滝。iPhone + Apple Watch で自撮りしてみた。

いつも通り右から巻いて越え、進むと、その先に5mほどの砂防ダムがもう一つあった。決して新しいものではなく、僕がここに来るようになったときにはすでに存在していたはずで、つまり毎回越えているはずなのだが、まったく記憶になかったのでアセった。(前回の記録でも最初の二つしか堰堤はないなどと書いていたので、こっそり修正した。)さて、どこから越えるか。ダムのすぐ左の急斜面を登ることも不可能ではなさそうだったが、ちょっと試してやめた。結局、向かって右手の急な窪を苦労して登り、ダムの右端に出た。上から眺めると、どうも右岸のかなり手前からゆるく登っていく巻道があったようだ。前回まで、たぶんそのルートで毎回あっさり越えていて、記憶になかったのだろう。このあとは、本当に、この沢には堰堤(砂防ダム)はない。

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しばらく行くとゴルジュ。ゴルジュの中にある3つぐらいの滝を、今回も楽しく越えていく。

ゴルジュ入口。

ゴルジュ入口。

ゴルジュの中。

ゴルジュの中。

ゴルジュの中の滝。水線の真ん中に足を置いて越える。

ゴルジュの中の滝。水線の真ん中に足を置いて越える。

これもゴルジュの中の滝。ここは右が登れる。

これもゴルジュの中の滝。ここは右が登れる。

ゴルジュの先は右に屈曲し、そのすぐ先、左から3段20m程度の立派な滝が現れる。やや右上から、固定ロープに助けられて突破する。

3段20m程度の美しい滝。右から小さく巻く。

3段20m程度の美しい滝。右から小さく巻く。

その少し先にも、もう一度同程度の多段の滝がある。最下段に粗造りな木の梯子がかかっている。

もう一つの多段の滝。

もう一つの多段の滝。

そちらには今日は進まず、正面の細い支流をたどる。

左股支流(左股の右股)入口付近。

左股支流(左股の右股)入口付近。

ここからは初めてのコースだ。左股本流より少々ワイルド。急傾斜で細く狭いV字の滝がかなりの高さ続いていて、その中心を登っていく。最上段は直登は無理で、左の階段状の岩にロープが下がっている。

急傾斜のV字谷。中央を登る。

急傾斜のV字谷。中央を登る。

水流は細いながらもかなり上まであった。ようやく水が消えると、ゆるやかで広い谷地形になり、そのほぼ中央をとにかく登っていく。踏み跡らしいものもあまりはっきりしていない。地形図その他では430m付近で水平道に合するはずだったが、よくわからなかった。

六甲の沢では、この季節、水が涸れた詰めのあたりにやぶ蚊が多くて鬱陶しい。虫除けをさんざんスプレーしたので、幸い刺されずにはすんだが、とにかく六月蚊い。じゃなかった、五月蝿い。

源頭部。

源頭部。

源頭部。

源頭部。

稜線を目指してそのまま登っていくと、譲葉山北東の小さな尾根先端のコブの上に出た。潅木に囲まれた小さな広場のようになっている。そこから南東方向に見当をつけて少し下っていくと、まもなく明瞭な道に出た。それをたどると、東六甲縦走路に出る。十字路になっていて、ちょうど反対側は行者山に向かって下る谷道(シャカ谷コース)だ。

縦走路を少し東に歩き、左股本流を詰め上がると出てくる鉄塔の南側、展望のよいところで大休止。週末にもかかわらず人は少ない。今日はシンプルに、コンビーフ、卵、塩こしょうだけのコンビーフオムレツ。『山グルメ』に載っていたレシピだ。行者山、甲山、大阪平野を眺めながら。

眺望ポイントで大休止。

眺望ポイントで大休止。

コンビーフオムレツ。ちょっと焦げた。

コンビーフオムレツ。ちょっと焦げた。

材料はこれだけ。(あと塩胡椒)

材料はこれだけ。(あと塩胡椒)

家を出たのが遅かったから、この時点ですでに3時近く。赤子谷右股を下るのはあきらめよう。一番簡単なのは、シャカ谷コースで行者山との鞍部に下って、光が丘の住宅地に抜ける道だろうが、できればまだ歩いたことのないコースで行きたい。たしかにゃみさんも『六甲山ショートハイキング77コース』に書いていた、エデンの園に下る道があったはずだ。そう思って、取り急ぎかろうじて電波の入るiPhoneで、ネットでコース情報をチェックをチェックする。アラカルートさんが「焼石ヶ原~譲葉中峰西」の名で紹介なさっているルートだ。縦走路をしばらく西に進んで、左にそれらしい踏み跡に入ると、正解だった。意外なほどはっきりした道が続く。最初はゆるい谷状の地形、最後に尾根の上に乗り、エデンの園の奥の堰堤の上に出る。ちょうど停まっていたバスで阪急逆瀬川駅へ。

 

横山岳 (湖北、1132m)

横山岳。素晴らしい花の山だ。滋賀県北東部の、岐阜県境に近い山。多くのガイドブックに、大阪からの電車バスを使っての日帰りは困難と書かれている。しかしここ数年の間に各種ダイヤが変わったのか、調べたところでは、ぎりぎり日帰りはできそうだった。大阪を5:55に出て、長浜で乗り継いで木ノ本で降り、バスに乗れば、9:04には杉野農協前から歩き出せる。

でも多少厄介な可能性のある下山路を取るつもりだし、下山時に慌てたくはないし、山麓を早朝に歩き出す(実は前泊にもかかわらずこれは放棄することになった)のは気持ちがいいに決まっているので、山麓の宿に前泊することにした。

当日の朝、宿に電話。平日だったからでもあろう、ありがたいことにまだ空きがあって、すんなり予約できた。

大阪15:00の電車で、17時ちょっと前に木ノ本着。木ノ本駅の改札ではなんとICカードが使えた。どうせダメだろうと思って大阪から切符を買ってきたのだ。一部の乗換案内アプリは、なぜか駅から数分歩いた「木ノ本バスターミナル」からバスに乗るよう指示するが、実際には駅前(東側)にバス停があり、スムーズに乗り継ぐことができる。18席ほどのミニバス。17:30ぐらいに杉野農協前で降りて、集落の中をまっすぐ歩くとすぐ、左手に茅葺の長治庵がある。

古民家を活かしたしっとりした宿。食事は母屋で、客室や風呂は数段の石段を登った離れにある。部屋は広くはないが、十分だ。この日はあと二組の宿泊客がいた。風呂は、風呂場前の時間帯リストに記入しておいて、順番に入る。風呂は大きくはなく、浴槽は二人で一杯になるサイズなのだ。でも四角い木の浴槽、木の蓋、木組みの天井は清潔で、落ち着く。

風呂場の前には共用の小さな冷蔵庫がある。持参したキャベツとタマネギを入れ、水とドリンクゼリーは冷凍庫(製氷室?)に入れる。これだったらノンアルコールビールも持ってくるんだった。朝の出発のとき忘れていかないよう、iPhoneのリマインダーを設定する。「冷蔵庫に入れたものを取り出すこと」。

夕食は二時間近くかけて一品ずつ味わうコース料理。米も含めてほとんど自家栽培、あるいは地元で採れたもの。地元の山菜を中心としたメニューだ。女将さんがほとんど一人で切り盛りしているように見えた。

ふっふ、オトナの山旅、とか思っていたら、翌日の歩きの後半は、さほど優雅でもなくなった。

朝食はおにぎりにでもしてもらって6時頃出るつもりでいたが、朝食も美味しそうだ。夕食のあと相談すると、普段は7時半からだが、7時からにしてくれるという。その後ならさらに登山口まで車で送ってくださるというので、計画変更してゆっくり出ることに。登山口までは歩けば40分。

白谷登山口まで送っていただいて、歩き出したのはちょうど8時だった。これでも、電車バス利用の日帰りだったらここを通過するはずの時刻より2時間近く早いわけだが、あとで、やはりもっと早朝に出発するべきだったかなと思うことになる。でも朝食も美味しかった。

登山口には小屋と、かなりの台数停められそうな駐車場がある。無人の小屋の中には、横山岳の花などのアルバムや、簡略な、持っていける登山地図が置かれている。小屋の裏手から、林道を離れ、白谷の登山道に入る。途端に様々な花が現れる。

オドリコソウ、イチリンソウ、ヤブデマリ、巨大なナルコユリ、タニウツギ、ヒメレンゲ。この季節、とにかく草の新緑に、明るい谷は生命感に満ち溢れている。山笑うという紋切り型は好きではないが、使うとすれば今のこの山だろう。

林道に出て、左に少し歩くと「太鼓橋」。その手前から再び沢沿いの山道に入る。シャクの繊細な白い花が群れている。登山道の右手斜面一面がニリンソウの箇所もある。

二条に落ちる綺麗な滝があるなと思ったら、それが五経の滝の最下段なのだった。登山道はその中段の滝壺近くを通る。そこから見る上段も立派だった。しかし立派な滝があるということは、その巻き道もきついということだ。そしてその急傾斜は、滝の上に抜け、沢を離れたあとも、ほとんどそのまま延々と続く。山頂の100m手前まで、緩むことはない。

横山岳山頂(西峰)はちょっとした広場になっている。十数人のグループが昼食休憩していた。山頂はまわりを木立に囲まれて、南面だけ視野が開けている。余呉湖、琵琶湖の眺め。広場の北の端に物置(!)があり、梯子が立てかけてある。物置の上に登ると、北側の眺望も楽しめる。が、この日は靄っていて、白山もよく分からなかった。物置小屋の上のスノコは朽ちかけていて、その上を歩くのはちょっとスリルがある。

山頂から西に戻り、先ほど白谷から登ってきた道を右に見て、東峰への尾根を進む。北、東、南の展望の楽しめる尾根道。道の両側には、数種類のドウダンツツジが花をつけている。ユキザサの群落もある。花期の最後ぎりぎり、名残のイワカガミも見つけた。東峰はことに眺めがいい。でも日陰はないので、日差しの強い季節に休憩するには向いていない。そのまま歩き続ける。残念ながらイワナシ、ヤマシャクヤク、カタクリ、タムシバ、イカリソウにはお目にかかれなかった。もしかしたら残っていたのかもしれないが、気が付かなかった。もう一二週間早く、つまりゴールデンウィークの頃、来たら見られたのだろう。

東峰からはやや急下降になる。気持ちのよいブナ林の中の道。イワウチワの群落があり、かろうじてまだ花が残っていた。途中、東尾根を下る道が分岐する。ここを直進するのが金居原への道。分岐にはこの金居原コースを指し示す巨大な道標がある。

金居原の正確な読みが分からない。かないばらかと思っていたが、地元のバスのサイトにはかねいはらと書かれている。でも宿の女将さんや他の登山者はかないばらと言っていたと思う。

出発前から、下山は『滋賀県の山』に載っていたこのコースのつもりだった。金居原はバスの終点で、金居原に直接降りるこのコース、東尾根を周回して白谷登山口に戻るコースと違って、長く林道を歩く必要もなさそうだ。しかしこの金居原コースは、分岐点の巨大な標識にもかかわらず、相当にマイナーらしい。朝、登山口までの車中で、宿のご主人に、このコースを歩くつもりだと言うと、自分はそのコースは歩いたことはない、整備もされていないのではないかという。途中でわざわざ車を停めて、「杉野山の会」の会長さんに状態を電話で問い合わせてくださった。会長さんのお返事は、今年はまだ歩いていない、去年一度行った、とかなんとか。一応ある程度は地図は読めるつもりだ、と言うと、ご主人は、まあ、止めてもそっち行くんでしょ、と苦笑いしながら送り出してくださったのだった。

『滋賀県の山』には、東尾根分岐から合計1時間50分とあり、東尾根分岐の巨大な道標にはなんと60分と書かれていたが、とんでもなかった。はっきりしている部分も多いが、落ち葉や枯れ枝、倒木が敷かれているところ、藪がかぶっているところも少なくなく、ルート探しができないといけない。しかしほぼ尾根筋をたどるルートだから、地形が広くゆるくなるところ、尾根が枝分かれするところで地形図やGPSデータと睨めっこしていけば、あらかた問題なく辿れる。何箇所もの急斜面には、ロープも設置されている。しかし落ち葉や枯れ枝とあいまって、なかなか速度が上げられない。それでも道を外すことはなくたどってこられて、問題は最後の最後にあった。杉の植林地に入ると、どこかの梢で、ツツドリがポポ、ポポ、ポポポポポポ、と鳴いている。尾根の先端近く、道は尾根筋を外れて、杉林の中を右の谷に下りていくはずだった。これは地形図をいくら眺めていてもわからない。その道をどうやら誤った。杉の幹に青いテープが巻いてあるところを辿って下る。おそらく、このテープは単なる作業用の印で、別に道があったのだろう。青テープ伝いに道はジグザグに続いているように見えながら、所々で途切れたり、とんでもないところに青テープがあったりした。見当をつけて道もない急斜面を無理やり下ると、また踏み跡に出たりした。これでかなりのタイムロス。沢を渡り、不明瞭な踏み跡をたどると林道に出た。出た地点にはちゃんと登山口の標識があり、林道を少し下ると、岐阜に通じる車道に出た。

金居原の集落は意外と大きい。バス停はずっと先だった。結局東尾根分岐から金居原バス停まで、合計で2時間20分ほどもかかってしまった。8分ほどの差で、16:19のバスに乗り損ねた。余裕で間に合うと思っていたのだが。次のバスは1時間半近く先だ。金居原バス停の周りにはなにもない。惰性で、車道を杉野まで歩くことにした。17時すぎに杉野に着き、ついでに前夜の宿に寄って、(僕のほかにも登山客が泊まることもあるだろうから)コース状況を報告していくことにした。冷たい緑茶をいただいて、20分ほど休憩してから、杉野農協前バス停へ。17:51のバスに乗る。古橋で途中下車して、己高庵に寄って一風呂浴びる予定だったが、遅くなったので諦めてそのまま木ノ本へ。木ノ本18:37発、長浜乗り換えで大阪20:42着。

次に来るときは朝食はやはりおにぎりにしてもらって、下山路は普通の東尾根コースにしよう。

Apple Watch 用乗換案内アプリの使い勝手

「Yahoo!乗換案内」は、通勤用に登録した自宅・勤務先の駅の直近の発車時刻までのタイマー表示に機能を絞っている。グランスだけでなく、アプリ本体までがそれだけだ。役に立つ人には役に立つだろうが、バス時刻には対応していないため、バス通勤のぼくにはまったく役に立たない。この役割は、相変わらずiPhoneの「時刻表Locky」に頼るしかない。だから「Yahoo!乗換案内」は、ぼくはApple Watchからは削除した。iPhoneアプリとしての「Yahoo!乗換案内」は優秀なのだが。「時刻表Locky」のApple Watch対応も待たれる。
通勤以外で、単発的にどこかに出かけるとき、iPhoneアプリで検索、決定した乗り継ぎ案内こそが、途中手首でちらちら確認できると、ありがたい。これができるのは、ジョルダンの「乗換案内」と、「駅すぱあと」だ。「乗換案内」のApple Watchアプリは、この機能に特化している。これを利用するには、iPhoneアプリで経路検索後、「この経路を送る・登録する」ボタンをタッチし、「Apple Watchに送る」を選択してやる必要がある。「駅すぱあと」のほうは、iPhone上で最後に表示した経路がそのままApple Watchに出てくる。表示のデザインは、「駅すぱあと」のほうが洗練されている。

「乗換案内」の Apple Watchでの表示。

「乗換案内」の Apple Watchでの表示。


「駅すぱあと」の Apple Watchでの表示。

「駅すぱあと」の Apple Watchでの表示。


iPhoneの初期、ガラケーそのままの表示、有料化で叩かれて一旦撤退し、いつの間にか復活した「ナビタイム」は、色々できそうだが、安くはない月額課金のうえに、先日利用した某バス路線が出てこなかったので、個人的にはやはり論外。問題の路線、他の三者は対応している。