丸滝谷から金剛山

久しぶりの金剛山。たぶん通算5回目。『関西ハイキング』2008年版(もうずいぶん前だ)で紹介されていたのを見て、以前から行こうと思っていた丸滝谷から。登山靴で行ける沢登りコース。

丸滝谷に公共交通機関でアプローチするなら、土日祝のみ運行の水越峠行き金剛バスを使うしかない。金剛バスは、自社サイトに時刻表も載せていない謎の会社だ。そのため、乗り換え案内アプリなどでは検索しても出てこない。第三者によるサイトで、土日祝の8:20と9:50に、富田林駅前から水越峠に行くバスが出ていることを知る。もちろんICカードは使えない。

富田林8:20のバスに乗る。これまで金剛山にはもっぱら河内長野からのバスを使ってきた。河内長野からだと、バスはすぐに山懐に入ってしまう。富田林からなら、車窓からまず葛城・金剛連山の勇姿が眺められることに気付いた。バスはその真ん中、葛城山と金剛山の間の水越峠に向かう。水越峠の手前、葛城登山口バス停で下車。歩道のない、でも登山客などの車やバイクの多い道を、東に向かってしばらく歩き、トンネルへの道から分かれて旧道に入る。バスが通るから駐車するな、という警告看板にもかかわらず、路肩にはびっちりと登山客の車が停められている。ここからは、葛城山の天狗谷道、金剛山の青崩(あおげ)道、石ブテ尾根道、中尾ノ背道、太尾道など、多数の登山道が発しているのだ。

その道から別れて林道に入り、しばらく坂を登ると、林道がとぎれる。そこが入渓点。砂と石ころと岩のなかにいく筋か浅い流れのある沢で、もっぱら(主に妙見谷の印象だが)「土の沢」の金剛山の沢のイメージとはちょっと違うなと思った。どちらかというと六甲や湖南アルプスの一部の沢のイメージにちょっと近い。

金剛山は植林の山だが、この沢の周囲は自然林が多い。沢の中には、下から上まで、マタタビの花が散り敷いていた。カツラらしい木も多い。ギボウシの小さな群落もある。

丸滝谷核心部は、次から次へと小滝が現れ、いずれも楽しく越えられる。沢の名のもとになっている丸滝は、かなり上で流れ込む枝谷に入って10mほどのところにかかる滝だ。丸みを帯びた洋ナシ型の大きな岩盤にわずかな水が流れていて、『関西ハイキング』の加藤芳樹氏は信楽焼の狸の腹に喩えている。

本流に戻って進むと、やがて左に「上の丸滝」が現れる。これも縦横10mほどの、垂直に近い大きな岩盤で、丸滝のような丸みはない。直登は困難で、すぐ右に、巻き道と補助ロープがある。沢歩きにあまり馴染みのない人は、ここがかなりスリリングに感じるらしい。

上流部になると、やはり金剛山らしい(?)土の壁が左右に多くなってくる。上の丸滝を過ぎるとまもなく水流はなくなり、最後は急斜面の泥の窪だ。いつもながら、こういう詰めはかなり長く感じられる。

泥の窪が終わるところから右に登り、花はとうに終わって実を付けているエンレイソウなどを見ながら、普通の山道のような踏み跡をたどる。このあたり、ニリンソウらしい葉がたくさん茂っている。ニリンソウは金剛山ではカトラ谷が有名で、ゴールデンウィーク頃の花の時期には混雑するようだが、こちらが穴場ということになるかもしれない。

なおも急登しばしで道は左に、「中尾の背」の尾根上に出る。出たところは植林の中の、小さな平地。ベンチがわりだろう、丸太が転がしてある。そこから尾根伝いに登ると、石ブテ尾根からの道を合わせ、まもなく「六道の辻」で太尾道に合流。金剛山頂から下ってくる人たちだろう、ここからは何人かの人にすれ違った。

六道の辻から一登りで、大日岳 1094m。ここに一つだけある丸太ベンチ、かなり古くてぐらぐらするベンチを独り占めして、昼食休憩にする。西側の展望が少しだけある。背後を、太尾道を登る人、下る人が時折通り過ぎていく。

最近出た山めし本、『山グルメ』のジャガイモスープを試す。予め小さめのさいの目にジャガイモを切り、水少量を入れたジップロックに入れて持参するのがミソだ。現地での調理時間の短縮になると同時に、火の通りを早める。レシピ通り、ローリエとたっぷりのオレガノを加えたら、美味かった。この日は6月末でも日差しが弱く、温かいスープがぴったりでもあった。

大日岳からはほんのわずかで金剛山山頂広場。やはりかなりの人がいたが、思ったほどではなかった。混雑をおそれて大日岳で昼食にしたのだが、ここまで来てから大休止にしてもよかったかもしれない。

山頂の売店で、「登山回数カード」を買った。小さなバッジがオマケに付いてくる。よく知られるように、金剛山は登山回数を競う人たちであふれている。山頂広場には登頂回数を讃える名前入りのパネルがあり、途方もない回数登っている人も数知れない。毎日のように登って毎日のように山の上で顔を合わせる、独特のコミュニティもあるようだ。大方は地元の、山麓の、住人たちなのだろう。ヨソモノのぼくにはとても付いていけない。でもつい魔がさして回数カードを買ってしまった。これまで登った4回は無効である。これからも、くたばるまでに登るのはせいぜい七八回ではないかという気もするが、まあいいだろう。回数を数えることは、いつだって、何をやったって、なぜか楽しいものだ。

奈良県側にまだ歩いたことのない「郵便道」を下って、また「かもきみの湯」に行こうかと思っていたが、かなり消耗したし、一番手っ取り早そうな、金剛山登山のメインルートでありながらいまだに歩いたことがない千早本道を下ることにした。いままで、妙見谷から登って久留野峠から下りるとか、寺谷を登って伏見道を下りるとか、そんなコース取りばかりして、階段道だと話に聞いていた千早本道は避けてきたのだ。一時間、ひたすら階段を降り続けて、翌日から、ふくらはぎに筋肉痛がきた。山を歩いて筋肉痛って久しぶりのことだ。千早本道おそるべし。金剛登山口から南海バスで河内長野に出て帰宅。

赤子谷ふたたび

ふたたび、と書いたが、この前行ったのが去年の10月で、それ以前にも二三回行っている。しかしいずれも左股を詰めてばかりだった。赤子谷とその周辺には多数の踏み跡がある(らしい)。何本もある尾根道はまったく歩いたことがないし、沢筋でも、右股や、左股の支流(左股の右股)には行ったことがない。左股の支流を登って、できたら右股から下りてこよう、と思いついてでかけた。

でも出るのが遅くなってしまった。宝塚でJRに乗って一駅の生瀬で下車したのは、11時近くなっていた。アプローチは生瀬水道道でと思っていたのだが、通行止めだった。前回は、水道道入口の宅地造成がちょうど終わったところで、入って行けた。いまごろは分譲されて、住宅の建設も始まっているだろう、もしかするとすでに住んでいる人もいるかもしれない。と思ったら、まだ分譲もされていないようで、入口のフェンスは再び閉じられていた。

閉じられたフェンス。

閉じられたフェンス。

仕方ないので生瀬高台の住宅地を抜ける。住宅地の南の奥まで行くと、西に向かう「林道」があった。その入口はやはりフェンスで塞がれているが、左に、人は通れるような入口がついている。しばらくは、実際車が通れそうな幅の林道だが、

はじめは林道風。

はじめは林道風。

やがてたんなるガタガタの山道になる。

たんなる山道。

たんなる山道。

豪雨のときの水流に道の半分がえぐれているところもある。

片側がえぐれた道。

片側がえぐれた道。

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この道が地形図では二本線で描かれているのは本当に不思議だ。やがて前回通った小尾根からの道が右上から合流し、さらにガタガタの道を下ると赤子谷に架かる西宝橋。そこから上流方向に進み、かなり傷んでいる木橋を渡って、二三の砂防ダムを見ながら右岸の道を行くと、赤子谷左股・右股出合。

今回も左股に入る。低い堰堤を二つ越え、

最初の堰堤で。

最初の堰堤で。このあたり、ヤマアジサイが多い。

最初の堰堤は左隅に石が積まれており、簡単に越えることができる。

最初の堰堤は左隅に石が積まれており、簡単に越えることができる。

堰堤の上の渓相。

堰堤の上の渓相。

しばらく行くと赤子大滝。

赤子滝。iPhone + Apple Watch で自撮りしてみた。

赤子滝。iPhone + Apple Watch で自撮りしてみた。

いつも通り右から巻いて越え、進むと、その先に5mほどの砂防ダムがもう一つあった。決して新しいものではなく、僕がここに来るようになったときにはすでに存在していたはずで、つまり毎回越えているはずなのだが、まったく記憶になかったのでアセった。(前回の記録でも最初の二つしか堰堤はないなどと書いていたので、こっそり修正した。)さて、どこから越えるか。ダムのすぐ左の急斜面を登ることも不可能ではなさそうだったが、ちょっと試してやめた。結局、向かって右手の急な窪を苦労して登り、ダムの右端に出た。上から眺めると、どうも右岸のかなり手前からゆるく登っていく巻道があったようだ。前回まで、たぶんそのルートで毎回あっさり越えていて、記憶になかったのだろう。このあとは、本当に、この沢には堰堤(砂防ダム)はない。

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しばらく行くとゴルジュ。ゴルジュの中にある3つぐらいの滝を、今回も楽しく越えていく。

ゴルジュ入口。

ゴルジュ入口。

ゴルジュの中。

ゴルジュの中。

ゴルジュの中の滝。水線の真ん中に足を置いて越える。

ゴルジュの中の滝。水線の真ん中に足を置いて越える。

これもゴルジュの中の滝。ここは右が登れる。

これもゴルジュの中の滝。ここは右が登れる。

ゴルジュの先は右に屈曲し、そのすぐ先、左から3段20m程度の立派な滝が現れる。やや右上から、固定ロープに助けられて突破する。

3段20m程度の美しい滝。右から小さく巻く。

3段20m程度の美しい滝。右から小さく巻く。

その少し先にも、もう一度同程度の多段の滝がある。最下段に粗造りな木の梯子がかかっている。

もう一つの多段の滝。

もう一つの多段の滝。

そちらには今日は進まず、正面の細い支流をたどる。

左股支流(左股の右股)入口付近。

左股支流(左股の右股)入口付近。

ここからは初めてのコースだ。左股本流より少々ワイルド。急傾斜で細く狭いV字の滝がかなりの高さ続いていて、その中心を登っていく。最上段は直登は無理で、左の階段状の岩にロープが下がっている。

急傾斜のV字谷。中央を登る。

急傾斜のV字谷。中央を登る。

水流は細いながらもかなり上まであった。ようやく水が消えると、ゆるやかで広い谷地形になり、そのほぼ中央をとにかく登っていく。踏み跡らしいものもあまりはっきりしていない。地形図その他では430m付近で水平道に合するはずだったが、よくわからなかった。

六甲の沢では、この季節、水が涸れた詰めのあたりにやぶ蚊が多くて鬱陶しい。虫除けをさんざんスプレーしたので、幸い刺されずにはすんだが、とにかく六月蚊い。じゃなかった、五月蝿い。

源頭部。

源頭部。

源頭部。

源頭部。

稜線を目指してそのまま登っていくと、譲葉山北東の小さな尾根先端のコブの上に出た。潅木に囲まれた小さな広場のようになっている。そこから南東方向に見当をつけて少し下っていくと、まもなく明瞭な道に出た。それをたどると、東六甲縦走路に出る。十字路になっていて、ちょうど反対側は行者山に向かって下る谷道(シャカ谷コース)だ。

縦走路を少し東に歩き、左股本流を詰め上がると出てくる鉄塔の南側、展望のよいところで大休止。週末にもかかわらず人は少ない。今日はシンプルに、コンビーフ、卵、塩こしょうだけのコンビーフオムレツ。『山グルメ』に載っていたレシピだ。行者山、甲山、大阪平野を眺めながら。

眺望ポイントで大休止。

眺望ポイントで大休止。

コンビーフオムレツ。ちょっと焦げた。

コンビーフオムレツ。ちょっと焦げた。

材料はこれだけ。(あと塩胡椒)

材料はこれだけ。(あと塩胡椒)

家を出たのが遅かったから、この時点ですでに3時近く。赤子谷右股を下るのはあきらめよう。一番簡単なのは、シャカ谷コースで行者山との鞍部に下って、光が丘の住宅地に抜ける道だろうが、できればまだ歩いたことのないコースで行きたい。たしかにゃみさんも『六甲山ショートハイキング77コース』に書いていた、エデンの園に下る道があったはずだ。そう思って、取り急ぎかろうじて電波の入るiPhoneで、ネットでコース情報をチェックをチェックする。アラカルートさんが「焼石ヶ原~譲葉中峰西」の名で紹介なさっているルートだ。縦走路をしばらく西に進んで、左にそれらしい踏み跡に入ると、正解だった。意外なほどはっきりした道が続く。最初はゆるい谷状の地形、最後に尾根の上に乗り、エデンの園の奥の堰堤の上に出る。ちょうど停まっていたバスで阪急逆瀬川駅へ。

 

横山岳 (湖北、1132m)

横山岳。素晴らしい花の山だ。滋賀県北東部の、岐阜県境に近い山。多くのガイドブックに、大阪からの電車バスを使っての日帰りは困難と書かれている。しかしここ数年の間に各種ダイヤが変わったのか、調べたところでは、ぎりぎり日帰りはできそうだった。大阪を5:55に出て、長浜で乗り継いで木ノ本で降り、バスに乗れば、9:04には杉野農協前から歩き出せる。

でも多少厄介な可能性のある下山路を取るつもりだし、下山時に慌てたくはないし、山麓を早朝に歩き出す(実は前泊にもかかわらずこれは放棄することになった)のは気持ちがいいに決まっているので、山麓の宿に前泊することにした。

当日の朝、宿に電話。平日だったからでもあろう、ありがたいことにまだ空きがあって、すんなり予約できた。

大阪15:00の電車で、17時ちょっと前に木ノ本着。木ノ本駅の改札ではなんとICカードが使えた。どうせダメだろうと思って大阪から切符を買ってきたのだ。一部の乗換案内アプリは、なぜか駅から数分歩いた「木ノ本バスターミナル」からバスに乗るよう指示するが、実際には駅前(東側)にバス停があり、スムーズに乗り継ぐことができる。18席ほどのミニバス。17:30ぐらいに杉野農協前で降りて、集落の中をまっすぐ歩くとすぐ、左手に茅葺の長治庵がある。

古民家を活かしたしっとりした宿。食事は母屋で、客室や風呂は数段の石段を登った離れにある。部屋は広くはないが、十分だ。この日はあと二組の宿泊客がいた。風呂は、風呂場前の時間帯リストに記入しておいて、順番に入る。風呂は大きくはなく、浴槽は二人で一杯になるサイズなのだ。でも四角い木の浴槽、木の蓋、木組みの天井は清潔で、落ち着く。

風呂場の前には共用の小さな冷蔵庫がある。持参したキャベツとタマネギを入れ、水とドリンクゼリーは冷凍庫(製氷室?)に入れる。これだったらノンアルコールビールも持ってくるんだった。朝の出発のとき忘れていかないよう、iPhoneのリマインダーを設定する。「冷蔵庫に入れたものを取り出すこと」。

夕食は二時間近くかけて一品ずつ味わうコース料理。米も含めてほとんど自家栽培、あるいは地元で採れたもの。地元の山菜を中心としたメニューだ。女将さんがほとんど一人で切り盛りしているように見えた。

ふっふ、オトナの山旅、とか思っていたら、翌日の歩きの後半は、さほど優雅でもなくなった。

朝食はおにぎりにでもしてもらって6時頃出るつもりでいたが、朝食も美味しそうだ。夕食のあと相談すると、普段は7時半からだが、7時からにしてくれるという。その後ならさらに登山口まで車で送ってくださるというので、計画変更してゆっくり出ることに。登山口までは歩けば40分。

白谷登山口まで送っていただいて、歩き出したのはちょうど8時だった。これでも、電車バス利用の日帰りだったらここを通過するはずの時刻より2時間近く早いわけだが、あとで、やはりもっと早朝に出発するべきだったかなと思うことになる。でも朝食も美味しかった。

登山口には小屋と、かなりの台数停められそうな駐車場がある。無人の小屋の中には、横山岳の花などのアルバムや、簡略な、持っていける登山地図が置かれている。小屋の裏手から、林道を離れ、白谷の登山道に入る。途端に様々な花が現れる。

オドリコソウ、イチリンソウ、ヤブデマリ、巨大なナルコユリ、タニウツギ、ヒメレンゲ。この季節、とにかく草の新緑に、明るい谷は生命感に満ち溢れている。山笑うという紋切り型は好きではないが、使うとすれば今のこの山だろう。

林道に出て、左に少し歩くと「太鼓橋」。その手前から再び沢沿いの山道に入る。シャクの繊細な白い花が群れている。登山道の右手斜面一面がニリンソウの箇所もある。

二条に落ちる綺麗な滝があるなと思ったら、それが五経の滝の最下段なのだった。登山道はその中段の滝壺近くを通る。そこから見る上段も立派だった。しかし立派な滝があるということは、その巻き道もきついということだ。そしてその急傾斜は、滝の上に抜け、沢を離れたあとも、ほとんどそのまま延々と続く。山頂の100m手前まで、緩むことはない。

横山岳山頂(西峰)はちょっとした広場になっている。十数人のグループが昼食休憩していた。山頂はまわりを木立に囲まれて、南面だけ視野が開けている。余呉湖、琵琶湖の眺め。広場の北の端に物置(!)があり、梯子が立てかけてある。物置の上に登ると、北側の眺望も楽しめる。が、この日は靄っていて、白山もよく分からなかった。物置小屋の上のスノコは朽ちかけていて、その上を歩くのはちょっとスリルがある。

山頂から西に戻り、先ほど白谷から登ってきた道を右に見て、東峰への尾根を進む。北、東、南の展望の楽しめる尾根道。道の両側には、数種類のドウダンツツジが花をつけている。ユキザサの群落もある。花期の最後ぎりぎり、名残のイワカガミも見つけた。東峰はことに眺めがいい。でも日陰はないので、日差しの強い季節に休憩するには向いていない。そのまま歩き続ける。残念ながらイワナシ、ヤマシャクヤク、カタクリ、タムシバ、イカリソウにはお目にかかれなかった。もしかしたら残っていたのかもしれないが、気が付かなかった。もう一二週間早く、つまりゴールデンウィークの頃、来たら見られたのだろう。

東峰からはやや急下降になる。気持ちのよいブナ林の中の道。イワウチワの群落があり、かろうじてまだ花が残っていた。途中、東尾根を下る道が分岐する。ここを直進するのが金居原への道。分岐にはこの金居原コースを指し示す巨大な道標がある。

金居原の正確な読みが分からない。かないばらかと思っていたが、地元のバスのサイトにはかねいはらと書かれている。でも宿の女将さんや他の登山者はかないばらと言っていたと思う。

出発前から、下山は『滋賀県の山』に載っていたこのコースのつもりだった。金居原はバスの終点で、金居原に直接降りるこのコース、東尾根を周回して白谷登山口に戻るコースと違って、長く林道を歩く必要もなさそうだ。しかしこの金居原コースは、分岐点の巨大な標識にもかかわらず、相当にマイナーらしい。朝、登山口までの車中で、宿のご主人に、このコースを歩くつもりだと言うと、自分はそのコースは歩いたことはない、整備もされていないのではないかという。途中でわざわざ車を停めて、「杉野山の会」の会長さんに状態を電話で問い合わせてくださった。会長さんのお返事は、今年はまだ歩いていない、去年一度行った、とかなんとか。一応ある程度は地図は読めるつもりだ、と言うと、ご主人は、まあ、止めてもそっち行くんでしょ、と苦笑いしながら送り出してくださったのだった。

『滋賀県の山』には、東尾根分岐から合計1時間50分とあり、東尾根分岐の巨大な道標にはなんと60分と書かれていたが、とんでもなかった。はっきりしている部分も多いが、落ち葉や枯れ枝、倒木が敷かれているところ、藪がかぶっているところも少なくなく、ルート探しができないといけない。しかしほぼ尾根筋をたどるルートだから、地形が広くゆるくなるところ、尾根が枝分かれするところで地形図やGPSデータと睨めっこしていけば、あらかた問題なく辿れる。何箇所もの急斜面には、ロープも設置されている。しかし落ち葉や枯れ枝とあいまって、なかなか速度が上げられない。それでも道を外すことはなくたどってこられて、問題は最後の最後にあった。杉の植林地に入ると、どこかの梢で、ツツドリがポポ、ポポ、ポポポポポポ、と鳴いている。尾根の先端近く、道は尾根筋を外れて、杉林の中を右の谷に下りていくはずだった。これは地形図をいくら眺めていてもわからない。その道をどうやら誤った。杉の幹に青いテープが巻いてあるところを辿って下る。おそらく、このテープは単なる作業用の印で、別に道があったのだろう。青テープ伝いに道はジグザグに続いているように見えながら、所々で途切れたり、とんでもないところに青テープがあったりした。見当をつけて道もない急斜面を無理やり下ると、また踏み跡に出たりした。これでかなりのタイムロス。沢を渡り、不明瞭な踏み跡をたどると林道に出た。出た地点にはちゃんと登山口の標識があり、林道を少し下ると、岐阜に通じる車道に出た。

金居原の集落は意外と大きい。バス停はずっと先だった。結局東尾根分岐から金居原バス停まで、合計で2時間20分ほどもかかってしまった。8分ほどの差で、16:19のバスに乗り損ねた。余裕で間に合うと思っていたのだが。次のバスは1時間半近く先だ。金居原バス停の周りにはなにもない。惰性で、車道を杉野まで歩くことにした。17時すぎに杉野に着き、ついでに前夜の宿に寄って、(僕のほかにも登山客が泊まることもあるだろうから)コース状況を報告していくことにした。冷たい緑茶をいただいて、20分ほど休憩してから、杉野農協前バス停へ。17:51のバスに乗る。古橋で途中下車して、己高庵に寄って一風呂浴びる予定だったが、遅くなったので諦めてそのまま木ノ本へ。木ノ本18:37発、長浜乗り換えで大阪20:42着。

次に来るときは朝食はやはりおにぎりにしてもらって、下山路は普通の東尾根コースにしよう。

Apple Watch 用乗換案内アプリの使い勝手

「Yahoo!乗換案内」は、通勤用に登録した自宅・勤務先の駅の直近の発車時刻までのタイマー表示に機能を絞っている。グランスだけでなく、アプリ本体までがそれだけだ。役に立つ人には役に立つだろうが、バス時刻には対応していないため、バス通勤のぼくにはまったく役に立たない。この役割は、相変わらずiPhoneの「時刻表Locky」に頼るしかない。だから「Yahoo!乗換案内」は、ぼくはApple Watchからは削除した。iPhoneアプリとしての「Yahoo!乗換案内」は優秀なのだが。「時刻表Locky」のApple Watch対応も待たれる。
通勤以外で、単発的にどこかに出かけるとき、iPhoneアプリで検索、決定した乗り継ぎ案内こそが、途中手首でちらちら確認できると、ありがたい。これができるのは、ジョルダンの「乗換案内」と、「駅すぱあと」だ。「乗換案内」のApple Watchアプリは、この機能に特化している。これを利用するには、iPhoneアプリで経路検索後、「この経路を送る・登録する」ボタンをタッチし、「Apple Watchに送る」を選択してやる必要がある。「駅すぱあと」のほうは、iPhone上で最後に表示した経路がそのままApple Watchに出てくる。表示のデザインは、「駅すぱあと」のほうが洗練されている。

「乗換案内」の Apple Watchでの表示。

「乗換案内」の Apple Watchでの表示。


「駅すぱあと」の Apple Watchでの表示。

「駅すぱあと」の Apple Watchでの表示。


iPhoneの初期、ガラケーそのままの表示、有料化で叩かれて一旦撤退し、いつの間にか復活した「ナビタイム」は、色々できそうだが、安くはない月額課金のうえに、先日利用した某バス路線が出てこなかったので、個人的にはやはり論外。問題の路線、他の三者は対応している。

魚谷山(いおだにやま。京都北山、816m)

それまでまったく目に入らなかったものが、いったん認識すると、やたらに目に付くようになるということはよくある。よくあるという以上に、ありふれた現象かもしれない。ひとの音楽演奏の拍節感のありよう、外国語の語彙、などなど、さまざまな分野で、それはある。

しかし分かりやすいのは風景、風景の構成要素だろう。以前にも書いたことだけれど、職場の建築に多数見られるので、僕がよく挙げる例は、「盲窓」だ。建物の壁面を、窓のような形に窪ませた建築意匠。かつてハプスブルク治下だった地域に多く見られるもので、スペイン、オーストリアから、新大陸を経由し、もともとヴォーリズ設計で「スペイン・コロニアル様式」の勤務先の校舎にも多い。あのキャンパスに通う多くの人の、目には入っていても、それと認識されてはいないことだろう。いったん盲窓という言葉を知り、意識すると、それ以後ははっきりと目に付くようになる。

これも以前に書いたが、スロヴェニアのカルスト地方を旅したときの「ドリーネ」にも似たことが言えた。初めそれとは気づかない。いったん気づくと、そこにもここにも、いたるところに目に付く、見える、ようになった。

草花の種類でも同じことがよくある。最近ではマツカゼソウがそうだった。篠山の小金ヶ岳で群落に出会ったとき、かすかに記憶の隅に動くものがあった。かつて図鑑で見ていたわけだが、その時は名前も思い出せなかった。その後、白髪岳の登山口で、ちょうど花期の大群落に出会って、はっきりと認識した。萩にも似た葉、株の中央から外に次第に濃くなる緑のグラデーション、みかん科唯一の草本で、葉を揉むと柑橘類の葉と同じ匂いがする。

マツカゼソウ。

マツカゼソウ。

先日の魚谷山。歩き始めの林道脇に、まばらな株を見つけた。ああ、あった、と思ったら、山道に入り、有名なクリンソウ自生地が近づくと、そこら中がマツカゼソウだらけなのだった。(クリンソウとマツカゼソウは生育条件が似ているのだろう、どちらかがあれば、もう一方もあることが多い。)

さてその魚谷山。仕事その他でどこにも行けなかったゴールデンウィークのあと、五月半ばの木曜に出かけた。北大路から「雲ヶ畑もくもくバス」に乗る。一日二往復のコミュニティバス。七、八席ほどのワゴン車だ。バス停で待っていたのは僕のほかにはいずれも男性、年配の登山客三人。ぼくともう一人が出合橋で下車。周囲は小さな集落になっている。そこから谷あいの舗装道路を一時間半ほど歩く。周囲は北山らしい柔らかい新緑ではある。松尾谷・直谷出合からしばらくすると、ようやく舗装は消えた。道が沢に沿って南から北へぐるりと回り込み、樋ノ水峠への道を分け、「北山の父」森本次男が昭和十年に建てたという丸太小屋の麗杉荘を過ぎると、林道に別れて左に丸太橋を渡り、ようやく山道になる(柳谷峠入口)。

麗杉荘。

麗杉荘。

新しい堰堤を越え、沢沿いに、何度も渡渉を繰り返しながら登っていく。クリンソウがぽつりぽつりと現れる。先に書いたように、マツカゼソウの株がそこらじゅうにある。初秋の花の頃は見事なことだろう。

すべてマツカゼソウの株。

すべてマツカゼソウの株。

ここのクリンソウは、篠山の三岳などとちがって、柵で囲って保護されたりはしていない。道の真ん中に咲いているのもある。沢の源頭部まで、まんべんなく生えているが、あまり密生してはいない。むしろ水べりにすっくりと一本だけ、花梗を伸ばしているのが凛々しかったりする。わずかに密生しているところでは、花は付けていなかった。不心得者が花梗を切り取って打ち捨てたように見えるところもあった。

クリンソウ。

クリンソウ。

沢の源頭部から左にひと登りで柳谷峠。峠の上も、乾いたゆるい谷状になっている。このあたり、十年余り前のガイドブック(『京都北山』山と渓谷社、2003)では笹原だと書かれているが、今は笹はない。

柳谷峠から魚谷山への道。

柳谷峠から魚谷山への道。

木々のまばらなその谷を左に登りつめていくと、まもなく魚谷山山頂。木立の中で、眺望はない。一本だけ、ヤマツツジがオレンジ色の花を付けていた。シャクナゲで有名な天ヶ岳もそんなに遠くない。ここにもあるかと期待したが、まったく生えていないようだった。圧倒的に多いのはカエデだ。

例によって「げんさん」レシピの「山の和風コンビーフ茶漬け」で昼食。バスを一緒に降りた男性は健脚で、とうに先に行っており、山頂にももういなかった。クリンソウ群生地のあたりで高齢の10人ぐらいのグループが下ってくるのとすれ違ったが、それ以外誰にも会わない。山頂にも誰もいなかったし、誰もやってこなかった。暫しのんびりと過ごす。
元来た道を戻る。登りのとき見落とした今西錦司のレリーフを探す。右岸、コースからちょっと上の岩にそのレリーフはあり、今西先生は半ば空を向いて、口を半開きにし、中途半端な笑いを浮かべていた。

今西錦司レリーフ。

今西錦司レリーフ。

その少し先、左に青い矢印のプレートがあるところを登ると、林業の作業用の道、文字通りの林道に出る。幅広い道を下っていく。また一つ堰堤を越えて下り、行きに通った柳谷峠入口もまもなくというあたりで、左の枝谷にそった踏み跡に入る。これを詰めると滝谷峠。この道は、やや荒れていた。

滝谷峠直下。

滝谷峠直下。

滝谷峠で一息入れ、あとは「二ノ瀬ユリ」を延々と下っていく。北山では山腹を巻く道をユリ道というのだそうだが、この言葉、どこから来ているのだろう。大部分はしっかりした平坦な道で、歩幅が伸ばせる。途中、貴船山の北峰を通る登り道が分かれるが、あくまでも山腹を行く。と思ったら、その道の一部が崩落したようで、ほんの少し、尾根の先端を乗っ越す箇所があった。また間もなく、メインのユリ道は右の谷に下りていくところで、左の尾根通しに進む道が分かれる。道標に書かれた「眺め良し」だったか「展望良好」だったか、そんな言葉に尾根道の方に進む。が、杉の下枝がかなり茂り、展望はほとんどなかった。時折、木の間越しに、東の鞍馬山のあたりが見える。567mの小ピークで、右側の樹林が伐採されたり立ち枯れていたりして、南西方向の眺望が開けていた。このあたりから、路面はカルストのような白っぽい石ころまじりになる。ちょっとした急下りがあって、右の谷からのユリ道本道に合流すると、すぐに大岩分岐。『関西周辺週末の山登りベスト120』は「夜泣峠分岐」と書いている。ここから右に下ると大岩、尾根通しに登っていくと夜泣峠、左のユリ道を辿ると二ノ瀬。

二ノ瀬に向かう。やがて左下から叡山電鉄の軋む音が聞こえて来る。杉木立の下に単線の線路が見え、列車の姿が見えると、冨士神社があって、二ノ瀬の集落に着く。滝谷峠からここまで1時間半。踏切を越え、集落の中を歩き、最後の最後でちょっと迷った。いったい二ノ瀬駅はどこなのだ? 地図を眺めて少し戻り、住宅の間の、なんの標識もない細い階段を登っていくと、中腹に駅があった。

二ノ瀬駅への階段。

二ノ瀬駅への階段。

それでまた思い出したのだが、スロヴェニアの鉄道の駅には、外側には駅名は書かれていない。ただ「鉄道駅」železniška postaja とだけ書かれている。外から駅に入っていくのは地元の人なので、駅名は要らないということだろう。この二ノ瀬駅も、隣の貴船口や鞍馬とちがって、観光客が利用することはほとんどなさそうだ。たまに、地元の人が、さらにたまに、酔狂な登山客が、利用するだけなのだろう。無人で、しかし上下線のすれ違いに使われているので、ホームは上下でこちらとあちらに分かれている。

下り列車で終点鞍馬まで行き、待機していた送迎バスで鞍馬温泉へ。去年の春も、廃村八丁や天ヶ岳の帰りに立ち寄っている。シンプルに広い露天風呂で、山を眺めながらのんびり浸かる。コーカサス系の男が三人、一人は腕に「福井」とかなんとか刺青をし、青いパンツをはいて湯につかっていた。あとは日本人らしいのが三人。コーカサス系は、女一人を加えて帰りの電車でしゃべりあっていて、フランス人だと知れた。

西光寺山 (713m)

この春は、善防山・笠松山千ヶ峰向山連山と、兵庫の山を意図的に歩いてきた。兵庫県というのは広い。関東から西宮に移ってきたばかりの頃、春に城崎温泉に、秋に淡路島にでかけたが、あとで、まったく県外に出ていなかったことに気づいて愕然とした。県最高峰の氷ノ山は一昨年ようやく登った。虚空蔵山も行っている。昨年、白髪岳に登って稜線に出たとき、西側に連なる美しい山並みのどれ一つ分からないことに何より少々ショックを受けた。

そういうわけで、4月下旬の今回の選択は西光寺山。兵庫県の中央部、「へそ公園」なるものを作って日本の中心を標榜する西脇市と篠山市の境にある。いままで、六甲周辺を除くと、「関西の山ベスト〜」の類に紹介されている山にばかり登ってきたが、この山はベスト100(実業之日本社)にも120(山と渓谷社)にも250(山と渓谷社)にも載っていない。『ふるさと兵庫100山』(神戸新聞出版局)といくつかのブログ記事を参考に、今回の行き先に決めた。そこそこ存在感のありそうな山だし、前から行ってみたいと思っていた〈こんだ薬師温泉〉も下山口から遠くない。当然「山と高原地図」には収録されていないので、Field Accessアプリで地形図を見ながら歩く。

千ヶ峰のときに引き続き、西脇市駅へ。前回は南回り(加古川経由)だったが、今回は北回り(宝塚・谷川経由)。一昔前のヨーロッパ行き航空路のようだ。アンカレッジ、じゃなかった、宝塚6:24の福知山行きに乗って、7:42谷川着。10分後の加古川線で、8:11西脇市着。そもそも、加古川線の加古川とは反対の端が福知山線の谷川だということも、つい最近認識した。加古川線ではICカードが使えないことはこれまでに学習していたので、宝塚から切符を買って乗車。山々に囲まれた小広い平地の眺めは、尾瀬(あそこは湿原だが)にせよボヒン(スロヴェニア)にせよ、なぜか嬉しくなる。

西脇市駅からは、市のコミュニティバス「おりひめ」バスに乗る(どうでもいいが、群馬県桐生市のコミュニティバスも同じ名前らしい)。座席14ほどのミニバス。平日のみの運行だ。だから週末だったら、自家用車かタクシーを使わないと西光寺山へのアプローチは難しい。西脇市駅前には、タクシーはいる。9時すぎ、「双葉小学校」で下車。

中間林間ファミリー園というキャンプ場を通っていく。林道状の道を、関西では柏の代わりに柏餅に使われるサルトリイバラの若葉など摘みながらしばらくたどると、右に入る山道がある。

「こぐり岩」の前には差し掛け小屋のようなものが設えてあって、中にはパイプ椅子や七輪が転がっていた。

ツツジというと、葛城山は別格としても、この前の向山でも、六甲でも中山でも、一面に咲いているイメージがあるのだが、ここでは、他の木々にまじって、ポツリポツリと生えているようだった。林の中で、そこだけポッとピンク色に光っている。

この山は、内陸部なのにウバメガシが群生していることがチャームポイントであるらしい。554mの小ピーク、急登が一段落していったん平坦になるところに、ベンチと説明板があり、そのあたりから実際ウバメガシだらけになる。海岸に近い山に多い、備長炭の原料になる木だ。六甲の須磨アルプスなどで散々見ていて、木自体は珍しく思えないので、あまり感動はない。僕にはあまり植物学的なセンスはないということだろう。

登ってきた尾根が山頂近くの稜線に合流する近くから、道は山腹を巻き始める。山側の杉の植林地の林床は、ミヤマシキミの群生地になっていた。

山頂は大展望だった。この山、山頂まではほとんど展望はない(今田(こんだ)への下山路も展望はない)ので、なかなか感動ものである。頂上は広すぎず狭すぎず、小さな祠と、南東方向の展望案内板と、東屋がある。案内板のおかげもあって、自分が登った虚空蔵山、白髪岳が同定できて満足だった。東屋で、半年前に賞味期限切れだったフリーズドライの野菜カレーで昼食。美味かった。

西光寺山南の稜線を外れて篠山市側、東に下っていく道は、それまでの道と違って細く薄い踏み跡のような道で、しかも多くの部分が急下りだった。ずっと潅木の林で、展望もない。

しだいに沢音が大きくなり、差し掛け屋根のあるきれいな形の炭焼き窯が二つ並んでいるのを見て少し行くと、二つの小沢の合流点で道は沢を渡る。そのすぐ先で、道は林道状になる。

サギソウ自生地はよく分からなかった。この季節ではどのみち花は咲いていまい。林道を歩いていくと、大きなアオサギが道を横切って飛んで行った。さすがサギソウ自生地である(<関係ない)。両側の田んぼの畦にはムラサキサギゴケがいっぱいに咲いていた。さすがサギソウ自生地である(<これも関係ない)。

民家が現れ、今田の田園の中を歩き、少し372号線を辿ってから、神社のある小山の裾を回り込む。

地形図には載っていないから新しい道なのだろうか、温泉へは、標識に従って、ジグザグの車道を登る。最後の最後で鬱陶しい車道登りだが、たどり着いてお湯に浸かったら、あとは温泉前からバスで帰ればいい。そう思っててくてく歩く。

いい温泉だった。露天があって、かつその露天から景色が眺められるというのが、僕にとってのいい温泉の条件の一つだが、ここはそれを完全に満たしている。一段上の小露天からは、縁の石に腰をおろすと、登ってきた西光寺山が見えた。あがって、売店で桜茶と地酒を買って、バスに乗る。ほかに温泉からの乗客はいなかった。やはりみんな車で訪れているのだろう。バスは福知山線の相野駅へ。ここはもう三田市である。改札でICカードが使えて、ちょっと感動。

向山連山 (569m) 山にソーセージを買いに、いや、ヒカゲツツジを見に。

四月中旬の土曜日。生石駅から直接歩き始めて周回するコース。大阪から生石へは丹波路快速一本で行けるし(朝夕以外は篠山口乗り換え)、「駅からハイキング」なのでバスなどを使う必要もないし、意外と交通の便はいい。

駅から市街地を抜け、向山の山懐の「水分かれ(みわかれ)公園」に向かう。標高95mとかで、本州一低い分水界ということになっている。川の流れは合流することはあっても、自然に分かれることはない。向山連山から流れ出す川は、この公園のところで、人工的に分岐する水路が作られており、そこに入っていく水は円山川を経て日本海へ、本流は加古川に合流して瀬戸内海へ注ぐ。

水分かれ公園から戻り、観音堂登山口に向かう道を素通りし、とあるブログで見た、一の山から登る道を探す。一般的なコースは観音堂登山口から取り付くのだが、一の山は通らない。山裾を北西に回り込み、獣除けフェンスに沿って進んでいくと、白いキツネの像二体をおさめた小さな祠があり、その後ろのトタン板のフェンスが倒れていて、通れるようになっている。そこから金網のフェンスに沿って左寄りに少し登ると、フェンスが扉になっている箇所があった。小さな掛け金を外して中に入る。そこからは、一の山の西の尾根を、ほぼ一直線に登っていく。かなり急で、眺望もなく、格別楽しい道でもなかった。一の山の小さなピークからしばらくは尾根は平坦になり、ところどころにミツバツツジがピンクの花をつけている。

この間、人には一人も会わない。もう一度急登があり、滝山古墳と二の山の近くでメインルートに合流すると、そこには多くの登山者が列をなして歩いていた。花のシーズンの、土曜日のこと。その先、ところどころで渋滞もしていた。

三の山を過ぎたあたりからヒカゲツツジの花が現れる。四の山、松の台展望所を経て、向山主峰への登りは花のトンネル。

向山主峰はあまり広くない。記念撮影の人々の脇を避けながら通過。ヒカゲツツジは、むしろ向山主峰を過ぎたあたりからが見事だった。

五の山も過ぎ、蛙子岩の小さな岩峰で腰を下ろす。登山道はこの岩の裾を巻いて通っており、気づかずに過ぎてしまう人が多そうだった。

岩の隙間の狭い平坦部分を確保して昼食。山めしレシピではなく、フィットネス系某誌で見かけた「めかぶと納豆とミョウガのぶっかけ蕎麦」。袋麺の「どん兵衛生そば食感」が、山で作るにはぴったりだった。この製品はしかし、残念なことに、置いている店が極めて少ない。

清水山まで行ったらまた休憩しようと思っていたが、急坂の上の、電波反射板の立つ狭い頂上は十数人の団体がまるで中国人ツアー客のように声高に喋りあっていたので通過。

向山連山は「つ」の字型の尾根をなしている。蛙子峰のあたりが右端のカーブの頂点。剣爾山で北側の展望が開けると、歩いてきた稜線が見渡せる。

下山後、駅までの途中にある〈バイエリッシャー・ホーフ〉に立ち寄る。先週の日曜に向山にでかけるのをやめたのは、この店が日曜休業だからでもあった。土曜の今日は営業している。ドイツで修行したマイスターの経営する店。帰宅してから食べた余計な添加物のないソーセージは確かに美味かった。狭い店内には思いの外多くの=三四人の客がいた。生石駅に戻って帰宅。

千ヶ峰 (1005m)

三月末、三宮からJR、加古川で加古川線に乗り継いで、西脇市駅へ。そこから神姫バスで55分、門村下車。

いい山だったが、体調が悪かった。お腹にだけくる風邪みたいな感じで、腸の上部が張るしぶり腹みたいな状態。歩き始めたらおさまるだろうという期待はみごとに外れた。

JR加古川で加古川線に乗り換え、西脇市駅から神姫バス一時間弱で門村下車。ここは兵庫県多可町。千ヶ峰は多可町と神河町の境にある。千ヶ峰の懐から流れ出す三谷川沿いに、舗装道路を山に向かう。手前の小ピークに隠されて、千ヶ峰本峰は見えない。ハーモニーパークという農業公園があり、その下の部分の三谷川は親水公園になっている。農業公園の中を抜ける舗装道路に別れ、左岸沿いの荒れた林道風の道をまっすぐ登る。途中で右岸から来た遊歩道と合流し、少し先で右に折れると、先ほどの車道の続きに出る。ここはおそらく植栽されたものだろうが、ミツマタが群生していて、黄色い花をたくさん付けている。車道をほんの少し左にたどると、かなり広い駐車場と手洗いがある三谷登山口。五六台の車が停まっている。

登山口からは沢を左下に見る急登。平坦になって、沢を渡り、今度は右岸をぐんぐん登る。沢にはいくつもの立派な滝が連続しているのが見下ろせる。三谷大滝の付近でもう一度沢を渡り、あとは左岸の植林帯の中を詰めていく。この沢、登山道ではなく沢通しに遡行しても面白そうだ。

最後にもう一度右岸に渡り、沢を離れて植林帯の急登になる。ようやく尾根に乗り、自然林も現れる。このあたりでようやくまず東側の展望が開ける。黒いプラ階段が現れると、西側の展望も一気に開ける。一息で千ヶ峰山頂。いくつかのベンチ、いくつかの標識、いくつかの案内板、クソでかい「南無妙法蓮華経」の石碑があり、五六人の人が休憩していた。360度の眺望。

とにかく腹イタなので、山メシ料理はあきらめ、おにぎりだけ口に入れて、出発。最初は階段道のかなりの急降下だ。

山頂から笹原の尾根を東に下る途中、一箇所、雪が残っているところがあった。

尾根道は市原峠で終了。車道も来ている市原峠からの下りが厄介だった。三谷登山口か、市原峠まで車で乗りつけて山頂往復するのが今では普通なのだろう。市原峠から市原登山口までの本来の登山道は、かなり荒れていた。市原峠の東屋のすぐ下から右に、道が降りている。しばらく行くと、石室のあるところで、大きくカーブしてきた車道に再び出る。そこから車道をちょうどS字一つ描くぶん下ると、左に下っていく道がある。(『ふるさと兵庫100山』はこの先車道を下るほうを優先的に紹介している。)暗い植林地の中を、踏み跡を見つけながら、延々と急下降していく。この杉林にも、林床にはところどころミツマタの花が黄色くぼうっと光っている。

最後に沢沿いになり、低い砂防ダムを左から越えると、林道になった。

田園にぽつりぽつりと人家のあるところまで来て、時計を確かめ、足を速めると、17:15ごろに丹治バス停に着いた。17:18のバスは数分遅れてやってきて、余裕で間に合った。(平日なので、一時間後にももう一本バスがある。)

思いついて、西脇から三宮への直行バスを使ってみることにした。西脇市駅まで行かず、途中の西脇(バスターミナル)バス停で降りて、18:35のバスに乗り換え。三宮まで乗り換えなしで出られるのはメリットだが、かなり先までローカルバスとして機能しており、一般道を度々停車しながら走って、あまり速くはない。延々とバスの振動に身を任せていたら、さらに具合が悪くなった。

善防山・笠松山 (251m)

播磨平野には、低いながら面白い岩山が多い。この善防山・笠松山もその一つ。3月下旬、娘1とでかけた。(この「娘1」というのは、「播州野歩記」さんへのhommageというかマネである。そして同氏も、この山には「娘1」と登っていらっしゃる。そのうち「妻1」というのも真似してみたい。)

しかし阪神間から出かけるのは、車ならともかく、少々面倒だ。行きは新開地から神戸電鉄粟生線全線を乗り倒すことになった。これが長かった。(粟生を「あお」と読むことすらつい最近知った始末。)

粟生駅で 一両編成、ワンマンの北条鉄道に乗り継いで播州下里下車。

踏切を渡って南東に進む車道は、かなり車も通るし、面白くない。それで途中左折して野田池の方に入る。野田池は北が上の地図で見ると、リーゼントのおっさんが左を向いているように見える。頰のあたりに小さな島があり、それは口角に接している。目から島へ、また島から顎の後ろへは、細い堤が通じているようだ。そこを辿ってみることにした。目から頰へは、車の通れそうな、幅のあるしっかりした道になっている。ただし池との間に柵などは一切ない。島の奥は草が伸びていたが、踏み跡は続いていて、口に当たる部分に建つ家を横に見ながら、うなじへと続く堤をたどる。こちらは幅が狭く、少し草がかぶっている。突き当たりは資材置き場のような所で、檻に入れられた犬が吼えたてる。資材置き場の中を通り抜けることもできそうだったが、池に沿った細い水路沿いに右へ、元の車道に戻る。(このコース、おそらく私有地であろうから、推奨はしない。)

そこから車道を南東に150m行ったところに、登山口の標識がある。ここからが善防山登山。また別の溜池を左に見ながら竹林を抜けると、ツバキやドングリの疎林になり、まもなく登りになる。岩がちになって、丈の高い樹木はすぐになくなり、展望が開けてくる。

この日の天気は不安定で、晴れていたかと思うと掻き曇って小雨がぱらつき、また晴れるという繰り返し。善防山の山頂に着いた頃、小雨が降った。木が茂って展望がきかないのはこの山頂付近だけで、尾根をさらに進んでいくと、西に伸びる尾根の220mぐらいのピークが目に入る。なかなか立派で、最初はそれが笠松山かと思った。笠松山はその右手後方に見えていた。

つり橋を渡り、大きな露岩の斜面を登り、右左右とくねった尾根を辿って笠松山に向かう。この間も時折小雨が降ってきた。笠松山の展望台でしばし360度の眺めを楽しみ、南へ、いったん下って登り返し、東屋のある200mのピークで大休止。「アスパラベーコン鍋」を作り、娘1と食す。

東屋のピークからいよいよ最後の下り。よく整備された階段道だが、ここで転んだ。とっさに手を突くと、刈り取られた笹の切り株が一本、左手のひらにぶすっと刺さった。ちょっと深めで、血がだらだらと流れる。左腕を上に上げながら歩く。すぐに下の谷の舗装道路に下り着く。東に向かい、駐車場近くまで来たところで血も止まったので、公衆トイレで手を洗う。まだしばらく左手を上に捧げたまま歩いていく。

つり橋の下をくぐり、一度S字に屈曲して下った道は、北東にまっすぐ向かう。やがて丁字路にぶつかって、右にとり、小学校に沿って少し行くと、皿池畔に出る。ここは公園として整備されていて、池の上に木道のような道が通されている。ここの土手の斜面は、立派なツクシの宝庫だった。斜面じゅうに、つんつん伸びている。娘1とひとしきり摘んでから再び出発。

さらに東の小さな溜池の北側を回り込んでから、北東にまっすぐ延びた農道をたどると、播磨下里駅近くの車道に出る。北条鉄道で粟生まで戻り、今度は加古川線(これも1両のワンマンだった)で加古川駅に出て、帰宅。神鉄経由より、少し早かった。

伊那佐山(637m)・井足岳(550m)

伊那佐山に行ってみた。三月中旬。例によって『関西日帰り山歩きベスト100』だけ見て。室生山地や高見山、三峰山への入り口、榛原からすぐの里山。いい感じの普通の低山だった。

榛原の駅から15席ほどの奈良交通のミニバスで10分足らず、9:20比布下車。降りたのは僕だけ。このあたりは「山と高原地図」には収録されていないので、FieldAccessアプリで地形図を見ながら歩く。

比布バス停。

比布バス停。

田園地帯。芳野川沿いの車道を、伊那佐山の姿を眺めながら歩く。

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伊那佐山を見ながら歩く。

 

「竹橋」を渡り、

竹橋。歩行者用の側道橋がある。

竹橋。歩行者用の側道橋がある。

道標に導かれるまま、集落の中の道を上がり、登山道に入る。

榛原山路集落の中の道標と丁石。十六丁とある。

榛原山路集落の中の道標と丁石。十六丁とある。

ここが登山道入り口ということになるだろうか。でもコンクリート舗装。

ここが登山道入り口ということになるだろうか。でもコンクリート舗装。

また道標と丁石がある。十三丁。

また道標と丁石がある。十三丁。

朝、慌てて出てきて、片目にコンタクトを入れていなかった。登山道に入ってしばらく、八丁の丁石があるあたりで、服や荷物を調整するのに小休止。朝食にサンドイッチを食べ、コンタクトを入れた。iPhoneのフロントカメラを鏡代わりにしたのだが、ちょっと苦労した。そのとき、年配の男性が一人通り過ぎて行った。その後は最後まで、土曜なのに、誰にも会わなかった。

ここで一休み。

ここで一休み。

道がつづら折れ(どこぞのサイトには「つづれ織り」と書いてあったが何だそれ?)になって、三丁目の丁石のあるコーナーを過ぎてひと登りすると、ようやく自然林になり、

二丁付近。ようやく上(左)側は自然林になる。

二丁付近。ようやく上(左)側は自然林になる。

二丁の丁石の先のコーナーに、「天狗岩」への分岐がある。ちょっと下って小さく登り返すと天狗岩。このコース一番の展望ポイント。吉野から大峰の山並が望まれる。

天狗岩から吉野・大峰の山々の眺め。

天狗岩から吉野・大峰の山々の眺め。

『ベスト100』には「猿岩」と書かれている。岩の中に、かつては「猿岩」と書かれた板が付いていたはずの標識の支柱だけが残っている。岩の背後の松の幹には、PCでプリントして防水した、妙に熱を帯びた注意書きがくくり付けられている。最近のもののようだ。美しいかと言えば美しくはない。

天狗岩背後の注意書き。

天狗岩背後の注意書き。

天狗岩から元の道に戻って、緩い坂をたどるとすぐに伊那佐山山頂。

天狗岩分岐から伊那佐山山頂への緩やかな登り。

天狗岩分岐から伊那佐山山頂への緩やかな登り。

神社と、倒壊しかけて立ち入り禁止の札のある休憩所がある。神社周囲の石垣に下がっている絵馬はどれもかなり古い。

伊那佐山山頂。都賀那岐神社。

伊那佐山山頂。都賀那岐神社。

倒壊しかけている休憩所。

倒壊しかけている休憩所。

神社の左奥に展望プレートがあり、そこだけ視界が開けている。プレートには遠く霞む金剛山の名は記されていたが、目の前の音羽三山については、山の姿形は描かれているものの、名前すらなかった。

山頂から北西の眺め。右奥に金剛山が霞んでいる。中景は音羽三山。

山頂から北西の眺め。右奥に金剛山が霞んでいる。中景は音羽三山。

神社の右奥に三角点があり、井足岳への道もそこから続いている。

社殿裏の三角点。

社殿裏の三角点。

井足岳への道の入り口。

井足岳への道の入り口。

再び植林地。急降下。すぐに林道に下り着く。

林道に下り着く。

林道に下り着く。

そこに、「榛原町観光協会」が設置した警告板がある。これまで無数のハイカーたちに無視され続けてきた看板だ。

観光協会による警告看板。

観光協会による警告看板。

井足岳という名前はどう読むのか。『ベスト100』は「いたりだけ」というルビを付している。しかし地元の観光協会が設置した看板がわざわざカタカナでイダニ岳と書いているし、地形図(井足岳の名は記されていない)で見ると、山麓の集落、上井足に「かみいだに」と読みが付いている。やはり「いだにだけ」なのだろう。難読である。

ルートは、この看板のある林道を少し左に進み、コンクリート舗装になる右手、林道造成でできた極細の尾根のようなところを登ると、まあ普通の山道になる。

林道から井足岳への道への入り口。

林道から井足岳への道への入り口。

『関西日帰り山歩きベスト100』も「ワイルド」とか記述していたし、帰ってからネットで見たら、二三年前の記録で倒木や藪が大変と書いている方もあった。今回藪を漕ぐことはなかったし、古い倒木は多いものの、通行が困難ということもなく、ピンクや黄のテープのおかげもあって、特に道に迷うこともなかった。この2年ぐらいの間に、手を入れてくださった方があるのかもしれない。多少のルートファインディングの経験があれば問題はない。

510mの鞍部に出て、地形図にはその先の小ピークを左から巻いていく破線が描かれているが、それらしい道は分からなかった。よく見ると、ピンクのテープが、ピークに登る方向に付いている。それに従って登ると、小ピークの上には巨石がいくつも顔を出していた。

小ピークの上。

小ピークの上。

その奥から、左に急下降。下り切ると、地形図が記していた水平の林道様の道を横切り、前方の小尾根脇の道に入る。道はすぐに尾根の上に上がり、左に鹿よけの網が現れる。

左に獣除けの網。

左に獣除けの網。

あとは概ねだらだらと尾根筋を辿り、

井足岳に続く尾根道。ところどころ異様に幅広くしっかりしている。

井足岳に続く尾根道。ところどころ異様に幅広くしっかりしている。

最後に井足岳への急登になる。井足岳の山頂部は、L字と言うか「く」の字型になっている。下辺の尾根の途中にひょっこり飛び出して、水平に近い稜線を左に回り込んで行くと、L字の一番上が井足岳の山頂だった。樹林の中で、展望はないが、明るいし、そこそこの広さがあり、静かな場所だった。山名を記した札がやたらに掛けてある。間もなく正午になり、突如どこか山麓の施設から時を告げる「エーデルワイス」のメロディーが聞こえてきておいおいと思ったが(人里近い低山だとこういうことはままある)、それも止むと、静寂が戻る。しかし何でエーデルワイスだったのだろう?

井足岳山頂。

井足岳山頂。

わかった、もうええちゅうに。

わかった、もうええちゅうに。

ここで本日の山メシ。オニオンスープのリゾット。フリーズドライのほうれん草が便利に使えた。

オニオンスープのリゾット。

オニオンスープのリゾット。

その材料。

その材料。

井足岳からの下りは再度植林地の中の急下降。ほぼ直線的に下っていく。

植林地の急下降。

植林地の急下降。

標高450mで山腹の水平道に出て、

水平道に出た。

水平道に出た。

それを左にたどると谷を渡り、

丸木橋で谷を渡る。

丸木橋で谷を渡る。

反対の小尾根に登っていく。この辺りは明るい自然林になるが、

自然林の小尾根。

自然林の小尾根。

またしても植林地の下降になり、370m付近で二つの沢の合流点に下り着く。左に巨岩を見ながら丸木橋で沢を跨ぎ、

左手に大岩を見ながら

左手に大岩を見ながら

再び丸木橋で沢を渡る。

再び丸木橋で沢を渡る。

しばらく右岸沿いの道になる。三たび沢を渡って、道は次第に沢から離れる。右下に人家が見えてきて、分岐から右に下ると船尾の集落。

船尾の集落に出る。山道終わり。

船尾の集落に出る。山道終わり。

谷の奥に三郎岳が見える。

三郎岳が見える。

三郎岳が見える。

「伊勢本街道」の369号線の車道を左へ。

伊勢本街道。

伊勢本街道。

橋の袂に鳥居があり、そこから川沿いに左に進むと墨坂神社。

墨坂神社。

墨坂神社。

境内から「山」の字の形の額井岳が見える。

「山」の形の額井岳。電線が邪魔。

「山」の形の額井岳。電線が邪魔。

春日大社から移築したという社殿にお参りし、左手の方に回っていくと、「御神水」があった。小さな池と祠があり、蛇口まで用意されている。

御神水。

御神水。

しかしそこに設置された説明板に、なんだかなーと思う。

トンデモ系説明板。

トンデモ系説明板。

「効能 当社 5万パワー(水道水の100倍)」って何だよそれ。ありがたいものはただありがたいままに置いておけばいいので、そこにトンデモ的、エセ科学的な言葉を持ってくることは、むしろ神様への冒瀆ではないだろうか。(と思ったらこんな記事を見つけた。)

神社の前から、歩行者用の赤い橋で川を渡り、13:30頃、榛原駅に戻り着いた。9.6kmの軽い歩き。

神社前の橋。

神社前の橋。

駅前でしばしぼーっと過ごし、14:10の送迎バスで美榛苑の温泉へ。日帰り入浴の風呂は宿泊者用とは別になっていて、『ベスト100』の額井岳の項に書かれているような、登山靴不可ということはない。ただ玄関に「登山者は靴をよく拭え」という注意書きはある。ぬるりとした感触の湯。露天はない。本館の売店で榛原名産だという大きな栗紅芋を買って、15:00の送迎バスで榛原駅へ。鶴橋に出て帰宅。