逆瀬川から東六甲縦走路

2014年4月17日

どうもオフに早起きできず、遠出ができない。かわりに近くに出かけることになる。この前は羽束山だった。今日は久しぶりに逆瀬川裏山探検隊。隊って一人だが。

エデンの園から東六甲縦走路へ

エデンの園バス停から歩き出して逆瀬川沿いに進み、途中から東六甲縦走路に上がる。同じようなコースを、昨年にゃみさんたちと探検隊をやった時は、手前の谷から藪漕ぎをし、ガレ場を横断して無理やり登ってしまった。それはそれで面白かったが、今度は正しい踏み跡?を辿ることにする。

コバノミツバツツジが多いが、これは別の種類と思われる。

コバノミツバツツジが多いが、これは別の種類と思われる。

通るたびに気になる、妙な所に打ち捨てられた車。

通るたびに気になる、妙な所に打ち捨てられた車。

逆瀬川左岸の道。

逆瀬川左岸の道。

アラカルートさんが紹介なさっている目印の水管というかホース。

道を横切るホース。

道を横切るホース。

このすぐ手前に右に入る踏み跡があり、木の幹にテープが巻かれている。

縦走路に上がる道の取り付き。

縦走路に上がる道の取り付き。

少し行くと石積みの小さな堰堤を越え、谷の中に入る。水はない。谷通しに登って行き、低い石積み堰堤をいくつも越える。ロープの下がっている堰堤もある。落ち葉が分厚く、足跡はほとんど分からないが、随所に赤テープがある。

石積みの堰堤。

石積みの堰堤。

振り返ると樫ヶ峰が見える。

振り返ると樫ヶ峰が見える。

ヤブツバキとコバノミツバツツジ。

ヤブツバキとコバノミツバツツジ。

やがて涸れ滝のような壁に行き当たり、右に巻くルートにロープが張られている。

巻き道。

巻き道。

越えてなおも谷筋をしばらく行き、それらしいテープのあるところで右に尾根を目指す。

このあたりから尾根を目指す。

このあたりから尾根を目指す。

ここの道はよく分からなかったが、とにかく尾根に乗ればいいことは分かっていた。なんとかたどり着いて、見覚えのある道に出た。尾根通しにしばらく登るとやがて平坦になり、すぐに東六甲縦走路に出る。

アセビ。

アセビ。

岩原山

縦走路を宝塚方向へタラタラ辿る。細ヶ谷の上部で縦走路が右に屈曲する所に、真っ直ぐ入っていく道がある。明瞭な踏み跡で、ずっと斜めに山腹を登っていく。やがて尾根の上に出る。岩原山から西にのびる尾根。尾根の上には、山頂方向にも、下る方にも、明瞭な道がある。下れば蓬莱峡に出るのだろう。ゆるい登りを、岩原山山頂に向かう。

岩原山山頂には、石が積まれて、「宝塚市最高峰」と書かれた標柱が立っている。573m。眺めはないが暗くはなく、それなりの広さのある静かな山頂だ。「山のゴボ天ソバ」(『シェルパ斉藤の元祖ワンバーナークッキング』のレシピ)を作って大休止する。

岩原山山頂。

岩原山山頂。

昼食。

昼食。

南東に向かう道をつたって縦走路に戻る。途中、タムシバの花びらが散り敷いている。

タムシバの花びら。

タムシバの花びら。

縦走路は、やはりそこそこ人が歩いている。

縦走路わきの花その1。

縦走路わきの花その1。

縦走路脇の花その2。

縦走路脇の花その2。

縦走路脇の…桜かな?

縦走路脇の…桜かな?

右に登る踏み跡を見つけて、譲葉山にも寄ってみる。縦走路の北側ではなくて南側のピークだ。展望もなく、地味な山頂だった。同じ道を縦走路に戻る。

譲葉山への入り口(右)。

譲葉山への入り口(右)。

縦走路

道の北側に高圧線の鉄塔の立つところ(赤子谷左股を詰めるとここに出てくる)で、ちょっと南に入るはっきりした道がある。ここは甲山から大阪方面の眺めがとてもいい。電線が視界を横切っているのが玉に瑕。

高圧線鉄塔南側の眺め。

高圧線鉄塔南側の眺め。

縦走路が岩倉山の南面を巻いて東に出たところの道標に、右方向を指して「この先展望良」と書かれていたので、寄ってみる。展望がいいというのは、電波反射板の下のことらしかった。展望自体は先の鉄塔のそばの方がいいが、電線がないのがこちらの利点だ。ここからも逆瀬川に下れるらしい。

縦走路を先に進む。砂山権現に立ち寄り、塩尾寺へ。砂山権現から先は、ザレた道に変わる。

砂山権現。

砂山権現。

塩尾寺から宝塚まで、公式の縦走路は舗装道路になってしまう。それを避けたかったので、不動滝経由の道を歩いてみることにする。この道は、にゃみさんの『六甲ショートコース77』で紹介されていて気になっていた。

塩尾寺〜不動滝〜宝塚

しかし『ショートコース77』の記述は宝塚からの登り方向になっていて、下りに使う場合の入り口の記述は詳しくない。本を持参してはいなかったので、とりあえず塩尾寺の境内に入る。するといきなり黒犬に吠えつかれたので、地図の確認もそこそこに、境内から右に下れそうなところを下ってしまった。少し進んで、これは違うなと思う。道らしいものもすぐに消えてしまった。不動滝付近で沢が二股に分かれる、その間の尾根を下るはずだが、現在地はずっと南東に寄っている。戻るのも癪なので、塩尾寺の下の谷の上部、土はぐずぐず、竹やら何やらが倒れ、トタン板や粗大ゴミもちらほら転がっているひどいところを無理やり横断する。どうにか正しい尾根にたどり着く。昔の裏参道だそうで、半ば土に埋れた石段が続き、道は割合はっきりしている。

帰宅後『ショートコース77』の記述を確認してみたら、(登りの場合)「塩尾寺の一段上の小ピーク」に出ると書かれていた。してみると、塩尾寺よりも手前で、左に入る踏み跡があった、あれが正しい入口か。

小尾根の先におりていくと、道は右に曲がり、石段もなくなって、そこからジグザグの急下降になる。左の沢におりて渡り、巻き道のような道を通っていくと、不動滝が右手に現れる。5mくらいだろうか。滝の下には簡素な差し掛け小屋の中に小さな仏像が置かれている。滝の落ち口には古い木の樋のようなものが挿してあって、水はその樋の先から落ちている。行場になっているそうで、そのままでは水が岩壁を伝って落ちてしまう滝、こうでないと水行ができないということなのだろう。やや腑に落ちないものが残った。

不動滝。

不動滝。

滝の少し下には洞穴があった。さらに先にはバラックが二軒。人が住んでいるのかもしれない。瀬音の爽やかな沢に沿った道で、すぐに緩やかになるが、なんとなく荒れた雰囲気もあった。道の脇には、ところどころシャガの群落がある。

シャガ。

シャガ。

小さな木橋を渡り、道が沢を離れて右に登るとブロック塀に囲まれた人家が現れ、舗装道路になる。道路がぐるっと回り込んでいくところで、右上にあるはずの妙法寺の参道なのだろう、自動車道並みに広いけれども岩と土がデコボコの近道が左に下っている。そこを降りると「長寿が丘」の住宅地に飛び出す。正面に、中山の意外に端正な姿が見える。住宅の中の急坂の舗装道路を下り、右に曲がり、左に曲がると、正面に駅近くの巨大なパチンコ屋の看板を眺めながらの下りとなり、やがて武庫川の両岸に聳える巨大高層集合住宅群の下に出る。川沿いの車道を歩き、S字を描く宝来橋を渡って阪急宝塚駅へ。

山めし本もう一冊『シェルパ斉藤のワンバーナークッキング』

2014年4月15日

また一冊、山メシの本が出た。

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斉藤政喜『シェルパ斉藤の元祖ワンバーナークッキング』2014年。

斉藤氏は2004年に『シェルパ斉藤のワンバーナー簡単クッキング』という本を出されていて、これは二冊目。だから「元祖」を名乗るのはダテではないということだ。(シェルパという一見ややアレなペンネームの由来については、『シェルパ斉藤の世界10大トレイル紀行』の冒頭で説明されている。)

その中身。まず気になる点から。『げんさんの山めしおつまみ』(2012年)と比べると、いくつかの顕著な違いがある。まず肉・野菜などの生鮮品がまったく出てこない。『げんさん』の方では、オクラ、キャベツ、ミニトマト、ピーマン、豚肉などがしばしば使われる。もちろん、そうしたものをリュックに入れて持っていくには、保冷剤を使うなどの工夫が必要になるし、また山の中で2泊以上するのであれば、利用は難しいだろう。しかし日帰り~一泊程度であれば、こうした食材を切り捨ててしまうのは惜しい。「ロングトレイル」の先駆けのお一人だから、そんな短期間のことは考えていないということか。またたとえば『げんさん』がガーリックバターのミニパックを使うところ、斉藤氏はチューブのマーガリン(ガーリックトーストスプレッド)を使う。これも人によっては気になることだろう(気になる人は自分でレシピを読み替えればいいだけのことだが)。そしてスパゲッティなどの茹で汁を平気で「捨てる」と書かれていることも気になる。全般に(あくまでも比較の問題、相対的な問題にすぎないが)、『げんさん』のレシピのほうがやや繊細な味覚に対応しているようにも思える。

しかしまた「シェルパ」氏の本の特長として、「サトウのごはん」タイプのパックごはんを活用し、そのレシピもいくつも載せていること、また、NHKの放送でよく知られるようになった、乾麺のパスタを予め水に浸けておく手法を活用したレシピも多いことが挙げられる。米(パックではない)の炊き方の説明もあるし、バーナーの種類ごとのコンパクトでありながら分かりやすい長所短所の比較、それぞれの使用法もあるし、食材やゴミのパッキングのしかた、調理後の鍋などの拭い方などなど、きめの細かい実用的なtipsも予想外にふんだんに詰まっていて役に立つ。もちろん魅力的なレシピもいくつもあって、「マロンリゾット」や「タコとアサリのパエリア」など、僕は試してみたくてうずうずしている。『げんさん』ファンであっても、本書によって確実にレパートリーの幅を広げることができるだろう。『げんさん』よりも少し判型が小さく、ほぼ新書サイズ。

そういうわけで、本書もお薦めです。

羽束山 (524m)

2014年4月12日

京都北山の廃村八丁に行こうと思っていたのだが、寝坊した。自家用車ではないから、朝一本のバスに間に合わなければ諦めるしかない。

でも出かけなければもったいないような天気。近くて手軽な羽束山に行くことにした。昭文社の地図「北摂・京都西山」の左隅に、半分はみ出すようにして、かろうじて収録されている山。北摂シリーズの続きだ。特徴的な山容は、周囲の山々に登ると必ず目に付く。山麓のキャンプ場には何度も行っているのだが、実は登る機会がこれまでなかった。

宝塚からJRに乗り、三田駅北口からバス。香下(かした)峠で下車。一つ前の香下で降りた方が、アプローチは少し短かったようだ(昭文社の地図では、香下バス停が切れてしまっていて、だから香下峠バス停からの道が指示されているのだと後で気付いた)。ただ、香下峠バス停の周りには自販機だけはボコボコ立っているので、水分の用意を忘れた場合には便利かもしれない。

バス道を少し戻って、北へ、田園の中を、香下寺への舗装道路を登っていく。羽束山と、その北西に連なる宰相ヶ岳がよく見える。香下寺が近づくと、桜並木が現れる。この辺りでは、今がちょうど満開だった。

香下寺への道。宰相ヶ岳(左)と羽束山(右)。

香下寺への道。宰相ヶ岳(左)と羽束山(右)。

車道のどん詰まりは小さな広場になっていて、祠と、立派なベンチがある。地蔵堂と書いている本もあるが、祀られているのは薬師如来らしい。桜のピンクとタムシバの白。左に行くと寺。右手から始まるのが登山道。

登山口の広場。

登山口の広場。

最初は植林地の石段。ところどころにヤブツバキの花が赤い。地面にも点々と落ちている。

ヤブツバキ。

ヤブツバキ。

山頂に観音堂のある、古くからの信仰登山の山の参道なので、やはり間隔を置いて丁石が立っている。

羽束山参道。

羽束山参道。

丁石。

丁石。

右手に一瞬竹林が現れると、やがて自然林にかわり、コバノミツバツツジのピンクが風景にまじるようになる。と間もなく稜線に出る。六丁峠。石仏が一体と、南無妙法蓮華経と書かれた石碑が立っている。お地蔵さんはニットの帽子を被せられていた。

六丁峠。ニット帽をかぶった地蔵。

六丁峠。ニット帽をかぶった地蔵。

一旦、右に、羽束山の子分のような小さく尖った432mピークを目指して踏み跡をたどる。他の山から眺めると、丸い羽束山とこのとんがった小さなピークのコンビはとても目立つ。平坦な尾根の最後、わずかな急斜面を登ると到着。少しだけ南面、六甲方面の展望がある。木に甚五郎山と書かれた小さな札が掛かっている。かつて甚五郎という人物が住んでいて、雨乞いの山でもあったという。

元に戻って、羽束山の山頂を目指す。道はしばらく東側の山腹を平坦に進む。まっすぐ尾根筋を登る厳しい道もあるはずだが、その分岐には気がつかなかった。一箇所、路面が岩になっているところで、東側の眺望が開ける。眼下に羽束川。千刈水源池はもう少し下流のはずだが、この辺りもかなり幅広く見える。

東側の眺望。下に羽束川が流れている。

東側の眺望。下に波豆川が流れている。

やがて山腹をつづら折れに登るようになる。山頂直下で平坦になり、真っ直ぐ先には観音堂が見え、左に戻るようにひと登りすると、鳥居とプレハブっぽい社のある明るい山頂。南北に長い頂上で、少し南に進むと、西側180度の眺めが開ける。腰を下ろすのにいい岩がところどころに出っ張っている。東に低くわかりやすいのが有馬富士。南西には播磨灘、南には遠く六甲山地。虚空蔵山や白髪岳も見えていたはずだが、同定できなかった。

山頂からの眺め。南西方向。

山頂からの眺め。南西方向。

山頂からの眺め。北西方向。

山頂からの眺め。北西方向。

「サトウのごはん」をパックから出して鍋に入れて炒め、明太子のスパゲッティソースとスイートコーンを混ぜて、昼食の出来上がり。これは『シェルパ斉藤のワンバーナー・クッキング』のレシピ。ソース添付の刻み海苔を最後に入れるのを忘れたまま食べてしまった。どうりで一味足りないと思った。

明太子とコーンのチャーハン。

明太子とコーンのチャーハン。

大休止後、分岐に戻って、左に鐘楼を見、木立に囲まれた観音堂前へ。ここにもベンチがある。

観音堂。

観音堂。

お堂の手前左に下る道があり、小さな道標が掛かっている。これを下る。しばらく西に向かってジグザグに下り、それから山腹を巻くように北西に向かうと、宰相ヶ岳との間の鞍部に出る。左に下ると香下寺、右に下ると木器という分岐。まずはそのまままっすぐ登り返して宰相ヶ岳へ。この辺りと、後で通った北への下山路でだけ、赤テープがちらほら見られた。

宰相ヶ岳への登りは、踏み跡は明瞭だが、かなりの急斜面。十五分程で、三等三角点のある山頂に飛び出す。ここも、やや南に寄ったところの方が眺めがいい。絶えることのないコバノミツバツツジは三分咲き。アセビがクリーム色の花をいっぱいにつけている。その花の向こうに、さっきまでいた羽束山が見えている。

宰相ヶ岳から羽束山を振り返る(右の山)。

宰相ヶ岳から羽束山を振り返る(右の山)。

宰相ヶ岳直下から大船山を望む。

宰相ヶ岳直下から大船山を望む。

元の道を鞍部まで戻り、北に下る。この下りはしばらくは杉の植林帯。やがて気持ちのよい自然林になって、

気持ちのよい自然林。

気持ちのよい自然林。

あとは谷筋を下っていくだけ、と思ったら違った。ロープが張られ、「迂回路☞」と書かれた札が下がっている。ロープに沿って進んで行くと、ついには右の小尾根に登らされてしまった。その後は尾根を忠実に辿り、最後はかなりの急下降になって、真新しいやたら白い林道に出た。谷の奥を振り返ると、やはり真新しい砂防ダムがある。迂回路は、どうやらこのダムを高巻くものだったらしい。

迂回路。

迂回路。

その道路を下っていくと、谷の入り口は比較的新しい住宅地になっている。

真新しい林道と大船山。

真新しい林道と大船山。

木器のバス停へはまっすぐ進めばいいのだが、寄り道をする。途中で右に折れ、住宅の間を通って木器橋に出る。川べりには随分前に打ち捨てられたらしい二階建てアパートの廃墟がある。しかし大船山と羽束山に挟まれたこの里の風景を支配しているのは田畑だ。

橋を渡り、正面の丘に登る道に入る。両側は竹林。竹林が切れると丘の上、こちらは古くからのものらしい集落に入る。棚田の土手を、キツネが登って行った。それともただのネコだったのだろうか? 右手に田が広がり、羽束山の姿が望める。田の中に、桜の木が二本、いっぱいに花をつけている。写真を撮ろうとしたら、足元からキジが、桜の木の下を通って、飛んで逃げて行った。

木器(こうづき)集落から羽束山を振り返る。

木器(こうづき)集落から羽束山を振り返る。

田の間の道路を辿って行くと、岡村酒造があった。これが目的で回り道をしたのだ。販売用の店もあって、「商い中」の札が出ている。入って声をかけると、奥からおかみさん?が出てきた。三十代くらいの話好きな人。羽束山を越えてきたと言うと、その道の話、元旦に初日の出を見るために登るということ、この前小野の方の山に子連れで行ったがキツかった、などなど。あの川べりの廃墟は、かつて近くの会社の社宅で、使われなくなってから所有者が長年放置していること、あの砂防ダムの迂回路は、実は迂回しなくてもそのまま通れること、谷の入り口の住宅地はできてからもう三四十年経つことなど、短時間だったにもかかわらず、簡潔な商品説明を挟みながら、色々なことを教えていただいた。

岡村酒造。前の建物が店になっている。

岡村酒造。前の建物が店になっている。

六七種類の酒があって、話をしながらもどれにしようと考え、二種類決めて、袋に入れてもらった。

購入した二本。

購入した二本。

酒瓶二本の入った袋を下げて、 南に羽束山と宰相ヶ岳を眺めながら、車道を木器のバス停に向かう。程なく来た神姫バスで三田駅に戻る。

早春の綿向山─足跡のない雪の謎

2014年3月29日

三草山、最勝ヶ峰、大野山、弥十郎ヶ岳と北摂三昧だった3月、最後は綿向山に出かけた。小さくても鈴鹿だ。

行きのバス乗り継ぎ

五時半頃家を出て、近江八幡の駅からバスで一時間あまり、路線終点の北畑口へ。そこで数分待って、日野町営の小さなバスで西明寺口へ。まずこの乗り継ぎがうまくいったことでご機嫌だった。町営バスは平日のみ運行なので、金曜日を選んだ。このバスが使えないと、北畑口から西明寺口まで、1時間ほど、舗装道路を登らなければならない。

登山口まで

西明寺口からいったん西明寺川の谷に下って、御幸橋を渡る。ここに登山者用の駐車場がある。数台の車が停められている。舗装された道を谷川に沿って進む。大きな堰堤があって、脇に付けられた階段を上ると、上の林道に出る。堰堤の下では、パワーショベルがたまった土砂の浚渫作業をしていた。

西明寺口バス停。

西明寺口バス停。

少し先、「接触変質地帯」の立て札がある。接触してくる変質者=痴漢がよく出る場所、ではない。説明板によると、「石灰石が高温のマグマの貫入により熱変成を受けて、珪灰石・ベスブ石・ヘデンベルグ輝石・ザクロ石などを生」むという現象が起こった箇所らしい。国指定の天然記念物だそうだが、立て札の背後の岩肌には苔やシダがしげって、何がなんだかまったく分からない。

なおも西明寺川の渓流に沿った林道を進む。川の水は美しく、そこここに小滝をかけて、瀬音が響く。まもなく林道の終点。西明寺川の支流、ヒミズ谷が右から流れ込むところで、立派な避難小屋が立っている。ヒミズ谷出合小屋。その先で橋を渡って左に進むのが「表参道」、小屋の手前を右に登っていくのが「水無山北尾根コース」。

ヒミズ谷出合小屋。

ヒミズ谷出合小屋。

小屋の前で少し休んでいると、男性が一人、表参道の方へ歩いて行った。出発しようとしていると、女性が一人、やってきてリュックを置いた。挨拶を交わして、僕は水無山北尾根コースに入る。健脚そうな人だったから、追いついてこないということは、やはり表参道コースを取ったのだろう。

水無山北尾根コース

水無山北尾根コースの入り口には、このコースは「登山路が狭く谷に沿って足場が不安定な所があります 滑落に注意してください」という黄色い立て札が立っている。断崖絶壁ではなく杉の植林帯で、土の道だが、ものすごい急勾配。その中をジグザグに登っていくので、大部分は急斜面のトラバースの趣になる。谷側を見ると、転げ落ちそうな気がする。道幅は20cm程度の所、かろうじて道と見分けられるような所も多く、確かに高所恐怖症の人には奨められない。上部で谷を横断する所では、道が崩れていて、ロープが設置されていたりする。

水無山北尾根コースの道。

水無山北尾根コースの道。どこが道だか、分かるだろうか?

水無山北尾根コース。小さな谷の横断にロープが張られている。

小さな谷の横断にロープが張られている。

杉の下生えに、イワカガミの丸い緑の葉が目立つようになると、林道に飛び出す。25m左に歩いて、再び山道に入る。相変わらずのヒノキの植林帯だが、下生えは、イワカガミにアセビ、シャクナゲが混じる。もう少し後の時期、花の頃はキレイなことだろう。

水無山北尾根コースのイワカガミ。花はまだ。

水無山北尾根コースのイワカガミ。花はまだ。

しばらくは相変わらずの急斜面のトラバースで、左下に林道が見えている。その先がまた少し厄介だった。山稜直下、源頭近い浅い枝谷を次々と4回ほど横断するのだが、谷に雪が詰まっている。ミニ雪渓状態。道は雪の下に消えている。雪の上に足跡はなく、誰も通った形跡がない。雪はシャーベット状で、アイゼンを使うほどではないが、小さくとも谷の中だから、下手をすると踏み抜いたりはまり込んだりするかもしれない。命に関わることはあるまいが、ちょっとした怪我をしたり、足がずぶ濡れになったりする可能性はあるわけだ。すぐ下の雪が切れているところまで下って回り込んだり、雪を蹴り込んで一歩一歩足場を確かめたりしながら渡る。

ミニ雪渓。

ミニ雪渓。

雪の下の道。

雪の下の道。

そのあたりからようやく自然林になり、小尾根の上に出ると、そこが水無山分岐。その先はいったん緩やかな斜面になり、さらにひと登りすると、「文三ハゲ」に飛び出す。綿向山と水無山の間の尾根の片側が大規模に崩落し切れ落ちているところで、突然南側の展望が開ける。ひたすら樹林の中を歩いてきた身には、このスッパリ感が気持ちのいい眺めだった。

文三ハゲからの展望。

文三ハゲからの展望。

山頂と山チョウ

道は文三ハゲを離れて北側に回り込み、もう一度雪の小谷を通過して、表参道八合目に合流する。表参道は道幅もあり、しっかりした道だ。山頂近くのこのあたりは、笹原の中に灌木がまじっている。

山頂近くの雪。

山頂近くの雪。

山頂近く その2

山頂近く その2

山頂近く その3

山頂近く その3

また雪を横断し、ジグザグに登って行き、最後の急階段を上がって古さびた木の鳥居をくぐると、綿向山山頂。1110m。

最後の急階段。

最後の急階段。

祠と巨大ケルン、展望盤、ベンチがある。鈴鹿の山々の眺めが素晴らしい。特に雨乞岳が大きく、その右に鋭角な鎌ヶ岳。御在所岳はちょうど雨乞岳の背後に隠れてしまっている。

山頂から東方向。雨乞岳、鎌ヶ岳。

山頂から東方向。雨乞岳、鎌ヶ岳。

南西の方には、野洲川のダム湖が光り、ずっと向こうに、台高山地や大峰の山々が見えている。雲一つない晴天で、日差しがきつい。

山頂からの展望。南方向。

山頂からの展望。南方向。

明るく開けた山頂はどこでも、我が物顔に飛び回る一羽の、あるいは番いのチョウがいるものだが、ここでは大ぶりなキタテハ一匹だった。

登り着いた時、先客が一人、ベンチで昼寝していたが、すぐに靴紐を締め直して下っていった。それから、息を切らせながら竜王山の方からやってきた女性。祠のところで休んでいると思ったら、いつの間にか消えていた。ヒミズ谷出合小屋で行きあった二人は、とうに登り着いて下ったのだろう。

下山と謎の解明

昼食を済ませ、再び表参道を下る。もう一度雪の詰まった谷をやり過ごすと、登りのときには気づかなかった「金明水」の道標があったので、寄ってみる。谷の源流の斜面に、プラ管が差し込まれていて、そこから水が吹き出し、周りの雪は解けている。冷たく美味しい。プラティバスの水筒に汲んだが、小さなリュックで来てしまったので、満タンにすると荷物に入り切らず、1リットルほどで我慢した。

水無山分岐も、今度は表参道を下り続ける。またしても雪の詰まった小谷を渡る箇所があった。ここでちょっと滑って、手をついた拍子に右手薬指を軽く突き指した。雪のかぶさった下から、丸木を並べた小橋が覗いている。橋は直線ではなく谷に沿ってカーブしているはずで、そのラインがどう続いているのか、雪の上からでは分からず、橋の内側に踏み抜いたりしたら危険なようにも思えた。橋のすぐ下を、雪を蹴り込みながら横断する。

あとは明瞭な道だった。それにしても不思議なのは、こうした雪の箇所に、先行者の足跡が全くないことだった。水無山北尾根のコースはともかく、この表参道でも痕跡がない。山頂や下の小屋で行きあった人たちはどうしたのだろう?

その疑問が解けたのは、七合目の行者コバに着いた時だった。行者コバに出るところ、丸太を組み合わせてバリケードが築かれている。道が塞がれているのだ。何か小さな札が下がっているが、こちらからは何が書いてあるか分からない。バリケードを回り込んでみると、札には「危険!」とだけ書いてあった。聞いてねーよ、である。ここまで僕はキケンな道を歩いてきたのであるらしい。

七合目のバリケード。

七合目のバリケード。

この七合目からは、表参道の他に、北側の尾根をまっすぐ山頂に向かう「冬道」と呼ばれる道がついているのだった。つまり途中で出会った人たちはみな、表参道をここまで登って来て、この冬道を使って山頂を往復したのだろう。道は竜王山からの道と合流して山頂へと続いているようだ。この道なら雪の谷渡りをしないで済む。しかしバリケードはこの一か所で、僕のように水無山北尾根から回って来たら、そういう警告を事前に目にする機会はない。まあ、全山雪化粧の真冬はともかく、この時期は小さな雪渓横断があるだけで、キケンとは言ってもタカが知れていたわけだが。水無山北尾根から登ってくるような奴なら大丈夫ということか。

行者コバ(七合目)のブナ林。

行者コバ(七合目)のブナ林。

行者コバの祠の前のベンチで暫し休む。この辺りだけ、見事なブナ林が残っている。歩き出すと、すぐに植林帯に入ってしまう。尾根の南面を回り込んでいく道で、ヒノキの間から程よく日差しがこぼれている。やがて五合目、赤い屋根のかわいい避難小屋があり、北西の展望が開ける。

五合目小屋。

五合目小屋。

そこから道は左へ、また植林帯に入り、ジグザグの下りになる。四合目でもう一つの小屋を過ぎると、一旦林道に出る。それを少し歩いて、再び山道に。どこまでも植林帯、ジグザグ。だが道はしっかりしている。

下り着いたが…。

ようやくヒミズ谷出合小屋に戻り着く。元の道を辿る。ちょうどパワーショベルが今日の仕事を終えて、歩くよりもゆっくり、道幅一杯にキャタピラーを回して戻っていくところだった。ショベルの腕が高く上がったままで、脇の木の枝に当たり、五六メートルほどの枝を折ってしまった。停まった重機の脇の土手に降りて追い越す。

登山者用駐車場の車は、すべて消えていた。西明寺口に戻る。行きとちがって間が悪い。次の町営バスまで、一時間近くある。バスの待合の東屋で、二十分もぼーっと座っていた。前の植え込みで、バイクでやってきた腰の曲がったおばあさんが草刈りをしている。北畑口まで歩くことに決める。ザックの底に入っていた帽子を取り出し、西日に向かって田園の中の車道を歩く。三十分ほどで着いた。自販機で水分を補給する。西明寺口から乗ろうかと思っていた町営バスが通り過ぎて行った。

蒲生野の湯

北畑口から17:08の近江八幡行きのバスに乗る。でもこのまま帰るわけではない。出掛ける前に調べていて、「蒲生野の湯」という日帰り温泉施設があること、岩倉というバス停でこのバスを降り、別方向に行くバスに乗り継げば、この温泉に行けそうなことが分かっていた。近江八幡の市街に入ると渋滞で、岩倉でバスを降りたのは18:05頃。岩倉から乗るべきバスは3分程の遅れで18:18ぐらいに来た。そこから下車すべき山之上停留所までは意外に距離があった。バス路線図を眺めただけで、距離感が掴めていなかった。バスを降りてから温泉までも予想よりも離れていて、Googleマップを頼りに真っ暗な道路を歩く。施設が見えてからも、入り口まではぐるりと回り込んで行かなければならなかった。入口の中は広大な駐車場で、多くの車がとまっている。送迎バスもないし、要するにターゲット客は自家用車で来る人々らしい。車でないかぎり、綿向山の帰りに寄るにはあまり適した場所ではないのだった。

蒲生野の湯。

蒲生野の湯。

温泉そのものは悪くなかった。屋内には、洗い場の他は、サウナ、ジェットバス、水風呂などがあるだけで、この温泉のメインは露天風呂ということらしかった。それはそれでアリの割り切り方だと思う。

上がって、付属の食堂で生姜焼き定食。フツーのレベル。決して本数は多くないバスの時間まで際どくなり、あの道を歩いて戻るのも気が進まなかったので、タクシーを呼んでもらう。20分ほどでやってきた車で近江八幡駅に向かう。所要時間も20分ほどだったか。3,640円。19:37の姫路行き新快速に間に合って、帰宅の途へ。

本日の歩行中の脳内ループ音楽:登り:ヴィタリ、シャコンヌ 下り:ベートーヴェン、ヴァイオリン協奏曲。

弥十郎ヶ岳 (715m) ─消える道

2014年3月28日

独特な名前だし、北摂の山の一番北、阪神間の住人にとってのイメージとしては一番奥にあって、以前から気になっていた。

大野山のときと同じ日生中央発9:01のバスに乗って、終点後川(しつかわ)9:51下車。バス停から少し下った十字路に「ドライブイン」と称する食堂と、ガソリンスタンドがあるくらいで、道路はやたら立派だが、回りは田んぼ。十字路で左は三田方面、真ん中は篠山方面、右は籠の坊温泉。弥十郎ヶ岳は篠山への道と籠の坊への道の間、第一象限にある。

十字路の「ドライブイン」。

十字路の「ドライブイン」。

竹谷コース

十字路を直進し、しばらく行くと、右に竹谷林道が分かれる。その入り口に、かつては案内板があったらしい大きな木枠だけが残っている。実はこれがこの先の道の状況を予示するものだったことには、後で気がついた。

竹谷林道入り口。

竹谷林道入り口。

少し先、獣除けのゲートを開けて進む。植林帯と自然林が交互に現れる。竹谷コースと呼ばれる道で、ずっと竹谷の沢と並行して進む。

竹谷林道。

竹谷林道。

林道脇の樹林。

林道脇の樹林。

橋を2つ渡った先で、林道は右に曲がり、沢から離れていく。その曲がり角が登山口で、沢の左岸にそって直進する。

林道は右へ、登山道は左へ。

林道は右へ、登山道は左へ。

一回渡渉して少し行くと、思いがけず滝があり、その上を渡りながら登る木橋が斜めにかかっている。

滝の上に架かる橋。

滝の上に架かる橋。

すぐにまた大きめの滝が現れる。もう一度右岸に渡り返して、上の滝は巻く。

その上の滝。

その上の滝。

うわあ、これは面白い、と思ったら、滝の上は急に傾斜がゆるくなり、広がった谷の中で、沢は「春の小川」的な大人しい流れになってしまった。しかし道は大人しくない。険しいのではなくて、はいここをお歩きくださいという道がないのだ。

滝の上の様子。

滝の上の様子。

滝のすぐ上に道標があり、沢は二股に分かれている。道標は立派だが、どちらを指しているのか判然としない。二股の右が本流で、これに従って進むのが正解。ところどころに赤テープの目印があるが、道はすでに不明瞭になっている。

また立派な道標があり、間もなく小さな丸太橋で沢を渡って暗い植林帯に入る。この橋はかなり古く、流れ寄せた枝や倒木や落ち葉で半ば埋まっている。

立派な道標。

立派な道標。

少し先で、かつてはここにも橋があったのだろうと思われる箇所で、流れを渡る。それから半ば流れの中を進むような感じで、もう一度左岸に移ったりして歩く。もうこのあたりで道らしい道はなくなっている。赤テープも見当たらない。あたりは切り倒されて放置されて苔むした杉の木が乱雑に転がり、杉の葉が厚く積もっている。あまりに分厚くて、そのどれほど下に地面があるのか、感覚として捕えられない。

厚く散り敷いた杉の葉。

厚く散り敷いた杉の葉。

流れの脇の水たまりに、カエルの卵があった。

泥にまみれたカエルの卵。

泥にまみれたカエルの卵。

標高460mあたり、右の谷に入ったが、道がない。分厚い杉の落ち葉を踏みしだきながらとにかく進む。ふと左の小尾根を見上げると、赤テープ(赤く塗られて地面に打ち込まれたL字型の金属柱だったかもしれない)が眼に入った。斜面を無理矢理登り、尾根に乗る。

ここを無理矢理登る。

ここを無理矢理登る。

そこからかなりの急斜面をとにかく尾根筋を外さないように進むと、メインの尾根に出て、小さなピークがあった。

とにかくこの尾根筋を伝う。

とにかくこの尾根筋を伝う。

帰宅してからヤマレコサイトを見ると、つい最近、このコースをどうということもなさそうに歩いている人がいた。この方のGPS記録を見てみると、どうやら植林の谷の奥は、ずっと左に左に進んでいくのが正解だったようだ。僕は右寄り右寄りに歩いていた。最後に取り付いている尾根も、僕の登ったのの一本西寄りの小尾根のようだ。

立派なサルノコシカケがあった。

立派なサルノコシカケがあった。

ともかく尾根通しに歩いて、地形図で689mの記載のある小ピークに出る。このあたりからは道は明瞭で、ささやかな露岩帯を過ぎ、

露岩帯。

露岩帯。

吊り尾根からの道が右から合流する。

吊り尾根と竹谷コースの合流点。

吊り尾根(左)と竹谷コース(右)の合流点。手前側が山頂への道。

そこから一歩きで弥十郎ヶ岳の山頂。北西の方向だけ、視界が開けている。篠山盆地をはさんだ御岳・黄金ヶ岳がよく見える。

山頂。遠くに御嶽・黄金ヶ嶽が見える。

山頂。遠くに御嶽・黄金ヶ嶽が見える。

吊り尾根

昼食を済ませ、分岐点まで戻ったとき、白髯の年配の男性がちょうど同じコースを登ってきたところだった。この道、どうでしたか?と尋ねると、やはり迷ったらしい。山頂はあと一息ですよと声を掛けて、吊り尾根コースに入る。

吊り尾根の道。

吊り尾根の道。

ハハカベ山の石標があるというあたり(僕は見つけられなかった)、道が小ピークの北側を巻いて進む。このあたりまで、道ははっきりしていたが、その先がまた問題だった。峠というか窪地のように見える所に出て、そのまま直進して登り返すと、北の656mピークの方に行くような感じになる。地図を見ていて、待てよ、これは違うぞと思い、無理矢理右に斜面を下り、谷の反対の斜面を登ると、正しい道に出た。

ここを再び無理矢理登る。

ここを再び無理矢理登る。

そのあとは特に迷うようなところはなかった。

道に並行して、鹿除けと思われるネットが張られている。

道に並行して、鹿除けと思われるネットが張られている。

665mピークのもう一つ先の小さなコブから、それまで南東を向いてきた道はほぼ90°方向を変えて、北東に向かう。(昭文社の地図では665mピークがこの転換点であるかのように記されているが、その一つ先が正しい。)間もなく「みなの沢」分岐。

みなの沢分岐。温泉コースは右に下り、丈山乗越へは正面を右上に登っていく。

みなの沢分岐。温泉コースは右に下り、丈山乗越へは正面を右上に登っていく。

そして温泉!…

ここから谷通しにそのまま下る(温泉コース)か、さらに尾根を辿った先から下る農文塾コースを取るか。結局後者を選ぶ。急な斜面を斜めに登り、やがて暗い杉の植林帯に入るとすぐに丈山乗越。ここから右に下るのが農文塾コース。植林帯の中の、かなり急な下り。

植林帯の下り。木漏れ日が美しい。

植林帯の下り。木漏れ日が美しい。

ようやく前方が明るくなり、茅葺き屋根が見えると、二重の獣除けゲートを通って、農文塾の茶畑に出る。

茶畑と茅葺きの家。

茶畑と茅葺きの家。

小さな棚田が連なる、舗装された坂道を下り、川沿いの道路に出て下っていくと、丁字路で、籠の坊温泉。その角にある「渓山荘」で日帰り入浴が可能なはずで、それを愉しみに下ってきた。露天風呂もあるはずだ…が、閉まっていた。古めの温泉旅館の佇まい、玄関の脇には「営業中」と書かれた札が下がっている(でも「中」の字は消えている)のだが、暖簾は出ていない。試しに電話をかけてみると、中で古典的なベルの音が虚しく響いているのが分かった。こういうところは不定休なのだ。予め問い合わせておくべきであった。ことに月曜なのであってみれば、この事態は予想してしかるべきだった。

営業中とは書かれているのだが…。

営業中とは書かれているのだが…。

でも週末ではなく、月曜を選んだのには、理由があった。ここまで来るローカルバスが、平日のみの運行なのだ。ここでひと風呂浴びてちょうどくらいのバスに乗れば、小柿で乗り継いで、三田駅まで出られるはずだった。週末や休日であれば、4時少し前に後川を出る阪急バスしか選択肢がない。風呂を浴びてからその時間までにさらに後川まで歩くのはきつい。

しかし風呂がないとなると、籠の坊発のバスまではかなりの時間があく。車道を歩いて、後川まで戻ることにした。温泉コースの橋を見て、左右に突き出す小尾根の間を蛇行する川に沿った道を歩いて行く。湯舟という名前のバス停のある所からは、集落の中を通る道を辿る。もとの車道に合流すると間もなく後川。籠の坊から45分ぐらいだった。

湯舟付近。

湯舟付近。

結論?

後川の「ドライブイン」の自販機で水分を補給し、阪急バスのバス停まで上がる。日生中央に戻るバスが来て、乗り込むと、山の上で会った白髯のおじいさんが後から乗り込んできた。話を聞くと、吊り尾根のあの箇所でやはり迷い、北側の辻という名の集落に出てしまった、そこからローカルバスがあって、ここまで戻ってきたのだという。「えらい目にあいました」と。このバスで一つ目の停留所、後川猪村に車を置いているとかで、すぐに降りていった。

バスの待合所に下げられていた謎のハート。

バスの待合所に下げられていた謎のハート。

弥十郎ヶ岳、名前は魅力的だし、そこそこのサイズ感も、北摂の山のなかではあるほうだし、関西の登山コースを100とか120とか纏めたガイドブックになぜ載っていないのか不思議に思っていたが、たぶんこれで謎が解けたことになる。道が整備されておらず不明瞭で、迷いやすいから紹介できないのだ。逆に言うと、読図つまり地図の読み方のトレーニングにはとてもいい山だと思う。

大野山(おおやさん)754m

2014年3月27日

三月下旬の土曜。この前の最勝ヶ峰がひどかったから、あまり期待していなかった。山頂にはいろいろ人工物があるようだし。しかし予想に反して、とても気持ちよく歩けた。

日生中央から、午前中ただ一本の後川(しつかわ)行き9:01のバスで、西軽井沢下車。この名前、さてはと思われるのではないか。そう、別荘地。失敗した別荘地。

別荘地

別荘地。こんな札がいたるところにある。

西軽井沢のバス停から少し戻って、道標に従って西に向かう道に入る。左右はバブルの頃だろうか、いやもっと古そうにも思えるが、別荘地として開発されたところ。沢沿いのゆるやかな坂道の両側は、「売土地」「所有地」などの札が立って、灌木が茂っている。人の手が入っていそうな、きちんとした家は、4、5軒もあるかないか。朽ち果て、崩れた家もあるし、門柱だけ残っているところも多い。

門柱だけ。

門柱だけ。

売り方に問題があったのか、維持管理していくうえで何か瑕疵があったのか、単純に、やや交通不便なところにあって、人気が出なかったのか。そのへん、何が問題だったのかは分からない。しかし、この土地そのもの、別荘地開発の対象に選んだのは、ある意味炯眼だったのではないかという気がする。まばらで明るい広葉樹林の東向きのゆるやかな斜面、沢のせせらぎ。落葉松はないが、歩いていて、本当に気持ちよかった。

気持ちのよい落葉樹林。

気持ちのよい落葉樹林。

別荘地を抜けて、あくまでもゆるやかな山道を進む。かなり広い道。右に左に、二三本の谷を横断しながら斜めに登っていくので、沢音が絶えることがない。

幅広い歩きやすい道。

幅広い歩きやすい道。

道の脇にきれいな小滝が落ちている所があって、路面を水が流れている。地図には水場の印がある。リスが道を横切って走り抜ける。所々で東の展望が開けて、醜いゴルフ場を挟んで高岳が見える。

路面に水の流れる水場。奥に小滝が落ちているのが見える。

路面に水の流れる水場。奥に小滝が落ちているのが見える。

やがて思いがけず雪が現れる。浅い谷の北向きの斜面は真っ白だ。このあたり、昨日降ったらしい。幸い登山道は土が出ていて、歩くのに何の問題もなかった。

思いがけない雪。

思いがけない雪。

最後の、少し急な、少し滑りやすい坂を登り詰めると、稜線に出る。この辺りもかなり雪が残っている。なだらかな登り下り。電波塔が次々に三本現れる。

最後のやや急な登り。

最後のやや急な登り。

電波塔のフェンス脇を下り、管理用の舗装道路を横断し、阪急バスの山荘らしい建物の横を通り、ササの斜面を一登りすると大野山の山頂。

山頂が見えた。

山頂が見えた。

大雑把な方位盤と、ベンチがいくつか。テーブルもあるが、それに付随していたベンチは倒壊している。山頂の東にはひとかたまりの木立があり、通り過ぎてきた電波塔は最後の一つを除いて眼に入らない。山頂から西側は、西にかつてマイクロウェーブのアンテナが立っていたらしい(それは目障りだったことだろう)基部の白い四角い建物、プラネタリウムを蔵する天文台、大野山アルプスランドと称するらしい褐色の木小屋が見える。

電波塔の跡、天文台、アルプスランド。

電波塔の跡、天文台、アルプスランド。

何より眺望が素晴らしい。先に触れた東の木立を除く300°位の視界。高岳、弥十郎ヶ岳、剣尾山、大船山、羽束山、六甲山。遠く、比良山地とおぼしい山が雪で白く光っていた。

弥十郎ヶ岳方面。はるか遠くに武奈ヶ岳?が白く光っている。

弥十郎ヶ岳方面。はるか遠くに武奈ヶ岳?が白く光っている。

真ん中に大船山、その左に羽束山。

真ん中に大船山、その左に羽束山。遠景は六甲山地。

御嶽・黄金ヶ嶽。

御嶽・黄金ヶ嶽などの多紀連山。

雪の翌日とあって、日が翳り、風が吹くと冷えた。手がかじかんだ。急いで軍手をはめ、カニ缶パスタを作って食べ、さっさと下山にかかる。

カニ缶入りクリームパスタ。ほぐし身で足の形のないカニでは絵にならないのだった。

カニ缶入りクリームパスタ。ほぐし身で足の形のないカニでは絵にならないのだった。

電波塔跡の箱の前を下り、プラネタリウムの下、閉まっているアルプスランド管理棟とキャンプ場の間の舗装道路を少し下る。キャンプ場では三組ぐらいの家族がテントを張っていた。

キャンプ場。

キャンプ場。奥が山頂。

道路が右にカーブするところで直進し、再び山道に入る。入り口に「きのこ園」の道標と、マウンテンバイカーに対する注意の看板がある。車道で登ってきて、この道を走り降りるMTBが多いらしい。かなり急な下りで、途中の木々に、衝突対策らしい緑色のクッションが巻き付けてある。外れてしまって、道に転がっているのも多い。ガイドブックにも、MTBのせいで道が荒れているような記述があったが、ここしばらくは走りに来た者はいないのか、落ち葉の散り敷いた道には、轍の痕は目立たなかった。やや歩きにくいところもあるが、周囲は豊かな自然林。

クッションが転がっている。

クッションが転がっている。

一度林道を横切って進み、右に行くと、柏原の集落に出る。広い谷の奥の集落。大野山に登る車道や、やや北寄りの山上にはゴルフ場があるはずだが、峠を越える車道はない、谷のどん詰まり。明るく広やかで、とても静かで落ち着いた雰囲気に見えた。

柏原の集落。

柏原の集落。

大きな農家の点在する棚田の間の舗装道路を回り込むように下って行くと、これも大きな黒いペンションの前の大野口バス停に出る。バス停脇には野菜の直販の小屋があるが、今は品物は何もない。

 

道の向かいの橋を渡り、少し右に歩くと、左の斜面から「長寿の滝」が落ちている。ここの水が、「幻の水」と呼ばれる名水で、汲みにくる人が多いらしい。滝の下には、汲みやすいように、青いホースが設置れていた。汲んで帰ってから淹れたコーヒーは、こころなしか美味しかった。

長寿の滝。

長寿の滝。

次のバスまで時間があったので、杉生まで歩くことにする。左岸の車道を避けて、長寿の滝から続く右岸の土の道を行く。路傍には所々、フキノトウが出ていた。道はやがて田の間で行き止まりになってしまったので、少し戻って畦道の先に細い橋を見つけ、車道に上がって歩き続ける。

フキノトウ。

フキノトウ。

谷の開けている先に、初めは堂床山が、やがて方角が少し変わって、鋭角な美しい角錐に見える愛宕山が見えた。

堂床山。

堂床山。

愛宕山。

愛宕山。

45分ほどで杉生のバス転回所着。

杉生バス停。

杉生バス停。

最勝ヶ峰から箕面へ

2014年3月24日

あまりこういうポストはしないのだけれど、今回はかなり全体的にネガティブ。なので、そういうのは趣味ではないという方は、閉じてください。

三月中旬。新家バス停から勝尾寺の古い参道である外院尾根を辿り、勝尾寺付近から背後の尾根の東海自然歩道にでて、箕面大滝に下るコース。結論から言うと、あまり面白い道ではなかった。

関西の日帰り山歩きのガイドブックが軒並み載せていて、ずっと気にはなっていた。例えば『関西日帰り山歩きベスト100』の「北摂」の全14コースの一つにに入っていて、これを含めてあと二三で紹介されているコース全クリアとなると気になる。

しかしどのガイドでも、アプローチは千里中央からバスで新家下車ということになっていて、阪神間の住人としてはちょっと面倒だなとも思っていた。それが、最近、Yahoo!乗換案内アプリが路線バスにも対応したので、試しにチェックしたところ、ウチからは阪急石橋に出てそこからバスに乗ればいいことが分かった。よし、それなら行ってみるか。

石橋駅周辺は十三に似て、路地が入り組み、居酒屋やバアや食堂がひしめいている。バスなど入るスペースはないので、駅からバス停は離れている。改札を出て飛び込んだコンビニで、バス停の場所を訊ねたが、要領を得ない。慌てて阪急バスのサイトを検索して、どうにか停留所にたどり着く。予定のバスがちょうど来て、何とか間に合った。

普通、登山のアプローチに使うバスは、次第に山の中に入って行って、気分も乗ってくるものだが、このバスは違った。ひたすら171号線を走り、つまり北側に時折箕面の山地を望みながらも、その山とはずっと距離を保ったまま、東に向かう。沿道は新車中古車のディーラーやファミレスの類が並ぶ荒涼とした風景。だんだん気分が沈んだ。

下車した新家バス停も171沿い。そこから北に伸びる車道に入る。大手チェーンのホームセンターの巨大な店舗、レンタルDVDの店、ちっぽけな、あるいは巨大な集合住宅。大阪の郊外の風景のカオスぶりに、さらに気分が澱む。あまり幅のない脇道だが、交通量はやたらに多い。

バス停の辺りに大鳥居があったはずだが、見落とした。バス停からこちらが既に古来の勝尾寺参道で、所々に古い丁石が立っている。最初のいくつかは、アパートの敷地の金網の中にあったりした。

アパートの敷地の中の丁石。左下。

アパートの敷地の中の丁石。左下。

府道9号線を突っ切ると、車は絶え、両側が畑の坂道となる。畑と言っても、小さな面積で貸し出している菜園のようだった。ドイツで言うシュレーバー・ガルテンだ。所々に小さなため池がある。

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レンタル菜園の中の道。

やがて猪除けのゲートを過ぎ、植林地を通って、さらにため池をやり過ごすと、ようやく山道らしくなる。でも下の道の車や、土木車両の音が、まだまだ追ってくる。この間にも、ぽつりぽつりと丁石が姿を現す。

植林帯。

植林帯。

ひと登りすると、22丁の丁石。「旧参道」と「古参道」の分岐。丸太のベンチが設えられている。南東が開けて見渡せるものの、見えるのは画一的な集合住宅群ばかり。しかしこのコースはこの後も要所要所にベンチが用意されていて、これはありがたかった。

二十二丁目からの眺め。

二十二丁目からの眺め。

一休みして、尾根筋を辿る「古参道」を進む。

古参道。

古参道。

木が切り払われて、その切り株などに白いシートが掛けられているところがある。説明板によると、ナラの害虫の駆除らしい。

尾根の西側に出たところに分岐があった。左後方に、戻るように、枝尾根の上を行く道。道標があって、「外院愛宕社」に行くらしい。小尾根と思って試しに踏み込んだら、案外延々と道は続き、かなり先に、古墳の遺構のように掘り込まれた斜面に、小さな社があった。南面の眺望が少しだけある。

外院愛宕社。

外院愛宕社。

もとの道に戻り、先に進む。登って下ると、左に上池におりていく道が分岐する。真っ直ぐ進むと逆の右の谷におりて行く感じになるが、その間の細い尾根に乗る。

細い尾根。

細い尾根。

尾根の西側に出て、少しだけ展望の開ける場所がある。

西の眺め。

西の眺め。

しらみ地蔵への道を分け、ひと登りすると、石仏のある小ピーク。

山の上の石仏。

山の上の石仏。

ここからは道の両側に縁石が並べられている。

縁石の敷かれた道。

縁石の敷かれた道。

やがて道は下りになり、五輪塔の載った立派な二丁目、一丁目の丁石を見て、

一丁目の丁石。

一丁目の丁石。

勝尾寺前の自動車道に出る。

勝尾寺。背後が最勝ヶ峰。

勝尾寺。背後が最勝ヶ峰。

拝観料を払って境内に入ることはせず、右に車道を少し下って、「勝尾寺園地」に入る。何を考えてデザインしたのか分からない巨大な屋根付き休憩所と、「エコ・トイレ」が芝生の広場の前に建っている。

巨大な休憩所。

巨大な休憩所。

しばし休んで、その奥の「8号自然研究路」を登る。しばらくは谷沿いの急登。ミツマタが黄色い、意外と厚みのある花を咲かせていた。この花に出会ったことが今回の最大の収穫かもしれない。ちなみにこの花に気づいたのも、道の途中で腰を下ろし、さてまた歩くか、と立ち上がった時だった。僕は休憩しないとものが見えない。休憩は眼を開いてくれる。

ミツマタの花。

ミツマタの花。

谷を離れて左に緩やかに登り、勝尾寺に下りる道(ロープが張られて進入禁止、道標のその部分は黒塗り)を分けてから、ジグザグの登りになる。何度か折り返して、東海自然歩道の通る尾根道に出る。

尾根に出る。正面右の道から上がってきた。

尾根に出る。正面右の道から上がってきた。

左に、勝尾寺から直接登ってくる道が合する。この道は閉鎖されていない。おそらくこの道だけ、山側にも料金所というか拝観料徴収所を設けてあるのだろう。道標の上に、ミニだるまが置かれている。勝尾寺にはだるま神籤なるものがあるらしく、寺からここへ登ってきた人が神籤が入っていただるまを置いていったようだ。

道標の上のミニだるま。

道標の上のミニだるま。

急な階段ひと登りで開成皇子墓。鎖が張られて中には入れない。ここが最勝ヶ峰の山頂でもあるはずだが、眺望もなく、特に面白みはない。昭文社の地図が、最勝ヶ峰という名前すら一切載せていないことも、理解できる気がする。

最勝ヶ峰への登り。

最勝ヶ峰への登り。

開成王子墓。

開成皇子墓。

墓所の右を行く木道というか桟橋は老朽化のため踏み抜く危険があるとかで通行止め。その少し下の迂回路を通る。迂回が終わると、方向盤のある小広場。この方向板というのが、あたりの地形のレリーフになっているのだが、ここから周りの眺めは樹々に覆われて全くないし、何を考えて設置したのか分からない。

さらに尾根伝いに進み、二三の小さなピークを越える。このコース、ガイドブックには所々で展望があるようなことが書いてあるが、今現在、冬枯れのこの季節でも、樹々が茂って眺めはほとんどない。

「ぎふちょう橋」に下り着く直前のベンチで山めし。ソーセージとひよこ豆のトマトソース煮(参考)。

「ぎふちょう橋」直前のベンチ。

「ぎふちょう橋」直前のベンチ。

ソーセージとひよこ豆のトマトソース煮。

ソーセージとひよこ豆のトマトソース煮。

ぎふちょう橋は階段になった斜めの陸橋。

ぎふちょう橋。

ぎふちょう橋。

橋の下を自動車道が通り、すぐ向こうに箕面ダムの灰色の斜面が見える。

橋から見るダムの灰色の斜面。

橋から見るダムの灰色の斜面。

ビジターセンターに立ち寄る。人は誰もいない。この手の施設のお決まりの、さしたる曲もない周囲の動植物の展示。すぐに出る。見学者は「必ず」氏名を書け、と用紙が置いてあるが、当然無視する。

車道を歩く。「自然研究路1号線」は閉鎖されていて、かなりの頻度で車が通る車道を歩き続けるしかない。閉鎖の理由がまた不明である。サルを野生に帰すことと、道の閉鎖の因果関係が分からない。そう言えば、箕面で猿に出会ったことは、まだ一度もない。閉鎖されている研究路を対岸の車道を歩きながら眺めていると、何箇所か、崩落しているのが見えた。

「1号研究路」は封鎖されている。

「1号研究路」は封鎖されている。

短いトンネルを抜け、箕面大滝に下りる。

短いトンネル。

短いトンネル。右が歩行者用。

ここまでは、箕面の駅から、何度か来たことがある。確かに落差の大きい、立派な滝なのだが、滝見スポットはコンクリートで固められているし、先ほど見た灰色の斜面を思い出して、ああ、あのダムで一旦殺された水なんだなと思うと、またしても気が沈む。水量の少ない左半分の岩壁には、あまり水質の良くないところに多く見られるぬらぬらしたコケが一面に生えている。

斜め上から見た箕面大滝。

斜め上から見た箕面大滝。

大滝の前の滝見スポット。

大滝の前の滝見スポット。

箕面大滝。

箕面大滝。

滝から舗装された観光道路を少し辿り、戻岩橋は渡らずに左岸の地道に入る。土の道だが、階段になっているところはコンクリートが流し込まれている。姫岩を過ぎ、楓橋を渡って、明かりは付いているがひと気のない小洒落た喫茶店の前の坂を登って観光道路に合流。昆虫館の前を通過。

左岸の道。

左岸の道。

美味くもなんともない「モミジの天ぷら」を売る店が何軒もある。

俗化観光地、という言葉をふと思い出した。考えてみれば、箕面というのは、俗化観光地の古典的存在なのだ。入り口には母親を背負った男の銅像まで立ってるし。

こういう所はいいのだけれど…。

こういう所はいいのだけれど…。

最近新装開店した箕面観光ホテルの温泉に寄ってみることにした。大江戸温泉なんたらいうチェーンの傘下になったらしい。数年前にも来たときと同じ、筒型のエレベーターで、入り口まで昇る。そこから先、結論から言うと、ひどかった。安っぽい月代の鬘をかぶり、インチキな(ホンモノだったらそれはそれで嫌だが)刀を差したスタッフがウロウロ巡回している。伏見稲荷の鳥居のような、意味不明の朱塗りの柱。ロッカーシステムがひどくて、鍵の付いたゴム輪を三つも手首に付けて風呂に入らなければならない。シンプルにだだっ広いのが取り柄だったはずの大浴場は、平凡なサイズに切り分けられていた。露天は、以前の様子が思い出せないのだが、大きな屋根がさし掛けられてほとんど空も見えないということはなかったはずだ。だいたい、関西でなぜ大江戸なのか。料金もこんなに高かっただろうか。強いぬめりのある独特の泉質だけは、以前のままだった。

何とか、と言われても…。

何とか、と言われても…。

というわけで、とっとと出てきて、箕面駅に向かう。途中の店で、箕面ビールのピルスナーとヴァイツェンを買って帰った。

 

追記:4月19日、訳あって箕面の駅から滝まで往復した。楓の新緑が谷いっぱいに幾重にも重なって、さすがに美しかった。前回は時期も悪かったということだろう。しかし温泉には行かなかったことは言うまでもない。

山の休憩

2014年2月12日

一人で歩くことが多いのだが、最近、二三のグループに参加させていただく機会が続けてあった。それで初めて分かったことは、自分のペースがややゆっくり目らしいこと、何よりも休憩の取り方の違いだった。

皆、いくつかのポイントでしばし立ち止まる程度で、途中の休憩はほとんど取らない。

僕は普段、ちょっと歩いてはすぐに休む。それも座り込むことが多い。60分以上歩き続けることはあまりない。要するにヘタレなのだ。休まない人たちに付いて行けないことはないが、個人的なリズムは休憩を取る方にある。

座ってしまうと、次に歩き続けられなくなってしまうのだ、という人もいる。もちろん、下手に長く休んでしまうと、身体が冷えてしまうわけで、それも分かる気はするが、自分自身ではそういう問題を感じたことはない。冷えきってしまう前に立ち上がるだけのことだ。

しかし休憩が長く多ければ、なにより所要時間全体が長くなる。あまり遅くならないうちに目的地に着きたいというような場合には、それを計算して、休憩時間をできるだけ短縮しなければならない。実を言うと帰りの一、二時間に一本のバス、下手をするとその日最後のバスに向かって慌てて走る羽目になったことは少なくない。

ともかくよく憩む。ベンチや、ちょっといい感じの岩や倒木があれば腰を下ろす。全体が湿った沢筋や、雨雪の後のために、座布団を持っていくことも覚えた。湖南の吉祥寺川を遡行したときは、後半、沢を抜けるまで、暗く狭く湿った沢で、座布団がないと、腰の下ろせるところがなく、ひたすら歩き続けるしかなくて往生した。

運動生理学的、医学的にはどうだとされているのだろう。経験的に、マメに休むことは、疲れを溜めないことだ。翌日以降に疲労や筋肉痛を持ち越すことも少ない。だから逆に、心肺機能を強化したいとかダイエットしたいとか筋力を付けたいという下心のある人は、休まない方がいいのかもしれない。

僕が持久力、体力のないヘタレであることは間違いないが、こんな休憩でしか得られないものもある。座り込んで、汗を拭き、一息ついて、のどを潤すなどする。それから徐ら周りを見回して、小さな花などに気づくことが多いのだ。

昨夏、やはり湖南の笹間ヶ岳を歩いて、少し道に迷ったあとで御仏河原の上部にたどり着き、腰を下ろしたときがそうだった。座ってしばらくして(これがつねに「しばらくして」でしかありえないことも重要だ)、手の届くほどのすぐ脇の茂みに、ちょっと風変わりな、見たことのない小さな花が咲いていることに気が付く。帰宅後、何冊かの図鑑に当たったが、載っていない。ようやく『六甲山の花』に、「アクシバ」という名で記載されているのを見つけた。その記述を引用しておこう。

枝葉を燃やした灰から灰汁を取ったのが、和名の由来という。6〜7月、ツツジ科の植物とは思えないユニークで可憐な花を下向きに付ける。垂れ下がった赤い実もかわいい。地面を這うように成長する落葉低木で、山麓から山上にかけての日当りのよい林縁やカラマツ林内、尾根筋でよく見られる。(p.86)

そもそも丈が低いうえに、チゴユリのように、葉の蔭に下がるように咲いている小さな花は、立って歩いている視線には決して捉えることはできなかっただろう。

アクシバの花。2013年7月、笹間ヶ岳にて。

アクシバの花。2013年7月、笹間ヶ岳にて。

風の戦ぎも、鳥の声も、座ってはじめてしっかり耳に入ってくる(いや、体力のある人たちは歩きながらもちゃんと聴いているのだろうか?)。

基本的に、休まずひたすら歩くのも、度々腰を下ろすのも、資質や趣味の問題だと言えるだろう。でまあ、後者に属する僕は、それでなくては得られないものもありますよと言いたいわけだ。

座頭谷から逆瀬川へ

2014年2月6日

六甲山地の中で、座頭谷は未踏のコースの一つだった。しかしこのコース、登り詰めてからどこへ繋ぎ、下りたらいいだろうかとずっと考えていた。最近、ピッカリおやじ の山歩き さんの記事を拝見して、へえ、こんなコース取りもできるんだと思い、真似してみることにした。

1月9日、10:10宝塚発のバスでしるべ岩へ。有名な「万里の長城」を通って座頭谷へ。

「万里の長城」。大多田川に座頭谷が合流する地点に両者を跨いで造られた堰堤の上がこのような道になっている。

「万里の長城」。大多田川に座頭谷が合流する地点に両者を跨いで造られた堰堤の上がこのような道になっている。

座頭谷の一こま。

座頭谷の一こま。

確かにここは奇岩奇景の宝庫だ。

奇景その1

奇景その1

 

奇景その2

奇景その2

 

奇景その3

奇景その3

 

奇景その4

奇景その4

座頭谷の踏み跡は錯綜して何本もあるが、昭文社の地図の「広河原の北斜面に山道あり」という注釈は意味不明だった。広河原から先、ほぼ右岸、つまり南側を辿り、その先の堰堤も左から越すしかないように見えた。また、谷の詰めで、「植生が河床まで近付いた所を右に登る」という注釈もよく分からない。谷が二股に分かれるように見える所で、その真ん中の灌木の中の道を登っていって、右に見えていた堰堤を越す。この、植生が河床まで近付いた所云々という記述は他のガイドブック(同じ著者かもしれない)でも見たことがあるが、おそらくかつては正しくて、現状にはそぐわなくなった説明なのではないかという気がする。いずれにしても、実際には、赤だの黄だののテープのおかげで、さほど迷うこともなく済んだ。

座頭谷からの脱出地点。

座頭谷からの脱出地点。

上述のように詰めの堰堤左の灌木帯から登って堰堤を越し、谷の右に寄って、そこから斜面の急登になる。その登りもあと少しというところで、雪が降り始めた。直径2ミリ前後の小さな丸い粒。なのでひらひらと舞うのではなく。パラパラと打ちつける。

登り詰めたところにある「ハニー農場」は閉まっていた。ワゴン車で乗り付けたおじさんが、何か作業していた。挨拶すると、どこから来たのかと尋ねられた。座頭谷を上がってきましたと答えると、あんたはかなり山歩きをやっているのかといった意味のことを訊かれた。ええ、まあ、そこそこ。安心されたようだった。決して「一般向け」のコースではないから、昨日や今日歩き始めたのが舞い込んできたのならトラブルのもとだと思ったのだろう。僕は一昨日よりも前から歩いてはいる。農場の主なのかどうなのか、農場の現況はどうなのかは訊きそびれた。

車道に出て、右にすぐ。再び山道に入る。ゆるやかに登ってからやや急登があり、笹原の中をしばらく進む。先ほどからの雪であたりはあっという間に真っ白になっている。

突然の雪。

突然の雪。

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間もなく東六甲縦走路に出る。快適な縦走路を、宝塚方面に少しだけ進む。

快適な縦走路。

快適な縦走路。

少し心配していた縦走路から小笠峠に降りる踏み跡は、上記ブログのヒントのおかげで、割合簡単に見つけることができた。ありがとうございました。すぐに、とても明瞭な道になった。途中、樹林から、展望のある露岩に出る。その直下の下りをはじめ、何か所かは相当に急で、その一部は、かつて階段の整備された跡があった。4、5センチ径の丸太を二本、縦に地面に打ち込んで、その間に別の丸太か板を横に渡す形のもの。横木はすでにほとんど消失していたが、縦杭は風化しながらもしっかり残っていて、足をかけるには十分だった。

先ほどの雪が水玉になって松の葉に付いている。

先ほどの雪が水玉になって松の葉に付いている。

小笠峠から、参考にしたブログ記事では樫ヶ峰の稜線歩きに入るのだが、夕方に出勤しなければならない用事もあり、時間がなかったので、車道を少し東に進み、逆瀬川をそのまま下るコースに入ることにした。

逆瀬川。

逆瀬川。

 

逆瀬川。こんなロープの設置されたところもある。

逆瀬川。こんなロープの設置されたところもある。

途中、オニギリ2個は口に入れていたが、雨雪のあとでゆっくり座れるスポットもなく(敷物を持っていなかった)、最後、「エデンの園」に出る直前の河原で、「ドライトマト雑炊」を作る。

ドライトマト雑炊

ドライトマト雑炊

すでに3時近く。食べ終わったら、エデンの園15:04発のバスまで3分半しかなかった。走って駆け下りて、どうにか間に合った。

 

有馬無氷瀑巡り

2014年1月31日

某業務の合間の金曜、有馬に滝を見に行った。数日、気温が高めの日が続いていたから、氷瀑は期待できない。しかしそもそも暖かい季節にも歩いたことがなかったので、下見のつもりで行ってみることにした。

宝塚から下山口経由のバス。この路線だと遠回りで、えらく遠くに、とんでもないイナカに、出かける気分になる。終点で降りて、金の湯の前を通り、ロープウェー駅の脇を通って林道に入る。

湯槽谷分岐のあたりにはコンクリートミキサー車などの工事車両が数台停まっていて、作業中だった。登山道の上に張り渡されたケーブルで、一抱えもありそうな生コンクリートの容器が頭上を運ばれていった。

紅葉谷道に入り、少し行くと七曲滝への分岐の道標があるので、それに従う。すぐに分岐する。左に登る巻き道ではなく、右に下る道をとる。蟇滝が下に見えはじめる。蟇滝の左側の岩場をトラロープに助けられながら登る。

蟇滝

蟇滝の左を登る。写っているのは知らないおじさん。

滝の上の、谷が二股に分かれるところで河原に下り、左の沢をたどる。

七曲滝への沢筋

七曲滝への沢筋

突然、右手に七曲滝が姿を現す。中程の脇のほうに、二か所、氷の固まりが残っていた。

七曲滝

七曲滝

ここから、六甲アラカルートで紹介されているコースをとって、紅葉谷道に登ることにする。これがなかなか大変だった。コースと言うより、たんにガレと泥の沢の源頭を詰め上がる感じ。踏み跡すら見当たらない。倒木の枝の間をくぐり、どんどん急になってくる泥の斜面を、笹の茎を数本まとめて掴みながら、這い上る。冬のことで、薮は薄い。ようやく紅葉谷道が目に入る。と言うか、登山道の路面が眼の高さになる。ところがその登山道のすぐ下が1mぐらいの垂直の泥壁のようになっている。この最後の部分をクリアするにも少々手間取った。その間、上の登山道を誰も通らなかったことは幸いである。道の横から、眼から上だけ出してガサガサもがいている男。もし見られたら、さぞ訝しがられたことだろう。出たところは、紅葉谷道から百間滝方面への道が分岐するところのすぐそば。紅葉谷道が、高速道路のように見えた。

紅葉谷道に出たところ。右の朽ちかけた切り株の下から出てきた。

紅葉谷道に出たところ。右の朽ちかけた切り株の下(垂直になっている)から出てきた。左奥に百間滝への道標が見える。

おそらく、七曲滝を見に行ったら、普通はそれ以上は登らず、元の道を戻るものなのだろう。

しばし息を整え、水分や食糧も摂って、百間滝への道に入る。紅葉谷道ほどではないとは言え、これも先ほどまでの道(?)に比べればきわめて明瞭な、しっかりしたトレイルだった。入り口に道標も立っているだけのことはある。しばらく平坦に進み、やがてジグザグの急降下が始まる。出たところは百間滝の落ち口。

百閒滝の落ち口。

百間滝の落ち口。

そこからさらに左岸の斜面を降りていく道が続く。これを下れば百間滝の基部に至るはずで、それがこれだけ下るということは(この間、滝は見えない)、相当な落差なのだなと予想された。下り着いたところは、百間滝と似位滝、それぞれの沢の合流点。右にほんの少し登ると百間滝。がっちりした幅のある、落差も大きい立派な滝だった。

百間滝

百間滝

すぐに分岐に戻って、似位滝への沢に入る。これもすぐだった。七曲滝と同じように、右手に奥まったところに突如現れる。何段にも重なって、これもまた見事。

似位滝

似位滝

三たび分岐に戻る。分岐に立てられたH登山会の道標は、道標として有用不可欠な部分を残して、左側のポエマーな半分が折り取られていた(元の姿はアラカルートさんのサイトで見ることができる)。

百間滝と似位滝分岐の道標

百間滝と似位滝分岐の道標

今度は沢にそって下りにかかる。両岸が切り立って狭まった廊下状のところ(ゴルジュ)がある。2つめか3つめ、それの規模のえらく大きい箇所にぶちあたる。真ん中の小滝の連続をじゃぶじゃぶ降りていけば比較的安全に降りられそうだったが、この季節に水に入りたくはない。左岸の岩の階段状のところを下ることも不可能ではなさそうだったが、ちょっとスリルがありすぎる。しばし悩んでふと右を見やり、岩壁の狭い斜めの棚の上にトラロープが張られていることにやっと気付く。それを登っていくと、とてもしっかりした巻き道が続いていた。

大きなゴルジュを上から見る

大きなゴルジュを上から見る

しばらくしてまた沢筋に下り、少し進むと白石谷分岐の河原。白石谷は何度か下りてきたことがあって、この河原はお馴染みだ。この前はここでコーヒーを淹れたんだっけ。奥に白石滝が見える。

白石滝

白石滝

というわけで、1月末日だというのに、念のため持っていった軽アイゼンは出さずじまい、まったく凍っていない滝巡りは終わった。でもどれも立派な、見応えのある滝だった。

山めし

ここで、白石谷出合の河原で、2時を過ぎていたが、本日の山めし制作に取りかかる。山のウナギめし。山の規模の割に贅沢すぎる気もするが、買い置いた真空パックの蒲焼きがちょうど賞味期限切れだったのでやむを得ない。これも「山めし礼賛」のレシピに依っているのだが、今回は「サトウのごはん」タイプのパックご飯を使ってみた。ご飯をパックからアルミホイルの上に出して、少しほぐす。錦糸卵とパックごと少し湯煎してあったウナギを載せる。上からタレをかける。全体をアルミホイルでくるみ、スノコを敷いて水を少々張ったメスティンに入れ、蓋をして蒸す。このタイプの米飯が、この調理法だとどれくらいの時間加熱するのが適当か、というのが今回の実験課題だった(おおげさ)。4分で一度火を止めてみたが、ご飯はまだ固かった。さらに加熱して、どうやら7分ぐらいが適正、という結果を得た。

山のうなぎめし

山のうなぎめし

カップ味噌汁とともに腹を満たし、最後の行程にかかる。沢に沿った道を下り、やがて元来た道と合流、有馬を目指す。

が、途中でちょっと寄り道をした。

高塚の清水

有馬三名水のひとつ。江戸初期の古書に「いさぎよく、いと冷ややかにて味わい又すぐれたり」と記されている。有馬に湯治にきた豊臣秀吉がこの水でたてたお茶に感動し、大坂に帰城後も再三、水汲みを命じたとも言う。明治、大正時代の治水工事で道が絶え、いつしか忘れられていたが、2002年春、有馬保勝会の会員が再発見した。

……と、たどり着いた清水の前に立てられた説明板には、書かれている。こんな立派な看板があるにもかかわらず、そこに至る道が(一部は)ない。距離は短いが、ここも難儀だった。林道が沢を渡って右岸を通っている部分の途中、眼を皿のようにして(皿∀皿)、左に下る道を探す。これも六甲アラカルートさんの記述を見てあった。実は行きにも気をつけていたのだが、分からなかった。帰り道、それらしい箇所を見つけた。一旦土の道になった林道がまた舗装道路に戻るあたり。道の脇の木に、黄色いテープが二本、巻かれており、下を覗き込むと、古い朽ちかけた階段が見える。道標はない。そこを降りていく。階段は途中から流されてなくなっている。下り切った河原がまた草や灌木の薮。それをかき分けながら(頬に引っ掻き傷ができた)、やや左寄りに進路を取って、水辺に着く。流れを飛び石で渡り、対岸の踏み跡を左に辿る。この踏み跡は、やや登りになりつつ続く。ほんの一登りで、高塚の清水が姿を現す。湧き水ではなくて、湯槽谷山の斜面を下ってくる細い流れ、一種の滝だ。滝の岩はひどく赤黒い。ひと口掬って飲んでみたが、秀吉を感激させたという味はよく分からなかった。再び薮をかき分け、林道まで戻る。

林道から高塚の清水への下り口

林道から高塚の清水への下り口

朽ちた階段

朽ちた階段

高塚の清水

高塚の清水

休止中のロープウェー駅の横を通り、温泉街に出て、金の湯に浸かり、さくらやまなみバスで帰宅。太閤橋のバス停で、同僚の仏語のF氏夫妻と一緒になった。ご夫婦で温泉に来られたらしい。

本日の行程

本日の行程