鷲峰山(京都・山城南部 682m)

鷲峰山そのものについては、その登下山道はツマラナイ、行場はスゲエ、あたりに要約されるのだが、案外色々な「小さな物語」を含む山行になった。少々長くなるが、よければお付き合いください。

鷲峰山に行ってみようかと思い立ったのは、春先にポンポン山に登ったときだ。山頂から、西に遠く、鷲峰山が意外にどっしり立派に見えた。『関西日帰りの山ベスト100掲載のコースを一つ一つ潰していくことを目標にしているというのもある(これで59コースめ)。鷲峰山は『関西周辺週末の山登りベスト120』にも『ベスト100』にも収録されている。京都の山もあちこち行ったが、山城南部はこれが初めて。

また一ヶ月近く、歩きに出かけられなかった。梅雨の悪天候、仕事。一度チャンスがあったものの、その時に限って体調を崩していた。よくあるリハビリ山行だが、その行き先に、それもこの季節に、鷲峰山を選んだのは、普通に考えれば、愚かだった。リハビリコースとして想定するのは、軽めのコースだ。低山を、鷲峰山を、舐めてはいけない。思っていたのの三倍ほどもキツいコースだった。三倍って、どういう数字なのか自分でもよく分からないが。

大道寺コース

大阪から京都まで行き、奈良線に乗り換えて、宇治駅で下車。

京阪京都バスに乗り、8:25ごろ、維中前から歩き始める。維中前というのはちょっと不思議なバス停名だが、維孝館中学校前の略らしい。最初は意外に交通量の多い国道307号をそのまま東へ。道路と 田原川に挟まれた土地は公園として整備されており、すぐ先に東屋もある。ここで身支度を整え、特にUVクリームを塗りたくるのがいいだろう。ここから大道寺までの車道歩きは、ことさら陽射しに晒される。そのすぐ先、道標があり、道路を横断して右に入る。

田原川の支流、大導寺川に沿った道路で、幅広い谷の底はずっと水田、両側の低い丘陵には茶畑が現れる。道に沿って民家が並ぶ。谷の奥に、鷲峰山が見えている。あそこまで登るのか…。

8:55。大道寺は小さな方形のお堂で、手前は滑り台とブランコのある小さな児童公園になっている。児童公園のベンチは朝露に濡れていたので、お堂の軒下に座り、荷物を改める。

少し先の右側、潅木に囲まれた中に、信西入道塚が、そのまた一歩先の左斜面の上に、大道神社が、ある。

少し先、分岐があり、両側に石柱の立つ右の道に入る。なおもしばらくは谷底の水田沿いの道だ。

再び分岐があり、左のチェーンゲートがあるコンクリート坂が登山道。入り口には、五丁の丁石がある。林道だが、古い道ではあるらしく、ここをはじめとして、ところどころに丁石がある。ひとしきりの急坂が終わると、コンクリート舗装は消える。

この大道寺コース、未舗装の部分が大半だが、最初から最後まで、要は林道歩きである。つまりツマラナイ。林道なのに、かなり急なところもある。自然林もあるが、ヒノキなどの植林帯が多い。ところどころ木陰もあるが、展望もないのに、日差しがキツい。もちろん季節の問題もある。急に暑くなって、しかし体はまだ暑さに馴染んでいない梅雨明け一番に歩く道ではない。なにしろリハビリだから、調子は上がらない。そういう時は無理をせず、頻繁に休む。半日陰を選んで、携帯用の座布団を敷いて座り込む。すると蜂や蠅の類がブンブン寄ってきてうるさい。何度か、虫除けスプレーを肌や服に吹き付ける。この季節だからか、花もほとんどない。イワヒゲの地味な花穂、木の白い花がところどころ、ぐらい。道の両側にはシダと、松の幼木が目立つ。

ところどころに森林の縄張り境界を表す標識が立っている。

標高で310m ちょっとのところに、「休憩小屋」があるが、三方を板囲いして屋根を載せただけのもので、床はなく、ベンチも何もない。天候急変時の雨宿りの場所としては貴重だが、今日はとりたてて使う気にはならなかった。

これまでの季節は、500mlのペットボトルが2本あれば、水分は足りた。梅雨明け以後は、汗をかく量が一気に増え、それでは足りなくなる。分かっていたはずなのに、持参していたのはビタミンC系の飲料とお茶と一本ずつだけだった。我ながら学習能力に欠ける。(料理用の水は別に500ml持参していた。)

林道がS字を描き、直線になると、その先で、休憩用の立派な東屋、トイレのある広場に着く。10:52。宇治田原町のパンフによれば観音山休憩所という名前が付いているらしい。いくつか、テーブルとベンチのセットも点在する。

東屋の屋根に守られた日陰で、おにぎりを一つ食べる。黄色いタテハチョウがヒラヒラと舞い、巨大なスズメバチがブーンと通り過ぎて行った。

この広場は、前方から舗装道路が登ってきて鋭角に折り返す、その突端に位置している。そのコンクリート舗装の道路を左、登り方向に取る。

相変わらずほとんど展望のない尾根上の道だ。少し傾斜がきつくなると、一段広いアスファルト舗装の道路に飛び出す。

少し右にたどると、左に、コンクリート舗装の金胎寺参道が分かれる。

「不動明王」の赤い幟がその道筋に何本も立っている。

やがて山門をくぐる。11:33。歩きだしてから3時間。時間かかりすぎである。

落ち着いた佇まいの庫裏が建ち、その前の広場にはベンチ、テーブルと手洗いがある。

庫裏の右側は無料休憩所になっているが、今日は無人で、扉も鍵がかかっていた。窓には「お参りに出ています」という張り紙があった。入山料300円を入れる箱は出ていた。小銭の持ち合わせはあまりなかった。ぎりぎり300円を財布から拾い上げ、箱に入れる。

行場巡り

ここまでの登りですでにヘロヘロだったが、ここまで来たら行場巡りをしないわけにはいかない。日を改めてまたここまでやってくることも考えにくい。20分ほども休んでから、休憩所の扉の前にリュックを置き、出発する。庫裏の前を左手に進むと、行場への入り口があった。寺務所に人がいたら、入山料を払った時に貰えたのであろう行場略地図、帰ってから他の方のサイトで見つけたので、ここに掲げておく。

ここの行場に関する諸ガイドの記述を見ておこう。まずは『京都府山岳総覧』。「金胎寺の裏に行場がある。滝、岩場がある(約一時間)」と、まことにそっけない。『関西日帰りの山ベスト100』では、「行場巡りは、細かく順路を案内しているので、これに従う。難しい岩場には迂回路があるので、無理をしないで実力に合わせて楽しもう」。所要時間は120分としている。『関西周辺週末の山登りベスト120』は、「東海自然歩道が通るので歩くだけなら初心者向きハイキングだが、単調なので、ここでは行場をめぐることで充実した山行にしたい」として、コース全体を「経験者向き」とラベリングしている。所要時間は1時間50分。意外なことに『関西周辺の山ベストコース250』は、鷲峰山を250のうちに算入していない。つまりまったく触れていない。内田嘉弘『京都滋賀南部の山』(1992) は鷲峰山の登降路を五本紹介している。行場に言及してはいるが、行場巡りをした話は出てこない。

庫裏の少し先、展望地点がある。近くにはかわらけ投げのポイントも。

行場はそこから1キロほども、尾根筋をゆるやかに下った先にあった。

少し下って登り返した先に、にこやかな表情の「迎へ行者」坐像がある。

その少し先が「行場の辻」分岐点。行場のコースはループになっていて、ここに戻ってくるわけだ。下の沢まで、標高差で200mほども下り、また登り返してくることになる。赤い板の矢印に従い、左の道に進む。すぐにT字路になって、右に進むと、次第に急下りになる。リュックがなくなって身軽になったはいいが、何か重心が定まらない感じがする。調子が悪い証拠だ。「東の覗き」、「西の覗き」を経て、

恐ろしく急な岩場をようやく沢近くまで下ると、「胎内くぐり」の看板があり、そこからはまた岩を登り返す。

登った先の右、天然の岩のトンネルというか門があって、そこをくぐって下ると、沢筋に出る。

沢に沿った道を下って行くと、「千手の滝」。水がいく筋にも分かれて落ちているところからの命名だろう。

さらに下ると「五光の滝」。滝に向かって下っていく途中、滝の下部に当たっている日差しに虹が出ていた。谷筋はあまり日が射さず、暗めだ。その中で滝の下の方にだけ日が当たって虹。

行場巡りの地図も手にしていなかったから、五光の滝の先でまず少し迷った。滝の直下を渡渉するのだと気づくまでには少しだけ時間がかかった。左岸に渡る。はっきりした道が沢沿いに下っている。そしてまたほんの少し先でこの道を離れてまた右に下り、沢を渡り返すのがコースだったのだが、これを見落とした。そのまま進んで行くと二度橋を渡り、道はますますしっかりしてきて、下流の集落に向かうように思われた。戻って、正しいコースに復帰する。この分岐にも標識はあるのだが、少々曖昧である。後で調べたら、やはりここで迷って下ってしまった人、中には南面の登山道から登って来たはずが、いきなりここに迷い込んで登った人もいた。

沢を渡ったところからが帰路というか登り返すルートになる。すぐに「護摩壇」の登り。その取付きには役行者が座っている。

ルートには赤ペンキで矢印が描かれているほか、岩の手や足を掛けるべき場所にも赤ペンキのマークがある。ただしすでにかなり風化して薄れているので、場所によっては慎重に見つけていく必要がある。

急峻な岩場をひたすらよじ登って行く。「護摩壇」の次が「鐘掛」。垂直に近い巨大なスラブに鎖が下がっている。よくよく見ると細かいホールドがあるのだが、これは相当「ヤバい」と見えた。

見回すと右手に迂回路らしい印があったのでそちらを通る。それとてかなりの岩登りだ。余裕がなくて、あまり写真も撮っていない。その上の「小鐘掛」にはエスケープルートが見当たらなかった。小さな、しかし厄介な岩場。三つほどのわずかな足場の二つに、一つは「右足→」、一つは「←左足」とペンキで書かれている。少し考えればそれ以外の足の置き方はあり得ないのだが、テンパっていると、気づかない可能性もある。ありがたく指示に従って、クリア。振り返るとすでに高く、下の谷へは相当な傾斜で落ち込んでいる。この辺りで南面遠くの眺望も開け始めるが、足場は狭いし、あまりのんびり眺めている余裕はない。

この間も汗はどんどん流れる。脱水症状まではいかずとも、それに近づいていることはわかったから、無理はせず、ちょっと登っては休む繰り返し。わずかに残っていたお茶のボトルは持ってくるべきだったかとも思ったが、こういう場所でボトルを取り落としたりしたら悲惨である。喉の渇きに耐えつつ、ゆっくりゆっくり攀じる。「平等岩」を巻き道で通過し(岩のリッジを回り込むのがちょっと難儀だった)、「蟻の戸渡」を経て、何とか「行場の辻」に帰り着く。14:30。

あちこちの沢や、スロヴェニアの山などで、岩の経験はそこそこ積んできたつもりだったが、とにかくこの行場は相当にハードだった。ガイドには一周二時間とあるところ、三時間近くもかかってしまった。まあ、体調の問題、季節の問題が大きいかもしれない。行場は面白いのだが、時季と体調が悪すぎた。

わずかに残っているお茶が飲めるであろうことを心の支えに(大袈裟)、1キロの尾根道を戻り、金胎寺寺務所前へ。寺の横、行きには気づかなかった風鈴がチリンチリンと鳴っていた。庫裏の奥の部屋には、明かりが灯っているように見えた。「お参りに」行っていた寺の人が戻っているのだろうか? 幻想であった。無料休憩所が開いていれば、飲み物を頂くこともできたはずだが、仕方ない。わずかに残っていたペットボトルのお茶を飲み、もう一個のおにぎりを食べ、また20分も休んでから、リュックを背負って再び歩き始める。

本堂、山頂、山めし

山門の前から、元来た道の右、折り返すように登るコンクリート坂がある。

途中で右に折れて登ると、本堂や立派な多宝塔のある広場に出る。

もうこの辺りで膝上がピキピキしている。本堂前のベンチでまた少し休んでから、多宝塔の左の山道に入る。杉林の中、下草の笹のなか、ゆるやかに登る道で、

これも中程で鋭角に折り返して登りつめると、鷲峰山の山頂。空鉢ノ峰、682m。15:15。宝篋印塔がデンと建つ広場(どこぞの山道具屋さんのサイトでは「石灯籠」と書いてあるが、宝篋印塔である)。ガイドには北側に展望があると書かれているが、ここも樹木が伸びて、現在はほとんど眺めはない。

この広場の隅で、もう3時だったが、本日の山メシ。レンズ豆のスープ。味付けはフリーズドライのオニオンスープ。『フライパンで山ごはん2』のレシピ。数日前に下界でテストで作り、SNSでいただいたアドバイスなどをもとに改良した。豆は皮付きで少し茹で時間のかかるグリーンのものだったので、あらかじめ水とともに密封袋に入れて冷凍したものを持参。テストの時加えたソーセージは、アドバイスに従ってチョリソー(缶詰)に変更。レモン汁も加えた。ミニトマトは少し煮込んだ方がいいので、最初から加えることにした。乾燥させたミントを揉んで散らして完成。

「鷲峰山」三角点(釈迦岳)

食べ終わって、すでに4時少し前、本堂前に戻り、本堂の右手から下山路に入る。杉植林のなかをしばらく進むと、舗装道路に飛び出す。

これを右に少し歩くと、左に、湯屋谷に下る道が分かれる。

この先、少し舗装道路をそのまま進んで左に登ると、「鷲峰山」一等三角点 681.17m のある釈迦岳山頂。ガイドには「樹木が茂り、展望が悪くなっているので割愛してもよい」とある。膝上にキていて、これ以上の登りは辛かったし、かなり迷ったが、またここに来る可能性も高くはないし、ちょっと引っかかるものがあったので、行ってみることにした。車道を200mほど進むと、左に折り返すように登る舗装道路がある。入って数十メートル行くと、右に数段のコンクリート階段があり、これを登って行くと無線鉄塔が二基建っている。通り過ぎて奥の山道を、引き攣る脚をだましだまし登っていくと、三角点に出た。16:12。北側に、眺望は、ある。

最近刈り払われたのだろう。見えているのは三上山など、湖南・湖西の山々だ。条件がよければ白山も見えそうだ。樹木の成長は早く、またそれが伐採されることもままある。ことほど左様に、ガイドの低山の眺望に関する記述は、当てにならない。

三角点の脇には天測点の八角柱が立っている。こちらのサイトによれば、天測点とは、「天文測量を実施するために設けられた基準点」で、「測量機器の重量に耐えうる単なるコンクリート製の観測台」。三角測量で得られたデータを補正することを目的に、全国48箇所の一等三角点で、昭和29年から5年間行われたという。その後機器の軽量化によって無用になった。

湯屋谷コース(下山路)と宇治田原コミュニティバス

分岐まで戻り、湯屋谷への道に入る。これがまた植林帯の中の、溝にえぐれて歩きにくい、退屈な道だった。「鷲峰山の登降路は、つまらん!」(大滝秀治のモノマネをする林家たい平の口調で)。途中二度ほど休みを取りながら、ようやく里に下りつく。17:35。

下りついた所は茶宗明神社。すぐ横が永谷宗円の生地。宇治茶のというか日本緑茶の元祖だ。1952年に「お茶漬け海苔」を売り出したのはその十代目。神社前には「永谷園本舗」が奉納した石柱もある。

予定よりもずいぶん遅くなってしまった。維中前か、その手前の宇治田原小前バス停まで歩かざるを得ないだろうか。手水の脇の石にしばし座り込み、一息入れてから、歩き始める。狭い谷の両側の民家の多くは「〜園」という看板を掲げていて、茶葉の生産を生業としているらしい。Premium Green とか書かれた幟があちこちに立っている。家々の前には停められている車のほとんどに、シルバーマークが貼られている。

湯屋谷のY字路まで出てきたとき、ちょうど目の前でコミュニティバスがすっと回り込みながら止まった。行き先(上りか下りか)も確かめず、咄嗟に乗り込む。正解だった。もう一人の乗客は工業団地入口バス停で降りていった。そこで改めて運転士さんに行き先を確かめる。維中前まで行くという。しかも宇治田原のコミュニティバスは誰でも乗れて無料(!)だ。たまたま湯屋谷でつかまえられたのもラッキーだったが、何と素晴らしいシステムだろう。バスはすぐに国道に出る。車の多い、西日にギラギラ光る道路を、バスは西に向かう。ここを歩いていたらエラいことだった。運転士さんから、鷲峰山登山か、どこから来たのかと尋ねられた。西宮ですと言うと、「それは近い」。コミュニティバスながら、最近は世界各地からの客が乗るという。何でも正寿院という寺が、風鈴とハート型の猪目窓で最近人気のスポットとなっているらしい。今朝乗せた女の子は上海から来たと言っていた、一年間お金を貯めて、楽しみにしていた旅行に今来ているのだと。とても日本語が上手だった、など。

上方温泉一休・京都本館

10分後、維中前で降りて、路線バスを待つ。

ところで、山歩きに行くとき、原則として自家用車は使わない。専ら公共交通機関で、たまにタクシーを使う。それで、どのように行って帰ってこられるかを考えるのは、時としてちょっとしたパズルになる。車で行けば日帰り可能だけれども、公共交通機関ではアプローチが難しくなる山というのも多々ある。そこを工夫したり、諦めたり。

たいていはガイドブックに記載があって、乗り換え案内アプリで調べればなんとかなる。ただし近頃各地に多い「コミュニティバス」は乗り換え案内には出てこないことがほとんどで、個別に調べなければならない。うまい経路・組み合わせが見つかると、ちょっと嬉しかったりもする。芦屋川から「さくらやまなみバス」で鎌倉峡にアプローチする手を見つけたときもそうだった。

さらに、下山後立ち寄れる温泉を調べるのもパズルの要素の一つ。これこそ、車で行けばどうにでもなることだが、車なしだと、下山地に近い日帰り入浴のできる施設がないか調べ、そこを織り込んで帰りの交通が組み立てられないかを考えることになる。たとえば丹生山系の志久道を下って丹生山田の湯に出るというコースを見つけたのは個人的にはヒットだった。

『ベスト100』は、宇治駅から維中前をバスで往復するよう、案内している。調べてみると、近くに「上方温泉一休京都本館」なる施設がある。しかも維中前から宇治ではなく京田辺行きのバスに乗れば、ちょうどその途中に当たる。これに気づいたときはちょっと嬉しかった。今回の行き先に鷲峰山を選んだについては、このこともあった。

維中前バス停は、今朝の出発点でもあったわけだが、道路に面した小さな箱のような待合室を真ん中に持つコの字型の構造をしている。下り(東行き)のバスは待合室の真ん前の道路に停まる。上り(西行き)のバスはコの字の下から入ってきて、上の画の頭に停まる。20分ほどでJR宇治駅行きが来て、それをやり過ごして二、三分後 18:35 に、京田辺行きが来た。これに乗り込んで、15分後、一休温泉前で下車。横断歩道もなく交通量の多い道路を、車が途切れるのを待って横断する。

入館料¥1,234。ロッカーキーをもとに、最後に清算する方式。内湯もよかったが、本物の滝を眺めながら入れる露天がなかなかのものだった(松の湯、滝の湯とあり、この日は滝の湯が男湯だった)。上面濾過で、お湯もきれいだ。

風呂から出て、付属の食事処で夕食にする。風鈴膳、¥1,726。

もしかして上方温泉というチェーン名は、大江戸なんたらというチェーンへの対抗を意識しているのだろうか。だとすれば上方温泉の完勝である。キッチュで固めたあちらのチェーン店には二度と行く気がしない。

温泉施設を出て、また道路を横断し、20:15のバスで約20分、JR京田辺駅へ。尼崎で一度乗り換えて、帰宅。山歩きの後で筋肉痛になることは滅多にないのだが、今回は翌日、膝上にキた。

ところで、コミュニティバスの運転士さんとの話では、行場のことも出てきた。
── 行場も行かはったんですか?
── はい、三時間もかかってしまいました。
そこで彼はさらりと言った。
──(行場では)忘れた頃に(人が滑落によって)亡くならはるんですわ。

犬鳴山

6月下旬。翌日の仕事がハードなことは分かっていたが、この季節、少しでも穏やかな天気の日ならせっせと出かけないことには、山歩きに行くチャンスがなくなる。今回も『関西日帰りの山ベスト100』のコース取りに従って歩く。なお、この山域は昭文社の『山と高原地図 49 金剛・葛城・紀泉高原』(アプリ版もあり)の収載範囲に入っている。

犬鳴山というのは七宝瀧寺の山号であって、犬鳴山という名の山があるわけではない。ハイカーには周囲の山地が何となく犬鳴山と呼ばれている。七宝瀧寺は大変凝った見づらいデザインのウェブサイトを用意している。  表行場は『改訂新版 関西周辺の山ベストコース250』(山と渓谷社、2010)に登山コースとして紹介されているが、現在、裏行場とともに立ち入りが禁じられているようだ。

犬鳴山には初めて行った。確かに感じられる霊場としての気と、キッチュさ、景観に対する前時代的なこの上ない鈍感さとがないまぜになっていて、とても面白かった。この面白さをうまく伝えられる自信はない。この神聖さとキッチュの共存は、宗教とは何かということを改めて考えることを促す。そこで想起されるのはロベルト・ファラーの「他人の幻想」に関する議論(Robert Pfaller. Die Illusionen der anderen: Ueber das Lustprinzip in der Kultur)だが、いまここではあえて立ち入らない。

関空線との分岐点になる日根野駅はキレイだ。駅周辺はあまり賑わっている様子はない。コンビニはあり、駅前広場の真ん中には、簡素なほとんど素通しの壁で囲われた喫煙所がある。駅前の公衆トイレも新しく清潔だが、タイルで電車のような姿を与えられた外観は、特に感銘を与えない。小さなロータリーになっていて、そこでバスを待つ。8:08の犬鳴山行き南海バスに乗る。バスには、通学の小学生が多くて驚く。彼らは犬鳴山の少し手前で降りていった。

20分ほどで下車。バス停の北側の道に入る。

笈掛け岩。
橋を渡ると、二階建てのビヤガーデン施設のあるどこか荒れた広場があり、右側には公衆トイレ。その裏の渓谷に面した側には多数のゴミが散乱している。だがその上の土手にはびっしりと大文字草が咲いていた。

大文字草。
ここを過ぎて、大師堂の前を過ぎ、木製の二ノ橋を渡ると、聖域の趣が出てくる。

聖域に入る。

二ノ橋。
狭い石段、石畳、コンクリートの道だ。天気は曇りだし、前日の雨のせいもあるだろうが、非常に湿っぽい、暗い谷。

湿っぽい石段と石畳の登り。
参道に沿って、無数の小さな祠やお堂や像や奇岩があり、そのいちいちについて、由来や効能が細かい字でびっしりと書かれた札が立っている。もちろん日本語のみだ。

説明板。こういうものが随所に無数にある。

石畳。
美しい滝の上も含めて、ずっと電線が張り渡されている。所々に置かれたコンクリートのベンチは、この暗く湿った谷の中ではすべて緑色の苔のようなもので覆われていて、決して座るように誘ってはいない。路面にはあちこちテイカカズラの花が落ちている。二、三段の立派な「両界の滝」を眺めつつ石段を登り、木製の金高橋を渡る。

両界の滝の一部。

金高橋。

金高橋。

さらに朱塗りの橋を二つ渡って、大きな釜を持つ塔ノ滝を眺めて進むと…

テイカカズラの花があちこちに落ちている。
テイカカズラの花があちこちに落ちている。

塔ノ滝

塔ノ滝。

「開けゆく 犬鳴山を きれいにしましょう」お前(この看板自体)が一番景観を汚していることに気づけ、というタイプの典型的な看板。
コンクリートの四角く短いトンネルをくぐらされる。上は車道で、抜けた先、右側は駐車場になっている。

寺域の真っ只中のコンクリートトンネル。
今現在、この寺域の全体を示す見取り図は、ネット上にも見当たらないようなので、ここにあった古い(といっても2009年と記されている)絵地図看板を加工してここに掲げる。(クリックで拡大)

境内絵地図。
反対側、左手には観音堂があり、決して大きくはないが、ここまでのところで一番小綺麗に見える。ここには飲料の自販機もある。

観音堂。
さらに進むとキレイな手洗いがあり、左に山を登っていく石段が分かれている。これが後で進むコースだ。

左に登るのがハイキングコース。一旦右に進む。
その先、鐘楼の奥が広場になっている。鐘楼前にキッチュな小坊主の人形が立っており、人が通ると感知して、女の声で何か案内を喋る。ウザいと言えよう。

鐘楼と機械仕掛けのクソ小坊主。
広場の回りには、七福神堂のほか、寺務所のような建物が建っており、広場の奥には、巨大な「身代不動」が火炎を背負って立つ。下流から眺めれば一目瞭然だが、この広場の全体が、渓流の上を覆うように設置されたコンクリートの構築物である。屋根とベンチのある休憩所が左右の入り口に設置されているので、ここで休み、実はまだだった朝食(菓子パンとコーヒー)を摂る。

身代不動。
身代不動の広場の手前から左に、階段を登る。犬鳴川の枝谷に沿った、手すりの付いた細いコンクリート坂になる。

道が左に折れると、車道に飛び出す。林道犬鳴東手川線だ。

車道に飛び出す。
右に歩いて、道が右に大きく曲がるところ(これを分岐Aとしておこう)で、左に林道状の地道が分かれる。道標あり。

分岐。
これを登る。しばらくまっすぐ登ると、イノシシ捕獲用の檻があって、林道は終わり、山道になる。

右下に布引滝が見えると、道は沢に近づく。このあたりだけやや不明瞭になるが、道はあくまでも右岸通しに続いている。

布引滝。

炭窯跡。
あとは迷うようなところはない。ほとんど植林地。この先、谷は二、三度、ほぼ同じ大きさの二俣に分かれるが、道ははっきりしている。

弁天岳への分岐はやり過ごす。
弁天岳への分岐はやり過ごす。
少し傾斜がきつくなって、稜線に飛び出す。

稜線直下のあたり。
稜線には作業道が通っている。飛び出したところは小さな広場状で、反対側は伐採されており、北側の眺めが開ける。靄のかかった大阪湾の向こうに六甲山が浮かび上がっている。

靄の大阪湾の向こうに浮かぶ六甲山。
ここまで歩いて来た南側は泉佐野市、北側は貝塚市。ここからしばらくは、その市境に沿って歩くことになる。ニガイチゴがたくさん実を付けている。名前とは裏腹に甘い実だ。

ニガイチゴ。
右に歩くと舗装が現れる。道はすぐ左に大きく曲がり、右に登山者用の地道が分かれる。舗装道が北側を大回りするのをショートカットする道だ。ウメモドキが各所で見られる。水辺の木のはずで、やはりこのあたりは湿気が多いということなのだろう。

ウメモドキ。
また舗装道に出て、両側から草の覆いかぶさるコンクリートの坂道をしばらく登り、再び右の山道に入る。

草の覆いかぶさるコンクリート道路。

右の山道に入る。
小さな峠状の十字路に出る。右は表行場から来ている道であるはずだ。コースは直進して反対側に下るが、一旦左に小尾根の道を登って、高城山のピークに立ち寄る。

高城山直下の十字路(鞍部)。

高城山山頂。
杉林の中の静かで小さな広場で、展望はない。一休みして十字路に戻り、左に下る。

カタクリ?
このあたりの杉の林床には、ツルアリドオシの小さな白い花が多い。必ずペアで咲き、二つの花の子房が合着して、赤い実が一つだけできるという面白い花だ。

ツルアリドオシ。
三度コンクリート道に出る。すぐ左には鎖のゲートがあり、一般車は入れないようになっている。右に少し下った先は、幅広い舗装道の林道犬鳴線に合流している。その合流の手前ですぐにまた左の山道に入る。少々アップダウンのある道を歩く。イボタノキが白い花を少しだけ付けている。

右の車道に出ず、左の山道に入る。

イボタノキ。

タツナミソウ。

ササユリ。ここでは一輪だけ。

林道に出る。
一度また林道に出て、20mほど先で左の山道に入る。間伐されて明るくなったところには一本だけカキノハグサが咲いていた。

また左に、山道に入る。

カキノハグサ。
再び林道に出る。オカトラノオが咲いている。

クサイチゴ。
その先、今一度左に入る山道があったが、これは無視してそのまま舗装道路を歩く。後ろから一台ライトバンが追い抜いて行き、前方からやってきたハイカー一人、自転車乗り一人とすれ違った。

起泉高原スカイラインに合流。
林道は紀泉高原スカイラインの車道に合流。この坂をだらだら登っていくと、五本松の分岐。右に下っていく山道がある。あとでこれを辿るのだが、そのまま進むと視界が開け、粉河ハイランドパークの一角に出る。

五本松。右奥から来た。

粉河ハイランドパークに出る。
ここは大阪府の泉佐野市、貝塚市、和歌山県紀ノ川市の「三国国境」で、その紀ノ川市側が「ハイランドパーク」になっている。前方の駐車場脇には、物産販売店や小さな展望塔の形の軽食堂を備えた管理棟が建っている。この管理棟に背を向けて、まず右に折り返すように、展望台を目指す。

展望台のゲート。
展望台は無人で、100円玉を入れるとゲートが開く。数十段の階段をぐるぐると登る。確かに素晴らしい眺めで、ここに展望台を設けたのは炯眼と言える。すぐ南には台形の龍門山が大きい。その右には生石ヶ峰。奥に紀州の山々が幾重にも連なっている。東の方には高野山からさらに八経ヶ岳が浮かび上がっている。北は大阪湾から六甲、西には四国の山々。ただ、ガラス張りの閉鎖空間で、たとえばパノラマ写真を撮ることはできない。できれば開放的な屋上空間を設けてほしかったと思う。またこれだけの展望があるところにしては不思議だが、東西南北に見える主な土地の名前は書かれているものの、展望案内図のようなものは一切ない。

展望台から、八経ヶ岳、釈迦ヶ岳の眺め。

展望台の内部。
管理棟に行き、物産販売店を眺める。客として想定されているのは車で遊びに来る人たちだろう。ネットで調べると、季節によっては猪肉を売っていたりもするらしい。スモモの一切れを差し出され、試食する。小さな牛蒡残り二把、これくらいならリュックに入れて持ち帰れると判断して購入。200円。このあたりが今日の最高地点で740mぐらい。

総合管理棟。

管理棟付近から展望台を眺める。

管理棟付近から龍門山の眺め。
駐車場の脇にはテラス状の部分があり、いくつかベンチもあるが、どうも味気ない。弁当を広げるのにいい場所はないかと売店の女性に尋ねると、道の先に適地があるような話だったので、車道の坂道を少し下る。右に分かれて下る道があり、その先に子供用の遊具と、緑色の野外ステージのある芝生の広場がある。ベンチもあり、眺めも悪くない。ここで先日登った龍門山を眺めながら大休止にする。休憩適地についてもしっかり書き込まれている『関西日帰りの山』だが、このあたりの記述は詳しくない。

ここで休憩。
本日の山メシはトマトチーズビーフン。小雀陣二『山料理』のレシピ。

トマトチーズビーフン。

ルリタテハがいた。
一息つけたところで立ち上がり、坂道を登って管理棟と駐車場のところに戻る。さらに戻って五本松分岐から左に下るハイキングコースに入る。植林地の中の石段道を延々と下る。

石段の道を下る。
ここもタツナミソウの花が多く、また少し下ったあたりからはササユリが予想外に多く見られた。うっすらとピンク色に染まったあえかな花。成長は遅く、発芽してから葉が複数出るまでに3年、花が咲くまでに7年かかるという。

ササユリ。

ササユリ。

ササユリ。

ササユリ。

ササユリ。珍しく固まって咲いていた。

作業道路に出る。

オカトラノオ。

また地道へ。

また作業道に出る。(上から来た。)

またササユリ。
作業道を二度横切り、石段が丸太階段にかわると三度目、舗装道路に出る。これを100mほど北にたどる。車止めゲートがあって、林道犬鳴東手川線に合流する。ここからは不動谷に沿ったこの舗装道路を歩く。

道は丸太階段にかわる。

ホタルブクロも多い。

ゲートの向こうが犬鳴東手川林道。
この谷も植物の生命力が横溢している。3mほどにも伸びたイタドリが左右から突き出している。繁茂する植物のために沢の流れも見えないところが大部分だが、途中でいい感じの小滝が見えるところもある。

車道を延々と歩く。

テイカカズラ。

こんな滝の見られる箇所もある。
犬鳴隧道を通り抜ける。長さ200mほど。ここもまた独特の空気を醸し出している。地形図では直線で描かれているが、微妙にくの字型に曲がっており、入り口から反対側の光は見えない。

犬鳴隧道。

犬鳴隧道。
トンネルを抜けるとすぐに、行きに通った分岐A。ここからは往路を戻る。不動明王の立つ休憩広場でまた少し休み、帰路に進む前に、奥の行者ヶ滝に立ち寄る。石段を登り、本堂の中を土足で通る。カウンター?の向こうには僧侶が座っている。軽く会釈をして通り抜ける。立派な空間だが、これも外の下から眺めると何とも興ざめなコンクリートの箱である。

本堂外観。

本堂の中を土足で通り抜ける。
本堂を通り抜けると朱塗りの行者堂(清滝堂)がある。すでに滝は見えているが、行者堂の脇を通り抜けて滝の前まで行くには、賽銭箱に50円を入れなければならない。

清滝堂と行者滝。
確かに立派な滝だ。滝の上から鎖が下がっている。「修行」に使うのだろうか。岩肌には多くのイワタバコの葉が貼りついているのが見て取れる。

行者滝。

行者滝。
参道をバス停方向に戻る。犬鳴温泉センターは定休日ではないはずだが、閉まっているように見えた。バス停のすぐ脇の不動口館という旅館で日帰り入浴。¥800。玄関は4階、温泉はエレベーターで降りた2階。犬鳴川に面したガラス張りの浴室。露天は階段を下りたその真下にあり、前面のガラス窓がないだけで、つくりは上下ともよく似ている。わりあい最近改修されたようで、きれいだ。ロビーの売店で、キャラブキの佃煮とハチミツを買い、16:27のバスで日根野駅に戻る。

というわけで、やや車道歩きの区間が長いコースだが、粉河ハイランドパークからの眺めは確かに素晴らしいし、植生は豊かだし、温泉も悪くないし、キッチュで霊気に満ちた聖域は他ではなかなか味わえないものだし、普通の低山歩きに飽きた方にはオススメできる。

笹間ヶ岳

6月下旬の日曜。伊吹山に行くつもりだったのだが、珍しく一晩で天気予報が急変して伊吹山は午後から雨という予報に変わっていたので、朝、JR京都線の電車の中で急遽行き先を変更、湖南の笹間ヶ岳に行くことにした。ICカードで乗車していたので、この途中下車には何の問題もなかった。むしろ近江長岡まで行っていたら、ICカードでは降りられず、キャンセル手続きをして現金で払うことになっていただろう。

短いコースだし、元の予定がもっと遠くの1000メートル近くも高い山だったから早朝に家を出ていた。おかげで2時前に下山した。

ある意味リベンジである。4年前、ガイドブック『関西日帰りの山ベスト100』(の前身)のデタラメな地図のおかげで迷って、ダニに食われた箇所は、今回は問題なくクリアした。(後述)

石山駅前から、7:40の田上車庫行き帝産バスで8時頃上関下車。バス停前の商店はシャッターを下ろしたままだが、飲料水の自販機はある。

上関バス停付近。
新茂智神社の石の鳥居をくぐって平坦な道を進む。この辺り、ニガイチゴがたくさん実を付けている。フユイチゴの葉も見られる。

石の鳥居。

ニガイチゴ。苦くなく甘い。
ため池二つの横を通り、山道に入る。

ため池。
抉れた溝のようなところもある道を登り、少し急坂があって、稜線上に出る。

溝状の道。

途中、笹間ヶ岳の山頂が見える。
樹林の中のゆるやかな尾根道を辿り、舗装された作業道に出たところで休憩。ノイバラやガンピやネジキが咲いている。

舗装道路に出る。

ガンピ(雁皮)。

ノイバラ。
車道をわずかに右に行ったところから山道の続きに取り付く。ここから傾斜がややキツくなり、このあたり少しだけ岩の登り。
木の鳥居が現れると、道は右に回り込む水平道になる。

木の鳥居。
最後に左にひと登りで、祠の前に出る。

山頂直下の祠。
祠の背後を登ると、山頂の巨石。祠の側には木梯子が、反対側には三等三角点(「権現山」432.92m)と鎖があって、どちらからも登れる。

巨石にかかるはしご。
10人以上が座れそうな巨石(八畳岩)の山頂からは、琵琶湖側の眺めがいい。北に比良の山並みが続き、比叡山と音羽山の間には京都北山の桟敷ヶ岳がのぞいている。

山頂からのい眺め。
巨石から下りて、東に稜線をたどる。

ネズミモチ?
伐採されて南側の眺めが開けている箇所がある。その下の明るい急斜面にもニガイチゴがたくさん生えていて、いっぱいに実を付けている。まもなく車道に出会うが、すぐにまた左に山道に入る。ややアップダウンのある尾根道で、一部ザレた岩場もある。

ちょっとだけ岩稜。
やがて分岐がある。稜線を直進する道には通行不可の印がある。右に下る。

大谷河原の奥に下り着く。小さな滝がある。
小滝が現れ、平坦な水流に沿った谷道になってすぐ、大谷河原に飛び出す。古く低い堰堤の上に溜まった砂の広場だ。

大谷河原。
広場に出てすぐ左に標識があり、再び登り返す道が続いている。前回はこれを見落とし、ガイドブックの地図を信じて、谷沿いにずんずん南に進んでしまったのだった。公共の利益にかなうと思われるので、ガイドの地図と、今回のGPSトラックを並べて提示しておく。

ガイドブックの地図。そもそも笹間ヶ岳の先、赤く塗られているのは登山道ではなく、車道である。大谷河原はもっと北、小さな支流の奥にある。

今回のGPS記録。ガイドの本文に記述されている通りのルートだ。右下、プチっとトラックが突き出しているところが大谷河原。
ひとまずこの河原で大休止にする。広場の端には流れが池を作っており、スイレンやコウホネが生えている。まわりの砂地には、モウセンゴケがたくさん。

スイレンとコウホネの池。

モウセンゴケ。
戻って、今回は正しい道に取り付く。

大谷河原に先ほど下り着いたところからすぐ左に入る。
枝谷に沿って登る小さな峠越えだ。登って下るとすぐに池が現れる。透明な尾びれをした不思議な魚が泳いでいた。池の北側、草のかぶる道を柵沿いに歩く。

途中の池。
もう一つ小さな池の横を通り、いま一度小さな峠越え。越えた先は天神川の水系に変わるので、空気も微妙に変化する感じがする。

ハナイカダではなさそう。花は白いし、葉の中心から外れている。
すでに水流もあり、まわりからシダが覆いかぶさる沢の細い源頭部を下り、再び小さな「砂場」を通り、

イトトンボ。

ガンピ。
古い堰堤を右から回り込んで下ると、明るく広い岩の谷、御仏河原。正面に音羽山・比叡山の眺めもあり、ここはいつも気持ち良い。ここで最後の休憩。

御仏河原に出た。

御仏河原。
沢筋の道を駈け下る。林道に出て、ひたすら歩くと、「アルプス登山口」バス停。13:55のバスで石山駅に戻る。

ノイバラ。花弁の形が変わっている。

龍門山

6月中旬。6時前に家を出、大阪から、JR、南海、JRと乗り継いで、8:23 粉河着。ローカル線の平日の朝は、どこも通学の高校生で一杯だ。

粉河駅から望む龍門山。

駅前に一台だけ停まっていたタクシーに乗り込む。紀ノ川を龍門橋で渡り、果樹畑の中の、すれ違いも不可能に見える細い道を、車はぐんぐん登っていく。一本松と呼ばれる登山口で下車。千円ちょっとだったと思う。たまに紀泉山地以南の山に来るときはいつものことだが、植物の繁茂の旺盛さに驚く。路傍に野バラやアカツメクサがいっぱいに咲き、たくさんの実をつけた桑の枝が無造作に折り取られて打ち捨てられている。

一本松登山口。(松はない)
野バラ。
アカツメクサとモンキチョウ。
打ち捨てられたクワの枝。

中央コース登山口へは、車道をさらに水平に西に辿るのだが、ここから直接取り付く田代峠コースに入る。石垣の下の狭いコンクリートの通路を通る。覆いかぶさるように生い茂った植物と石垣の間をすり抜けるような道だ。

植物と石垣の間の道。
ヒメレンゲ?

抜けると、程よく岩の露出した、まあ普通の山道になる。でも山道になってすぐ、シライトソウがひとかたまり咲いていて、そのすぐ先には、草の中に埋もれるように、ササユリが一輪開いていた。

普通の山道。
シライトソウ。
ササユリ。

作業用らしい踏み跡がしばしば分岐するが、特に迷うようなところはない。

モチツツジ。

田代峠までのちょうど真ん中あたりに、小さな祠があって、お地蔵さんが祀られている。水場でもあるらしいが、今回は汲むのも難儀なほどの滴りしかなかった。

地蔵堂。

その少し先、道標に従って右へ、「ちりなし池」に立ち寄る。

「ちりなし池」分岐。

二つ目の道標からさらに右に、下り始める。このあたり、落ち葉も多く、少し不明瞭なところがある。立木に巻かれた白テープを頼りに進む。このテープは、特に戻るときに役立つ。下りついたちりなし池は、水もなかった。池畔の片隅には、野バラの大きな株が、いっぱいに白い花を付けていた。池の北側に腰を下ろしてしばし休憩。池の向こうから数匹のカエルの声がした。すぐに背後からも声がして、少し驚かされた。しばらく鳴き交わすと沈黙してしまった。ここは独特の雰囲気のあるちょっと不思議な空間だ。

ちりなし池。
ちりなし池。水はない。

白テープを頼りに登山道に戻り、先へ。このあたりからは山腹を斜めに登っていく道になり、少し傾斜が緩む。ほんの二、三箇所で杉林をかすめるが、大部分は自然林。

見上げると緑が濃い。

フタリシズカの群落があった。ただし時季は過ぎていて、ちょうど咲いている花は一つだけだった。

フタリシズカ。
点々と白い木の花が落ちている。
田代峠直前のもう一体のお地蔵さん。

田代峠で休憩。ナワシロイチゴ、コナスビの花。

田代峠。
ガマズミ。
ガマズミ。
ナワシロイチゴ。この花もちょっと面白くて、ピンクの花弁らしきものはあるが、それが開くことは決してない。
コナスビ。

そこからは尾根歩き。とは言ってもずっと自然林の中で、展望はない。日差しの強まってきたこの季節には快適な、明るい木漏れ日の中の道だ。ちらほらカキノハグサが現れる。兵庫県ではレッドデータブックに載っている花で、六甲界隈にもあることはあるらしいが見たことがない。ここでは路傍のあちらこちらで普通に見られる。特に磁石岩のあるピークへの登り道に多かった。

カキノハグサ。
磁石岩。

磁石岩に磁石を近づけてみた。

キイシモツケも、進むにつれて少しずつ増えてくる。

北側の視界が開けはじめる。
モミジイチゴ。
キイシモツケ。

山頂三角点で北側の視界が急に開ける。「竜門山」三等三角点 755.86m があり、大きな展望案内板もある。まわりはキイシモツケだらけだが、残念ながら花は盛りを過ぎているようだった。

山頂。

少し先が広場になっていて、「龍門山」の大きな標識が立っている。3、4匹のアゲハチョウ、その他数種類のチョウがくるくると舞っていた。

山頂広場。
山頂から大阪湾方面の眺め。
キイシモツケとハナムグリ。

本日の山メシは、シンプルな塩鮭のマヨネーズ焼き。一応、『フライパンで山ごはん 2』のレシピ。

塩鮭のマヨネーズ焼き。
材料。

西へ下る。

アザミ。

「勝神コース下り口」を左に分け、「中央コース」を下る(道標あり)。

ギフチョウの食草。ここはギフチョウの生息南限らしい。
下山路。

トウゴクシソバタツナミソウの株があちらこちらに花を付けている。カキノハグサもこの辺りにもかなり見られる。

シソバタツナミソウ。
カキノハグサ。
サルトリイバラの実。青リンゴの味がする。
ハナイカダ。

途中右に、蛇紋原への道標がある。眺めのいい岩場はすぐ。周囲はキイシモツケの群生地だが、花はあらかた終わっている。

蛇紋原から紀ノ川を眺める。
シソバタツナミソウ。

戻ってしばらく行くと、やはり右に、「明神岩・風穴」への道標に従って進む。

明神岩分岐。

明神岩は蛇紋岩の大きな塊で、前方は切り立っている。ここも北から東にかけての眺めがよく、蛇行する紀ノ川の向こうに紀泉の山々から金剛山、東の遠くには三峰山が見えている。周囲には大きな朴の木が多く、点々と花を付けているのが見下ろせる。

明神岩からの眺め。紀ノ川を挟んで、右奥には金剛山が見えている。

明神岩の根方から右に、鎖柵を設けた短い通路があり、途中すぐのところに風穴が口を開けている。その先で、岩の上に出る。ここから眺める明神岩の横顔は迫力がある。

風穴。
明神岩を横から眺める。

明神岩から少し戻り、「登山口」方向に下る。このあたりは、大きなムロウテンナンショウが多い。ずんずん下っていくと、中央コース登山口に出る。

ホタルブクロ。
クサイチゴ。
クサイチゴ。

林道風の水平道を右へたどる。

水平道。

この間も北側の眺めが開けている。やがて、朝のスタート地点、田代峠コース登山口に出る。そのまま車道を下り、途中で歩行者用の地道に入る。道が竹林に接しているところには、お手製の空き缶鳴子がびっしりとぶら下げられていた。よくこれだけ単一ブランドの缶コーヒーを飲んだものである。

お手製の鳴子。

まもなく舗装された農道に出て、果樹畑の緩い斜面の中の坂道を、紀ノ川を眺めながらひたすら下る。果樹は柿、桃、キウイ、梅など。明らかに畑に属さず道端に勝手に生えている様子のビワやクワの実を摘んで口に入れる。

果樹畑の間を下る。
桃畑。

舗装道路の下り坂、眺めはいいのだが暑い。そして長い。水平距離にすれば、おそらく、今日の山道の全行程と、帰りの舗装道路歩きの距離は、あまり変わらない。行きにこの部分をタクシーでショートカットしたのは正解だったと思う。でもフルーツ天国のこの風景、帰り道にぐらいは歩いて味わってみるべきだろう。

滋賀県とは違う「飛び出し坊や」。
龍門橋を渡る。
橋の途中から眺める紀ノ川。
龍門橋越しに龍門山を振り返る。
駅下のこの通路を通って駅前に出る。

かつて龍門橋南詰の近くには、龍門山温泉というのがあったが廃業してしまったらしい。残念なことだ。なので別の温泉に行く。

粉河駅で少し待って、電車で3駅隣の笠田へ。10分弱歩いて、「かつらぎ温泉八風の湯」へ。4つもの源泉の「かけ流し」を売りにしている温泉。以前に行った永源寺温泉などとチェーンらしい。永源寺は紅葉シーズンの休日で混み合っていて、いろいろ問題があったが、今日のここは平日で人も少なく、快適だった。露天の一つは有馬のような金泉だ。

かつらぎ温泉八風の湯。
花籠膳。

笠田駅まで歩いて戻り、橋本で南海に乗り継ぎ、帰宅。

青山高原

素晴らしくて酷い山だった。ひどく素晴らしい山であり、すばらしく酷い山だった。
もともと山頂部に道路が走っていたり、人工物が多い山は敬遠していて、だから生駒も比叡山もつい最近まで行ったことがなかった。青山高原も、道路が通っている。三重県道512号青山高原公園線。6月上旬、ふと行ってみる気になったのはなぜだったか。新緑と渓谷の組み合わせが良さそうだと思ったのだったか。そろそろ新緑でもないけど、それは間違いではなかった。登路の、布引の滝を含む渓流は、予想以上に素晴らしかった。だがしかし。

鶴橋から近鉄の急行に乗り、東青山で下車。他に降りた人はいなかった。目の前がいきなり「東青山四季のさと」という公園で、それ以外何もない。よく手入れされた斜面の花壇の中を、階段が登っている。

東青山四季のさと

その階段を登って、左に歩く。かなり広い芝地になっていて、奥に黄色いローラー滑り台が見える。日曜なのに、朝早いせいか、人は誰もいない。振り返ると、近鉄の特急が走り抜けていった。

振り返ると近鉄特急が走り抜けて行った。

売店前を通り過ぎ、一段低くなった「イベント広場」を南から西へ、ぐるっと回り込むと、ハイキングコース入り口が現れる。

だだっ広い芝生の「イベント広場」を回り込む。
ハイキングコース入口。

途中で園内を周回する「せせらぎコース」を右に分け、「青山高原」道標にしたがって左の谷に下る。

ここで左に下る。

沢を渡り、西側の尾根に登る。中腹道になり、一つ尾根を越えて登り返し、またなだらかな道が続く。

なだらかな山腹道。

最後に鉄階段が現れ、これを下ると「トンネル広場」に着く。

トンネル広場。この階段を降りてきた。

大村川の谷の奥を横切る場所で、両側に、廃されたトンネル跡がある。後で調べたら、かつての単線時代の近鉄大阪線の線路だったらしい。この廃線跡と、1971年の列車衝突事故については、「古都コトきょーと」のこの記事が詳しい。橋を渡った西側のトンネル入口の前には、東屋というか、陶製の、壺を伏せた形の椅子を配した屋根付きの休憩所がある。あたりは多くのウツギが白い花をいっぱいに付けている。

トンネル広場の休憩所と、反対側のトンネル。
満開のウツギ。

道はしばらく渓谷に沿って下流に向かい、それから支流に沿って遡り始める。

支流に沿いはじめてすぐ、「二川橋」を渡る。
右奥から来た。左上に登る。

この流れがなかなかにいい感じだった。ガイドブックはこの先の滝谷川の布引滝にフォーカスしていて、大村川支流のこの渓谷のことはほとんど書いていない。しかし次々に小滝をかけるこの谷も十分に美しい。いくつか木橋を渡ったり渡渉したりして進む。

いい感じの小滝が多数かかっている。

やがてゆるい尾根を一つ越え、隣の開けた枝谷に下りる。名残のモチツツジが花を付けている。枝谷を越えて登り始めたあたりには、シソバタツナミソウの小さな群生が見られた。

名残のモチツツジ。
シソバタツナミソウ。

そのまま登ると林道に出る。

林道に出た。

150mほども行くと、左手に滝見台が現れる。

滝見台への分岐。

割と新しい、立派な木造の東屋と、木造のテラスがある。

滝見台。

向かいの谷の奥に、ややまわりの樹木が被っているが、大日滝、飛龍滝、霧生滝が一本に連なって見えている。これを布引滝と総称するようだ。

滝見台から遠望する布引滝。

滝見台には、この先増水時には渡渉できないから迂回せよという警告看板がある。遠く、滝の真ん中を横断している先行者たちの姿が見えた。今日は問題なさそうだ。
滝に向かって、道は急下りになる。一つ手前の支流を渡り、垣内への下り道を分け、大日滝の右側に付けられた道を登る。

大日滝(下)と飛龍滝。

大日滝と飛龍滝の間に出て、ここを渡る。間近に見る飛龍滝も見事だ。

飛龍滝。

右岸に付けられた石段道を巻き上がる。

右岸の石段。

途中右に、霧生滝の真下に出る観瀑のための道があり、簡素な東屋もある。

霧生滝。

戻って進む。ややゴルジュっぽいところもあり、少し暗め。「増水時迂回路」の橋が架かっている。

増水時迂回路の橋。

布引滝上部のこの渓谷も、多数の小滝をかけて美しい。

布引滝から上流も、多数の小滝がかかっている。
カンアオイの実。
コアジサイ。

しだいに両岸の傾斜が緩やかになり、谷は開けてくる。二俣を左に進む。

水流から離れる直前。

次の二俣をまた左に行くと、水流は消える。この辺りから、山上の騒音が聞こえ始める。運動会の日の小学校の校庭からのような、ハンドマイクを通したやや興奮した感じの女教師のような声が、静かな山に響き渡る。何を言っているのかまではここでは分からない。山上に車道が走り、レストハウスなどの人工の施設があることは承知していたが、いったいこの騒音は何なのか。
浅い谷を登りつめると、幅広い尾根の上に出る。ガイドブックが「休憩広場」と呼んでいる場所だ。

「休憩広場」。

広い尾根上の全体が植林地で、左右に絶えず未舗装の林道が現れる。地形図には載っていない林道もある。林にきちんと手がかけられている証拠でもあるだろうが、どこか荒廃した印象を与える。その間も、あの拡声器の声が降ってくる。林道を何度か横断する。

林道を何度も横断する。
すぐ横に白茶けた林道が見えている。

途中少し急なところもあるが、基本、幅広く緩やかな尾根を延々と登り続ける。ずっと植林地の中で、展望はほとんどない。地形図には未記載の高圧線鉄塔の横を二回通過する。

地形図には記載されていない鉄塔。

この区間の唯一の救いは、シライトソウの群生が見られたことだった。

シライトソウ。
シライトソウ。

最後は自然林の急斜面のジグザグ登りになる。あの声はどんどん大きくなる。山頂のレストハウスの前に飛び出す。
どうやらマラソン大会が終わったところで、その表彰式の最中のようだった。あとで調べたら、これだった:青山高原つつじクォーターマラソン大会。 年一回のその日にぶち当たってしまったのだ。山上の自動車道を走るらしい。

園地として整備された道を右に登り、円頂の三角点に到る。

三角点と風車。
三角点から室生〜大嶺の山々を眺める。

文字通り360度の眺め。室生の山々、伊勢湾、前方の稜線には無数の発電用風車。しかしその間も表彰式の声はガンガン響き渡る。三角点から下った芝生には、マラソン参加者たちか、思い思いにすわったり寝そべったりしている。そのむこうには自動車道が走り、いくつか白いテントが並んでいる。

三角点直下の芝生。

ここで休憩する気にはならなかったので、遊歩道を円山草原に向かう。頂稜部には、車道と遊歩道が並行して走っている。車道の向こうには、東海自然歩道も通じているらしい。遊歩道は少しだけ南東寄りの山腹にあり、路面にも芝草が生えている。茂った潅木のおかげで、ほとんどの箇所で、自動車道は直接目に入ることはない。「展望の良い尾根歩き」と書いているガイドもあるが、現在はわずかな箇所を除いて道の途中に展望もない。

遊歩道。
ツリバナ。
ツリバナ。
ウツギの仲間。
ウツギの仲間。

 

周りにはツツジ類が多いが、わずかなモチツツジを除いて、残念ながら花はほとんど終わっている。ほんの時折垣間見える車道をゾロゾロ歩いている人たちは多いが、この遊歩道を歩く人はほとんどいない。車道はあまり見えないとは言え、わざわざ余計な騒音を立てるように改変された車が、何台も走って行くのが耳につく。
途中、ちょっとした登りもあって、円山草原に着く。三角点から30分。ここも大展望。展望案内板が三角点にもあったしここにもあるが、奈良側の室生や大峰の山々の姿が面白いのに、そちらはそっけないというか断ち切られている。三重県が設置している案内板だからか。なんか大人気ない。周囲にはアセビが多い。その頃までに、マラソン大会は終わったらしく、ハンドマイクからの嬌声は聞こえなくなった。相変わらず車の音がうるさいのは仕方ない。

草原の奥の壊れかけた東屋で、本日の山メシ、お茶漬けそうめん。『シェルパ斉藤の元祖ワンバーナークッキング』のレシピ。茹で汁を捨てる必要がないのが素晴らしい。試みに梅干しを足してみた。風力発電のメッカとあって、風が強いが、火は思ったより支障なく使えた。

お茶漬けそうめん。
その材料。

円山草原から北東方向に進む。ことごとく「使用禁止」の札が貼られロープの張られたアスレチック遊具の脇を下る。

「使用禁止」のアスレチック遊具の脇を下る。

植林地の谷底に着いて、道は二分する。「木橋」経由の道と「太鼓橋」経由の道。どちらを取ってもいいようだが、右に太鼓橋コースに進む。しかし太鼓橋というもの、ステップを付けてしまってはいけないと思う。

太鼓橋。

すぐに「あせびの丘」に出る。いくつもプラスチック製の黄色いベンチが置かれている。展望はない。ここから北東方向一帯には、「つつじの丘」「赤とんぼの丘」といった園地が整備されているようだが、そちらには向かわず、南東に下る。ひたすら下る。尾根の先端近く、地形図を見れば分かるように布引滝の直上に当たる場所で道は左に直角に折れ、浅い、水のない谷を下る。と、林道に出る。すぐにあの布引滝の上の橋につながる「増水時迂回路」が右に分岐する。これをやり過ごして進むとすぐに、滝見台分岐になる。行きに通った所だ。再び滝見台に立ち寄って休憩。午後のこの時間、滝のあたりはもう翳ってしまっている。

ここからの下山路の選択肢は、往路を戻って「東青山四季のさと」に出る以外に少なくとも二つある。一つは『関西日帰りの山ベスト100』の、林道に戻ってそのまま下り続けるルート。もう一つは、布引滝に改めて下って、そこから滝谷川沿いを下り、旧垣内宿を回っていく『関西周辺週末の山登りベスト120』が紹介しているルート。いずれも最後は東青山駅に戻る。少しでも短い方がいいかなと思って前者を取ったが、これは味気なく、従ってかえって長く感じる道だったように思う。途中から、延々と太陽光発電施設の敷地に沿って歩くことになるのだ。相当に広大なもので、もしかしたら他の施設を転用したのかもしれないが、どれだけの山が削られたのかという気がする。

広大な太陽光発電施設。

太陽光パネルに代わってやがて霊園の墓石が現れる。その入口の前のY字路を左に下る。

「青山メモリアルパーク」入口。

橋を渡って行き当たった道路を右へ。すぐに左に、草の生い茂った幅広い石段を登る。なんか異界に行きそうな階段だ。最後に白々した蛍光灯が点り、水の流れる音がする地下道を通って階段を上がると、無事、東青山駅前に飛び出す。

異界に通じていそうな階段。

帰るのとは反対のホームで、本数の少ない電車をしばし待ち、一駅先の榊原温泉口へ。また少し待って、やってきた猪倉温泉の無料送迎バスに乗る。ややぬめりのある泉質、露天も開放感のある、悪くない温泉だった。

猪倉温泉。
猪倉温泉の食事。

食事処で、少し早い夕飯に天丼と蕎麦のセットを食べ、最終の送迎バスで榊原温泉口駅に戻る。ここは東青山と違って特急停車駅だ。iPhoneから特急指定席を取り(この近鉄アプリの「チケットレス」サービスは問題なく機能するが、結局アプリからWebに飛ばされ、それがまたガラケー仕様のデザインのままで萎えた)、チケットレスで、往きよりかなり短時間で鶴橋へ。JR、阪急を乗り継いで帰宅。

というわけで、予想を超えて素晴らしい渓流と、確かな大展望、それと、どうにも困った騒音とのせめぎ合うコースだった。これから山歩きのためにここに行く人は、6月初旬のこのマラソンの日だけは事前に調べて外した方がいい。できれば平日に出かければ、車の騒音もぐっと少なくなることだろう。それが365分の1の最も行ってはいけない日に行ってしまったぼくからのアドバイス。

クリンソウの雲取山(京都北山、911m)

雲取山と言えば奥多摩の最高峰、だろうが、京都北山にも雲取山がある。この雲取山、花背高原前バス停から周回すれば歩程も割合短く、北山の魅力をコンパクトに凝縮した感じで、なかなかよかった。谷も尾根も峠も、杉林も自然林もある。なにより、周囲の谷がクリンソウ群生地だとは知らずに行って、それも満開ど真ん中だったのでびっくりした。

廃村八丁の時と同じ、鞍馬街道を抜けて広河原に行く京都バスを北大路でつかまえ、花背高原前で下車。

花背高原前バス停。ここで左の橋を渡る。

すぐに橋を渡って歩き始める。右手には廃校になった別所小学校がある。道は未舗装の林道状。路傍にはコバノガマズミが白い花を付けている。青、黄、緑、さまざまなトンボが飛んでいる。

コバノガマズミ。

少し行くと、左手の廃田?に、群生するシダに混じってぽつりぽつりとクリンソウが咲いているのが目に止まる。そのうち、かなりの群落をなしているところも出てくる。

クリンソウが、あらわれた。
廃田跡のシダ群生。クリンソウがポツポツと。

花背スキー場跡地の斜面を左に見て、さらに緩い坂を登っていくと、道端にもいくらでも咲いている。

花背スキー場跡。
クリンソウ群落。

クリンソウは魚谷山に多いというガイドブックの記述を見て魚谷山に行ったこともある(たしかに咲いていたが、それほどの群落ではなかった)。二、三のガイドブックで雲取山の記述も見たが、クリンソウに触れているものは一冊もなかったように記憶する。

しかしここ、ロケーションが人里に近すぎて、この花、もう少し山の中で見たいなあと思ったら、この後、寺山峠を越えて一ノ谷に入ってから先でも、いくらでも咲いているのだった。

話を戻す。まもなく林道は終わり、杉植林の中の幅広い谷を詰めていく道になる。

幅広い谷を登る。
キランソウ。

杉林の林床に多いミヤマカタバミは、さすがに花は終わって、葉ばかりになっている。要所要所に大きめの赤い文字で番号の書かれた札が下がっている。登りでは、3番のところで右の枝谷に入らないように少し気をつけたほうがいいかもしれない。4番で、道は沢筋を離れ、右斜面の急登になり、それからすぐに、山腹を緩くまっすぐ登っていくユリ道になる。

ここで谷を離れて右に登る。
ちょっと急な木の根道。

最後に自然林になって道が左に折れ、ここからまだかなり登るかなあと思っていると、思いがけずあっさりと寺山峠に出る。ベンチ代わりの丸太が置かれている。登ってきた側は自然林、進む先は再び杉の植林地になっている。眺望はない。

寺山峠。

杉林の中、やや溝状になった道を下っていく。

一ノ谷への下り道。

途中で右からこの小さな谷の本流が合し、水流が現れると、そこから先、杉木立の中の日の射すところには、クリンソウが咲いている。

クリンソウ。
クリンソウ。

一ノ谷にぶつかる直前、道標に従って、右に取る。

下りきったところの道標。

道はすぐに一ノ谷の沢に沿うようになる。やはり水流に沿ったところのここかしこにクリンソウが咲いている。植林地と自然林が交互に現れ、あるいは混じり合う。

「雲取山荘」と掲げられた小屋が対岸に現れる。「渓友クラブ」のものらしい。

雲取山荘。
コショウノキ。沈丁花の野生種だ。
いくらでもクリンソウ。

何度が渡渉を繰り返して進み、最後の二俣で、真ん中の尾根に取り付く(9番の札)。

9番の札のある二股。

やや急な登りがあって、暗い杉林から明るく開けた雲取峠にスポンと飛び出す。

雲取峠に出る直前。
雲取峠。

北山の数多い峠の中でも、とりわけ明るい峠であるようだ。広くゆるやかな斜面に、リョウブの木が点々と生えている。

リョウブ。

斜面の先、少し下ったところに見える小屋は、京都府大WV部のものらしい。ガイドブックには、南面の眺望が開けるとあるが、登ってきた南東側は、杉の木立で何も見えない。反対側、府大WV小屋の先には、ずっと遠くの山々が覗いている。

峠から来し方を振り返る。眺めはない。

リョウブの木の一本の下、まだらな葉蔭の中に座って、しばし休憩。

南に向かって歩き出すとすぐに、また小さな鞍部状の地形になる。左のピークに登る踏み跡もあるが、まっすぐ進む。このあたり、まばらな植林地で、かなりの倒木がある。

倒木がなくなったあたりの山腹道。

山腹の水平な踏み跡を辿っていくと、次の小ピークの登りになる。ここからはリョウブやオオイタヤメイゲツが混じる明るい自然林。これを越えて下り、もう一度登り返すと雲取山山頂。

山頂直前のピークからの下り。

雲取峠から、意外とあっさり着いた。山頂は細長く、三等三角点のあるポイントは少し先に進んだところにある。眺望はないが、快晴の今日はむしろ木漏れ日に包まれるこの山頂が心地よい。唯一の欠点はハエその他がブンブン煩いところか。

少し古いガイドブックには、雲取峠からここまで、笹薮がかぶっているという記述があるが、現在笹は完全に消えている。以前に登った魚谷山の柳谷峠から上もそうだった。後で見つけた芦生研究林関係の方のサイトによれば、2001年頃笹の開花があり、一斉に枯れた。そこで株が更新されるはずのところ、成長した笹はあまり食べないシカが若芽は食べてしまい、そのまま笹消滅に至ったのだという。クリンソウが増えたことも、実はこれに関連しているらしい。

今日の山メシは久しぶりの「げんさん」レシピ、「サラスパとチキラーで作る山のカレーパエリア風」。どこがパエリアなのか少々疑問は残るが、食えたし面白かったし腹はふくれたので良しとしよう。高価なホタテ缶に代えて、百均で見つけた「ベビーほたて」缶を使用。

雲取山山頂での山メシ。

山頂には三ノ谷への道標はあるが、二ノ谷へのそれはない。

山頂の道標。

赤テープを頼りに、二ノ谷に向かって、南側の急斜面を下る。かつてはここも笹薮だったらしいが、今はまばらに灌木の生える草地になっている。

ニノ谷への下り。
下り道から振り返る。

傾斜が緩んで、水のない谷底を行く。一箇所、涸れ滝のような岩場は、左側を巻いてロープが設置されている。この岩場付近には、数本のヤマツツジが紅い花を付けている。

岩場のヤマツツジ。
タニギキョウの小さな花。

七人の小人が住んでいそうな(したがってまた中で毒リンゴを食わされた白雪姫が倒れていそうな(?))立命館WVのかわいい小屋が現れ、その先で二ノ谷本流が合する。水流のあるここからは、またクリンソウが見られる。

立命館大WVの山小屋。

渡渉を繰り返しながら緩い谷を下っていくと、一ノ谷出合。渡って這い上がった一ノ谷左岸の道は、このあたり、幅広い林道状になっている。ここからほぼ植林地の中、一ノ谷を上流に向かう。ここも日の当たる水際にはどこでも、クリンソウが咲いている。

一ノ谷。

途中、幅広い道が左の斜面を登っていくが、そちらには行かず、あくまでも沢通しに踏み跡を拾う。

ここで左に登らず、右に、沢通しの踏み跡を辿る。

この谷もかなり幅があり、谷底全体が杉林になっている。その下草には、テンナンショウのほか、ニリンソウの花も見られた。幅広い谷底で、歩くべきルートがトラロープで示されている箇所も多い。

ニリンソウ。
クリンソウ。
クリンソウ。

やがて行きに寺山峠から下ってきた道に出会い、これを戻る。二ノ谷から一ノ谷に出たあとここまでが、案外時間がかかった。

寺山峠で今一度ゆっくり休憩。そこからの復路はあっという間だった。

マムシグサ。

廃校のはずの別所小学校、校庭に、朝はなかったはずの緑色のテントがいくつも張られて、子供たちがキャンプ遊びの最中のようだった。路肩のイチゴの花には、ウスバシロチョウ。

イチゴの木とウスバシロチョウ。

花背高原前バス停には、14:58のバス時刻よりもかなり前に着いてしまった。狭い道路の、土手の上の木々が陰を作っているところに立って待つ。500mほど南の、古くからあるらしい喫茶「カウベル」に行ってみてもよかったかもしれない。道路と川を挟んだ向かいの土手の上が別所小で、その土手には色とりどりのツツジが咲いている。

路傍の美味しそうなウワバミソウ。
別所小跡の土手。

ようやくやってきたバスに乗り、今回もまた鞍馬温泉で下車。汗を流してから帰宅の途につく。

峰床山(京都北山、967m)

週末と祝日のみの京都バスで、出町柳から葛川学校前で下車。小学校を回り込んで、江賀谷の林道を行く。すぐに車止めの置かれた橋があり、左岸沿いをしばらく進む。

車止めの置かれた橋
しばらく左岸を進む
ムラサキケマン

やがて右岸に移ってまもなく、二俣に着く。

右岸に移る
ヨゴレネコノメソウ

かつては橋があったという二俣のすぐ上、林道から下りて、左俣、右俣と、飛び石を伝って渡る。

二股。手前の左俣、奥の右俣を相次いで渡る。

道はすぐに右俣の左岸をやや高巻く感じになって続く。ロープの張られたちょっとした崩落箇所を過ぎ、また沢に近づく。一旦渡渉して右岸へ、それからまた左岸。奥の二俣では道が沢床に近づき、左俣方向に行きたくなるが、道はそのまま右俣の左岸を高巻くように続いている。リボン、テープを見落とさないよう注意。

右俣の流れ
マルバコンロンソウ?

その先、土の斜面の緩いV字谷で、中央の岩から小滝が落ち、なかなかいい絵になっている。道は右上の土の斜面の中程のうっすらとした踏み跡だ。

小滝の落ちるV字谷

このあたり、ニリンソウがちらほら咲いている。

ニリンソウ

さらに二、三度沢を渡り返し、右岸の斜面の巨石に向かって登り、そこから右に斜面中腹の道をまっすぐ進むと道標があり、道は左の植林地の斜面を登り始める。

前方の道標から左に植林地の登りになる。

所々にイワウチワが現れる。

イワウチワ

このジグザグの急登りは、かなり長く感じられる。最後に山腹を斜めに進んで、中村乗越に飛び出す。反対側は北山らしい明るい疎林の広く緩やかな谷になっている。前方に峰床山が姿を現わす。

中村乗越 左奥が峰床山
ヤドリギが多い

五分もかからず八丁平に下り着く。ベンチと道標、説明板が立っている。

八丁平に下り着く

八丁平の周回路を左に取る。

八丁平
八丁平

道標のある分岐で沢を木橋で渡ると、道は右に折れ、斜面を少し登って続き、八丁平を見下ろす感じになる。緩やかに下って木道を進む。

八丁平
クリンソウの蕾

フノ坂峠、二ノ谷への分岐を過ぎてしばらくすると、再び分岐があり、これをクラガリ谷に進む。

クラガリ谷分岐

ヨゴレネコノメソウ

ヤマザクラ
ネコノメソウ
イワウチワとクワガタ

クラガリ谷は、奥へ進むとささやかな水流が現れる。これをまっすぐ詰めればよかったはずだが、どういうわけか、途中で右の斜面に誘い込まれてしまった。踏み跡も消えたが、そのまま急斜面を強引に進んで、どうにか山頂にいたる尾根道にたどり着いた。消耗したが、おかげでイワカガミが固まって咲いている箇所を見つけることができた。今日、ここ以外では咲いているイワカガミは見なかった。

イワカガミ

最後にまた少々急登があって、峰床山山頂に到着。北東側を除く眺めが広く大きい。

山頂
山頂

周囲には多くのムシカリの木が白い花を付けているが、山頂にはあまり木陰がない。北寄り斜面の、少しでも木々の影が落ちているところを選んで座る。

山頂のムシカリ

本日の山メシは、「鴨セロリ」。成城石井で見つけた合鴨ローススモークを炒め、その油だけでセロリとミニトマトも炒め、最後に塩胡椒するだけの簡単なもの。『山登りABC 山のおつまみ』のレシピ。簡単だが、合鴨ロースの濃厚な味、セロリのサッパリとした味とシャキシャキ感、トマトの酸味が相俟って、なかなかのものだった。

鴨セロリ

さて峰床山からの下山路にはいくつかの選択肢がある。加藤芳樹『関西周辺週末の山登りベスト120』では、ここから大悲山口に抜けている。昭文社の『関西の山歩き100選』(2005) は八丁平からオグロ峠、峰床山、八丁平と周回して葛川学校前に戻っている。オグロ峠から鎌倉山を経由して坊村に出るコースも悪くなさそうだ。今回はあえて『ステップアップ六甲・金剛・比良・京都北山』の、林道ナメラ線、「緑風の道」、古道峠を経由するクッソ長いコースに従ってみることにする。

山頂から元来た道を戻る…はずが、オグロ峠方面の道に入ってしまった。200mほど行ってから気付いて戻る。山頂直下は急だから、この登り返しはちと応えた。正しい道に入り、クラガリ谷から登って来ている正しい道を左に見て、正面の小ピークに登り返す。そこにはベンチが設えられていて、皆子山の眺めがいい。

展望ベンチと皆子山

右に下り、林道を横断して、俵坂峠へ。

一度林道に出る

ここから分岐する大悲山口への道を見送り、まっすぐ進む。このあたり、シャクナゲの小群落があり、ちらほら咲いている。

シャクナゲ

再び林道に出る。このあたりから先、昭文社の登山地図の登山道のライン、近辺の林道のラインはかなりずさんなように思われる。正面に二ノ谷管理舎方面に向かう道もあるが、進むべきは右へ、林道ナメラ線そのものである。山腹に付けられたこの幅広い道は、尾根と谷を回り込みながら、延々と続く。

延々と林道歩き

周りの緑は美しいし、眺めもあるが、とにかく長くて暑い。ガイドブックの「ステップアップ」というタイトルは、北アルプスなどの大きな山への準備になるようなコースを集めたという意味らしい。確かに、北アルプスなどの深い大きい山では、山麓で延々と林道歩きを強いられることも少なくない。しかしこの道、途中で小ナメラ谷沿いに大悲山口方面に下る道を分けたあとは、かなりの登りにすらなる。後半にこれはかなりキツい。

ようやく林道を離れ、「緑風の道」と呼ばれる下り基調の尾根道に入ると、快適になる。でもまだまだ長い。林床にユズリハの群落のある二、三の小ピークを越えて丸太階段道を下ると、ようやく古道峠に着く。

ユズリハ群落

そこから下ると、八桝川沿いの林道に出る。右にとると、すぐに木橋があるが、これは無視して進み、その先で車止めのゲートを抜けてすぐ左に橋を渡る。廃田脇の木道を通り(このあたりにもニリンソウが咲いていた)、蛇行する桂川が見えてくる。

廃田脇の木道を進む
ニリンソウ

しかしそこで終わりではなく、道は最後にもう一つ、左の小尾根を越えるように登る。最後の最後にこのオマケは厳しい。でもこの登りで、ヤマルリソウやイカリソウの花に出会えたからよしとしよう。

ヤマルリソウ
イカリソウ
緑のと茶色いの
キケマン

小尾根の先端を越えると、コンクリートの坂道に出て、花背山村都市交流センターの敷地に入る。ここから桂川にかかる橋を渡ったところがバス停だが、バスまでにはまだ時間がかなりある。センターには多くの家族連れが訪れていて、ちょうどバーベキューの利用時間終了のアナウンスが流れていた。奥の翠峰荘でコーヒーでも飲もうかと思ったが、すでに営業を終えていた。その前のテラス席で休憩させてもらうことにする。

翠峰荘

そろそろバスの時刻だなと思って腰を上げ、バス停に向かう。バスは2分ほども早くやってきて、市街地のバスがよくやるように時間調整などもせず、直ちに発車した。危うく乗り遅れるところだった。

例によって鞍馬温泉で途中下車。露天風呂に浸かり、食事処で釜飯を食べて、送迎バスで叡電鞍馬駅へ。

峰麓湯
釜飯

荒地山(六甲、549m)

4月も下旬にかかろうという平日、全然早起きではなかったのだが、天気は悪くないし、季節はいいし、このところ仕事がグダグダだったのでリフレッシュした方がいいと思い、近場の荒地山に出かけることにした。549m。芦屋川駅から歩き出せる、六甲南東部のお手軽なコース。今ならコバノミツバツツジも見頃だろう。
阪急芦屋川駅から歩き出したのはすでに10:40を過ぎていた。山芦屋の超高級住宅街を通り、高座の滝やロックガーデンへの道から途中で別れて右へ。有刺鉄線の張り巡らされた高い石垣を回り込んで行くと、すぐに登山口が現れる。

登り始めてすぐ、右に芦屋川に下る道(「弁天岩方面」の表示)が分かれ、新しい道標も立っている。

真新しい道標

元々踏み跡としては存在した道だが、これより下流、地主の意向で川筋通しに通ってくることができなくなって、正式なハイキングコースに格上げされた。芦屋川沿いのコースに行くための一種の迂回路だ。それを見送って登り続けると、尾根の先端に乗ったところがちょっとした広場状になっている。かつてのベンチの土台が残っていて、そこに座ることができる。前方に、急斜面の上の城山が見える。この辺りのコバノミツバツツジは、すでに終わりかけている。それからさらに少し登ると、南側の展望が開けた所があって、わりと新しいベンチが設置されている。

わりと新しいベンチ

ツツジのほかに、少し奥に白い花をいっぱいにつけた木もある。時期的にやや早い気がするが、ウツギだろうか。

少しずつ増えてくるツツジを楽しみながら、ジグザグ登りで、城山の山頂に出る。

コバノミツバツツジ
ヤマツツジ

サンテレビの鉄塔とベンチのある広場で、中央には大きなヤマモモの木がある。何人かの人が休憩している。西側、高座谷を隔てて、魚屋道の尾根がよく見える。斜面はパステル系の春色に染まっている。

城山山頂のヤマモモ
城山から見る魚屋道の尾根の春色
クサイチゴ

その先は緩やかな尾根道になり、最初の高圧線鉄塔の脇を過ぎると鷹尾山に到る。いくつか巨石が転がっており、背後には荒地山の山頂部が望まれる。それと満開のコバノミツバツツジ、ヤマツツジが相俟って、なかなかいい絵になっている。

鷹尾山。正面に荒地山が見えてくる。

少し下ると右の脇道の先に岩の小ピークがある。右=東側の視界が開け、ゴロゴロ岳の稜線が見え、真下に芦有道路のS字カーブを見下ろす。岩のピークからそのまま進むと、登山道に復帰する。

芦有道路を見下ろす。正面はゴロゴロ岳。

再び急登になり、道が平坦になると、二番目の高圧線の下を通り、327mの3級基準点が現れる。

327m 基準点
327m 基準点

少し下った鞍部は、左に高座谷に下る道が分かれており、道標と朽ちかけた丸太ベンチがある。ヤマザクラも含む木立に囲まれたこの鞍部は、窪地のような雰囲気がある。その底に座っていると、おそろしく多様な鳥たちの声が降ってくる。ウグイス、ヤマガラ、コジュケイ、そのほか色々。相変わらず鳥に関する知識が乏しいのが残念だ。

サルトリイバラ

少し急登があって、三つ目の鉄塔の下に出る。ここはザレて展望の開けた広場になっており、なぜだか分からないがこのコースの中でここだけ、不思議に高山の空気を感じる。

ヤマザクラ

その先はまた高低差の小さい、ほぼ真西に向かう尾根になる。

パステルカラーのロックガーデン主稜
荒地山のボルダー群が見えてくる

尾根が北に向きを変えるあたりで左に踏み跡があり、そこを進むと、岩の小ピークがある。ちょうどキャッスルウォールの真上あたりで、高座谷の眺めがいい。

寄り道した展望地から高座谷と芦屋市街。左の尾根を歩いてきた。

登山道に戻る。次第に岩のゴロゴロする急斜面になる。

と間もなく名物の岩梯子が現れる。あらかた階段状だが、上寄りに、やや厄介なところが一箇所ある。

名物「岩梯子」

岩梯子を抜けて巨石の間を登ると新七衛門嵓。リュックを先に送り出してくぐる。

新七右衛門嵓

少し右に登り、すぐ左の踏み跡をたどるとテーブルロック。

テーブルロック。正面の鉄塔下が風吹岩。

いつもは多くの人がいるテーブルロックはまさかの貸し切り状態だった。正面に風吹岩の鉄塔が見える。目を凝らすと、風吹岩の上に何人か人の姿が見える。広い岩の真ん中に陣取ってオニギリを一個。住みついている黒猫が、哀れっぽい声を上げながら近づいてくる。オニギリをひとかけら投げてやる。

テーブルロックの黒猫
テーブルロック付近から黒岩を見る

このあたりは網目状にいろいろなルートがある。やや左寄りに、今まで通ったことのないルートを辿って、上で登山道に出る。芦有ゲートへの分岐を過ぎ、荒地山山頂へ。木々に覆われて展望もない山頂で、家族連れが一組、レジャーシートを広げて昼食中だった。そのまま通り過ぎて左へ、黒岩に向かって下る。

荒地山山頂

黒岩もまさかの貸切。大岩の真ん中に松の木が枝を広げる、周囲からちょっと突き出した岩峰で、とても眺めがいい。ガイドブックなどに大っぴらに紹介されることはあまりないが、知る人ぞ知るスポットで、十人もいたらいっぱいの岩の上には大抵人がいる。それを独占。

黒岩
黒岩から荒地山の尾根を見る

本日の山メシは「春キャベツの山ポトフ」、『山ごはん12か月』所収の「げんさん」レシピだ。何をもってポトフと呼ぶのかは少々疑問だが、要はコンソメ味の豚キャベツ鍋である。パプリカその他の乾燥野菜をお湯で戻し、フライパンにもお湯を入れて豚肉を投入、戻し水ごと乾燥野菜も入れ、それからざく切りにしたキャベツを投入していた途中で、ガスコンロの火が消えた。慌ててガスコックを開くと、一瞬また燃え上がって、完全に消えた。まさかのガス欠。出がけにカートリッジを振ってみて、中身の液化ガスがチャプチャプいう音が小さく、ああもう残り少ないなとは思ったものの、今日一回はもつだろうと思い込んでそのまま出てきた。
キャベツにはかろうじて火が通った。上にさらにソーセージを投入するのは諦めて、黒こしょうだけ振って食べる。十分に食えたからよしとする。でも火が消えたショックで写真は撮り忘れた。

帰路は高座谷にとる。岩の多い急斜面を谷底まで一気に下る。

高座谷源頭部
ヤブツバキ

高座谷本流に出て、道は左岸通しで、徐々に沢からは離れる。

キャッスルウォール(左)と芦屋市街

それから一気に下って沢を渡り、右から荒地山第2堰堤を越える。左岸に移り、まだ二つほど堰堤をすぎると、ロックガーデン中央稜からの道と合する。

ロックガーデン中央稜に出る。

高座滝、大谷茶屋、滝の茶屋を見て、舗装道路を下り、行きの道に合流して、芦屋川駅に戻る。

高座滝

改めて、これは六甲の中でも良いコースの一つだなと思った。

小塩山(京都西山、642m)

ポンポン山のフクジュソウに続き、「スプリング・エフェメラル」を求めての山歩き第二弾。小塩山のカタクリ。ポンポン山のすぐ北に位置する低山。ポンポン山と組み合わせて歩かれることも多いようだ。『京都府山岳総覧』によれば、古くはポンポン山一帯の山地を総称して小塩山と呼び、この山のことは大原山と呼んだという。

今回は、岡弘俊己氏の、『関西日帰りの山ベスト100』の対幅をなす『関西気軽にハイキング』(旧版名称は『関西里山・低山歩き』)掲載のコースに従って歩く。
阪急東向日駅の西口を出るとすぐにバス停がある。阪急バスに乗り、南春日町で下車。西に向かって歩き始める。

ここは左へ。

樫木神社の前を過ぎて直進。

樫木神社。

「←金蔵寺 淳和天皇陵→」の風化した東海自然歩道の道標の分岐を右へ。

ここを右へ。

右手に千原池が現れる。「大原野水土里へようこそ」という巨大な看板が立っている。水土里で「みどり」と読ませるらしい。DQN的暴走族的なネーミングである。夜露四苦。

千原池。

池とその奥の正法寺を眺めて、京都縦貫道のトンネル入口の上を通過する。枝道に気を付けながら竹林の中の坂道をたどる。大原野はタケノコの里。左右の竹林は言わば「タケノコ畑」であるようだ。

ここは左へ。
ここは右。
この先を右へ。

獣除けのゲートを開けて、山道に踏み込む。竹林が切れ、両側が自然林になる。「天皇陵道」と呼ばれる、よく踏まれた道だが、落ち葉が分厚く積もっていて、少し滑る感じがある。二日間のびっちり業務、二晩連続の飲み会の後で、予想通り調子が出ない。ゆっくり登る。

標高310mあたり、左に登って改めて稜線に出るところで、南東方向の眺めが開けている。ガイドブックに「ナラ、カシの林に展望の開けた広場があるのでひと息入れる」とあるのはどうやらここのことだと思われる。広場と呼べるような場所ではないが、展望が開けるのはここぐらいしかない。

唯一南東の展望が開ける地点。

金蔵寺分岐は、地形図に描かれているのよりも手前、標高460mの地点にある。この前後はヒノキとスギとアカマツの林になっている。

金蔵寺分岐。

分岐を過ぎると少し傾斜が緩む。平坦な道を通って谷の奥に進むと、突如、電柱が現れる。谷に沿って電線が張られていて、道もそれに並んで登る。

突如電柱が現れる。

555mで小尾根の上に出たところに、森林公園分岐がある。(ガイドブックの地図も、『山と高原地図 北摂・京都西山』に赤い線で記されたルートも、このあたりやや東にずれている。)

森林公園分岐。

右にひと登りで車道に出る。横断して再び山道へ。

車道を横断して正面の道へ。

また車道に出て、少し右寄りからまた山道へ。3度目、車道に出る。正面は「建設省京都国道工事事務所 小塩山無線中継所」の巨大な鉄塔。

「建設省京都国道工事事務所 小塩山無線中継所」の巨大な鉄塔。

この車道を左にたどる。右にチェーンの張られた坂道が分岐している。その上がFM京都とNHKの鉄塔。金網の周囲にはちょっとしたスペースがあり、休憩する人も多い。展望はあまりない。

FM京都とNHKの鉄塔。

休憩中のおっさんが、ラジオ?で60〜70年代のナツメロをガンガン鳴らしていた。クマ除けならともかく、あたりにクマの気配はない。いったい何しに山まで来てるんだか。できるだけ離れたところで鉄塔に背を向けて、前の林の中のアセビの花を眺めながら腰を下ろし、「イワシのつみれおじや」を作って大休止。コンビニが自社製品のプロモーションにスマホアプリ内で紹介しているレシピだ。特に山メシレシピというわけではないが、コンビニ食材でできるということは、山メシに向くことが多い。

イワシのつみれおじや。
材料。

車道からの(チェーンのかかった)分岐に戻ってもいいが、西にショートカットで下る踏み跡がある。これを下ると、舗装道路の終点で、その先、道が二つに分かれている。

左が天皇陵参道。

左が淳和天皇陵参道。中央が石畳になった参道は100mほどで、天皇陵に行き当たる。

天皇陵参道。
淳和天皇陵。

地形図で見る限り、642mの基準点のあるメインの小塩山山頂はこの墳墓部分。だが中には当然入れない。丸く巡らされた石垣の周囲をぐるっと回ることができるだけだ。針葉樹林で小暗く、眺望もない。ガイドには「周辺でのんびり大休憩を入れてもよい」とあるが、休憩適地はない。

淳和天皇 (786-840) は、Wikipediaによれば、「死にあたり、薄葬を遺詔としたため京都大原野西院に散骨された」という。「淳和上皇自身の意向により火葬され、その遺骨は近臣藤原吉野の手によって大原野の西山(京都市西京区大原野南春日町の小塩山)山頂付近で散骨されたと言われている。山陵を築く事を禁じられていたため「延喜諸陵式」に陵墓が記されておらず、当地には長らく小石で築かれた円塚のみであったが、幕末の陵墓修復の際、小塩山山頂付近に大原野西嶺上陵と称する陵が築かれた。」つまりこの墳墓は幕末の仮構なのだ。

分岐まで戻って、天皇陵とは反対の、入り口に小さな「←カタクリ」という標識のある道を進もうとしたとき、数人の手ぶらのおじさま方に呼び止められた。カタクリ見にいくの? ─はい。─まだ一個も咲いてへんよ。─はあ、そうなんですか、ま、一応見てきます。─戸を縛ってもた、ほどいて、また縛っといてな。─わかりました。

また巨大な鉄塔が立っている。前はちょっとした広場。眺めはない。そこに「小塩山 413m」という標識がある。標高は上から642mに書き換えられている。413という数字は、一体どこから出てきたんだろう?

鉄塔の囲いの左に進んで、網沿いにずんずん下って行くと、右がカタクリ自生地の一つ、「御陵の谷」。獣除け扉を開けて、ゆるく登る一本道の観察路をたどる。確かに今年は開花が遅いようで、まだ花は一つも開いていない。

固い蕾。

そのまま反対の扉を抜け、右に登ると、鉄塔の反対側から元の広場に出てくる。

車道を戻り、往路に登って来た山道を右下に見送って、そのまま車道をたどる。
道路が右に曲がるところの正面の谷にも網が張られている。ここもカタクリ自生地だが、整備中で、まだ立ち入ることはできない。その先、左に、ドコモの鉄塔への道路が分かれて下っている。入口の鉄扉は閉まっているが、人は脇を抜けることができる。ここから右に山道も付いていたようだが(ガイドに言う下山取付)、それは見落とした。鉄塔に向かって少し歩いた右手がちょっとした広場状になっていて、休憩している人たちがいた。南東方向の眺めもある。鉄塔の山小塩山では実はここあたりが一番の大休憩適地かもしれない。

docomo鉄塔への入り口。

そのまま道路を下って行くと、鉄塔の直前に、机が設置され、何人かの人がいた。カタクリの保護に携わっているNPO、西山自然保護ネットワーク(またはこちら)の人々、先ほどのおじさま方だ。

鉄塔直前にタープが設置されている。

すぐ左の谷が「Nの谷」と名付けられたカタクリ自生地の一つ。周回路になっている観察路を歩きながら、係の方から色々と説明を伺う。入ってすぐ、二輪だけ、咲いていた。昨日までは一輪も開いていなかったのだという。満開の大群落は見られなかったが、むしろ二輪でも見られて幸運だったと言うべきだろう。

かろうじて咲いていた。

踏み荒らしや盗掘の問題が大きいのかと思ったら、一番の敵はシカだという。食害から守るために、網を巡らせているのだ。

ここでクイズ。この、一本、ピョロッと伸びている植物は何か。

さてこれは何でしょう?

正解はカタクリ。これもカタクリなのだ。その一年目の姿だという。こんなだから、気をつけていないと踏みつけてしまう。観察路を整備し、三脚の使用を禁じなければならないのも、これだからだ。

カタクリの繁殖には、ギフチョウやマルハナバチによる受粉やアリによる種子の運搬も欠かせない。ギフチョウの幼虫の食草であるミヤコアオイも周囲に見られ、ギフチョウも保護対象になっている。(今年はまだギフチョウも飛んでいない。)ここでは白花のカタクリも見られるという。ミヤマカタバミもいくつか花を開きかけている。ピンクがかったものもある。クロモジが、こんな時期なのにまだツボミのままだ。あの巨大なウバユリの発芽したばかりの小さな苗など、教えてもらわなかったらわからなかっただろう。

エンレイソウ。
ウバユリの苗。

もう一つ東の「炭の谷」も保護地区で、そちらも見に行くつもりだと言うと、係の一人の方がわざわざ案内してくださった。鉄塔前から丸太階段を登ると、先の「下山取付」から来ているらしい道に出た。それを左に緩やかに下って行くとすぐ左が「炭の谷」。扉の細引きをほどき、掛け金を外して中に入る。ここの観察路は谷の真ん中の一本道。中ほどまで行くと、係の人は、扉、閉めておいてくださいね、と言い置いて戻っていった。一応一番下まで下ってみる。ここもまだ一輪も咲いていない。ミヤマカタバミがちらほら開きかけているだけだ。下り切った先にも扉があるが、その先の道は崩落しているとか。大人しく一本道を戻り、扉の掛け金をかけ、紐を結わえて、下山路に戻る。

「炭の谷」。
ミヤマカタバミ。

車道を横断し、明るい疎林の中を下っていく。

車道を横断する。

下生えは笹になる。少々抉れてV字になっている部分も多いが、概ね気持ちよく歩ける。

明るい林の中の道。

再び車道をかすめる(ガイドに言う「小塩山4km地点」)ところで少し車道に出ると、京都市街の向こうに先日登った比叡山が見える。山道に戻り、下り続ける。

比叡山が見える。

もう一度車道をかすめる。ここから右に下る山道は、一見薄い踏み跡状。登山地図はここから車道を100mほど歩いた先から下る別のルートを記しており、この道は載せていない。が、少し踏み込むと十分はっきりした道になる。

ここから折り返すように右下の一見薄い踏み跡に入る。

やがて沢音が大きくなり、なかなか美しい小沢を右岸に渡る。渡ったところは小さな広場で、丸太ベンチも置かれている。この渡渉点の沢の真ん中の岩にはサクラソウが、それも紅白揃いで、咲いていた。両岸に他の株は見当たらない。里もすでに近いが、誰かが植えたのだろうか。しかしこんなところに人の手で植えてうまく育つとは思えない。やはり自生だろう。

沢の中のサクラソウ。
サクラソウ。

下ってきた左岸の道はなお少し続いており、数十メートル先に鉄板の橋が架けられて終わっている。渡渉した先、広場側の右岸の道は林道風で、こちらも逆に上流に向かっても続いている。ネットでどなたかがこのルートを登ってきて、少し迷った話を書いていらしたが、道標もないし、さもありなんというところだ。きっと右岸通しに登ってしまったのだろう。上方には砂防ダムが見えている。登り方向なら、ここで左岸に渡らなければいけない。

林道状を下っていく。少し先に、鋼板を並べた橋があり、そこで再び左岸の細い道に入る。ガイドが「鉄橋」と書いているのはこれのことらしい。「てっきょう」ではなくて「てつばし」と読むべきなのか。橋の上の樹に、手作りの道標が下がっている。

「鉄橋」。
「鉄橋」の上の道標。

橋のすぐ下は、なかなかいい感じの小滝になっている。その先の流れはちょっとした峡谷だ。

「鉄橋」下の小滝。

左岸の道を進むと、流れを離れ、すぐに農地の広がる人里に出る。畑の上、山裾の小道をたどると、右から車道がぶつかっている。ここにも獣除けの扉がある。

獣除けのゲート。

これを開けて出て、畑の中の舗装道路を下る。いくつか人家を過ぎて下って行くと、京都縦貫道路をくぐる。

その少し先、左に、勝持寺参道の石段が現れる。これを上り、仁王門をくぐる。すぐの右側に大原野神社への近道があるのでそちらに進む。

勝持寺参道の石段と仁王門。
ここを右に。

藤原氏ゆかりだという朱塗りの美しい神社だが、録音の笛の音が流されていて、鳥居をくぐって本殿まで行く(ましてや賽銭を投げる)気力が萎えた。

大原野神社。

回れ右で、「鯉沢の池」のほとりのベンチで、綻びかけた桜を眺めながら休憩。池を挟んだ向こうには茶店がある。

参道を下って茶店の脇を通り過ぎ、道路に出る。左に歩くと樫木神社のところで行きに通った道に出る。南春日町バス停はすぐ。

小塩山、山頂部は生駒のような「鉄塔の山」で、一般車は入れないとは言え車道が登ってきているし、眺望はないし、本当の山頂は天皇陵の中で踏めないしで、山頂ハントの魅力はない。が、そのちょっと下の何箇所ものカタクリその他の保全区域は、花の季節には、間違いなく一見の価値がある。

たけのこの里を擁する西京区のゆるキャラ「たけにょん」。

比叡山(大比叡、848m)

家を出るのが少し遅くなった。丹波の山に行くつもりだったが急遽変更。比叡山。山の上に人工物が多いとどうも敬遠してしまうという悪い習性(?)のせいで、関西でメジャーな山の中でまだ行ったことがなかった山の一つ。でも予想よりずっと良かった。これも『関西日帰りの山ベスト100』のコースどりに従う。先日の西山のポンポン山に続き、今度は東山の雄である。

比叡山坂本駅に10:03着。

比叡山坂本駅。

駅の高架下には “An Deux” というとても気持ちの悪い名前の喫茶がある。「1、2」と数字が添えられているから、仏語の un, deux のことらしい。駅からすぐ、途中のコンビニに立ち寄ってから、日吉大社の参道を西へ、まっすぐ歩く。小さな商店の点在する、やはり歴史を感じさせる道だ。京阪坂本駅を過ぎ、古い商家風の坂本観光案内所の前を通り、なおも緩やかな坂道を登っていく。

坂本観光案内所。

大きな石の鳥居が現れ、道幅が広がる。

日吉大社参道。

左側の歩行者用の参道を行く。立派な桜並木で、きっと花の頃は見事なのだろう。左右は穴太衆あのうしゅう積みの石垣が目立つ。

桜並木。
穴太衆積みの石垣と、その解説板。

突き当たって車道を渡ると、小さな塔状の子育て地蔵のお堂がある。その横の、幅広い石段道を登る。左手は比叡山高校。

子育て地蔵。手前左の大きな石段を登る。
石段を過ぎて、ここは左へ。

車道に出てさらに進むと、南善坊の石畳の急坂が現れる。

南善坊の石畳坂。左の道を行っても上で合流する。

途中の五大堂前からは琵琶湖側の眺めが開け、展望案内板もある。湖の向こうに、伊吹山、霊仙山が雪を戴いている。

五大堂。
五大堂前からの眺め。

石段を登り詰めると木製の扉があって、山道に出る(石段を登らず、左の地道を辿ってもここに出るようだ)。かつてコンクリート舗装されていたのが崩壊したような痕跡がある。石畳だった部分もあるのかもしれない。

最初はこんな道。

山上に至るまでずっと幅の広い道で、いにしえにはここを僧兵の集団が登り下りしたのではないだろうか。一種の軍用道路の面影がある。
道が右に曲がった先に送電線の鉄塔があり、その下を過ぎて、右手、杉木立越しに展望がある道端で、遠く白く輝く伊吹山を眺めながら休憩。

休憩地点から、伊吹山、霊仙山方面の眺め。

左の斜面を登ると花摘堂跡だという道標がバラバラに壊れて、路肩にきれいに(?)並べられている。地面に置かれた「延暦寺東塔方面」の矢印に従ってそのまま進む。

花摘堂跡の道標。

この先にも花摘堂跡の道標があり、つまり花摘堂跡に登って尾根通しに歩いてくることもできるようだった。花摘堂は「伝教大師母君の遺跡」だそうだ。
左手の谷の向こうに、比叡山坂本ケーブルの赤い鉄路が見える。
道の右側に突然石垣が現れる。その上が楽樹院。

山の中に突如石垣が現れる。
楽樹院。

石仏を祀った小さなお堂だ。杉木立の中でちょっと暗い。石垣を回り込んで直角に曲がると、舗装道路になる。左回りの坂道を登ると法然院。法然上人得度の地だそうだが、屋根の上には衛星放送の受信アンテナが載っていてなんだか笑える。

法然院。

これまた突如、左上に鉄筋コンクリートのホテルのような巨大な建物が現れる。延暦寺会館。ホテルのような、ではなくてホテルであるらしい。このあたりから、路肩には雪が見られるようになる。

延暦寺会館。

延暦寺会館の正面を過ぎ、右手の急な石段を登って文殊楼へ。反対側にまた石段を下ると根本中堂。改修工事中で、囲いが立てられ、手前には黄色いクレーンが立っている。

文殊楼への石段。
文殊楼。
文殊楼前から改修中の根本中堂を見下ろす。

そこから左手の坂を登ると、比叡山観光のセンターのような広場があって、土産物屋もある。今日は座禅も組まないし拝観もしないが、ここで紅葉の絵入りの湯葉とゴマ豆腐だけお土産に購入。

不安定な天気で、登ってくる途中、一瞬小雨が落ちてきたし、ここでもわずかに雪が降った。かと思うと青空が広がって日が差す。

右に三本の道がある。一番左は直下の駐車場に向かって下る道、右は大講堂に向かう石段。真ん中の細い坂道を登る。

三本の道。真ん中を行く。

鐘楼と大講堂を右に見て、戒壇院の前を通り、やたら幅広い石段を登って毘沙門堂へ。

鐘楼。
毘沙門堂への大階段。

その左手の回廊をくぐり、いかにも裏手という感じの所に出る。

毘沙門堂の左、二重の塔との間を通って回廊をくぐる。

舗装道路も来ているが、すぐ左、回廊に沿った木製階段を登る。急に山の中の雪野原という趣になる。

回廊のすぐ裏で左に登る。

雪のかぶったコンクリート階段でもう一段上へ。

もう一段上へ。

その先、正面に道があったようだが、雪に覆われてよくわからず、右奥の階段道を登ってしまった。すぐに左に復帰。ガイドブックに言う「山頂」道標は目に入らなかった。木立の中の山道になる。延暦寺の堂宇のあたりから山頂まではまだ標高差150mほどもあり、まるでちょっとした登山だった。いや、登山に来ているんだけど。雪は凍りついてはおらず、少なくとも今回はアイゼンは不要、むしろ人の足の踏んでいないところを踏むと、キシキシと音を立てるような新鮮な雪だった。厚く積もっているところで10cmぐらい。

雪の山道。
雪上の足跡。

尾根筋に出て右に取ると、NTTの中継所とテレビ局の中継アンテナが次々に現れる。

NTTの中継施設が見えてきた。
TVの中継アンテナ。

何だかよくわからない巨大なコンクリートの箱のような建造物を回り込んで行くと、木立に覆われた小山があり、その上が「大比叡」の一等三角点。848.08m。

この小山の上が、
「大比叡」一等三角点。

そのまま西に下る。

西に下る。

目の前が広大な駐車場。

駐車場。正面が四明岳。
バス停。この右に進む。

舗装道路になり、一度くの字に曲がって下の車道に出て進むと、売店(閉まっていた)、トイレ、バス停もある駐車場に出る。所々に雪のかけらが残っている。ここからの展望が北と南になかなかのものだった。正面が四明山の山頂だが、「ガーデンミュージアム」ができてからは入場料を払わないと踏めなくなったらしい。

駐車場から南の眺め。
駐車場から北の眺め。

バス停右、四明山北側の道を進むと間もなく道標があり、そこから右に、再び檜林の中の雪の山道を下る。

ここから右に下る。
再びヒノキ林の中の雪道。
つつじヶ丘広場が見えてきた。

何度かジグザグに曲がって、浅い谷の奥をぐるっと回ると、つつじヶ丘広場。左右に京都一周トレイルの道が通り(「北山4」の道標がある)、広場の手前には五輪塔と石仏が並んでいる。

つつじヶ丘の五輪塔と石仏。

北側の眺めが素晴らしい。山頂を越えてきたから京都側しか見えないものと思っていたが、北に突き出した場所であり、比叡山の北側には高い山は続いていないので、京都北山はもちろん、比良山地、琵琶湖の西岸まで見えている。特に際立っているのが雪をかぶった比良の蓬莱山、その左に北山の最高峰皆子山、西に大きいのは桟敷ヶ岳のようだ。

皆子山(左)と蓬莱山。手前は横高山。

はるかに予想を上回る大展望を眺めながら、ここで大休止。今日の山メシは、おにぎり二個のほかは簡単におつまみ一品、ガーリッククラム。あさりの水煮缶にガーリックバター、オリーブオイル、塩胡椒を放り込んでレモン汁を垂らして直接火にかけ、最後にパセリを振るだけ。『山登りABC 山のおつまみ』のレシピ。しかしここ、眺めは最高だが、北風もびゅうびゅう吹き付ける。かじかんだ手で「箸上げ」をし、左手だけでiPhoneを持ってシャッターを押すのはなかなか大変であった。パセリ振る前に撮っちゃったし。

ガーリッククラム。
材料。

冷え冷えになって西へ、京都一周トレイルをたどる。これもかなり幅広い道で、最初は平坦。小さな人工スキー場跡に行き当たり、その縁を下って、下端を回り込む。このあたり、もうほとんど雪はない。

人工スキー場跡。

すぐにロープウェイの架線の下をくぐる。けたたましく警報が鳴って、頭上に注意しろという音声が流れる。何らかの警告はあってしかるべきとは言え、ちょっとうるさ過ぎだ。そのまま下るとケーブルカーの山上駅の前に出る。ちょうどこの日まで、冬季休業中。

ケーブルひえい駅。

駅舎の横を通って南側に出ると、「パノラマ広場」と名付けられた広場になっていて、ここも京都市街の眺めがいい。「東山74」の道標があり、そこから右に下る細いコンクリート坂は「旧ルート」と記されている。傍の木には、どこぞの保育園の登山記念らしく、園児たちの似顔の描かれた板が、組ごとに何枚も掛けられている。

「東山74」道標と園児たちの登山記念板。

このあたり、近年新しい道が開かれたようで、『ベスト100』の記述に頼っていると混乱する。「新ルート」は、パノラマ広場から 平坦な道をそのまま南に直進する。すると「やどり地蔵」を左に見て、

やどり地蔵。子宝祈願の信仰を引き受けているらしい。

「比叡ビュースポット」に出る。あまり広くはないが、ここも京都市街の展望がある。背後にはテレビ塔がやはり二基。

「比叡ビュースポット」からの眺め。

そのまま左に下って行く山道に入る。すぐに「東山73-3」の道標がある。道は途中で折り返しながら下って西に向かう。
「東山73-2」を過ぎ、「東山73-1」の十字路で左の「水飲対陣碑・北白川」方面に向かう。

「東山73-1」道標。

「東山71」のポイントはちょっとした広場になっていて丸太ベンチがあり、小暗い杉木立の中から、ここも京都市街が見下ろせる。

「東山71」の広場。
「東山71」広場からの眺め。

高圧線の真下で右の視界が開けているところを過ぎるとすぐに「東山69」、「水飲対陣碑」がある分岐。

「東山69」道標と「水飲対陣碑」。

水飲というのはこの地の地名で、後醍醐天皇の臣下であった千種忠顯が延元元年(1336)、ここで戦死したことを記念して大正時代に建てられた碑らしい。京都一周トレイルはここから左に折れて北白川に向かうが、直進して雲母(きらら)坂に向かう。道は掘り込まれた部分と痩せ尾根の部分が交互に現れる。右に修学院離宮の縄張りを表すネットが現れる。「宮内庁」「立入禁止」の札がある。ここからが雲母坂の狭く深く掘り込まれた急下り。なかなか楽しい。

雲母坂は、
下るにつれ、抉れ方が、
エグくなっていく。
雲母坂登り口に到着。

下り着いて橋を渡り、音羽川の左岸沿いの道をひたすら歩く。

音羽川左岸の道を歩く。

音羽橋で左折、店の半数ほどはシャッターの下りた「プラザ修学院」という名前のアーケード商店街を通り抜けて叡山電鉄修学院駅に着く。一両のワンマンカーで出町柳に出る。

「プラザ修学院」
修学院駅。

『ベスト100』、55コースめクリア。延暦寺の諸堂は外から眺めているだけでも迫力があったし、寺域と山頂部は除いてその前後、あちこちで予想を超える展望の良さがあったし、山頂部では雪が楽しめたし、雲母坂はそれなりに面白いし、悪くないコースだった。