iTunes で外国語の音声ファイルを聴く

2012年2月13日

教材の付属CDや、ネット上で提供されている音声ファイルをiTunesに取り込んで、Macで聴いたり、iPhone, iPod などで聴いている人は多いことでしょう。

その使い勝手を少しだけよくする小さなtipをいくつか。

オーディオブックに変換し、イコライザをSpoken Wordに設定する。

iTunes上でトラック(複数も可)を選び、コンテクストメニューで「情報を見る」を選びます。(またはトラック選択後、command+I を押しても可。)Menu

Option「オプション」タブを選択し、「イコライザプリセット」をSpoken Wordに、「メディアの種類」を「オーディオブック」にします。OKボタンを押すと、iTunesはしばし変換作業を行ない、選択していたトラックは、ライブラリ→ブックに移動されます。

イコライザをSpoken Wordに設定することで、人の声は確かに聴きやすくなるように思います。

オーディオブックへの変換は、Mac上では直接メリットはありませんが、iOS機器(iPhone、iPod、iPad)上での操作の選択肢を増やすために必要です。

テキストを「歌詞」フィールドに入力する

Lyric今度は1トラックずつ情報ウィンドウを表示させ、そこで「歌詞」タブを選択すると出てくる広いフィールドに、必要があれば、テキスト(トランスクリプトなど)を記入しておきます。

iTunesとiOS機器をつなぎ、いまオーディオブックに変換したファイルをiOS機器に取り込みます。

iOS機器で再生する

Fr 530 size400iOS上の「ミュージック」アプリで先ほどのファイルを開くと、図のような表示になります(表示されていないときは画面を1回タップ)。中央部分には歌詞=テキストが表示されています。ちょっと綴りを確認したくなったときなどに便利ですね。

1曲リピートは通常の音楽ファイルのままでも可能ですが、オーディオブックにしたことで、2倍速再生、1/2倍速再生、30秒巻き戻しといった操作ができるようになっています。お勧めは2倍速再生と1曲リピートです。

上のプログレスバー右下の水色で”2X”となっている部分をタップすると、2倍速→1/2倍速→ノーマルスピードが選択できます。

反対側、プログレスバー左下の、ここではやはり水色になっている部分をタップするとリピートのしかたが選べます。図では1曲リピート再生を選んでいます。

よく、聴き取りに慣れない外国語を学ぶのに、ゆっくりした速度で聴くことから始めようとする方がありますが(そしてそれもiOSでは1/2倍速を選択することで可能ですが)、お勧めは2倍速です。慣れないものこそ、速度を上げてリピート再生で何度も聴くといいでしょう。その後、ノーマルスピードに戻って聴けば、実にゆっくりと、クリアになったように聞こえるはずです。

ウィーンの森の最高峰 Schöpfl (893m)

2012年1月27日

シェップルとでも音訳しておこうか。「ウィーンの森の最高峰」であるらしい。(ちなみにドイツ語圏で「森」Wald と言えば、たいていはなにがしかの山地だ。)

かなり長めのコース。6月28日火曜日、朝早くに目が覚めたし、一日中好天という予報だったし、行ってみることにした。

Rekawinkelの駅舎地下鉄4番線で終点ヒュッテルドルフHütteldorfまで行き、Sバーンに乗り換え。15分ほどで、レーカヴィンクル Rekawinkel 下車。6:45ぐらい。ザンクト・ペルテンとウィーンの中間の峠。この路線のトンネル工事で作業員の人たちの集落が形成され、その後避暑用の別荘地になっていったらしい。瀟洒な駅舎。

R0011731跨線橋を渡った南側から登山道が始まる。森の中の林道状の道をゆるやかに登っていく。林の向こう、朝日に輝いて見えるのは牧草地だ。

R0011734と、間もなくアウトバーンA1を渡る橋。

R0011739少し行くと、地元の車道を二回渡り返す。この辺りからは、西南西に向かって延びる幅の広い長い尾根の上を、フォルストホーフの峠まで、だいたいにおいて辿っていくことになる。しばらく登りになって、森がやや明るくなると、鉄塔の建つヨッホグラーベン山 Jochgrabenberg (645m) の南面を通る。そこからまた下り。

厩舎のある草地を右にかいま見て少し行くと、三たび車道に出て、そこがホーホシュトラース=シュヴァーベンドルフル Hochstraß-Schwabendörfl の集落。山の村だ。標高は560mほど。8:30。

Hochstrass台地状の南面は広い牧草地になっていて、展望が開け、とても気持ちがよい。広大な牧草地の中、道に沿って、ぽつんぽつんと家が建っている。建築中の住宅もある。

R0011769集落の中の一軒。

R0011765集落の中心部。前方左奥に見えているのが今日の目的地シェップル。

山の中、森林のど真ん中だが、実はアウトバーンA21が近くを通っていて、ウィーン市内からここまで車でのアクセスは悪くないはず。それで、あまり「山の民」ではない人も住居を建てつつあるようだった(憶測)。どんな土地かはここの村のサイトに掲載されている鳥瞰写真を見ていただくのがよいだろうと思う。

R0011780集落を通り抜け、車道の下をくぐり、アウトバーンA21にかかる橋を渡り、林の中に入っていく。

Falkensteiner Hütte人気のない宿屋ブルダの前を通り過ぎ、ハーゼンリーゲル山 Hasenriegel (616m) の東面を巻くと、まもなくファルケンシュタイン小屋 Falkensteiner Hütte。週末以外は閉じられている小屋の前の階段で少々休憩して、ゆるやかな下りに入る。ホーホシュトラースの手前で山の住民かと思われる軽装のおばあちゃんが犬を散歩させているのに出会った以外は、ここで初めて反対方向から歩いてきた登山客然としたおじさん3人組とすれ違った。

Hametbergさらに2キロほど歩くと、ハーメトベルクHametbergで林を抜け出す。11:00。広々とした牧草地が開け、その上にシェップルの山容が見える。木蔭で牛が草を食んでいる。道標に従って牧草地を突っ切り、谷から登ってくる車道に降り、フォルストホーフ Forsthof の峠(564m)に到る。

R0011817峠からがシェップルの登り。この峠までは車で来て、シェップル山頂を往復して帰る人たちが多いようだ。しばらくはやたらに馬のいる広い牧草地の中の舗装道の登り。

R0011826その後、ようやく樹林の中の山道らしい山道の急登になる。ここからは、子供連れも含めた数人とすれ違ったり追い越したりした。

水場やがて山腹を右に巻き気味に登っていく少ししっかりした道に出る。途中、半円形の石釜のような形にコンクリートで固められた水場を過ぎると、まもなく山頂。

Schnitzel auf dem Schöpfl山頂の山小屋兼食堂 シェップル小屋 Schöpflhütte でシュニッツェルを注文して昼食にする。ちょうど午後1時。飲むと歩けなくなってしまうのでビールやワインは我慢する。まだこの先は長い。

シェップル小屋ものすごい晴天で日差しはきつい。が、風も強烈で、戸外の席に日陰を提供していたパラソルは閉じられてしまった。

R0011838山頂と言ったのは正確ではない。小屋があるのは山頂直下。腹を満たして13:40、腰を上げる。木立の中の一登りで本当の山頂。そこには簡素な鉄骨組の展望塔がある。一段一段カンカンと音を立てながら上まで登って、しばし展望を楽しむ…が吹きさらしの鉄骨、風が強くて長居はできない。展望塔からの眺めはこちら(QTVR 2.1MB)

R0011854早々に降りて、裏の道を下り、小さな牧草地を通り抜けて、南への下山にかかる。大部分の人はフォルストホーフに戻るので、こちらに来る人は少ない。

R00118572.5キロぐらいか、ひたすら樹林の中の下り。

St. Corona眼下に大きな牧草地が広がると、その下が山麓の村ザンクト・コロナ St. Corona (580m) だった。村に降りて再び舗装道路歩き。

R0011865腹は山頂で満たしていたが、実は持参したペットボトルが小さすぎて、中身は既に空。晴天下の歩きで喉はカラカラだった。まだあと丘二つ越えなければならない。この村唯一の食堂で喉を潤していこうと考える。食堂の前に掲げられた看板には、

Essen Sie bei uns / sonst verhungern wir beide!
(当店でお食事を。さもないとお客様も私どもも飢え死にしてしまいます!)

と書かれている。ウマいことを言う。さあ入ろう…と思ったら閉まっていた。月火定休。こういう店が多く月曜定休なのは知っていたが、火曜もだった。飢え死にしてしまえ!

R0011866午後3時の強烈な日差しに照りつけられながら、仕方なく店の前の坂道をゆるゆると登っていき、小さな峠越えにかかる。

その先は谷道(あくまでも舗装された車の通れる道)のゆるやかな下りで、本当に小さなノイヴァルト Neuwald の集落を通り過ぎ、ザンクト・コロナから4キロほどで、トリースティング川の本流(と言ってもあくまでも山の中の細い渓流)にぶちあたる。さてそこからが最後の登りだ。

R0011874標高差ほんの150mほどの丘越え。なのだけれども喉が渇いてバテている身にはけっこうきつかった。尾根の上にはやはり小さな集落があって、そこから先は帯状に広がる牧草地の中の道になる。峠で再び大勢の牛さんたちの脇を通り過ぎ、

R0011875あとはひたすらてくてく下る。

R0011877ヤギの群れがいた。

R0011885雑草が生い茂ってまったく廃線状態の線路を横切って、地方道に下り、少し東に歩いてから登り返すとようやくカウムベルク Kaumberg の小さな小さな街。歩きの終着点。このときちょうど5時ごろ。あとはバスで帰るだけ。のはずだったが…。

Kaumberg小さな小さな街の小さな小さな中央広場 Marktplatz の真ん中には小さな小さなロータリー状の公園になっていて、風呂桶のような奇妙な泉水がある。そのすぐ横にローカルバスが停まっていた。すぐ脇の小さなスーパーの奥に併設されている場末のスナックみたいなカフェでコーヒーを注文し、さらにスーパーで買ったジュースを飲む。

この広場からは、一日一本だけのウィーン(Südtiroler Platz) 行き直行バスが、6時過ぎにでるはずだった。ウィーンの中心部まで、乗り換えなしで1時間で戻れる。そのバスの時刻の頃合いを見計らってカフェを出て、さっきローカルバスが停まっていた小公園で待つ。別のローカルバスが前を通り過ぎていった。どうもここが停留所というわけではないらしい。横の方には、バスの待合所のような木組みで屋根付きの小さな建造物があるが、狭い広場(って形容矛盾だな)じゅうに停められた車はその前も塞いでいて、バス停として機能しているようには見えない。いったいどこで待っていればいいのか迷っていると、大型バスが走ってきた。たしか女性の運転手。前面には「ウィーン空港」(!)の表示。えっと思う間もなく、小公園の前に突っ立っている僕など一顧だにせず、走り去っていった。

いや、あれは違うだろう、乗るべきバスはまだこれから来るに違いない、としばし待つ。来ない。やっぱりあれだったらしい。しかし何であんな行き先表示だったのか。確かに空港行きリムジンに使われるような大型だったが…。そもそもバス停はどこなのか。スーパーで確かめようと思ったがすでに閉まってしまった。人通りはほとんどない。待合所の小屋に書いてあった番号に電話してタクシーを呼ぼうとしたが、あんたどこにいる?ああカウムベルク?今日はもうそっちには行かない、とのお返事。広場には古ぼけて人気のない宿屋らしき建物も立っている。ここで一泊? 大休止も含めると歩程ほぼ10時間。地下鉄終点から電車で15分ほどのレーカヴェインクルから歩きはじめたわけだが、いやー、思えば遠くに来たもんだ。

…などと感慨に耽っている場合ではない。思いついてあわててiPhoneの乗り換え案内アプリを引っ張り出す。18:17の最終ローカルバスに乗って乗り継ぎしまくると、なんとか今日中に帰れそうだ。やってきたそれらしいバスを、腕を振って必死で止める(そんなことしなくても停まったような気もするが)。他に客のいない車内に乗り込んで、ヴァイセンバッハ Weissenbach へ。そこでまた別のバスに乗り換えてレオーバースドルフ Leobersdorf というこれもド田舎の駅に 19:50 着。夏のことでまだ明るいが、周りには店の一軒もない。しばらく待ってS-Bahnの終電でメードリング Mödling へ。そこで電車を乗り換え、さらにバスに乗り継いで、9時頃、家にたどり着く。さすがに暗くなっていた。ヒーツィング駅のスタンドで買ってきた焼きそばを食い、風呂に入って寝た。

参考:Harald Rötzer, Wiener Gegenden – Ausflüge in und um Wien. Tyrolia, 2006.

ヴォトルーバ教会とすぐそこの自然

2012年1月16日

「ウィーンの森」の魅力は、森とヴィーゼ(草地・牧草地)の交替にあるように思う。そこにブドウ畑が混じる。6月7日火曜日、天気もいいので、久しぶりにウィーンの森に出かけることにする。Harald Rötzer “Wiener Gegenden”というガイドブックに紹介されているコースの一つ。市街地のすぐ背後の森の中のヴィーゼをつないで歩くコースだ。前の記事のラインツ動物公園のすぐ南側にあたる。このガイド、コンパクトにウィーン周辺のあちこちを紹介してくれるのはいいのだが、記述が不明確(=あいまい)だったり不正確(=間違っている)だったりして、たまに困らされる。

R0011437Dommeyergasse のスーパーでスポーツドリンクとチョコを買い、市電60番でMaurer Hauptplatz へ。停留所からちょっと戻った所が交差点で、そこから左に入る。
R0011444ゆるやかな坂を上っていくと、ヴォトルーバ教会。彫刻家Fritz Wotruba (1907-1975) の設計。1976年落成。152個の大小さまざまなコンクリートの直方体を組み合わせたデザイン。シンメトリーを拒否した不規則な隙間にはめ込まれたガラスを通して内部に光が落ちる仕掛け。当時のことで、こんなデザインには相当な反対があった一方、すでに完成前から新しもの好きと美術愛好家が見にやって来たという。様式的には「ブルータリズム」に数え入れられるらしい。残念ながら中に入ることはできなかった。この教会の建っている丘をGeorgenbergという。 このあたりはもとは兵営で、何もなかったとのこと。今はすぐ手前までが住宅地だ。
R0011458教会の背後に天文観測用のSterngarten(星の庭)があるというのだが、灌木の中にこれかなあという地面がコンクリートの小さな空き地があるだけだった。そこから林の中の踏み跡を適当に下っていくと、橇遊び用の広いヴィーゼの端に出る。筍の皮を3枚向き合わせたような自然観察案内板が立っている。
R0011469そこから右に、ヴィーゼの下端を限るプラタナスの並木道がある。その入り口には車止めがある。この並木道を進むと、右に分かれ道が二つ。次の目的地 Pappelteich(ポプラ池)へはここで真ん中の道に進むべきだったのだが、ガイドの記述が曖昧で、そのまま谷の真ん中を通る並木の舗装道路をずんずん降りていった。
R0011479最後は再び車止めを抜け、左右に住宅のあるIn der Klause という通りになってしまった(画像はその中の一軒)。そのまま下っていくと、Kalksburgの街だった。
R0011480仕方なく引き返し、途中の橋のところで、ほとんど水のない谷沿いに、北に入ってみる。そのうち広めの林道状の道に出た。これが本来のコースらしい。
R0011486そのまま左に辿ると、ギューテンバッハ谷 Gütenbachtalらしい自動車道に出た。この道をそのまま北西方向に歩く。時折車の通る舗装道路だが、左右は灌木の茂みとヴィーゼばかり。途中でガイドブックを見直すと、自動車道に平行した土の道があるらしいことが分かり、生け垣のような茂みをくぐって入れる所をさがしてそちらに移る。しばらく歩くと、大きなヴィーゼに出て、森の際を右手に登っていくかなり広い道がある。どうもはっきりしなかったが、たぶんこれだろうと思って登っていく。
R0011487途中鉄扉のついた防空壕のようなものがある。その先は森の中。
R0011490かなり歩いてから、食堂 Gasthaus zur Schießstätte の道標が現れる。本道を離れて左に近道をたどると間もなく、その食堂に着いた。近くまで車で入れるらしく、あまり歩けそうもないお年寄りがかなり来ている。ターフェルシュピッツを注文して昼食。
R0011498そこから行きに通ったポプラ池への分岐までは幅の広い、森の中をまっすぐ下って行く明瞭な道だった。
R0011502せっかくなので改めて池に寄っていくことにする。三辺をコンクリートに囲われ、北側だけが石積みの、ただの人工池だが、確かに色々な生き物がいる(近頃のウィーンの森は生物多様性の保護をウリにしているらしい)。小さめの蓮の花が咲いている。亀もオタマジャクシもたくさんいるし、トンボも、イトトンボも含めて何種類も飛んでいる。周りには子どもたち。
R0011511分岐まで戻り、並木道を少し戻って、そこからまたよく分からないまま右手の森の中に入る道をみつけて行ってみる。と、いったん駐車場のようなところに出てしまった。iPhoneの方位磁石で見当をつけ、とにかく右に右に、再び森の中に入っていく。あまり間違ってはいなかったようで、間もなく端にぶどう畑のある広いヴィーゼに出る。この辺り、Himmelswiese (天/空のヴィーゼ)と呼ぶらしい。ウィーン南部の眺めがよい。

R0011517さらにいくつかのヴィーゼを縫うようにして歩き、よく分からないまま左方向にたどると、ぶどう畑の間の石畳の道になった。作業をしている人がいる。

カルクスブルク墓地の脇を通り過ぎると住宅地に出た。ツェムリンスキー通りZemlinskygasse。60Aのバス停のあるロダウン通りRodaunerstr.を通って、ブライテンフルト通りBreitenfurter Str. に下り、それを東に向かって歩くと、まもなく市電60番の高架がある。階段を上って、Breitenfurter Str./Lieingbr. の駅。そこから市電でDommeyergasseに戻る。

ラインツ動物公園とヘルメス・ヴィラ

2012年1月15日

6月の土曜日の昼前、日曜月曜の連休を控えて買い物に行こうと出支度をしていて空を見たら、あまりに好天なので、そのままラインツ動物公園に歩きにいくことにした。

R0011521市電60番でヘルメス通りHermesstraßeへ。11:36のバス60Bはほぼ直線の道を走って終点のラインツ門 Lainzer Tor 11:41着。

ウィーンの動物園(Tiergarten)というとシェーンブルン庭園の中にあるものが知られているが、こちらも Lainzer Tiergarten という名前。だがカルトブリュンドル山 Kaltbründlberg (508m) を中心とする広大な自然公園。一帯は、例によって元々は皇室の狩猟場。ハプスブルク家の狩猟気違いは相当なもので、皇太子ルドルフは、一度など、捕えてあった290頭のイノシシを放たせたものをすべて仕留めた上に鹿狩りを行なったという。市民に開かれたのは1918年。当初は戦後の窮乏のなかで市民に薪を提供するのが目的だったらしい。

ここでも、市街地のすぐ近くに自然に近いこんな広大なフィールドが広がっていることを体感するコースを歩く。

R0011527ラインツ門を入ったあたりは平地で、舗装された真っすぐな並木道が山に向かって延びている。門を入ってすぐの建物の自然教育展示をざっと見て、並木道を歩き出す。左手は児童公園。右手の網で囲われた広いヴィーゼ(草地)の奥に、鹿の群れが見える。ここでは午後二時になると餌付けが見られるらしい。ヨーロッパバイソンや馬もいるそうだ。
R0011531メインストリートの右側に平行している土の道を歩いていくと、やがてメインストリートを離れて右に入っていく。ヴィーゼの奥の森の蔭に、ヘルメス・ヴィラが姿を覗かせている。手前のヴィーゼには、一面に菜の花のような黄色い花が咲いていた。道はヴィーゼの端、森の際をうねうねと曲がりながら続き、ヴィラの左翼に向かう巨大な唐檜の立ち並ぶ道にぶつかる。

R0011534ヘルメス・ヴィラは、フランツ・ヨーゼフが晩年のエリーザベトのために建てた城館。ピンクの壁がいかにもなスイーツな建物だ。当初は Villa Waldruh 「森の安らぎのヴィラ」と名づけられるはずだった。しかし旅行マニアのエリーザベトはこんなところにじっとしていたくない。彼女は自らベルリンの彫刻家に注文してヘルメス像を作らせた。旅人の守護神だ。それをヴィラの夫の部屋の真ん前に建てさせた。一種の嫌味だと取るしかなさそうに思われる。一方フランツ・ヨーゼフは、Sisiがここで快適に過ごせるようにあらゆる手を尽くした。ヘルメス・ヴィラにいたるメインストリートはウィーン周辺で最初に電気による街灯が点されたし、Sisiのために電話も引かれたという。(ちなみに、Sissiというのはロミー・シュナイダー主演のの同名の映画以降流布するようになったもので、歴史的なエリーザベトはSisiないしLisiと呼ばれていたらしい。)

ヴィラは現在は博物館になっていて、文化史的な展覧会が時々行なわれている。建物の正面右翼はレストランになっていて、前のテラスにも席が設けられている。ここで昼食にしたい誘惑にかられるが、この先の行程を考えて我慢する。

R0011542唐桧の道を戻り、少し行くと、左手から最初の並木道が合している。右に、林とヴィーゼの中の道をたどる。途中で一頭だけ、イノシシを見かけた。ディアナ門に行く道を見送ると、道は右に折れる。
R0011558間もなくHirschgstemm ヒルシュグシュテムという食堂。元々はルドルフ皇太子が猟に出かける前に朝食を摂るための館だった。ここまで、ヴィラから7キロほど、遊歩道はカルトブリュンドル山の南麓をぐるっと円を描きながら回り込んでくる感じ。完全に舗装されている。
R0011563すでに一時半ぐらいだったが、ここからが登りなので、食事はやはり我慢。ここまでは舗装道路だったが、ここからは土の道。林の中の広い道をゆるやかに登っていく。山頂を通らないショートカットの道を左に見送ってなおも行くと、Kaltbründlbergカルトブリュンドル山 508m の山頂。フーベルトゥス展望台 Hubertuswarte という名の直方体の塔が建っている。小さな窓しかない螺旋階段を登って上に出ると、360度の眺望(QTVR画像)。
R0011587塔を降りて、幅広い稜線上の、林の中のゆるやかな下りにかかる。30分ほどで稜線を横断する道との三叉路に出る。正面は再びヴィーゼ。右手にRohrhaus ローアハウスという食堂がある。ここで昼食。すでに2時半ぐらい。 (ヘルメス・ヴィラからここにまっすぐ登ってくる道もある。)

R0011603北に向かって、舗装道路を下る。左右は樹林。20分ほどで、再び三叉路。左から、山の登り口で分かれた裾野道が来ている。その道を右へ、ニコライ門のほうへ向かう。ところどころにヴィーゼが現れる。間もなく、道標がある。このまま舗装道路を進んでもニコライ門に着くが、尾根の背を越えていく土の道、Waldwegが分かれている。もう一登りすることになるが、こちらを選択。ゆるやかな登りだが、これがきつかった。まもなく道は平坦になり、左に折れて下り始める。右に、また左に折れ、ヴィーゼの中を進むと、ちいさなチャペルのあるニコライ門。4時ごろ。

門を出て、しばらくまっすぐ下り、右に向かうと、Hütteldorfの駅。U4でHietzingまで戻り、BILLAで食料品の買い物をして、市電で5時ごろ帰宅。 風呂に入り、肉詰めピーマンを作って夕食。

Hohe Wand Wiese:ウィーンでスキー 夏も…

2012年1月15日

今年のウィーンは暖冬だったらしく、氷点下になることはまれで、雪もほとんど降っていないようだ。それでも、街中から35分で(というのが公式の売り文句の一部だ)、山の中のスキーを楽しむことができる。

ホーエ・ヴァント・ヴィーゼ Hohe Wand Wieseというのは直訳すれば高い壁の草地。なんとHigh Hillsなる公式の(?)英訳まで付いている。ウィーンの市域のはずれの急斜面の草地。夏はローデルバーン Rodelbahn、冬はスキーが楽しめる。地下鉄U4の西の終点Hütteldorf駅からはバス249番(Mauerbach Busbahnhof行き)で17分。人家がまばらになってきて、真っすぐな坂道をどんどん山の中に入って行くような感じになってくるとまもなくHohe-Wand-Wieseの停留所。右手にゲレンデが見える。(公式サイトの奇妙なプロモーションビデオでは、シュテファン大聖堂の前からスキーやスノボを抱えた男女がU4に乗り込み、それが直接”High Hills”まで行くような表現があるが、さすがにこれはフィクションである。しかしHütteldorfでのバス乗り継ぎにロスがなければ、大聖堂から35分というのは誇張ではない。)

冬:

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ここがまだぎりぎり市内(14区)だとは少々信じ難い。道路に面した一番下のところに小屋が建っていて、チケット売り場、コインロッカー、トイレ、簡易食堂がある。その建物を抜けるとすぐに長方形の急角度の斜面。右端をまっすぐにリフト(ロープトウ)が登っている。スキーゲレンデとしてのサイズは長さが400m、幅が80mほど。毎日夜の9時まで、ナイターが楽しめる。(この画像は公式サイトから借用)

スキー場として100年以上の歴史があり、オーストリアで最初に人工雪施設を導入したとか、ヨーロッパで最初のナイター照明付きゲレンデだとか言う。スキー、スノーボード装備レンタルは半日(4時間)で大人が € 12、子供が € 9。全日だとそれぞれ € 15、€ 12。リフトは5回券がそれぞれ € 6、€ 4。スキーやボードの長さが140cmまでが子供。リフトに関しては6歳〜16歳が子供。6歳未満は大人がついていれば無料。スキースクール、スノーボードスクールもあり、子供でも3歳から受講できる。

夏:

IMG 8661

 

実は僕自身はスキーシーズンには行ったことがない。夏場、すでに触れたように、ここではスキーの代わりにローデルバーンが楽しめるのだ。Rodelbahnをどう訳すべきなのかはよく分からない。辞書ではそり、リュージュとされているが、ここの夏場のものとはズレる。画像を見ていただくのが早いと思うが、リュージュに似ていなくもない一人乗りの車体で、斜面に設置されたモノレールな軌道を、手動のシンプルなブレーキを使いながら走り降りてくるものだ。なにしろ急斜面だから、ブレーキを控えればなかなかのスリルで、子供は楽しめること間違いなしだし、大人も十分楽しめる。さらに、小さな子供は、大人の膝の上に固定して一緒に乗せてやれるように考えられている。いや、これは良かったです。家族連れや「若い人たち」には特におススメ。

アウガルテンからドナウ島へ

2012年1月14日


8月末の水曜、あまりすっきりしない体調だったが、昼近くから晴れてきたので、アウガルテン方面にでかけた。

地下鉄U4のSchwedenplatzで降り、ドナウ運河にかかるマリア橋(欄干中央にマリア像が立っている)を渡って2区レオポルトシュタットに入る。くすんだ街区。

R0012511有名な犯罪博物館は閉まっていた(木〜日のみ開館)。かつてのユダヤ人街の面影を残す数軒のユダヤ食料品店の前を通って、アウガルテンへ。

R0012524アウガルテンの一角を占めるウィーン少年合唱団の本拠地の外壁に沿ってしばらく歩き、門を入ると、アウガルテンそのままの名を名乗って知られる磁器工場の本拠地がある。

R0012529アウガルテンのバロック式の公園自体は、なんだかつかみ所のない感じだった。格子状に走る遊歩道の両側は異様に丈の高い並木が生け垣のようになっている。

R0012528第二次大戦の灰色の円筒形の巨大な要塞が残され、公園のシンボルのようになっている。

R0012537西端の門から公園を出て、柱の上に円い環を載せたモダンなストーンヘンジのような奇妙なオブジェのあるガウス広場へ。その隅のPalermoという店の庭で安いランチメニューで遅めの昼食。茸のクリームスープとほうれん草のペンネ。このあたりからは20区ブリギッテナウ。

アウガルテンAugartenやブリギッテナウBrigittenauのアウ(Au)というのは川辺の湿地帯を意味する。大昔、この辺りはドナウ河畔の湿地帯だった。ドナウはいくつにも枝分かれして、無数の中州を作っていた。たえず氾濫して、川床を変えた。レオポルトシュタットの奥の川辺は皇室の猟場で、17世紀に狩猟のための館が建てられた。ヨーゼフII世がその土地をアウガルテンとして開放した。彼は自分用には1780年に簡素な夏の別荘を建てる。現在少年合唱団が入っている建物だ。1782年、モーツァルトの指揮でアウガルテン最初のコンサートが行われ、1803年にはベートーヴェンのクロイツェルソナタがここで初演されている。

現在のドナウ運河はいくつにも枝分かれしたドナウ川の流れの一つだった。1875年に大規模な河川改修が行なわれ、ドナウ本流は現在のような直線の流れに固定された。洪水は減り、新たに確保されたアウガルテン周辺の土地は「グリュンダーツァイト(19世紀のバブル期)」の市域拡張で開発され、初期の労働者街となった。

R0012550ガウス広場からドナウ運河に出て、運河沿いの遊歩道を2kmほど歩く。平日の昼間だが、例によってジョギングする人、サイクリングする人が行き交う。対岸の川面と上の道路との間、半地下の部分を走る地下鉄U4が見える。セーヌ沿いのRERにちょっとだけ似ている。舞洲と同じくフンダートヴァッサーがデザインした焼却場を間近に見て、ハイリゲンシュタット橋で頭上を横断する自動車道に上がって運河を離れる。

 

R0012561途中、楽譜出版のUniversal Editionの社屋を左に見て、ブリギッタ聖堂Brigittakapelleにいたる。1650年創建の小さなチャペルは、当初、水辺の土地にぽつんと立つ存在だった。

 

R0012573フリードリヒ・エンゲルス広場で左に折れ、1930-33年に建てられた立派な共同住宅の中を通り抜ける。多くの自動車道がややこしいカーブを描いて集散するうえに貨物線の線路も走る北橋Nordbrückeのたもとを道標に従ってくぐり抜け、歩行者・自転車専用の古い橋 Nordsteg(元は自動車用だったらしくかなりの幅がある)を通ってドナウ島Donauinselに渡る。

R0012577橋の途中から見るドナウ本流。

 

IMG 8826舗装された遊歩道を南に向かう。島には車は入ってこない。下流、南に向かって島の右側がドナウ本流、左側が新ドナウ。ここも二十世紀に行なわれた再びの河川改修の産物。1970年代のことだ。水位上昇時に本流の水を逃がすもう一つの水路として、新ドナウが作られた。そのときに掘り出された土砂がドナウ本流との間に積まれて、この島ができた。長さ21km、最大幅250mの異様に細長い土地だが、島には違いない。新ドナウの入り口は普段は閉じられていて、流れはなく、一種細長い湖のようになっている。洪水の危険のあるときにだけ、こちらにも河の水が流される仕組みだ。

 

IMG 8832途中、脇に灌木の中を通っていく土の道を見つけて遊歩道を離れ、新ドナウの水辺に出てみる。意外にきれいな水。入江状になったところには、やはりビーバーの仕事とおぼしい切り倒された木が見られた。

 

IMG 8833再び舗装された遊歩道に戻り、丘の上に上がって行く。新ドナウの向こうにはドナウ・タワーとUNOシティが見える。見下ろす新ドナウの川べりには、水浴用の桟橋がいくつも設置されていて、この8月の末でも泳いでいる人たちがいる。完成以来ドナウ島は手近な行楽地として、ウィーンの人たちに愛されているらしい。ジョギング、サイクリング、釣り、水泳、バーベキュー。大きめの児童公園もある。北の方にはFKK(ヌーディスト)ゾーンもあるらしい。島の中央部では、毎夏、ドナウ島フェスティバルDonauinselfestが開催される。

 

IMG 8834島に入ってから1kmほどで、地下鉄U6の鉄道橋の真下に設えられた歩行者用の橋で新ドナウを渡ってU6 Neue Donau 駅に到着。ガラス張りの高架の駅からは西にカーレンベルクあたりの山がよく見えた。

 

3時間程度の歩きだが、へろへろになった。Längenfeldgasseではっと目を覚ましてU4に乗り換え、帰宅。

ウィーン お薦めホイリゲ

2012年1月9日

ウィーンでお薦めのホイリゲ(すべて、特に「観光客」向けではない、「地元民」向け。英語メニューはまずない。)

 

HuberHeuriger Sisi Huber

Roterdstr. 5

年末年始を除くほぼ通年営業。

15:00-00:00 (庭は確か22:00まで。)

日月休み

街中のオアシス。内庭にハンギングバスケットで飾られた花がことのほか美しい。スタッフもきびきびと親切。

屋内の席も多いが、内庭は予約がベター。屋内は残響がこもり、団体が近くで騒いでいたりすると、人と話をするのは難しい。

市電10・44番のWilhelminenstr./Sandleiから歩いて3分。

 

Weinbau Zawodsky

Reinischgasse 3

4月上旬〜12月上旬のみ営業。

月〜金 17:00-

土日祝 14:00- 終業時間はオープン

グリンツィング手前の見晴らしのよい丘の上の緑豊かなホイリゲ。市電38番の駅 An den langen Lüssen からは10分ほど坂道を登ったり下ったりして歩く。夏期の週末は野外のバーベキューメニューが売りらしい。

 

Christine RathBuschenschank Christine Rath

Liebhartstalstr. 16-18

16:00-

日月休み。しばしば長めの休業期間があるので、営業日はwebサイトで確認。

バス45Bの終点 An der Scheibenwiese からバス道を少し戻ってすぐ。

ただのお屋敷かと思いきや、裏手に、梨やプラムの木が生えた、斜面の広く気持ちのよい庭があって、そこで営業している。子供用遊具も少しある。席は予約した方がよさそう。

 

Weinstube Josefstadt

Piaristenstr. 27

16:00-00:00, 庭は-22:00

4月〜10月の毎日営業。

バス13AのLederergasse(南行きの場合)またはTheater in der Josefstadt(北行きの場合)からすぐ。

絨毯クリーニング店の脇の簡素な入り口をくぐって行ってみない限り、8区のど真ん中のこんなところにこんな店があることには気がつかないだろう。メニューは多くはない。キュンメルブラーテンがお薦め。

 

ウィーンから出かける Seegrotte(地底湖)

2012年1月3日

年末年始をまたウィーンで過ごしている。オペラに出かけるわけでも、ニューイヤーコンサートを聴きに行ったわけでもない。子連れではそういうことは難しいし、元から考えてもいない。

冬のウィーンは夏に比べれば出かける先が少ない。中心部のカフェは観光客でごった返しているらしい。子供連れとなるとさらに選択肢は限られる。で、数少ない年中無休のスポットの一つ、Seegrotte(地底湖)に出かけた。

かつて石灰岩鉱山だった所。石灰岩は主に農耕地の肥料というか中和に使われていた。地下二層に坑道が掘られ、二層目は水が出て欧州最大という地底湖になっている。1912年に発破をかけた際、2千万リットルの地下水が溢れ出して廃坑となった。30年代に調査が行われ、観光用に公開されることになった。

Hietzing駅から260番のバス、Mödling Badstraßeで365番に乗り継ぎ、Hinterbrühl Seegrotte下車(この行き帰りの乗り継ぎ検索でもiPhoneアプリのqandoやÖBB Scottyにお世話になった)。バス停からは、バスの進行方向に少し歩いて橋を渡り、すぐに右折。入り口には土産物屋とスナックの店がある。ソーセージで昼食を済ませたのが12時ちょっと過ぎ。12-13時は昼休みのはずが、そこそこ客が来ていたからか、12時20分ぐらいのガイドツアーに入ることになった。大人€9, 子供(4〜14歳)€6。大人二人子供二人の家族チケットは€24。

一層目の坑道を、中国系とおぼしきガイドに連れられて四、五百メートル歩く。坑道内の温度は年間を通じてほぼ9度。ところどころに鉱山の守護聖人バルバラが祀られている。ナチ時代にはここは接収されて飛行機工場になっていた。2000人以上が働いていたという。一部の坑道は狭いので、20ほどの部品に分けて運び出したという。もっとも戦争末期、1944年のことで、ここで作られた戦闘機が飛ぶことはなかったらしい。なんでも最初期のジェット戦闘機、Heinkel HE 162 「サラマンダー」だそうだ。鉱山=工場は1945年に爆破され、3年の復旧作業ののち、戦後、再び観光用にオープンした。

奥の方にはかなり広いホール状のところがあり、4年に一度、12月1日に聖バルバラ祭が行なわれる。残響の多い空間で、合唱団が入ったりするらしい。また結婚式に使われることもあるという。

八十数段の階段をおりて下の層に到り、ボートで地底湖をめぐる。船着き場の近くには、かつて「三銃士」の映画のロケに使われた時の金色の舟が係留展示されている。水は非常にきれいで、飲用できるという。神秘的に演出された弱い青い照明の中でも水底がくっきり見える。水底は石灰岩でひたすら白い。流れ込むばかりで自然に流れ出すところはないので、毎夜5〜6万リットルの水をポンプで汲み出して、平均水深1メートル20センチに保っている。我慢できる程度の静かなBGMが流されている。

ガイドツアーは40分ほど。元のバス停に戻り、Mödlingの駅までバス。S-BahnでAtzgersdorfまで行き、そこから156BのバスでHietzingに戻る。ウィーンからのちょっとした(少々風変わりな)半日観光地として、ここはお薦めできる。

ウィーン中心部からは、地下鉄U1などでSüdtiroler Platzまで行き、そこからS-Bahn(約15分)でMödlingへ。バス364, 365に乗り換えて約10分でHinterbrühl Seegrotte下車。ただし2012年夏は、7月7日から二カ月間、U1は工事のため運休になるので注意。

不法滞在者になった顛末

2011年8月18日
Fjaka-Tシャツ

ポレチのホテルで売っていたTシャツ。気分にぴったりだったもので。

こちらに半年や一年滞在すると、何か一つは大問題が起こるものだが、かつてのボンでの開腹手術、前回のリュブリャーナ滞在時の寝台車での盗難に相当する「事故」は、ここでやってきた。知らぬ間の不法滞在。

半年の在外研究期間でウィーンに居を定めたわけだが、3月末の出発の直前、在日オーストリア大使館はあの地震(とその後の問題)のため一時的に大阪に移転するという騒ぎの最中で機能しておらず、到底ヴィザの発給事務を行なえるような状態ではなかった。調べたら、どこかに、ヴィザなしで6カ月まで滞在できると書かれていた。あれ?3カ月ではなかったっけと思いながら、ならば9月中旬帰国予定の今回は6カ月以内だし、ヴィザなしで行っても問題はあるまいと判断して、パリ経由でウィーンに入った。ウィーンの芸大からは招聘状を出してもらっていた。アパートも借り、4カ月つつがなく暮らしてきたわけだ。この間、7月にEU域内のイタリアにちょっと出ただけだった。

7月末、子どもたちが夏休みに入り、妻とともにやってきた。ウィーンで二三日過ごしたあと、彼らの旧知も多いスロヴェニアに一緒に移動した。山岳地方のボヒンでしばらく過ごし、リュブリャーナに出た。そこまではよかった。スロヴェニアの海岸地方からは目と鼻の先の、クロアチア領のイストラ半島、海辺のポレチでほんの2泊過ごそうと考えたのが運の尽きだった。スロヴェニアで車を借り、クロアチアに入るところでスロヴェニア側の国境官吏に捕まった。日本から来たばかりの家族は問題ない。3月末からオーストリアというかEU域内にいる僕が見とがめられた。

スロヴェニアの国境官吏が言うには、旅券で6カ月というのは、年間に6カ月であって、連続6カ月ではなく、連続的に滞在できるのは3カ月までで、その間にいったんEUを出ていなければならない。聞いてねーよ(関係ないが、スロヴェニアのゴレンスカ地方にあったダチョウの飼育所は、前の鳥インフルエンザ騒ぎのときに閉鎖されたらしい)。いまから僕にできるのはとにかくクロアチアに出て、ザグレブのオーストリア大使館に行き、再入国許可を得ることだと。そしてそこで半時間ほども空しく費やし、不法滞在の過料(科料?罰金?)200ユーロを払わされ(これもちょっとふざけていて、本来400ユーロのところ、その場で現金で払うと半額に割引されるらしい。まあ、外国人が日本への出入国に際して同じようなトラブルに遭ったら、もっとひどい目にあいそうな気もする)、クロアチアに入った。クロアチア側の官吏は、当然ながら、何も言わずに我々を通した。スロヴェニアがEU・シェンゲンに加盟してしまった(いやー、よかったねえスロヴェニア、おめでとう!)のが問題というか、クロアチアがまだ入れてもらえていないのが問題と言うべきか。ともかくかなり遅い時間に、予約してあったポレチのホテルにたどり着いた。

本当はここに2泊して、まる一日海辺でゆっくりする予定だった。しかし来たのが木曜で、ザグレブのオーストリア大使館に行くとすれば、翌日金曜しかない。やむなく2晩目はキャンセル…した翌朝9時半、ザグレブに電話したら、業務時間は朝9時〜12時だという。ザグレブまでは少なくとも3時間…間に合わねえ。しかも、月曜は8月15日。カトリック国の祝日。火曜の午前中にいらっしゃいという。

そういうわけで、キャンセルをキャンセルし、とりあえずやはりポレチにもう一泊することにした。泊まっていたのはポレチの湾に浮かぶ小さな島のホテル。その離れのような19世紀の城館のスイートを当初2泊取っていたのだが、キャンセルした分は即座に埋まっていて、2泊目は本館の通常のホテルルームになった。しかしよくよく考えてみれば、中途半端に急いでザグレブに行っても仕方がない。子どもたちにも海辺の方がいいだろう。そう思って、さらに2泊、とどまることにした。だがハイシーズンのしかも連休。ホテルは満杯で、フロントの女性は近くの系列の宿にも問い合わせてくれたのだが、どこも塞がっている。ややあって、もう一人のフロント係のおじさんが、ちょっと待て、と奥に引っ込んで何やら相談して出てきた。この島全体がこのホテルのもののようで、離れの城館のさらに背後に、何棟かの「バンガロー」がある、そこの部屋が空いている、バスタブもTVもないが、という。別にTVなど要らないし、とにかく子連れで一々移動したくもなかったので、その「バンガロー」を見せてもらい、泊まることにした。城館→ホテルの部屋→バンガロー。とある家族の没落の物語。

まあ、バンガローもそんなにひどいものではなく、島の西の海べりで、海に(正確にはその向こうのイタリアに)沈む夕日がよく見えたし、屋根裏には鳩が巣を作っていてときどきくーくー鳴いていて、朝は起してくれたし(軒端の穴から出入りする鳩を眺めて、なるほどもしかするとこれが鳩時計の原型なのではないだろうかなどと考える)、バンガローと海の間の疎林と草地には、ぴょこぴょこ走り回る野うさぎのすがたが見られたし、決して悪いものではなかった。とにかく4泊、おかげでイストラの海を堪能しましたよ。透明度の高い、水中眼鏡などなくてもかなりの深さまでくっきりと見える水。大小の魚の群れ、ウミウシ、そしてイカまで。スタッフは終始にこやかに親切だった。クロアチアの観光業はうまくいっているようだ。その利害と絡んでいるとはいえ、接客する人々のホスピタリティもたいしたものだと思った。

月曜の朝、陸の街外れに止めてあった車でザグレブへ。イストラ半島を横断してリエカを通り、ディナル山脈を越えて内陸へ。高速道路は本当に高速で走ることができて、最後の市内で少し手間取ったものの、3時ごろ、ほぼ問題なくザグレブのホテルに着いた。この宿も、前日、iPhoneのホテル予約アプリで取った。夏の観光地とは違って、そんなに激混みではないが、家族5人で泊まれる選択肢は多くはなく、適当に取ったら5つ星ホテルだった。しかし法外な値段ではない。海辺から来ると、ザグレブはかなり蒸し暑く感じられた。

翌朝、家族をホテルに残し、タクシーでオーストリア大使館に行った。結局分かったことは、日墺の互いの国民は連続6カ月までパスポートだけで相手国に滞在できることに間違いはないのだった。しかしこれは日墺間の独自の取り決めで、他のEU圏すべてに当てはまるものではないし、他の国、たとえばスロヴェニアの与り知るところではない。スロヴェニアにとってはあくまでも「EU内に3カ月以内」なのだ。同じEUだからオーストリアとスロヴェニアの間では入国チェックはなく、それですんなりスロヴェニアに入ってしまったのだが、現在のEUの外縁を守るスロヴェニアのクロアチア国境の勤勉な官吏によって、「出国」するときになって、僕は不法滞在していたと認定されてしまったわけだ。したがってスロヴェニアの官吏にもどうやら落ち度はない。なんとややこしいことか。スロヴェニアに入った時点で実質違法になっていたわけだが、クロアチアに出ようとしなければ、あるいはクロアチアがEUに入ってしまっていれば、問題は発覚しなかったことだろう。ザグレブのオーストリア大使館は僕の日本出発時の駐日大使館の状況についても理解があり、大使も出てきて話をしてくれたのだが、とにかくオーストリア側としては問題はないので、一番手っ取り早くベストなのはのはザグレブから飛行機でオーストリアに飛んで戻ることだと言う。

話は比較的短時間で済んだ。11時にホテルに戻る。荷物をまとめ、またiPhoneでその日の夕方のザグレブーウィーン便の席を取る。リュブリャナで借りた車を返しに行かなければならないし、リュブリャナの友人宅に少し荷物も残してあったから、妻と子どもたちはいったん車でリュブリャナへ行くことになる。彼らのため翌日のリュブリャナーウィーン便の席も予約。…しようとしたのだが操作に手間取っているうちに席が塞がり、翌々日の便に。小さなプロペラ機しか飛んでいない路線で人数が多いとこういうことになる。

ぎりぎりの12時にチェックアウトし、昼食後、車で出て行く家族を見送り、ホテルのカフェでしばしぼーっと過ごしたあと、タクシーでザグレブの空港へ。正味35分のフライトでシュヴェヒャート着。

リュブリャーナ

2011年8月9日

五年ぶりのリュブリャーナ。この間の変化に驚く。リュブリャニツァ河畔には遊歩道が整備された。青空市場の北側には、かつてプレチニクが計画したデザインとは違うようだが、「肉屋橋」が架けられた。それに伴い、かつては味気ない駐車場だったリュブリャニツァ北岸部分に、人々で賑わうプロムナードが延びた。スーパーMAXIの店内もすっきりと小綺麗に整備された。市営バスのジュトンが廃され、プリペイドカードになった。中心部は完全な歩行者天国になり、バス路線も変更された。三本橋前、ブレシェレン広場の、人と車がカオス的に行き交う風景はもう見られない。パリやウィーンにあるような市営のレンタルバイクスポットが各所に設けられた。街角のゴミ・資源回収ボックスが地中埋め込み式の新たなデザインに変わった。城山にケーブルカーが設けられた。かつてカフェしかなかった城にレストランができた。
総じてますます小綺麗に、「西欧的」になっている。

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