母なる超自我の命令

2009 年 5 月 25 日

enjoyEnjoy. 某ファストフードのドリンクの容器に書かれていた言葉。そう言えば、Apple 製品のおしゃれなパッケージにも同じ言葉があったっけ。これは英語ならではなのではないだろうか。ドイツ語の Viel Spaß! は根本的なニュアンスが違うし、そもそも命令法ではない。Genieß! とは言わない気がする。日本語にしても、ぴったり対応する言葉が思いつかない。楽しみなさい、とか、楽しんでいらっしゃい、とか、いかにもホンヤクではないか。

もちろんこのことから、享楽を命じる「母なる超自我の命令」(ジジェク)が、日本やドイツなど、英語圏以外のところでは見られないということにはならないだろう。モダン以後の世界に生きる私たちは、実質的に、そういうわいせつな命令の声に日々晒されていることは間違いないと思う。

別館:iPhone App 拾遺集 について

2009 年 5 月 6 日

appglaneur新年度開始のごたごたで、このところ更新が滞っています。

実はこことは別に、少し前から、「別館」として、標記の iPhone App 拾遺集 というブログをやっています。iPhone 用アプリ紹介のブログ。その手のブログは数多いですが、名前の通り、他のサイトではまずほとんど触れられることのないアプリ、主に人文系、ヨーロッパ、英語以外の言語、Mac関連 などに偏った関連のアプリを拾って取り上げることを中心にしています。

過去にこちらのブログでもそういう記事は書いていましたが、それを独立させたわけです。おかげで、多忙に加えてこちらに出す小ネタは減って無更新状態。あちら iPhone App 拾遺集 のほうが、これも細々とながら、まだ更新頻度は高いという現状です。

Seesaa を使っておりますので、そのままで iPhone での閲覧にも最適化されています。もしご興味をお持ちでしたらぜひあちらにもお立ち寄りくださいませ。

ブログ引っ越し後:リンク切れについて

2009 年 4 月 11 日

気をつけたつもりだったのですが、やっぱり個別のパーマリンクは変わってしまっていたようで、かつての記事にリンクしていただいている方にはご迷惑をおかけしているかもしれません。申し訳ありません。

従来のパーマリンク、たとえば
http://www.tkyabe.com/blog/archives/2008/01/
は、
http://tkyabe.com/blog/2008/01/
に変わってしまっているようです。www は付いたままでもいいのですが、archives というディレクトリがなくなった形になっているので、以前にリンクしていただいたところからは、「見つかりません」エラーが出ていたのではないかと思います。とりあえず、上のようなケースでは、自動的に新しいアドレスに転送するように設定しておきました。

年月別のディレクトリまではそれでいいのですが、その下の個別記事のファイル名まで一部変わってしまっている様子。もしリンク切れが生じている場合は、一つ上の階層をご確認いただけましたら幸いです。

ご来訪くださる皆様には、ご面倒をおかけしまして、申し訳ありません。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

Amazon Reloaded for WP のテスト

2009 年 4 月 7 日

投稿のその場で検索して画像とともにリンクを入れてくれる WordPress 用プラグイン、Amazon Reloaded for WP を使ったテスト投稿です。

医者の名は

2009 年 3 月 26 日

西宮北口駅の北側にずどんと伸びる、比較的新しく広い道路。両側は住宅のほかはほとんどがびょういんとびよういん。その医院のいくつかが面白い。いや、単に名前が、だが。

「まき」さんは原さんとか伊達さんとかと(別姓にしないかぎり)ケッコンできない、などという古いネタがあるが、医院の名前にも同じような問題があるらしい。

setonaikaiこの内海、じゃなかった、内科医は、何気に楽しい。

okashika科名の前に姓を付けるのが普通の医院の名だが、ここはそれをよほど避けたかったらしい。そんなに気にしなくても、そんなに可笑しかぁないですよ。ね。

ゲーム機としての iPhone 3.0

2009 年 3 月 25 日

僕はあまりたいしたゲーマーではないのだけれど、iPhone 3.0 の発表後、そのゲーム機としての可能性の拡大について、あまり指摘されていないようなのを不思議に思っていることが一つ(二つかな?)ある。

Bluetooth+WiFi での P2Pネットワークの形成は、Nintendo DS を、ドックコネクタの開放は、Wii を、脅かすことになるのではないかということだ。

DS での子どもたちの遊び方を見ていると、通信対戦の魅力が大きいことがよく分かる。それは初めにポケモンありきだったかもしれない。ポケモンが iPhone にやってくることは考えにくいが、ローカルな P2P の通信によるゲームが可能になれば、DS の魅力のかなり大きな一部を、 iPhone が備えることになるのではないか。これまでのところ、WiFi 経由で通信対戦などが可能なアプリはないわけではないが、インターネットを経由しなければならない。囲碁やチェスならば世界中の人と対戦するのもいい。しかしたとえば FlipSide5
icon社はマンカラやエアホッケーなど、無料でも通信対戦のできるゲームを出しているのだが、こうしたゲームが、インターネットまで出て行かずとも、手近な相手と、P2P で遊ぶことができれば、事態はかなり違ったものになってくるような気がする。

もう一つのドックコネクタの開放。これまでも、ドックコネクタをテレビに繋ぐ Apple 純正のケーブルもあったのだが、そのようにハード的には整っていても、実際にテレビに映し出せるのは、写真のスライドショーと、一部の動画だけだった。これが、サードパーティ向けに開放される。周辺機器のレパートリーが増えるであろうことばかりが話題にされている気がするが、これは、iPhone を Wii にしてしまうことにもなるはずだ。すでに iPhone 2.2 SDK に含まれていた隠し機能をハックして、バイク・レース・ゲームの Moto Chaser
iconをテレビ画面に映し出してプレイしている動画が、かなり前に発表されていた。

加速度センサーを備えた iPhone がテレビに繋がるということは、やはり Wii に迫ることになる。ボウリング・ゲームをテレビに繋いでプレイすることなどを考えてみればいい。

Nintendo にとっての脅威としての iPhone 3.0…。まあ、しっかりと出来上がっている生態系というものがあるから、さほど脅威ではないのかもしれない。しかし Nintendo が、自身のソフトを iPhone 向けに出してくるということは、たぶん死んでもないのだろうなあ。

室内楽とは

2009 年 3 月 23 日

brainin何年前だろう、京都の弦楽器店で、アマデウス四重奏団メンバーによる公開レッスンがありました。アマデウスは1987年にもう活動は止めていたので、元アマデウスと言うべきかもしれません。

アマデウスカルテット最晩年の公演を東京で聴きに行ったことがありました。ブレイニンが、指板の上で途方もないフォルテッシモを出していたのが強烈な印象に残りました。(弦のことをあまりご存知ない方のために注釈しておくと、ふつう、弦楽器の強音は駒寄りで出すんですね。指板寄りはふつう弱音。つまりあり得ない弾き方だったわけです。)

公開レッスンは、生き残りメンバーが一人一人それぞれに会場を充てられて同時に指導。僕はブレイニンがやっていたレッスンを見に行きました。狭い会場で聴衆は十数人。生徒役はたしか東京芸大や大音の1、2年生のカルテット、曲目も覚えていないし、うーん、そんなとこで突っ込まれていないでよ、という出来でした。そのうえ、ドイツ語通訳の女の子がどうにもならなくて、ブレイニンは彼女を無視して英語で生徒や聴衆に向かって直接しゃべり始める。そのときのやりとりがちょっと面白かった。

ブレイニン:室内楽 chamber music とは何でしょう?
僕:(だれも返事をしなかったので)室内(in a chamber)で演奏する音楽でしょう。
ブレイニン:(わが意を得たりというふうに)そうですね。室内。どういう室内でしょうか。それが問題なのです…。

そのあとの講釈によると、chamber (独:Kammer)という言葉で、狭い部屋を考えてはいけない。宮殿の広間をイメージすべきなのだ、ということでした。ブレイニンの講釈が歴史的にどこまで正しいかは判断が難しい気がします。19世紀には、実際、室内楽はブルジョワ(死語だな)の家庭でおおいに楽しまれていたわけですし。ただまあ、ようするに、ちまちました演奏をしていた生徒たちに対して、もっと大きな空間を考えて弾きなさいよというアドバイスだったわけですね。

自分でヴァイオリンを構えて弾き始めると、肩にというより、でっぷりふくらんだお腹にちょこんと楽器が載っているように見えました。今だったら、どう見てもメタボ呼ばわりされるのではないかという…。

そのブレイニンも数年前に亡くなったのですね。

ブレイニン追悼の2枚組CD:

以上は以前某所に出した記事に少し手を加えて再録したもの。こんなの書いていたことを思い出したのは、ありちゅんさんのところで、若かりしクララ・ヴィーク(のちのクララ・シューマン)にウィーンから与えられた die kaiserlich-königliche Kammervirtuosin という称号のことが出ていたから。この場合の Kammer- も、宮廷の、王室のといった意味なのでしょう。

引っ越し完了

2009 年 3 月 22 日

このブログ、4年ほど住んでいた賃貸アパート(レンタルサーバ)から、少し広いアパートに引っ越しました。同時に、MovableType に代えて、WordPress を使うことにしました。二重の引っ越し作業で少々手間取りました。この1ヶ月あまり、更新しなかったのは、このことと関係があります。

まずは

のツールと指示に従って、元の MovableType からデータの書き出し。それを一旦、手元の MacBook Air (MAMP使用)にインストールした WordPress で読み込んでテスト。それをもう一度書き出し。

新たなレンタルサーバに WordPress のインストール。ドメインの移管申請、DNS の変更。手元の WordPress から書き出したデータをレンタルサーバの WordPress に読み込み。画像等データのアップロード。

…というような作業をごちゃごちゃとやっておりました。元のブログをそのままにして、「続編」として別ブログを立てることも考えられましたが、出費を抑えるため、元のレンタルサーバは契約を解除したい。かつ過去の記事は残したい。この際、アップデートやでたらめなカスタマイズを重ねて少し不具合のあった MovableType、無料利用には縛りのある MovableType を捨てて、WordPress にしてみたい。…というわけで少々(僕にとっては)ややこしい引っ越しでした。

たぶん、各種リンクのアドレスは、以前のまま引き継げていると思いますが、一部はうまくいっていない可能性もあります。もしご不便をおかけしたら済みません。

いずれにしても、この引っ越しは、上記リンク先や、

の情報とツールなしには不可能でした。記して感謝申し上げます。

まだ引っ越したばかりなので、これから追々、家具を入れたり、日曜大工で手を加えたりしながら、更新していく予定です。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

検定商売、コンクール商売

2009 年 2 月 9 日

先日、電車に乗っていたら、某週刊誌の中吊り広告で、漢字検定関連記事の見出しが目に入った。その雑誌と記事を読んだわけではないから正確なところは分からないが、一種のぼろ儲け告発のような文言の見出しだった。いずれにせよ、資格検定が、うまくやれば美味しい商売であろうことはすぐに想像がつく。

でも日本通訳協会なるものが破産したニュース(2008年10月)も記憶に新しい。

2001年から「文部省認定」がなくなってきたことが影響しているのだろうか。何の裏も取っていない素人の憶測だが、日本通訳協会の場合は、たんにマネジメントの問題だったのではないかという気がする。全体の趨勢はむしろ逆であるように思えるからだ。文部省認定廃止が明らかになったときに出ていた記事にこんなものがある。

無くなるのは「文部科学省認定」のお墨付きなのであり、検定試験自体をすぐに無くす必要はないのです。TOEICのようにこのお墨付きが無くても企業や学生から圧倒的支持を受けている資格試験がある反面、国家資格であるかのように誤信させることで存続を図ろうとする試験があるとしたらそれはご退場願いたいということなのでしょう。

お墨付きが無くなった途端に、受験者が減り、検定制度自体が成り立たなくなる資格試験は確かに出てくるでしょう。

むしろそういう資格試験はなくなってもらっても良いのではないでしょうか?

今後は、本当に社会から必要とされる検定試験は残り、そうでないものは淘汰されてゆくことになります。筆者はそれで良いと思うのです。
文部科学省が認定試験の全廃を表明 「英検」は無くなるの? - [資格]All About

この筆者の、ある意味楽観的な見通しとは逆に、それでも「いい商売」の「検定」はなくならない。むしろ増加傾向にあるように思える。つまり、「文部省認定」が消えたことで、認定されているものとされていないものの差はなくなった。この状況はむしろ有象無象の「検定」業者に取ってはチャンスだと考えることもできる。そしてまた Yahoo! などがネット上で行う無害でお気楽な「検定」はどんどん増えている。

たとえば某香料系検定なども、一つの例として面白い。少々の受験料で合格率は9割以上。これに通っていることを履歴書に書いたりするほうが恥ずかしいくらいだ。でもその先の「資格」があって、それは検定主催者側の「講習」を高額な受講料を払って受けないと獲得できないことになっている。まあ、一つの「ビジネスモデル」としては、成り立ってしまうのだな、これが。

いつのまにかなんだかやたらに増殖していてびっくりするのが音楽コンクール商売。ぼくが子供の頃は、国内のコンクールはほとんど耳にしなかった。音楽コンクールと言えば、中村紘子のチャイコフスキーだの、ロン・ティボーだの、小沢征爾のブザンソンだの、国外の世界的なものと、国内のごく少数のものに限られていた。いまは違う。あまりに数が多いものだから、それ専門の情報誌も存在するほどだ。もちろんその中身の多くは相当に疑わしい。つい最近も、某音楽コンクールで、はるかに有能な参加者をさしおいて、審査員の息子が優勝してしまうという微笑ましいケースも見られたようだ。

さて、運営側の利得はさておくとして、この種の「資格」の存在意義はどこにあるだろうか。

もちろん、どんないい加減な資格であろうと、それに合格するためには最小限の勉強やトレーニングはすることになるだろう。だから本人にとっては、少なくとも、勉強するため、練習するためのちょっとした中間目標にはなる。

対外的というか対他的には、なにがしかのスキルを身につけていることを、実際にそのスキルを実践して見せなくても、人に信じてもらう所に意味がある。実演する時間や機会が得られにくいことだってあるだろう。そういう場合に便利なのだ。

ただまあ、特定のスキルを「評価」する立場にあるひとなら、相手のスキルそのものを、免状ではなく、自分の目や耳でも判断できるひとであってもらいたいものだとは思う。そういう「見る目」を養うことまで「資格」が阻害しているとすれば、ちょっと問題なのだが、この「見る目」、評価する能力こそが、多くの方面で、実は希有なものになってしまっているのではないのか。そのことがまた、いかがわしい検定商売コンクール商売を繁栄させているのではないのか。もちろん検定やコンクールに限らない。だれそれが難関大学の入試を通ったから優秀だとか、通ったからヘンなやつなのだ、という判断が貧しいことは、ちょっと考えれば分かる。

Ti amo

2009 年 1 月 24 日

lingolook_iloveyou.jpgI love you. ならば十数カ国語で言えるなどというおバカがたまにいるが(私です)、そういうのを増強するアプリが出ている。

LingoLook ILoveYou
icon

50以上の言語で、それぞれのネイティブの発音付き(だから40MB以上ある)で、この台詞が学べる。115円。私は買ってませんが…。