打越峠から西おたふく山へ

2月も下旬の日曜、そろそろ三峰(みうね)山の霧氷登山に行く最後のチャンスかなとは思ったが、それには早朝に家を出なければならない。榛原(はいばら)からシーズンの土日のみ、登山口へのバスが出るのだ。しかし前日の土曜が色々とキツすぎた。早起きは前の晩早々に諦めていた。

しかし朝から天気がよかった。ここしばらくの間でもとびきりの晴天だ。なのでネギを刻み、湯を沸かしてテルモスに入れ、近場の六甲へ、西おたふく山に行ってみることにした。これも実は『ベスト100』が掲載しているコース。六甲はかなり歩いてきたが、西おたふく山へは行ったことがない。六甲主稜の中程、六甲最高峰と六甲ガーデンテラスの中間から南に伸びる大きな尾根の一つ。860mあたりの顕著なピークが山頂ということになりそうだが、そこには巨大な電波塔が立っているし、主稜部からそこまでは車道も伸びている。だからこれまで食指が動かなかった。

『ベスト100』のコース取りでは、岡本から歩き出し、打越(うちこし)峠、黒五峠を越えて住吉川の谷に入り、西おたふく山の尾根に取り付く。

岡本駅の南改札口を出て、コンビニに寄っていたりしたら、歩き出したときはすでに10:45ぐらいになっていた。駅東側の踏切を渡り、坂道を登る。右の尾根を登れば保久良梅林だが、岡本八幡脇の駐車場にも何本かの紅梅白梅があって、四分咲きになっている。

岡本八幡脇の梅。

境内を抜け、西側の急坂を登ると、突き当たりが登山口。

登山口。

八幡谷に沿った道になる。このあたりは深く狭く切り立った峡谷になっていて見ものなのだが、あまり話題にされることがない。

八幡谷の峡谷。

途中、二体の孔子像みたいなのの間を通り抜けると、古くくすんだ社があって、その奥に八幡滝がかかっている。

何の像なのだろう。
八幡滝。

自然木で手すりのようなものが設えられた急な石段を登り、道が平坦になると、南に海が見え始める。左手に「岡本バットレス」の手作りの道標があり、急斜面にトラロープが下がっている。さらに進むと「山の神」。石の祠があり、その背後で道は二つに分かれる。左に進むと、杉の植林帯の中のつづら折れの急登になる。そのつづら折れが終わり、山腹道になるところの右下に、知る人ぞ知る水場があるが、今日はほとんど水は湧き出していないようだった。

途中のお地蔵さん。

山腹の道を詰めると打越峠。12:10。小さな広場で、丸太ベンチが置かれているが、かなり朽ちかけている。左右に尾根道が通じ、十字路になっている。尾根道左(西)は打越山へ、右(東)は七兵衛山や横池に至る。横池からは、ロックガーデンから最高峰に至る「銀座通り」はすぐだ。正面(北)を下ると黒五谷を経て住吉川。丸太に座って休憩していると、西から東へ、東から西へ、北から東へ、何人もの人が通り過ぎていく。誰も立ち止まらないし、僕が登ってきた南の道へは、誰も下って行かないし、登ってくる人もいない。東から母親と小学校低学年の男の子二人という感じの三人組がやってきて、北に下っていった。つられるように立ち上がり、僕も北に下る。

緩やかな下りしばしで黒五谷を渡る。しっかりした飛び石の橋ができている。

黒五谷を渡る。

その先はゆるく広がっていて、ちょっとした庭園風。

庭園風。

ゆるゆると登って、小さな峠をもう一つ越える。

小さな峠。

下った先は住吉道で、ちょうど古い石畳が残っている部分だ。親子三人は左に、住吉方向に下っていったようだった。

石畳。

右に登るとすぐに石畳は消える。それから右斜面へ、高巻き道になる。この道がこんなに登らされるとは予想していなかった。途中、西おたふく山頂の電波塔が意外に近く見えた。

住吉谷から西おたふく山を望む。

もう一度石畳が現れ、河原に二度めか三度めに近づくと分岐がある。

再びの石畳。

左岸を直進すれば七曲りから最高峰。再び飛び石で住吉川を渡って、西おたふく山への道に入る。当初はこの住吉河原で大休止のつもりだった。ガイドブックもそれを推奨している。しかし季節のせいか、あまり落ち着ける感じのする場所ではなかった。

住吉河原。

それですぐに立ち上がる。この時点ですでに13:15ぐらい。出発が遅かったし、体調もベストではなかったから、場合によってはここから住吉川沿いにそのまま下って下山することも考えていたが、電波塔が案外近く見えたこともあって、再び登り始めることにする。右と左の足をゆっくり交互に前に出していけばいい。

道はしばらく平坦に、なおも住吉川に並行して右岸を上流に向かう。それから左へ登り始め、右に山腹を七曲りに向かう道を分けると、ジグザグの登りになる。西おたふく山の尾根先端の550mの小さなピークを回り込んで、鞍部に出る。急に西側の視野が開ける。このあたりで今日初めて、名残の雪を見る。

名残の雪。

次第に傾斜は緩くなる。この登り、『ベスト100』は、「このあたりの紅葉が美しい。ヤマツツジの季節も見応えのあるところ。少し急な登りも、赤、黄色のカエデやブナ、ナナカマドの葉が癒してくれる」と特記している。ほとんどが落葉樹で、林床はクマザサ。冬枯れの今も、確かに美しい林相だ。青空に、灰褐色の木々が映える。

熊笹の道。

マイナーな道だとばかり思っていたのだが、ジジババのグループが、二、三回、合計30人ぐらい、下ってくるのとすれ違った。その度、脇に避けて通過を待つ。まあ、ちょうどいい小休止になる。

山頂部近くには、ブナの森、小鳥の森、ツツジの森などと名付けられた周遊路が整備されている。下からここまでハードな登りを登ってきて周遊路をぶらぶら歩くことは想像しづらい。おそらく、上から車でやってきて、あたりをそぞろ歩くお客さんが想定されているのだろう。そういうお客もあまり多そうに思えないが。「ブナの森」の道をとり、小さなピークを越えて一旦やや下り、それから登り返すと、頂稜部の舗装道路に飛び出す。

舗装道路に飛び出す。

住吉河原からここまで1時間10分ほど。巨大な鉄塔の直下だ。左方向の先、駐車場だか広場だかになっていて、テントを張っている人がいた。そこまで行ってみなかったが、あまり展望はなさそうだった。ガイドには「南部に開けている頂上部の眺望の良い広場が休憩におすすめ」とあるが、それがどこを指しているのかはよくわからなかった。山の名前から、東おたふく山のような「草原」をイメージしていたが、そういう感じではない。

休憩は諦め、車道を右に歩いて鉄塔の下を回りこみ、進んでいくと、メインの車道(ベルビュー有馬ロード)に合流する直前、(全山)縦走路の入口が左手に現れる。

縦走路入口。

車道と平行に、登山者のために付けられている道だが、平坦な車道と違っていちいち小さなピークを越えていくので、けっこう骨が折れる。全山縦走ってやったことないけど、全縦の人たちは、この道をいちいち登りくだりするのだろうか。須磨からここまで来たら、絶対に車道を歩きたくなるに違いない。階段を登って車道脇に下り、また階段を登る。

階段登り。

その二つ目のピークで大休止にする。山頂には「本庄山」という古めの石柱があった。登山地図でもガイドブックでも、このピークがそういう名前だという記述は見たことがない気がする。OK、ここは本庄山なのだ。ここで休憩にしよう。南北両面の展望が開けている。南は神戸市街から海、北は有馬や三田方面。

本庄山の石碑。

もう3時だったが、ここで本日の山メシ。例によって「げんさん」レシピで、「すき焼きそぼろうどん」。これをやるために、「今半の牛肉そぼろふりかけ」も「寿がきやの味噌煮込みうどん(乾麺)」も、わざわざネットで取り寄せたのだ。

すき焼きそぼろうどんの材料。
すき焼きそぼろうどん。

たっぷり休んで、下って車道に出る。この先、今度は車道の北側に登山道が続いているのだが、腹も重くなったし、そのまま車道を歩くと、極楽茶屋跡。ガイドではここから北に、旧版では紅葉谷、新版では番匠谷畑尾根から湯槽谷峠経由で、有馬に下ることになっている。この新版でのコース変更が道の崩落によるものであること、しかし実は現状ではこれでは回避になっていないことは、以前に書いた

かろうじて明るいうちに有馬に下り着くことは不可能ではないと思われたが、標高差800m以上の登りで歩きは堪能した気がしたし、最後に炭屋道を登り返すのはちょっと気が進まない。有馬への下りは諦め、そのまま西へ車道を歩く。16:00、ガーデンテラス到着。16:37の山上バスで六甲ケーブルの山上駅へ。ガーデンテラスから乗車した観光客の大半は中国語を喋っていた。先日の京都のみならず、こんなところにまでお越しになるのだなあ。あとは日本人の若いカップルが二、三組。日曜のことで、途中の六甲スノーパークから大勢の親子連れが乗ってきて、小さなバスは満員になった。やはり満員のケーブル、神戸市バスを乗り継いで阪急六甲駅へ。

西おたふく山、山頂部はやっぱり今ひとつだったが、そこに至るまでの道は思いの外いい感じだった、と言っておこう。

番匠谷畑尾根や紅葉谷道は以前に歩いているので、これで『ベスト100』のうち53コースめ踏破ということにする。

 

大文字山 465m

二月の初め、大文字山に。東山は伏見稲荷の背山をちょろっと歩いたことがあるだけ。比叡山もまだ歩いていない。今回もまた『ベスト100』のコース取りに従って、山科駅から歩く。たいていのガイドは蹴上から出発して蹴上に戻るので、これも岡弘氏らしいひねりだろう。

JR山科駅で下車。昔はホームに上がるコンコースだったらしい狭い歩行者用通路(ホーム表示の痕跡がある)を通って北に抜ける。東に歩いて、JRのガードをくぐってきている道をまっすぐ北へ。緩やかな坂道。左右はいかにも古くからの静かな住宅街。

琵琶湖疏水。

琵琶湖疏水に掛かる橋も渡って1kmほどもまっすぐ歩いたどん詰まりが毘沙門堂。その直前、散歩?のおじいさんに声を掛けられる。「登らはるの、大文字山?」─はい。「えらいなあ」─はあ。何と返事すればいいのかよくわからなかった。えらいなあ言われましても。石段を登ってお参り。社殿両脇の紅梅がほころびかけている。

毘沙門堂。
毘沙門堂の門の装飾。

下に戻って、西に、沢沿いの道に進む。この沢も意外と美しい。次第に山の中に入っていく感じになるが、まだ舗装道路だ。犬の散歩のおばさんに「おはようございます」と挨拶される。

沢沿いの道。

蕎麦屋だったらしい茅葺の家の下を回り込むと、右に分かれる道がある。そちらからも大文字山に登れるらしい。が、まっすぐ進む。

道端に数軒の木小屋と、彫刻が何点かと、無数のワインボトルのある奇妙な一角を通り過ぎ、

よくわからない彫刻1
よくわからない彫刻2
ワインボトル。すべて空だが、律儀に栓がしてある。

安祥寺上寺跡の石柱を見送ると、道が右に曲がって、ゲートが閉まっている。

道が右に曲がった先、ゲートがある。ここは左に進む。

その左に分かれる地道に入り、すぐの「F0」と記された標柱から右に、山道に入る。柱には、手書きで小さく、三方向の行き先が書かれている。

すぐにF0の標柱がある。

最初は踏み跡のような感じだが、すぐに意外とはっきりした道になる。これで大文字山から弓なりに伸びてきている尾根の先端に乗ったことになる。明るい疎林の下の、両側にウラジロの茂る登りだ。

登りにかかる。

鉄塔の横がF1の標柱。さらに登ると傾斜が緩まり、時折、西側に木の間越しの眺めが開けるようになる。

京都一周トレイルに、その「東山41」の標柱のあるところで合流し、右にたどる。

京都一周トレイルに合流。

左右にちらほら名残の雪が見られるが、道には雪は付いていないし、凍結もない。念のため持参した軽アイゼンを出すような箇所はなかった。ただ、少しぬかるんでいるところが多い。

低い土手があり、真新しい丸太階段を登ると、森林管理道。

土手の上は森林管理道。

横切って真ん中の尾根を進む。

大文字山山頂へは背後から、つまり東側からたどり着くので、展望が一気に開ける爽快感がある。京都市街が一望だ。北山の峰が、ところどころの谷に白く雪を貯めている。

山頂直前。両側の土饅頭のような地形が門のようだ。
山頂からの眺め。
山頂の「鹿ケ谷」三等三角点。465.44m。

大文字の火床は、北西に伸びる尾根の先、山頂から標高にして100mほど下ったところにある。ややぬかるんで急なところもある道を15分も行くと着く。こちらのほうが山頂よりもさらに眺望が開けている。下のあちこちから見上げて大の字がくっきり見えるような急斜面なのだから当然か。

送り火(大文字)火床の中心。正面は愛宕山か。
すぐ北に比叡山が大きい。

火床というのは、長さ数十センチの拍子木状の石が二枚、下駄の歯のように並んだもので、それが字画に沿って点々と設置されている。二枚の石の間に、松明を固定するわけだ。その火床に沿って、左右に幅の狭い石段が下っていっている。「大」の横画の書き出しにあたるところから少し引っ込んで、物置のようなものがあった。中には無数のポリタンク。なるほど。

物置に無数のポリタンク。

ここで大休止、昼食にしようと思っていたが、さほど強くはない風が、意外に冷たい。少し考えて、大の字の左の払いの先端の火床まで下りていく。(奇妙なことに、何冊かのガイドブックが、これを左の「ハネ」と記している。大の字にハネはない。)

大の字の左の払いに沿って下る石段。
下って見上げる。

すぐ下は林。ここなら、樹冠越しに眺めは十分あるし、風はやはりあるものの斜面を這い上ってくる風がないぶん、わずかながら寒さが和らいでいる。火床の石に腰をおろし、本日の山メシ、プルコギ。蓮池陽子『キャンプの肉料理 仕込んでいくから失敗しない66のレシピ』掲載の一つで、あらかじめ家でおろしニンニク、酒、醤油、砂糖、ごま油、すりゴマとともにジップロックに放り込んできた牛肉を焼いて、パプリカとニラを加え、最後にごま油を改めて垂らすだけ。

山のプルコギ。

大の字の上の方よりはマシだったとはいえ、大休止を終えて立ち上がった時には手指がすっかりかじかんでいた。

この左の払いの先端から下山路が続いている。明るい自然林で、気分良く歩ける。

火床から下る道。振り返って。

ガイドブックのコースは、広い鞍部に下りついたら右に戻るように進む道だったようだ。そのまま小さく登り返してまっすぐ進んでしまった。どのみち、都市の裏山のことで、この辺りには縦横にさまざまな道がついているようだ。どこかには下り着くだろう。途中、鹿よけのネットに沿って、右に曲がる枝道があったので、きまぐれにそちらに入ってみる。道端に、目鼻が油性ペンで描かれた小さなお地蔵さんが立っている。

目鼻の描かれたお地蔵さん。

小さな広場があり、そこからさらに右に下っていくと、林業用のモノレールの軌道の通る谷に出た。

谷に出た。

曲がりくねった谷の向こうから、何か機械音が聞こえてきた。ちょうど軌道で資材を運び上げてきたところだった。細い山道の真ん中を軌道が通っている箇所で、その場ですれ違うのは無理なので、横の小さな堰堤の上に退避して通過を待つ。車は、ゆっくりゆっくりと登って行った。こうした軌道は案外あちこちの山にあるが、実際に使われているのを見ることはあまりない。

軌道を車両?が登ってきた。

やがて沢を渡って林道に出た。それを下っていくと、左手は慈照寺(銀閣)の境内。回り込んで、寺の正面から下るキッチュな短い土産物屋街を歩く。修学旅行らしい学生服、女性のグループもいるが、一番多く聞かれるのは中国語だ。

慈照寺門前の土産物屋街。

橋を渡って左に、「哲学の道」に入る。このあたりから、腹具合がおかしくなる。途中、どこか喫茶店に入って手洗いを借りようと思うが、入りづらい店構えだったり休業だったり。

西田哲学の道。

哲学の道をおよそ非哲学的な速度の早足で駆け抜ける。いや、西田幾多郎なんてどのみちスローモーションのような速度でないと付き合えたものではないが、それは今はどうでもいい。

哲学の道を歩き通し、鹿ケ谷通りの角の喫茶店に駆け込んだ。扉や窓の桟を真っ赤に塗った店。¥350のエスプレッソを注文して手洗いを使う。手洗いから出ると、店の客は(ぼくを除いて)0人から3人に増えていた。扉近くの席ではアメリカ人らしい女性二人組が、地図を見ながらこの後の行き先について相談している。奥の席では角刈りで柔道かレスリングかフットボールでもやっていそうな若い巨漢が横文字の雑誌に読みふけっていた。こんな光景に出会うのも京都ならではか。エスプレッソを飲み、しばしぼーっとしてから、店を後にする。

南禅寺山門。

永観堂を横目に見て、南禅寺の山門脇を通り、金地院の前を通り過ぎて、蹴上へ。疎水の下、「ねじりマンボ」と呼ばれる歩行者用トンネルの向こうに地下鉄の駅が見える。

「ねじりマンボ」。
トンネルの内部。

トンネルの内壁を見れば「ねじり」の名の由来は一目瞭然だが、「まんぼ」とは何か。ともかく抜けると、見えていた地下鉄入り口は大きな車道の向こう。とても渡れない。キョロキョロ見回すと、左手に少し登ったところに、こちら側の地下鉄入り口があった。

地下鉄。安全「柵」ではなくて壁になっている。

地下鉄で京阪三条、一駅だけ京阪に乗って、河原町から阪急で帰宅。

四石山 (紀泉山地 384m)

年末から年明け、ずーっと風邪で、職務や家庭の雑事はぎりぎりなんとかこなしていたものの、山歩きに出かけることはできなかった。一ヶ月ぶりに出かけた。

十二月、最後に行ったのは三石山。その次に行くとしたらここしかないだろうと思っていたのが今回の四石山。まあ一種のシャレだ。同じ紀泉国境の山地に属しているとはいえ、東西に二、三十キロ離れているので、おそらくなんの関係もない。標高はちょうど三石山の半分ほど。やはり『関西日帰りの山ベスト100』がとりあげているコース。

天王寺から阪和線で和泉砂川下車。

和泉砂川駅東口。

ガイドではここから登山口までも歩いてしまうことになっている(45分)が、コミュニティバスを利用する。小さな駅だが東西に出口がある。コミュニティバスのバス停も東西にあり、乗るべきバスが停まるのは東口の方なので注意が必要だ。その名も「泉南市さわやかバス」という。どうしてイナカの役人は「ふれあい」とか「さわやか」とかこうも好きなのだろうか。コミュニティバスでいいではないかとも思うが、community と違って「コミュニティ」という日本語は発音しづらい。その「山方面まわり」路線の9:14のバスに乗る。(この路線名も、よそ者にはどこを走るのだがさっぱり見当がつかないので、路線図とにらめっこして、乗るべき路線を探し出すことになる。)

金熊寺(きんゆうじ)」バス停で降りて車道を歩く。登山口は、次の「東小学校前」のほんの一歩手前なので、後者で降りた方が賢明だった。まあ、たいした距離ではない。(昭文社の地図は、さらに奥、もう一つ東側のマキ谷という谷を詰めていく道を掲載している。キカワ谷と呼ばれるらしいこちらの谷筋には道を記していない。)登山口には円盤形の独特な道標がある。

東小学校前手前の登り口。
登り口の道標。

金熊寺は梅林が有名らしいが、まだ少し早いようだった。道端の紅梅はほころびかけている。畑の中を、左手に小学校の校舎を眺めながら登る。

紅梅。
東小学校。
別所池。

溜池(別所池)を過ぎるとまもなく、道沿いに数軒の丸太造りの建物が並んでいる。薄汚れてひと気もない。看板は「メカロトシヨプ 森の家」。いったい何なのか謎だ。

謎の「森の家」。

メカロトシヨプを過ぎると、山道らしくなる。沢沿いになり、一部では沢の中を歩く感じになる。水量は少ないので問題はない。

沢沿いの道。
沢の中の道。

山間の小さなため池がまたあり、独特の色の水を湛えている。

山の中のため池。

その先はやや平坦になるが、倒木がひどい。倒れた桜や竹や杉を跨いだりくぐったりして進む。

倒木がひどい。

この山も、このあたりまでと、最後の下りの谷筋で、フユイチゴの葉が目立ったが、少し暖かいこのあたりでは残念ながら実はほとんど終わっているようだった。

やがて再び円盤型の道標があり、道は左の植林帯の急斜面を尾根の上目指して登り始める。杉と竹の混じる奇妙な斜面。

竹と杉の斜面。

登りきった右には送電線の鉄塔がある。ここまで谷の中でしばらく日差しはなかった。冬場のことで、明るい日差しが嬉しい。ここで20分ほど休んでサンドイッチで朝食。

尾根に出た。

鉄塔、山頂方向とは逆に尾根を辿ると、右(東)の谷への急下降となる。急なうえにウラジロが茂って覆い被さり、少し歩きにくい。

ウラジロが道にかぶさっている。

下り切ると杉の植林地で、昭文社の地図がルートを記しているマキ谷だ。つまり登山地図のルートなら余計な尾根越えが一つ減るわけだが、『ベスト100』がなぜあえてキカワ谷からのルートを選んでいるのかはわからない。マキ谷通しでは歩き足りないだろうという配慮なのか、他に何か理由があるのか。

マキ谷に下りて右に向かうとすぐに、さらに東の尾根への急登になる。上部にはロープが張られている。

急登。ロープあり。

登りきって尾根上に出たとき、尾根の先を走り去って行くリスの姿が見えた。そこでまた休憩。

再び尾根に出た。

すぐ北寄りの小ピークに行くと、四石山がよく見えた。稜線に四つほどの小さなコブが並んでいる。四石山の名はこの連なりから来ているのだろうか?

四石山の眺め。中央に三つ見えている右端が山頂。

戻って南に、尾根筋を辿る。これは枝尾根のさらに枝と言うべき尾根で、ちょっと急坂になると、そのメインに一段近い枝尾根に乗る。尾根筋に乗ってからは総じて明瞭な歩きやすい道だが、メインの尾根に近づくと、道はその北斜面を巻き始める。この辺りは急傾斜の上にかなり細い道だ。

尾根筋の道。
主稜の北斜面の道はかなり薄い。

ようやく尾根に乗り、しばらく行くと、一瞬、採石場の上に出て、北側の眺めが開ける。ガイドは「大きな岩があり、休憩ポイント」と書いているし、登山地図に「眺めの良い岩場」と記されているのもここのことなのだろう。しかし「大きな岩」というのはわからなかったし、もう少し先に該当地点があるのかと思ってそのまま歩き続けてしまった。四石山の北面はかなり幅広い採石場になっていて、この後の道はやや南面を回っていくような感じの部分が多い。この先採石場側が見下ろせて展望が開ける箇所はほとんどなかった。手前から見えていた通り、いくつかのピークが連なっているので、潅木の中、少々の登り下りを繰り返す。一番奥が四石山だ。道はやや不明瞭で、テープが頼りになる。特に四石山山頂ピークの手前は尾根が幅広くなっており、気をつけないと道を失う。

そこまで誰にも会わなかったが、山頂に着くと、年配のグループが男女7人冬物語の最中だった。南側の短いコースから登ってきたらしい。山頂は決して広くないので、ぼくは仕方なく隅の方、三角点の脇に陣取って昼食にする。「四ツ石」という名の二等三角点で、384.41m。しかし周囲には木々が伸びて、展望はあまりない。北側と南側に、かろうじて木の間越しの眺めがある程度。「関空などを一望にできる」というガイドの記述は、もはや事実に合わなくなっている。

四石山。
山頂三角点。
山頂から北の眺め。
山頂から南の眺め。

本日の山メシは、サンマの蒲焼柳川風。元は『シェルパ斉藤のワンバーナークッキング』のレシピだが、乾燥きんぴらに代えてベターホームの缶詰のきんぴらを使った(コンビニによくあるレトルトパックの方がもっと簡単か)ので、フライパンにきんぴらをあけ、その上にサンマ蒲焼きをのせ、少し水を足して加熱するだけという、料理とも言えない代物だ。でも山の上ではこんなのも美味かったりする。

サンマの蒲焼柳川風。

7人組は再び南に、楠畑方向へ下っていった。しばらく山頂独り占めを楽しんでから、西へ、「わんぱく王国」方面の道標に従って下り始める。最初の方こそ少し枯葉がかぶっているものの、非常に明瞭なよく整備された道だ。山頂から西南西に向かうこの道の最初1キロほどは、大阪府と和歌山県の境になっている。

明瞭な道。
明瞭な道。

やがて道筋は北に向かい、西に、山中川を挟んだ山々が見えるようになり、そして急な丸太階段で谷に下っていく。まだ真新しい丸太だなと思ったら、途中、整備工事をしている人たちがいた。整備、ありがとうございます。

山中川の向こう、西の山。この奥に雲山峰がある。
真新しい丸太階段。

下りきって沢を渡り、向かいの小尾根にもう一度登り返すのが本来のコース。その先で大規模な滑り台が有名な「わんぱく王国」という子供向けの無料の市営公園を通る。以前子ども連れで雲山峰に行った帰りに寄ったことがある。公園の正面入り口から下ると山中渓駅の真ん前に出ることになる。谷から登り返すところに大きな立て札があり、「こちらの道は『わんぱく王国』の敷地内を通ります。/わんぱく王国の閉門時間は、16時30分です。現在地で15時以降は他のルート(この川に沿って)下山してください。/又毎月第3水曜日と年末年始(12/29~1/3)は休園となります。/他のルート(この川に沿って)下山してください。」と書かれている。今日はまたドンピシャで第3水曜日なので、「わんぱく王国」方面には向かわず、沢筋に沿って下る。

本来はここから右に再び登る。今日は沢通しに下る。

阪和道の下、トンネルをくぐると、府道64号線に出る。北に向かって1kmほどの車道歩きで山中渓駅。

阪和道をくぐるトンネル。
車道歩き。
山中渓駅。

駅に着くとすぐ、大阪直通の紀州路快速が来た。一つ隣の和泉鳥取で降りて温泉(平野台の湯 安庵)に行くことも考えていたが、駅から5分とは言えタクシーでの往復が面倒になって、大阪駅までそのまま乗って帰ることにした。

標高も低く、ハードな山ではないが、一部コースが不鮮明なところもあり、山歩きの全くの初心者には勧めない方がいいかもしれない。

三石山 738.4m

この山も、『関西日帰りの山ベスト100』以外で紹介されているのを見たことがない。岩湧山の南東にひっそりと隠れるように佇む山。昭文社の『金剛・葛城』地図にはコースは記されている。

南海高野線紀見峠駅下車。

南海高野線 紀見峠駅。
山間の狭い駅前にはタバコ屋と酒屋はあり、酒屋の前には飲料水の自販機がある。改札の真ん前に小さな道標があり、下ると「紀伊見荘から金剛山へ」向かい、左は「岩湧山へ」行くと言っている。これを左に歩き出す。

駅前の道標。
踏切を渡り、橋を渡ってすぐ、「三石山」の道標に従って、谷を離れ右に分かれる道をとる。

踏切を渡る。

紀見峠方面の眺め。
またすぐ天王神社の先で左に入り、コンクリート舗装の急坂を登る。

ここを左に。
最初のカーブのところに茅葺のミニチュアモデル二つが建っている。

茅葺のミニチュア。
丸太階段があるのでそちらを登る。すぐに再び舗装道路に出て、S字にカーブしながら登って行くコンクリート道を辿る。このあたりから、この先山頂近くまで、路傍にフユイチゴが多く、ときどき摘みながら歩く。

フユイチゴ。
道路が右に二度目に屈曲するところで、左の山道に入る。テープだけで道標はない。

ここで左に、山道に入る。

道が溝になっているところには丸太が投げ込まれ、ワイルドに「修復」されている。
ゆるやかに登って行く山腹道で、すぐに右上に東屋が現れるのでそこに上がって休憩。南東方向の眺めが得られる。

東屋。

東屋からの眺め。
山腹道に戻ってしばらく進むと、山ノ神の祠があり、その先で道は右に登って再び舗装道路に出る。

山ノ神。
少し左に歩いてまた山道に入る。

ここを右に入る。
もう一度車道を横切り、四たび車道に出たら50mほど左へ。鉄塔の下でもう一度左の山道へ。

また車道に出てしばらく進み、再度右の山道に入ってかすかなピークを越えて車道に出ると、舗装は消えていて、地道の林道ふうになる。ここで目の前に三石山が姿を現わす。あとは落ち葉の積もった林道をタラタラ下っていく。(ここまでの車道・林道を縫う道に道標はない。)

三石山が見えた。

落ち葉の積もった林道。
道が大きく左にカーブしてわずかに登りになると、三つ辻に出る。ここに「金剛生駒起泉国定公園 三石山」の大きな看板がある。

三つ辻。
そのまま右に辿ると岩湧山に行くらしい。これを左に入り、ほんの少し進んだところで右の山道に入る。この分岐にも立派な道標があるが、半ば草に隠れている。すぐに小さな尾根に乗る。

ここから三石山山頂までの標高差150mほどはほぼ一直線の急登り。この途中、ショウジョウバカマではないかと思われる株がたくさんあった。シロウトのことで確信はないのだが、もし当たりなら春先のこの道はなかなか楽しいのではないか。もし違っていたらごめんなさい。(と思ってネットで調べたら花の時期に行って愛でている方があった。やはりショウジョウバカマらしい。)

ショウジョウバカマの群落。
あと20分、あと10分というところに、CDを使った道標があった。こういう使い方は初めて見た。普通のCD-Rかなと思ったら、10分のやつは「駅すぱあと Windows版」のインストールディスクだった。

ユニークな道標。

ミヤマシキミ。
左に、帰路にとる「杉村公園へ」の道を分けるとまもなく山頂。「菖蒲谷」三等三角点があるが、杉木立に囲まれて展望はない。

三石山山頂。
ガイドブックの勧めに従って一旦西に下って林道に出、少し左に歩くと、南面の眺望が、あくまでも木の間越しながら開ける。眼下には紀ノ川が流れ、その向こうの紀伊山地の山々が青い。ものすごく青い。そこで大休止。(しかし作るつもりだった山メシ材料の半分ほども入れてくるのを忘れ、オニギリのみ。このボケぶりは今日の最後でも発揮することになる。)

紀ノ川と紀伊山地を眺めながら休憩。
山頂に戻り、さらに来た道を少し下って、先ほどの分岐から南へ。

ここを右へ。
道ははっきりしていて、分岐には道標もある。ガイドに「古くから歩かれている道」とある。道の大部分が深く掘れた溝になっていて、なるほどそうかなと思える。

巨大なテンナンショウの実。
だいぶ標高を下げてなお、コースは延々と末端の細い尾根を辿る。しかし植林帯の多い今日のコース、眺めや秋色が楽しめるのはこのあたりからだ。

秋色。
梅林が尾根上のこの道まで迫っているところがあり、そこでは南面の眺望が開ける。その先でも遠くが望まれるところがあり、高野山をはじめとした紀伊山地、さらには大峰の山々が眺められる。

梅林越しの紀伊山地。
ガイドには「東屋から右に下り」とあるが、道が右に折れて下ったところに東屋はある。一般的な東屋のイメージとは異なるが、屋根があり座るところがある以上、確かに東屋の条件は満たしている。そこから下るとすぐに丸尾池にかかる吊り橋。

吊り橋。

吊橋の途中から大峰山系を眺める。

三石山を振り返る。
渡って左に向かうと、もう一つ「東屋」がある。

もう一つの東屋。
少し登って郷土資料館の前を通り、丁字路で右折、次を左折、八王子池沿いの道を進み、真新しい国道371号線を横断すると南海御幸辻駅。本日の歩程完了。

国道371を渡って御幸辻駅へ。
ここから難波方向に戻るのとは逆の電車に乗って一駅、橋本で下車。14:34。恒例の温泉、今回は「ゆの里」に行く。駅前からの送迎バスは出たばかりだったので、駅の向かいの「三角亭」という店に入る。昼食が物足りなかったから、蕎麦と柿の葉寿司のセットを注文。

ソバと柿の葉寿司のセット。
15:25の送迎バスで「ゆの里」へ。ウェブサイトを見ると、なんだかスピリチュアル系に走っている感じだが、温泉はいたって普通。ジェットバス、ミストサウナなど取り揃えているものの、浴場は白基調のデザインだし、浴槽は2センチ四方の青系のタイル張りだし、「銭湯」っぽい印象。滝風呂はちょっとユニークか。露天風呂はまるでマンションのベランダみたいなところにあり、湯に浸かると景色はまったく見えなくなるけれども、意外と空が大きく見える。その空を、数十羽の鳩が群れをなして、何度も旋回していた。

橋本駅に戻るバスは16:10、16:45があった。後者では少し間が空きすぎると思い、ささっと上がって身支度をし、靴箱から山靴を出して履いた…ところでiPhoneがないことに気づいた。上着やズボンのポケットには入っていない。リュックにもない。靴を脱ぎ、受付に戻って先ほど使った脱衣場ロッカーの鍵を借り、二階に駆け上がって確認したがない。入浴前、服を脱ぐとき、財布やキーケースはポケットから取り出してロッカーに入れたが、そのときiPhoneもあったかとうか記憶にない。受付には落し物の届け出はないという。三角亭では写真を撮っているからあのときはあったことになる。そのまま店に忘れたのか、それとも…。

そんなことで結局16:10のバスは逃し、悄然と16:45の便を待つ。バスが来たので、運転手さんに、落し物はなかったか訊ねたが、知らないという。来るときに座った座席を見ると…あった! 行きに、ポケットからするりと抜けて、落ちていたらしい。今日は客が少なく、この間バスは二往復しているはずだが、誰にも気付かれずにそこにあったというわけだ。6年以上iPhoneを使ってきて、落としたのは初めてだ。薄く、滑らかになったiPhone 7+、こういうところに気をつけないといけない。ちなみに送迎バスの運転手さんはとても親切な感じのいい方だった。

三石山、地味な山ではある。展望の開ける箇所も多くない。他のガイドブックが取り上げていないのも宜なるかなだ。が、春先のショウジョウバカマの頃は良さそうだ。
ところで、この三石山で、『ベスト100』のうちちょうど半分の50コースをクリアしたことになる。『ベスト100』を参考に歩き始めてから四年。他のコースにも行っているからだが、全クリアはいつのことになるやら。

大岩ヶ岳・東大岩ヶ岳から武田尾へ

前に大岩ヶ岳に登ったのはもう6年前、2010年の5月のことだったらしい。『もっと阪急ハイキング』という古いガイドブックを見て行ったのだが、これがJR道場駅から舗装道路を一時間半延々と歩いて川下川ダムのところから入山するというコース取り、かなり暑い日で、アプローチだけで疲れ、持参した水分も足りず、最後はバテ切っていたのを覚えている。歩くときには十分な水分の用意が不可欠だということが身にしみてわかったのがあのときだった。

今回は『関西週末の山登りベスト120』も参照しつつ、ヤマレコのtoshithyさんという方の今年4月の記録を主な参考に歩く。

8:02道場駅着。まずは踏切を渡り、前回下山に使った武庫川左岸の道路を逆に歩く。やはり車道歩きだが、45分ほど。

踏切を渡る。
踏切を渡る。

波豆川。水量が少ない。
波豆川。水量が少ない。
武庫川の左岸を千苅ダムに向かう。道がいつのまにか武庫川から離れると、やがて支流の波豆川に沿うようになる。

千苅貯水池の門。
千苅貯水池の門。
千苅貯水場の敷地は桜の名所で、花の季節には公開されているはずだが、今は門は閉まっている。フェンス沿いに右側の川べりの細い通路を進む。途中公衆トイレがある。

千苅ダム。橋を渡って左岸へ。
千苅ダム。橋を渡って左岸へ。
前方に巨大な千苅ダムが現れる。文化庁が「有形文化財」に、経産省が「近代化産業遺産」に指定しているそうだ。両者仲良く併記したプレートが設置されているが、なんだろね、この無駄感ダブり感は。

ダムの下の歩行者用の橋を渡り、左岸を少し戻ると登山口。最初はコンクリートの坂で、それから整形された枝谷の水路のフェンス沿いになる。谷沿いをなおも進むと、まもなく道は左の小尾根に登る。

水路のフェンス沿いを登る。
水路のフェンス沿いを登る。

小滝も現れる。
小滝も現れる。
都市部に近い低山の常として、この山も多数のコース、様々な踏み跡がある。『ベスト120』が言うように、地形も複雑だから、地形図は必携。

「南コース」を右に分け、さらに登ると、道は西向き斜面の中腹をトラバースするようになる。左下には千苅貯水池が見下ろせる。

右は「南コース」。ここは左へ。
右は「南コース」。ここは左へ。

千苅貯水池の湖面が見下ろせるようになる。
千苅貯水池の湖面が見下ろせるようになる。
湖水の方から、ウィンウィンという妙な機械音がする。見下ろすと、金属製の筏のようなものが湖の真ん中に浮いていて、音はそこから来ているようだった。水質調査か何かの一種のロボットなのだろうが、山の中で聞きたくはない音だった。

小さな枝谷を小さなコンクリート橋で渡り、小尾根を乗り越え、もう一つ小さな谷を同じく小さな橋で渡り、改めて尾根に乗る。

橋その1。
橋その1。

橋その2。
橋その2。
ここから尾根伝い。このあたり、道は溝状になっている。

溝状の道。
溝状の道。
砂地の明るく開けた箇所があり、最初の休憩に使える。ここで朝食のオニギリ一個。

大岩ヶ岳(右奥)が姿を現す。
大岩ヶ岳(右奥)が姿を現す。

羽束山を望む。
羽束山を望む。
左に、貯水池沿いに波豆に向かう道を分け、尾根筋を北東に向かって登る。

岩の登り。
岩の登り。
傾斜がきつくなり、それから尾根筋=道筋が90度右に曲がり、ひと登りすると356mのピークに着く。地図を見ていなければ、大岩ヶ岳山頂に着いたと勘違いしてぬか喜びしそうだ。

急斜面の登り。
急斜面の登り。
少し下って最後の急坂を登る。山頂直前、かなり大きな岩が現れる。

山頂直前の岩。
山頂直前の岩。
大岩ヶ岳の山頂は南北にのびる神戸市北区と宝塚市の境になっている。本当に眺めがいい。北側にうねって続く千苅貯水池の湖面、その先の羽束山、大船山の特徴的な姿が、絵になっている。西には有馬富士や三田市街、丹生山系、南西には六甲の山並。

山頂から北の眺め。
山頂から北の眺め。

山頂から東の眺め。
山頂から東の眺め。
山頂には一人先客がいて、ドローンを飛ばそうとしているところだった。どのくらいの距離飛ばせるのか尋ねると、1キロぐらいだそうで、今日は高速道路の撮影をするのだという。数日前にも来られていて、その時は雲海が見られたという。

オニギリをもう一つ食べて、早々に山頂を辞する。

山頂から東に下る。
山頂から東に下る。
東に下って、平坦な道になり、249mの小山の北側を横断する。249mピークを挟むように、その西側でも東側でも、丸山湿原へ下る道が分かれている。

分岐。
分岐。
今日はどちらにも下らず直進する。二つ目の分岐から6、7分急坂を登ると、大岩ヶ岳手前よりもさらに大きな岩が現れる。

東大岩ヶ岳直下の大岩。
東大岩ヶ岳直下の大岩。
その右に回り込んで稜線に出て、左に辿ると東大岩ヶ岳。大岩ヶ岳より狭いが、ここも眺めがいい。

東大岩ヶ岳からの眺め。
東大岩ヶ岳からの眺め。左端は大岩ヶ岳。
ここで本日の山メシ、Lチキの赤ワイン煮。

Lチキの赤ワイン煮。
Lチキの赤ワイン煮。

材料。
材料。
元レシピは例によって「げんさん」の「ファミチキの赤ワイン煮」。ファミチキがLチキになってしまったのは、ウチの近くのファミマがトロくて、朝早くはファミチキがなかったり、おにぎりすらほとんど品がなかったりするからだ。ローソンは舛添の選挙資金を出して以来、極力使わないようにしているのだが、仕方ない。元のレシピ、記述はないが、画像には赤や黄色のパプリカらしいものが見える。なので、(げんさんが他のレシピで使っていらっしゃる)HOSHIKOの乾燥野菜を足した。コンビニチキンごときを赤ワイン煮にしてもちょっとという感じはなきにしもあらずだが、もちろん食える。「げんさん」はこのレシピを「テント場で」の夕食として紹介なさっているので、昼食にする場合にはしっかりアルコールを飛ばすように気をつけないといけない。

食事の後、一旦北に下り、馬の背に向かう。大きな一枚岩でできた尾根は、馬の背、龍の背の名にふさわしい。先端に、小さなピークがあり、そこからの眺めもいいが、二、三人でいっぱいになりそうなほど狭い。

馬の背。
馬の背。

馬の背
馬の背から見る大岩ヶ岳。

馬の背から振り返る東大岩ヶ岳。
馬の背から振り返る東大岩ヶ岳。
東大岩ヶ岳に戻り、丸山湿原に向かう。右に下って分岐まで戻ってもよかったのだが、尾根通しに進む。この道はやや薄いものの、随所に赤テープがあり、踏み跡としては上等なほうで、とにかく尾根通しだから、尾根の屈曲部などで方向を誤らなければ、迷うことはない。

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最後は南東にゆるく伸びた尾根を下りきると、丸山北側の明瞭な遊歩道風の道に出る。すぐ左は北東から延びてきている車道の終端で、駐車場になっている。ここまで車で来て、湿原観察に向かう人がいるらしい。

丸山北側の道に下り着く。
丸山北側の道に下り着く。
道を西に向かう。丸山西分岐、丸山南分岐を過ぎて、ゆるやかな谷道をたどっていくと、第一湿原北分岐。木製の柵がめぐらされた湿原の、東側周回路を柵沿いに進む。(ここで西側周回路、291.4m三角点を通って南西に向かえば、東山橋を経て道場に帰り着く。『ベスト120』が紹介しているコース。)ところどころにベンチがある。湿原観察に一番いいのは、クソ暑い8月あたりのようだ。今は眺めわたしても何もない。浦の苫屋の秋の夕暮れ。いや、紅葉はあるし、まだ夕暮れではない。

丸山湿原の木道。
丸山湿原の木道。

丸山湿原。
丸山湿原。
湿原地帯を過ぎて沢を渡ると、第一湿原南分岐。ここから左に、川下川ダム方面に向かう。道標には「岩場あり通行注意」と書かれている。

その少し先、toshithyさんの記録のGPSトレイルは奇妙な動きを見せる。左の小尾根を越え、ちょっとした回り道をしているのだ。その分岐で空を見上げると、高圧線の電線が通っている。小尾根を越えるのはおそらくその巡視道なのだろう。距離的には回り道だが、この先の岩場は回避できるし、何か別に面白いところのある道なのかもしれない。今回はとにかくまっすぐ進む。

岩尾根を下る。
岩尾根を下る。
しばらくの沢沿いから、狭く急な岩尾根の下りになる。件の道標の注意書きはここのことを言っているのだろう。少しスリリングだ。下の方は鎖の手すりが設置されている。

岩尾根の途中から南の眺め。
岩尾根の途中から南の眺め。

岩尾根下部には鎖がある。
岩尾根下部には鎖がある。
下りきったところは左右の小沢の合流点。右の小沢にちょっとした滝がかかっている。一旦左岸に渡り、すぐにまた渡り返す。二、三回渡渉があって、190m基準点のあたりて車道に飛び出す。この入り口には道標はない。

車道に出た。左奥から出てきた。手前側に進む。
車道に出た。左奥から出てきた。手前側に進む。
車道を右に歩くと、やがて川下川貯水池の湖岸の道になる。前方に建設中の新名神の橋が見える。事故があったのはもっと西だが、あんなものが落っこったら、それは大変だわなあ。

川下川貯水池と新名神の橋。
川下川貯水池と新名神の橋。

新名神の橋の下をくぐる。
新名神の橋の下をくぐる。
川下川ダムの脇から坂道を下り、JRのトンネルの上を通過、一旦西方向、道場方向に200mほど下る。

まっすぐ進めば道場駅方面。ここで左に折れる。
まっすぐ進めば道場駅方面。ここで左に折れる。
今回は道場駅までの一時間半の車道歩きをするつもりはない。ここから鋭角左、東向きに、水平な道が分かれている。これを進む。明らかにかつて線路敷だった道だ。

元線路敷の道。
元線路敷の道。
JRの橋の真下で道を外れて武庫川の河原に下り、川下川を渡渉する。河原は大きな岩ががゴロゴロしていて歩きにくい。おまけに、大水のたびに流れてきたと思われるゴミがけっこう散らばっていて汚い。この部分は武庫川の水際なので、水量の多いときには通行困難になりそうだ。

武庫川の川辺に下りる。
武庫川の川辺に下りる。
やがて左の山腹を行く踏み跡が現れる。川下川出合から武田尾まで、武庫川は二回S字に屈曲している。言い換えれば、左岸・右岸から2回ずつ尾根が川筋に突き出している。コースは左岸通しに進むが、一つ目の尾根の先端を回り込む手前に、二箇所岩場がある。二つ目の大岩を乗り越える箇所にはロープが下がっている。

二箇所の岩場が見える。
二箇所の岩場が見える。二つ目は画面中央右寄り。

一つ目の岩場。
一つ目の岩場。

二つ目の岩場。
二つ目の岩場。
白いガードレールが現れるとその先は平坦になり、旧線路敷の面影が感じられる(ガードレールは線路敷がそこで途切れていることを示している)。

再び旧線路敷の道。
再び旧線路敷の道。
現在のJRが今一度トンネルから姿を現わすところがあり、道はその下を通っている。ここから先は林道状で、とてもしっかりしている。もとの線路敷であり、トンネル工事の際には車両が入ったりもしたのだろう。途中、かつての線路に付属していたと思われる石積みの防護壁がある。

古い防護壁。
古い防護壁。
生瀬から武田尾の間の旧線路敷はハイキングコースとして人気があり、最近改修が行われて再オープンしたばかりだが、武田尾からこちらはほとんど紹介されることはない。

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武田尾温泉が近づく。対岸の復旧作業のために、工事車両が渡る臨時の土橋ができているのを眺めて進むと、紅葉館の下に出る。無料の足湯があり、10人くらいのハイカーが集まっていた。

そのまま通り過ぎて、左に折り返して紅葉館に向かう。

紅葉館入口。
紅葉館入口。
14:40。フロントで日帰り入浴できるかと尋ねると、15:00までだがいいかと言う。長湯はしないから構わない。タオル付き(バスタオルも使える)で¥1800。日帰り温泉施設の相場が¥600、ホテルが日帰り入浴させるケースの相場が¥900~1000というところだから、その3倍、2倍。ちと高いというかかなりぼったくり感があるが、風呂はいい。黒を基調に丸太の梁を配した大浴場はきれいで落ち着いた雰囲気。露天風呂は小さいが、対岸の山々を眺めながら入ることができる。

紅葉館から5分ほどで武田尾駅。宝塚に出て帰宅。

惣川谷支流と足洗川の噴泉

元はデジタル朝日のこの記事。兵庫)川の中の岩から吹き上がる水、どうして?

中山はかなり前に何度か行ったことがあり、縦走もしたことがあったが、南側の登路としては、阪急中山駅(現中山観音駅)からの奥の院参道と清荒神駅からの道しか知らず、天宮塚を通る道は歩いたことがなかった。昭文社の登山地図には、中山桜台の住宅地ぎりぎりを通る東の尾根通しの道は記されているが、足洗川沿いの道の記載はない。だからそこに道があることも知らなかった。

上記の記事で、噴泉があるというのは、その足洗川沿いのコースの中程らしい。記事をツイートしたら、知人のにゃみさんから反応があり、では行ってみましょうかということになった。噴泉に行くだけでは歩きとして物足りないから、惣川谷支流を詰めて中山最高峰へ、下山路に足洗川コースを回る。

惣川谷支流は2012年、2014年のいずれも11月に行っている。今回もなぜか2年おいて11月。宝塚在住の登山ガイド、ライターで、六甲のガイドブックを何冊も書いていらっしゃるにゃみさんは、そこらじゅう歩きつくしているかと思ったら、意外なことに惣川谷支流は行かれたことがないという。僭越ながらガイドさんをガイドしての遡行。

宝塚駅前から9:05のすみれガ丘東行きバスですみれガ丘一丁目下車。のはずが、うっかりしてすみれガ丘中央まで行ってしまった。住宅地内の道をたらたらと戻る。宝塚北高校を回り込み、採石場沿いの車道を北に歩く。途中、鈴なりにものすごい量の実を付けたアキグミが何本もある。タンニンが強くてあまり食べられないが、リコペンもトマトの10倍ぐらあるという。

アキグミ。
アキグミ。

惣河谷支流

惣川谷に架かる橋を渡り、県道33号線に合して、少し右に歩いたところで、ガードレールを越え、ゴミの多い斜面を沢に下りる。

橋からの惣川谷。
橋からの惣川谷。

下りたところは惣川谷の本流で、20mほども右に下ったところに、左から支流が合している。ここから遡行開始。遡行と言っても普通の登山靴だし、にゃみさんに至っては軽い布靴なので、水にはほとんど入らないし、滝もほとんど高巻き。

最初の小滝。
最初の小滝。
モチツツジ。秋に咲くことも多いそうだ。
モチツツジ。秋に咲くことも多いそうだ。

やや水量が多かったか、最初の小滝の左をへつって抜けるのに少し苦労した。2年前にはなかったロープが下がっている。しばらく行くと、大滝、F1が現れる。

F1。
F1。
F1。
F1。

右から採石場の土手を通って巻くこともできるが、ひっつき虫だらけになる。今回は左、少し戻ったところから、設置されているロープに頼りながら急斜面を登る。そこから右岸の断崖の上のちょっとスリリングなトラバース。ありがたいことにずっとロープがある。東側の採石場と高層住宅群が目に入る。F1の上部が小さいながら見事なゴルジュになっているのを眺める。

F5。
F5。

いくつか小滝を見て進み、F6、F7に寄り道。どちらも立派。

sokawa-8

F6。
F6。
F7。
F7。

戻ってコース最大の激登りでF6〜F8までを一気に巻く。40度近くありそうな急斜面に、延々とロープが張られている。

巻道の上からの眺め。
巻道の上からの眺め。
巻道の上に、さらにこんな岩壁がある。
巻道の上に、さらにこんな岩壁がある。

登り詰めた岩峰で、展望を楽しみながら小休止。この上にも岩壁、対岸も岩壁。かつてよくクライミングゲレンデとして使われていたはずとのこと。

F8上部に下る。
F8上部に下る。

右下に斜瀑F8を見ながら沢筋に戻る下りもかなり急斜面。数年前の崩落地を通り、F9へ。残置ロープと鎧で左側が登れるのだが、にゃみさんは即座に巻道を選択。w

F9。
F9。

F10を難なく越える。F10の上、右側に、見慣れない鉄梯子があった。どこに出るのかの確認は次回の宿題にする。

F10。
F10。

遡行終了点〜中山最高峰

自衛隊が造成した道を回り込んで、最後の小滝を越え、土管橋で遡行終了。

遡行終了点近くの小滝。
遡行終了点近くの小滝。

ここから直接続く山道があるはずなのだが、それがどこなのか分かっていなかった。造成された道を少し登り、前回見つけた切通しの道からコース後半に入る。沢まで戻ったところに古い案内板がある。が、取り立てて役立つ情報はない。

古い案内板。
古い案内板。

ここから左に、小さな尾根通しに下る道があったので少し行ってみた。これがあの遡行終了点から続く本来の道なのだろう。次回は下からこれを登ってくることにしよう。ただ取り付き部分は草薮に覆われていそうだ。

コースは沢筋に戻ったところ、案内板の立つところからすっかり穏やかに表情を変えた沢を渡りかえしながらゆるく登る。疎林の中の緩やかな沢沿いの道が続く。

色々なキノコがある。
色々なキノコがある。

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かなり進んで左にひと登りで稜線に出る。反対側、木の間越しにゴルフ場が見える。前々回はゴルフ場の中に入り込んでしまい、そちらから強引にこの尾根に登ってきたのだった。途中、大峰山の眺めのいい場所がある。道々、植物に詳しいにゃみさんにあれこれ教えていただく。このあたりにも案外タカノツメやコシアブラが生えていることを知る。

尾根道の途中からの大峰山。
尾根道の途中からの大峰山。

sokawa-21

この尾根をたどり、中山最高峰の少し下、461mピークでメインの登山道に合流。その先、気まぐれに大峰山側に回り込む道を取って西側から山頂へ。

「げんさん」レシピの「山のそば鍋」を作って大休止。(ところで、商売柄か、例えば山で山メシを作ったとき、元々のレシピの出典などは記すようにしているし、山のコース取りに関しても、どのガイドブック、どのブログ記事を参考にしたか極力記すようにしているのだが、そこらへん無頓着にしれっとオリジナルであるかのように書いているブログやヤマレコ、YAMAPの記事もよく目にする。そういう感覚の方が普通なのか。)

山のそば鍋。
山のそば鍋。

下山:足洗川ルート、噴泉

メインの登山道を下り、461mピークを通り過ぎ、天宮塚への道に入る。天宮塚は枝尾根の上の小ピークで、南側の眺めがとてもいい。

天宮塚。
天宮塚。
天宮塚からの眺め。
天宮塚からの眺め。

そこからの下りは中山桜台の住宅地ぎりぎりの尾根道。しばらく進んで右の谷筋に下りていく。これが足洗川。沢沿いの道はしっかりしている。鋼製のカゴに石が詰め込まれたような堰堤、「第4号鋼製自在枠谷止」を右から越えて下り、道が右岸から左岸に渡るところで、谷の下流に噴泉が見えた。

第4号鋼製自在枠谷止。
第4号鋼製自在枠谷止。
噴泉が見えた。
噴泉が見えた。

相当に勢いよく噴き出している。噴泉の真横から沢に降り、じっくり眺める。沢の真ん中の岩の穴から噴き出す水は高さ3mにも達しようかというほど。鉄分を含んで黄色い。飛沫の当たる一帯がすべて黄色く染まっている。周囲の沢水とは明らかに質が違う。脇の登山道寄りのところからも、同じ色の水が染み出している。面白い。

噴泉。
噴泉。

ここは有馬高槻構造線に近く、この先の下山地、中山観音駅と隣の山本駅の間には、有馬同様の金泉を持つ温泉「宝乃湯」もある。噴き出している水は熱くはないが、その枝脈のようなものなのだろう。

しばし見とれてから下山の続き。これで本日のミッションは完了。「第3号鋼製自在枠谷止」を左から越えると、もう甘い実をつけているフユイチゴがあった。近くにはまだ蕾の固い株もある。

フユイチゴ。
フユイチゴ。

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夫婦岩からの道を合わせ、さらに下ると市街地。中山寺の前でにゃみさんと別れ、中山観音駅の南ロータリーに出ると、ちょうど宝乃湯の送迎バスが停まっていた(→送迎バス時刻表)。金泉にも浸かって、再び送迎バスで中山観音駅へ。阪急電車で帰宅。

にゃみさんによる記事はこちら

高安山・信貴山

家を出るのが少し遅くなった。梅田、鶴橋、河内山本で乗り換え、服部川駅から歩き始めたのはちょうど10時。

近鉄信貴線服部川駅
近鉄信貴線服部川駅

改札を出てすぐ左に、狭い路地を抜ける。

路地にあった気になる店。渋い…。
路地にあった気になる店。渋い…。

これも『関西日帰りの山ベスト100』所収のコース。

車道に出て右へ、ゆるい坂を登って行く。最初のうちは道なりだし、分岐には八尾市が設置した「高安山ハイキング道」の細い標柱・道標が立っている。

路地から出たところの道標。
路地から出たところの道標。
道なりに坂を登る。遠景右端に高安山、その横に気象レーダーが見える。
道なりに坂を登る。遠景右端に高安山、その横に気象レーダーが見える。

一箇所、分岐には標識がなく、左折して少し進んだ先に標柱のあるところがあって、そこでは少し戸惑った。

標識のない分岐。ここは左に。
標識のない分岐。ここは左に。

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分譲墓地の脇を通り過ぎると、舗装はコンクリートに変わり、坂がきつくなる。

shigisan-7

不動院の入り口が広場状になっていて、小さなお堂があり、そこから右に、山道が付いている。山道の入り口にはプラスティックのベンチが二つ置いてある。この道は、立石越えと呼ばれているらしい。

登山口。
登山口。

最初から少々ササのかぶさる細い道だ。やや泥っぽくもある。そう言えば、ここもあの生駒山に連なる山域なのだ。生駒山ほどひどくはないが、道の感じ、土の感じが似ている。

笹のかぶさる道。
笹のかぶさる道。

shigisan-10

shigisan-11

標高370mあたりで「休憩所(四阿・ベンチ)」の標識に従って左に入る。ガイドには「園地」と書かれているが、茂った笹に狭い東屋が取り囲まれている感じ。しかしこの登りコースはずっと湿った道なので、途中で腰を下ろして休憩するとすればここしかない。ありがたい施設だと言える。周囲には楓が多く、これから色付いたら美しくなりそうだ。総じて、今日の大阪側は紅葉黄葉はまだこれからという感じだったが、あとで奈良側、朝護孫子寺まで下りたらすでにかなり鮮やかになっていて、その違いに驚くことになる。

四阿。
四阿。
四阿の前の楓。
四阿の前の楓。梢の一部のみ色づいている。

東屋から上に、階段道が付いていて、少し登ったところにベンチが二つある。こちらの方が、東屋より、同じ木の間越しでも少し眺めがいい。

元の分岐に戻らず、ベンチからそのまま踏み跡を辿って登っても、上で山道に出る。ただし、そこから左に登って行ってしまうとコースを誤る(ぼくはこれをやりかけた)。踏み跡経由で登山道に出た場合は、右に下らなければいけない。少し下って戻ったところが分岐になっていて、コースはここから南方向に登る道なのだ。この分岐には、道標と石仏が立っている。

分岐の石仏。
分岐の石仏。

植林地を登り、笹やぶの中の道を行くと、生駒スカイラインに飛び出す。右のほうに「一元の宮」の巨大な看板がある。

生駒スカイラインに飛び出す。奥に「一元の宮」看板が見える。
生駒スカイラインに飛び出す。奥に「一元の宮」看板が見える。

車道を数十メートル歩いて、その看板のところから右に、幅広い道に入る。すぐに閉じられたゲートがあるが、歩行者は右隅を抜けられる。先ほど山道から車道に出たところ、向かいにハイキングコースの道標がある。これを進んでもよい。道はすぐに下って、車道をトンネルでくぐって再び西側に出て、登りになる。登ったところが先述のゲートの内側。

その先は公園状というか林道というか、整備された幅広い道になる。砂利や砂が敷き込まれているようで、生駒山系特有の泥道に悩まされることはない。

公園状の道。
公園状の道。

左右にバラック様の建物や資材置き場のようなところが現れる。点々と道標があり、それに従ってまっすぐ進む。(ガイドブックの地図では、この西側にある池の西を回り込んでいくかのようにラインが引かれているが、おそらく誤り。)「一元の宮」の建物が現れ、それからコンクリートの坂道となって、丁字路に行き当たる。道標あり。これを右に、高安山ケーブル駅方面に進む。登っていくと、レーダー測候所の白いネギ坊主が現れる。

気象レーダー。
気象レーダー。

その直前、右側の鉄板と、木の幹に「高安山」と大書されている。その山道に入って折り返すように進むと、数分で高安山の山頂に着く。ちょうど12時頃。「峰山」二等三角点 487.44m があるが、木立に囲まれた狭い山頂で、眺めはない。ハイキングコース名にも、ケーブルの駅名にも使われている「高安山」のそれ自体は、特に重視されている訳ではなさそうだ。ガイドブックも触れていない。

高安山の三角点。
高安山の三角点。

戻って、ネギ坊主のところから先に進む。ここからは、自然林の中、山腹を緩やかに下っていく広く快適な道だ。

快適な道。
快適な道。

最後に、南東の眺めが開けると同時に、ケーブル高安山駅に着く。

展望が開けると…
展望が開けると…
ケーブル高安山駅。
ケーブル高安山駅。

南側から車道も登ってきていて、バス停もあるし、飲料の自販機もある。駅の南側の小山が展望台になっていて、十二角形の東屋と、その周囲にいくつかのベンチがある。大阪側の展望が開けている。信貴山まで行ってしまうと神域なので飲食やまして調理はできないことが予測できた。実際、今日のコースでは、大休止するならここしかないだろうと思う(おそらくそれを考えてコースにここへの寄り道を織り込んだ『関西日帰りの山ベスト100』のセンスに敬服する)。なので、ここで本日の山メシ。「山のオムデミリゾット」。シエラカップに少量の湯を沸かしてデミグラスソースを袋ごと温めて取り出し、湯にコンソメを溶かし、オムライスおにぎりを入れ、最後にデミグラスソースをかけるだけという「げんさん」一流のお手軽レシピ。ずっと前に一度湖南アルプスでやった記憶がある。

山のオムデミリゾット。
山のオムデミリゾット。
材料はこれだけ。
材料はこれだけ。

30分ほどで腰を上げ、元の道を戻る。レーダー測候所を過ぎ、丁字路まで戻ったところで直進して信貴山へのコースに入る。まもなく生駒スカイラインを横断、向かいの道に入る。

再び車道にぶつかり、横断する。
再び車道にぶつかり、横断する。

幅も広く、比較的平坦な道で、「高安城倉庫跡」への道を左に見送り、緩やかに下っていく。自然林の中の道で、展望はないが、一箇所、高圧送電線の下に当たる所が刈り払われており、そこだけ南東方向の眺めがよくなっている。大きく下る直前、道の両側にベンチが二つずつ設置されている。今日の後半は、生駒的な泥の気配はなかった。

ベンチ。
ベンチ。

下ると鞍部になっていて、右下に下る道と、正面を登る道に分かれる。道標があり、右は「弁財天の滝をへて信貴山門前」とあり、手書きで「石だたみの坂道/すべりやすい注意」と付け加えられている。登り道の方には「信貴山朝護孫子寺」とある。これを登る。

「信貴山朝護孫子寺」への道標。
「信貴山朝護孫子寺」への道標。

杉植林の中の道で、少し登ったあとは、信貴山の北側山腹を大きく回り込んでいく。北東から登ってきているコンクリートの坂道に合流し、これを右に登る。

コンクリート坂に出る。
コンクリート坂に出る。

青地に白で「汗かきの毘沙門さん/信貴山奥の院」と書かれた札が立っている。今登ろうとしている信貴山が奥の院かと思ったら、奥の院はここから2kmほど北東に別に存在するらしい。坂を登るとすぐにショートカットらしい地道が分かれていた(入り口にケルンが積まれている)ので、そちらに踏み込む。少し登ったところでコンクリート坂に再び合流し、それを少し行くと、信貴山山頂部に出る。南側から登ってきている参道に合流して、右に、鳥居の並ぶ道を登ると、空鉢護法堂の立つ信貴山山頂。お堂の前からは南側の展望が開け、二上・葛城・金剛の山並みが立派だ。

空鉢護法堂。ここが信貴山山頂。
空鉢護法堂。ここが信貴山山頂。
空鉢護法堂の前から見る葛城・金剛の山並み。
空鉢護法堂の前から見る葛城・金剛の山並み。

参道を下って行く。かなりの人数の軽装の観光客が登ってきているが、大変そうだった。

空鉢護法堂への参道を下る。
空鉢護法堂への参道を下る。

やがて朝護孫子寺の境内に下り立つ。大阪側ではまだだった紅葉がここでは盛りを迎えていて、人が大勢歩いている。

朝護孫子寺。
朝護孫子寺。
朝護孫子寺。
朝護孫子寺。
境内の大榧。
境内の大榧。
境内の大トラ。
境内の大トラ。

境内の案内図は、下の観光案内所でもらえることを後で知ったが、山の上からきたぼくにはそれがない。(現地で配布されているものより一段簡略なものだが、信貴山観光協会のサイトにもマップがある。事前にダウンロードしておくといいかも。)迷路のような境内を適当に歩いて回り、どうやら入り口らしき方に向かう。巨大な張り子の虎を通り過ぎ、鳥居を抜けると、左手に休憩所があったので一休み。さらに行くと観光案内所があった。ここから右に、「開運橋」で大門池を渡る。渡ってすぐ右のあまり幅のない道に折れ、土産物屋の間を行くと、信貴山観光ホテル。

開運橋から見る大門池と信貴山観光ホテル。
開運橋から見る大門池と信貴山観光ホテル。

信貴山観光ホテル(信貴山温泉)では、喫茶または食事の利用とコミでなら日帰り入浴をさせる。フロントでそのことを確かめると、喫茶と温泉とどちらを先にするかと訊かれ、温泉と答える。¥1000払うと、「入湯料前受券」という小さなカードのようなものをくれる。それでもってまず温泉へ。

入湯料前受券。
入湯料前受券。

内風呂はシンプルな方形でかなり広い。露天は小さめだが、正面に山を望み(その頂上に空鉢護法堂が見える)、開放感がある。露天風呂の下の斜面からは桜の木が何本も生えている。花の頃も良さそうだ。しかしこの露天、男湯だけだろうが、少々距離があるとは言え、開運橋から丸見えなのだった。湯船に身を沈めてしまえば見えなくなるが、内湯から外に出てくる扉のあたりがアブナイ。まあ、別に気にしないけど。

風呂から上がって、フロントの隣にある喫茶でコーヒーとケーキのセットを注文。りんごのシブースト。喫茶の勘定(現金払いのみ)を終えて、その¥850のレシートと先ほどのカードをフロントに渡すと、¥200返金される。食事をした場合には、¥500。温泉を後回しにするなら、単にその飲食のレシートを持ってフロントに行けば、そこでそれぞれ¥800、¥500払って入浴することになるようだ。

湯上がりの喫茶。
湯上がりの喫茶。

ホテルを出て、開運橋を渡って戻り、観光案内所の角から東に下る。仁王門を過ぎ、紅葉を楽しみながら車道を横切ってしばらく行くと、信貴山バスターミナル。

道脇の紅葉。
道脇の紅葉。
仁王門。
仁王門。
信貴山バスターミナル。
信貴山バスターミナル。

がらんとした箱のような建物で、それを抜けた向こう側にバスが発着する。時刻表では、次のバスまでかなり間があく。ここから先、かつて(1983年まで)ケーブルカーが通っていた跡がハイキング道になっていて、一直線の道の両側に多数の桜が植えられているらしい。

ケーブル跡ハイキング道入口。
ケーブル跡ハイキング道入口。

近鉄信貴山下駅まで、40分ぐらいはかかりそうだが、それも一興かと思い、この道に踏み込もうとした途端、「臨時」と表示したバスがやってきた。慌ててバス停に駆け戻って乗り込む。紅葉シーズンの週末だからだろう。いつも週末は避けて平日に歩いているが、こういうラッキーなこともある。バスは信貴山下駅を経由して王子駅へ。ここからなら大阪駅までJRの「大和路快速」で一本で行ける。面倒な乗り換えがかなり減った。

鶏籠山・的場山(と龍野市街)

先日の、大阪湾南端の高森山・四国山の後、『関西日帰りの山ベスト100』が扱っている中では播磨最西端のこの山に向かう。ガイドのリード文にはこうある。

名山の多い兵庫県内では忘れられたような存在だが、地元では人気が高い的場山。

実際、手元にある十数冊の関西の山のガイドブックで、この山を取り上げているものは他に一つもない。『改訂版ふるさと兵庫100山』にもヤマケイの『兵庫県の山』にも採録されていない。

高御位山の勇姿を車窓に見て、姫路で姫新線に乗り換え、本竜野へ。ICカードが使える。姫路駅の乗り換え通路にはカード読み取りゲートがあるが、タッチしてそのまま通過してくればよい。姫路駅の姫新線ホームは、播但線ホームと微妙にぶっ違い、ズレた形で連続している。東寄りが播但線、西寄りが姫新線だ。そう言えば、ここの播但線ホームから七種山に行ったのは、この4月のことだった。

姫路駅の姫新線ホーム。
姫路駅の姫新線ホーム。
姫新線の車両は気動車で、一両、単線、ワンマンだ。1-1-1と三拍子揃っている。(二両編成のものもある。)

本竜野の駅のホームにも、駅前にも、「赤とんぼの碑」があり、子ども二人(駅前のはそこにプラス母親?)が象られている。龍野は三木露風の生地で、「童謡の里」を謳っているのだ。

駅ホームの「赤とんぼの碑」。
駅ホームの「赤とんぼの碑」。
駅舎は最近改修されたようで小ぎれいだった。駅前にはロータリーとバス停、駐車場、パチンコ屋ぐらいしかないが、駅舎には観光案内所、売店、レンタサイクルがある。これから向かう鶏籠けいろう山・的場山がしっかり見えている。醤油会社の立派な研修所、本社、工場を右に見て進む。左手には「兵庫県手延素麵協同組合」の建物もある。

醤油会社の本社。
醤油会社の本社。
兵庫県手延素麵協同組合。
兵庫県手延素麵協同組合。
セブンイレブンのある交差点で国道179号(出雲街道)に合流し、さらに西に向かい、竜野橋で揖保川を渡る。この間、正面には常に的場山の姿がある。

竜野橋の向こうに鶏籠山(右)、的場山を望む。
竜野橋の向こうに鶏籠山(右)、的場山を望む。
橋を渡った先が本来の市街地。少し進んだ先で左右に伸びる下川原商店街を右に入る。この角にある信用組合の建物にまず度肝を抜かれる。信用金庫といえば、どの街でも、四角く灰色な箱型ビルのイメージではないだろうか。

姫路信用金庫。
姫路信用金庫。
下川原商店街の街並み。
下川原商店街の街並み。
下川原商店街の街並み。
下川原商店街の街並み。
下川原商店街の中にあるたつの市消防団。
下川原商店街の中にあるたつの市消防団。
下川原商店街の中の書店。
下川原商店街の中の書店。
古い街並みが、相当によく保たれている。あとは電線の地中化を果たせば完璧だろう。もっとも、歴史的景観という意味では、やがて、「電柱のある風景」が「昭和の街並み」として意図的に再現されようになるのかもしれない。(かつてドイツからキプロスに行った時、妙に「懐かしい」風景だなと思ったら、その主因は電柱だった。)

何の標識もない十字路で、地図を頼りに左の狭い道に入る。カネヰ醤油の建物を左に、「うすくち龍野醤油資料館別館」、龍野幼稚園を右に見て緩い坂を登っていくと突き当たりが検察庁。そのデザインすら街並みに溶け込むように配慮されている。

うすくち龍野醤油資料館別館。
うすくち龍野醤油資料館別館。
龍野幼稚園。
龍野幼稚園。
検察庁。
検察庁。
そこから右に登ったところが龍野城。城門は閉じられている。後世の復元らしいが、そうした場合によく見られる手抜き感、チープさ(例えば大阪城天守閣のような)はない。

龍野城城門。
龍野城城門。
龍野城城門。
龍野城城門。
門の前の坂を右に登ると龍野歴史文化資料館。月曜なので休館。左手の駐車場を抜けて、城内に入る。これも復元らしいが立派な本丸御殿の前は公園として整備されており、桜と紅葉の名所らしい。今回は紅葉にはまだ少し早かったようだ。ベンチで身支度。

本丸御殿前からの眺望。
本丸御殿前からの眺望。
本丸御殿。
本丸御殿。
園地の北西奥が、鶏籠山登山口で、獣除けの扉がある。

鶏籠山登山口。
鶏籠山登山口。
林の中のかなりの急斜面に、つづら折れというよりは、うねるように道が付けられている。

鶏籠山への道。
鶏籠山への道。
各所に双方向矢印が取り付けられ、道を示している。
各所に双方向矢印が取り付けられ、道を示している。
龍野城はもともと山城として明応8年(1499年)に赤松村秀によって築かれた。天正5年(1577年)というから、信長の播州攻めの開始早々、四代目当主赤松広英は揖保川まで攻めてきた秀吉の軍門に下る(のちに、近頃「天空の城」として有名な但馬日和田山の竹田城に入り、その最後の城主となる)。

先ほど通ってきた山麓の平山城は、寛文12年、信州飯田から脇坂安政が転封になったときに築かれたものの復元であるらしい。鶏籠山は古い方の山城の跡なのだ。

20分ほどで、二ノ丸に着く。ベンチがあり、揖保川が見下ろせる。この先の本丸からも眺望はあるが、ベンチの類はないので、休憩するならここがいいかもしれない。

二ノ丸のベンチ。
二ノ丸のベンチ。揖保川が見える。
わずかに下って本丸、鶏籠山山頂へ。標高210m余り。城の跡らしく、尾根上は何段かの平地に削られている。

本丸=鶏籠山山頂。
本丸=鶏籠山山頂。
鶏籠山本丸跡から北に、標高差で70mほど下り、両見峠へ。

途中、的場山が望まれる。
途中、的場山が望まれる。
両見峠。
両見峠。
木立の中の暗い峠だが、ベンチ、道標、鶏籠山解説板、巨大な石灯籠がある。右に下れば三坂神社、左のコンクリート坂を下れば紅葉谷、龍野公園。ここから正面の急坂に取り付く。一応ジグザグだが、あまり左右の振れ幅は大きく取られていない。ウラジロの群生地が現れると、ようやく勾配が緩み始める。

両側にウラジロの群生地が現れる。
両側にウラジロの群生地が現れる。
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さらに登ると、的場山東尾根先端の小ピーク(300m)に着く。朽ちかけた丸太ベンチと、竹を使ったベンチがある。西側の眺望が開けている。ほんの少し下、南に張り出した岩からは、南側の景色が望まれる。

300mピークから東側の眺め。
300mピークから東側の眺め。
300mピークから南側の眺め。
300mピークから南側の眺め。中央の低い丘は「赤とんぼ荘」の建つ白鷺山。
ここからは稜線上の道を西に向かう。わずかに下ってからゆるゆると登っていく。左側の林の杉は、根方から5mぐらい、皮を剥かれたものが何本もある。ここは国有林で、国宝や重文の建築の屋根の葺き替えに使われる檜皮ひわだの採取地に指定されているという。

檜皮採取の跡。
檜皮採取の跡。
途中、センブリの花を見かけた。

センブリ。
センブリ。
左に国交省無線中継所の鉄塔が現れ、そこから道は丸太階段になる。これを登り切ると的場山山頂。394.07mの「竜野」三等三角点が埋設されている。反対側にはNTTの巨大な塔が立っている。大きな近畿自然歩道の案内板も立っている。

最後の丸太階段。
最後の丸太階段。
的場山山頂。
的場山山頂。
山頂のすぐ南に張り出したあたりはは芝生が生え、南側180度の展望がある。北側も、鉄塔脇を少し入ると眺めがいい。

山頂南側から南東の眺め。
山頂南側から南東の眺め。
山頂から北側の眺め。
山頂から北側の眺め。中央は亀山。
山頂脇の巨大なNTT電波塔。
山頂脇の巨大なNTT電波塔。
山頂のベンチで本日の山メシ。山の鴨だしキノコ鍋。レシピは→こちら。カップ麺の鴨だしスープを使うところがミソだ。鶏肉が面倒だったので、代わりに、いつか山で使おうと思って買ってあった合鴨スモーク缶を使用。ダブル鴨だしでえらく濃厚になった。近所で手に入らなかったブラウンエノキも省略。昼だったからシャルドネも省略。

山の鴨だしきのこ鍋。
山の鴨だしきのこ鍋。
材料。
材料。
シメにそばを茹でると言うよりは煮込む。

山頂へは西側から舗装道路が登ってきている。北の方、道標によれば亀山きのやまに至るという道も付いている。今日はガイドブックの言う通り、丸太階段を下って戻り、国交省の塔の基部から右に、道標のない踏み跡に入る。とは言え、道は明瞭だ。

国交省電波反射塔の基部を回り込むように入る。
国交省電波反射塔の基部を回り込むように入る。
登ってきた尾根の一つ南寄り、南東方向に伸びる尾根の上を進むことになる。登りの尾根と同じく、上部はわりあい平坦で、左右にウラジロが増えてくると急激に勾配がきつくなる。この下りが今日のコース一番の難所かもしれない。

しばらくはなだらかな尾根道。
しばらくはなだらかな尾根道。
激下り。
激下り。
次第に眺望が開ける。揖保川対岸の大きな醤油工場が目立つ。
次第に眺望が開ける。揖保川対岸の大きな醤油工場が目立つ。
途中、道の真ん中の岩が赤くなっており、傍らには「赤石」という標識もある。どう見ても岩に赤ペンキを塗っただけにしか見えなかったが、何なのだろう?

「赤岩」。
「赤石」。
ともあれ、この赤岩を過ぎるとようやく傾斜は緩み始める。

道が二手に分かれる。どちらでもいいらしいが、左を採って回り込んで行くと、野見宿禰のみのすくね神社の前に出る。南面の展望が開けている。神社は、石の扉の奥に小さな石の祠がある。相撲の元祖、野見宿禰が出雲に帰る途中、龍野で客死した。その墳墓で、扉の紋は出雲大社千家氏の家紋だという。二手に分かれていた山道は、この古墳を左右から回り込んでいたのだ。野見宿禰は当麻蹶速に対抗できる者として出雲から召し出され、勝利して当麻の地を与えられた。当麻と言えば先日登った二上山のあたりだ。

野見宿禰神社。
野見宿禰神社。
神社下の石段を降りてきた。
神社下の石段を降りてきた。
長い石段を下りた先、テラス状に伸びたところが展望台になっている。下から登ってきたらしい数人の人々が憩っていた。駅から山に向かう途中、中腹に目立っていたのはこの展望台らしい。

ここから先の道がよく分からなかった。先ほど石段を下りきった所、展望台の手前に、左右に下り道がある。ガイドには「近畿自然歩道を「赤とんぼ歌碑」方向に下」るとあるだけで、それがどちらの道なのか分からない。東側の道は幅の広い表参道風、標識はない。西側の道は狭く、下り口に(近畿ではなく)山陽自然歩道の標識はあるが、行き先を示す部分は風化して文字の判読ができない。ガイドブックのアバウトな地図は何の手がかりにもならない。

東に下る道。表参道風。
東に下る道。表参道風。
西に下る道。「山陽自然歩道」の標識がある。
西に下る道。「山陽自然歩道」の標識がある。
結局表参道風の方を下ったが、これは不正解だったようだ。大きく回り込んで、下の舗装道路を歩き、龍野神社の前を回り込んで、コースに復帰する。もっとも、途中、「力水」を見たり、聚遠亭の建物と庭園を見下ろしたりすることができた。

「力水」。
「力水」。
第44代横綱栃錦が揮毫したという「力水」の碑。
第44代横綱栃錦が揮毫したという「力水」の碑。
その先もガイドの記述は不明瞭で、龍野公園らしきところのグラウンドの北側、山裾の遊歩道を回って行ったが、グラウンドを突っ切ったほうがよかったようだ。グラウンドではお年寄りたちがゲートボールに興じていた。

グラウンド脇の道。
グラウンド脇の道。
グラウンドを抜けると、龍野動物園の入り口がある。その敷地の一部を斜めによぎって右上に登る。

龍野動物園正門。
龍野動物園正門。
動物園の中を斜めに登る。
動物園の中を斜めに登る。
このあたりの道もよく分からなかったが、車道がS字に曲がるところで、左に登る一回り狭い舗装道路が分かれている。

車道の途中から左に分かれる道。
車道の途中から左に分かれる道。
それを登って行くと、「童謡の小径」のゲートが現れた。石段とコンクリートと土の道を登る。

「童謡の小径」ゲート。
「童謡の小径」ゲート。
「童謡の小径」。
「童謡の小径」。
これが本コースの最後のオマケ。低い白鷺山(日山)の上に設けられた一風変わった公園だ。道に沿って、いくつかの童謡の石碑が建てられており、その前に人が立つと、ジジジとかすかな音がして、それから電子音でその童謡が流れる仕掛け。赤外線センサーでも使っているのだろう。ハイテクで、レトロで、キッチュな趣向。このキッチュさに対抗できるのは、グラーツ(オーストリア)のメルヘン洞窟トロッコしかあるまい(<誰も知らんだろ、そんなもん)。

「ちいさい秋」の碑。左の茶色いポールの上にセンサーが付いている。
「ちいさい秋」の碑。左の茶色いポールの上にセンサーが付いている。
最初の二つ、「小さい秋みつけた」と「月の砂漠」は音が鳴ってしまった。あとは、いかにセンサーの感知範囲を避けて通るか、あるいは感知される以前にサッと通り過ぎるかを楽しみながら(なんか違う気もするが)通過する。最後、白鷺山の山頂に当たるところには「七つの子」。

「七つの子」の碑。
「七つの子」の碑。
その碑の背後の植え込みに隠れるように、日山四等三角点(121.17m)があった。その手前に小さな展望台があり、たつの市街や揖保川のほか、背後の的場山を振り返るのに良い。改めて振り返ると、いかに急な斜面だったかが見て取れる。

白鷺山山頂の展望台。
白鷺山山頂の展望台。
展望台から的場山を振り返る。どれだけ急な斜面を降りてきたんだ…。
展望台から的場山を振り返る。どれだけ急な斜面を降りてきたんだ…。
展望台から南の眺め。揖保川が光っている。
展望台から南の眺め。揖保川が光っている。
山頂からまっすぐ進んだ先にも、もっと大きな展望台が設置されているが、こちらからは的場山は見えない。

山頂西の展望台。
山頂西の展望台。
そのまま下ると、国民宿舎赤とんぼ荘の前に出る。

国民宿舎赤とんぼ荘。
国民宿舎赤とんぼ荘。
赤とんぼ荘側の「童謡の小径」ゲート。
赤とんぼ荘側の「童謡の小径」ゲート。
日帰り入浴でもやっていて(さらにそのあと送迎バスで送って)くれれば好都合だったのだが、それはない。展望レストランが売りのようだった。宿舎の前から左に、車道を下る。途中右に下る階段があり、これをとる。そこで鹿が飛び出してきた。この下は動物園だが、こいつは野生だよな? 鹿は5メートルほど離れたところで振り返り、じっと動かなかった。写真を一枚撮って、そのまま下る。

ここから下ろうとしたら…
ここから下ろうとしたら…
鹿が現れた。
鹿が現れた。
動物園の中に下る。
動物園の中に下る。
孔雀やウサギやモルモットがいた。
孔雀やウサギやモルモットがいた。
動物園の中を通って下の道路に出る。

途中左手の道脇に、「赤とんぼの碑」がある。ここにもセンサーが仕掛けられていそうだったので、慎重に避ける。なんかミッション・インポシブルな気分だ。

赤とんぼの碑。
赤とんぼの碑。
再び旧市街を通って歩く。公民館も、図書館も、新しく作られたものだろうが、しっかり周囲との調和を考えてデザインされている。

たつの市公民館。
たつの市公民館。
その向かい、付属する駐車場と公衆トイレ。
その向かい、付属する駐車場と公衆トイレ。
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たつの市立図書館。
たつの市立図書館。
途中、鶏籠山が見えた。
途中、鶏籠山が見えた。
全体に、とても落ち着いた、閑静な街だ。今回、山歩きが目的だったからあまりじっくり見る余裕はなかったが、街歩きだけのために訪れても、なかなか充実した一日が過ごせるのではないだろうか。日本の街の中では、景観デザインがかなり上手くいっている例ではないかと思われる。「播磨の小京都」というのも決して僭称ではない。もちろん山も悪くない。他のガイドブックが触れていないのが不思議だ。

例の信用金庫のところで朝来た道に合流し(この近くで醤油まんじゅうを買って帰るつもりだったが忘れた)、対岸の巨大な醤油工場のレンガ色の外壁が夕日に照らされているのを眺めながら、橋を渡る。橋の下の広い河原には、ススキの穂がどこまでも輝いている。

橋の対岸の醤油工場。
橋の対岸の醤油工場。
橋の下の揖保川の流れ。
橋の下の揖保川の流れ。
河原のススキ。
河原のススキ。
駅から改めて振り返る鶏籠山、的場山。
駅から改めて振り返る鶏籠山、的場山。
駅まで戻って、この新しめな駅舎もまた、街に合わせて白壁とグレーの屋根で統一されていることに気づく。

トコたつウォーク:たつの市公式観光アプリ

高森山・四国山

なんばで南海に乗り換え、サザン5号でみさき公園駅へ。この特急が面白い。前4両は座席指定でクロスシート、後ろ4両は自由席でロングシートのフツーの通勤車両。どうせ自由席ならできるだけ多くの客を運べた方がいいので、合理的と言えるのかもしれない。9:04みさき公園着。

みさき公園駅前、みさき公園入り口。
みさき公園駅前、みさき公園入り口。
実物大?のナウマン象の立つみさき公園駅前から9:22の岬町コミュニティバス(→時刻表 )で終点小島住吉に向かう。

みさき公園駅。
みさき公園駅。
みさき公園駅前のコミュニティバス停留所。
みさき公園駅前のコミュニティバス停留所。
バスは20席ほどのミニバス。みさき公園駅から30分弱、最後、樹林に囲まれた峠のようなところを過ぎると海が近づく。海べりの終点で降りたのはぼくだけだった。向こうの堤防に何人もの釣り人が見える。

小島住吉バス停。
小島住吉バス停。
遠くの堤防上に釣り人たちが見える。
遠くの堤防上に釣り人たちが見える。
高森山、四国山へ。岡弘俊己『関西日帰りの山ベスト100』が紹介しているコース。紀泉国境の山の連なりが海に落ち込む、そのどん詰まりの山だ。海から登り、海へ下ることになる。

しばらく海べりの車道を歩き、和歌山県に入る。

和歌山県に入る。
和歌山県に入る。
海べりの道路を歩く。
海べりの道路を歩く。
道沿いの食堂では、海風に喉をやられたのだろうと思われる(思わずにはいられない)年配の男が、店の人間か同席者を相手に、しゃがれた大声で何かしゃべっていた。

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報恩講寺の大きな看板がある。
報恩講寺の大きな看板がある。
ここから左の旧道へ。集落の中に入る。
ここから左の旧道へ。集落の中に入る。
クサギの花。
クサギの花。
和歌山市指定文化財 嘉永橋。
和歌山市指定文化財 嘉永橋。
ここから山の方に入ると報恩講寺。
ここから山の方に入ると報恩講寺。
報恩講寺。
報恩講寺。
報恩講寺の少し先から。右奥に見えているのが高森山。
報恩講寺の少し先から。右奥に見えているのが高森山。
報恩講寺の前を過ぎ、やがて沢沿いの山道になる。海近、南国、ジャングルだ。巨大なサトウキビみたいなのも生えている。唐突にシュロも生えている。とにかく普段歩いている山とはかなり植生が違う。

サトウキビ?
サトウキビ?
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ジャングルである。
ジャングルである。
金網の橋。すぐ先で左に分かれる道があるが、直進する。
金網の橋。すぐ先で左に分かれる道があるが、直進する。
わずかに水の流れる沢沿いの道。
わずかに水の流れる沢沿いの道。
陸軍の石標も現れる。
「七丁」の丁石。
石畳の名残。
石畳の名残。
古い石段。
古い石段。
この登路は一部には石畳や石段が残っているし、いくつか丁石も残存している。かつての陸軍による石標もある。大昔はよく歩かれた道だったのだろう。しかし近年はあまり歩かれていないようで、石がゴロゴロしている上に、なぜか土がグズグズで歩きやすくはないし、あちこちに大量の枯れ枝が堆積して踏み跡がはっきりしないところもある。だから山歩き初心者にはあまり薦められない道かもしれない。赤テープ、時に黄色のテープを頼りに進む。

テープを頼りに進む。
テープを頼りに進む。
陸軍の石標が現れる。
陸軍の石標が現れる。
乾いた谷の奥、大量の枯れ枝が溜まっているところがあって、それを右に避けると、右の小尾根に登る急斜面の道が現れた。つかまるためのロープが張られている。

右の小尾根に登る急傾斜の道。深山に抜ける道で、今日のコースではない。
右の小尾根に登る急傾斜の道。深山に抜ける道で、今日のコースではない。
その入り口に、何やら札が下がっている。既に薄れかけた文字で、「まわり道ですがこちらからも高森山へ行けます」と書かれている。はて、ということは、まわり道でない道もあるわけだ。少しだけ戻ると、先ほどの枯れ枝の山を越えたところに、高森山への手作り道標があった。この「まわり道」の方向を指す道標もあって、「深山」と書かれているが、真ん中で真っ二つに割れている。

道には大量の枯れ枝が積もっている。
道には大量の枯れ枝が積もっている。
高森山へのルートは、谷筋(水はない)をなおもしばらくまっすぐ進み、やがて左の斜面を登り始める。ここにも石段の痕跡があるが、枯れ木や土にかなり埋もれている。その登りの途中で、十匹ぐらいのスズメバチがわんわん飛んでいるところに危うく突っ込みそうになってヒヤリとした。巣があるのだろう。あわてて右に避けて進むと、そっちが正しいコースだった。

谷筋を離れてからのこの道は、北に伸びる小尾根の上に向かうかと思いきや、尾根の手前で右に、山腹の斜面を尾根と平行して登り始める。この尾根は高森山から西に伸びる尾根から派生している。道は、その本体の尾根に行き当たって、ようやく稜線に乗る。

尾根に出た。
尾根に出た。
尾根に出たところにも、「←高森山」の道標がある。手前の木にも小さな札が掛かっていて、「極楽ごくらく/ええ風や!」と書かれている。札そのものの是非はともかく、小さな鞍部になっているこの場所は、これまでにはなかった微風が吹いていて、「ええ風や」には同意せざるを得ない。では一休みするか、と思ってふと見ると、ここにも木の根方にスズメバチが三匹固まって止まっている。そそくさと立ち去る。尾根の上をたどっていくと、まもなく笹が現れる。笹原はスズメバチのテリトリーではないだろうという気がして(確かな根拠があるわけではない)、ちょっとほっとする。途中、「陸四四」と刻まれた石標が立っている。

「陸四四」の石柱。
「陸四四」の石柱。
「十六丁」。
「十六丁」。
林の中のベンチ。
林の中のベンチ。
笹原の中の丁字路。ここを左へ。
笹原の中の丁字路。ここを左へ。
笹原の中の丁字路を左にとると、まもなく高森山山頂。西側だけ切り開かれていて、紀淡海峡と淡路島が望める。なぜか「高森山」ではなく「三角山」という名の三等三角点が打たれている。284.5m。

高森山山頂。あまり広くはない。
高森山山頂。あまり広くはない。
高森山から紀淡海峡の眺め。
高森山から紀淡海峡の眺め。
高森山から先ほどの丁字路に戻り、そのまままっすぐ歩く。この辺りで、今日唯一、向こうからきた登山者に会った。大きな刈り込み鋏で左右の笹を刈りながら歩いている。地元のハイカーか、公園の管理に携わる人なのだろう。さっき多数のスズメバチを見た、と言うと、先日この先で刺されたという。

高森山からこちら、稜線の右(西)側は、「和歌山市森林公園」であるらしい。今日のコースは一部その中を通る他は、その外周をぐるっと回っていくことになる。ちなみにこの公園はネット上に心霊スポット話が多数転がっている。

和歌山市森林公園の案内図。
和歌山市森林公園の案内図。
このあたりは概ねなだらかな稜線歩きだ。ヤマモモ、ウバメガシ、ヤブツバキ、トベラ、アラカシ。下草は笹からいつのまにかウラジロになる。潅木とシダの中の道だが、標高250mあたりで南の視界が180度開ける箇所がある。

途中の眺望ポイント。
途中の眺望ポイント。
アラカシ?
アラカシ?
イノシシのヌタ場だろうか。
イノシシのヌタ場だろうか。
さらに下ると、突如短いがとんでもなく急な道になり、それを登りきった小ピークに、壊れかけた三角屋根の展望テラスがある。階段も傾きかけ、入口の階段にはトラロープが張られて、そう書かれてはいないが、一応立ち入り禁止ということらしい。

唐突な急登り。
唐突な急登り。
展望テラス。壊れている。
展望テラス。壊れている。
そこから下っていくと「山頂広場」。山頂というのは、この真上に当たるあの壊れた展望テラスのピークのことだろうか。広場はかなり広く南北に長い、ベンチやテーブルが点在する草原で、かつては好展望だったと思われる西の端には五連の東屋が建っている。

「山頂広場」西端の東屋。
「山頂広場」西端の東屋。

「山頂広場」。左奥から下りてきた。コースは右奥に折り返すように進む。
「山頂広場」。左奥から下りてきた。コースは右奥に折り返すように進む。
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「山頂広場」から、出てきた道からすぐ左に折り返すように、四国山に向かう。ちょっとした急登りがあって、その先のピークにもう一つの新しく立派な展望台があった。そこに、黒々と「四国山」と書いてある。標高240m。あれ?もう着いたか。地形図では、300mほど先の、241m基準点のあるピークのところに四国山の名が書かれている。幅広い道が続いているし、気になったので行ってみることにした。241mピークのあたりは樹林に覆われて、展望も山頂広場もなかった。

241mピーク付近。
241mピーク付近。
この先で駐車場に出るらしい。展望台のピークに引き返す。おそらくこの東西500mほどの山頂部全体が四国山で、ハイカーにとってはこのピークが頂上ということでいいのだろう。ここまでなら、ガイドブックのコースタイムにあるように、山頂広場からわずか10分だ。

展望台から友ヶ島の眺め。
展望台から友ヶ島の眺め。
『関西日帰りの山ベスト100』の2007年の旧版『関西日帰り山歩きベスト100』では「丸い展望台」と書かれているが、建て直されたらしい現在の展望台は四角い。展望台からは、360度の眺望がある。六甲は霞んでいたが、紀淡海峡に、高森山からは見えなかった友ヶ島が浮かんでいるのが見える。南の海が光っている。南東に和歌山の市街。その向こうは熊野の山地なのだろう。北側の視界の大部分を占めるのは近くの山だが、その合間に、大阪湾が見えている。

しかし四国山直下の南側は、広大な山地が削られ、平らに整地され、無数のソーラーパネルが敷き詰められている。再生可能エネルギーへの転換はいいが、何かちょっと違うのではないかという気がした。言わば60年代の感覚で推し進められている太陽光発電、という感じ。

展望台の下段に腰を下ろし、本日の山メシ。舞茸とマテ茶鶏のチーズ焼き。いつもながらの「げんさん」レシピ。

舞茸とマテ茶鶏のチーズ焼き。
舞茸とマテ茶鶏のチーズ焼き。
材料。
材料。
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下山路は、最初に登ってきた方向から言うと、展望台の手前すぐ右へ、直角に曲がって下りていく急坂から始まる。そのまま尾根の一つの上を忠実にたどっていく。途中、「冬の丘」と書かれた大きな看板がある。ところどころ、当初は眺めがよかったのだろうと思われる箇所にベンチが設置されている。今は木々が伸びて眺望はなく、ベンチそのものも傷んだり壊れたりしているものもある。

尾根筋の道。
尾根筋の道。
やがて下に車道が見え、右の谷からの道と合流してその車道に出る。山道はここまでだ。出たあたりは阿振川の流れを利用した親水公園になっているようだった。シーズンも過ぎた平日の今日は、人影はない。時々車が前から後ろから走り過ぎていく。

分かってはいたことだが、このコース、ここから先の舗装道路歩きが長い。海抜0メートルから登るにしても、300m足らずの山だから、山道自体は軽いと言えば軽いが、後半の車道歩きはやはりこたえる。森林公園の西側を限っているこの阿振川沿いの道は、かつての軍用道路だそうだ。桜並木で、花の頃はいいのかもしれない。登り口の大川側と同じく、サトウキビらしい巨大な株、下手をすると10mを越しているのではないかと思われる株があちらにもこちらにも生えている。そのほかにもクズなどの植物が繁茂し、道の左右を覆い尽くしていて、川面もほとんど目に入らないほどだ。

サトウキビ?
サトウキビ?
目立つのは、「不法投棄禁止」の警告板。そして実際、左右に、冷蔵庫や流し台やこたつやソファの残骸が姿を現す。太陽光パネルの設置のためになおも山を削っているパワーショベルも見かけた。こんな道を40分も歩くと、左手に、広い芝生が見えてくる。右手の丘の上にある休暇村に付属する園地らしい。点々とベンチが配され、中に入って休憩に使うこともできる。

休暇村の芝生園地。
休暇村の芝生園地。
それを過ぎると深山の集落が現れる。ガイドでは右の丘の上の休暇村へと登っていく車道が分かれるあたりに深山バス停があることになっているが、見当たらない。和歌山バスのサイトで路線図を見ても、それらしいバス停、路線はないから、廃止されたのだろう。

ちなみに後で知ったところでは、休暇村にも海を望む露天風呂付きの温泉ができており、日帰り入浴も受け付けている。ただし12:00〜15:50限定で、15:00札止め。この日のタイムでは、行っていればぎりぎり間に合うくらいだった。大人¥1200。ここで入浴して、送迎バスで駅まで、というのもアリだったかもしれない。

かなり車の通る車道歩きが嫌になって、集落の中の路地を通り抜ける。海べりで元の道に出ると、深山海岸の砂浜が現れる。とても短い砂浜だ。

深山海岸。
深山海岸。
車道の外側に、遊歩道が設けられている。

深山海岸の遊歩道。
深山海岸の遊歩道。
それを過ぎて、城ヶ崎の付け根の峠状の部分は元の車道に戻って越す。すると加太の浜と市街地が目に入ってくる。道路脇の歩道は側溝の蓋の上なので、歩いていて快適なものではない。

側溝の蓋の上を歩く。
側溝の蓋の上を歩く。
階段を見つけて加太海水浴場の浜に降りる。でも最初は玉石の浜で、とても歩きにくい。後半は砂浜になる。薄茶色の、とても細かい砂の浜だ。

砂浜が堤防で切れるあたりで車道に戻る。釣り船の看板が目立つ。南海加太駅は左方向だが、まっすぐ進んで道なりに右へ。少し先、堤川にかかる橋で旧道に入り、さらに右へ。淡島神社の手前、「大阪屋ひいなの湯」が現れる。

大阪屋ひいなの湯。
大阪屋ひいなの湯。
新道側=海側に回り込んで正面玄関から入る。ホテルだが、日帰り入浴もできる。タオル付きで900円。フロントで料金を払い、エレベーターで上がる。露天もある風呂は最上階の5階にある。ぬめりのある重曹泉で、こじんまりとしているが、海の眺めもいい。

露天風呂は5階にある。
露天風呂は5階にある。
温泉から出て、南海加太駅まで、昭和の香りを味わいながら、20分ほど歩く。

昭和の香り1。
昭和の香り1。
昭和の香り2。
昭和の香り2。
これは大正元年ごろの洋館。最初は警察署だったらしい。
これは大正元年ごろの洋館。最初は警察署だったらしい。
加太駅であらかじめ特急指定券を買い、和歌山市駅でサザンに乗り換えて、難波に戻る。

南海 加太駅。
南海 加太駅。
こんなところにドイツ。(加太駅)
こんなところにドイツ。(加太駅)
というわけで、「ひいなの湯」は悪くないし、四国山からの展望も印象的だし、特に山から海へという点で関西では貴重なこのコース(例えば六甲から海に下りても「浜」はどこにもない)だが、車道歩きは長いし、スズメバチはいるし、登路はわかりにくいところもあるし、不法投棄のゴミは目に入るし、関西の低山を歩き尽くしたので目先を変えてみたいという人以外には薦めない。

二上山雄岳

天候不順や雑務や体調不良で一ヶ月半も山歩きに行けなかった。珍しく(無駄な)会議のない水曜日、リハビリに、標高差も歩行距離も小さめの二上山雄岳へ。

…と似たようなことを言って二月にも二上山雌岳に行ったが、下りにとったダイトレコースでヒイヒイいって、屯鶴峯ではルートが分からずさまよい歩き、えらい目に遭った。さて今回はどうか。

前回は当麻寺から雌岳に登ったので、今回は二上神社口から歩き出し、雄岳に登る。その後はダイトレ道のかわりに西へ下り、太子温泉に浸かってからバスで上ノ太子駅か喜志駅に出ようというプラン。基本的に、加藤芳樹『関西周辺週末の山登りベスト120』が紹介しているコースだ。ただしガイドでは、最後、上ノ太子駅まで歩くことになっているし、太子温泉への言及はない。

二上神社口駅から見る二上山。
二上神社口駅から見る二上山。
二上神社口からまっすぐ西に向かう。天羽雷命あめのはいかずちのみこと神社(加守かもり神社)の脇から登山道が始まる。

天羽雷命神社。
天羽雷命神社。
最初はコンクリート舗装だが、すぐに地道になり、二重のイノシシ除けゲートを開けて進むと、やがて丸太階段も現れる。

神社脇からの道。奥にゲートが見える。
神社脇からの道。奥にゲートが見える。
丸太階段。
丸太階段。
二千万年前の火山活動によって形成されたという二上山はそれなりに急峻だ。ブランクがあったし、昨晩は少し飲み過ぎたので、調子が上がらないことは想定内。ゆっくりのんびり登る。

周囲は植林地だが、道沿いには帯状に自然林が残されていて、雰囲気は悪くない。やがて気づかぬうちに植林は消える。

こちらのコースには、この二上神社口駅から以外に、一つ手前の駅、二上山駅から入るアプローチもある。その二上山駅からの道が合するところは小さな広場になっていて、ベンチが5つ設置されている。ちょうど山頂までの中間点。そこで10分近くも休みを入れ、また歩き出す。

二上山駅からの道との合流点。ベンチがある。
二上山駅からの道との合流点。ベンチがある。
この上がまた少し急登りになっていて、途中、鉄階段もある。

鉄階段。
鉄階段。
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山頂に連なる尾根に乗ると、木の間越しに葛木・金剛の山塊が見えるようになる。最後、石垣が目に入ってくると山頂。517m。大津皇子の墓所とされている場所だ。

伝大津皇子墓。
伝大津皇子墓。
雄岳の山頂部は東西に細長く、東端にあるのがこの墓所。真ん中に葛木坐二上神社があり、西端の木立の中に雄岳山頂の標識がある。

葛木坐二上神社。
葛木坐二上神社。
雄岳山頂。
雄岳山頂。

うつそみの人なるわれや明日よりは 二上山ふたかみやまいろせが見む(万葉集巻第二、大津皇子の姉大来皇女が二上山への移葬に際して歌ったとされる)

雄岳は木立のため眺望はない。やはり休憩には雌岳の方がいいと思い、雄岳山頂はさっさと通過して、馬の背に、標高差70mあまりを下る。大きく立派な木製階段が設置されている部分もある。いったいに二上山の本体部分の道はとてもよく整備されている。ところがちょっとその周囲に外れるととんでもない罠が待ち受けている…。

立派な木製階段。
立派な木製階段。
馬の背から雌岳山頂へは、男坂と女坂がある。そう呼ばれているかどうか知らないが、よくあるように、一直線に登る急な道と、途中から回り込むようにして緩やかに登っていく道があるのだ。

雌岳の登り。右に女坂が分かれる。
雌岳の登り。右に女坂が分かれる。
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女坂を通り、山頂へ。雄岳より40mあまり低いが広い雌岳山頂では、幼稚園児の団体が元気に走り回っていた。東側のベンチの一つに陣取り、奈良盆地を挟んだ東の高見山地と、南の大和葛城山、金剛山の山並みを眺めながら、本日の山メシ、マロンリゾット。『シェルパ齋藤の元祖ワンバーナークッキング』のレシピ。今までにも何回かやったことがあるが、今回はわりと美味かった。味の決め手になるのは玉ねぎスープなので、今回使ったアスザックフーズのフリーズドライ『あめ色玉ねぎのスープ』がよかったのかもしれない。もう一つ、とろけるチーズはスライスタイプのプロセスチーズではなく、一応ナチュラルチーズということになっている小袋を使ったのもポイントかもしれない。

マロンリゾット。遠景は葛城山・金剛山。
マロンリゾット。遠景は葛城山・金剛山。
材料。
材料。
馬の背に向かって再び下り、途中、左にとって下ると、ダイトレ分岐の少し先の展望台に出た。黄色く塗られた円形の建造物で、景観的にはナンだが、この上からの西の眺めは確かに悪くなかった。南の葛木・金剛も見える。

展望台。
展望台。
展望台から南西の眺め。
展望台から南西の眺め。
雌岳中腹の周回路。
雌岳中腹の周回路。
そこから下ると中腹の周回路。雌岳南側の岩屋に向かう道だが、途中の道標から右に、鹿谷寺ろくたんじ跡への道に入る。途中、露岩の下りもあって、ちょっとした変化が楽しめる。

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露岩の下り。
露岩の下り。
鹿谷寺跡は石造りの十三重塔が立ち、磨崖仏のある小さな広場。8世紀の石窟寺院の跡だという。

鹿谷寺跡。
鹿谷寺跡。
その先に「展望台」という道標があったので行ってみた。小尾根の先端のピークで、西側が開けるが、むしろ雌岳を振り返るのにいいスポットだ。

鹿谷寺跡の「展望台」。
鹿谷寺跡の「展望台」。
雌岳を振り返る。
雌岳を振り返る。
鹿谷寺跡に戻り、北に下る。舗装路が現れ、小さな薄汚い水道施設のような建物が現れる。それを過ぎると薄汚れた休憩用の東屋があり、その手前から右に、「ろくわたりの道」が分岐している。

「ろくわたりの道」はここから右に登る。
「ろくわたりの道」はここから右に登る。
そのまま下ればすぐに国道166号線に出るはずで、そちらを通る設定になっているガイドも多いが、『関西周辺週末の山登りベスト120』が指示する通り、「ろくわたりの道」を行くことにする。「ろくわたりの道」を行くということは、ここでまた登りになるということだ。湿った谷を詰め、小さな尾根に乗る。

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あまり多くの人が歩く道ではないようで、道幅は狭く、少し草のかぶる部分もある。しかし要所要所にやけに立派な道標が立っている。鉄塔手前で左の山腹に下り、一つ南の尾根に移る。尾根の先はザレになっていて、展望が開けている。

狂い咲き?
狂い咲き?
ここの木に、柿のような実が六、七個、付いていた。木の葉はどう見ても柿ではない。何だろうと思ってよくよく見ると、やはり柿の実だった。それが、木の枝に突き刺されているのだ。モズが干し柿を作っているのだろうか? 謎だ。

モズさんの干し柿??
モズさんの干し柿??
そこからは黒いコンクリート擬木の急な階段で、南阪奈道路を目指して下って行く。

南阪奈道路をくぐる。
南阪奈道路をくぐる。
道路の下のトンネルをくぐり、山腹の水路に沿った細い道をたどり、イノシシよけのゲートを出ると、田園地帯になる。

水路に沿った道を辿り、
水路に沿った道を辿り、
田園へ。
田園へ。
「ろくわたりの道」はここまで。国道166号線の車道歩きは避けられるとはいえ、あえてこの道を歩く意味はあるかというと、微妙なところだ。

ここに、竹内街道歴史資料館へという道標がある。が、その先道標は一切ない。農道をゆるゆると登って歩いて行くと、トラックの通行の多い道路に出る。横断して、反対側の農道に入る。

車道を渡って反対の農道入り口。
車道を渡って反対の農道入り口。
この入り口に、なんだか大仰な警告看板が立っている。「『農道』につき/一般車両の通行を禁じます/尚、進入され事故等が発生した場合一切の責任を負いません/鹿向谷道路委員会」いったいどんな危険な道なのか。行ってみて分かった。一応舗装されているが、途中からは全く使われていないようで、道はどんどん狭まり、人の背丈よりも高い雑草が覆いかぶさって、ほとんど路面も見えないほどになっている。

これが「農道」の真ん中。
これが「農道」の真ん中。
ここに車が突っ込んだら、場合によってはエンコするか路肩に脱輪するかもしれない。半端でない量の雑草ををかき分けかき分け進んで行くと、再び民家が現れ、薄茶色の歴史資料館の建物も姿を現した。

竹内街道歴史資料館。
竹内街道歴史資料館。
ふと見ると、ズボンや袖に、ヤブハギやセンダングサの種がいっぱいに貼り付いていた。歴史資料館の前で、五分ほどもかかったろうか、ひっつき虫どもを引き剥がす。

農道からの土産。
農道からの土産。
せっかくだから資料館を見ていこうと入ろうとした瞬間、中から高校生の集団がどやどやと出てきた。よくあれだけの人数が入っていたものだ。こじんまりとしたミュージアム。入館料¥200。途中までしか見なかったが、「竹内街道タイムトラベル」というオーディオヴィジュアルは、なかなかよくできていた。

和を以て貴しと為す汚水。
和を以て貴しと為す汚水。
竹内たけのうち街道は、最古の国道だと言われる。難波にやって来た大陸の文物が、この道を通って飛鳥に運ばれたのだ。瓦屋根の上に茅葺がかぶさった旧山本家住宅のような歴史的な建物も多く残されている。御多分に洩れず、新しめの住宅も混じってはいるが、全体として落ち着いた雰囲気を残している。山中渓の「石畳の道」よりはずっとマシだ。

旧山本家住宅。
旧山本家住宅。
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孝徳天皇陵の入り口を見て歩いて行くと、十字路があり、そこを右にとれば太子温泉。十字路に看板も出ている。だがその看板をよくよく見ると…。

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「毎月第三水曜定休」。よりによって今日がその日ではないか! 週に一度ならともかく、月に一度の休業日にドンピシャとは…。いやまあ事前調査の詰めが甘かっただけのことである。右折はやめ、ガックリと肩を落として、まっすぐ歩き続ける。スーパーなどもある市街地に出る。六枚橋バス停の場所はよく分からなかったのだが、適当に歩いていったら行き当たった。ちょうどバス(金剛バスだから乗り換え案内の類には出てこない)が来たので、喜志駅へ。近鉄で大阪阿部野橋に戻って帰宅。

喜志駅から振り返る二上山。
喜志駅から振り返る二上山。
やっぱりどうも、二上山は山を下りた辺りからが相性が悪い。二上山を決して甘くみてはいけない。降りてからが危ない。

前回のルート(ブルーグレイ)と今回のルート(緑)。
前回のルート(ブルーグレイ)と今回のルート(緑)。