伯母峰峠から和佐又山、スズメバチ付き

生まれて初めてハチに刺された。それも7、8箇所。しかしまずはいつも通りコースの報告から。

一週間ほど前、『京阪神峠の山旅』という古いガイドブックを目にしたのが始まりだった。その中の一章が「伯母峰峠から和佐又山へ」。以前に大台ヶ原に行ったときに、途中に伯母峯というバス停があることには気づいていた。バスが通り抜ける旧伯母峯トンネル(大台口トンネル)のすぐ上の稜線を越える伯母峰峠というのがあったらしい。この稜線は大台ヶ原の山地(台高山地)と大峰山系をつなぐものであり、かつ南北に吉野と熊野を隔て、吉野川〜紀ノ川と北山川〜熊野川の分水嶺となっている。現在はどちらも奈良県ではあるが、川上村と上北山村の村境。かつてはここが両者のかなり困難な、しかし不可欠な交易の道であり、たとえば吉野の柿の葉寿司は、ここを通って熊野から運ばれた鯖を使って作られたものだという。

だいたい、ガイドブックのコース建ては、何らかの山頂を目指す形になっていることが多い。第何次かの「百名山」ブーム以後、その傾向は強まっているようにも見える。だが少し古いガイドには、峠越えや、渓谷歩き(沢登りではなく)を中心に据えたコース取りも多かったようだ。もっとも、峠をめぐるコースと言っても、稜線伝いに峠を通るだけで、峠越えにはなっていない場合も多い。「伯母峰峠から和佐又山」コースも、まあ、そうである。

二十年も前のガイドだから、現在の道の状態はどうなのか、ちょっと気になる。最近の他の本でこのコースが取り上げられているのは見たことがないし、あまり歩かれてはいなさそうだ。しかしヤマレコサイトなどで見ると、最近も歩いている人はいないことはないようだから、まあ大丈夫だろう。

大和上市の駅前から大台ヶ原行きの9:00のバスに乗る。

大台ケ原行きのバス。

日曜なので、このあと9:30にもう一本ある。40人乗りの小型観光バス仕様の乗客は20人ほどで、伯母峯で降りたのはぼく一人だった。次は終点大台ヶ原だから、みなさん大台ヶ原まで行かれたのだ。

伯母峯バス停。

伯母峯バス停は、和佐又口を経由してわさび谷からぐんぐん高度を上げてきたバスが稜線近くで通り抜けるトンネル「大台口隧道」の先にある。広場が作られていて、かなり大きな売店の建物があるが、シャッターが下りている。以前はここから先が有料道路になっていてゲートがあったというから、それなりに賑わっていたのだろう。手前右には掃除の行き届いたトイレ、その奥の階段の上には東屋がある。以前は眺めがよかったのだろうが、現在はまわりの木々が茂って、それほどの展望はない。トイレの手前に少し朽ちかけたテーブル・ベンチがあり、そこで身支度を整える。

シャッターの下りた売店。
東屋。

道路を少し戻る。途中、茂った草木の間に大普賢岳の鋭峰がちょっとだけ見える。

大普賢岳が垣間見える。

トンネルの前を通り過ぎて左に向かう車道を行くとすぐに、右の斜面に長い金属梯子が設置されている。特に道標もないが、これがコースの取り付きらしい。

道路を戻り、トンネル前を左へ。
取り付きの梯子。
梯子の上から南の眺め。

梯子を登り、さらにジグザグに登ると、尾根の上に出る。

ジグザグ道の途中に、最初の道標がある。

この尾根のわずか右を、かつて伯母峰峠が越えていたようだ。左に進むと、下からも見えていた電波塔二基の脇を通る。ずっと尾根通しの道。左=南側はブナの混じる自然林でたまに眺望がある。右=北側=吉野側は杉の植林地で、びっしり茂った枝にほとんど眺めはない。

尾根筋の道。
南側はたまに展望がある。
尾根道続き。左(南)と右(北)で植生が異なる。

1132mピークの一つ手前のピークからの下りには、多くの露岩が並んでいる。苔むした石灰岩だ。これに見とれてその右側を下ってしまったが、本来は左を進むべきであったようだ。下り切ると小さな凹地があり(カルスト地形か)、その縁を回り込むようにして尾根筋に復帰する。

露岩帯。
凹地。

踏み跡ははっきりしているところもあれば、分かりにくいところもある。1132mピークを越えたあたりまでは、尾根筋から大きく外れなければいいので、それほどの問題はない。ルートはほとんど杉林の側に入っており、下生えはすっきりしていて、あまり通過に困難はない。たまに露岩が出てきたり、ツルシキミの群生があったりする程度だ。

問題は、その先の小さなコブを過ぎたあたりから先。ここから、ルートは、尾根を外れ、南の山腹を絡んでいく。ここには道標がある。最初は意外とはっきりした踏み跡だった。150mほどで、「←和佐又山ヒュッテ」というしっかりした道標が下の方を指して立っている。

下を指す道標。

上に続く踏み跡はかなり薄い。このあたり、地形図では、山腹を二本の破線が並行して走っている。ここまで歩いてきたのは上の破線に該当する。下の破線は、和佐又谷の東側から続いていて、この辺りから先、両者は並行するようになる。上をそのまま進んでもよかったかも知れない。が、道標の指す下側には、確かにかなり明瞭なもう一本の道が見えている。その間をつなぐルートはよく分からなかった。斜面に厚く散り敷いたフカフカの杉の落ち葉や枝を踏みしだきながら下り、下の道に出た。

下にはっきりした道が見える。

その先しばらくははっきりした道だった。やがて植林帯が終わり、ブナなどの気持ちのいい樹林になる。途中、尾根の一つの先端を回り込むところに東屋まである。

東屋。

先述の上下二本のルートが合流していることになっている分岐を通過(道標あり)。

分岐。

ところがその先、右上の尾根から露岩がゴロゴロ張り出しているところがあり、このあたりで何度かルートを失いかけた。

露岩帯。

なんとなく岩を避けてわずかずつ下に下に動いていたのが敗因だろう。ルートは、露岩の間を縫って乗り越えるような感じで続いていたようだ。ところどころにピンクと白のテープマーキングがあり、それをかなり上方に見つけて復帰する。同じようなことをやった先行者のものらしい足跡もあった。

谷の一つを横切る所で、この露岩帯は終わった。谷にも一つ大きな岩が挟まっていて、そのすぐ下に、壊れて苔むした古い木橋がある。浅い谷だし、水流はないので、通過に問題はない。

露岩帯終わり。谷に大岩が挟まり、苔むした橋が残っている。
黒々としたクルミがたくさん転がっている。

その先はさほどの問題はなかった。細い道ではあるが、路肩に土止めの丸太が敷かれている箇所が多い。

路肩が土止めされた明瞭な道。

最後は浅い谷の真ん中を通って、和佐又キャンプ場/スキー場の一角に飛び出す。歌碑分岐。ススキの広がる平地で、所縁のある古歌の巨大な石碑がいくつか立っている。休憩に手頃な平らな大石も、いくつもある。ひと休みしてオニギリを食べる。

「歌碑分岐」。休憩適地だ。

しかしここまでの山腹道で時間を取られ、ちょっと予定が押していた。ススキの原をそのまま100mも進めば和佐又ヒュッテで、そこからは舗装道路を歩いて下山になる。和佐又山へは標高差にして150mほどを往復することになる。ここまで、道のロストなども少しあったが、まあ想定の範囲内である。ここで和佐又山登頂を放棄して、のんびり山めしでも作って下山していれば、あとの悲喜劇は起こらなかったはずなのだが…。やはり山頂を目指してしまうのだった。

歌碑分岐の上から北東の眺め。

和佐又山自体は、和佐又ヒュッテから、(大普賢岳のオマケとして?)よく登られている山だ。しっかりした登山道もある。歌碑分岐から眺めると、右上方の斜面に、森を切り拓いたような、細長い長方形の草地が続いている。中を土止めの丸太がジグザグに登っている。おそらくスキー用のスロープなのだろう。そのジグザグを登り、長方形の上の角に達すると、左のほうに踏み跡が続いている。ほぼ水平に進むと、和佐又山の北東の尾根を絡んで登る本来の登山道に出た。それを登る。絶妙にジグザグが切られていて、かなりの急傾斜なのだが、ジグザグ一辺の長さとか、斜度とかが巧妙で、疲れていても自然に登ってしまえる道だった。

和佐又山登山道。

災厄は山頂に出るほんの10mほど手前のところに待ち構えていた。左の脛にピッと刺すものを感じた。慌ててそのまま山頂まで行き、ポイズンリムーバーを取り出し、吸引する。処置が早かったから、大したことにはならずに済んだ。どうやらハチらしい。飛んでいることに、まったく気づかなかった。そしてこの処置で一件落着した気になっていた。ほかに登山者はいない。

山頂目前。この数秒後にやられた。この画面のどこかに彼らは潜んでいたはずだが、今画像を拡大しても、蜂の姿は見えない。
和佐又山山頂。
山頂から仰ぐ大普賢岳。
山頂から南東の眺め。

しかしもうあと15分もしたら下山にかからないと、和佐又口15:23のバスには間に合わない。
ところがそこに20人程の老男女のグループが賑やかに登ってきた。考えてみると、この時、ガヤガヤと山頂直下にやってきた彼らに向かって、ハチがいるようだから迂回するように、と呼びかけてやるべきだったと思う。しかしそんなアタマはまったく回らなかった。彼らは口々にイタイ、などと叫びながら、山頂に向かって元気に突進してきた。全員ではないが、やはりハチに刺されたのだ。ポイズンリムーバーを出して、何人かの傷口を吸い出してやる。さらに全員の記念写真のシャッターを押すよう請われて写真を撮る。

賑やかだなあという感想と、バスの時刻が、ということしか頭になかった。集団より一足先に下りようと、そこでお先にと挨拶して、歩き出す。喜劇はそこで起こった。ハチが数匹、ブンブン飛んでいることに気づいたときは遅かった。慌てて横飛びに離れたのだが、彼らは容赦なく襲いかかってきて、7、8箇所刺された。この大勢の人が通過し、何人も刺した後で、ハチたちが興奮し、臨戦態勢になっているであろうことは、予想して当然だった。ところがそんなアタマはまったく働かなかった。まったく間抜けである。ゆっくり観察する余裕などは無論なかったが、小型のスズメバチ、キイロスズメバチではなかったかと思う。背中なども刺されたから、ポイズンリムーバーも使っていられない。山頂に逃げ戻り、ハチのいる所を避けて、グループと一緒に西側の道のない斜面を下りて、その下で登山道に出た。

そのままかなりのスピードで下り続ける。先ほどスキー場の方から出てきた分岐を過ぎ、和佐又ヒュッテの近くに下り着く。ススキの原に出る直前、ミカエリソウや赤花のゲンノショウコなどもチラリと目に入ったが、写真を撮ったりしている余裕は、気分的にも、バス時刻の関係からも、ない。

ヒュッテの前でちょっとだけ一息。そこからは和佐又口バス停に向かって、舗装道路の下り。この区間、かなり飛ばして、登山地図に1時間とあるところ、34分で着いた。バス停横の電柱の上の方にも、スズメバチの巣があり、その周りを蜂たちがブンブン飛び回っているのだった。

十数分後、バスが来た。週末はこの1時間後にももう一台バスがある。本当は、この時間差を利用して、湯盛温泉で途中下車して、一風呂浴びようと思っていたが、それもあきらめ、そのまま大和上市駅まで行く。

途中で家人に連絡を取ると、自宅最寄り駅前の医院が日曜も19時までやっているという。電車を乗り継いで2時間、診療時間終了の20分ほど前に滑り込んで、塗り薬と、念のための抗アレルギー剤を処方され、薬局に寄って帰宅。案の定、風呂とアルコールは控えるようにとのお達し。風呂は諦め、ぬるめのシャワーで我慢する。山頂で幸か不幸か飲む余裕のなかったノンアルコールビールを開けて、夕食。

ハチは二度目が問題だというが、症状の出方には個人差があり、判断はつかないという。今回の場合、ぼくは十数分の間をおいて二度刺されているが、その程度の間隔でも、気分が悪くなるなど「二度目」の症状が出る人もいるという。今回の一度目は素早く処置したからカウントされないのかもしれず、二回まとめて初回とカウントされるのかもしれない。あるいは2回分だったのだが、症状がごく軽くて済んでいるのかもしれない。それはこれから様子を見ないとということだろう。

身を挺した人体実験(バカである)でわかったこと推測されたこと(個人差はあるかもしれない):

  • 刺された瞬間は激痛が走る。その後、いったん沈静化するかに思われる。あとで、刺された周囲にかなり大きく発赤して熱を持ち、蚊に刺された場合と同じような痒みが生じる。しばらくは、間歇的に、チクチクした痛みも感じる。刺される前には分からなかったが、蚊と同じ痒みが出るというのは発見であった。赤み、かゆみが去るには二、三日かかる。
  • 古いマンガ表現などで、刺された部分が半円形に膨らんでボコボコの状態になるような絵が多く見られたように思うが、実際にはそれはない。大きく赤くなるだけである。(体質や、蜂の種類にもよるのかもしれない。)
  • 肌に貼る冷却シートは、かゆみなどを抑える上で、一定の効果があるように感じた。製品の箱には、ユーカリ、ラベンダー、ミントの絵が描いてある。ラベンダーオイルが火傷に効くことは経験から知っている。虫刺されにもある程度有効なのかもしれない。ただし製品の説明では、そういうものが入っていると言っているそばから、脇に「(香料)」と書いていて、つまりこれらを公式には薬効成分として扱ってはいないと匂わせている(香料だけに)。
  • 感心するのは、話に聞く通り、彼らが刺したのは服が黒っぽい色になっている部分と、髪の黒い頭だけだったことだ。服が明るい色になっていた腹部や、ニッカーの部分は襲わず、頭、腕、背中、靴下が暗色だった脛だけがやられた。無帽だったので、頭も狙われたが、これはすぐに頭蓋骨なので、あまり深く刺せなかったようだ。正確には黒いものではなく黒っぽいもの、色の濃いものを狙うようだ。だからおそらく、青でも赤でも安心ということはないだろう。もっと言えば、肝心なのはコントラストなのだと思う。何か敵と目されるものが動いていて、明るい部分と黒っぽい部分があれば、黒っぽい部分を狙ってくる。昔からの山岳修験者の衣装が白を基本にしているのは、清浄のイメージの他に、こういう(蜂を避けるというような)実用的な理由もあるのかもしれない。
この時着ていたウールシャツ。マークは刺された箇所。

子どもの頃からン十年、濃淡はあれ山歩きをしてきて、彼らとの遭遇を危うく回避した経験は何度もある。それがついにやられた。ヤキが回った、と言うべきか。

全体が白っぽい服を買わないとな。あとやっぱり3000m級か冬か春だな。それならスズメバチもヒルもいない。

黒岩谷〜六甲最高峰〜十八丁尾根

「山と渓谷社がやっているヤマスタの〈六甲山上周遊コース〉の実はみんな車で直近まで行けてしまうチェックポイントにわざわざ厄介なマイナーコースからアプローチする」シリーズ第二弾。六甲最高峰。(第一弾天狗岩はこちら。特にマイナーコースではなかったが最初に5つのチェックポイントを回った第0弾はこちら。)

阪急芦屋川駅からバスで東おたふく山登山口まで登ってしまい、そこから歩き出す。8:50頃。すぐに左に分かれて蛇谷を渡る東おたふく山登山道を見送り、舗装された道を登り続ける。やがて土樋割峠。9:20。左がもう一つの東おたふく山への道、右は蛇谷北山を経て石宝殿に至る道だ。

土樋割峠の道標。

そのまま林道を歩いて下るとすぐに黒岩谷。

土樋割峠から下ったところ。左は七曲り・雨ヶ峠、正面に黒岩谷が流れており、それを渡ると黒岩谷西尾根ルート。右が黒岩谷ルート。

黒岩谷を登る

黒岩谷東側の蛇谷北山の尾根を通って登ったことも、反対側の黒岩谷西尾根を登ったことも何度かあるが、黒岩谷そのものの谷筋をたどったことはなかった。なので、最高峰に行くついでに、このルートも潰してしまおうというわけだ。Masao さん(「山と橋を渡る」)の「黒岩谷徘徊マップ」を参考に歩く。以下、砂防ダム(堰堤)も、このマップの表記にならって、D1, D2…D8 とする。

キンミズヒキが多い。

黒岩谷出合で一休みして、左岸の道を歩き出す。最初は幅広い林道状、すぐに夏草の茂る踏み跡になる。すぐに最初の D1 が現れる。副堰堤を持つ二重のダム。その左側にザレた急斜面がある。ずっと上まで続いていて、これを登るのかと思ったが、一段登ったあたりで、D1 の横壁の上を右に進めばいいことに気づく。そのまま登り続けると、黒岩谷西尾根のコースに出るようだ。

「黒岩谷堰堤」(D1)
D1 左のザレ。少しだけ登って右に向かう。

D1を越えて右に移り、沢に並行する水の流れるもう一本の浅い沢のようなところを進む。

黒岩?
黒岩谷。

D2 は「崩れた石垣のある古いダム」。崩れた石垣というのは、左の横壁のことらしい。石垣の内側の土砂が流失してしまっている。そのすぐ下を登る。越えると水流は一旦消える。

D2 の「崩れた石垣」。

D3 は右手前の踏み跡を急登。上部にロープがあり、その終点から左にトラバースする。枯れた笹薮の急斜面。D3上部を越えたところで下る。このD3、巻道を取らずとも、ダム自体に取り付けられたコの字型ステップ(通称ホチキス)を使って越えることもできたようだ。

D3 の巻道。ロープがある。

すぐ先に D4 が現れる。D3 と D4 の間は、フサフジウツギの咲き乱れる明るく荒れた河原。両岸に岩壁が迫っている。間の左側の岩場の上部にはスズメバチの(放棄されたらしい)巣が見えた。ハチはいない。

奥にD4の見える河原。
スズメバチの巣。
ゴマダラカミキリ。

さて D4 をどう越えるか。この黒岩谷コースでは、この箇所でだけ、ルートを見つけるのに少し難儀した。Masao さんは「左岸斜面を登る」とあっさり書いているのだが、どこから取り付けばいいのか、最初わからなかった。夏草が茂っているためだ。堰堤の左側(右岸)は段差の大きい(50~80cmだろうか)コンクリートのステップ状になっている。ザレた斜面からこれに取り付いて無理やりよじ登ることは、不可能ではないにしても相当に困難に見えた。

D4左。これを登るのはキツい。

草がかぶっていて最初はルートがあるように見えなかった堰堤右側、よくよく見ると登れそうだ。堰堤ぎわを草と灌木を分けて登ると、最後の部分には堰堤の壁に「ホチキス」が設置されていて、意外と簡単に越えることができた。取り付きはもう少し手前からもっと緩やかな道があったのかもしれない。冬枯れの時期なら、もっと簡単にルートが認識できただろう。低山の未知のバリエーションルートに、こういう季節に来るものではないということかもしれない。

D4 右。こちらが正解。
アサギマダラ。

D5 について、Masaoさんは「古いダム左岸を高巻く」と書いている。この踏み跡は明瞭。越えると右から入るおこもり谷の流れに出る。草地の中を左に歩いて黒岩谷本流に戻る。このあたりから、谷が狭まって、木々が茂っているせいもあって、少し暗い感じになる。

D5。
D5 の巻道。ここを越すと、
おこもり谷に降りる。左に歩いて黒岩谷本流に復帰。

D6 は10m手前左に明瞭な踏み跡がある。このあたりでブーンという音を聞く。スズメバチかと思ったが、山上を走るバイクの音らしかった。

涸れた沢の芯を行く。D7 は直前左尾根状の地形の笹の中に明瞭な踏み跡がある。

D7 直前の小尾根状、笹の中に明瞭な巻道がある。
D7 を上から振り返る。
沢が狭まってくる。

D8 は古い低い堰堤と新しい巨大な堰堤の連続。手前の古い方には木製の梯子が設置されていて、簡単に越える。少し進むと、奥の巨大堰堤の手前左側に、工事用の金属製の階段が残されており、これを登った先、さらに急斜面をフィックスロープで登ると、堰堤を越えることができる。

D8 手前の古い堰堤。梯子がある。
工事用の階段。
ユーモラスと言えなくもない D8 の表情。
急斜面のフィックスロープ。

少し平坦に進んで、涸れた沢を渡ると沢沿い右側の笹薮の登りになる。

D8 の上の道。

最後右に沢筋を離れ、ザレた急登で小尾根に乗る。左に二、三分で縦走路。

縦走路に出た。

この黒岩谷ルート、顕著な滝はなく、あくまでも堰堤登りだが、先日の大月地獄谷のような巨大堰堤脇の激登りはなく、茂った草に惑わされさえしなければ、比較的短時間で最高峰にアプローチできるルートではある。

六甲最高峰

縦走路はすぐ車道に出て、カーブを過ぎると一軒茶屋。道路を渡ったところがおなじみの最高峰への登り口。トイレと東屋1がある。東屋1でアルファ化米のエビピラフにテルモスのお湯を注いで密封してから、コンクリートの坂を登る。この辺り、白花のゲンノショウコが多い。

ゲンノショウコ。

コンクリート坂が最後に右に曲がるところに東屋2があり、その背後に旧?登山道が隠れている。コンクリート坂をそのまま進んでもいいのだが、こちらから登り、最高峰山頂へ。途中、山頂石碑がある。山頂そのものは、かつては軍用に接収されていて、入れなかったらしい。人々はここまで来て満足したのだ。右手には現在巨大な電波塔が立っている。

古い山頂碑と電波塔。

さらにひと登りで本当の山頂へ。西よりの灌木が伐採されたのか、山頂は異様にスッキリして、北側の展望が爽快に開けている。ヤマスタ獲得。

異様にすっきりした山頂部。
山頂から西の眺め。
山頂から北の眺め。やはり羽束山が目立つ。

展望を楽しんでから、鉄塔の脇を通り、コンクリート坂を下って、東屋2に戻る。ここからは南面の展望が開けている。やや霞んではいたものの、大阪湾の曲線の向こうに金剛山がそびえ、その奥には大峰の山々の稜線がくっきり見えている。

東屋から南の眺め。金剛山の向こうに大峰山が見えている。

東屋2で昼食。シエラカップに少量の水とホワイトソースとコンソメとカニ缶を放り込み、少し煮込む。先ほど準備しておいたアルファ化米のエビピラフにかけて、「アルファ化米エビピラフのカニクリーム丼」完成。ちょっと水分が多くてリゾットになってしまった。『ウルトラライトスタイル UL 山歩きのビジュアル読本』所収の「げんさん」レシピ。カニ缶丸ごと一個を放り込んだゴージャスレシピなのだが、あまりフォトジェニックではない。あとでfacebookでご意見頂いたのだが、グリーンピースやチャイブを散らすと良かったかもしれない。

アルファ化米エビピラフのカニクリーム丼と言うかリゾット。

十八丁尾根を下る

40分ほども休憩してから、さて北へ下山。魚屋道が一番無難だが、ちょっと目先を変えたい。瑞宝寺谷西尾根も白水尾根も歩いたことがある。白石谷は面白いが、紅葉谷林道が2年以上前から通行止めのせいで、最後に炭屋道を登り返さなければならないのが鬱陶しい。ということで、「登山詳細図」も載せているマイナールート、個人的に未踏の十八丁尾根を下ることにする。

一軒茶屋に戻り、自販機でお茶を一本補給し、車道を戻り、先ほど出て来た縦走路の向かい側、阪神大震災で使われなくなった旧車道に入る。今はトンネルが通っている後鉢巻山の北側を回り込む道だ。特にこの西側部分は、植物が生い茂って、元ここが舗装された車道だったとは思えない状態になっており、自然のパワーを感じる。

後鉢巻山北側の旧車道、西部分。
東部分。

東側半分は、まだまだアスファルトの路面も広く露出している。その途中、カーブミラーが虚しく残り、白いガードレールに六つの丸がマーキングされているところを越えて下るのが十八丁尾根のルートだ。いきなり笹薮の中の急下りから始まる。

このガードレールをまたいで十八丁尾根ルートに入る。

「登山詳細図」には一つ大きな問題があることがわかった。てっきりGPSを取りつつ作製されたものと思っていたが、どうやらカンや思い込みでコースラインが引かれているところがかなりあるようなのだ。「登山詳細図」には、ユーザーもGPSが取れ、自分の現在地が直ちに確認できるようなアプリ版も提供されている。このアプリは前に書いたように、Field Access 2 のOEM版だ。後発だし、大縮尺の「詳細」図だから当然、地図のコースラインも、Field Access などを使いつつ踏査されたものだと思い込んでいた。

最初にあれ?と思ったのは、先日摩耶山の桜谷道を登ったときだ。その下部のコースラインは実際の道からかなりズレている。しかし道標も完備ししっかり整備されている道だから大過なかった。問題は「熟達者向き」として掲載されているバリエーションルートだ。

今日の十八丁尾根ルートの第一の問題は、「登山詳細図」に「小ピーク」と書かれた分岐だ。地図には、直線的なルートには「不明瞭」と書かれ、分岐して曲線を描いているルートと少し先で再び合流することになっている。実際の分岐はピークの少し手前にある。地図はピークそのもので分岐しているように描いている。実際の分岐を、無関係な脇道なのだろうと思い、そのままピークに進む。ピークには分岐はない。そのまま一本道を進む。一応踏み跡は続いている。激下りで小さな谷地形に下る。水はなく、道のように見える。ところがその先はとんでもなく急傾斜になって、道は消える。しかしこの進退窮まる地点は、地図上で「不明瞭」ではないほうのルートと再び合流することになっている場所である。だがどう見てもそんな気配はない。ここでかなりの時間ウロウロしてしまった。

進退極まったあたりの右側はこんな断崖。

幸い携帯電波が入っていたので、「六甲山系アラカルート」の記述を確かめる。その地図に記されたルートは、あの小ピークあたりから分かれる一本北側の尾根上を忠実に辿っている! 谷の斜面を藪漕ぎして、その尾根を目指す。なんとか出ることができて、思った通り、尾根上には明瞭な踏み跡が続いていた。

尾根上の本来のルートに出た。
薮漕ぎの途中で見かけたキガンピ。

おそらく、小ピーク手前の分岐を右に進んでいれば、ここにまっすぐ通じていたのだろう。これでおよそ1時間のロス。

「登山詳細図」。紫が地図記載のライン。緑はGPS記録。赤いラインは本来辿るべきだったと推測されるルートを書き込んだもの。

とにかくこのあたりの「登山詳細図」の描くルートの線は、GPSを使ったチェックをしているとは思えないし、等高線を読んですらいないのではないかと思われる。良いところもたくさんある地図だが、そういうものだと思って使わないと、却って道迷いの危険が増大するだろう。六甲でマイナーなルートを歩くときは、現状、より正確性が期待できる「六甲山系アラカルート」サイトのような情報源と十分に突き合わせた上で利用すべきだ。

つまり、今現在は、「経験とカン」によって引かれてきた登山地図のルートの線(データ)が、直ちにGPSの取れるアプリに載せられているという状態があるのだ。そういうアプリを最初から使って地図を見始めた人は、当然そのラインは正確なものと思うだろう。自分自身はいるべきところにいるにもかかわらず、地図のラインに乗ろうとして間違った方向に移動するかもしれない。

ちなみに「山と高原地図」ならどうか。もともといわゆるバリエーションルートはあまり載せておらず、この十八丁尾根ルートも描いていない。積雪期でもない限り、道標の完備したメジャールートでは問題は起こりにくいだろう。一般論として、「山と高原地図」は古く紙版のみの時代から使ってきており、コースラインの精度が多少低いところがあるのは仕方ないかなという気がしているし、年々改善が加えられてきてもいる。しかし最近になって山歩きを始めた人、GPSの取れるアプリ版から使い始めた人は、ぼくが最初「登山詳細図」対して抱いていたような感覚で「山と高原地図」にも接するかもしれない。いずれにしても、今は、スマホによって急速に一般化したGPS利用と、古いやり方で作られてきた登山地図との間に齟齬が生じている過渡期のように思われる。やがて改善されていくだろうが、われわれは現在はそういう事情を踏まえて登山地図を読んでいくべきだということになるだろう。

そのあとは迷うようなところはほとんどなかった。たまにルートが尾根筋を少し離れ、いったん右に下って山腹をトラバースし、また尾根上に復帰するというような箇所が二、三あり、そういう所ではテープなどのマーキングに注意する必要がある。急下りが一段落して緩やかになった先は、前方の小ピークに登り返す。

一旦緩やかになったあたり。

一度芦有道路の脇に出る箇所がある。14:10。ここからも京都方面の山々がよく見えている。10分休憩。

「芦有ドライブウェイ」の脇に出た。

再び山道に取り付く。その先が意外と時間がかかった。「登山詳細図」が「工事中立入禁止看板」と記している箇所にそのようなものはない。工事がとうに終わったからだろう。そのすぐ先、右下、芦有道路のトンネル入り口の上方に、真新しい砂防ダムが見下ろせた。おそらくこの工事だったのだろう。(この先、有馬街道に出る直前に記されている「赤青タンク」というのも、どうやら存在しない。古い小咄、盗賊の間抜けな子分が、押し入るべき家に目星をつけて来いと命ぜられ、屋根の上にカラスが止まっている家だ、戸口に唾で印も付けてきた、という小咄を思い出す。)

芦有道路と、真新しいコンクリート壁を見下ろす。
「六甲山系アラカルート」で「尖り岩」と名付けられている岩の下を通る。

標高およそ630mの分岐、「登山詳細図」は右のルートは150m先で「行き止まり」だと断言している。しかし「六甲山系アラカルート」さんが「十八丁尾根」ルートとして紹介なさっているのはこちらの道で、もう「登山詳細図」よりも「アラカルート」の方を信用する気になっていたから、そっちに進む(「登山詳細図」が掲載している左の道も、「アラカルート」さんは「松尾橋~十八丁尾根」ルートとして別に紹介なさっている。ただし途中540mピークから先のルートは異なっており、アラカルートに紹介されているほうの道を詳細図はやはり行き止まりだと言っている)。右の道を進んでみると、実際、踏み跡、テープマーキングはどこまでも続いていて、行き止まりなどではない。

しかし尾根から下り切る直前、右側の谷には大規模な崩落の跡があった。これはアラカルートにも記載がないので、ごく最近のものだと思われる。

崩壊地。

その崩壊地の縁に沿った林の中を多数の赤テープに導かれて下る。下りきったあたりの前方には、なぎ倒された木々が折り重なっている。その手前を左に向かう踏み跡が続く。15:25ごろ。途中の分岐で少し長めに休んでいたせいでもあるが、芦有道路出合からここまで、予想より30分も余計にかかってしまった。

下ったところを「アラカルート」さんは「林道」と記している。おそらく「かつて林道であったもの」と呼んだ方が正確だろう。一度切り開かれた林道ないし作業道が、長い間手入れもされず使われもせず、自然に還りつつある状態のように思われた。幅広い林道の面影はあるものの、倒木は多く、道の真ん中にも不規則に植物が生え、左の山腹からの湧き水で水浸しになっている箇所もある。

一応「林道」っぽいが、
こんなところも、
こんなところもある。

右下にダム湖がちらちらと見えるあたり、そのダムを越えるために、土手状のところを一段登る必要のある場所がある。ここもテープに助けられて進む。「登山詳細図」が540mピークからの下り道として掲載しているルートはこのあたりで合流しているはずだが、よくわからなかった。

ここで一段登る。

やがて一段下の、もう少ししっかりした林道に合流する。道路沿い右側にはフェンスがある。舗装もされている。その道の真ん中を、黒いホースが延々と続いている。

右にフェンスのある舗装林道に出る。
しかしその先も、両側のザレた崖からの土砂で埋まりかけているところもあった。

有馬街道に出るはずのところ、蛇腹の白い扉が閉まり、左には灰色の三角の塔が立っていて、何か工事をしている。ここまで続いていた黒ホースは、ここに水を供給しているようだった。扉の脇から抜けられないかと思ったが、草が茂って通れそうにない。蛇腹扉に手を掛けてみると、簡単に開いた。左の奥で何か作業をしている人の姿が見えた。一言声をかけるべきかとも思ったが、そのまま黙って通り抜け、再び扉を閉じておいた。15:50。外にあった表示板を見ると、ボーリング作業をしているらしい。有馬温泉は近い。この有馬街道と有馬高槻構造線は一致している。どこかの企業が新たな泉源を得ようとしているのだろう。

ボーリング工事中。この蛇腹扉を開けて出てきた。

有馬街道の道の向かいは神戸市立有馬霊園の入り口。時々車の通る街道を、有馬方向に少し歩くと松尾橋バス停。しかしタイミングが悪く、バスは有馬温泉方面にも宝塚方面にも1時間ほどない。有馬までそのまま歩くことにした。

有馬街道脇のクズの花。
ガガイモ。初めて見た。

「芦有ゲート前」の交差点を右折し、すぐ先を左折して、古泉閣の「私道」の坂を下る。古泉閣の前を通り、小さなトンネルを抜け、さらに急坂を下ると有馬温泉の中心部に出る。

古泉閣のトンネル。

有馬街道に出てから30分で金の湯着、16:20。汗を流して、バスで宝塚に出て帰宅。

湯上りにはこれ。

大月地獄谷〜天狗岩東尾根〜天狗岩(六甲)

大月地獄谷から天狗岩に行こうと思い立った。二年前により初心者を意識して改訂された「山と高原地図」も、大月地獄谷の途中から天狗岩東尾根を登るコースは破線で残している。最近出た「登山詳細図」も、「熟達者向き」とはしながらも、同じコースを掲載している。いずれも、大月地獄谷の上流部・核心部はコースとして載せていない。だとすれば、両者が載せているこのコース、そこまでハードではあるまいとタカをくくって行ってみることにした。

「登山詳細図」(左)と「山と高原地図」

ちょっと気になったのは、ネットに上げられている他の人たちの記録に、このコースが見当たらないことだ。みなさん大月地獄谷の核心部を歩き、最後まで沢筋を詰めて、みよし観音に出ていらっしゃる。大月地獄谷から天狗岩東尾根に取り付いている記録は見当たらない。これは何を意味するのか。

阪急岡本で降りて、神戸市営バスのJR本山駅前バス停まで歩く。山手幹線南側のバス停から渦森台行き神戸市営バスで渦森橋下車。

渦森橋バス停。

降りたところは西谷公園という小公園になっている。身支度を整えるのによい。渦森橋方向に少し戻ったところに飲料の自販機がある。バス道を少し戻って渦森橋を渡り、左の坂道へ。アスファルト道だが、すでに沢沿いで、住宅などはない。

車道を登る。
ボタンヅル。

500m先、最初のヘアピンカーブで車道を離れ、まっすぐそのまま沢沿いの山道に入る。

奥のヘアピンカーブを曲がらず直進。

すぐに荒神山第二堰堤(高さ13.5m)。水管のようなものをまたいで荒神山第二堰堤を越す。

荒神山第二堰堤。
水管のようなものをまたいで登る。

そのまま山腹の狭い道を少し右へトラバース。すぐにザレの急降下。金網留めの石を下りると下に踏み跡。ぬかるんでいる。キンミズヒキとヤブランの花が多い。

ヤブランの群落。

夏草と蜘蛛の巣に悩まされながら踏み跡をたどると石積み堰堤。右からなんとか越す。「登山詳細図」は「悪場」と記している。最後水平に無理やり堰堤の上に移ったが、右からもう一段登ってからの方がよかったかもしれない。

石積み堰堤の「悪場」。岩壁から左の堰堤上に移るところが「悪い」。

すぐ先、右に、住吉霊園からのものらしい階段状水路が降りてきている。同じタイプのもう少し幅広いものは惣河谷支流で見た。その横で右岸に渡る。

階段状水路が降りてきている。

少し先、傾斜がややきつくなり、ガレて岩と倒木の詰まった小滝。その入り口右側に小さなコンクリートの壁と、謎の鉄製の台がある。

小さなコンクリートの壁と謎の鉄製台。

ここは沢の芯に近いところを進む。一段登るとまた緩やかに小広くなる。ここで左岸へ渡渉。赤い岩の小滝を真ん中から超える。

渡渉しつつ進む。すぐに沢は左に曲がる。

この先で沢は左に曲がる。

その岩角を曲がると倒木。左の窪の下から越す。ちょっとした釜のある小滝を左から越える。

釜を持つ小滝。

その先も適当に渡渉しつつ進む。夏場の低山の、人のあまり通らないルートはどこもそうだけれど、蜘蛛の巣がひどい。市街地ではあまり見かけなくなったジョロウグモがいたるところに巣を張っている。手刀で巣を払いつつ進むのだが、それでも時々まともに顔にくらう。幅が狭くなったところにかかる小さな滝の先に巨大な荒神山第三堰堤(高さ18m)が姿を現わす。

小滝の先に荒神山第三堰堤。

小滝の左に、電線らしい黒い細いケーブルが見える。そこに踏み跡があり、少し登るとトラロープの張られた急登りの巻道が付いている。堰堤の上に出て休憩。ただし湿っぽいので要敷物。

荒神山第三堰堤の巻き道。
荒神山第三堰堤上の看板。

堰堤左隅から下る。上は平流。

荒神山第三堰堤を上流側から振り返る。

すぐ右に渡渉。広い中洲の右ヘリを進む。いったん左に寄って、また流れに戻り、左岸へ。低い石積み堰堤と、その向こうにまた大きな荒神山第四堰堤(高さ19m)が見える。

荒神山第四堰堤が見える。

登山詳細図はここは左からと指示しているが、石積み堰堤を越えてすぐ、右側に登る踏み跡があった。Masaoさんの「大月地獄谷徘徊マップ」でも右から越えているので、これを登る。

手前右側の踏み跡。

ところがあと少しで堰堤の上というところ、ちょうど通り道の木の根方に径10cmぐらいの錆びた鉄管が転がっており、そのまわりをスズメバチが一匹飛んでいた。慌てて少し戻る。再びそろそろと近づいてみると、蜂は管の縁に止まっていた。小さな枯れ枝を投げつけてみると、もう一匹、管の中から出てきた。これはダメだ。巣があるらしい。彼らを刺激せずに横を通過することはできそうにない。少し戻る方向に、さらに登る踏み跡があったので、これを登ってみる。かなり登って少し下り、水平に進む踏み跡をたどると、コンクリートの擁壁を通って無事第四堰堤の上に出た。一難去ったところでまた一服。

第四堰堤の上に出るところ。
荒神山第四堰堤上の看板。

そこから上流側に下る踏み跡も、急ではあるが明瞭だった。すぐに金網で岩を押さえた低い堰堤がある。これを越えて進むと10mほどで石積み堰堤。右側、ザレた斜面から越す。

キンミズヒキ。

すぐにまた3mほどの石積み堰堤。手前左側は石垣になっている。これも右の土の斜面を登る。そして三たび、似たような堰堤。これは左の岩と土の崩れかかったような斜面から越す。右側の岩壁にはイワタバコが花をつけていた。ミンミンゼミがやかましい。すぐ先に4つ目の低い石積み堰堤。右から難なく越す。

第四堰堤の上、三つ目の石積み堰堤。左から越す。
イワタバコ。
タマゴタケ。

そしてこれも巨大な紅葉谷堰堤(登山詳細図で「紅葉台堰堤」となっているのはタイプミスだと思われる)。

紅葉谷堰堤。

薮をくぐって覗くと、直前の右岸急斜面にトラロープが張られている。

紅葉谷堰堤巻き道のトラロープ。

ロープに助けられつつ登り切る。この堰堤の上には、名称や幅、高さの表示板はなく、「危険 入らないでください」と書かれただけの札が立っている。支柱に小さく、手書きで「紅葉谷えんてい」と書かれたタグが下がっている。

たまに風が吹き寄せる。山の風は木々をざわつかせながら寄せてくるので、少し前から、あ、来るな、というのが分かる。

紅葉谷堰堤からおりて、しばらくガレた沢の中を歩く。やや倒木が多くなる。

ガレた沢。

倒木が多くなる。

そして本日最後の、紅葉谷第四堰堤(高さ16m)。ここまで滝らしい滝はなかった。大月地獄谷の核心部はこの先で、大滝、紅葉滝、さらなる堰堤群が続くらしい。が、今日はここから尾根に取り付く。堰堤の左側、杉の巨木にピンクと黄色のテープが巻かれ、そこまで登ると左に折り返すように急登する巻道にトラロープが下がっている。

右上の明るい部分が紅葉谷第四堰堤。上の杉の幹にピンクのテープが巻かれている。そこから左上に巻き道は続く。

杉の根やロープに頼りながら登る。道は堰堤上部の看板を見下ろすところからさらに登って、もう少し上まで行き、そこではじめて向こうに下るロープが下がっている。

紅葉谷第四堰堤の上部よりさらに登って堰堤の看板を見下ろす。

そこから下らず、そのまま踏み跡も判然としない急斜面を登り続ける。天狗岩東尾根の枝尾根に乗った。考えてみると、「登山詳細図」の、沢から離れる地点に記された「天狗岩東尾根 弱点取付き」という言葉はなかなか微妙絶妙で味わい深い。急斜面で切り立った天狗岩東尾根の下部、ここから取り付こうと思えば取り付けるよ、というのが「弱点」の意味するところだろう。つまり明確なルートがあるわけではない。ちなみに昭文社の登山地図は、いったん紅葉谷第四堰堤を越えてさらに谷を進んだ紅葉谷(大月地獄谷本流)と赤滝谷の合流点近くから、天狗岩東尾根に登る破線を記している。もしかしてそちらにもっと明瞭なルートがあったのだろうか。

あたりは植林地で、枝打ちされて落ちた杉の小枝がいっぱいに折り重なっている。

杉の小枝が折り重なって踏み跡も定かでない。ここを登る。

上へ上へと登っていくと、上に向かって延びるプレインなロープかあらわれた。コースを示してくれているのかもしれない、しめた、と思ったが、結局杉植林の一角を囲んでいるだけの、作業用の目印のようだった。さらに登ってメインの尾根に乗る。ここまで来れば大丈夫、もう迷うところはないはずだが、登山詳細図に「テープ多数」と書かれた地点は、少し手前の木の幹に白テープが巻かれているところが一箇所あっただけ。多数のテープなどは見当たらなかった。白く巨大なシロオニタケがあちこちに生えている。下生えが笹になって、その間を分けていく踏み跡らしい踏み跡が現れる。ここからはとにかく尾根筋を外さずに進めばよい。

下生えに笹が現れる。

尾根の上は、涼しい風が吹き越していくのがありがたい。ずっと樹林で、たまの木の間越し以外に展望もないかわり、強い日差しを受けることもない。

天狗岩東尾根は痩せたところもあるが、尾根のライン自体は概ねなだらかではある。登山詳細図が中程に記している「松大木」というのはよく分からなかった。もう少し上の地点にこれかなあという木はあったが、あたりの他の松に比べてとりたてて太いわけではない。

なだらかな中で、天狗岩直前の標高650mから690mあたりだけ等高線が詰まっているなあとは思っていた。実際にそこまで行ってみると、巨石の折り重なるちょっとした岩登り箇所だった。ロープも、使いはしなかったが、一二本下がっている。よじ登って岩の上を覗くと、労うかのようにシコクママコナの群生があり、またホツツジの花も見かけた。

シコクママコナ。
ホツツジ。
巨岩の登り。
イワカガミ(花はないが)もあった。

巨岩地帯をやっとこさ越え、ほんの少し傾斜が緩んだ後、最後は笹薮の中の急登になる。笹に覆われて不明瞭ながら、かろうじて踏み跡が続いている。

笹薮の中の踏み跡。

それを抜けて、ようやく、天狗岩に着く。

天狗岩に到着!
天狗岩から南東の眺め。

ヘロヘロであった。再三の滝登りならぬ堰堤登り(六甲名物)、蜘蛛の巣との格闘、天狗岩東尾根取付きのルートファインディング、笹薮をかき分けての詰め。久しぶりにこういうルートを歩いた気がする。明瞭な登山道を歩くだけの伊吹山も大山も、ある意味ちょろいもんである。

ヤマスタのスタンプも獲得。水分を摂り、しばし息を整えてから、本日の山めし。「お手軽ルーロー飯」。小雀陣二『山料理』のレシピ。五香粉がポイントだ。

「お手軽ルーロー飯」。
その材料。

さて下山。当初の予定では天狗岩南尾根を下るつもりだった。天狗岩には東尾根を示す道標はないが、南尾根の道標はある。よく整備された登山道であるらしい。一時間ほどで寒天橋に下れるはずだ。しかしかなりくたびれたし、時間も遅くなった。六甲ケーブルで下ることにする。われながら軟弱である。天狗岩から北に向かい、かつてのロープウェイの鉄塔の下を過ぎると、すぐに舗装道路になる。T字路を右に行けば、ロープウェイの天狗岩駅がゴンドラとともに残っているらしいが、左へ。またT字路になって、「サンライズドライブウェイ」に行き当たる(この関西の山地の道路に多い「ドライブウェイ」という誤用というか和製英語、本当になんとかしてほしい)。天狗岩でも作業機械の音がかすかに聞こえてきていて何だろうと思っていたら、旧オリエンタルホテルの解体?作業中だった。車道を歩いて途中から左へ。六甲ケーブル山上駅への道に入る。

ケーブル山上駅への道路から、かつてのロープウェイの支柱(中央)と天狗岩(その右)を振り返る。

天狗岩から山上駅へは20分ほどで着いた。17:00ちょうどのケーブルカーで下る。バスで阪急六甲へ。

帰り着くと、家の駐輪場にもスズメバチがブーン…。

このコースだが、特にオススメはしない。大月地獄谷は滝の現れる核心部前で離れてしまい、そのくせ激登りの堰堤越えは多いし、荒れた沢は特段美しいわけでもない。ルートファインディングの必要な天狗岩東尾根取り付きは初心者には決して薦められない。「登山詳細図」はともかく「山と高原地図」がこのコースを載せ続けていることには、いささか疑問を感じないでもない。ほんのところどころ、小さな宝石が転がっていないわけではないのだが。というわけで、言ってみれば好事家向きということになるだろう。

六甲山系登山詳細図

こんな地図が出ていることに書店で気づいた。「登山詳細図」六甲西編六甲東編。ベースは二万五千の地形図を倍に引き伸ばしたもの。だから等高線は比較的見やすい。コースには番号が振られ、2行程度の概略説明が欄外に記されている。昭文社の登山地図には出ていないルートなども記されているが、ふだん「六甲山アラカルート」などのサイトを参考にいわゆるバリエーションルートを歩いている人にとっては、コース数の点ではやや中途半端に感じられるかもしれない。それでも名前の通り、各種の記載は極めて詳細である。

当初謎に思ったのは、主なルート以外、地点間の所要時間は記されす、距離を数字で記している点だ。適当な時間を記しておいてくれた方が使いやすいようにも思うのだが。通常の登山地図ではおよその所要時間が記されている。山道を歩く上で私たちが必要とするのは、少なくとも計画段階では、所要時間であって正確な距離ではない。そもそも、水平距離(だろうが勾配を計算に入れた実際の距離だろうが)の数字だけでは、参考にはなりにくい。距離からおおよその所要時間を推定計算することは可能でも、勾配を計算に入れなければならない。勾配は等高線から読み取れということだろうか? だったら距離も地図上から読み取ればいいはずだ。

…と最初は思ったが、一回使ってみてわかった。おそらくつまり、現地で、これだけ歩いたからこのポイント近くに来ているはずだ、という距離感覚、つまり自分がさっきの地点から今まで何百メートルほど歩いているかという感覚を持てということなのだと思う。この地図には道標などの位置が事細かく記されているので、もうこの道標が現れるはずだ、そろそろ分岐点のはずだ、といった捉え方をしろということなのだろう。もちろんその距離自体、上述のように地形図自体から読み取ることは可能なはずだが、そこをもっと意識してはどうかという提案なのだと思う。そうした感覚を養うことは、確かに道迷いの防止にも効果があるはずだ。

この地図、iOSアプリ版もあって、「登山詳細図」という名前。アプリ自体は無料。アプリ内購入でこの六甲山の地図もダウンロードできる。アプリ自体は、明らかに Field Access 2 のOEM版だ。だからよくできている。

六甲のほかに、

などが出ているようだ。

追記:この地図、利用する上で少々注意しなければならない点があるようだ。詳しくはこちらの記事を参照。

山めしレシピ:ローズマリーとバターのスパゲッティーニ

で、たまにはこちらからレシピの発信もしようかと思う。と言っても、„Brigitte Kochbuch-Edition: Pasta“ という本のレシピを、山めし用にアレンジしただけのものだ。前のポストの画像でチラ見せしたやつ。

材料(一人分)

  • スパゲッティーニ…80g
  • ガーリック顆粒…適量
  • ローズマリー…1枝
  • バター…20g
  • ブイヨン顆粒…小さじ1
  • パルメザンチーズ…適量

手順

  1. スパゲッティーニを水とともにジップロックに入れておく。
  2. ガーリックと、枝から毟ったローズマリーの葉、バターをフライパンに入れて数分炒める。
  3. スパゲッティーニを加え、よく混ぜる。さらにブイヨンを振り、混ぜる。
  4. 火を止め、パルメザンをたっぷりかける。

「水漬けパスタ」の方法を使うので、パスタはなんでもいいのだが、日清フーズの「小鍋で作れるスパゲッティミニ」がぴったりだった。Style ONE ブランドの OEM でも販売されている。長さが短いので、山用の調理器具に入れやすいし、調理時間も短いから、水漬けにせずに現地で少なめの水で一から茹でるのでもいいだろう。

松ヤニの香りだとも言われるローズマリーは、ぼくは好きなのだが、食用になるハーブの中でも、案外これといったレシピが多くない。せいぜいジャガイモを炒める時に使ったり、肉料理の香りづけに使ったり。それがここでは主役級になっている。

大昔の英文学の翻訳書で、「マンネンロウ」と訳されているのがローズマリーのことだと知ったときはなかなかの衝撃だったが、ローズマリー自体は、近年、入手が容易になっている。案外あちこちの植え込みに使われている。西宮なら芸文の周りとか、K大学だったらLチャペルの周りとか。なので、一枝失敬してくる…のは、ツツジの花の蜜を子供に吸わせただけで器物損壊だと騒ぐ人もいる昨今なので、控えた方がいいかもしれない。特に安息日には避けたほうがいい(え?)。一番いいのは、庭やベランダに一本生やしておくことだ。

「ヤマスタ」六甲山コース

山と渓谷社が「ヤマスタ」というのをやっている。スマホアプリを使い、指定された山頂などで「チェックイン」すると、その地の「スタンプ」がアプリ内で付与される。ある意味ポケGOなどにも類する一種のARだと言っていいだろう。チェックインポイントがグループ化されて、そのすべてを踏破すると認定証、ピンズ、缶バッジなどの賞品が与えられるという「スタンプラリー」が各種設定されている。「スタンプラリー」には1日2日だけのイベントもあれば、8ヶ月ほどの期間内にクリアすればいいもの、「百名山」のように期限設定がないものもある。

近場でクリアできそうな「ラリー」もあるので、ちょっと乗ってみることにする。「六甲山上周遊コース」と「六甲縦走コース」。(この他にも、「関西7サミッツ」「関西ダイヤモンドトレイル」「鈴鹿山脈十座」「日本百名山」にも一応エントリーした。)「六甲山上周遊コース」と「六甲縦走コース」の「チェックインポイント」は次の通り。

六甲山上周遊コース

  • 六甲ガーデンテラス
  • 天狗岩
  • 天覧台
  • 三国池
  • ダイヤモンドポイント
  • 穂高湖
  • 掬星台
  • 摩耶山
  • 神戸市立森林植物園(正門前)
  • 六甲山最高峰

六甲縦走コース

  • 六甲ガーデンテラス
  • 摩耶山
  • 六甲山最高峰
  • 長峰山
  • 市ケ原
  • 鍋蓋山
  • 菊水山
  • 高取山
  • 旗振山
  • 横尾山

見られる通り重複もある。至近距離の摩耶山(三角点)と掬星台が並んでいたり、「縦走コース」に縦走路から外れる長峰山が入っていたり、少し謎なところもある。ルートが指定されているわけではなく、どんな順序で回っても構わない。過去に訪れたことがあっても当然ながらカウントはされない。最高峰や横尾山、市ケ原など、以前に何度も行っているが、改めて出かける他ない。

先日、天覧台とガーデンテラスのスタンプはゲットしてあった。木曜日、主に「六甲山上周遊コース」のチェックインポイントのいくつかをクリアするつもりで出かけた。こういうののために歩くのは少々邪な気もするが、六甲山上でまだ歩いていない部分に行ってみるいい機会にもなるだろう。そもそも六甲山の頂稜部は、特にガーデンテラスから摩耶山にかけて人工物と車道が多すぎて、六甲の縦走というのは、生駒山地の縦走と同じくらい馬鹿げていると考えている。だから六甲に出かけるとすれば、ほとんど南北に横断するコースや、頂稜部まで行かずに戻るようなコースばかりを選んで歩いてきた。頂稜部には、多くの部分で、車道と並行して、ハイカーのための道もあるのだが、そのあたりで歩いたことのない道は多い。またいわゆるトゥエンティクロスは何度も歩いているが、その西側に広がる森林植物園には行ったことがない。調べてみると、近年、森林植物園へのアプローチ起点となる桜森町へ三宮からほぼ直行するバス路線ができているらしい。そこから歩き出すことにした。森林植物園を抜けて桜谷道を登って摩耶山へ、それから穂高湖、三国池と歩いて、できたらダイヤモンドポイントまでというプラン。そこからの下山路は行ってから考える。

三宮駅から加納町の交差点に向かって少し北上したところの右側、「三宮山手」というバス停から出る「みなと観光バス」は、新神戸トンネルで一気に箕谷に出て、西に回り込み、終点「桜森町(さくらしんまち)バスセンター」(かなり気持ち悪い湯桶・重箱読みの新造地名だ)に着く。9時ちょうど。もっと早くに歩き出したかったが、森林植物園の開門が9時なのだから仕方ない。

森林植物園のサイトにも、このバス停からのアプローチは紹介されているが、東へ桜森町の住宅地を抜け、山田道を通るように指示している。しかし最近の『山と高原地図 六甲・摩耶』には、バス停から南に谷道を登って森林植物園にいたるコースが記載されている。またYahoo!地図でも、経路検索すると『山と高原地図』が載せている方の道を出してくる。この道を行くことにする。バス停の右には大きなゴルフ練習場がある。道路はすぐ先で竹林に突き当たって左に折れ、桜森町の住宅地に向かうのだが、その突き当たったところに、ゴルフボールが飛んできて当たるのを防ぐためだろう、網がトンネル状に形作られていて、そこを通り抜けると山道に入る。

桜森町から森林植物園への山道入り口。

最初は竹林のまわりをぐるりと迂回する。この間もずっとボール避けのネットが張られている。それを抜けると、両側が夏草に覆われた、水のないゆるい谷をほぼ一直線に登って行く道になる。一定間隔で、土地の所有者の名前をデカデカと書いた札が立っている。左右には、ウマノアシガタの黄色い花が目立つ。

森林植物園への道。

 

ウマノアシガタ。

10分ほどで、車道に出る。廃屋と化した茶店がある。Y字路を右にとるとすぐに森林植物園の西門。しかしチェーンがかかっている。時間が早くてまだ係が来ていなかっただけかもしれないし、歩行者はそのまま入れそうだったが、戻って、Y字のもう一方の車道を300mあまり歩き、正門に回る。9:20。ここでヤマスタ一つ獲得。入り口の小屋で入場料300円を払う。

森林植物園正門。

森林展示館で樹齢二千年という巨大なセコイアの輪切りを眺め、手洗いを使わせてもらい、一休みしてから園内へ歩き出す。ちなみに森林展示館に隣接するカフェは弓削牧場の直営らしい。一度ランチに来るのもいいかもしれない。

森林展示館。

ゆるゆると坂道を下って長谷池へ。長さ30cmほどもあるダイオウマツの松葉がたくさん落ちている。係の人たちが、終わりかけたアジサイの手入れをしている。池には白やピンクのスイレンがいっぱいに咲いていた。

長谷池のスイレン。

 

東門に向かう道。

池の傍を通り抜けて、沢沿いのやや湿った道を下っていくと、東門を出る。10:10。トゥエンティクロスの沢を渡っておなじみのハイキングコースに出る。河原にはフサフジウツギが乱れ咲いていた。

フサフジウツギ。

 

フサフジウツギ。

トゥエンティクロスのコース、ここから歩き始めれば邪悪で醜悪な砂防ダムにあまり出会わずに済む。とは言え、この先にもまだ一つ、四年前に造られた真新しいダムがある。それを越えて、「徳川道」を進む。

トゥエンティクロス(布引谷)の流れ。

 

真新しい砂防ダム。

こんな桟橋部分もある。

概ね平坦な、快適な道だ。10:45、桜谷分岐に着く。

桜谷分岐の渡渉地点。

 

桜谷分岐にて。ヒカゲチョウ。

摩耶山から桜谷道をここに下って来たことは何度かあるが、逆は初めて。登ってみると、意外とキツい。暑さのせいもあるだろう。休むたび、首に巻いたタオルを解いて汗を絞る。そして登ってみて、この沢にも意外と古い堰堤が多いことに気づく。

桜谷の流れ。

 

桜谷道。

 

「産湯の井」。

とにかく調子が上がらず休み休み歩いて、山上に出たのはようやく12時過ぎ。情けない。すぐに摩耶山三角点に向かう。掬星台から近いのに、ここは初めて。二個目のヤマスタ獲得。杉木立に囲まれ、小さな祠があるだけの地味な山頂だ。

摩耶山三角点への道。

 

摩耶山三等三角点。

下って、掬星台へ。週末、特に夕刻は、ケーブル・ロープウェイで登ってくる夜景目当ての観光客(多く中国人)で溢れている場所だが、今は人も少ない。時折ロープウェイ発車のアナウンス(中国語も英語もない)が流れてくる。展望のある東屋で大休止。三個目のスタンプ獲得。

掬星台からの眺め。

オニギリを食べ、スノーピークのシステムボトルに入れてきたキンキンに冷えたノンアルコールビールを飲み、一時間近くもしてから腰をあげる。

オテル・ド・摩耶への石畳道。

階段道を下って、オテル・ド・摩耶に向かう。こじんまりとしたホテルで、日帰り入浴もできるらしいが、今日は通過。忉利天上寺(にゃみさんによれば、人はこれを「オテラ・ド・摩耶」と呼ぶらしい)の脇を登り、アゴニー坂を下る。このあたりの道も初めて。確かにこの坂を登ったらかなりの agony だろう。車道に出て300mあまり東に辿り、左に下る山道に入る。

穂高湖に向かう道。向こうに六甲山牧場の建物が見える。

 

穂高湖。

すぐに穂高湖。14時。四つめのスタンプ獲得。湖畔のベンチでまた一休みしてから、立ち上がる。湖の南岸を東へ少し歩き、そこから南に、杣谷峠に登って車道に戻って歩くのが通常のようで、登山地図もその道しか載せていない。しかしまっすぐ東にショートカットする道があるのではないかと見当をつけていた。やはりあった。左手は神戸市立自然の家の敷地の一部らしく、そのへりに沿って、コンクリートで固められた水路がある。それに沿ってゆるく登っていく小道がある。「もりのこみち」という看板まであった。

もりのこみち。

それを詰めると車道に出る。真正面が「自然の家」のメインの敷地の正門。その僅か左に、縦走路の続きとなる山道に入る階段がある。ここから三国池までの登りがキツかった。歩き出す前、地形図はろくに精査していなかった。登山地図はもともと等高線が薄い上に、道路やら建物やらさまざまな記載があるために、標高差がわかりにくい。全体に、「山上周遊コース」だし、摩耶山までたどり着いてのちはそれほどの登り下りはあるまいとたかをくくっていた。

「自然の家」から三国池への登り。

 

途中、サウスロードへの分岐は閉鎖されている。

ようやく上の車道に出る。そこからなお階段を少し登って歩いたところが三国池。池畔のベンチにヘタリ込む。ここで本日五個目のヤマスタ獲得。

三国池。

この先、当初の予定では六つめのチェックイン箇所であるダイヤモンドポイントまで行くつもりだったが、今日はもう撤退することにした。さまざまなエスケープルートが取れるのは六甲のような山のいいところではある。ところがまだ落とし穴があった。

車道脇のセンニンソウ。

三国池から車道に戻り、それを丁字ヶ辻まで歩く。車がかなり通る。丁字ヶ辻からバスに乗って阪急六甲に降りるつもりだった。ところがここのバス停はわかりにくい。名前の通りの三叉路を挟んで、あっちにもこっちにもバス停があって、どこで待てばいいのかは一目瞭然ではないのだ。道路脇の広場でぼーっとしているうちに、向こうから阪急六甲駅行きのバスがやってきて、坂を下っていった。しまった、待つべきバス停はあっちにあったのだ。ここのバス停をこの前使ったのはもう十年ほども前のことで、記憶も薄れていた。慌てて「正しい」バス停に行き、時刻表を見ると、次便は一時間ほども先だった。さてどうするか。山上バスで六甲ケーブル山上駅に出るか。でもそのバスも数は少ないし、いつどこを通るのか要領を得ない。最悪、ケーブル山上駅まで歩けばいいか。ひたすら車道歩きで40分ほどのはずだ。というわけで、さらに東に向かってトボトボと歩く。六甲山ホテルを過ぎ、記念碑台まで来た。ここまでで歩程13kmほど。やはり山上バスのバス停はよくわからない。結局記念碑台の「六甲山ガイドハウス」の前(幸い日陰だった)でしばらく休んで、次の阪急六甲行きの阪急バスに乗った(だから結局丁字ヶ辻でじっとしていてもよかったわけだが)。そしてバスの車内はエアコンでキンキンに冷えていた。寒い。時々胸や腕の筋肉に力を入れて発熱させ、冷え切らないように対処する。このバスは、丁字ヶ辻から深く切り立った山懐をうねうねと下って行くので、六甲の意外な大きさ深さが感じられて嫌いではないのだが、今回はあまりそれを味わっている余裕はなかった。

とまあ、散々だったが、ともかくスタンプ5個は獲得。先に取ってあった二箇所と合わせて7個。六甲の「縦走路」はやはり歩くものではないということもよくわかった(をい)。さて残りは最高峰、ダイヤモンドポイント、天狗岩だ。いずれも車で回れば近くまでわりあい簡単に行けるところばかり(というか「周遊コース」のポイントは全てそうだ)だが、天狗岩は大月地獄谷から、ダイヤモンドポイントは大池地獄谷から登ってやろうか。最高峰はどのみち近々また行く機会があるだろう。

集めたスタンプ。

山めしレシピの管理

で、何冊ものレシピ本、ネットのあちこちに転がっているレシピは、いざ作ってみようというときに、あれどこに載っていたっけ?ということになる。

山めし「入門」期のぼくは、『げんさんの山めしおつまみ』のレシピをとにかく片端からやってみていき、その中で道具も揃えていったわけだが、そういう場合は別として、またある程度慣れてくると、あるレシピ集の中身をベタにすべて作っていくということもなくなる。パラパラ見ていて、あ、これいいな、そのうちやってみよう、という感じになることが多くなる。となると、あれどこに載ってたっけ?が問題になるわけだ。

そこで、気になったレシピは Evernote に入れてしまうことにしている。丸ごとスキャンする手もあるのだが、それだと後々見づらい。たいていのレシピには、できあがりの美味しそうな画像が付されている。これをカメラで撮って軽く整形し、タイトル(レシピ名)の後に入れる。次にチェックリストで材料を転記していく。そして番号付きリストで手順を転記する。最後に出典を記しておく。web上のレシピでも同様。

Evernote にレシピを入れる。

こうした転記は、一見そう見えるほど手間ではない。数分で終わる。レシピ管理に特化したアプリを使っていたこともあるが、いまは Evernote で十分だと感じている。

実際に作ってみようというときは、買い物の時、あるいは出発前、チェックリストにチェックを入れながら材料を揃えていく。手順はこの辺まででだいたい頭に入っているものだが、山の上で疑問が生じたときはすぐに Evernote を開く。

作った後は、Evernote のノートの末尾に、日付と作った場所をメモしておく。自分で実際に作ってみたものの写真を撮って、これも入れておく。元レシピに手を加えた場合はそのこともメモする。

もちろんこれはあらゆるレシピに使えるので、山めしレシピには限定されない。

山めしレシピ本まとめてレビュー

山めしレシピ本の出版が盛んだ。

学問研究には、先行研究のサーベイが必須である、だから、という話でもないけれど。普段、近場低山の日帰り山歩きばかりやっている者の視点からのレビューであることはお断りしておこう。

ほぼ刊行年月順だが、一部は入れ換えている。書影をクリックするとアマゾンに飛びます。

『げんさんの山めしおつまみ』エンターブレイン、2012年10月
何と言ってもインパクトが強かったのが、「げんさん」の黄色い表紙のこれである。2012年10月刊。元々人気のブログ記事『山めし礼賛』の書籍化だったが、ぼくはこの本を先に知って、それから「げんさん」のブログも読むようになった。個人的には、高校生の頃にもあの缶に入った「固形燃料」を持参してラーメンを作ったことぐらいはあったはずだが、それから一切進歩していなかった。剣尾山の山頂で本書の「山の豚もやし鍋」を試し、ああ、山の上でこんな美味いものが食えるんだ、と感動した。以来、山に出かけるときは極力「山めし」料理をするようになった。普段、近場の日帰り山歩きばかりなのだが、その昼食に。

鍋 (Kocher) と、げんさんと同じプリムスのガスバーナーぐらいは持っていたが、この本を読んで、フライパンを買い、シエラカップを買い、メスティンを買い、メスティンに入れるスノコを探し、たまにげんさんが使う小袋入りの調味料やちょっと珍しい食材をスーパーやネットで探し回り…。

言わば本書によって、「山めし」に「入門」したのだった。だからげんさんは「恩師」なのである(げんさんの知ったことではあるまいが)。そのあたりの話は以前に書いたことがある。山めし入門山めし入門(続き)

そしてまた本書の後、「山めし」本が続々と出版されることになる。

風森ひのこ『簡単おいしい山ごはん』シロクマ社、2012年5月
実は本書の方が『げんさんの山めしおつまみ』より少しだけ早い。2012年5月刊。ぼくは『げんさん』の後にこの本も知って読んだが、タイトル通り、とことんシンプルな、基本に徹した本である。「コンビーフピラフ」を赤坂山で試したことがある。

 

ワンダーフォーゲル編集部『山登りABC 山ごはんの基本とレシピ』山と渓谷社、2013年3月(Kindle版もあり)
タイトルに偽りのない本で、コンパクトな中に道具や調理の基本の説明もあるのだが、本書も、「げんさん」と「シェルパ斉藤」に挟まれて、いささか地味な印象を与える結果になった。古典的な食材保存法のペミカンに関する説明もある。全般に「げんさん以前」の山めしの知を集約している趣がある。

 

斉藤政喜『シェルパ斉藤の元祖ワンバーナークッキング』枻出版社、2014年3月(Kindle版もあり)
次に読み込んだのがこれ。本書についても以前に書いたことがあるが、「げんさん」に比べて、少々ジャンキーな香りの強いレシピが並ぶが、それはロングトレイルの第一人者でもある著者が、もっぱら何日にも及ぶ長期山行を念頭に、軽量なもの、保存のきくものだけでレシピを組み立てているからである。日帰り中心だと、生鮮食品も持って行こうと思えば持っていけるので、その観点からはちょっと物足りない。しかし長期ならこれしかないだろうし、むき甘栗を利用した「マロンリゾット」や、「お茶漬けそうめん」などはぼくのお気に入りのレシピだ。また「ストーブ&クッキングギア」の説明に充てられた第1章や、各所に「コラム」の名で挟まれるアドバイスには、学ぶところがとても多かった。NHKの番組から広まった「水漬けパスタ」や、パックごはんの使い方を山めし本で最初にとりあげたのも本書だったのではないかと思う。(番組内で「水漬けパスタ」を紹介したのは、下記『山グルメ』の著者、小雀陣二氏だったらしい。)

ワンダーフォーゲル編集部『山登りABC 山のおつまみ』山と渓谷社、2014年7月(Kindle版もあり)
山で「呑む」ことを前提におつまみ、サイドディッシュ的なレシピを集めた本。割合簡単なものが多く、それでいて変化に富んでいて楽しい。京都の峰床山で試した「鴨セロリ」は本書のレシピ。

 

小雀陣二『山グルメ』枻出版社、2014年12月(Kindle版もあり)
本書も強い印象を与えた。
「コンビニおにぎり」「ツナ缶」「そうめん」といった、中心になる食材によって分けられた章立てが、フーコーがネタにした古い中国の事典の項目立てのように、わかりやすいんだかわかりにくいんだかよくわからない。長期山行の場合は、一種類の食材を軸に組み合わせを考えることが有効なこともあるのかもしれない。個々のレシピ名をリストにした目次が存在しないのも残念。
コンビーフでハンバーグを作ったり、カレーを作るのにクミンを炒めるところから始めたり、妙に凝ったところもあるし、逆にシンプルなレシピもある。惜しい校正ミスもあるようで、「ピリ辛春雨トマトスープ」は、何か抜けているのだろう、ピリ辛になりうる素材がまったく登場しない謎のレシピになってしまっている。
でもとにかく面白いレシピが多い。ぼくのお気に入りは、「ポテトポタージュスープ」と「ちりめんじゃこナス丼」。

『山めし礼賛』学研プラス、2016年3月(Kindle版のみ)
「げんさん」のその後のレシピの中間的なまとめのような本。レシピは13種のみで、Kindle版のみ。

 

 

信濃川日出雄『山と食欲と私』2016年4月〜(Kindle版もあり)
レシピ本ではないが、「単独登山女子」日々野鮎美があちこちの山に出かけては何か作ったりして食べる、というのが各回の軸になっている漫画。ネット上で無料で読めるが、第1巻がまとめられ出版されたのが2016年4月。現在までに5巻が出ている。

 

『山ごはん12か月』ネコ・パブリッシング、2016年4月
前半半分は「げんさん」によるレシピ。『げんさんの山めしおつまみ』刊行後も、「げんさん」は次々新たなレシピをブログ上で発表しているし、『学研ムックウルトラライトスタイル UL山歩きのヴィジュアル読本』(2014年8月)、味の素がプロデュースした『レシピがギュッと鍋キューブの本』(集英社、2014年10月)など、さまざまなところにレシピを寄せてもおられる。その中から選りすぐられたものが並ぶ。後半は、山好きブロガー諸氏のレシピ集、ホットサンドレシピ集、スイーツレシピ集などからなる。ぼくのお気に入りは「山のそば鍋」。春夏秋冬の適季をレシピに付したのは、本書が最初だったように思う。バウルーはまだ持っていないので、残念ながらホットサンドセクションは試せていない。

大森義彦監修『バテない体をつくる登山食』誠文堂新光社、2016年4月
ここで取り上げている中では一番分厚い本。224ページの最初の2/3は生理学的栄養学的な解説で、こうしたテクストにも一度は目を通しておくべきだろうと思われる。それに続く40のレシピは、栄養学的な裏付けを持った、味もバランスの良さも間違いないものばかりだ。「鶏の塩麹レモンマリネ」(七種山で)「ポークマリネ」(六甲最高峰で)「サバ水煮缶のフォースープ」(丹生山系志久道で)などを試してみたことがある。

芳須勲『山登りABC 登山ボディのつくり方』山と渓谷社、2013年7月(Kindle版もあり)
レシピ本ではないし、出版時期も少し遡るが、7種類のレシピが紹介されている。書名から推測される通り、これも栄養バランスを考慮したよいレシピばかり。「豚バラの梅しそ丼」はお気に入りレシピの一つ。京都北山の品谷山で作ったことがある。

 

ワンダーフォーゲル編集部・山ごはん研究会『フライパンで山ごはん』山と渓谷社、2016年7月(Kindle版もあり)
調理器具をフライパンに限定したレシピ集。この限定は、案外ありがたい。持ち物で迷うことが、少しでも減ることになるからだ。実際、フライパン一つで、炊飯からスイーツまで、何でもできるのだなあと思わせる。さまざまな人のレシピアイディアのアンソロジーで、中には『山と食欲と私』の主人公「日々野鮎美さん」によるレシピもある。こうした多人数のアイディアの寄せ集めの方が、個人によるものよりも陳腐になることは意外と多いが、本書のレシピは十分にバラエティ豊かである。
ホシガラス山岳会『最高の山ごはん』パイ・インターナショナル、2016年11月
ここで取り上げている中ではきわめてユニークな本。非常に経験値の高い女性8人組による作品。このグループは、先に『山登りのいろは』という、これも大変に独特な「登山入門書」も出している。

どんなに豪華なごはんでも、それが緻密に作られたレシピに沿って作られたメニュウでも、味気ない山行の途中で食べたなら、おいしい記憶として残ることはないでしょう。逆にどんな簡単な献立でも、家で食べたらけっしておいしいと思わないものでも、すばらしい仲間と、忘れがたい風景の中で食べたなら、一生忘れられないごはんになるはずです。

ということで、「単なるレシピ本ではなく、思い出話も一緒に紹介する」エッセイ・アンソロジーになっている。「唐松岳、バームクーヘンの虹」「人生を分けた麻婆豆腐」「エベレスト街道、救いのスープ」といった章タイトルを見るだけで雰囲気は伝わるだろう。
なので、レシピ本としては使いやすくはないが、とにかく読んで楽しい。
小雀陣二『3ステップで簡単! ご馳走 山料理』山と渓谷社、2017年5月(Kindle版もあり)
小雀氏の第二弾。調理ステップを一律三段階に圧縮していることでかえって分かりにくくなっている部分もあるが、変に凝ったところがあったり、やはり独自で面白いレシピが多いのは前作と同じ。「トマトチーズビーフン」は先日犬鳴山で試した。

 

ワンダーフォーゲル編集部・山ごはん研究会『フライパンで山ごはん 2』山と渓谷社、2017年6月(Kindle版もあり)
シリーズ二冊め。本書も楽しいレシピが多い。先日鷲峰山で試した「レンズ豆のスープ」はこの本のレシピに手を加えたもの。

 

 

『げんさんとよーこさんの山ごはん』山と渓谷社、2017年8月(Kindle版もあり)
げんさんとフードコーディネーターの蓮池陽子さん(『仕込んでいくから失敗しない66のレシピ キャンプの肉料理』著者)がタッグを組んだ山めし本。もともと確かな「げんさん」レシピが、料理専門家とのコラボで一段と磨きがかかっている。巻末の対談に、本書レシピの特長がよく出ている。

よーこさん「初めてのコラボレーションでしたが、げんさんが考案する、素材同士の“組み合わせの妙”に感動しました! 缶詰やコンビニデリをいくつも組み合わせて作るアイデアがおもしろくて、驚きも満載でした。…」
げんさん「私は、料理の基本を知らない分、知っている味同士を組み合わせて、よりおいしいメニューに仕立てることしかできないんですよ。逆に陽子さんは素材のよさをご存じだから、新しい使い方を提案できるのがすごいと思いました。」

内輪の褒め合いだが、事実だと思う。
「ファミチキの赤ワイン煮」「山の和風コンビーフ茶漬け」「やきとり缶カレー」「山のアボカドカレー」などは、ブログ記事が出た時点で試してみていた。ここで紹介されている「ドライそうめん」も、この夏、ぜひ試してみたい。

『最高の山ごはん』のキー・コンセプトの一つでもあったが、この対談でも、登った山とそこで食べたものとの、記憶の中での強い結びつきが語られている。実際、ぼくのこれまでのわずかな経験からしても、その通りだと思う。ああ、あの山頂ではあれを作ったな、とか、あれを食べたのはあの山だったな、とか。たまに時間がなかったり、コンロを忘れたり(!)して、持参したおにぎりだけで済ませることもあるが、そういう時は、何か損したような気分になる。山の中で何か作って食べる、という経験を開いてくれたこれらレシピ本とその著者たちに感謝したい。

鷲峰山(京都・山城南部 682m)

鷲峰山(じゅうぶざん)そのものについては、その登下山道はツマラナイ、行場はスゲエ、あたりに要約されるのだが、案外色々な「小さな物語」を含む山行になった。少々長くなるが、よければお付き合いください。(鷲峰山の呼び方というか読み方は色々あるようだが、ここでは国土地理院地図が記している読み仮名に従っておく。)

鷲峰山に行ってみようかと思い立ったのは、春先にポンポン山に登ったときだ。山頂から、東に遠く、鷲峰山が意外にどっしり立派に見えた。『関西日帰りの山ベスト100掲載のコースを一つ一つ潰していくことを目標にしているというのもある(これで59コースめ)。役行者が開いたとされる修験の山。鷲峰山は『関西周辺週末の山登りベスト120』にも『ベスト100』にも収録されている。京都の山もあちこち行ったが、山城南部はこれが初めて。

また一ヶ月近く、歩きに出かけられなかった。梅雨の悪天候、仕事。一度チャンスがあったものの、その時に限って体調を崩していた。よくあるリハビリ山行だが、その行き先に、それもこの季節に、鷲峰山を選んだのは、普通に考えれば、愚かだった。リハビリコースとして想定するのは、軽めのコースだ。低山を、鷲峰山を、舐めてはいけない。思っていたのの三倍ほどもキツいコースだった。三倍って、どういう数字なのか自分でもよく分からないが。

大道寺コース

大阪から京都まで行き、奈良線に乗り換えて、宇治駅で下車。

宇治駅前。このバス停から乗車。

 

バスの車窓から眺める鷲峰山。

京阪京都バスに乗り、8:25ごろ、維中前から歩き始める。維中前というのはちょっと不思議なバス停名だが、維孝館中学校前の略らしい。最初は意外に交通量の多い国道307号をそのまま東へ。道路と 田原川に挟まれた土地は公園として整備されており、すぐ先に東屋もある。ここで身支度を整え、特にUVクリームを塗りたくるのがいいだろう。ここから大道寺までの車道歩きは、ことさら陽射しに晒される。そのすぐ先、道標があり、道路を横断して右に入る。

ここで道標に従い、道路を横断して右に入る。

田原川の支流、大導寺川に沿った道路で、幅広い谷の底はずっと水田、両側の低い丘陵には茶畑が現れる。道に沿って民家が並ぶ。谷の奥に、鷲峰山が見えている。あそこまで登るのか…。

正面に鷲峰山。

8:55。大道寺は小さな方形のお堂で、手前は滑り台とブランコのある小さな児童公園になっている。児童公園のベンチは朝露に濡れていたので、お堂の軒下に座り、荷物を改める。

少し先の右側、潅木に囲まれた中に、信西入道塚が、そのまた一歩先の左斜面の上に、大道神社が、ある。

信西入道塚。

 

大道神社。

少し先、分岐があり、両側に石柱の立つ右の道に入る。なおもしばらくは谷底の水田沿いの道だ。

両側に石柱の立つ分岐。

 

キツネノカミソリ?

 

まだ水田沿い。

再び分岐があり、左のチェーンゲートがあるコンクリート坂が登山道。入り口には、五丁の丁石がある。林道だが、古い道ではあるらしく、ここをはじめとして、ところどころに丁石がある。ひとしきりの急坂が終わると、コンクリート舗装は消える。

分岐。ここを左へ。

 

分岐の「五丁」の丁石。

 

コンクリート舗装は終わって地道になる。

この大道寺コース、未舗装の部分が大半だが、最初から最後まで、要は林道歩きである。つまりツマラナイ。林道なのに、かなり急なところもある。自然林もあるが、ヒノキなどの植林帯が多い。ところどころ木陰もあるが、展望もないのに、日差しがキツい。もちろん季節の問題もある。急に暑くなって、しかし体はまだ暑さに馴染んでいない梅雨明け一番に歩く道ではない。なにしろリハビリだから、調子は上がらない。そういう時は無理をせず、頻繁に休む。半日陰を選んで、携帯用の座布団を敷いて座り込む。すると蜂や蠅の類がブンブン寄ってきてうるさい。何度か、虫除けスプレーを肌や服に吹き付ける。この季節だからか、花もほとんどない。イワヒゲの地味な花穂、木の白い花がところどころ、ぐらい。道の両側にはシダと、松の幼木が目立つ。今日は強めの風が時々吹き寄せてくるのが嬉しい。

イワヒゲ。

ところどころに森林の縄張り境界を表す標識が立っている。

縄張りの標識。

 

こんな道が延々と続く。

標高で310m ちょっとのところに、「休憩小屋」があるが、三方を板囲いして屋根を載せただけのもので、床はなく、ベンチも何もない。天候急変時の雨宿りの場所としては貴重だが、今日はとりたてて使う気にはならなかった。

休憩小屋。

これまでの季節は、500mlのペットボトルが2本あれば、水分は足りた。梅雨明け以後は、汗をかく量が一気に増え、それでは足りなくなる。分かっていたはずなのに、持参していたのはビタミンC系の飲料とお茶と一本ずつだけだった。我ながら学習能力に欠ける。(料理用の水は別に500ml持参していた。)

左自然林。右の杉林が並木のように見える、ちょっとだけいい所。

 

ホオノキの下で休む。

林道がS字を描き、直線になると、その先で、休憩用の立派な東屋、トイレのある広場に着く。10:52。宇治田原町のパンフによれば観音山休憩所という名前が付いているらしい。いくつか、テーブルとベンチのセットも点在する。

休憩用の東屋とトイレのある広場。

東屋の屋根に守られた日陰で、おにぎりを一つ食べる。黄色いタテハチョウがヒラヒラと舞い、巨大なスズメバチがブーンと通り過ぎて行った。

この広場は、前方から舗装道路が登ってきて鋭角に折り返す、その突端に位置している。そのコンクリート舗装の道路を左、登り方向に取る。

コンクリート道が右下から登ってきて左上に続いている。左に取る。

 

こんな坂を登る。

相変わらずほとんど展望のない尾根上の道だ。少し傾斜がきつくなると、一段広いアスファルト舗装の道路に飛び出す。

一段広いアスファルト道路に飛び出す。

少し右にたどると、左に、コンクリート舗装の金胎寺参道が分かれる。

金胎寺への参道が分かれる。

「不動明王」の赤い幟がその道筋に何本も立っている。

参道。

やがて山門をくぐる。11:33。歩きだしてから3時間。時間かかりすぎである。

山門。

落ち着いた佇まいの庫裏が建ち、その前の広場にはベンチ、テーブルと手洗いがある。

庫裏(寺務所)。

庫裏の右側は無料休憩所になっているが、今日は無人で、扉も鍵がかかっていた。窓には「お参りに出ています」という張り紙があった。入山料300円を入れる箱は出ていた。小銭の持ち合わせはあまりなかった。ぎりぎり300円を財布から拾い上げ、箱に入れる。

行場巡り

ここまでの登りですでにヘロヘロだったが、ここまで来たら行場巡りをしないわけにはいかない。日を改めてまたここまでやってくることも考えにくい。20分ほども休んでから、休憩所の扉の前にリュックを置き、出発する。庫裏の前を左手に進むと、行場への入り口があった。寺務所に人がいたら、入山料を払った時に貰えたのであろう行場略地図、帰ってから他の方のサイトで見つけたので、ここに掲げておく。

行場案内図。

ここの行場に関する諸ガイドの記述を見ておこう。まずは『京都府山岳総覧』。「金胎寺の裏に行場がある。滝、岩場がある(約一時間)」と、まことにそっけない。『関西日帰りの山ベスト100』では、「行場巡りは、細かく順路を案内しているので、これに従う。難しい岩場には迂回路があるので、無理をしないで実力に合わせて楽しもう」。所要時間は120分としている。『関西周辺週末の山登りベスト120』は、「東海自然歩道が通るので歩くだけなら初心者向きハイキングだが、単調なので、ここでは行場をめぐることで充実した山行にしたい」として、コース全体を「経験者向き」とラベリングしている。所要時間は1時間50分。意外なことに『関西周辺の山ベストコース250』は、鷲峰山を250のうちに算入していない。つまりまったく触れていない。内田嘉弘『京都滋賀南部の山』(1992) は鷲峰山の登降路を五本紹介している。行場に言及してはいるが、行場巡りをした話は出てこない。

庫裏の少し先、展望地点がある。近くにはかわらけ投げのポイントも。

展望地点。南の眺めが開けている。

行場はそこから1キロほども、尾根筋をゆるやかに下った先にあった。

行場への道。

少し下って登り返した先に、にこやかな表情の「迎へ行者」坐像がある。

「迎へ行者」。

その少し先が「行場の辻」分岐点。行場のコースはループになっていて、ここに戻ってくるわけだ。下の沢まで、標高差で200mほども下り、また登り返してくることになる。赤い板の矢印に従い、左の道に進む。すぐにT字路になって、右に進むと、次第に急下りになる。リュックがなくなって身軽になったはいいが、何か重心が定まらない感じがする。調子が悪い証拠だ。「東の覗き」、「西の覗き」を経て、

「東の覗」。

恐ろしく急な岩場をようやく沢近くまで下ると、「胎内くぐり」の看板があり、そこからはまた岩を登り返す。

ここから登ると「胎内くぐり」。

登った先の右、天然の岩のトンネルというか門があって、そこをくぐって下ると、沢筋に出る。

「胎内くぐり」。

沢に沿った道を下って行くと、「千手の滝」。水がいく筋にも分かれて落ちているところからの命名だろう。

「千手の滝」。

さらに下ると「五光の滝」。滝に向かって下っていく途中、滝の下部に当たっている日差しに虹が出ていた。谷筋はあまり日が射さず、暗めだ。その中で滝の下の方にだけ日が当たって虹。

「五光の滝」の基部に虹が出ていた。

 

「五光の滝」。

行場巡りの地図も手にしていなかったから、五光の滝の先でまず少し迷った。滝の直下を渡渉するのだと気づくまでには少しだけ時間がかかった。左岸に渡る。はっきりした道が沢沿いに下っている。そしてまたほんの少し先でこの道を離れてまた右に下り、沢を渡り返すのがコースだったのだが、これを見落とした。そのまま進んで行くと二度橋を渡り、道はますますしっかりしてきて、下流の集落に向かうように思われた。戻って、正しいコースに復帰する。この分岐にも標識はあるのだが、少々曖昧である。後で調べたら、やはりここで迷って下ってしまった人、中には南面の登山道から登って来たはずが、いきなりここに迷い込んで登った人もいた。

ここをまっすぐ進んではいけない。右の沢に下る。

沢を渡ったところからが帰路というか登り返すルートになる。すぐに「護摩壇」の登り。その取付きには役行者が座っている。

役行者像。

 

「護摩壇」。

ルートには赤ペンキで矢印が描かれているほか、岩の手や足を掛けるべき場所にも赤ペンキのマークがある。ただしすでにかなり風化して薄れているので、場所によっては慎重に見つけていく必要がある。

急峻な岩場をひたすらよじ登って行く。「護摩壇」の次が「鐘掛」。垂直に近い巨大なスラブに鎖が下がっている。よくよく見ると細かいホールドがあるのだが、これは相当「ヤバい」と見えた。

「鐘掛」。

見回すと右手に迂回路らしい印があったのでそちらを通る。それとてかなりの岩登りだ。余裕がなくて、あまり写真も撮っていない。その上の「小鐘掛」にはエスケープルートが見当たらなかった。小さな、しかし厄介な岩場。三つほどのわずかな足場の二つに、一つは「右足→」、一つは「←左足」とペンキで書かれている。少し考えればそれ以外の足の置き方はあり得ないのだが、テンパっていると、気づかない可能性もある。ありがたく指示に従って、クリア。振り返るとすでに高く、下の谷へは相当な傾斜で落ち込んでいる。この辺りで南面遠くの眺望も開け始めるが、足場は狭いし、あまりのんびり眺めている余裕はない。

徐々に南面の眺めが開けてくるが…。

この間も汗はどんどん流れる。脱水症状まではいかずとも、それに近づいていることはわかったから、無理はせず、ちょっと登っては休む繰り返し。わずかに残っていたお茶のボトルは持ってくるべきだったかとも思ったが、こういう場所でボトルを取り落としたりしたら悲惨である。喉の渇きに耐えつつ、ゆっくりゆっくり攀じる。「平等岩」を巻き道で通過し(岩のリッジを回り込むのがちょっと難儀だった)、「蟻の戸渡」を経て、何とか「行場の辻」に帰り着く。14:30。

あちこちの沢や、スロヴェニアの山などで、岩の経験はそこそこ積んできたつもりだったが、とにかくこの行場は相当にハードだった。ガイドには一周二時間とあるところ、三時間近くもかかってしまった。まあ、体調の問題、季節の問題が大きいかもしれない。行場は面白いのだが、時季と体調が悪すぎた。

わずかに残っているお茶が飲めるであろうことを心の支えに(大袈裟)、1キロの尾根道を戻り、金胎寺寺務所前へ。寺の横、行きには気づかなかった風鈴がチリンチリンと鳴っていた。庫裏の奥の部屋には、明かりが灯っているように見えた。「お参りに」行っていた寺の人が戻っているのだろうか? 幻想であった。無料休憩所が開いていれば、飲み物を頂くこともできたはずだが、仕方ない。わずかに残っていたペットボトルのお茶を飲み、もう一個のおにぎりを食べ、また20分も休んでから、リュックを背負って再び歩き始める。

本堂、山頂、山めし

山門の前から、元来た道の右、折り返すように登るコンクリート坂がある。

山門から外を見る。左下から来た。右上に進む。

途中で右に折れて登ると、本堂や立派な多宝塔のある広場に出る。

本堂。トタン葺である。

 

多宝塔。

もうこの辺りで膝上がピキピキしている。本堂前のベンチでまた少し休んでから、多宝塔の左の山道に入る。杉林の中、下草の笹のなか、ゆるやかに登る道で、

杉と笹の道。

これも中程で鋭角に折り返して登りつめると、鷲峰山の山頂。空鉢ノ峰、682m。15:15。宝篋印塔がデンと建つ広場(どこぞの山道具屋さんのサイトでは「石灯籠」と書いてあるが、宝篋印塔である)。ガイドには北側に展望があると書かれているが、ここも樹木が伸びて、現在はほとんど眺めはない。

山頂の宝篋印塔。

この広場の隅で、もう3時だったが、本日の山メシ。レンズ豆のスープ。味付けはフリーズドライのオニオンスープ。『フライパンで山ごはん2』のレシピ。数日前に下界でテストで作り、SNSでいただいたアドバイスなどをもとに改良した。豆は皮付きで少し茹で時間のかかるグリーンのものだったので、あらかじめ水とともに密封袋に入れて冷凍したものを持参。テストの時加えたソーセージは、アドバイスに従ってチョリソー(缶詰)に変更。レモン汁も加えた。ミニトマトは少し煮込んだ方がいいので、最初から加えることにした。乾燥させたミントを揉んで散らして完成。

レンズ豆のスープ。

 

「鷲峰山」三角点(釈迦岳)

食べ終わって、すでに4時少し前、本堂前に戻り、本堂の右手から下山路に入る。杉植林のなかをしばらく進むと、舗装道路に飛び出す。

舗装道路に飛び出す。

 

金太郎は火に強いらしい。してみると金太郎というのはみずポケモンであったか。(違

これを右に少し歩くと、左に、湯屋谷に下る道が分かれる。

左に、湯屋谷への道が下っている。

この先、少し舗装道路をそのまま進んで左に登ると、「鷲峰山」一等三角点 681.17m のある釈迦岳山頂。ガイドには「樹木が茂り、展望が悪くなっているので割愛してもよい」とある。膝上にキていて、これ以上の登りは辛かったし、かなり迷ったが、またここに来る可能性も高くはないし、ちょっと引っかかるものがあったので、行ってみることにした。車道を200mほど進むと、左に折り返すように登る舗装道路がある。入って数十メートル行くと、右に数段のコンクリート階段があり、これを登って行くと無線鉄塔が二基建っている。通り過ぎて奥の山道を、引き攣る脚をだましだまし登っていくと、三角点に出た。16:12。北側に、眺望は、ある。

三角点から北の眺め。

最近刈り払われたのだろう。見えているのは三上山など、湖南・湖西の山々だ。条件がよければ白山も見えそうだ。樹木の成長は早く、またそれが伐採されることもままある。眺望があると書かれているところに眺望はなく、眺望はないと書かれているところに眺望はある。ことほど左様に、ガイドの低山の眺望に関する記述は、当てにならない。やむを得ないことではあるが。

三角点の脇には天測点の八角柱が立っている。こちらのサイトによれば、天測点とは、「天文測量を実施するために設けられた基準点」で、「測量機器の重量に耐えうる単なるコンクリート製の観測台」。天文測量は、三角測量で得られたデータを補正することを目的に、全国48箇所の一等三角点で、昭和29年から5年間行われたという。その後機器の軽量化によって天測点は無用になった。

湯屋谷コース(下山路)と宇治田原コミュニティバス

分岐まで戻り、湯屋谷への道に入る。これがまた植林帯の中の、溝にえぐれて歩きにくい、退屈な道だった。「鷲峰山の登降路は、つまらん!」(大滝秀治のモノマネをする林家たい平の口調で)。途中二度ほど休みを取りながら、ようやく里に下りつく。17:35。

下りついた所は茶宗明神社。すぐ横が永谷宗円の生地。宇治茶のというか日本緑茶の元祖だ。1952年に「お茶漬け海苔」を売り出してヒットしたのはその十代目。神社前には「永谷園本舗」が奉納した石柱もある。

茶宗明神社。

予定よりもずいぶん遅くなってしまった。コミュニティバスの時刻は、もっと早い時間帯のものしか事前には調べていなかった。路線バスの維中前か、その手前の宇治田原小前バス停まで歩かざるを得ないだろうか。バッテリー節約のため機内モードにしてあったiPhone、機内モードをオフにしても、「圏外」のままである。再起動すると、ようやく電波をつかんだが、時刻表を調べなおす気力がない。手水の脇の石にしばし座り込み、一息入れてから、歩き始める。狭い谷の両側の民家の多くは「〜園」という看板を掲げていて、茶葉の生産を生業としているらしい。Premium Green とか書かれた幟があちこちに立っている。家々の前に停められている車のほとんどに、シルバーマークが貼られている。

湯屋谷のY字路まで出てきたとき、ちょうど目の前でコミュニティバスがすっと回り込みながら止まった。行き先(上りか下りか)も確かめず、咄嗟に乗り込む。正解だった。もう一人の乗客は工業団地入口バス停で降りていった。そこで改めて運転士さんに行き先を確かめる。維中前まで行くという。しかも宇治田原のコミュニティバスは誰でも乗れて無料(!)だ。たまたま湯屋谷でつかまえられたのもラッキーだったが、何と素晴らしいシステムだろう。バスはすぐに国道に出る。車の多い、西日にギラギラ光る道路を、バスは西に向かう。ここを歩いていたらエラいことだった。運転士さんから、鷲峰山登山か、どこから来たのかと尋ねられた。西宮ですと言うと、「それは近い」。コミュニティバスながら、最近は世界各地からの客が乗るという。何でも正寿院という寺が、風鈴とハート型の猪目窓で最近人気のスポットとなっているらしい。今朝乗せた女の子は上海から来たと言っていた、一年間お金を貯めて、楽しみにしていた旅行に今来ているのだと。とても日本語が上手だった、など。

上方温泉一休・京都本館

10分後、維中前で降りて、路線バスを待つ。

ところで、山歩きに行くとき、原則として自家用車は使わない。専ら公共交通機関で、たまにタクシーを使う。それで、どのように行って帰ってこられるかを考えるのは、時としてちょっとしたパズルになる。車で行けば日帰り可能だけれども、公共交通機関ではアプローチが難しくなる山というのも多々ある。そこを工夫したり、諦めたり。

たいていはガイドブックに記載があって、乗り換え案内アプリで調べればなんとかなる。ただし近頃各地に多い「コミュニティバス」は乗り換え案内には出てこないことがほとんどで、個別に調べなければならない。うまい経路・組み合わせが見つかると、ちょっと嬉しかったりもする。芦屋川から「さくらやまなみバス」で鎌倉峡にアプローチする手を見つけたときもそうだった。

さらに、下山後立ち寄れる温泉を調べるのもパズルの要素の一つ。これこそ、車で行けばどうにでもなることだが、車なしだと、下山地に近い日帰り入浴のできる施設がないか調べ、そこを織り込んで帰りの交通が組み立てられないかを考えることになる。たとえば丹生山系の志久道を下って丹生山田の湯に出るというコースを見つけたのは個人的にはヒットだった。

『ベスト100』は、宇治駅から維中前をバスで往復するよう、案内している。調べてみると、近くに「上方温泉一休京都本館」なる施設がある。しかも維中前から宇治ではなく京田辺行きのバスに乗れば、ちょうどその途中に当たる。これに気づいたときはちょっと嬉しかった。今回の行き先に鷲峰山を選んだについては、このこともあった。

維中前バス停は、今朝の出発点でもあったわけだが、道路に面した小さな箱のような待合室を真ん中に持つコの字型の構造をしている。下り(東行き)のバスは待合室の真ん前の道路に停まる。上り(西行き)のバスはコの字の下から入ってきて、上の画の頭に停まる。20分ほどでJR宇治駅行きが来て、それをやり過ごして二、三分後 18:35 に、京田辺行きが来た。これに乗り込んで、15分後、一休温泉前で下車。横断歩道もなく交通量の多い道路を、車が途切れるのを待って横断する。

入館料¥1,234。ロッカーキーをもとに、最後に清算する方式。内湯もよかったが、本物の滝を眺めながら入れる露天がなかなかのものだった(松の湯、滝の湯とあり、この日は滝の湯が男湯だった)。上面濾過で、お湯もきれいだ。

風呂から出て、付属の食事処で夕食にする。風鈴膳、¥1,726。

風鈴膳。

迂闊にも今回利用し損ねてしまったのだが、この温泉は、送迎バスを走らせる代わりに、温泉と京田辺、新田辺の間、および温泉と宇治田原方面との間の路線バス(京都京阪バス)に無料で乗れる「バス利用券」をネット上に用意している。

もしかして上方温泉というチェーン名は、大江戸なんたらというチェーンへの対抗を意識しているのだろうか。だとすれば上方温泉の完勝である。ペラペラなキッチュで固めた上、価格設定も強気にすぎるあちらのチェーン店(参考)には二度と行く気がしない。

温泉施設を出て、また道路を横断し、20:15のバスで約20分、JR京田辺駅へ。尼崎で一度乗り換えて、帰宅。山歩きの後で筋肉痛になることは滅多にないのだが、今回は翌日、膝上にキた。

ところで、コミュニティバスの運転士さんとの話では、行場のことも出てきた。
── 行場も行かはったんですか?
── はい、三時間もかかってしまいました。
そこで彼はさらりと言った。
──(行場では)忘れた頃に(人が滑落して)亡くならはるんですわ。

犬鳴山

6月下旬。翌日の仕事がハードなことは分かっていたが、この季節、少しでも穏やかな天気の日ならせっせと出かけないことには、山歩きに行くチャンスがなくなる。今回も『関西日帰りの山ベスト100』のコース取りに従って歩く。なお、この山域は昭文社の『山と高原地図 49 金剛・葛城・紀泉高原』(アプリ版もあり)の収載範囲に入っている。

犬鳴山というのは七宝瀧寺の山号であって、犬鳴山という名の山があるわけではない。ハイカーには周囲の山地が何となく犬鳴山と呼ばれている。七宝瀧寺は大変凝った見づらいデザインのウェブサイトを用意している。  表行場は『改訂新版関西周辺の山ベストコース250』(山と渓谷社、2010)に登山コースとして紹介されているが、現在、裏行場とともに立ち入りが禁じられているようだ。

犬鳴山には初めて行った。確かに感じられる霊場としての気と、キッチュさ、景観に対する前時代的なこの上ない鈍感さとがないまぜになっていて、とても面白かった。この面白さをうまく伝えられる自信はない。この神聖さとキッチュの共存は、宗教とは何かということを改めて考えることを促す。そこで想起されるのはロベルト・ファラーの「他人の幻想」に関する議論(Robert Pfaller. Die Illusionen der anderen: Ueber das Lustprinzip in der Kultur)だが、いまここではあえて立ち入らない。

関空線との分岐点になる日根野駅はキレイだ。駅周辺はあまり賑わっている様子はない。コンビニはあり、駅前広場の真ん中には、簡素なほとんど素通しの壁で囲われた喫煙所がある。駅前の公衆トイレも新しく清潔だが、タイルで電車のような姿を与えられた外観は、特に感銘を与えない。小さなロータリーになっていて、そこでバスを待つ。8:08の犬鳴山行き南海バスに乗る。バスには、通学の小学生が多くて驚く。彼らは犬鳴山の少し手前で降りていった。

20分ほどで下車。バス停の北側の道に入る。

橋を渡ると、二階建てのビヤガーデン施設のあるどこか荒れた広場があり、右側には公衆トイレ。その裏の渓谷に面した側には多数のゴミが散乱している。だがその上の土手にはびっしりと大文字草が咲いていた。

ここを過ぎて、大師堂の前を過ぎ、木製の二ノ橋を渡ると、聖域の趣が出てくる。


狭い石段、石畳、コンクリートの道だ。天気は曇りだし、前日の雨のせいもあるだろうが、非常に湿っぽい、暗い谷。

参道に沿って、無数の小さな祠やお堂や像や奇岩があり、そのいちいちについて、由来や効能が細かい字でびっしりと書かれた札が立っている。もちろん日本語のみだ。


美しい滝の上も含めて、ずっと電線が張り渡されている。所々に置かれたコンクリートのベンチは、この暗く湿った谷の中ではすべて緑色の苔のようなもので覆われていて、決して座るように誘ってはいない。路面にはあちこちテイカカズラの花が落ちている。二、三段の立派な「両界の滝」を眺めつつ石段を登り、木製の金高橋を渡る。



さらに朱塗りの橋を二つ渡って、大きな釜を持つ塔ノ滝を眺めて進むと…

テイカカズラの花があちこちに落ちている。


コンクリートの四角く短いトンネルをくぐらされる。上は車道で、抜けた先、右側は駐車場になっている。

今現在、この寺域の全体を示す見取り図は、ネット上にも見当たらないようなので、ここにあった古い(といっても2009年と記されている)絵地図看板を加工してここに掲げる。(クリックで拡大)

反対側、左手には観音堂があり、決して大きくはないが、ここまでのところで一番小綺麗に見える。ここには飲料の自販機もある。

さらに進むとキレイな手洗いがあり、左に山を登っていく石段が分かれている。これが後で進むコースだ。

その先、鐘楼の奥が広場になっている。鐘楼前にキッチュな小坊主の人形が立っており、人が通ると感知して、女の声で何か案内を喋る。ウザいと言えよう。

広場の回りには、七福神堂のほか、寺務所のような建物が建っており、広場の奥には、巨大な「身代不動」が火炎を背負って立つ。下流から眺めれば一目瞭然だが、この広場の全体が、渓流の上を覆うように設置されたコンクリートの構築物である。屋根とベンチのある休憩所が左右の入り口に設置されているので、ここで休み、実はまだだった朝食(菓子パンとコーヒー)を摂る。

身代不動の広場の手前から左に、階段を登る。犬鳴川の枝谷に沿った、手すりの付いた細いコンクリート坂になる。

道が左に折れると、車道に飛び出す。林道犬鳴東手川線だ。

右に歩いて、道が右に大きく曲がるところ(これを分岐Aとしておこう)で、左に林道状の地道が分かれる。道標あり。

これを登る。しばらくまっすぐ登ると、イノシシ捕獲用の檻があって、林道は終わり、山道になる。

右下に布引滝が見えると、道は沢に近づく。このあたりだけやや不明瞭になるが、道はあくまでも右岸通しに続いている。


あとは迷うようなところはない。ほとんど植林地。この先、谷は二、三度、ほぼ同じ大きさの二俣に分かれるが、道ははっきりしている。

弁天岳への分岐はやり過ごす。少し傾斜がきつくなって、稜線に飛び出す。

稜線には作業道が通っている。飛び出したところは小さな広場状で、反対側は伐採されており、北側の眺めが開ける。靄のかかった大阪湾の向こうに六甲山が浮かび上がっている。

ここまで歩いて来た南側は泉佐野市、北側は貝塚市。ここからしばらくは、その市境に沿って歩くことになる。ニガイチゴがたくさん実を付けている。名前とは裏腹に甘い実だ。

右に歩くと舗装が現れる。道はすぐ左に大きく曲がり、右に登山者用の地道が分かれる。舗装道が北側を大回りするのをショートカットする道だ。ウメモドキが各所で見られる。水辺の木のはずで、やはりこのあたりは湿気が多いということなのだろう。

また舗装道に出て、両側から草の覆いかぶさるコンクリートの坂道をしばらく登り、再び右の山道に入る。


小さな峠状の十字路に出る。右は表行場から来ている道であるはずだ。コースは直進して反対側に下るが、一旦左に小尾根の道を登って、高城山のピークに立ち寄る。


杉林の中の静かで小さな広場で、展望はない。一休みして十字路に戻り、左に下る。

このあたりの杉の林床には、ツルアリドオシの小さな白い花が多い。必ずペアで咲き、二つの花の子房が合着して、赤い実が一つだけできるという面白い花だ。

三度コンクリート道に出る。すぐ左には鎖のゲートがあり、一般車は入れないようになっている。右に少し下った先は、幅広い舗装道の林道犬鳴線に合流している。その合流の手前ですぐにまた左の山道に入る。少々アップダウンのある道を歩く。イボタノキが白い花を少しだけ付けている。





一度また林道に出て、20mほど先で左の山道に入る。間伐されて明るくなったところには一本だけカキノハグサが咲いていた。


再び林道に出る。オカトラノオが咲いている。

その先、今一度左に入る山道があったが、これは無視してそのまま舗装道路を歩く。後ろから一台ライトバンが追い抜いて行き、前方からやってきたハイカー一人、自転車乗り一人とすれ違った。

林道は紀泉高原スカイラインの車道に合流。この坂をだらだら登っていくと、五本松の分岐。右に下っていく山道がある。あとでこれを辿るのだが、そのまま進むと視界が開け、粉河ハイランドパークの一角に出る。


ここは大阪府の泉佐野市、貝塚市、和歌山県紀ノ川市の「三国国境」で、その紀ノ川市側が「ハイランドパーク」になっている。前方の駐車場脇には、物産販売店や小さな展望塔の形の軽食堂を備えた管理棟が建っている。この管理棟に背を向けて、まず右に折り返すように、展望台を目指す。

展望台は無人で、100円玉を入れるとゲートが開く。数十段の階段をぐるぐると登る。確かに素晴らしい眺めで、ここに展望台を設けたのは炯眼と言える。すぐ南には台形の龍門山が大きい。その右には生石ヶ峰。奥に紀州の山々が幾重にも連なっている。東の方には高野山からさらに八経ヶ岳が浮かび上がっている。北は大阪湾から六甲、西には四国の山々。ただ、ガラス張りの閉鎖空間で、たとえばパノラマ写真を撮ることはできない。できれば開放的な屋上空間を設けてほしかったと思う。またこれだけの展望があるところにしては不思議だが、東西南北に見える主な土地の名前は書かれているものの、展望案内図のようなものは一切ない。


管理棟に行き、物産販売店を眺める。客として想定されているのは車で遊びに来る人たちだろう。ネットで調べると、季節によっては猪肉を売っていたりもするらしい。スモモの一切れを差し出され、試食する。小さな牛蒡残り二把、これくらいならリュックに入れて持ち帰れると判断して購入。200円。このあたりが今日の最高地点で740mぐらい。



駐車場の脇にはテラス状の部分があり、いくつかベンチもあるが、どうも味気ない。弁当を広げるのにいい場所はないかと売店の女性に尋ねると、道の先に適地があるような話だったので、車道の坂道を少し下る。右に分かれて下る道があり、その先に子供用の遊具と、緑色の野外ステージのある芝生の広場がある。ベンチもあり、眺めも悪くない。ここで先日登った龍門山を眺めながら大休止にする。休憩適地についてもしっかり書き込まれている『関西日帰りの山』だが、このあたりの記述は詳しくない。

本日の山メシはトマトチーズビーフン。小雀陣二『山料理』のレシピ。


一息つけたところで立ち上がり、坂道を登って管理棟と駐車場のところに戻る。さらに戻って五本松分岐から左に下るハイキングコースに入る。植林地の中の石段道を延々と下る。

ここもタツナミソウの花が多く、また少し下ったあたりからはササユリが予想外に多く見られた。うっすらとピンク色に染まったあえかな花。成長は遅く、発芽してから葉が複数出るまでに3年、花が咲くまでに7年かかるという。










作業道を二度横切り、石段が丸太階段にかわると三度目、舗装道路に出る。これを100mほど北にたどる。車止めゲートがあって、林道犬鳴東手川線に合流する。ここからは不動谷に沿ったこの舗装道路を歩く。



この谷も植物の生命力が横溢している。3mほどにも伸びたイタドリが左右から突き出している。繁茂する植物のために沢の流れも見えないところが大部分だが、途中でいい感じの小滝が見えるところもある。



犬鳴隧道を通り抜ける。長さ200mほど。ここもまた独特の空気を醸し出している。地形図では直線で描かれているが、微妙にくの字型に曲がっており、入り口から反対側の光は見えない。


トンネルを抜けるとすぐに、行きに通った分岐A。ここからは往路を戻る。不動明王の立つ休憩広場でまた少し休み、帰路に進む前に、奥の行者ヶ滝に立ち寄る。石段を登り、本堂の中を土足で通る。カウンター?の向こうには僧侶が座っている。軽く会釈をして通り抜ける。立派な空間だが、これも外の下から眺めると何とも興ざめなコンクリートの箱である。


本堂を通り抜けると朱塗りの行者堂(清滝堂)がある。すでに滝は見えているが、行者堂の脇を通り抜けて滝の前まで行くには、賽銭箱に50円を入れなければならない。

確かに立派な滝だ。滝の上から鎖が下がっている。「修行」に使うのだろうか。岩肌には多くのイワタバコの葉が貼りついているのが見て取れる。


参道をバス停方向に戻る。犬鳴温泉センターは定休日ではないはずだが、閉まっているように見えた。バス停のすぐ脇の不動口館という旅館で日帰り入浴。¥800。玄関は4階、温泉はエレベーターで降りた2階。犬鳴川に面したガラス張りの浴室。露天は階段を下りたその真下にあり、前面のガラス窓がないだけで、つくりは上下ともよく似ている。わりあい最近改修されたようで、きれいだ。ロビーの売店で、キャラブキの佃煮とハチミツを買い、16:27のバスで日根野駅に戻る。

というわけで、やや車道歩きの区間が長いコースだが、粉河ハイランドパークからの眺めは確かに素晴らしいし、植生は豊かだし、温泉も悪くないし、キッチュで霊気に満ちた聖域は他ではなかなか味わえないものだし、普通の低山歩きに飽きた方にはオススメできる。

追記:JR日根野ではなく、南海泉佐野経由にすれば、南海の「犬鳴山温泉&ハイキングきっぷ」が利用できる。電車・バスが割安になるだけでなく、犬鳴温泉諸施設の入浴料が割引になる。