ツツジオ谷から金剛山

2月2日、ツツジオ谷から金剛山へ。当然、氷瀑や霧氷を期待して行ったのだが…。

家を出るのが遅くなって、バスで登山口に着いたのは10時半近く。同時に貸切バスが停まり、高校生の一団が降りてきた。スニーカー履きの者も多い。舐めてるなあ。

登山口。

坂道を登って、「まつまさ」の前で軽アイゼンを付ける。ここで右に行くのが千早本道。高校生たちもここでアイゼンを付け、右に向かったようだ。こちらは左に、舗装道路の坂を登る。シャーベット状の雪がのっているが、おそらくこの辺りは融雪剤がまかれている。

舗装道路を坦々と登る。

車止めのある橋の手前から右に入る。黒栂林道やカトラ谷に崩落があり、荒れているという警告が出ている。

黒栂、カトラ崩落の注意書き。
ツツジオ谷入口。
渡渉を繰り返す。
クリスマスツリー。ではない。
丸太橋。
一箇所、倒木が折り重なっているところがある。
ミニのスノーブリッジ。

ツツジオ谷に入り、何度も渡渉を繰り返してしばらく行くと、腰折滝。数日前、氷結していたという記録をネットに上げている方があったが、中央部分は完全に融けて普通に水が落ちている。この二、三日、気温が上がりすぎたのだ。

一の滝。単なる雪の急斜面。

11:50ごろ、一の滝。最初は気づかなかった。氷結してはいるのだが、上に雪が乗ってしまって、単なる雪の急斜面にしか見えない。続く二の滝(12:05ごろ)も同様。いずれも巻道はロープの設置された急斜面で、少し慎重に歩く。

二の滝。

左に急登して尾根に出る道を分け、あくまでも沢沿いに詰める。いかにも金剛山という土のV字谷になり、どんどん狭くなってくるが、こうなってからが案外長い。ここまで登ってくれば見られるのではないかと思っていた霧氷は影も形もない。冬の金剛には過去2回登っていて、いずれも見事な霧氷が見られたのだが、実はかなり繊細な気象条件が整わないと見られないもののようだ。

源頭部の雰囲気だが、まだまだ続く。

源頭部直前、ようやく左に登って、石仏群のある平坦地を抜け、六地蔵の尾根道に出る。ここから山頂広場へはすぐ。もう子供たちの嬌声が聞こえる。

六地蔵。
山頂広場。

山頂到着は一時半過ぎ。下の広場にも、上の広場にも、小学生の団体がいた。一校だけではないようで、合わせて五百人ぐらいはいたように思う。みんなきちんとしたトレッキングシューズに軽アイゼンをつけている。彼らも千早本道を登ってきたのだろう。道の途中で小学生や高校生の集団に巻き込まれたらエラいことである。少しマイナーなルートで登ってきて正解だった。もう昼はかなり回っているので、小学生たちはとうに弁当を終えていたらしく、十数人ずつ例の山頂看板と時計の前で記念撮影をして、やがて山を下りていった。

山頂広場。

雲海が出ていて、眺めはあまりよくない。しばらくして、雲が切れ、某宗教団体の塔が見えた。国見城跡広場のへりのベンチで、山めし。「いちご煮とイカくんのラーメン」。『げんさんとよーこさんの山ごはん』のレシピ。一見地味で、実際シンプルではあるが、実はちょっと贅沢なレシピだ。ウニとアワビの旨味たっぷり。

いちご煮とイカくんのラーメン。
材料。

食べ終えて、2時半ごろ、広場から下り、カードに登山証明のスタンプを捺してもらう。金剛山には少なくとも7、8回は登っているが、前回初めてカードを購入したので、スタンプは2個目。

かまくらが造ってあった。

ここから葛木神社への登り坂、朱塗りの灯篭の並ぶ坂道はいつもキツく感じる。

葛木神社への坂道。
夫婦杉。
葛木神社。
大和葛城山方面の眺め。

神社から下って、一の鳥居で左に入る。ダイヤモンドトレールのルートだが、100mほどで右に、郵便道が分かれる。これを下る。

ダイヤモンドトレイル(左)と郵便道の分岐。
杉植林の中を延々と下る。

歩いている人はいない。ところどころ踏み跡はあるが、昨日かそれ以前のものだと思われる。しかし道はしっかりしている。途中、崩落地があり、上側に迂回路が作られている。このルート、最初から最後まで眺めのない植林帯の中。この山抜けのおかげで、ここだけ展望が開けて奈良側が見える。

崩落地。
雪をかぶった丸太椅子とテーブル。

雪はかなり下まであった。杉の梢に溜まった雪が、気温の上昇で溶けて、ポタポタ落ちてくる。その水滴が、路面の雪に無数の小さなクレーターを穿っている。雪が薄くなり、流石にアイゼンがかえって邪魔になってきたので外す。

なおも長く感じられる下りの後、獣避けゲートを通り、人里に出る。堰堤だらけの高天谷にかかる橋を渡り、登り返すと、高天神社の前に出る。木造の小さな休憩小屋のようなところの外側のベンチで一休み。

里に出た。

実は金剛山のこの奈良側のルート、里に出たところが随一の眺望ポイントだ。高く密に育った杉林のため、あの崩落地を覗いて、途中展望はまったくない。そして山道が終わって里に出たところは、まだ標高450mほどある高原状の土地だ。そこからは金剛山の裾野は、緩やかに広がり、下っていく。畑の中に人家が点在する。ここから、奈良盆地を挟んで、奈良県西部と南部の山々の眺めが素晴らしい。

ここからまだ延々と舗装道路の下り。さらに標高差200mあまり、水平距離で3キロほどを下って目指すのは「かもきみの湯」。露天風呂も、眺望はないが、充実している。

すっかり暗くなった「かもきみの湯」バス停からバスに乗る。ここで一つ判断ミスをした。国道168号線を走るバスは、途中、近鉄御所線の終点、御所駅前で停まり、御所線に並行して走る。そして最後は大和高田駅まで行く。この御所駅で、とっとと電車に乗り換えるべきだった。バスは途中から渋滞につかまり、大幅に遅れた。

甲山森林公園周辺うろうろ

久しぶりに体重計に乗ったら冷酷な事実を告げられた。だいたい、年末年始は動けず、年が明けてからもまだ一度も山歩きに行っていない。今日は土曜出勤で試験監督。10時過ぎには解放されたので、そのまま仁川渓谷に歩きに行くことにした。以前、この記事で書いたルート。沢通しに歩いた記録はこの記事

文中の丸囲み数字はこの地図上の数字に対応。

仁川沿いの道路を進むと、住宅地のどん詰まり近く、ちょっとした滝がある。仁川渓谷は堰堤だらけで滝はほとんどなく、もしかしたらこれが一番滝らしい滝かもしれない。

仁川沿いの道路を歩く。
滝。正面の仁川百合野橋を渡る。
小さな切り通しを通る。
斜め堰堤。
ムーンライトロック。この左手、右岸を登る。
するとこんな道に出る。フェンスがあり整備されているのはこの部分だけ。
第1の鎖場。江戸期に掘られた断崖中腹の水路、その外側の細いフェンスのようなところの上を伝う。
古い石積み堰堤。
石積み堰堤のすぐ下流、大きな露岩の斜面があり、下は淵になっている。

ところが肝心の仁川渓谷、二番目の鎖場②が最近崩落したらしい。途中、警告表示が下がっている。

2番目の鎖場。コンクリートの構造物の上を通り、岸壁の中腹をトラバースする地点。
鎖場を近くから見る。ロープの先、鎖が垂れ下がるように続いているが、その部分の足場になる岩が崩落、消滅している。

当の箇所まで行き、鎖場を途中まで行ってみたが、鎖とロープは残っているものの、足場になる部分が崩落していて、元々かなりスリリングだったのがさらにかなり危険な状態になっている。鎖の付いた岩がオーバーハング気味になってしまって、鎖に全体重をかけなければ通過できそうにない。

この仁川渓谷右岸道、ちょっとしたスリルが手軽に味わえる近場の半日コースとしてお気に入りだったので残念だ。

仕方なく引き返して、地すべり記念館①からハイキングコースを辿る。

地滑り記念館奥の階段を登る。

甲山森林公園の展望台から北に、東屋のあるところから踏み跡を辿って、仁川渓谷べりの断崖の上の展望岩(と勝手に名付けているスポット)③に出る。渓谷沿いのルートを予定通りに辿っていたら出たはずの地点だ。

展望岩から東の眺め。六甲の主稜東部が見える。左端に甲山。
しかし西に目を転じるとすぐそこに仁川高丸の住宅が。

ここで昼食。「野菜たっぷりピリ辛ビーフン」。『おかわり!山グルメ』のレシピ。

ピリ辛ビーフン。
その材料。

その先の道も、倒木と落ちた枯れ枝が多く、非常に分かりにくくなっていた。一度道を失いかけ、なんとか復帰。いつもはそのままいわゆる「なかよし池」に出るのだが、途中左に登る踏み跡、以前から気づいて気になっていた踏み跡をたどってみた。するとガードレールの切れ目から車道に出た④。「五ヶ池ピクニックロード」の、「なかよし池」よりも南の地点だ。

ガードレールの切れ目から車道に出る。

道路を左に100mほど進むと、「関学道」バス停(バスは週に一便しかない)があり、

「関学道」バス停。正面は甲山。

そこから左に、甲山森林公園に入り、「レストハウス」⑤に寄ってから、

「レストハウス」からの甲山。

行きにも通った森林公園内の「展望台」広場に向かう。東側の眺望がひらけた場所だが、数日来暖かい今日は春霞のような靄が濃くてせいぜい五月山ぐらいまでしか見えず、大阪越しの生駒山や葛城・金剛山もまったく見えない。仁川競馬場や、大学のキャンパスと、その下を通る六甲トンネルに出入りする新幹線が見える。

森林公園の「展望台」。

展望台からは南方向に下り、いつもは行きに通った地滑り記念館の上から上ヶ原浄水場の東側の道路を通って大学のキャンパスを抜けるのだが、途中、西に向かって登る踏み跡⑥に入ってみた。すると200mほどで、森林公園内の整備された道に出た。南に伸びる尾根上の軽ハイキングコースで、少し右=北に行くと、露岩とベンチ・テーブルのある眺めのいい場所⑦があった。

⑦の展望。

南に戻って下っていくと、森林公園の東入口に出た。ここから車道を歩けば、浄水場東側のいつもの道になるのだが、そのまま正面の橋⑧を渡り、反対側の山道に取り付く。ここも森林公園の敷地内だ。入り口には、「300m先眺め良し」という小さな札がかけられていた。300m先は標高140mほとのピーク⑨で、露岩が点在し、やはりベンチ、テーブルがあり、西側、甲陽園側と甲山の眺めがとてもいい。この辺り、仏性ヶ原と呼ぶらしい。

140mピーク。

ピークを越えてそのまま南に下るよく整備された道があったので行ってみる。途中、右に、森林公園管理棟に向かう道を分けた先に、ベンチ、テーブルが一つある。そこからそのまま踏み跡を下ると、甲陽園東山町の住宅地の奥の、つい最近住宅地拡張のために造成されかけたような荒れたところに出た。ここから東に、上ヶ原山手町方向に向かう道があるかと期待したのだが、それは見当たらない。造成地を抜ければ甲陽園側に下れそうだったが、それはしたくない。

甲陽園側の造成地に出た。

しかたなく140mピークまで戻り、さらに戻って森林公園東入口。浄水場の北から東に回り込む道路に出る。車道を50mも下ると、右にイノシシよけのゲートがあり、どうやら浄水場の西側を回り込む山道があった。

浄水場西側を回り込む道の入り口。

そちらに進む。道はよく整備されていて谷に下っていく。ところどころにスズメバチの警告掲示がある。まあ、今の季節なら蜂も出てこないだろう。どうやら大学の「第4フィールド」「第3フィールド」の縁を回っていく道らしい。谷を下りきったあたり、巨大な水道管の下を通り、

巨大な水道管の下をくぐる。

右に流れ下っていく小川から離れて、左、東に階段を登る。厩舎横の上り坂になり、野球場とおぼしきグラウンドに出る。その手前を、馬術部の馬場を右に見下ろしながら進む。

馬場。
アメリカンフットボール場。
上ヶ原八幡宮。

さらに進むと、右手はアメリカンフットボールのグラウンドになった。こちらに来てから数十年経つが、このあたりにはこれまで来たことがなかった。一般道に出てちょっと左に入ると上ヶ原八幡宮の小さな社がある。そこから上ヶ原三番町の狭いバス道を通り、帰路につく。

長峰山、あるいは槍と穂高を歩く(ただし六甲で)

怏々としてあるいは鬱々として心楽しまぬ日々。そんなときは、時間さえ許せば、やっぱり山を歩くのがいい。11月末に芦屋川から六甲越えで有馬まで歩いているのだが、それからいつの間にか四週間も経ってしまった。早起きできたら京都北山へ、できなかったら六甲にしようと決めて寝て、六甲になった(ダメな奴)。

新神戸から歩き始めて目指すのは長峰山。基本、『関西日帰りの山ベスト100』のコース取りに従い、途中、以前から気になっていた新穂高やシェール槍も踏んでしまおうと考えた。そう、六甲には槍も穂高もあるのだ。いずれも山塊の中央部、穂高湖に近い小ピークだが、いままで機会がなかった。『ベスト100』のガイドには、これらへの寄り道は含まれていない。

最寄り駅前の、ちょうど開店時間のスーパーに飛び込み、豆腐の小パックを買って、電車を乗り継ぎ、新神戸へ。

新幹線高架下の巨大な案内。
砂子橋。
砂子橋の真下、断層を水が流れている。
布引雌滝。
布引雄滝。
雄滝前で振り返るとロープウェイが見える。

歩き始めたのは9:45ごろ。布引の滝は相変わらず立派だ。

展望広場からの眺め。
隠れ滝。布引貯水池からのオーバーフローだ。
五本松堰堤(布引ダム)
布引貯水池、秋の名残。1
布引貯水池、秋の名残り。2

市ケ原では、チェックインしてヤマスタのスタンプを獲得するのを忘れた。

市ケ原の猫。

地蔵谷に向かって小尾根を乗り越える登りで、右上に布引ハーブ園の建物が見えていることに初めて気づいた。トゥエンティクロスのコースの悪口は、以前に書いているので繰り返さない(例えばこちら)。

最初の飛び石渡り。

最初の飛び石渡りの後すぐに、十数年前に作られた堰堤越えの急登りになる。登りきったところは広場になっていて、ベンチやテーブルがあり、アジサイやスイセンが植え込まれ、「あじさい広場」と名付けられている。山の中のこういうところにこういうものをちょぼちょぼと植えたがるセンスも、善意そのものなのだろうが、なんとかならないものか。ともあれ、ここのベンチに座っておにぎりを一個。

堰堤でできた池の上に架けられた橋。
2つ目の飛び石渡り。
二十渉堰堤の巻道。

森林植物園の東口を過ぎ、「八洲嶺堰堤」とかいうたいそうな名前のついた3年前に作られてしまった2個目の巨大砂防ダムを越えると、道は落ち着く。

八洲嶺堰堤。
徳川道。
桜谷出合。右は桜谷道。左にたどる。

桜谷出合でおにぎりもう一つ食べてから渡渉し、先日辿った摩耶山に突き上げる桜谷道と分かれ、左に「徳川道」をたどる。わずかの区間、石畳で、このあたりには氷が付いていた。

石畳に氷が付いている。
新穂高取り付き。

シェール道を左に分けてすぐ、左へ、新穂高への登りに入る。小さな手作り道標と、多数のピンクのテープがある。地図から予想される通り急な登り。途中、鉄塔の先で一度道を失った。登山地図に「三枚岩」と記されている巨岩の露出した尾根にまっすぐ向かうべきだったのだろう。やや右下寄りに進んでしまったら赤テープが消えた。道のない疎林の急斜面を、稜線に向かうことにする。稜線に出ると、果たして道はあった。

新穂高の登り道。

この新穂高、シェール道と徳川道に挟まれた東西500mほどの小さな山塊だが、急だし、意外と多数の小ピークを備え、アップダウンがある。ちょっとした縦走だ。穂高を僭称するのも、ちょっと許してやろうかという気になる。展望も意外とよく、609mのピークのあたりからは、西に、明石海峡大橋と淡路島が望まれた。新穂高の名で呼ばれる648mの山頂は狭く、木の間越しの眺めしかない。笹の中を下り、徳川道に戻る。

新穂高山頂。
笹の中の道。
徳川道に戻る。
大きな霜柱。

150mほど進むと十字路。まっすぐ進んでも穂高湖だが、左に、シェール道に通じるルートを取る。小さな沢を渡り、幅広い林道状のシェール道に出る。すぐ左に、派手な色の「もどれ!!」という標識があったので、何事かと思って近づいて見ると、「自然の家オリエンテーリングコース/一般ハイカーの方は関係ありません」と見づらい色で四囲に書かれていた。

シェール道。
もどれ!!
穂高堰堤手前の東屋。
穂高堰堤。白く見えるのは全て氷。

右に進むとすぐに穂高堰堤があり、その手前に東屋やベンチが設置されている。堰堤から滴る水は氷結していた。今日紅葉谷へ行ったら氷瀑が見られたのかもしれない。この穂高堰堤が、一見自然にも見える静かな穂高湖を形造っている。左から、堰堤を越えて穂高湖に出る巻道をたどる。

シェール槍取り付き。

堰堤の真横左側に、シェール槍への道標がある。この取り付きはわかりにくいかと思っていたが、頭部を赤青に塗った白い標柱で、見落とす気遣いはない。堰堤脇からピークまでの標高差は40mほど。ちょっとした岩登りで楽しく登れ、展望もいいので、近くを通る時には、このピークには立ち寄ることをお薦めしたい。やはり明石方面の展望がひらけており、眼下には穂高湖、すぐ北には六甲山牧場の建物が覗いている。

シェール槍は岩山だ。
ここを登ると山頂。
山頂から西の眺め。

シェール槍から穂高湖を見下ろす。
六甲山牧場の建物が見えている。
ソヨゴ。

シェール槍から戻って、穂高湖を回り込む道に入る。いっとき空を覆っていた雲は吹き飛んで、湖面に反射する光が眩しく美しい。

穂高湖。
穂高湖。
波立って飛んだ水が、湖面すぐ上の草などに凍りついている。氷の花。

しかし堰堤の水が凍っていたぐらいだから、日陰でじっとしているところに風が吹くとかなり寒い。穂高湖は凹地状になっているし、南西の隅には立派なベンチとテーブルがあることは前回来て知っていた。そこなら風は当たらないかなと思ってそこで遅い山メシにしたのだが、当ては外れた。作ったのは「牛の大和煮すき焼き風」、『山登りABC 山のおつまみ』のレシピだ。牛の大和煮缶の中身を鍋に入れ、ねぎ、豆腐、水、醤油、砂糖を足してちょっと煮込み、最後に生卵を落とすだけ。これは悪くなかったのだが、作っている間にすっかり手がかじかんで、指の感覚がなくなるほどだった。バーナーの火にかざしたり、テルモスの湯を入れたカップを包むように持って、手指を温める。

牛大和煮缶すき焼き風。

少し戻って杣谷峠への道へ。自動車道を横断したところが広場になっていて、すぐ先で杣谷峠から杣谷を下る道と、長峰山に向かう道が分岐する。東屋とトイレがあるが、後者は冬季は氷結のため閉鎖されている。代わりに脇に、工事現場などで使われる簡易トイレが設置されている。

杣谷峠。

ここから長峰山への道に入る。ここからはすっかり「下山路」という気分になっていたのだが、そこにはちょっと誤解があった。六甲山稜部を縦貫する自動車道から南側、その枝尾根の上にあるのが長峰山で、基本、下り道だと思い込んでいたのだ。ところがこの尾根、長峰山に向かって大きく登っていくので、実は長峰山が本日の最高点なのである。新穂高は648m、長峰山は687mなのだ。長峰山までの尾根道にアップダウンが多いことはガイドブックにも記されていたし、覚悟していた。しかし基本登りだとは思っていなかった。

長峰山への道。
長峰山(天狗塚)直下の巨岩と丸太階段の登り。
長峰山付近から西の眺め。
長峰山山頂。

その道を歩いて長峰山に着く頃には、手指もすっかり解凍されていた。ヤマスタの長峰山スタンプ獲得。もともと長めのコースで、出発が遅かった上に、新穂高やシェール槍に寄り道したから、かなり遅くなっていた。長峰山にもあまり留まらず、とっとと下りにかかる。この先はもう下る一方かなと思ったら、等高線には現れない程度の小さな登りがまだ2回ほどあった。

夕映えの木々。

この長峰山コース、ずっと昔に一度歩いているはずなのだ。おそらく関西に移ってすぐ、阪神大震災よりも前。山から下って、六甲学院や松蔭女子学院の前を通った記憶はあるから、このルート以外にはありえない。でもこの山道自体は、全く記憶に残っていなかった。当時はごく散発的にしか山歩きしていなかったし、六甲の地理もまるで頭に入っていなかった。こんなブログも書いていなかったし、周辺の地図との繋がりも、前後の山歩きとの繋がりも欠いた記憶は、とうに飛んでしまっていた。

日没との競走になる。負けた。六甲で下山完了前に日没になったのは初めてかもしれない。薄暮の中を下る。ヘッドランプはもちろん持っていたが、なんとか使わずに済んだ。送電線鉄塔を過ぎ、一本下の送電線の手前を右に、水平道に入る。それから谷道の下りになり、また右に水平道になる。運動用のグラウンドのような平地を過ぎて、ひたすら水平に辿る。その道が終わるあたりは新たに造成されていて、どうやら新しい老人ホームが建つらしい。山道終わり。この先は急坂だから、この老人ホームから一旦逃亡した老人は、自力では決して還り着くことはできないだろう。その舗装道路の下りになる。すでに神戸の夜景が輝いている。神戸又新日報社が昭和7年に選定したという「神戸八景」のうち、最後に残っていたはずの「伯母野山住宅」碑は、薄暗くて確かではないが、開発の中で撤去されてしまったように見えた。確かにここからの夜景もなかなかのものである。

伯母野山上部からの夜景。

しかしこの六甲学院前を通って阪急六甲に至る道が、とんでもなく急で長い道であることを、長峰山から下り始めたときには失念していた。2度目の水平道にかかるところから左に、六甲ケーブル下に出る選択肢もあったのだ。そっちへ行って、バスで下った方が賢明だった気もするが、もう遅い。足指を痛めないように気をつけながら、下りに下って、阪急六甲駅にたどり着く。17:40。結局、芦屋川から有馬への六甲越えよりも距離的には長い16キロ近くを歩いたのだった。

大池地獄谷、ダイヤモンドポイント、シュラインロード、古寺山

11月初旬。「山と渓谷社がやっているヤマスタの〈六甲山上周遊コース〉の実はみんな車で直近まで行けてしまうチェックポイントにわざわざ厄介なマイナーコースからアプローチする」シリーズ第三弾、最終回。大池地獄谷から、最後に残っていたチェックイン地点であるダイヤモンドポイントを目指す。

北神急行で谷上へ。神鉄に乗り換えて、2駅目の大池下車。南へ、住宅地の坂を登り始めてすぐのところにCOOP-miniの店舗ができていたので、飛び込み、大葉を購入。

手製の道標に従って右に下り、

住宅地の手製道標。

広めの道路に出て左に、またゆるゆると登る。右に石楠花谷へのルートを見送った少し先、

右に石楠花谷への道を分ける。

右に分かれる道路を下るとすぐ、

右に分かれる道を下る。

右に藪の中を下りていく階段がある。石垣と金網の間の狭い通路を抜けていくと、

狭い通路を抜ける。

細い枝沢をまたぎ、地獄谷本流を渡って、

地獄谷本流を渡る。

左岸の道になる。一段登ったところにハイカー向けの大きな案内看板がある。

このあたりは六甲の主要登山道と同じ、よく整備された道だ。今年の紅黄葉は地味めのようだが、それでもところどころ黄色が美しい。

快適な道。

道は改めて次第に沢に近づいて、いくつか立派な滝も見える。

立派な滝。

この大池地獄谷、以前にも二回来ているはずなのだが、なぜか記憶が曖昧だ。その時はひたすら沢筋を歩いたのだったかもしれない。

いつの間にか沢筋に入る。

いつの間にか沢筋に入り、小滝を左から巻いて、第四堰堤の巻道に入る。

小滝と第四堰堤。

話に聞く通り、堰堤の上流側に設置された階段は、堰堤によってできた池の中に降りて行ってしまっている。泳ぎたい人以外には何の用もなさない。

第四堰堤から下る階段。

巻道の堰堤の少し手前、左に登る踏み跡があり、それに入る。ガイドブックによればこのコースの「最大の難所」だそうで、急登りの後、ロープも設置された急下りになる。

堰堤直前の、さらなる巻道の入り口。

沢筋に戻り、渡渉やちょっとした滝登りを繰り返す。

沢筋に戻る。
こんな休憩適地の岩盤もある。
小滝が続く。
地獄大滝?
地獄大滝の落ち口に下りる。

左側にロープが設置されている。

両岸が泥の嫌な渡渉箇所を過ぎて、

泥の嫌な渡渉箇所。

小尾根に取り付くと、大きな松の木の生えた小ピークに出る。

松の木の小ピーク。

その小尾根をそのまま急登していく踏み跡もあるが、左に一旦降る。

尾根を急登するショートカットルート(直進)と、本来のルート(左)

もう一度渡渉があり、また泥っぽい湿地帯を過ぎて、ノースロードに出る。

もう一度渡渉。
ノースロードに出た。

ノースロードを右に、地獄谷源頭部の小沢を橋で横断して歩く。このあたりも結構いい感じだ。

気持ちの良いノースロード。

やがて駐車場が現れ、味気ない舗装道路をダイヤモンドポイントに向かう。

ダイヤモンドポイント。
ヤマスタのスタンプ獲得。

ダイヤモンドポイントの直前で舗装は途切れるのだが、そしてダイヤモンドポイントの北側の眺望も悪くはないのだが、いまひとつ達成感に欠ける。山めしに和風シーチキン茶漬けを作って食べてから腰を上げ、

材料。
本日の山メシ。

元の道を戻る。そのままノースロードをたどり、シュラインロードに出る。

シュラインロードの行者堂。

シュラインロードを下りきって、車道に出る。左に100m、九体仏を見に行って戻り、鳥居をくぐってもう一つ下の林道に出る。

九体仏。
鳥居をくぐって下る。

このまま有馬口や唐櫃台に出ることも可能だが、少し歩いたところで、古寺山への登りに入る。

すぐ先に古寺山の取り付きがある。

この辺りには、地元の篤志家の手になるらしい、柔らかいプラスチック板をエッチングしたような、不思議な道標が多数設置されている。

取り付きの道標。
古寺山山頂。

山頂から少し外れたところに展望のいい場所があったようだが、そこに立ち寄る気力は今回はなかった。

古い丸太階段の木に生えたキノコ。

下山路もいくつもあるが、神鉄六甲に出る道を選んだ。

ここは道標が木の幹に彫り込まれている。
途中の展望。
最後に自動車道の下のトンネルをくぐる。
唐櫃の里の風景。

全体として、悪くないコースになったように思う。

〈六甲山上周遊コース〉クリアの認定証とピンバッジ。かなり経ってから送られてきた。

伯母峰峠から和佐又山、スズメバチ付き

生まれて初めてハチに刺された。それも7、8箇所。しかしまずはいつも通りコースの報告から。

一週間ほど前、『京阪神峠の山旅』という古いガイドブックを目にしたのが始まりだった。その中の一章が「伯母峰峠から和佐又山へ」。以前に大台ヶ原に行ったときに、途中に伯母峯というバス停があることには気づいていた。バスが通り抜ける旧伯母峯トンネル(大台口トンネル)のすぐ上の稜線を越える伯母峰峠というのがあったらしい。この稜線は大台ヶ原の山地(台高山地)と大峰山系をつなぐものであり、かつ南北に吉野と熊野を隔て、吉野川〜紀ノ川と北山川〜熊野川の分水嶺となっている。現在はどちらも奈良県ではあるが、川上村と上北山村の村境。かつてはここが両者のかなり困難な、しかし不可欠な交易の道であり、たとえば吉野の柿の葉寿司は、ここを通って熊野から運ばれた鯖を使って作られたものだという。

だいたい、ガイドブックのコース建ては、何らかの山頂を目指す形になっていることが多い。第何次かの「百名山」ブーム以後、その傾向は強まっているようにも見える。だが少し古いガイドには、峠越えや、渓谷歩き(沢登りではなく)を中心に据えたコース取りも多かったようだ。もっとも、峠をめぐるコースと言っても、稜線伝いに峠を通るだけで、峠越えにはなっていない場合も多い。「伯母峰峠から和佐又山」コースも、まあ、そうである。

二十年も前のガイドだから、現在の道の状態はどうなのか、ちょっと気になる。最近の他の本でこのコースが取り上げられているのは見たことがないし、あまり歩かれてはいなさそうだ。しかしヤマレコサイトなどで見ると、最近も歩いている人はいないことはないようだから、まあ大丈夫だろう。

大和上市の駅前から大台ヶ原行きの9:00のバスに乗る。

大台ケ原行きのバス。

日曜なので、このあと9:30にもう一本ある。40人乗りの小型観光バス仕様の乗客は20人ほどで、伯母峯で降りたのはぼく一人だった。次は終点大台ヶ原だから、みなさん大台ヶ原まで行かれたのだ。

伯母峯バス停。

伯母峯バス停は、和佐又口を経由してわさび谷からぐんぐん高度を上げてきたバスが稜線近くで通り抜けるトンネル「大台口隧道」の先にある。広場が作られていて、かなり大きな売店の建物があるが、シャッターが下りている。以前はここから先が有料道路になっていてゲートがあったというから、それなりに賑わっていたのだろう。手前右には掃除の行き届いたトイレ、その奥の階段の上には東屋がある。以前は眺めがよかったのだろうが、現在はまわりの木々が茂って、それほどの展望はない。トイレの手前に少し朽ちかけたテーブル・ベンチがあり、そこで身支度を整える。

シャッターの下りた売店。
東屋。

道路を少し戻る。途中、茂った草木の間に大普賢岳の鋭峰がちょっとだけ見える。

大普賢岳が垣間見える。

トンネルの前を通り過ぎて左に向かう車道を行くとすぐに、右の斜面に長い金属梯子が設置されている。特に道標もないが、これがコースの取り付きらしい。

道路を戻り、トンネル前を左へ。
取り付きの梯子。
梯子の上から南の眺め。

梯子を登り、さらにジグザグに登ると、尾根の上に出る。

ジグザグ道の途中に、最初の道標がある。

この尾根のわずか右を、かつて伯母峰峠が越えていたようだ。左に進むと、下からも見えていた電波塔二基の脇を通る。ずっと尾根通しの道。左=南側はブナの混じる自然林でたまに眺望がある。右=北側=吉野側は杉の植林地で、びっしり茂った枝にほとんど眺めはない。

尾根筋の道。
南側はたまに展望がある。
尾根道続き。左(南)と右(北)で植生が異なる。

1132mピークの一つ手前のピークからの下りには、多くの露岩が並んでいる。苔むした石灰岩だ。これに見とれてその右側を下ってしまったが、本来は左を進むべきであったようだ。下り切ると小さな凹地があり(カルスト地形か)、その縁を回り込むようにして尾根筋に復帰する。

露岩帯。
凹地。

踏み跡ははっきりしているところもあれば、分かりにくいところもある。1132mピークを越えたあたりまでは、尾根筋から大きく外れなければいいので、それほどの問題はない。ルートはほとんど杉林の側に入っており、下生えはすっきりしていて、あまり通過に困難はない。たまに露岩が出てきたり、ツルシキミの群生があったりする程度だ。

問題は、その先の小さなコブを過ぎたあたりから先。ここから、ルートは、尾根を外れ、南の山腹を絡んでいく。ここには道標がある。最初は意外とはっきりした踏み跡だった。150mほどで、「←和佐又山ヒュッテ」というしっかりした道標が下の方を指して立っている。

下を指す道標。

上に続く踏み跡はかなり薄い。このあたり、地形図では、山腹を二本の破線が並行して走っている。ここまで歩いてきたのは上の破線に該当する。下の破線は、和佐又谷の東側から続いていて、この辺りから先、両者は並行するようになる。上をそのまま進んでもよかったかも知れない。が、道標の指す下側には、確かにかなり明瞭なもう一本の道が見えている。その間をつなぐルートはよく分からなかった。斜面に厚く散り敷いたフカフカの杉の落ち葉や枝を踏みしだきながら下り、下の道に出た。

下にはっきりした道が見える。

その先しばらくははっきりした道だった。やがて植林帯が終わり、ブナなどの気持ちのいい樹林になる。途中、尾根の一つの先端を回り込むところに東屋まである。

東屋。

先述の上下二本のルートが合流していることになっている分岐を通過(道標あり)。

分岐。

ところがその先、右上の尾根から露岩がゴロゴロ張り出しているところがあり、このあたりで何度かルートを失いかけた。

露岩帯。

なんとなく岩を避けてわずかずつ下に下に動いていたのが敗因だろう。ルートは、露岩の間を縫って乗り越えるような感じで続いていたようだ。ところどころにピンクと白のテープマーキングがあり、それをかなり上方に見つけて復帰する。同じようなことをやった先行者のものらしい足跡もあった。

谷の一つを横切る所で、この露岩帯は終わった。谷にも一つ大きな岩が挟まっていて、そのすぐ下に、壊れて苔むした古い木橋がある。浅い谷だし、水流はないので、通過に問題はない。

露岩帯終わり。谷に大岩が挟まり、苔むした橋が残っている。
黒々としたクルミがたくさん転がっている。

その先はさほどの問題はなかった。細い道ではあるが、路肩に土止めの丸太が敷かれている箇所が多い。

路肩が土止めされた明瞭な道。

最後は浅い谷の真ん中を通って、和佐又キャンプ場/スキー場の一角に飛び出す。歌碑分岐。ススキの広がる平地で、所縁のある古歌の巨大な石碑がいくつか立っている。休憩に手頃な平らな大石も、いくつもある。ひと休みしてオニギリを食べる。

「歌碑分岐」。休憩適地だ。

しかしここまでの山腹道で時間を取られ、ちょっと予定が押していた。ススキの原をそのまま100mも進めば和佐又ヒュッテで、そこからは舗装道路を歩いて下山になる。和佐又山へは標高差にして150mほどを往復することになる。ここまで、道のロストなども少しあったが、まあ想定の範囲内である。ここで和佐又山登頂を放棄して、のんびり山めしでも作って下山していれば、あとの悲喜劇は起こらなかったはずなのだが…。やはり山頂を目指してしまうのだった。

歌碑分岐の上から北東の眺め。

和佐又山自体は、和佐又ヒュッテから、(大普賢岳のオマケとして?)よく登られている山だ。しっかりした登山道もある。歌碑分岐から眺めると、右上方の斜面に、森を切り拓いたような、細長い長方形の草地が続いている。中を土止めの丸太がジグザグに登っている。おそらくスキー用のスロープなのだろう。そのジグザグを登り、長方形の上の角に達すると、左のほうに踏み跡が続いている。ほぼ水平に進むと、和佐又山の北東の尾根を絡んで登る本来の登山道に出た。それを登る。絶妙にジグザグが切られていて、かなりの急傾斜なのだが、ジグザグ一辺の長さとか、斜度とかが巧妙で、疲れていても自然に登ってしまえる道だった。

和佐又山登山道。

災厄は山頂に出るほんの10mほど手前のところに待ち構えていた。左の脛にピッと刺すものを感じた。慌ててそのまま山頂まで行き、ポイズンリムーバーを取り出し、吸引する。処置が早かったから、大したことにはならずに済んだ。どうやらハチらしい。飛んでいることに、まったく気づかなかった。そしてこの処置で一件落着した気になっていた。ほかに登山者はいない。

山頂目前。この数秒後にやられた。この画面のどこかに彼らは潜んでいたはずだが、今画像を拡大しても、蜂の姿は見えない。
和佐又山山頂。
山頂から仰ぐ大普賢岳。
山頂から南東の眺め。

しかしもうあと15分もしたら下山にかからないと、和佐又口15:23のバスには間に合わない。
ところがそこに20人程の老男女のグループが賑やかに登ってきた。考えてみると、この時、ガヤガヤと山頂直下にやってきた彼らに向かって、ハチがいるようだから迂回するように、と呼びかけてやるべきだったと思う。しかしそんなアタマはまったく回らなかった。彼らは口々にイタイ、などと叫びながら、山頂に向かって元気に突進してきた。全員ではないが、やはりハチに刺されたのだ。ポイズンリムーバーを出して、何人かの傷口を吸い出してやる。さらに全員の記念写真のシャッターを押すよう請われて写真を撮る。

賑やかだなあという感想と、バスの時刻が、ということしか頭になかった。集団より一足先に下りようと、そこでお先にと挨拶して、歩き出す。喜劇はそこで起こった。ハチが数匹、ブンブン飛んでいることに気づいたときは遅かった。慌てて横飛びに離れたのだが、彼らは容赦なく襲いかかってきて、7、8箇所刺された。この大勢の人が通過し、何人も刺した後で、ハチたちが興奮し、臨戦態勢になっているであろうことは、予想して当然だった。ところがそんなアタマはまったく働かなかった。まったく間抜けである。ゆっくり観察する余裕などは無論なかったが、小型のスズメバチ、キイロスズメバチではなかったかと思う。背中なども刺されたから、ポイズンリムーバーも使っていられない。山頂に逃げ戻り、ハチのいる所を避けて、グループと一緒に西側の道のない斜面を下りて、その下で登山道に出た。

そのままかなりのスピードで下り続ける。先ほどスキー場の方から出てきた分岐を過ぎ、和佐又ヒュッテの近くに下り着く。ススキの原に出る直前、ミカエリソウや赤花のゲンノショウコなどもチラリと目に入ったが、写真を撮ったりしている余裕は、気分的にも、バス時刻の関係からも、ない。

ヒュッテの前でちょっとだけ一息。そこからは和佐又口バス停に向かって、舗装道路の下り。この区間、かなり飛ばして、登山地図に1時間とあるところ、34分で着いた。バス停横の電柱の上の方にも、スズメバチの巣があり、その周りを蜂たちがブンブン飛び回っているのだった。

十数分後、バスが来た。週末はこの1時間後にももう一台バスがある。本当は、この時間差を利用して、湯盛温泉で途中下車して、一風呂浴びようと思っていたが、それもあきらめ、そのまま大和上市駅まで行く。

途中で家人に連絡を取ると、自宅最寄り駅前の医院が日曜も19時までやっているという。電車を乗り継いで2時間、診療時間終了の20分ほど前に滑り込んで、塗り薬と、念のための抗アレルギー剤を処方され、薬局に寄って帰宅。案の定、風呂とアルコールは控えるようにとのお達し。風呂は諦め、ぬるめのシャワーで我慢する。山頂で幸か不幸か飲む余裕のなかったノンアルコールビールを開けて、夕食。

ハチは二度目が問題だというが、症状の出方には個人差があり、判断はつかないという。今回の場合、ぼくは十数分の間をおいて二度刺されているが、その程度の間隔でも、気分が悪くなるなど「二度目」の症状が出る人もいるという。今回の一度目は素早く処置したからカウントされないのかもしれず、二回まとめて初回とカウントされるのかもしれない。あるいは2回分だったのだが、症状がごく軽くて済んでいるのかもしれない。それはこれから様子を見ないとということだろう。

身を挺した人体実験(バカである)でわかったこと推測されたこと(個人差はあるかもしれない):

  • 刺された瞬間は激痛が走る。その後、いったん沈静化するかに思われる。あとで、刺された周囲にかなり大きく発赤して熱を持ち、蚊に刺された場合と同じような痒みが生じる。しばらくは、間歇的に、チクチクした痛みも感じる。刺される前には分からなかったが、蚊と同じ痒みが出るというのは発見であった。赤み、かゆみが去るには二、三日かかる。
  • 古いマンガ表現などで、刺された部分が半円形に膨らんでボコボコの状態になるような絵が多く見られたように思うが、実際にはそれはない。大きく赤くなるだけである。(体質や、蜂の種類にもよるのかもしれない。)
  • 肌に貼る冷却シートは、かゆみなどを抑える上で、一定の効果があるように感じた。製品の箱には、ユーカリ、ラベンダー、ミントの絵が描いてある。ラベンダーオイルが火傷に効くことは経験から知っている。虫刺されにもある程度有効なのかもしれない。ただし製品の説明では、そういうものが入っていると言っているそばから、脇に「(香料)」と書いていて、つまりこれらを公式には薬効成分として扱ってはいないと匂わせている(香料だけに)。
  • 感心するのは、話に聞く通り、彼らが刺したのは服が黒っぽい色になっている部分と、髪の黒い頭だけだったことだ。服が明るい色になっていた腹部や、ニッカーの部分は襲わず、頭、腕、背中、靴下が暗色だった脛だけがやられた。無帽だったので、頭も狙われたが、これはすぐに頭蓋骨なので、あまり深く刺せなかったようだ。正確には黒いものではなく黒っぽいもの、色の濃いものを狙うようだ。だからおそらく、青でも赤でも安心ということはないだろう。もっと言えば、肝心なのはコントラストなのだと思う。何か敵と目されるものが動いていて、明るい部分と黒っぽい部分があれば、黒っぽい部分を狙ってくる。昔からの山岳修験者の衣装が白を基本にしているのは、清浄のイメージの他に、こういう(蜂を避けるというような)実用的な理由もあるのかもしれない。
この時着ていたウールシャツ。マークは刺された箇所。

子どもの頃からン十年、濃淡はあれ山歩きをしてきて、彼らとの遭遇を危うく回避した経験は何度もある。それがついにやられた。ヤキが回った、と言うべきか。

全体が白っぽい服を買わないとな。あとやっぱり3000m級か冬か春だな。それならスズメバチもヒルもいない。

黒岩谷〜六甲最高峰〜十八丁尾根

「山と渓谷社がやっているヤマスタの〈六甲山上周遊コース〉の実はみんな車で直近まで行けてしまうチェックポイントにわざわざ厄介なマイナーコースからアプローチする」シリーズ第二弾。六甲最高峰。(第一弾天狗岩はこちら。特にマイナーコースではなかったが最初に5つのチェックポイントを回った第0弾はこちら。)

阪急芦屋川駅からバスで東おたふく山登山口まで登ってしまい、そこから歩き出す。8:50頃。すぐに左に分かれて蛇谷を渡る東おたふく山登山道を見送り、舗装された道を登り続ける。やがて土樋割峠。9:20。左がもう一つの東おたふく山への道、右は蛇谷北山を経て石宝殿に至る道だ。

土樋割峠の道標。

そのまま林道を歩いて下るとすぐに黒岩谷。

土樋割峠から下ったところ。左は七曲り・雨ヶ峠、正面に黒岩谷が流れており、それを渡ると黒岩谷西尾根ルート。右が黒岩谷ルート。

黒岩谷を登る

黒岩谷東側の蛇谷北山の尾根を通って登ったことも、反対側の黒岩谷西尾根を登ったことも何度かあるが、黒岩谷そのものの谷筋をたどったことはなかった。なので、最高峰に行くついでに、このルートも潰してしまおうというわけだ。Masao さん(「山と橋を渡る」)の「黒岩谷徘徊マップ」を参考に歩く。以下、砂防ダム(堰堤)も、このマップの表記にならって、D1, D2…D8 とする。

キンミズヒキが多い。

黒岩谷出合で一休みして、左岸の道を歩き出す。最初は幅広い林道状、すぐに夏草の茂る踏み跡になる。すぐに最初の D1 が現れる。副堰堤を持つ二重のダム。その左側にザレた急斜面がある。ずっと上まで続いていて、これを登るのかと思ったが、一段登ったあたりで、D1 の横壁の上を右に進めばいいことに気づく。そのまま登り続けると、黒岩谷西尾根のコースに出るようだ。

「黒岩谷堰堤」(D1)
D1 左のザレ。少しだけ登って右に向かう。

D1を越えて右に移り、沢に並行する水の流れるもう一本の浅い沢のようなところを進む。

黒岩?
黒岩谷。

D2 は「崩れた石垣のある古いダム」。崩れた石垣というのは、左の横壁のことらしい。石垣の内側の土砂が流失してしまっている。そのすぐ下を登る。越えると水流は一旦消える。

D2 の「崩れた石垣」。

D3 は右手前の踏み跡を急登。上部にロープがあり、その終点から左にトラバースする。枯れた笹薮の急斜面。D3上部を越えたところで下る。このD3、巻道を取らずとも、ダム自体に取り付けられたコの字型ステップ(通称ホチキス)を使って越えることもできたようだ。

D3 の巻道。ロープがある。

すぐ先に D4 が現れる。D3 と D4 の間は、フサフジウツギの咲き乱れる明るく荒れた河原。両岸に岩壁が迫っている。間の左側の岩場の上部にはスズメバチの(放棄されたらしい)巣が見えた。ハチはいない。

奥にD4の見える河原。
スズメバチの巣。
ゴマダラカミキリ。

さて D4 をどう越えるか。この黒岩谷コースでは、この箇所でだけ、ルートを見つけるのに少し難儀した。Masao さんは「左岸斜面を登る」とあっさり書いているのだが、どこから取り付けばいいのか、最初わからなかった。夏草が茂っているためだ。堰堤の左側(右岸)は段差の大きい(50~80cmだろうか)コンクリートのステップ状になっている。ザレた斜面からこれに取り付いて無理やりよじ登ることは、不可能ではないにしても相当に困難に見えた。

D4左。これを登るのはキツい。

草がかぶっていて最初はルートがあるように見えなかった堰堤右側、よくよく見ると登れそうだ。堰堤ぎわを草と灌木を分けて登ると、最後の部分には堰堤の壁に「ホチキス」が設置されていて、意外と簡単に越えることができた。取り付きはもう少し手前からもっと緩やかな道があったのかもしれない。冬枯れの時期なら、もっと簡単にルートが認識できただろう。低山の未知のバリエーションルートに、こういう季節に来るものではないということかもしれない。

D4 右。こちらが正解。
アサギマダラ。

D5 について、Masaoさんは「古いダム左岸を高巻く」と書いている。この踏み跡は明瞭。越えると右から入るおこもり谷の流れに出る。草地の中を左に歩いて黒岩谷本流に戻る。このあたりから、谷が狭まって、木々が茂っているせいもあって、少し暗い感じになる。

D5。
D5 の巻道。ここを越すと、
おこもり谷に降りる。左に歩いて黒岩谷本流に復帰。

D6 は10m手前左に明瞭な踏み跡がある。このあたりでブーンという音を聞く。スズメバチかと思ったが、山上を走るバイクの音らしかった。

涸れた沢の芯を行く。D7 は直前左尾根状の地形の笹の中に明瞭な踏み跡がある。

D7 直前の小尾根状、笹の中に明瞭な巻道がある。
D7 を上から振り返る。
沢が狭まってくる。

D8 は古い低い堰堤と新しい巨大な堰堤の連続。手前の古い方には木製の梯子が設置されていて、簡単に越える。少し進むと、奥の巨大堰堤の手前左側に、工事用の金属製の階段が残されており、これを登った先、さらに急斜面をフィックスロープで登ると、堰堤を越えることができる。

D8 手前の古い堰堤。梯子がある。
工事用の階段。
ユーモラスと言えなくもない D8 の表情。
急斜面のフィックスロープ。

少し平坦に進んで、涸れた沢を渡ると沢沿い右側の笹薮の登りになる。

D8 の上の道。

最後右に沢筋を離れ、ザレた急登で小尾根に乗る。左に二、三分で縦走路。

縦走路に出た。

この黒岩谷ルート、顕著な滝はなく、あくまでも堰堤登りだが、先日の大月地獄谷のような巨大堰堤脇の激登りはなく、茂った草に惑わされさえしなければ、比較的短時間で最高峰にアプローチできるルートではある。

六甲最高峰

縦走路はすぐ車道に出て、カーブを過ぎると一軒茶屋。道路を渡ったところがおなじみの最高峰への登り口。トイレと東屋1がある。東屋1でアルファ化米のエビピラフにテルモスのお湯を注いで密封してから、コンクリートの坂を登る。この辺り、白花のゲンノショウコが多い。

ゲンノショウコ。

コンクリート坂が最後に右に曲がるところに東屋2があり、その背後に旧?登山道が隠れている。コンクリート坂をそのまま進んでもいいのだが、こちらから登り、最高峰山頂へ。途中、山頂石碑がある。山頂そのものは、かつては軍用に接収されていて、入れなかったらしい。人々はここまで来て満足したのだ。右手には現在巨大な電波塔が立っている。

古い山頂碑と電波塔。

さらにひと登りで本当の山頂へ。西よりの灌木が伐採されたのか、山頂は異様にスッキリして、北側の展望が爽快に開けている。ヤマスタ獲得。

異様にすっきりした山頂部。
山頂から西の眺め。
山頂から北の眺め。やはり羽束山が目立つ。

展望を楽しんでから、鉄塔の脇を通り、コンクリート坂を下って、東屋2に戻る。ここからは南面の展望が開けている。やや霞んではいたものの、大阪湾の曲線の向こうに金剛山がそびえ、その奥には大峰の山々の稜線がくっきり見えている。

東屋から南の眺め。金剛山の向こうに大峰山が見えている。

東屋2で昼食。シエラカップに少量の水とホワイトソースとコンソメとカニ缶を放り込み、少し煮込む。先ほど準備しておいたアルファ化米のエビピラフにかけて、「アルファ化米エビピラフのカニクリーム丼」完成。ちょっと水分が多くてリゾットになってしまった。『ウルトラライトスタイル UL 山歩きのビジュアル読本』所収の「げんさん」レシピ。カニ缶丸ごと一個を放り込んだゴージャスレシピなのだが、あまりフォトジェニックではない。あとでfacebookでご意見頂いたのだが、グリーンピースやチャイブを散らすと良かったかもしれない。

アルファ化米エビピラフのカニクリーム丼と言うかリゾット。

十八丁尾根を下る

40分ほども休憩してから、さて北へ下山。魚屋道が一番無難だが、ちょっと目先を変えたい。瑞宝寺谷西尾根も白水尾根も歩いたことがある。白石谷は面白いが、紅葉谷林道が2年以上前から通行止めのせいで、最後に炭屋道を登り返さなければならないのが鬱陶しい。ということで、「登山詳細図」も載せているマイナールート、個人的に未踏の十八丁尾根を下ることにする。

一軒茶屋に戻り、自販機でお茶を一本補給し、車道を戻り、先ほど出て来た縦走路の向かい側、阪神大震災で使われなくなった旧車道に入る。今はトンネルが通っている後鉢巻山の北側を回り込む道だ。特にこの西側部分は、植物が生い茂って、元ここが舗装された車道だったとは思えない状態になっており、自然のパワーを感じる。

後鉢巻山北側の旧車道、西部分。
東部分。

東側半分は、まだまだアスファルトの路面も広く露出している。その途中、カーブミラーが虚しく残り、白いガードレールに六つの丸がマーキングされているところを越えて下るのが十八丁尾根のルートだ。いきなり笹薮の中の急下りから始まる。

このガードレールをまたいで十八丁尾根ルートに入る。

「登山詳細図」には一つ大きな問題があることがわかった。てっきりGPSを取りつつ作製されたものと思っていたが、どうやらカンや思い込みでコースラインが引かれているところがかなりあるようなのだ。「登山詳細図」には、ユーザーもGPSが取れ、自分の現在地が直ちに確認できるようなアプリ版も提供されている。このアプリは前に書いたように、Field Access 2 のOEM版だ。後発だし、大縮尺の「詳細」図だから当然、地図のコースラインも、Field Access などを使いつつ踏査されたものだと思い込んでいた。

最初にあれ?と思ったのは、先日摩耶山の桜谷道を登ったときだ。その下部のコースラインは実際の道からかなりズレている。しかし道標も完備ししっかり整備されている道だから大過なかった。問題は「熟達者向き」として掲載されているバリエーションルートだ。

今日の十八丁尾根ルートの第一の問題は、「登山詳細図」に「小ピーク」と書かれた分岐だ。地図には、直線的なルートには「不明瞭」と書かれ、分岐して曲線を描いているルートと少し先で再び合流することになっている。実際の分岐はピークの少し手前にある。地図はピークそのもので分岐しているように描いている。実際の分岐を、無関係な脇道なのだろうと思い、そのままピークに進む。ピークには分岐はない。そのまま一本道を進む。一応踏み跡は続いている。激下りで小さな谷地形に下る。水はなく、道のように見える。ところがその先はとんでもなく急傾斜になって、道は消える。しかしこの進退窮まる地点は、地図上で「不明瞭」ではないほうのルートと再び合流することになっている場所である。だがどう見てもそんな気配はない。ここでかなりの時間ウロウロしてしまった。

進退極まったあたりの右側はこんな断崖。

幸い携帯電波が入っていたので、「六甲山系アラカルート」の記述を確かめる。その地図に記されたルートは、あの小ピークあたりから分かれる一本北側の尾根上を忠実に辿っている! 谷の斜面を藪漕ぎして、その尾根を目指す。なんとか出ることができて、思った通り、尾根上には明瞭な踏み跡が続いていた。

尾根上の本来のルートに出た。
薮漕ぎの途中で見かけたキガンピ。

おそらく、小ピーク手前の分岐を右に進んでいれば、ここにまっすぐ通じていたのだろう。これでおよそ1時間のロス。

「登山詳細図」。紫が地図記載のライン。緑はGPS記録。赤いラインは本来辿るべきだったと推測されるルートを書き込んだもの。

とにかくこのあたりの「登山詳細図」の描くルートの線は、GPSを使ったチェックをしているとは思えないし、等高線を読んですらいないのではないかと思われる。良いところもたくさんある地図だが、そういうものだと思って使わないと、却って道迷いの危険が増大するだろう。六甲でマイナーなルートを歩くときは、現状、より正確性が期待できる「六甲山系アラカルート」サイトのような情報源と十分に突き合わせた上で利用すべきだ。

つまり、今現在は、「経験とカン」によって引かれてきた登山地図のルートの線(データ)が、直ちにGPSの取れるアプリに載せられているという状態があるのだ。そういうアプリを最初から使って地図を見始めた人は、当然そのラインは正確なものと思うだろう。自分自身はいるべきところにいるにもかかわらず、地図のラインに乗ろうとして間違った方向に移動するかもしれない。

ちなみに「山と高原地図」ならどうか。もともといわゆるバリエーションルートはあまり載せておらず、この十八丁尾根ルートも描いていない。積雪期でもない限り、道標の完備したメジャールートでは問題は起こりにくいだろう。一般論として、「山と高原地図」は古く紙版のみの時代から使ってきており、コースラインの精度が多少低いところがあるのは仕方ないかなという気がしているし、年々改善が加えられてきてもいる。しかし最近になって山歩きを始めた人、GPSの取れるアプリ版から使い始めた人は、ぼくが最初「登山詳細図」対して抱いていたような感覚で「山と高原地図」にも接するかもしれない。いずれにしても、今は、スマホによって急速に一般化したGPS利用と、古いやり方で作られてきた登山地図との間に齟齬が生じている過渡期のように思われる。やがて改善されていくだろうが、われわれは現在はそういう事情を踏まえて登山地図を読んでいくべきだということになるだろう。

そのあとは迷うようなところはほとんどなかった。たまにルートが尾根筋を少し離れ、いったん右に下って山腹をトラバースし、また尾根上に復帰するというような箇所が二、三あり、そういう所ではテープなどのマーキングに注意する必要がある。急下りが一段落して緩やかになった先は、前方の小ピークに登り返す。

一旦緩やかになったあたり。

一度芦有道路の脇に出る箇所がある。14:10。ここからも京都方面の山々がよく見えている。10分休憩。

「芦有ドライブウェイ」の脇に出た。

再び山道に取り付く。その先が意外と時間がかかった。「登山詳細図」が「工事中立入禁止看板」と記している箇所にそのようなものはない。工事がとうに終わったからだろう。そのすぐ先、右下、芦有道路のトンネル入り口の上方に、真新しい砂防ダムが見下ろせた。おそらくこの工事だったのだろう。(この先、有馬街道に出る直前に記されている「赤青タンク」というのも、どうやら存在しない。古い小咄、盗賊の間抜けな子分が、押し入るべき家に目星をつけて来いと命ぜられ、屋根の上にカラスが止まっている家だ、戸口に唾で印も付けてきた、という小咄を思い出す。)

芦有道路と、真新しいコンクリート壁を見下ろす。
「六甲山系アラカルート」で「尖り岩」と名付けられている岩の下を通る。

標高およそ630mの分岐、「登山詳細図」は右のルートは150m先で「行き止まり」だと断言している。しかし「六甲山系アラカルート」さんが「十八丁尾根」ルートとして紹介なさっているのはこちらの道で、もう「登山詳細図」よりも「アラカルート」の方を信用する気になっていたから、そっちに進む(「登山詳細図」が掲載している左の道も、「アラカルート」さんは「松尾橋~十八丁尾根」ルートとして別に紹介なさっている。ただし途中540mピークから先のルートは異なっており、アラカルートに紹介されているほうの道を詳細図はやはり行き止まりだと言っている)。右の道を進んでみると、実際、踏み跡、テープマーキングはどこまでも続いていて、行き止まりなどではない。

しかし尾根から下り切る直前、右側の谷には大規模な崩落の跡があった。これはアラカルートにも記載がないので、ごく最近のものだと思われる。

崩壊地。

その崩壊地の縁に沿った林の中を多数の赤テープに導かれて下る。下りきったあたりの前方には、なぎ倒された木々が折り重なっている。その手前を左に向かう踏み跡が続く。15:25ごろ。途中の分岐で少し長めに休んでいたせいでもあるが、芦有道路出合からここまで、予想より30分も余計にかかってしまった。

下ったところを「アラカルート」さんは「林道」と記している。おそらく「かつて林道であったもの」と呼んだ方が正確だろう。一度切り開かれた林道ないし作業道が、長い間手入れもされず使われもせず、自然に還りつつある状態のように思われた。幅広い林道の面影はあるものの、倒木は多く、道の真ん中にも不規則に植物が生え、左の山腹からの湧き水で水浸しになっている箇所もある。

一応「林道」っぽいが、
こんなところも、
こんなところもある。

右下にダム湖がちらちらと見えるあたり、そのダムを越えるために、土手状のところを一段登る必要のある場所がある。ここもテープに助けられて進む。「登山詳細図」が540mピークからの下り道として掲載しているルートはこのあたりで合流しているはずだが、よくわからなかった。

ここで一段登る。

やがて一段下の、もう少ししっかりした林道に合流する。道路沿い右側にはフェンスがある。舗装もされている。その道の真ん中を、黒いホースが延々と続いている。

右にフェンスのある舗装林道に出る。
しかしその先も、両側のザレた崖からの土砂で埋まりかけているところもあった。

有馬街道に出るはずのところ、蛇腹の白い扉が閉まり、左には灰色の三角の塔が立っていて、何か工事をしている。ここまで続いていた黒ホースは、ここに水を供給しているようだった。扉の脇から抜けられないかと思ったが、草が茂って通れそうにない。蛇腹扉に手を掛けてみると、簡単に開いた。左の奥で何か作業をしている人の姿が見えた。一言声をかけるべきかとも思ったが、そのまま黙って通り抜け、再び扉を閉じておいた。15:50。外にあった表示板を見ると、ボーリング作業をしているらしい。有馬温泉は近い。この有馬街道と有馬高槻構造線は一致している。どこかの企業が新たな泉源を得ようとしているのだろう。

ボーリング工事中。この蛇腹扉を開けて出てきた。

有馬街道の道の向かいは神戸市立有馬霊園の入り口。時々車の通る街道を、有馬方向に少し歩くと松尾橋バス停。しかしタイミングが悪く、バスは有馬温泉方面にも宝塚方面にも1時間ほどない。有馬までそのまま歩くことにした。

有馬街道脇のクズの花。
ガガイモ。初めて見た。

「芦有ゲート前」の交差点を右折し、すぐ先を左折して、古泉閣の「私道」の坂を下る。古泉閣の前を通り、小さなトンネルを抜け、さらに急坂を下ると有馬温泉の中心部に出る。

古泉閣のトンネル。

有馬街道に出てから30分で金の湯着、16:20。汗を流して、バスで宝塚に出て帰宅。

湯上りにはこれ。

大月地獄谷〜天狗岩東尾根〜天狗岩(六甲)

大月地獄谷から天狗岩に行こうと思い立った。二年前により初心者を意識して改訂された「山と高原地図」も、大月地獄谷の途中から天狗岩東尾根を登るコースは破線で残している。最近出た「登山詳細図」も、「熟達者向き」とはしながらも、同じコースを掲載している。いずれも、大月地獄谷の上流部・核心部はコースとして載せていない。だとすれば、両者が載せているこのコース、そこまでハードではあるまいとタカをくくって行ってみることにした。

「登山詳細図」(左)と「山と高原地図」

ちょっと気になったのは、ネットに上げられている他の人たちの記録に、このコースが見当たらないことだ。みなさん大月地獄谷の核心部を歩き、最後まで沢筋を詰めて、みよし観音に出ていらっしゃる。大月地獄谷から天狗岩東尾根に取り付いている記録は見当たらない。これは何を意味するのか。

阪急岡本で降りて、神戸市営バスのJR本山駅前バス停まで歩く。山手幹線南側のバス停から渦森台行き神戸市営バスで渦森橋下車。

渦森橋バス停。

降りたところは西谷公園という小公園になっている。身支度を整えるのによい。渦森橋方向に少し戻ったところに飲料の自販機がある。バス道を少し戻って渦森橋を渡り、左の坂道へ。アスファルト道だが、すでに沢沿いで、住宅などはない。

車道を登る。
ボタンヅル。

500m先、最初のヘアピンカーブで車道を離れ、まっすぐそのまま沢沿いの山道に入る。

奥のヘアピンカーブを曲がらず直進。

すぐに荒神山第二堰堤(高さ13.5m)。水管のようなものをまたいで荒神山第二堰堤を越す。

荒神山第二堰堤。
水管のようなものをまたいで登る。

そのまま山腹の狭い道を少し右へトラバース。すぐにザレの急降下。金網留めの石を下りると下に踏み跡。ぬかるんでいる。キンミズヒキとヤブランの花が多い。

ヤブランの群落。

夏草と蜘蛛の巣に悩まされながら踏み跡をたどると石積み堰堤。右からなんとか越す。「登山詳細図」は「悪場」と記している。最後水平に無理やり堰堤の上に移ったが、右からもう一段登ってからの方がよかったかもしれない。

石積み堰堤の「悪場」。岩壁から左の堰堤上に移るところが「悪い」。

すぐ先、右に、住吉霊園からのものらしい階段状水路が降りてきている。同じタイプのもう少し幅広いものは惣河谷支流で見た。その横で右岸に渡る。

階段状水路が降りてきている。

少し先、傾斜がややきつくなり、ガレて岩と倒木の詰まった小滝。その入り口右側に小さなコンクリートの壁と、謎の鉄製の台がある。

小さなコンクリートの壁と謎の鉄製台。

ここは沢の芯に近いところを進む。一段登るとまた緩やかに小広くなる。ここで左岸へ渡渉。赤い岩の小滝を真ん中から超える。

渡渉しつつ進む。すぐに沢は左に曲がる。

この先で沢は左に曲がる。

その岩角を曲がると倒木。左の窪の下から越す。ちょっとした釜のある小滝を左から越える。

釜を持つ小滝。

その先も適当に渡渉しつつ進む。夏場の低山の、人のあまり通らないルートはどこもそうだけれど、蜘蛛の巣がひどい。市街地ではあまり見かけなくなったジョロウグモがいたるところに巣を張っている。手刀で巣を払いつつ進むのだが、それでも時々まともに顔にくらう。幅が狭くなったところにかかる小さな滝の先に巨大な荒神山第三堰堤(高さ18m)が姿を現わす。

小滝の先に荒神山第三堰堤。

小滝の左に、電線らしい黒い細いケーブルが見える。そこに踏み跡があり、少し登るとトラロープの張られた急登りの巻道が付いている。堰堤の上に出て休憩。ただし湿っぽいので要敷物。

荒神山第三堰堤の巻き道。
荒神山第三堰堤上の看板。

堰堤左隅から下る。上は平流。

荒神山第三堰堤を上流側から振り返る。

すぐ右に渡渉。広い中洲の右ヘリを進む。いったん左に寄って、また流れに戻り、左岸へ。低い石積み堰堤と、その向こうにまた大きな荒神山第四堰堤(高さ19m)が見える。

荒神山第四堰堤が見える。

登山詳細図はここは左からと指示しているが、石積み堰堤を越えてすぐ、右側に登る踏み跡があった。Masaoさんの「大月地獄谷徘徊マップ」でも右から越えているので、これを登る。

手前右側の踏み跡。

ところがあと少しで堰堤の上というところ、ちょうど通り道の木の根方に径10cmぐらいの錆びた鉄管が転がっており、そのまわりをスズメバチが一匹飛んでいた。慌てて少し戻る。再びそろそろと近づいてみると、蜂は管の縁に止まっていた。小さな枯れ枝を投げつけてみると、もう一匹、管の中から出てきた。これはダメだ。巣があるらしい。彼らを刺激せずに横を通過することはできそうにない。少し戻る方向に、さらに登る踏み跡があったので、これを登ってみる。かなり登って少し下り、水平に進む踏み跡をたどると、コンクリートの擁壁を通って無事第四堰堤の上に出た。一難去ったところでまた一服。

第四堰堤の上に出るところ。
荒神山第四堰堤上の看板。

そこから上流側に下る踏み跡も、急ではあるが明瞭だった。すぐに金網で岩を押さえた低い堰堤がある。これを越えて進むと10mほどで石積み堰堤。右側、ザレた斜面から越す。

キンミズヒキ。

すぐにまた3mほどの石積み堰堤。手前左側は石垣になっている。これも右の土の斜面を登る。そして三たび、似たような堰堤。これは左の岩と土の崩れかかったような斜面から越す。右側の岩壁にはイワタバコが花をつけていた。ミンミンゼミがやかましい。すぐ先に4つ目の低い石積み堰堤。右から難なく越す。

第四堰堤の上、三つ目の石積み堰堤。左から越す。
イワタバコ。
タマゴタケ。

そしてこれも巨大な紅葉谷堰堤(登山詳細図で「紅葉台堰堤」となっているのはタイプミスだと思われる)。

紅葉谷堰堤。

薮をくぐって覗くと、直前の右岸急斜面にトラロープが張られている。

紅葉谷堰堤巻き道のトラロープ。

ロープに助けられつつ登り切る。この堰堤の上には、名称や幅、高さの表示板はなく、「危険 入らないでください」と書かれただけの札が立っている。支柱に小さく、手書きで「紅葉谷えんてい」と書かれたタグが下がっている。

たまに風が吹き寄せる。山の風は木々をざわつかせながら寄せてくるので、少し前から、あ、来るな、というのが分かる。

紅葉谷堰堤からおりて、しばらくガレた沢の中を歩く。やや倒木が多くなる。

ガレた沢。

倒木が多くなる。

そして本日最後の、紅葉谷第四堰堤(高さ16m)。ここまで滝らしい滝はなかった。大月地獄谷の核心部はこの先で、大滝、紅葉滝、さらなる堰堤群が続くらしい。が、今日はここから尾根に取り付く。堰堤の左側、杉の巨木にピンクと黄色のテープが巻かれ、そこまで登ると左に折り返すように急登する巻道にトラロープが下がっている。

右上の明るい部分が紅葉谷第四堰堤。上の杉の幹にピンクのテープが巻かれている。そこから左上に巻き道は続く。

杉の根やロープに頼りながら登る。道は堰堤上部の看板を見下ろすところからさらに登って、もう少し上まで行き、そこではじめて向こうに下るロープが下がっている。

紅葉谷第四堰堤の上部よりさらに登って堰堤の看板を見下ろす。

そこから下らず、そのまま踏み跡も判然としない急斜面を登り続ける。天狗岩東尾根の枝尾根に乗った。考えてみると、「登山詳細図」の、沢から離れる地点に記された「天狗岩東尾根 弱点取付き」という言葉はなかなか微妙絶妙で味わい深い。急斜面で切り立った天狗岩東尾根の下部、ここから取り付こうと思えば取り付けるよ、というのが「弱点」の意味するところだろう。つまり明確なルートがあるわけではない。ちなみに昭文社の登山地図は、いったん紅葉谷第四堰堤を越えてさらに谷を進んだ紅葉谷(大月地獄谷本流)と赤滝谷の合流点近くから、天狗岩東尾根に登る破線を記している。もしかしてそちらにもっと明瞭なルートがあったのだろうか。

あたりは植林地で、枝打ちされて落ちた杉の小枝がいっぱいに折り重なっている。

杉の小枝が折り重なって踏み跡も定かでない。ここを登る。

上へ上へと登っていくと、上に向かって延びるプレインなロープかあらわれた。コースを示してくれているのかもしれない、しめた、と思ったが、結局杉植林の一角を囲んでいるだけの、作業用の目印のようだった。さらに登ってメインの尾根に乗る。ここまで来れば大丈夫、もう迷うところはないはずだが、登山詳細図に「テープ多数」と書かれた地点は、少し手前の木の幹に白テープが巻かれているところが一箇所あっただけ。多数のテープなどは見当たらなかった。白く巨大なシロオニタケがあちこちに生えている。下生えが笹になって、その間を分けていく踏み跡らしい踏み跡が現れる。ここからはとにかく尾根筋を外さずに進めばよい。

下生えに笹が現れる。

尾根の上は、涼しい風が吹き越していくのがありがたい。ずっと樹林で、たまの木の間越し以外に展望もないかわり、強い日差しを受けることもない。

天狗岩東尾根は痩せたところもあるが、尾根のライン自体は概ねなだらかではある。登山詳細図が中程に記している「松大木」というのはよく分からなかった。もう少し上の地点にこれかなあという木はあったが、あたりの他の松に比べてとりたてて太いわけではない。

なだらかな中で、天狗岩直前の標高650mから690mあたりだけ等高線が詰まっているなあとは思っていた。実際にそこまで行ってみると、巨石の折り重なるちょっとした岩登り箇所だった。ロープも、使いはしなかったが、一二本下がっている。よじ登って岩の上を覗くと、労うかのようにシコクママコナの群生があり、またホツツジの花も見かけた。

シコクママコナ。
ホツツジ。
巨岩の登り。
イワカガミ(花はないが)もあった。

巨岩地帯をやっとこさ越え、ほんの少し傾斜が緩んだ後、最後は笹薮の中の急登になる。笹に覆われて不明瞭ながら、かろうじて踏み跡が続いている。

笹薮の中の踏み跡。

それを抜けて、ようやく、天狗岩に着く。

天狗岩に到着!
天狗岩から南東の眺め。

ヘロヘロであった。再三の滝登りならぬ堰堤登り(六甲名物)、蜘蛛の巣との格闘、天狗岩東尾根取付きのルートファインディング、笹薮をかき分けての詰め。久しぶりにこういうルートを歩いた気がする。明瞭な登山道を歩くだけの伊吹山も大山も、ある意味ちょろいもんである。

ヤマスタのスタンプも獲得。水分を摂り、しばし息を整えてから、本日の山めし。「お手軽ルーロー飯」。小雀陣二『山料理』のレシピ。五香粉がポイントだ。

「お手軽ルーロー飯」。
その材料。

さて下山。当初の予定では天狗岩南尾根を下るつもりだった。天狗岩には東尾根を示す道標はないが、南尾根の道標はある。よく整備された登山道であるらしい。一時間ほどで寒天橋に下れるはずだ。しかしかなりくたびれたし、時間も遅くなった。六甲ケーブルで下ることにする。われながら軟弱である。天狗岩から北に向かい、かつてのロープウェイの鉄塔の下を過ぎると、すぐに舗装道路になる。T字路を右に行けば、ロープウェイの天狗岩駅がゴンドラとともに残っているらしいが、左へ。またT字路になって、「サンライズドライブウェイ」に行き当たる(この関西の山地の道路に多い「ドライブウェイ」という誤用というか和製英語、本当になんとかしてほしい)。天狗岩でも作業機械の音がかすかに聞こえてきていて何だろうと思っていたら、旧オリエンタルホテルの解体?作業中だった。車道を歩いて途中から左へ。六甲ケーブル山上駅への道に入る。

ケーブル山上駅への道路から、かつてのロープウェイの支柱(中央)と天狗岩(その右)を振り返る。

天狗岩から山上駅へは20分ほどで着いた。17:00ちょうどのケーブルカーで下る。バスで阪急六甲へ。

帰り着くと、家の駐輪場にもスズメバチがブーン…。

このコースだが、特にオススメはしない。大月地獄谷は滝の現れる核心部前で離れてしまい、そのくせ激登りの堰堤越えは多いし、荒れた沢は特段美しいわけでもない。ルートファインディングの必要な天狗岩東尾根取り付きは初心者には決して薦められない。「登山詳細図」はともかく「山と高原地図」がこのコースを載せ続けていることには、いささか疑問を感じないでもない。ほんのところどころ、小さな宝石が転がっていないわけではないのだが。というわけで、言ってみれば好事家向きということになるだろう。

六甲山系登山詳細図

こんな地図が出ていることに書店で気づいた。「登山詳細図」六甲西編六甲東編。ベースは二万五千の地形図を倍に引き伸ばしたもの。だから等高線は比較的見やすい。コースには番号が振られ、2行程度の概略説明が欄外に記されている。昭文社の登山地図には出ていないルートなども記されているが、ふだん「六甲山アラカルート」などのサイトを参考にいわゆるバリエーションルートを歩いている人にとっては、コース数の点ではやや中途半端に感じられるかもしれない。それでも名前の通り、各種の記載は極めて詳細である。

当初謎に思ったのは、主なルート以外、地点間の所要時間は記されす、距離を数字で記している点だ。適当な時間を記しておいてくれた方が使いやすいようにも思うのだが。通常の登山地図ではおよその所要時間が記されている。山道を歩く上で私たちが必要とするのは、少なくとも計画段階では、所要時間であって正確な距離ではない。そもそも、水平距離(だろうが勾配を計算に入れた実際の距離だろうが)の数字だけでは、参考にはなりにくい。距離からおおよその所要時間を推定計算することは可能でも、勾配を計算に入れなければならない。勾配は等高線から読み取れということだろうか? だったら距離も地図上から読み取ればいいはずだ。

…と最初は思ったが、一回使ってみてわかった。おそらくつまり、現地で、これだけ歩いたからこのポイント近くに来ているはずだ、という距離感覚、つまり自分がさっきの地点から今まで何百メートルほど歩いているかという感覚を持てということなのだと思う。この地図には道標などの位置が事細かく記されているので、もうこの道標が現れるはずだ、そろそろ分岐点のはずだ、といった捉え方をしろということなのだろう。もちろんその距離自体、上述のように地形図自体から読み取ることは可能なはずだが、そこをもっと意識してはどうかという提案なのだと思う。そうした感覚を養うことは、確かに道迷いの防止にも効果があるはずだ。

この地図、iOSアプリ版もあって、「登山詳細図」という名前。アプリ自体は無料。アプリ内購入でこの六甲山の地図もダウンロードできる。アプリ自体は、明らかに Field Access 2 のOEM版だ。だからよくできている。

六甲のほかに、

などが出ているようだ。

追記:この地図、利用する上で少々注意しなければならない点があるようだ。詳しくはこちらの記事を参照。

山めしレシピ:ローズマリーとバターのスパゲッティーニ

で、たまにはこちらからレシピの発信もしようかと思う。と言っても、„Brigitte Kochbuch-Edition: Pasta“ という本のレシピを、山めし用にアレンジしただけのものだ。前のポストの画像でチラ見せしたやつ。

材料(一人分)

  • スパゲッティーニ…80g
  • ガーリック顆粒…適量
  • ローズマリー…1枝
  • バター…20g
  • ブイヨン顆粒…小さじ1
  • パルメザンチーズ…適量

手順

  1. スパゲッティーニを水とともにジップロックに入れておく。
  2. ガーリックと、枝から毟ったローズマリーの葉、バターをフライパンに入れて数分炒める。
  3. スパゲッティーニを加え、よく混ぜる。さらにブイヨンを振り、混ぜる。
  4. 火を止め、パルメザンをたっぷりかける。

「水漬けパスタ」の方法を使うので、パスタはなんでもいいのだが、日清フーズの「小鍋で作れるスパゲッティミニ」がぴったりだった。Style ONE ブランドの OEM でも販売されている。長さが短いので、山用の調理器具に入れやすいし、調理時間も短いから、水漬けにせずに現地で少なめの水で一から茹でるのでもいいだろう。

松ヤニの香りだとも言われるローズマリーは、ぼくは好きなのだが、食用になるハーブの中でも、案外これといったレシピが多くない。せいぜいジャガイモを炒める時に使ったり、肉料理の香りづけに使ったり。それがここでは主役級になっている。

大昔の英文学の翻訳書で、「マンネンロウ」と訳されているのがローズマリーのことだと知ったときはなかなかの衝撃だったが、ローズマリー自体は、近年、入手が容易になっている。案外あちこちの植え込みに使われている。西宮なら芸文の周りとか、K大学だったらLチャペルの周りとか。なので、一枝失敬してくる…のは、ツツジの花の蜜を子供に吸わせただけで器物損壊だと騒ぐ人もいる昨今なので、控えた方がいいかもしれない。特に安息日には避けたほうがいい(え?)。一番いいのは、庭やベランダに一本生やしておくことだ。

「ヤマスタ」六甲山コース

山と渓谷社が「ヤマスタ」というのをやっている。スマホアプリを使い、指定された山頂などで「チェックイン」すると、その地の「スタンプ」がアプリ内で付与される。ある意味ポケGOなどにも類する一種のARだと言っていいだろう。チェックインポイントがグループ化されて、そのすべてを踏破すると認定証、ピンズ、缶バッジなどの賞品が与えられるという「スタンプラリー」が各種設定されている。「スタンプラリー」には1日2日だけのイベントもあれば、8ヶ月ほどの期間内にクリアすればいいもの、「百名山」のように期限設定がないものもある。

近場でクリアできそうな「ラリー」もあるので、ちょっと乗ってみることにする。「六甲山上周遊コース」と「六甲縦走コース」。(この他にも、「関西7サミッツ」「関西ダイヤモンドトレイル」「鈴鹿山脈十座」「日本百名山」にも一応エントリーした。)「六甲山上周遊コース」と「六甲縦走コース」の「チェックインポイント」は次の通り。

六甲山上周遊コース

  • 六甲ガーデンテラス
  • 天狗岩
  • 天覧台
  • 三国池
  • ダイヤモンドポイント
  • 穂高湖
  • 掬星台
  • 摩耶山
  • 神戸市立森林植物園(正門前)
  • 六甲山最高峰

六甲縦走コース

  • 六甲ガーデンテラス
  • 摩耶山
  • 六甲山最高峰
  • 長峰山
  • 市ケ原
  • 鍋蓋山
  • 菊水山
  • 高取山
  • 旗振山
  • 横尾山

見られる通り重複もある。至近距離の摩耶山(三角点)と掬星台が並んでいたり、「縦走コース」に縦走路から外れる長峰山が入っていたり、少し謎なところもある。ルートが指定されているわけではなく、どんな順序で回っても構わない。過去に訪れたことがあっても当然ながらカウントはされない。最高峰や横尾山、市ケ原など、以前に何度も行っているが、改めて出かける他ない。

先日、天覧台とガーデンテラスのスタンプはゲットしてあった。木曜日、主に「六甲山上周遊コース」のチェックインポイントのいくつかをクリアするつもりで出かけた。こういうののために歩くのは少々邪な気もするが、六甲山上でまだ歩いていない部分に行ってみるいい機会にもなるだろう。そもそも六甲山の頂稜部は、特にガーデンテラスから摩耶山にかけて人工物と車道が多すぎて、六甲の縦走というのは、生駒山地の縦走と同じくらい馬鹿げていると考えている。だから六甲に出かけるとすれば、ほとんど南北に横断するコースや、頂稜部まで行かずに戻るようなコースばかりを選んで歩いてきた。頂稜部には、多くの部分で、車道と並行して、ハイカーのための道もあるのだが、そのあたりで歩いたことのない道は多い。またいわゆるトゥエンティクロスは何度も歩いているが、その西側に広がる森林植物園には行ったことがない。調べてみると、近年、森林植物園へのアプローチ起点となる桜森町へ三宮からほぼ直行するバス路線ができているらしい。そこから歩き出すことにした。森林植物園を抜けて桜谷道を登って摩耶山へ、それから穂高湖、三国池と歩いて、できたらダイヤモンドポイントまでというプラン。そこからの下山路は行ってから考える。

三宮駅から加納町の交差点に向かって少し北上したところの右側、「三宮山手」というバス停から出る「みなと観光バス」は、新神戸トンネルで一気に箕谷に出て、西に回り込み、終点「桜森町(さくらしんまち)バスセンター」(かなり気持ち悪い湯桶・重箱読みの新造地名だ)に着く。9時ちょうど。もっと早くに歩き出したかったが、森林植物園の開門が9時なのだから仕方ない。

森林植物園のサイトにも、このバス停からのアプローチは紹介されているが、東へ桜森町の住宅地を抜け、山田道を通るように指示している。しかし最近の『山と高原地図 六甲・摩耶』には、バス停から南に谷道を登って森林植物園にいたるコースが記載されている。またYahoo!地図でも、経路検索すると『山と高原地図』が載せている方の道を出してくる。この道を行くことにする。バス停の右には大きなゴルフ練習場がある。道路はすぐ先で竹林に突き当たって左に折れ、桜森町の住宅地に向かうのだが、その突き当たったところに、ゴルフボールが飛んできて当たるのを防ぐためだろう、網がトンネル状に形作られていて、そこを通り抜けると山道に入る。

桜森町から森林植物園への山道入り口。

最初は竹林のまわりをぐるりと迂回する。この間もずっとボール避けのネットが張られている。それを抜けると、両側が夏草に覆われた、水のないゆるい谷をほぼ一直線に登って行く道になる。一定間隔で、土地の所有者の名前をデカデカと書いた札が立っている。左右には、ウマノアシガタの黄色い花が目立つ。

森林植物園への道。

 

ウマノアシガタ。

10分ほどで、車道に出る。廃屋と化した茶店がある。Y字路を右にとるとすぐに森林植物園の西門。しかしチェーンがかかっている。時間が早くてまだ係が来ていなかっただけかもしれないし、歩行者はそのまま入れそうだったが、戻って、Y字のもう一方の車道を300mあまり歩き、正門に回る。9:20。ここでヤマスタ一つ獲得。入り口の小屋で入場料300円を払う。

森林植物園正門。

森林展示館で樹齢二千年という巨大なセコイアの輪切りを眺め、手洗いを使わせてもらい、一休みしてから園内へ歩き出す。ちなみに森林展示館に隣接するカフェは弓削牧場の直営らしい。一度ランチに来るのもいいかもしれない。

森林展示館。

ゆるゆると坂道を下って長谷池へ。長さ30cmほどもあるダイオウマツの松葉がたくさん落ちている。係の人たちが、終わりかけたアジサイの手入れをしている。池には白やピンクのスイレンがいっぱいに咲いていた。

長谷池のスイレン。

 

東門に向かう道。

池の傍を通り抜けて、沢沿いのやや湿った道を下っていくと、東門を出る。10:10。トゥエンティクロスの沢を渡っておなじみのハイキングコースに出る。河原にはフサフジウツギが乱れ咲いていた。

フサフジウツギ。

 

フサフジウツギ。

トゥエンティクロスのコース、ここから歩き始めれば邪悪で醜悪な砂防ダムにあまり出会わずに済む。とは言え、この先にもまだ一つ、四年前に造られた真新しいダムがある。それを越えて、「徳川道」を進む。

トゥエンティクロス(布引谷)の流れ。

 

真新しい砂防ダム。

こんな桟橋部分もある。

概ね平坦な、快適な道だ。10:45、桜谷分岐に着く。

桜谷分岐の渡渉地点。

 

桜谷分岐にて。ヒカゲチョウ。

摩耶山から桜谷道をここに下って来たことは何度かあるが、逆は初めて。登ってみると、意外とキツい。暑さのせいもあるだろう。休むたび、首に巻いたタオルを解いて汗を絞る。そして登ってみて、この沢にも意外と古い堰堤が多いことに気づく。

桜谷の流れ。

 

桜谷道。

 

「産湯の井」。

とにかく調子が上がらず休み休み歩いて、山上に出たのはようやく12時過ぎ。情けない。すぐに摩耶山三角点に向かう。掬星台から近いのに、ここは初めて。二個目のヤマスタ獲得。杉木立に囲まれ、小さな祠があるだけの地味な山頂だ。

摩耶山三角点への道。

 

摩耶山三等三角点。

下って、掬星台へ。週末、特に夕刻は、ケーブル・ロープウェイで登ってくる夜景目当ての観光客(多く中国人)で溢れている場所だが、今は人も少ない。時折ロープウェイ発車のアナウンス(中国語も英語もない)が流れてくる。展望のある東屋で大休止。三個目のスタンプ獲得。

掬星台からの眺め。

オニギリを食べ、スノーピークのシステムボトルに入れてきたキンキンに冷えたノンアルコールビールを飲み、一時間近くもしてから腰をあげる。

オテル・ド・摩耶への石畳道。

階段道を下って、オテル・ド・摩耶に向かう。こじんまりとしたホテルで、日帰り入浴もできるらしいが、今日は通過。忉利天上寺(にゃみさんによれば、人はこれを「オテラ・ド・摩耶」と呼ぶらしい)の脇を登り、アゴニー坂を下る。このあたりの道も初めて。確かにこの坂を登ったらかなりの agony だろう。車道に出て300mあまり東に辿り、左に下る山道に入る。

穂高湖に向かう道。向こうに六甲山牧場の建物が見える。

 

穂高湖。

すぐに穂高湖。14時。四つめのスタンプ獲得。湖畔のベンチでまた一休みしてから、立ち上がる。湖の南岸を東へ少し歩き、そこから南に、杣谷峠に登って車道に戻って歩くのが通常のようで、登山地図もその道しか載せていない。しかしまっすぐ東にショートカットする道があるのではないかと見当をつけていた。やはりあった。左手は神戸市立自然の家の敷地の一部らしく、そのへりに沿って、コンクリートで固められた水路がある。それに沿ってゆるく登っていく小道がある。「もりのこみち」という看板まであった。

もりのこみち。

それを詰めると車道に出る。真正面が「自然の家」のメインの敷地の正門。その僅か左に、縦走路の続きとなる山道に入る階段がある。ここから三国池までの登りがキツかった。歩き出す前、地形図はろくに精査していなかった。登山地図はもともと等高線が薄い上に、道路やら建物やらさまざまな記載があるために、標高差がわかりにくい。全体に、「山上周遊コース」だし、摩耶山までたどり着いてのちはそれほどの登り下りはあるまいとたかをくくっていた。

「自然の家」から三国池への登り。

 

途中、サウスロードへの分岐は閉鎖されている。

ようやく上の車道に出る。そこからなお階段を少し登って歩いたところが三国池。池畔のベンチにヘタリ込む。ここで本日五個目のヤマスタ獲得。

三国池。

この先、当初の予定では六つめのチェックイン箇所であるダイヤモンドポイントまで行くつもりだったが、今日はもう撤退することにした。さまざまなエスケープルートが取れるのは六甲のような山のいいところではある。ところがまだ落とし穴があった。

車道脇のセンニンソウ。

三国池から車道に戻り、それを丁字ヶ辻まで歩く。車がかなり通る。丁字ヶ辻からバスに乗って阪急六甲に降りるつもりだった。ところがここのバス停はわかりにくい。名前の通りの三叉路を挟んで、あっちにもこっちにもバス停があって、どこで待てばいいのかは一目瞭然ではないのだ。道路脇の広場でぼーっとしているうちに、向こうから阪急六甲駅行きのバスがやってきて、坂を下っていった。しまった、待つべきバス停はあっちにあったのだ。ここのバス停をこの前使ったのはもう十年ほども前のことで、記憶も薄れていた。慌てて「正しい」バス停に行き、時刻表を見ると、次便は一時間ほども先だった。さてどうするか。山上バスで六甲ケーブル山上駅に出るか。でもそのバスも数は少ないし、いつどこを通るのか要領を得ない。最悪、ケーブル山上駅まで歩けばいいか。ひたすら車道歩きで40分ほどのはずだ。というわけで、さらに東に向かってトボトボと歩く。六甲山ホテルを過ぎ、記念碑台まで来た。ここまでで歩程13kmほど。やはり山上バスのバス停はよくわからない。結局記念碑台の「六甲山ガイドハウス」の前(幸い日陰だった)でしばらく休んで、次の阪急六甲行きの阪急バスに乗った(だから結局丁字ヶ辻でじっとしていてもよかったわけだが)。そしてバスの車内はエアコンでキンキンに冷えていた。寒い。時々胸や腕の筋肉に力を入れて発熱させ、冷え切らないように対処する。このバスは、丁字ヶ辻から深く切り立った山懐をうねうねと下って行くので、六甲の意外な大きさ深さが感じられて嫌いではないのだが、今回はあまりそれを味わっている余裕はなかった。

とまあ、散々だったが、ともかくスタンプ5個は獲得。先に取ってあった二箇所と合わせて7個。六甲の「縦走路」はやはり歩くものではないということもよくわかった(をい)。さて残りは最高峰、ダイヤモンドポイント、天狗岩だ。いずれも車で回れば近くまでわりあい簡単に行けるところばかり(というか「周遊コース」のポイントは全てそうだ)だが、天狗岩は大月地獄谷から、ダイヤモンドポイントは大池地獄谷から登ってやろうか。最高峰はどのみち近々また行く機会があるだろう。

集めたスタンプ。