丹生山系6:鳴川右俣遡行

ずっと昔、丹生山系のあたりの地形図を初めて眺めた時から、このへんは沢が面白そうだなと思っていた。ここしばらく、何本か、尾根筋、普通の登山道を歩いてみて、この山地の概要が掴めた気がするので、そろそろ沢に入ってみることにする。一般向けに書かれた北区のハイキングガイドは当然ながら沢登りコースは紹介していない。丹生山系の沢については、「箕面里山のブログ」さん「カメさんHの山バカ日誌」さんが詳しい。今回は「箕面里山のブログ」さんの「丹生山系・鳴川右本流遡行」の記事を主な参考にして歩く。

三田駅から8:10の神姫バス三木営業所行きで、屏風辻下車。のはずが、ぼーっとしていて乗り過ごし、その次の西畑口で慌てて降りた。鳴川までの距離は大して変わらないか、むしろ近くなったような気もするので、よしとしよう。

バス停からすぐ下の斜面に、太陽光発電施設があった。

西畑口の太陽光発電施設。
西畑口の太陽光発電施設。

田園の中の農道風の道を、屏風川の谷に向かって下り、

この地区の真ん中を東西に屏風川が流れている。その谷に向かって下る。
この地区の真ん中を東西に屏風川が流れている。その谷に向かって下る。

橋を渡り、登り返す。田んぼの周りには、春の野花がたくさん咲いている。

narukawa1 - 4
オオカワヂシャとジャノメチョウ。

溜池を過ぎて坂を下って行くと、

溜池。
溜池。

鳴川流域の田園になる。

鳴川は右の山裾を流れている。
鳴川は右の山裾を流れている。

この間、車には全く出くわさない。山沿いの道を進むと、途中の分岐から舗装はなくなり、

手前から来た。右に道を分け、山裾をまっすぐ進む。ここから地道。
手前から来た。右に道を分け、山裾をまっすぐ進む。ここから地道。

やがてイノシシ除けのゲートがある。

イノシシ除けのゲート。
イノシシ除けのゲート。

この扉は、細引きで結んで閉じてあった。

扉は紐で結んで閉じる。
扉は紐で結んで閉じる。

紐を解き、ゲートを通り抜けて、また結ぶ。ほんの少し歩くと、道は川に下り、入渓点となる。ここまでバス停から30分。ここで、朝食のおにぎり一個を食べ、スニーカーを脱いで、沢靴に履き替える。

沢靴に履き替える。
沢靴に履き替える。

沢に入って歩き始めてすぐ、細い木の橋が頭上にかかっていた。

細い木橋をくぐる。
細い木橋をくぐる。

水は、見た目、わりあい澄んでいる。しかしかつてこの沢は「飲まずの川」と呼ばれていたという。『山田郷土誌』(p.581)は、鉱山もあった丹生山系で、この沢水には鉱毒が溶け込んでいて、飲用にするなという戒めの名称だったのではないかと推測している。そうなのだろうと思えるが、しかしそれだと鳴川下流の水田はどうなるのだろう?

低い取水堰?があった。このすぐ先にも同じような石組の堰。そのあと、そうしたものはこの沢にはない。
低い取水堰?があった。このすぐ先にも同じような石組の堰。そのあと、そうしたものはこの沢にはない。

低い取水堰の少し先、ほとんど丁字路状に右俣・左俣が分かれる。左俣は天保池、東鹿見山、古倉山を源流としている。ここは右に進む。

浅く広い流れの中をじゃぶじゃぶ歩く。
浅く広い流れの中をじゃぶじゃぶ歩く。
最初の「滝」。1mほどで、簡単に越える。
最初の「滝」。1mほどで、簡単に越える。

「箕面…」さんは、左俣分岐から中山大杣池分岐までが「核心部」だとお書きになっている。暑い季節にじゃぶじゃぶやることを前提にすれば、そうだと思う。中山大杣池までは、両岸は深く立ってはいるものの、河床は傾斜もあまりなく、幅広く明るい。1m前後の、滝と呼べるかどうかも微妙な滝は何度か現れる。流れに幅があるぶん浅く、ほとんどの部分はくるぶし程度の水深しかない。最初は冷たく感じられたが、陽が高くなって気温も上がると、水の冷たさも気にならなくなった。それでも膝上まで浸かったりましてや泳いだりする気にはなれなかったので、ちょっと深い淵は巻いたり、へつったりして通過する。クソ暑い季節だったら、自ずと違う楽しみ方になるだろう。

narukawa2 - 1

narukawa2 - 2

narukawa2 - 3

narukawa2 - 4

narukawa2 - 5

narukawa2 - 6

丹生山系にはヒルはいない。ブンブンうるさい虫はいるかもしれないと思ったが、それもほとんどいなかった。羽の透明な、青い体の、イトトンボにしては大きめなトンボがいた(クロイトトンボかな。撮影はできなかった)。GWで週末だから、バイクの音が、遠くから聞こえたりするかと思ったが、それもなかった。ひたすら瀬音と鳥たちのさえずりと共に歩く。

narukawa2 - 7
日当たりのいい小さなテラス状の岩があったのでそこで小休止。

narukawa2 - 8

narukawa3 - 1

narukawa3 - 2
中山大杣池分岐の少し手前、左に明瞭な踏み跡が現れる。

narukawa3 - 3

narukawa3 - 4

中山大杣池分岐。橋の下をくぐる。左から、天保池方面からの支流が流れ込んでいる。
中山大杣池分岐。橋の下をくぐる。左から、天保池方面からの支流が流れ込んでいる。

大杣池分岐の橋は、丹生山系5で、天保池から中山大杣池に行く時に渡っている。この橋をくぐると、沢はせばまってきて、沢筋の光量も減る。しかし楽しいちょっとした小滝は、数は多くないが、この分岐よりも先にある。途中、倒木や枯れ枝が山のように詰まっている箇所があって、左の踏み跡に逃げ、そのしばらく先で流れに戻る。

narukawa3 - 6

倒木、枯れ枝が詰まっている。
倒木、枯れ枝が詰まっている。
シソバタツナミソウの葉とニワハンミョウ。
シソバタツナミソウの葉とニワハンミョウ。

標高320mあたり、谷が左に90度曲がる手前に、3メートルほどの形のいい滝がある。階段状になっていて、簡単に越せる。

形のいい滝。
形のいい滝。
自撮りに挑戦してみた。
自撮りに挑戦してみた。
3m滝の上はかなり大きく深い淵になっている。左をへつる。
3m滝の上はかなり大きく深い淵になっている。左をへつる。

narukawa3 - 12

そのしばらく先からは、沢に並行する踏み跡を辿る。上流域には、小型の白い花をたくさん付けるシロバナウンゼンツツジが多い。このあたりで、ヤマツツジ、チゴユリ、ニョイスミレなども見かけた。石に苔が多くなる。径1〜2mぐらいの苔むした丸い岩が左斜面にゴロゴロしている箇所を通る。

narukawa3 - 13
350m付近で左右から支流が入る。右の支流は溝状になって流れ込んでいる。
narukawa3 - 14
ニョイスミレ。
narukawa3 - 15
沢沿いの踏み跡を辿る。

370mぐらいで、1mほどの小滝の落ち口を右岸から左岸に渡ると、

滝の落ち口を渡る。
滝の落ち口を渡る。

その先に5mぐらいの滝が落ちている。これも階段状で容易。踏み跡はその右側に坦々と続いているが、水流近くを登る。

5mぐらいの滝。易しい。
5mぐらいの滝。易しい。
シロバナウンゼンツツジ。
シロバナウンゼンツツジ。

上流部の踏み跡(杣道)の途中に、摂播国境塚があるようだ。「人間の肩ぐらいの高さの石積み」で、「その前に十人ほどの人が腰掛けられる方形の石囲いが設けられている」という。何かの石積みの遺構は見つけたが、これが言われているものなのか、確信は持てなかった。今は神戸市北区に含まれる淡河は、かつては播磨国に属していた。南の山田は摂津。「地元の人たちの話では、年に一回淡河側(播磨)と山田側(摂津)との山持ちがここで出会って国境線を確認しあった」という。(『山田郷土誌』同所)

「マザーツリー」と呼んでも良さそうな巨木。
「マザーツリー」と呼んでも良さそうな巨木。

390m付近で、右の支流からは、大量の土砂が押し出されてきていて、倒木もあり、荒れている。その支流側に登って越す。

標高400mあたりの二俣で、左の沢沿いに誘い込まれそうになった。花折山に突き上げる流れで、そちらに沿っても薄い踏み跡がある。沢からほんの少し離れた踏み跡を歩いてきたから、沢が二俣になっていたことにも気づかなかった。ふとFieldAccess2の地図を眺めて、違う方向に来ていることに気づいて戻った。適当に沢を渡って左岸側に行くと、はっきりした踏み跡があった。

それからいま一度、標高430mあたりで、道はいつの間にか沢筋を離れ、左の斜面をぐんぐん登り始めた。これは違うのではないかと思って戻る。踏み跡も不明瞭なところ、とにかく沢筋に沿って歩くと、沢と交差する志久道に出た。しかし後で「箕面…」さんの記述を読み返してみると、最後はあの斜面を登っていく道が正解だったらしい。地形図と照らし合わせてみると、確かに、最後の峠寄りの道標のあるあたりに出そうだ。「箕面…」さんの地図の記述で「この辺まで流れ有」とあるのは、「この辺で踏み跡は水流を離れる」と読み替えるべきもののようだ。沢の水流は、志久道と交差するところ、さらにその上まである。

志久道に出た。沢を左から来た。
志久道に出た。沢を左から来た。

石がガラガラの志久道は、沢歩きの延長のようなものだ。フェルト底の沢靴だからか、四度目にして慣れてきただけか、少し歩きやすくなったような気がした。以下は灰床(志久道が山から出るあたり)の植物。

narukawa3 - 21

narukawa3 - 22
ツクバネウツギ。
narukawa3 - 23
クサイチゴ?
narukawa3 - 24
ウマノアシガタ(キンポウゲ)。花弁に独特の光沢がある。

沢コースだと、ゆっくり休憩したり山めしを作ったりするのに適したスポットはあまりないことが多い。中山大杣池分岐で橋の上に上がることも考えたが、そのまま歩いてきてしまった。志久道に出てからもいい場所はないことはわかっていた。結局、行程の終点近い「柏尾の森ふれあい市民緑地」のベンチ・テーブルのある広場で、すでに4時だったが、作ることにした。鯖水煮缶と舞茸・生姜のフォー。『バテない体をつくる登山食』のレシピ。舞茸と生姜は少し前に自宅で干したもの。そう言えば最近のもので、こんな鯖水煮缶の効能を並べた記事もあった。

narukawa3 - 26

narukawa3 - 25

narukawa3 - 27

最後はいつもの道でみのたにグリーンスポーツホテルの温泉へ。スニーカーの薄い靴底がなんだか頼りない。

温泉から17時過ぎに出てきたら、頼りの送迎バスは19:00までない。これも後から考えると、付属の食堂で夕食にして、送迎バスを使えばよかったのだが、20分歩いて路線バスの蔵本バス停へ。17:50のバスで箕谷駅へ。谷上で乗り換えて三宮に出て帰宅。

蔵本付近から振り返る。
蔵本付近から振り返る。

沢登りと言うよりは沢歩き。派手な滝もなく、地味と言えば地味で、その割に長いが、まわりの自然は美しく、何より六甲ばかり歩いてきた身には、砂防ダムが一切ないことは感涙ものである。

七種山・七種槍縦走 (683m)

4月中旬。予想通り、歩きごたえのあるコースだった。ピークをつなぐ尾根上をたどっていく縦走コースは、あまり高低差のない稜線漫歩タイプと、激しいアップダウンを繰り返すタイプに分かれるが、ここは後者。今回の右回りのコース取りだと、ピークごと、そのあとに極端な激下りが待ち構えている。まるでジェットコースターだ。ジェットコースターと違うのは、下りでスピードが出るのではなく、逆に遅くなる点だ。

『山歩き安全マップステップアップ 六甲・金剛・比良・京都北山』JTBパブリッシング、2015の記述を主な参考に歩く。他のガイドでも、たいていの場合、コース取りは同じだ。七種山は、山蛭の生息域に入っている。沢筋なのは前半最初だけだが、梅雨から先暖かい季節は避けたほうがよさそうだと思った。今行くしかない。

5時半すぎ、家を出て、三宮でJRに乗り換え、姫路へ。姫路で播但線に乗り換える。同じ駅構内なのに、播但線のホームとの間には改札機がある。これまで、播但線ではICカードが使えなかったという事情によるらしい。改札の手前には、乗り換え精算機があり、姫路までの乗車に使ったICカードを入れ、行き先の播但線の駅名のボタンを押すと、紙の切符が発行される。しかしこの(2016年)3月、寺前まではICカードが利用できるようになったので、今日の目的地、福崎まで行くのなら、そのままICカードを改札機にタッチして通ればいい。行きは知らずに紙の切符を買ってしまった。

姫路駅の構内にはコンビニはないが、おにぎり専門店はある。(「おむすびでござる。ひさご」)朝食代わりの1個、行動食・昼食の3個、計4個を購入。山の中で食べたが、やはりコンビニおにぎりよりは美味い気がした。

福崎駅前には銀行と写真屋とクリーニング屋の他には何もない。タクシーは何台も待機していて、電車の到着後、次々に走り出していく。あたりをキョロキョロ眺めていたら、5、6台いたタクシーはみんな出払ってしまった。でもすぐにまた一台来てくれたので、乗り込む。気さくな運転手さんだったが、標準関西語(?)以上に言葉に土地の色合いが強く、そもそも関西ネイティブではない僕には、5割程度のリスニングしかできなかった。

つい最近の記事で見たが、福崎というのはこういう町らしい。

このコース、異様なほど短時間のコースタイムを記しているガイドブックがなぜか多いのだが、地形図を眺めていても、とてもそんなものではいかない、長くハードなコースに思えた。なので、通常は青少年野外活動センターから歩き出すことが多いようだが(自家用車で来て周回するならそれしかないだろう)、タクシーにはさらに奥の作門寺山門まで入ってもらった。ここが、タクシーが入ってくれる最奥点だ。タクシー代、¥2720。

作門寺山門と水場。
山門脇の案内板に付された警告。

山門の前は小さな広場になっており、水場(「この水は飲み水ではありません」という札が付いている)とトイレと案内板がある。

山門脇の石仏。「十三丁」の文字が見える。

山門から先は、コンクリート舗装の真ん中に石畳風の石を埋め込んだ「参道」になっている。

コンクリート舗装の「参道」。

しばらく緩やかに登ると「滝見台・隠れ滝」への道が分かれる広場があり、その先に鳥居と太鼓橋がある。太鼓橋の背後には、虹ヶ滝。滝のしぶきに陽が当たって、虹ができていた。ちゃんと名前のとおりだ。

鳥居、太鼓橋、その背後に「虹の滝」。しめ縄カバーがちょっとなんだかなあという感じ。
名前に違わぬ「虹の滝」。

そこからは急坂の山道になる。

次の八龍滝も相当に立派で、ことに岩盤の上の水流を渡って正面に立つと、見ごたえがある。

八龍滝。

と思ったら、七種滝はその比ではなかった。

七種滝。

七種滝。柔らかくセクシーに波打つ72mの岩肌を落ちる滝。その曲面を観音像の衣紋に見立ててのことだろう、観音滝の名もあるようだ。普段、水量は少ないようだが、二、三日前の雨のおかげで、十分な迫力があった。まず滝の直下を通る登山道から見上げる。そこから右に登ると、石段があって、その上に七種神社がある。神社の横にはベンチもあって、滝見台になっている。滝下から見ても、神社脇から見ても、落差72mは大きすぎて、一度に視野に入れることができない。落ちる水に逆らって下から上に、あるいはその逆に、視線を動かして行くしかない。神社脇のベンチは、頭を凭れさせることができる形になっていて、そこに後頭部を委ねると、滝の落ち口がちょうど目に入った。

七種神社。
七種神社前から南の展望。
姫路駅で購入したおにぎり。ここで朝食代わりに右端の天むすを食べる。

社殿の左裏からまた山道。七種滝を巻いていく道なわけで、かなりの急傾斜の、ほとんど岩登り的な道でもある。

ほとんど岩登り。

岩盤を登りきると小さな広場になっていて、滝の落ち口に近づくことができる。

七種滝の落ち口。

そこからはまた急登。風景のところどころにピンクのアクセントをつけてくれるコバノミツバツツジが慰めになる。

シハイスミレ?
どこかの学校の学校登山の際の、桃山さんの落し物。
木の間越しの眺望。
ヤブツバキ。
展望台と呼ばれる露岩。
展望台からの眺め。

東側が少し開けた「展望台」の岩を過ぎ、さらに登ると分岐。そこから右に少し行くと七種山の山頂。

七種山山頂。

ここから東に下った「つなぎ岩」からの眺めが良いそうだが、そちらへの道を見るととんでもない巨岩の急斜面で、かなり下ることにもなりそうだ。これをまた登り返してくるのは大変だ。ここまでの登りでかなりバテていた上に、先は長い。七種山山頂も、360度とはいかないものの、そこそこの眺望はある。「つなぎ岩」制覇は諦めることにした。

七種山山頂から分岐に戻り、縦走路に入る。

七種山の北から、東側の眺め。
コバノミツバツツジとアセビ。

630mのピークで帝釈山への尾根を分け、550mのピークで市川町への尾根を分ける。それぞれのピークの後は激下りだ。

鹿よけ網が現れる。

そのあと、鹿よけネットが左に現れると、右に小滝林道に下る道を分ける。

小滝林道分岐。
このあたり、ニガジイチゴが多い。
次第に岩がちになってくる。
西の帝釈山の眺め。
岩の道。
西の眺め。
七種槍が近づくと、クリーム色のヒカゲツツジ?が現れる。

430mのピークを過ぎ、再び「展望台」と名付けられた箇所を過ぎ、急登から道が尾根の右側にそれると、途中、左に登る分岐があって、その上が七種槍山頂。

ここから左に登ると七種槍山頂。
七種槍山頂。

木の間越しだが、四方にそこそこの眺望がある。この山頂ではカラスアゲハのつがいがくるくる舞っていた。

鶏の塩麹レモンマリネ。

本日の山めしは「鶏の塩麹レモンマリネ」。鶏もも肉を塩麹、オリーブオイル、レモンスライスとともにZIPロックに入れて持参。数日前に仕込んでそのまま冷凍してあったもの。歩いている間に自然解凍。フライパンにオリーブオイルを少量垂らし、炒めればできあがり。新刊の『バテない体をつくる登山食』誠文堂新光社、2016 のレシピ。もちろん日帰りや長期の初日に限られるが、山で手軽にしっかり肉料理が食べられるすぐれたレシピだと思う。

ガイドブックによれば、七種槍から先こそが、このコースの「核心部」だそうだ。確かにちょっとスリリングな岩場が何箇所かあり、鎖場もある。少しは歩き慣れた人でないと、怖く感じるかもしれない。より高く大きな山に挑戦したい人たちの「ステップアップ」を掲げるガイドブックがこのコースを選び、載せているのは、的確な選択だと思う。ここまで散々登り下りを繰り返してきた後だから、かなりハードだ。

マルバアオダモ?
岩稜が続く。

岩場の一箇所で、腰を落として降りようとしていた時に、尻の方から「ピ」というかそけき音が聞こえた。鉤裂きができていた。ユニクロの安価なカーゴパンツ。ゆったりして脚の自由が利くし、冬場もわりと暖かいから愛用していたが、確かにハードユースに向く素材ではない。二重構造なので、幸いパンツ丸見えにはならなかった。

七種山、七種槍を振り返る。
まだまだ岩稜。正面を登る。
ヒメハギ。
下山口の七種池が見えてきた。

393.2m三角点とアカタテハ。
岩稜(まだ)続き。
すでに夕日な西の眺め。
七種山、七種槍をまた振り返る。

このコースがジェットコースターに似ているもう一つの点は、ジェットコースターというものが、登らないと下れない点だ。このコースも、尾根を外れて下りにかかる最後の最後まで、登らされる。最後、342mのピークにもう一度ググッと登って、それから一気に下る。

最後の急下り。

青少年野外活動センターのあたりではSoftbankの電波が入らないことは行きに確認してあったので、下りにかかった17:05頃、タクシー会社に電話する(神崎交通、福崎 0790 22 0043)。10分で着くというので、それでは早すぎる、17:30頃来てくださいとお願いする。下りには20分はかかるだろうと踏んだ。この下山路もかなりの急下りの連続で、池はすぐそこに見えているのに、なかなか近づかない。17:25頃、下り着き、野外活動センターと池の間を通り、獣除けの門を開けて出ると、もう車は着いていた。

七種池。

福崎駅の少し先にある「福ふく温泉薬師の湯」で降ろしてもらう。老人ホームに併設された施設で、とてもきれいだ。しかし露天風呂は周りを壁に囲まれ、天井の小さな開口部には葦簀が並べられ、あまり露天らしくはない。ただ、外気が通るのは感じられる。お年寄りが大勢入っていたりするのだろうかと思っていたが、貸切状態だった。

徒歩5分ほどで福崎駅へ。帰りの播但線も、高校生を中心とした乗客でいっぱいで、座ることはできなかった。播但線の車両は、阪急みたいな小豆色に塗られているが、103系なので、妙に懐かしく感じる人もいるだろう。姫路、三宮で乗り換えて帰宅。

播但線。

六甲・T庵のカレーの酢キャベツ

カレーライスかライスカレーかと同じほどくだらない議論にカレーはライスの右か左かというのがある。どうでもいい。食う者が皿の左右を好きにひっくり返せばいいだけのことだ。ちなみに六甲山上のT庵のカレーは、カレーの海の中にライスが島になっていて、そうした「議論」を打ち砕き、無効化してしまう。でもそれもどうでもいい。ここで話題にしたいのはT庵の付け合わせに出てくる「酢キャベツ」だ。おそらくは歴史のあるメニューなのだろう。文字通りの酢漬けのキャベツ。これはこれで一品になっている。

でももともとおそらくは翻訳の問題から生まれた品なのだろうと推測される。

ザウアークラウト Sauerkraut と言えばドイツを代表する食品だ。ソーセージや肉料理の付け合わせとしてよく合う。日本でも輸入食材を扱う店では瓶詰めや缶詰でよく見かける。フランスの本来(というと語弊がありそうだが)ドイツな地域ではシュークルート choucroute と呼ばれている。ザウアークラウト/シュークルートはキャベツを乳酸発酵させたもので、酸っぱい風味にはなるが、酢は使わない。これが、日本では「酢キャベツ」と訳された。その訳語を手掛かりに生み出されたのがT庵の付け合わせなのではないかと推測されるのだ(推測にすぎないので、もしかしたら誤っているかもしれない。詳しい方がいらしたらご教示ください)。T庵では、文字通り酢漬けのキャベツが小皿に盛られて出てくる。

これは、上の推測が正しいとすると、寿司がアヴォカド巻きになってしまうような例と並んで、異文化接触の一つの形態として、しかも翻訳の問題を介在させたものとして、興味深いものではないだろうか。

ついでに言っておくと、輸入商社は少なくとも一人ぐらいは、ドイツ語がわかる社員を採ったほうがいい。Sauerkraut の瓶に「ザワークラ〈フ〉ト」とラベルを貼るのはいい加減やめてほしい。

名塩・武田尾ハイキング道

この道はあまり知られてはいないように思う。最初に知ったのは慶佐次盛一『北摂の山 下 西部編』ナカニシヤ出版、2002 によってだった。

武田尾駅の改札を出て左折。廃線跡のハイキングコースの方へと進み、すぐ右の温泉橋を渡る。(…)橋を渡った右に、名塩・武田尾ハイキング道の道標があり、金属板のコース概念図まで設置されている。(…)ハイキングコースの道標は知っていたが、地形図には道もない不思議なハイキングコースである。(p.141)

現在の地理院地図には破線が描かれている。また昭文社の『山と高原地図 北摂・京都西山』にも一応破線の記載はある。よく知られている武庫川渓谷の廃線跡のコースの西側、山の上を越して名塩と武田尾を結ぶ道だ。この山の上にはゴルフ場があり、その周囲をまわって歩いていくことになる。ということはあまり面白い道ではなさそうだなあと思っていた。

最近、久しぶりにこのコースの紹介を目にした。西宮自然保護協会『西宮の自然を歩く 14コース案内』2015 (西宮市役所本庁舎1F売店、西宮市立甲山自然環境センター、ジュンク堂書店 西宮店で販売 ¥1000)がそれ。慶佐次氏とは逆コースで、名塩側から武田尾に抜ける。動植物に詳しいこの本によると、名塩・武田尾ハイキングコースというのは意外に植生が豊かであるらしい。行ってみることにした。

JR西宮名塩駅下車。名塩川の谷の斜面に作られた駅の改札を出て、右に階段・エスカレーターを上ったところがバスターミナルだった。53系統東山台四丁目行きのバスに乗る。バスは橋を渡り、名塩川北側の高台の住宅地を走る。車窓からはすぐに、南側、東六甲の山並みの展望が開ける。三つ目の停留所がもう終点、東山台四丁目。

東山台4丁目バス停。

西に向かってまっすぐ、桜並木の広い道路に沿って1kmほど歩く。

桜並木の道。
ソメイヨシノではなさそうだ。

T字路に行き当たる50mほど手前、右手のどこぞの会社のダークグリーンの大きな建物・敷地の下で右に入る歩道がある。道はこの敷地を西側からぐるりと回りこんで北側に。そこから山道。

ここから右に入る。

古い石垣。これも一種の古道らしい。

道は小さな沢沿いになる。途中、大きな灰色の色面が目に入った。砂防堰堤かと思ったら、沢右手の「国見台」住宅地の外縁道路の擁壁だった。すぐに、小さいながら形のよい滝がある。

小滝の脇の道。
小滝。

その先、一度国見台の道路に接近し、

住宅地の外周道路の近くを通る。

何度か板の橋で小沢を渡りながら進む。

こんな橋を何度も渡る。

土壁の古い小さな作業小屋のようなものがある。

土壁の小屋。

さらに登ると、水の涸れた小さな溜池を回り込む。

水の涸れた溜池。

道が左に折れるところ、正面は金網フェンスに扉が付いていて、開けて入れるようになっている。行ってみると、これも回りを金網に囲われ、水を湛えた少し大きめの溜池があった。

戻って登っていくと、ゴルフ場外周の道路に出る。

ゴルフ場外周道路に出る。

すると右側に「武田尾・名塩ハイキング道」のコンクリート擬木の標柱が現れる。同じ標柱は、この先、武田尾まで、点々と現れる。

本来、「よみうりカントリークラブ前」バス停に発し、ここまでも舗装道路をたどってくるのが、この「ハイキング道」らしい。昭文社の地図はそのラインしか記していない。

すぐに『西宮の自然を歩く』に言う「ホールを見渡せるコンクリート囲いの半円状の広場」らしいところに出る。北東に向かっていた道路が南東に向きを変える地点だ。真ん中にはゴルフ場の整備に使うのだろう、土の山ができている。

「半円状の広場」

実際にグリーンが見えるのは、その少し先からの左手だ。

「50mほど進むと、左に曲がる地点に着く。本来のハイキングコースは、この長い下り坂を下りるが、ここの狭くなる道を直進する。」つまり右に分かれる道を取れということだ。

ここを左に下らず、右へ。

右の道のすぐ右下から、太陽光発電施設が広がっており、その管理棟らしい建物が道の横に建っている。

太陽光発電施設。

舗装道路に変わりはないが、少し道幅が狭くなる。ミヤマガマズミはもう少しで花を開こうかというところ。コバノミツバツツジはいたるところに咲いている。

ミヤマガマズミ。
コバノミツバツツジ。
サルトリイバラ。

アキグミ?
アケビ(蕾)

打ち捨てられた軽トラック。

名塩和紙の原料のガンピは、花期はもう少し先らしい。モミジイチゴをはじめ、何種類かの木イチゴの白い花があちらこちらに咲いていた。実の季節には美味しく歩けそうだ。

モミジイチゴ。
ニガイチゴ。
クサイチゴ。

道は地形に沿ってゆるくS字を描いて、東向きから北向きになる。

舗装道路だが落ち葉が散り敷いている。
アスファルトの真ん中に咲いているタチツボスミレ。

やがて「本来の道」に合して右にとる。

元の道に合流。ここから右へ。

カンサイタンポポ。

途中道はまた分岐する。直進はゴルフ場の中に向かう。右が、あくまでも舗装道路だがハイキング道。

ハイキング道は右。

メタセコイアの並木が現れ、道は真っ直ぐ、やや上り坂になる。

メタセコイア並木。

なぜここにメタセコイヤ並木があるのかということについて、『西宮の自然を歩く』はこう書いている。

新生代の化石でしか見つかっていなかったが、1941(昭和16)年、中国・四川省(当時)の山奥の祠の近くに生育している木が、このメタセコイアであることがわかった。そこでこのメタセコイアを絶やさないようにするために、苗木がアメリカの研究者から世界各地に送られた。化石からこの木について研究報告をしていた三木茂博士に縁のあるところとして、西宮では武庫川女子大付属中・高等部周辺や市内の学校、公園などに植栽された。(p.74)

やっぱりなぜここのこの場所に、という疑問に対する説明にはなっていないか。そういえば西宮北口近くのH幼稚園の園庭にも一本あった。生育地が「祠の近く」で限定されるらしいところも面白い。

並木の反対側の小沢はなぜか赤い。

赤い小川。
ニョイスミレかツボスミレか。

道が北に向かうようになると、ゴルフ場のゲートの一つに行き当たる。金属プレートの地図と道標があり、ここから右に、再び山道になる。

突き当たりのゲート右脇から再び山道に入る。
山道に入るところの地図と道標。
山道に入るところの地図と道標。

najiotakedao - 52

また舗装道路に出て、しばらくこれをたどる。

また舗装道路に出る。
また舗装道路に出る。

最初の登りのときから、どうもこのガイドブックの地図はあやしいなという気がしていた。地形図に赤いラインを乗せた地図なのだが、ゴルフ場に出るまでの道が、実際の道よりかなり西に描かれている。それも現実にはありそうもない、一直線に何度も谷渡りをするようなラインになっている。少しでも等高線の意味がわかっている人ならば、こんな線は引かないだろう。僕がたどったのとは別に、この地図通りの道があって、それを僕が見落としたのだとは考えにくい。

このゴルフ場外周から最終的に離れる下山路も、地形図で外周道路が上に、つまり北に向かって小さく「へ」の字に屈曲するところから真北に描かれている破線が正しいのだが、その手前、二重破線の林道支線に赤いラインを引いてしまっている。もしかして先で合するのかと思って念のため行ってみたが、地形図通りの地点で行き止まりだった。(もっとも、この部分、昭文社の地図ですら、描き方が少々あやしい。)

ガイドブックの地図ではここを右に下るように描かれている。まだしばらく道なりに辿るのが正解。
ガイドブックの地図ではここを右に下るように描かれている。まだしばらく道なりに辿るのが正解。
舗装道路から最後の山道に入る分岐点。二段の低い石垣の間が道。
舗装道路から最後の山道に入る分岐点。二段の低い石垣の間が道。

『関西日帰りの山ベスト100』もそうだったが、地図の杜撰なガイドブックというのは存在する。地形図がきっちり読める・かつ/または・GPSが使える 人以外は登山地図を引いてはいけないという決まりが必要なようにも思われる。ガイドブックの誤った地図を原因とする道迷い遭難というのもあるのではないか。(しかし地図以外の点では、『西宮の自然を歩く』も『関西日帰りの山ベスト100』も、ともにとてもよい本だ。)

さて、三たび山道となり、東に尾根をたどる。

najiotakedao - 56

ここから武田尾に下り着くまでの間には、要所要所にベンチが設置されている。トンネルとトンネルの間、武庫川を渡る鉄橋で一瞬姿を現わすJRの列車の音が、意外と頻繁に聞こえるようになる。下り始めて最初のベンチで大休止。今日は料理なしで、おにぎり二個のみ。

最初のベンチ。
最初のベンチ。

najiotakedao - 58

尾根上を緩やかに下って、二番目のベンチが現れる。ここは北側の展望が少しあり、羽束山などが望まれる。

二つ目のベンチ。
二つ目のベンチ。
二つ目のベンチ付近からの眺め。羽束山が見える。(クリックで拡大)
二つ目のベンチ付近からの眺め。羽束山が見える。(クリックで拡大)

この先は東南東を向いた尾根の急下りになる。ここまで来ると、武庫川渓谷を挟んだ対岸の大峰山やその南のピーク、さらに南の、廃線ハイクコースが通っている渓谷のV字地形が良く見えるようになってくる。そして瀬音が次第に大きくなる。

najiotakedao - 61

najiotakedao - 62

武庫川渓谷のV字谷。
武庫川渓谷のV字谷。
三番目のベンチ。
三番目のベンチ。

三番目のベンチが現れると、急下りは終わり、水平に近い山腹道が北に、やがて西に向かいながら、徐々に高度を下げていく。この水平道のあたりは杉の植林帯だ。石がゴロゴロしていて、少し歩きにくい。

杉植林の中の水平な道。
杉植林の中の水平な道。
キブシ。
キブシ。
najiotakedao - 67
ウマノアシガタ。
武庫川渓谷を挟んだ大峰山の桜が木の間越しに見える。
武庫川渓谷を挟んだ大峰山の桜が木の間越しに見える。
ヤブツバキの花がとっ散らかっている。
ヤブツバキの花がとっ散らかっている。

小さな沢を渡る橋があり、さらにもう一つベンチがあって、短い急下りとなり、温泉橋?のすぐ上流で、川べりの道路に下り着く。

橋。
橋。
ヤマブキ。
ヤマブキ。

najiotakedao - 72

川べりの道路に出る。
川べりの道路に出る。
登山口の警告板。ゴルフトーナメントの時は通行止め。
登山口の警告板。ゴルフトーナメントの時は通行止め。

残念ながら一番の目当てだったトキワイカリソウは見つけられなかった。ヤブサンザシもわからなかった。単に見落としたのかもしれないし、山の花の時期など一週間もない場合が多いから、ちょっと時期がずれていたのかもしれない。それでも、ガイドブックのおかげで、このコースの植生の豊かさは十分に味わえた。

そのまま左に、武庫川の右岸を上流に向かって歩く。大きな土嚢を無数に積んで、臨時の橋が作られていた。先般の洪水の後、右岸の温泉宿周辺の復旧工事に携わる工事車両を通すためのものらしい。

土嚢を積んだ仮設の橋。
土嚢を積んだ仮設の橋。

JRの鉄橋をくぐり、歩行者専用の赤い武田尾橋で左岸側に移る。

上流に向かい、旅館あざれの入り口を右に見て、なおも川べりの道路をたどると、無料の足湯がある。

右は「旅館あざれ」へ。左へ行くと足湯。
右は「旅館あざれ」へ。左へ行くと足湯。
武田尾温泉の足湯。
武田尾温泉の足湯。

ちょっとぬるめで、足はさっぱりはしたけれども、それ以上の効能は感じられなかった。対岸の温泉旅館群のあたりは復旧作業中だ。

足湯から対岸(右岸、西宮側)は洪水被害からの復旧作業中だ。
足湯から対岸(右岸、西宮側)は洪水被害からの復旧作業中だ。

川べりの道を戻り、小さなトンネルをくぐって、武田尾駅へ。

武庫川渓谷にはアケビが多い。
武庫川渓谷にはアケビが多い。
河畔の桜。
河畔の桜。
武田尾駅。
武田尾駅。
武田尾駅の橋上ホームから武庫川下流方向を見る。奥は大峰山。
武田尾駅の橋上ホームから武庫川下流方向を見る。奥は大峰山。

武田尾駅から宝塚に出て帰宅。

というわけで、住宅地とゴルフ場の縁をたどること多く、舗装道路も多いコースだが、確かに植生はそれなりに豊かだし、車道を歩くとは言っても車に出会うことはほとんどないし、あまり暑い季節でなければ、ちょっと歩いて体をほぐしたい時の半日散歩コースとしては、お勧めできる。

昭文社『山と高原地図 六甲・摩耶』2016年版

「全面改訂」版である。

山と高原地図 六甲・摩耶 2016年版
山と高原地図 六甲・摩耶 2016年版

当然かもしれないが、図上に記されているコース自体はあまり大きな変化はない。根岸真理さんが『六甲山ショートハイキング77コース』などで紹介なさっているあくまでも明快な道のいくつか(生瀬水道みちなど)が追加されている程度だ。それ以外は、何かが増えたというよりは、削られた部分の方が多い。基本的な部分をより丁寧に見やすく、という姿勢のようだ。

より親切に

少し分かりにくい分岐の詳細図が、丸囲みで随所に追加された。

分岐詳細図。
分岐詳細図。

冊子はカラーになり、これも分岐の写真に矢印で進むべき方向を記した図版が入るようになった。

冊子。写真に矢印。
冊子。写真に矢印。

消えたもの

赤松氏のポエマーな、美文調(のつもり<をい)の文章が冊子から消えたことは、ホッとすると同時に寂しい気もする。

これまでは左上のかなりの部分に中途半端に丹生山系が入っていて、しかし何の登山道も記載されていなかったわけだが、そこに須磨アルプスの地図がはめ込まれた。丹生山系は図上から消えた。いわば前意識から無意識へと押し込まれてしまったわけだ。随分昔にこの地図で丹生山系への興味を掻き立たられ、つい最近になってようやくあのあたりを歩き始めた身としては、これも少々寂しいが、合理的な編集判断だとも思う。しかし抑圧されたものは必ずどこかで回帰するだろう。

須磨アルプスの地図が左上に移動。
須磨アルプスの地図が左上に移動。

西山谷などの沢に関する記述も消えた(図上には破線で残されている)。地図利用者のターゲットを絞り込んだということだろう。昨今の登山人口に占めるジジ・ババ・ギャルの割合を考えれば、これも妥当なカットである。(西山谷なんか当たり前に歩いてるよ、という年配の方、女性の方は、ここで言う「ジジ・ババ・ギャル」にはもともと含まれていないというだけのことである。為念。)

丹生山系5:黒甲越東道・天保池・野瀬ノ大杣池

『北区ハイキングレクリエーションガイド』のコースNo.28。ほんの十日前と違って、春の花がちらほら咲き始めていた。タムシバ、クロモジ、スミレ。

三たび神鉄大池駅から天下辻へ。そこからはまず丹生山系4のときと同様、まっすぐ屏風谷に下る。

天下辻から屏風谷への下り。中俣谷A沢の枝沢源頭部をトラバースする。
天下辻から屏風谷への下り。中俣谷A沢の枝沢源頭部をトラバースする(左斜面)。
中俣谷A沢に下り着く。
中俣谷A沢に下り着く。
渡渉を繰り返して進む。
渡渉を繰り返して進む。

途中、屏風谷道から分かれて黒甲越東道をたどる。

道が山腹に登ると、分岐。右が前回(丹生山系4)たどった屏風谷道。ここで左に黒甲越東道に進む。
道が山腹に登ると、分岐。右が前回(丹生山系4)たどった屏風谷道。ここで左に黒甲越東道に進む。

この道は分岐から折り返すように中俣谷B沢左岸の山腹を緩やかに登っていく。これも、途中までは気持ちのいい道だ。

黒甲越東道。
黒甲越東道。

tempo - 6

黒甲越東道。
黒甲越東道。

ところが、中俣谷B沢の上流部は、丹生山系には珍しく杉の植林帯となっていて暗く、またこのあたりまで黒甲越側からバイクが入り込んでいるようで、杉林の急な斜面を登山道から谷底まで走り回っておイタをした跡がある。

二輪車の轍。
二輪車の轍。

この黒甲越東道自体、中俣谷B沢の源頭部でささやかな峠越えになる。標高490mほど。この峠を越すと、杉植林は消え、明るい混合林に戻る。

杉林から混合林に出る。
杉林から混合林に出る。

しかし道は荒れている。鰻ノ手池の方にまっすぐ向かう道を左に分けて間もなく、黒甲越道と合流する。

左から黒甲越道が合わさる。
左から黒甲越道が合わさる。

ここから先しばらくは、丹生山系3のときに歩いた道だ。

黒甲越への道。
黒甲越への道。
黒甲越(峠)。
黒甲越(峠)。

荒れた道を登って黒甲越の峠を過ぎ、右俣谷D沢に沿って下る。右俣谷本流との合流点で渡渉し、

右俣谷本流との合流点。
右俣谷本流との合流点。

右へ山腹を斜めに登っていくと、大日地蔵に着く。金比羅山を通って八多町西畑に抜ける道を右に見送り、左に折り返して、轍の深い急坂を、

急坂。
急坂。

大日地蔵背後の小ピークに登る。道からほんのちょっと左(南)に入ったかすかなピークで大休止。ここの南面はザレた急斜面で明るく、展望もある。

大日地蔵背後の小ピークからの眺め。
大日地蔵背後の小ピークからの眺め。

向かいの金剛童子山の山腹に点々と、タムシバの花の白い塊が見える。一二週間前にはなかった白だ。朝、スーパーで買ってきたおにぎり2個とおかず少々のパック。

再び歩き出してすぐ、道のすぐ脇に、タムシバが数個の花をつけた枝を伸ばしていた。大抵は高い枝の先に花をつけるので、この花を近くからマジマジと見たのは初めてだ。清水美重子『六甲山の花』は「まるで枯れ木にハンカチが引っかかっているかのよう」だと、うまいことを言っている。

タムシバ。
タムシバ。

この辺りは道幅も広く、四輪車も入り込んでいる形跡があり、道の真ん中が掘り込まれて池になっているところが三、四箇所ある。

丹生山系3のときは途中から無理やり東鹿見山山頂を目指したが、

東鹿見山。前回(丹生山系3)はここを下って山頂を目指した。
東鹿見山。前回(丹生山系3)はここを下って山頂を目指した。

今回はおとなしく林道をそのままたどる。道は標高460mあたりから北へ、東鹿見山の南の尾根を登り始める。標高520mほどの峠状のところを越すまでは、相当に荒れている。

荒れた登り坂。
荒れた登り坂。

そのあとの下りになると、路面は落ち着くが、ほんの登山道程度の細い道になってしまう。道標のところで東鹿見山から下ってくる道(丹生山系3で歩いた)を合わせると、間もなくNTTの電波塔。南側を回り込んで電波塔正面に出る。そこからしばらくは舗装道路。ゆるく登って下ると、右側にガードレールが現れる。西鹿見山直下の鞍部に当たるところだ。ガードレールの手前を右に下る。

舗装道路の先にガードレールが見える。その右から入る。
舗装道路の先にガードレールが見える。その右から入る。

ここからはまた未知の道。普通の山道かなと思ったら、ここにもバイクが入り込んでいる形跡がある。そういえば、歩いている途中、数カ所で、蝿がブンブンと羽音うるさく飛んでいた。一二週間前にはなかったことだ。彼らの羽音は、バイクの音を小さく反復している。

ここにも轍。
ここにも轍。

最初は谷、それから広い斜面、それから尾根の道になり、やがて傾斜が緩む。途中、四輪車のむくろが転がっている。

車の残骸。
車の残骸。

しかし道は真ん中に溝が掘られ、水の流れる荒れた道だ。そんな道の両側に唐突にガードレールが出現して面喰らう。

こんな道の両側にガードレールだけはある。
こんな道の両側にガードレールだけはある。

途中左から合わさる道があり、道標も立っている。その道を指す道標に「黒甲越」と書かれている。あれ? そっちからも来られたのか? 地理院地図で確かめると、上の車道から分かれたあたりから、西の尾根をたどってくる破線が描かれている。歩いてきた道と並行して尾根道があったらしい。

間もなく「火の用心」の巨大な看板があるところで右に折れると天保池。

天保池。
天保池。

まっすぐ池に出たところにはあまりスペースはなかった。少し南寄りの池畔が、白っぽい砂地になっているように見えたので、そちらに回り込んでみる。ベタベタの泥が水が引いてガチガチに乾燥したような岸辺で、あまりいい感じでもなかったが、1mほどの長さの丸太が、ベンチにしてくれと言わんばかりに転がっている。誰かが据えたのだろう。そこに座って二度目の大休止にする。今日の山めし料理はシンプルにキャベツと小エビのスープ。おにぎりはもう食べてしまったから、ここではこのスープだけ。

小エビと春キャベツのスープ。
小エビと春キャベツのスープ。

天保池自体は周囲を混合林に囲まれた静かな場所。丹生山系に多い溜池の大半が緑白色に濁っている中で、ここの水は比較的にきれいなようだ。小さなオタマジャクシがたくさん泳いでいた。

天保池のオタマジャクシ。
天保池のオタマジャクシ。

林道に戻って、北に向かって下る。傾斜はあまりないが、相変わらずガタガタの道だ。道は鳴川右俣谷の支流の一つに沿っており、最初ずっと下を流れていた沢が、途中から道に近付く。

荒れた林道。左は沢。
荒れた林道。左は沢。

樹々の覆いかぶさった少し暗い感じの沢だ。このあたり、ナガバノタチツボスミレが点々と咲いていた。しかしこの葉、タチツボスミレに比べればとんがった葉だとは言え、さほど長くはない。不思議な名称だ。

ナガバノタチツボスミレ。
ナガバノタチツボスミレ。
鳴川支流の小滝。
鳴川支流の小滝。

道は目立たない橋で右岸から左岸に移り、さらに行くと、鳴川右俣本流(丹生山系6参照)との合流点近くで橋を渡る。今度は鳴川に西から入ってくる支流に沿った登りになる。

キブシ。
キブシ。
クロモジ?
クロモジ?
中山大杣池への登り。相変わらずガタガタの道。
中山大杣池への登り。相変わらずガタガタの道。
クロモジ?
クロモジ?
舗装道路が見えた。
舗装道路が見えた。
まったく役に立っていないらしい立て札。
まったく役に立っていないらしい立て札。

登りつめると舗装道路に出て、右に野瀬大杣池に向かう道が分かれる。一旦まっすぐ舗装道路を歩き、中山大杣池に立ち寄る。前回(丹生山系2)は池の東側を通過したが、今回は北側の東屋に立ち寄って休憩。あたりはかなりの大きさの広場として整備されている。

中山大杣池。
中山大杣池。

戻って、野瀬大杣池への道に入る。丹生山系2の志久越えで北から逆にたどった道だ。与一兵衛池の西池畔に出る踏み跡があったので行ってみた。この岸辺は休憩には悪くないかもしれない。しかしオタマジャクシはいなかった。

与一兵衛池(西の池)
与一兵衛池(西の池)

戻って、野瀬大杣池へ。中山大杣池とこの池は、飛鳥時代に作られたとどこかで目にした。河内の狭山池と同じ頃ということか。

野瀬大杣池。
野瀬大杣池。
ヒサカキ。
ヒサカキ。

そのまま十字路をまっすぐ進み、影松池に下る。前回(丹生山系2)は逆にここまで登ってくるときに少々迷い、薮漕ぎをしたが、そのときすでに、上からたどった方が分かりやすいのだろうという気がした。それを確かめるのが今回の目的の一つ。あまり歩く人はいないようで、落ち葉が厚く散り敷いている。一部トレイルが薄いところもあるが、大体ははっきりした道だった。道に沿って、ずっと細い側溝が設えられている。

影松池からの(正しい)下り道。
影松池からの(正しい)下り道。

影松池から12分ほどであっけなくイノシシ除けの柵のところに出た。もうこの道を下から登っても迷わないだろう。

イノシシよけの網のある登山口。
イノシシよけの網のある登山口。

ここから田園地帯を神戸北農協バス停まで下る。バスの時刻、15:50まであと10分もない。しかしこういうところのバスは遅れるものだから、間に合うかもしれない。そう思って急ぎ足に歩く。途中、あちこちでツクシが目に入ったけれど、あらかた開いてしまって美味くなさそうだから通り過ぎる(酸っぱいブドウの論理)。

大歳神社。
大歳神社。
大杣池方面を振り返る。
大杣池方面を振り返る。

農協の建物と倉庫の間を抜けると、大回りすることなくバス停前に出た。15:54。バスはこれから来るのではないかと期待したが、来なかった。全くかほとんどか、遅れず、ちょっと前に通り過ぎたところだったらしい。次のバスは16:50。

神戸北農協前バス停。
神戸北農協前バス停。

幸い、神戸北農協バス停の上り側には、ベンチもある。前の道路をトラックやら何やらがビュンビュン通り過ぎる中、iPhoneのKindleアプリで読書しながら待つことにした(この時読んでいた本<別に関係ないけど)。日没はまだのはずだったが、曇りのせい山間のせいもあって、だんだん薄暗くなってくる。ウールのシャツの上にウィンドブレーカーを着ていたが、だんだん体が冷えてくる。バスは五、六分遅れてようやく来た。前のバスがこれだけ遅れてくれていれば…。遅れてほしいときに遅れず、さっさと来てほしいときに遅れるマーフィーの法則。

途中、前回(丹生山系4)乗り損ねた上八多駐在所バス停を通る。車窓からバス停の場所をしかと記憶にとどめる。17:09頃、中村橋バス停で降り、中村橋を渡り、山陽道の下をくぐり、再び「北神戸ぽかぽか温泉」へ。中村橋バス停からここまで5分ではいかない。急いで温まって上がって、近接する「グランマルシェ」でドイツソーセージとスペインのハーブ塩を買い、中村橋バス停に戻る。また二、三分遅れてきた18:01のバスに乗ると、もっと温泉の近くに「グリーンモール前」というバス停が新設されていたのだった。中村橋から往復することはなかったのだ。はぁ。

道場南口駅を経由して三田駅までこのバスで。この路線、一部は三田駅まで行かないので注意。その場合は道場南口から神鉄に乗り継げばいい。三田から宝塚に出て、帰宅。

丹生山系2, 3, 4で歩いた道と部分的に重なり、その間をつなぐコースで、地理の把握には役立ったし、それなりに面白い部分もあるのだが、取り立てて人に薦めたいコースではない。ガタガタに荒れた林道歩きが多く、随所で「車両」の悪さの跡を目にしなければならない。しかし最初の沢の渡渉、しっとりした山道(黒甲越東道の途中まで)、バイクの轍の深い荒れた林道(コースの5割ほど)、舗装道路、暗く湿った植林地、巨大な電波塔、いくらかの展望、静かな溜池、淡河の田園地帯と、変化に富んでいるといえば富んでいる。ガタガタ道のおかげで、距離以上に足腰は鍛えられる気がする。それをメリットと呼ぶこともできなくもない。

ウラジロ

ウラジロは、新潟・山形南部以南から沖縄にかけて分布しているが、東京近辺ではやや稀だそうだ。そういえば南関東での子供の頃、その頃も山や野で遊びまわっていたはずだが、あまり見かけた記憶がない。

ウラジロ。
ウラジロ。丹生山系大蔵山付近にて。

鏡餅のお飾りに使われるわけだが、ウチでは毎年正月、スーパーで売っているような鏡餅セットを買ってきて飾ってきた。付属のウラジロは紙だったりプラスチックだったりの偽物。今や上に載せる橙までプラスチックのオモチャで、あまつさえ鏡餅本体も鏡餅型のプラスチックで、中に小さな丸もちが個包装されて入っていたりする。

ウラジロの葉(厳密には葉ではなく羽片だそうだが)はY字型に2枚ずつ出る。新芽が伸びた様子は、昆虫(をモデルにした怪物)の触角のようだ。翌年、その2枚の間から葉柄を伸ばし、そこにまた2枚の羽片を付ける。これが、親夫婦から子夫婦へとの繋がりに擬せられるのが、縁起物として使われてきた理由らしい。

ペアになっているところがポイント。
ペアになっているところがポイント。丹生山系・天保池付近にて。

ウラジロは関西の低山ではありふれている。次の機会には本物を飾ってみようか。鏡餅のお飾りとしては、九州では緑を上に、関西では白を上にするなどということも知らなかった。

丹生山系4:屏風谷道・大蔵山

丹生山系第四弾。これも素晴らしいコースだった。これまでで4回丹生山系を歩いた中ではイチ押し。際立った山頂を踏むわけでも、眺望に優れているわけでもない。それでも良いコースだと言える。

「北区ハイキングレクリエーションガイド」のコースNo.14、「屏風谷・岡場コース」に従って歩く。ただし山から下りたあとは少し変える。北区のガイドでは、八多はた側に下り着いてから、四ツ辻小橋で右に折れ、岡場駅を目指す。しかし四ツ辻小橋で直進すれば、すぐに県道38号線深谷ふかたにの交差点に出る。そこには上八多駐在所前というバス停があり、14:17に三田方面に向かうバスが通る。そして10分ほどもバスに揺られて、道場南口駅の手前、中村橋バス停で降りれば、「北神戸ぽかぽか温泉」はすぐだ。温泉から先の足が少々問題だが、道場南口駅までは1km足らず。歩いてもなんとかなる距離だ。つまり車道・市街地を歩く部分を減らし、温泉にも入れる。なんと完璧なプランなのだろう! …と思ったのだが…。(後述)

前回同様、神鉄大池駅で降りて天下辻を目指す。

天下辻への道。
天下辻への道。

今日は日曜日。天下辻までの間に、上からバイクの爆音が聞こえてきた。「音に聞く」のも初めてだ。これは今日は二、三彼らと行き合うかなと思ったが、結局このとき聞こえた音だけで、最初から最後まで一度も、そしてまた他の登山者とも誰一人、出くわさなかった。今回の屏風谷の道は、バイクはほとんど入ってきていないように見える。静かな、鳥の声、風の音とせせらきだけの山歩き。

天下辻で直進して屏風谷に下る。

屏風谷道─渡渉を繰り返す谷歩き

崩落箇所にロープの張られたところを通り過ぎ、

ロープの張られた箇所。
ロープの張られた箇所。
さらに下る。
さらに下る。

やがて沢筋(三菱雪稜クラブの言う中俣谷A沢)に下りる。その後は沢筋を渡渉を繰り返しながら下っていく。

中俣谷A沢に下りる。
中俣谷A沢に下りる。
中俣谷A沢、B沢合流点の渡渉地点。左奥から来て、右手前に向かう。手前の飛び石よりも、奥の段差のあるところのほうが渡りやすい。
中俣谷A沢、B沢合流点の渡渉地点。左奥から来て、右手前に向かう。手前の飛び石よりも、奥の段差のあるところのほうが渡りやすい。

何度渡渉したか、途中まで数えていたが、そのうちわからなくなってしまった。この渡渉も楽しい。六甲のすぐ北隣なのに、ここの沢には砂防ダムがない。砂防ダムだらけで、渡渉箇所は2か所ぐらいしか残っておらず、「トゥエンティ・クロス」と呼ばれた昔日の面影などまるでない六甲の布引谷は、(橋になってしまっている渡河も入れても)「ファイブクロス」程度に改名した方がいい。今でも沢筋道に親しむ入門コースとしてあちこちで推奨されているのを見るがどうかと思う。今やあんなつまらない道はない。あんなところを歩くぐらいなら、この屏風谷道の方が百倍は美しく楽しい。

谷から見上げる空。
谷から見上げる空。
何度目かの渡渉。
何度目かの渡渉。

何度か渡渉して、道が左岸に登ると、左に黒甲越東道を分ける(道標あり。丹生山系5参照)。道はしばらく屏風川中俣谷左岸の山腹を進む。

中俣谷左岸の道。
中俣谷左岸の道。

byoubu - 9

途中、右下に「二条の滝」が眺められる。

二条の滝。
二条の滝。

左に「峠の小道」を分けると今一度沢に下り、中俣谷を渡る。

中俣谷を渡る。手前の岩盤に薄く水が流れているところのほうが渡りやすい。
中俣谷を渡る。手前の岩盤に薄く水が流れているところのほうが渡りやすい。

そこからしばらくはナダレ尾北尾根西側の山腹道になる。途中左のずっと下に、「二段の滝」が見える。

二段の滝を見下ろす。
二段の滝を見下ろす。

「屏風谷出合」から大蔵山南峠までの山腹道

十数年前、このあたりの地形図を初めて見たときに何より魅惑されたのは、両岸の切り立った峡谷の地形だった。台地状の大きな山塊の谷の両側だけ、等高線が異様に立て込んでいる。いわゆる幼年谷の地形だ。ここは面白いに違いないと思った。でも当時は情報がなかった。実際にこの山域に足を踏み入れたのは、それからずいぶん経ったつい最近のことだ。

急な斜面の中腹を進み、時にはるか下に渓谷とその滝を眺めるこのあたりの道は、ふと2000m級の高山の懐を歩いているような錯覚を抱かせるところもある。

ナダレ尾北尾根の北端部で岩の間の切り通し状を越えて、左俣谷側に出る。

切り通し状を越えて
切り通し状を越えて左俣へ。

道はそのまま尾根を回り込んで、左俣谷沿い上流方向にかなり行く。急斜面の下りがあり、ロープが設置されている。ここで左の壁を見ると、何と古い石垣だ。上に茶店でもあったのだろうか。古くからの街道だったしるし。

ロープのある下り。横は古い石垣。
ロープのある下り。横は古い石垣。

これを下りきって少し進むと左俣谷の渡渉点。「屏風谷出合」と呼ばれる地点だ。

屏風谷出合。渡って左方向に進む。
屏風谷出合。渡って左方向に進む。

右岸側に渡って下流方向に向かいつつ、山腹を徐々に登って行く。沢が次第にはるか下方になっていく。この先目立って沢に出会うことはない(枝沢の上流部を横切るところはある)。つまり「屏風谷出合」という名称は、ここで初めて沢に下り着くことになる、北から歩いてきた者の視点でのものだ。今日の南からのコース取りでは、言わば「屏風谷別れ」ということになる。

「屏風谷出合」の少し先にも、古い石垣が見られる。道は実に緩やかに徐々に山腹を登っていく。沢の渡渉も良かったが、この明るい山腹のゆるやかな登りがまた気持ちいい。

高度を上げていくと、木の間越しにいくらか眺望も得られるようになってくる。

山腹道から北に大蔵山を望む。
山腹道から北に大蔵山を望む。

石仏の大日如来を見て、

大日如来。
大日如来。

枝沢の源頭部を一つ回り込むと、大蔵山南峠。

大蔵山南峠。ここから急に道幅が広くなる。
大蔵山南峠。ここから急に道幅が広くなる。

峠から左に枝道を少し登ったところで大休止。本日の山メシは、「和風ちくわ焼きそば」。小雀陣ニ『山グルメ』のレシピ。

和風ちくわ焼きそば。味付けはマヨネーズと醤油。
和風ちくわ焼きそば。味付けはマヨネーズと醤油。

大蔵山

峠に戻る。ここから先は林道。すぐに右に折り返すように登っていく林道の枝道(おそらく天ヶ峰、ナダレ尾山の肩を経て天下辻に至る)を見送るとすぐ、左に大蔵尾根の踏み跡入り口。三菱雪稜クラブによる小さな道標がある。

大蔵尾根入り口の道標。
大蔵尾根入り口の道標。

北区のガイドは林道をひたすら下って行くだけで、この道には触れていないが、こちらに踏み込む。季節のせいもあるだろうが、最近整備してくださった方もあるのかもしれない。とてもはっきりした踏み跡だった。ほんの一部、ウラジロが道にかぶっているところがある程度だ。

ウラジロ。
ウラジロ。

ゆるく登る尾根道は二、三の小さなピークを越え、一度大きく下ってから登り返していって、大蔵山の山頂に着く。本日の唯一のピーク。山頂には「附物つくもの」という地点名の二等三角点がある。452.77m。タテハ(ヒオドシチョウ?)の番いがくるくる絡み合って飛んでいた。展望はないが、小さな広場になっていて、ここまで来て大休止にしてもよかったかもしれない。

大蔵山の三角点。
大蔵山の三角点。
色が薄めだが、ヒオドシチョウか?
色が薄めだが、ヒオドシチョウか?
黒甲山という名前もあるらしい。
黒甲山という名前もあるらしい。

少し(50mほど)戻り、地理院地図の破線に合致するように思える踏み跡に入ってみたが、すぐに完全な薮になってしまった。諦めて戻り、さらに100mほど来た道を南に戻ったところに、東側に下るはっきりした踏み跡があり、その入り口には赤や黄のテープもある。最後の最後で道の真ん中から水が湧き出しており、狭い沢状になるが、無事、林道に飛び出す。

林道に出る直前の細い沢状の部分。
林道に出る直前の細い沢状の部分。

大蔵尾根に踏み込んだ時に別れた道、ガイドブックが紹介している本来のコースだ。場所は北に向かう林道が一度西向きから東向きに大きく屈曲する地点。あとはこれを下っていけば、人里に出る。林道に出たところのすぐ先に、比丘尼びくに池があり、要領を得ない伝説を紹介する説明板が立っている。

比丘尼池。
比丘尼池。

そこに紹介されている伝説はこうだ。

ビクニ池(手箱の池)

昔し、大蔵山奥蔵寺に八百比丘尼という尼さんが長らく住んでおり日々写経や読経に励んでいたが、ある日、日頃大切にしていた玉手箱を抱え池に身を投じた。「我が命尽きるまでこの池の水は渇れることなし」といい残したといわれる。現在もかれることなく青々とした水を湛えている神秘な池である。

かなりしっかりした立て札だが、地元教育委員会とか区役所とか、誰が立てたのかの記載は一切ない。この案内文の第一文、「が」で繋げられて一気に身を投じてしまうスピード感が素晴らしい。「ある日」、一体何があって身を投じたのかがさっぱりわからない。タミフルを服用したというわけではないだろう。おそらく旱魃があってそれを解消するために、あたりかと思えるが、そうした説明は一切ない。しかし旱魃がひどくてその時池の水が涸れていたのであれば、そもそも身を投じることは不可能だ。「我が命尽きるまで…」という捨ぜりふ(?)もよくわからない。池が涸れていないということは、今でも水底で彼女は生きているということだろうか。尽きるまでは涸れないということは尽きたら涸れるか涸れないかはわからない、結局尽きちゃったけど水は涸れなかったということだろうか。またここで手箱だか玉手箱だかはいかなる役割を演じているのだろうか。まことに謎は尽きず、「神秘的」だ。(追記:YKさんのご指摘で思い出したのだが、八百比丘尼といえば、人魚の肉を食べて不老不死になってしまった人ではないか。どうも若狭あたりが本家本元で、そこで入定もしたことになっているようだ。おそらく全国に八百比丘尼の話のヴァリアントがあって、ここのもそのマイナーな一つなのだろう。しかしそれでも上の謎の大半は謎のままである。さらに蛇足だが、『妖怪ウォッチ』には八百比丘尼は妖怪として登場させられていて、ご本人が人魚の姿になっている。)

それはともかく、林道から大蔵尾根に入って大蔵山まで行き、その少し手前に戻って林道に下りるというこのコース取りは、正解だったという気がする。林道をそのまま歩いていけば、バイクや四駆車のおイタの跡を目にしたことだろうし、林道歩き自体退屈なものだし。ただ、踏み跡にはどうしたって薮がかぶさるであろう夏から秋にかけてはどうだかわからない。

「六甲八多霊園」を左上に見ると、八多はたの田園地帯に出て、棚田の間の一本道を下っていく。

八多の田園を行く。
八多の田園を行く。遠くに羽束山。
ツクシ。
ツクシ。

こうした場所の典型的な植生で、田畑の土手には、オオイヌノフグリの青い花が多数きらめき、あちこちにヒメオドリコソウがピンクと褐色のかたまりを形作り、そしてそこここにツクシがピンピン伸びている。差し障りのなさそうなところでツクシを摘みながら歩いていく。

下りきると深谷の交差点。バス停はすぐそこのはずだ。手前左側に、ローソンができている。しかもこのローソン、店の前のささやかな芝地に、3組のテーブルと椅子のセットを設置してくれている。ありがたくここに座ってバスまでの時間を潰す。

コンビニ前の椅子とテーブル。
コンビニ前の椅子とテーブル。

さてここで問題です

問題はそのあとにあった。登山では、山頂に着いたら休憩の前にまず下山路を確認せよと言われる。後から考えると、ここに着いたときにまずバス停の位置を確認しておくべきだった。コンビニのレジで場所を確かめようと思っていたのだが尋ね忘れた。バス時刻の5分前ぐらいに、コンビニの前のテーブルから立って、バス停に向かう。ところがバス停がどこだかわからない。「上八多駐在所前」バス停なのだから、駐在所の向かい側で待つことにする。バスは10分ぐらい遅れてやってきた。手をあげれば止まってくれるだろうとタカをくくって、向かってくるバスに手を挙げる。バスの運転士は、まじまじと、しかし無表情に、僕の顔を見て、……そのまま走り去った。おーい。

後で調べると、バス停はもう少し西寄りにあったらしい。事前調査のツメが甘かったと言うべきだろう。

次のバスは一時間半以上後だ。仕方なく、「北神戸ぽかぽか温泉」までエクストラに5kmのまっすぐな車道を歩くことにする。休日だからこそか、交通量はかなり多い。左右は田園ではある。正面に遠く、羽束山や有馬富士の特異な山容が絶えず見えているのが慰めだ。

途中、喫茶店があって、入って休もうかと思ったが、店の外に自公のポスターがベタベタと貼ってあったので、そのまま素通りする。代わりに途中のコンビニの外のベンチで少し休憩。

およそ一時間半で、目的地に着いた。

北神戸ぽかぽか温泉

山陽道と中国道が合する神戸Jctの、二本の高速高架に挟まれた三角形の土地に、北神戸グリーンガーデンモールがあり、北神戸ぽかぽか温泉は、このショッピングモールの中にある。そのどこに温泉があるのかも、少々戸惑った。温泉は手前(西)側、巨大なパチンコ屋の建物を回り込んだところにあった。

温泉の入り口。
温泉の入り口。

有馬のような金泉もある、なかなか充実した温泉だ。¥740。

温泉のフロントで、ここから三田方面に向かうバスはあるかと訊ねた。ないというお返事。あることはあるのだが、本数があまりに少ない。客がみな車でやって来ることが前提の郊外型ショッピングモールだから、温泉としての送迎バスもない。

再び1km弱を、道場南口駅まで歩く。「湯冷めしにくい」という温泉の効能書きに偽りはなかったようで、時々吹き付ける冷たい風にも、冷えずには済んだ。

道場南口から三田に出て、JRに乗り継いで帰宅。

暗く湿った植林帯の一切ない、古道の面影も残す自然林の道。前半の沢筋の渡渉の連続も楽しめるし、後半の明るく緩やかな山腹登りもいい。大蔵尾根を辿れば、丹生山系で問題とされる「車両」との遭遇も最低限に抑えられる。バス時刻とバス停の場所の確認さえ怠らなければ。というわけでやはりオススメ。

逆コースもいいかもしれない。それなら帰りのバスの時間(とバス停の場所)を気にする必要もない。その場合はゴールの大池駅から2駅めの唐櫃台駅直近の「からとの湯」に立ち寄るといいだろう。

丹生山系3:天下辻・黒甲越・東鹿見山・花折山

丹生山系第三弾。『北区ハイキングレクリエーションガイド』のコースNo.27に依る。「六甲山やまある記」さんの記事も参考に。金剛童子山、古倉山、東鹿見山、西鹿見山、花折山の肩を巡りながら、ガイドブックは、山頂は一切踏まない設定になっているが、このうちの二、三はついでに登ってやろうと考えていた。

大池〜天下辻〜黒甲越〜東鹿見山〜花折山〜肘曲り と歩いて、最後は三たびみのたにグリーンスポーツホテルの温泉で〆る。

「六甲山やまある記」さんもお書きになっているように、神鉄大池駅からのコースは、駅からすぐに歩き出せて、山地までのアプローチも短いのがよい。

大池駅の北側は工事中のようだった。15号線(有馬街道)を横断し、正面右に坂道を登る。登りきって左に折れると興隆寺(大池聖天)。

大池聖天。
大池聖天。

すぐにどこか鄙びた山あいの集落になり、道標に従って小橋を渡ると登山口。

登山口。
登山口。

ジグザグに標高差20mほども稼ぐと、あとは山腹を緩やかに登っていく。

路肩の土盛が苔むしているのに古道っぽさを感じる。
路肩の土盛が苔むしているのに古道っぽさを感じる。

駅から20分で天下辻に着いた。もう十分に山の中である。

天下辻。
天下辻。
天下辻から登ってきた道を振り返る。
天下辻から登ってきた道を振り返る。

がしかし、ここに来てみて初めて、丹生山系というと話題にされるモトクロスの「おしごと」の実際を目にした。なるほどこれは…。

モトクロスのお為事。
モトクロスのお為事。
モトクロスのお為事。
モトクロスのお為事。
モトクロスのお為事。
モトクロスのお為事。

天下辻は十字路になっていて、直進は屏風谷源流に下る道(丹生山系4参照)。左右は丹生山系縦走路。平坦な、わりと幅のある道。その左右の道の真ん中に、深い溝が抉られ、水が溜まっている。

今日はここから左へ、西へ向かう。道はぐねぐねと複雑な、しかし標高差はほとんどない尾根の上を坦々とたどっていく。西に向かっていた尾根はいつの間にか南に向かい、やがて四つ辻になり、そこからは林道状に幅広くなる。その境に、鉄パイプのゲートがあり、林道側に向けて「入山禁止」「車両進入禁止」の大きな看板が立てられている。しかしゲートは脇が大きく開いているし、看板は錆びて歪み、色褪せている。

四つ辻の看板。
四つ辻の看板。
林道。
林道。

ここから道はまたしばし西へ。

左に花山駅・大池見山台への道が分かれる。
左に花山駅・大池見山台への道が分かれる。

送電線鉄塔を見送ると再び南向きになる。その先に、左側の展望の開けた箇所がある。

展望が開ける。
展望が開ける。

路肩の小さな斜面を一段上ったところに、木の枝に木箱が設置され、中に登山記念ノートが入っている。見てみると、誰もが記入するためのものではなく、決まったメンバー専用のようだ。ここに登る斜面の広いところには枯れ枝がバリケードのように詰められ、小さな「バイク禁止」の札も下がっている。

だんだん分かってきたような気がするのだが、丹生山系というのは、どうやらハイカーとバイカーの間の戦場なのだ。そこに行政も絡んでくるのだろう。たぶん地権者も。

神戸市の「太陽と緑の道」の道標には、ところどころ、「通行車両にちゅうい」という言葉が書き添えられている。ハイカーに対して車両に注意せよと言っているのだろう。ということは、行政側は車両の進入を認めてしまっていることになる。

通行車両にちゅうい。
通行車両にちゅうい。(これは天下辻の表示)

そこそこ平坦で走りやすいところもあり、時にガタガタでワイルドな部分と半々とも言える丹生山系の各コースは、「車両」で来る人々にとってはさぞかし楽しいのだろう。たぶんポイントはもう一つあって、ハイカーが少ないことだ。六甲山縦走路のようにのべつ人がゾロゾロ歩いていたら、とても走れないだろう。

僕自身はこの3回丹生山系を訪れて、いずれも平日だったからか、まだ実際に走行している彼らに行き合ったことはない(そもそも他の歩行者にも一度も会っていない)。自分が歩いている時に来られたらヤだろうなあとも思う。

それから道は尾根伝いにまた西、北西、西と向きを変えて続き、

平坦な林道が続く。
平坦な林道が続く。
ところどころに、脇道に関する親切な道標がある。
ところどころに、脇道に関する親切な道標がある。
林道続き。
林道続き。

最後に鋭角なカーブを描いて(この最後の部分のみコンクリート舗装)、ゴルフ場への車道に出る。

ゴルフ場への車道に出る。
ゴルフ場への車道に出る。

右に舗装道路を少し歩き、左に柏尾谷池への道を分けると、「鰻ノ手池」。

左に柏尾池への道を分ける。
左に柏尾池への道を分ける。
鰻ノ手池。
鰻ノ手池。

さらに車道を進んで、それが左に曲がるところでまっすぐ進むのが今日のコース。

突き当たり、車道が左に曲がるところを直進する。
突き当たり、車道が左に曲がるところを直進する。

ガイドブックには「曲がらずガードレールを越え、北に伸びる林道へ入」ると書かれているが、越えるべきガードレールはおそらく撤去されたのだろう。作業の手が入って、あたりはかなり広く伐採が行なわれているようだった。単なる伐採か、何かできてしまうのか。

幅広く伐採が行われている。
幅広く伐採が行われている。
アセビ。
アセビ。

ともかく幅広い谷のガタガタの林道をまっすぐ進むと、黒甲越東道(丹生山系5参照)が右から合わさる丁字路にぶつかる。

丁字路。右から黒甲越東道が合する。ここを左へ。
丁字路。右から黒甲越東道が合する。ここを左へ。
別の方向から振り返って。前方右から来た。左は黒甲越東道。
別の方向から振り返って。前方右から来た。左は黒甲越東道。

左の小さな溜池(いもり池?)のほとりでちょっと休憩。水も流れる荒れた坂をわずかに登ると黒甲越。(この峠のあたりに地理院地図は「黒甲越」と記しているし、道標にもそう書かれているわけだが、これが本来この峠の名前かどうかには少々疑問が残る。)

黒甲越への荒れた道。
黒甲越への荒れた道。
黒甲越に到着。
黒甲越に到着。
テングチョウ。今日はいたるところで見られた。
氷河時代の生き残りと言われるテングチョウ。今日はいたるところで見られた。こんなにたくさん見たのは初めてかもしれない。
黒甲越に掲げられている地図。同じものは天下辻にもあり、そちらの方が有名だが、こっちの方が光の具合が良かった。
黒甲越に掲げられている地図。同じものは天下辻にもあり、そちらの方が有名だが、こっちの方が光の具合が良かった。(クリックで拡大)

ここから左に金剛童子山への道が分かれる。今日は右に、屏風谷への道を下る。

黒甲越からの下りを振り返って。
黒甲越からの下りを振り返って。
黒甲越からの下り。こんないい感じのところもある。
黒甲越からの下り。こんないい感じのところもある。

道は沢(三菱雪稜クラブの命名?に従えば屏風川右俣谷D沢)沿いになり、時々沢と区別がつかなくなり、左から入ってくる支流との合流点で徒渉する。

徒渉点を振り返る。左奥から歩いてきた。
徒渉点を振り返る。左奥から歩いてきた。

少し流れに沿って下ると、道は次第に登っていき、大日地蔵だという小さな石仏の祀られた鞍部に出る。

大日地蔵への登り。
大日地蔵への登り。
大日地蔵。右に抜けて左に登り返す。
大日地蔵。右に抜けて左に登り返す。

ここから古倉山ピークが踏めるはずだが今回はパス。大日地蔵の先、東に続く道から分かれて左に折り返すように急坂を登ると、

大日地蔵のすぐ先の分岐。左奥から来た。右上に登る。
大日地蔵のすぐ先の分岐。左奥から来た。右上に登る。

ささやかなピーク状の地点になり、南面の展望が開けている。ここでまた休憩。「六甲山やまある記」さんもここを休憩ポイントとして推奨なさっていた。

南面の展望が開ける。右奥は金剛童子山。
南面の展望が開ける。右奥は金剛童子山。
ここで小休止。
ここで小休止。
その先もこんな。
その先もこんな。
これも。
これも。

ガイドブックのコースでは、このまま東鹿見山の南側をぐるっと回り込むのだが、国土地理院地図には、途中から山頂に登る破線が描かれている。右の谷に下るはっきりした分岐があったので、そちらに行ってみる。しかし谷を渡ってすぐ、道は消えてしまった。まあいいや、とそのまま道のない疎林の斜面を攀じ登り、東鹿見山山頂方向を目指す。なんだかだんだん丹生山系の楽しみ方がわかってきたような気がする(そうか?)。意図的に北寄りに北寄りにと登っていくと、案の定、地形図に描かれたもう一本の破線に相当するらしい踏み跡に出た。間もなく東鹿見山山頂(553m)。踏み跡が西から東に抜けているだけで、広場状の広がりも、展望もない。ガイドブックがパスしているのも無理はない。

東鹿見山山頂。
東鹿見山山頂。

少しだけ休んで、そのまま西へ。最初はかなりの急下りだが、踏み跡ははっきりしている。道が緩やかになって、南から回り込んできた道に合流すると、NTTの巨大な電波塔の下に出る。

南から回り込んできた道に出る。(この右から出てきた。)
南から回り込んできた道に出る。(この右から出てきた。)
巨大な電波塔。
巨大な電波塔。

塔の敷地の南面を回り込んで行くと、西鹿見山の方のもう一つの電波塔が見える。

西鹿見山の電波塔。
西鹿見山の電波塔。

そして舗装道路になる。車道の緩やかな登り。こういうのが一番コタエる気がする。右にガードレールが現れるところで、天保池・中山大杣池方面への踏み跡が分かれるが(丹生山系5参照)、今日は舗装道路をそのまま進む。

車道歩き。
車道歩き。左はゴルフ場の裏口。

これも地理院地図では、すぐに西鹿見山に登る破線が描かれているが、見つけられなかった。道路の左手はゴルフ場だ。潅木のお陰でゴルフ場はほとんど目に入らないが、鋼板などの薄汚いフェンスが道の左側に沿ってずっと続いている。二、三あるゴルフ場への裏口は、もちろん全て閉鎖されている。ようやく下り坂になり、舗装道路が左に折れる鞍部からまた山道に入る。山道は二つあり、まっすぐ花折山に登る道と、右にその北面を巻く道。ここでもガイドブックは山頂には登らせまいとしている(「道はない」とまで言い切っている)が、構わず山頂に向かうことにする。入り口に小さな木の標識があり、割合はっきりした踏み跡だ。

花折山登り口の標識。
花折山登り口の標識。

山頂(573.8m)には四等三角点があり、東鹿見山と違ってちょっとした広さがある。展望は南北に木の間越しに少しだけであまりない。南の方が常緑樹が多く、木の葉の落ちた北側の方が、少し見通しがいい。ここの木漏れ日の中で、大休止にする。

花折山四等三角点。
花折山四等三角点。

本日の山めしは「やきとり缶で炊き込みご飯」。風森ひのこ『簡単おいしい山ごはん』のレシピ。ただし「めんつゆストレート」指定のところ、関西風に「ヒガシマルうどんスープ」粉末を使う。

やきとり缶炊き込みご飯。
やきとり缶炊き込みご飯。
その材料。
その材料。

西に向かって再びしばしの急下り。車道からの分岐で分かれた山腹道に合し、

右奥から来た。左から、花折山北面を巻いてきた道が合する。
右奥から来た。左から、花折山北面を巻いてきた道が合する。

平坦に進むと、

平坦な道。
平坦な道。
立派な倒木。だんだん味わい深く見えてきた。
立派な倒木。だんだん味わい深く見えてきた。

志久道に出る。ここからは前回でおなじみ。

石畳の残存部分。
石畳の残存部分。
橋を渡ると(手前側)、ゴロゴロ石はなくなる。このあたりに二軒茶屋があったらしい。
橋を渡ると(手前側)、ゴロゴロ石はなくなる。このあたりに二軒茶屋があったらしい。

kuroko - 52

みのたにグリーンスポーツホテル前から稚児ヶ墓山(左)と花折山(右)を見る。
みのたにグリーンスポーツホテル前から稚児ヶ墓山(左)と花折山(右)を見る。

14:20、みのたにグリーンスポーツホテル着。前回とは、温泉は男女入れ替えになっていた。東側(奥側)の露天には寝湯はなく、代わりに壺湯があった。送迎バスも前回からは時刻とルートが変わっており、15:00のバスで、三宮へ。三宮駅南側のロータリーまで連れて行ってもらえるようになった。

 

丹生山系2:志久道

京都北山と言えば数々の峠で有名で、『北山の峠』などという大部の書物もあったぐらいだが、六甲には峠はない。六甲を南北に横断する道はいくらでもあるものの、峠らしい峠、少なくとも風情のある峠はない。魚屋道が脊梁を越えるところはたまに「六甲越え」と呼ばれるが、車道と空き地の薄汚い場所だし、大谷乗越も杣谷峠も車道のせいで台無しだし、貴重なブナ林のある紅葉谷道のところは、近代にレジャー用に開かれた道で生活道路としての歴史がないからでもあろうが、もっぱら「極楽茶屋跡」と呼ばれて峠とは認識されていないし。船坂峠はどうだったっけ。メインの南北横断路とは外れたところで熊笹峠とか七三峠とかあるけれど(後者は紅葉の名所)、いずれも今ひとつ。六甲に峠はない。

六甲山地の直近、丹生山系には、多数の峠らしい峠、峠道らしい峠道があるようだ。志久しく道は、山田町原野と淡河おうご町中山を結ぶ古道。その途中の志久峠は『北区ハイキング・レクリエーションガイド』によれば、「市内でも一番美しい峠とされ」ているらしい。この「(神戸)市内で一番」という慎ましさというかマイナー感が素晴らしい。行ってみたくなった。志久道、行ってみるにしくはない。市内の山と言えばあとは六甲で、峠に関しては六甲は話にならないのだから、当然と言えば当然の「ランキング」ではあるが。

というわけで志久道を歩く。三回続けて神姫バスのテリトリー、前々回に続く丹生山系第2弾である。

ところで、神戸市北区のほぼ全域が元摂津国だが、北区淡河町だけは播磨国だったそうだ。同じガイドによれば、志久道は

淡河から神戸に出る最短コースとして古くからよく利用されていた。今も石畳や茶屋あと、石仏、牛つなぎの松などが残り往時を偲ばせる

という。

志久道の一部は、先日、稚児ヶ墓山からの帰路に通っている。「北区ハイキングレクリエーションガイド」は、南の山田側の箕谷駅から歩き出し、北の淡河に抜けているが、あえてその逆コースを取る。もちろん、上のガイドに言うような、淡河から神戸に「出る」感覚を味わうためである。というのはコジツケで(そもそも神戸に出るにはさらに六甲を越えなければならない)、最後を温泉で〆るためだ。帝釈山・稚児ヶ墓山のときにやってすっかり味をしめている。しかしこれが厄介のもとだった。

同じ道でも、逆にたどると難しくなったり、迷いやすくなったりすることがある。たとえば滝場のある沢の下りは、登るより難しい。京都北山の品谷山・廃村八丁の周回コースは、地形の関係で、左回りより右回りの方が稜線上で迷いやすい。ガイドブックの記述の問題もある。ある方向で書かれているガイドは、逆方向で歩こうとすると、情報が足りなかったり役に立たなかったりすることがある。これはガイドブックの欠陥と言うよりは、まずはガイドの言う方向で歩け、ということかもしれない。

アプローチ

三田から道場南口まで神鉄に乗り、三木営業所行きの9:37のバスに乗る。そもそも三田駅から出ているバスだが、道場南口で捕まえた方が、少し遅出できる。道場南口のバス停は、駅前の何にもないロータリーにある。「駅すぱあと」の乗換え案内は、駅北側の38号線沿いにバス停があるかのように表示するが、惑わされてはならない。

道場南口駅
道場南口駅

9:56神戸北農協前下車。バスを降りて振り返ると、「志久峠越え 森林浴のみち」と書かれた、戻るように歩いて一本東側の道に入るようにという意味らしい矢印の記された道標がある。

バス停前の道標。
バス停前の道標。

「北区ハイキングレクリエーションガイド」のコースNo.26、「志久道・中山大杣池コース」に依り、その逆コースを歩くわけだが、このガイド、「ワンポイントアドバイス」として、

中山ノ大杣池からは(ママ)中山地蔵間は急な舗装路で、車は少ないが歩道もなく歩いていても楽しくない道。天神橋・中山ノ大杣池間は野瀬ノ大杣池コースがお薦め。(コースNo.28参照)

と書いている。このアドバイスに素直に従い、かつひねくれて逆コースで、まず野瀬大杣池を目指すことにする。しかしこの「コースNo.28」のこの部分の記述は、

影松池から滑り易い急坂を下りイノシシ除けの門をぬけると野瀬の集落が見える田園地帯に出る。

と、まことに素っ気ない。

地形図でわかるとおり、中山大杣池に直接向かうコースNo.26本来の車道は、谷に沿って緩やかに登っていく。野瀬大杣池は、台地状の地形の上に広がっており、そこを経由する場合は、標高差120mほどを急斜面で一気に登る。だからこの急登りは覚悟していたが…。

野瀬大杣池までの彷徨

地形図を眺めて、野瀬大杣池に至る破線が描かれている、その破線の起点となる山裾に向かう。そこまでは棚田の中の、大部分は農道らしい舗装道路を行くことになる。

アプローチ。
アプローチ途中の分岐。

途中分岐があり、左右とも「青少年公園」の文字が見える。「青少年公園」というのは、中山大杣池のことと考えて差し支えない。上の写真で、右に行けばおそらく谷筋の車道経由で中山大杣池に向かう。山の画像右端が谷になっているのがわかる。ここは左に進んだ。正面の台地の上に野瀬大杣池があるはずだ。

この奥が登り口。
この奥が登り口。

ご参考までにこのあたりまで辿った道の地図を。電子版の地理院地図だが、いま現在紙で販売されている地形図よりも多くの道が記されている。その中から近そうな道を辿った:

登山口までの道程。
登山口までの道程。(クリックで拡大)

イノシシ除けの柵はあった。ガイドの略地図に書かれているとおり、「柵の棒を上部のリングから抜くことで、開けることができ」るのだった。

イノシシ除けのゲート。
イノシシ除けのゲート。

そこを通って山道に入る。すぐに道標があったが、文字が読めない。よくよく見ると、うっすらと「太陽と緑の道」の文字が浮かび上がっていた。その文字が、地色と同じ黒褐色で明らかに塗りつぶしてある。一体これはなんなんだろう。この道は廃されているのか。でも立ち入り禁止ではなさそうだ。それになぜ道標を単純に処分せずに黒塗りにしているのか。

黒塗りの道標。
黒塗りの道標。

すぐに倒木というか、細い枯れ枝が行く手にいっぱいに詰まっていて、道とも見えなくなってしまった。

ここを左上に突き進むムベキだったらしい。
ここを左上に突き進むべきだったらしい。

後から考えると、そこを突破すれば、そのまま道が続いていたのだろうと思える(追記:このことは、後日逆コースで歩いて確認した。丹生山系5の記述を参照)。しかし地形図の破線ともかなり方向からしてずれている。地形図の破線が時としてあてにならないことは知っていたが、どうも気になって、獣除けゲートまで戻る。いかにもそれらしい踏み跡を見つけたが、すぐに消えてしまった。委細は省くが、疎林の急斜面の中、とにかく地図で方向だけ見定めて、道なき道を無理やり登る。一種の薮漕ぎだ。しばらく進むと、登山道らしきものに出た。そこから下に向かっては、明らかな道がある。でも上に向かう踏み跡は不明瞭だ。そんなことが2回ぐらいあって、とにかく上の小さな溜池(ガイドに言う影松池)を目指して登る。ようやく池に出ると、そこからは迷いようのない幅広い道があり、道標もあった。ふう。

影松池。
影松池。

多分この道、上から下に向かう分にはあまり迷わないのだろう。初めてで逆に行ってはいけなかったのだ。軽いハイキングのつもりが、ここまででかなり消耗した。(この後は、迷うようなところはなかった。)

幅広い道を少し進むと十字路。11:15。

十字路。左前方が野瀬大杣池。右は愛宕神社。今日のコースはまっすぐ。
十字路。左前方が野瀬大杣池。右は愛宕神社。今日のコースはまっすぐ。

左前方に野瀬大杣池が広がっている。

野瀬大杣池。
野瀬大杣池。

右への道の入り口に、「火伏せ(悪火を防ぐ)の神 愛宕神社 これより約百米」の標識がある。行ってみると、コンクリートブロックの社の中に石像があった。この手前右に、下っていくしっかりした道があった。ここから登ってくることもできたのかもしれない。しかし下はどこにつながっているのか。

愛宕神社。
愛宕神社。

中山大杣池まで

十字路に戻って、右へ、南へ歩く。とてもしっかりした道だ。途中、6叉路ぐらいの分岐があって、それぞれの道に小さな標識があり、それぞれ「サカキ尾」「榊ノ尾」「与市下」などと書かれている。しかしぼくは(まだ)この辺りの地理地名に疎いから、どこにどうつながる道なのかわからない。そもそも「サカキ尾」と「榊ノ尾」は違うのか? 追々探索したいものだ。

六叉路の道標の一つ。
六叉路の道標の一つ。

ここはとにかくまっすぐ進む。間もなく「与一兵衛池」。道の左右に池があり、右の池の方が少し低くなっている。池に挟まれた道の真ん中で座り込み、10分ほど休憩。おにぎりを一個食べる。

与一兵衛池。
与一兵衛池。

再び黒塗りの「太陽と緑の道」の標識があり、さらに進むと、舗装道路に出る。

舗装道路に出る。
車道に出る。

ここを左に進めば、天保池、東鹿見山を経て黒甲越のはず。右にたどって、中山大杣池の入り口に着く。正面(西)から車道が登ってきている。「志久峠 1.6km」「北農協 2.5km」の道標がある。野瀬大杣池を経由せず、おとなしく舗装道路を歩いてきたら、ここに出たはずだ。

中山大杣池への入り口。
中山大杣池への入り口。
中山大杣池。
中山大杣池。

池の左を進み、さらにまっすぐ行くと、十字路。

十字路の階段と案内板。
十字路の階段と案内板。
管理棟・デイキャンプ場への道。
管理棟・デイキャンプ場への道。

右の階段を登り、大杣池を中心とする「神戸青少年公園」の管理棟やデイキャンプ場のある広場に着く。途中、冬枯れの中、笹の緑が目に優しい。野瀬大杣池までで手間取ったから、12:00ちょうどになっていた。

管理棟。左手にデイキャンプ場が広がっている。
管理棟。左手にデイキャンプ場が広がっている。

中山大杣池のデイキャンプ場は、かまど、ベンチ、テーブルのセットが20組ぐらい、かなり広い土地にゆったり点々と設置されている。そのテーブルの一つをお借りして、大休止にする。月曜は管理棟も閉まっていて、炊事場の流しのコンクリートを修繕しているおじさんが一人だけ。

中華ふかひれ入り雑炊材料。
中華ふかひれ入り雑炊材料。
中華ふかひれ入り雑炊。
中華ふかひれ入り雑炊。

本日のメニューは「中華ふかひれ入り即席雑炊」。例によって「げんさん」レシピだ。相変わらず、ぼくのレパートリーは、「げんさん」をはじめとする方々のレシピをそのまま真似してダダ流ししているだけだ。これを「げんさん掛け流し」という。ただ、元のレシピは中華おこわおにぎりを使うのだが、近所のコンビニでは見かけない。先日たまたま「中華おこわ」のパックごはんを見つけたので、それを使ってやってみることにする。やはりカイワレが効いて美味い。

志久道をたどる

12:25、腰を上げ、十字路に戻り、また右へ。いよいよ志久道の核心部だ。とは言っても、なだらかな起伏を繰り返す、わりあいしっかりした道。

志久道。
志久道。
志久道。
志久道。

このあたりの道は「モトクロス」によって荒らされているという記述をあちこちで読む。「北区ハイキングレクリエーションガイド」も敵意をむき出しにしている。確かにそれらしい痕跡はあるものの、思ったほどではなかった。ところどころ道の真ん中に放置されている大きな倒木は、モトクロスの進入を妨げるためなのだろうかなどと憶測する。もしかしたら今日の最初につまづいた枯れ枝と倒木の山も、さらには黒塗りの道標も、そこに関係しているのかもしれない。

志久道。道を塞ぐ倒木。
志久道。道を塞ぐ倒木。
志久道。
志久道。

峠は三つある。最初の(一番北の)峠が志久峠(地形図では「志久ノ峠」)とされていて、道標と、役所によるらしい、しかし兵庫登山会に迫るポエマーな要素も感じられる説明板が立っている。かなり文字は薄れている。そのタイトルのおそらく「志久峠」と書かれていたところには、黒マジックで「中ン峠」と上書きされている。ここが本日の最高地点で、標高495mぐらい。

志久峠(中ン峠)。
志久峠(中ン峠)。

「北区ハイキングレクリエーションガイド」を今一度引こう。

志久峠の語源は宿越・宿道からで、大杣池寄りの峠が志久峠とされているがそこは中ン峠で一番南にある峠が「宿ノ嶺しゅくのとうげ」すなわち志久峠ではないかと言われている。

『山田郷土誌』(1979)では北から中ン峠(これが現在志久峠と呼ばれている)、梨木峠、志久峠だとされているという。志久は宿だというのはいいが、ではその「宿」とは何なのかという疑問に対する答えはここにはない。

〔追記:その後『山田郷土誌』の現物に当たることができた。大正9年の『山田村郷土誌』に対して、昭和54年(1979年)の『山田郷土誌』は、神戸市への合併にによりタイトルから「村」の文字が消え、かつ大正9年版を意識してのことだろう、「第二篇」と付されている。宿越の名は、宿という集落が昔この道筋にあったことから来ているという(p.576)。しかし「峠が三つある」ことを言わば「発見」したのも、そこに中ン峠、梨木峠、志久峠の名を当てはめたのも、この’79年版郷土誌の筆者たちらしく、三つの峠が区別されるということも、最南が志久峠だという主張の根拠も、どうもはっきりしない。どうやら大正版『山田村郷土誌』には「梨木峠、一名宿越」としか書かれていないようだ。推測にすぎないが、一つ一つの峠地形に名前があるというのは、’79年版の筆者たちの思い込みに過ぎなかったのではないか。1キロもない区間に三つ並ぶ微細な峠地形が厳密に区別され名付けられていたとはどうも思えない。総体として宿越であり梨木峠であり、あるいは中ン峠と呼ばれていたのではないか。

冒頭引用したガイドに言う「茶屋あと、石仏、牛つなぎの松」の場所は同書に明記されていた。これは次の機会に確認したいと思う。〕

梨木峠?
梨木峠?

沢を渡り、三つ目、最後の峠に向かって登りになるあたりから、往年の石畳の残骸らしいゴロゴロした石が多くなる。

三つ目の峠(本来の志久峠?)。
三つ目の峠(本来の志久峠?)。

三つ目の峠を越え、左に花折山への道を分け、最後の下りにかかる。

肘曲りから先は沢筋で、あまり休憩に適したところはないことはわかっていたから、その直前、道が右に折れて少し広くなっているところで休憩を取る。

石がゴロゴロ。
石がゴロゴロ。

肘曲りは14:00ちょうどに通過。肘曲りから先は、先日、稚児ヶ墓山からの下りで歩いている。相変わらず石ゴロゴロだが、二回目にして少し慣れてきた気がする。一度沢を渡った先のわずかな区間は石畳が綺麗に残っている。これだけのものを人力で整備するのはどれほどの労力だったのだろう。そしてそのスキルというかノウハウは、どこかに継承され残されているのだろうかとふと思う。

石畳。
石畳。

先日見つけた道で、14:50、「みのたにグリーンスポーツホテル丹生山田の里銀河の湯」(寿限無なみに長い名前だ)着。送迎バスは14:30の次は16:30だから、開放感あふれる露天風呂にゆっくり浸かっていたら、少しのぼせた。露天の隅の寝湯もいい。背中をチョロチョロ流れる湯と、体の上面を吹きすぎる微風を感じながら青い空を眺めているのは悪くない。

で、峠道の印象はどうだったか? うん、神戸市内で一番だとしても不思議はないと思った。

志久道から温泉への道詳細

柏尾台への道路から原野(みのたにグリーンスポーツホテル)に抜ける道について、少し詳しく書いておく。「柏尾の森ふれあい緑地」の看板のある分岐で柏尾台の住宅地への舗装道を離れて右に下り、沢を渡って向かいの台地に登り返す。

柏尾台への舗装道から「原野」への分岐。
柏尾台への舗装道から「原野」への分岐。

少し先の展望の開けたところに、小屋とテーブル・ベンチがある。

小屋とテーブル、ベンチのある広場。
小屋とテーブル、ベンチのある広場。

その下すぐのところは水平なコンクリート道になっている。コンクリート道に下りても、奥の細い山道を登ってもいいが、西に向かい、しっかりした水平な道を進む。6段ほどの丸太階段を登って、林の中の堤のようなあぜ道のようなところをまっすぐ行く。

林の中の堤のような道。
林の中の堤のような道。

前方左手に小さな溜池が見えてくる。

小さな溜池。
小さな溜池。

池の右側を回り込んで、池の反対側に出る。右(西)に下る踏み跡を辿ると、広場状のところに出る。そこに小さな道標があって「ぞうき林の道」「上溜池→志久道」と書かれている。

道標。
道標。

ここから下ると、みのたにグリーンスポーツホテルの「多目的ドーム」の前に出る。あるいは道標から下らず、まっすぐ進むと、もう一つの小さな溜池があり、ホテルのグラウンドの南端に出る。このあたりは他にも踏み跡があるが、要は目の前のホテルの建物にたどり着けばいい。「お手洗い→」と標識のある階段を登って、オレンジ色の「コンベンションホール」の前を通り、左に回り込むと正面玄関。そのまままっすぐ行くと、足湯施設があり、そこで左に折れてさらに建物を回り込むと、温泉の入り口がある。

みのたにグリーンスポーツホテルの送迎バスは、2016年3月10日から時刻とルートが変わるらしい。