小塩山(京都西山、642m)

ポンポン山のフクジュソウに続き、「スプリング・エフェメラル」を求めての山歩き第二弾。小塩山のカタクリ。ポンポン山のすぐ北に位置する低山。ポンポン山と組み合わせて歩かれることも多いようだ。『京都府山岳総覧』によれば、古くはポンポン山一帯の山地を総称して小塩山と呼び、この山のことは大原山と呼んだという。

今回は、岡弘俊己氏の、『関西日帰りの山ベスト100』の対幅をなす『関西気軽にハイキング』(旧版名称は『関西里山・低山歩き』)掲載のコースに従って歩く。
阪急東向日駅の西口を出るとすぐにバス停がある。阪急バスに乗り、南春日町で下車。西に向かって歩き始める。

ここは左へ。

樫木神社の前を過ぎて直進。

樫木神社。

「←金蔵寺 淳和天皇陵→」の風化した東海自然歩道の道標の分岐を右へ。

ここを右へ。

右手に千原池が現れる。「大原野水土里へようこそ」という巨大な看板が立っている。水土里で「みどり」と読ませるらしい。DQN的暴走族的なネーミングである。夜露四苦。

千原池。

池とその奥の正法寺を眺めて、京都縦貫道のトンネル入口の上を通過する。枝道に気を付けながら竹林の中の坂道をたどる。大原野はタケノコの里。左右の竹林は言わば「タケノコ畑」であるようだ。

ここは左へ。
ここは右。
この先を右へ。

獣除けのゲートを開けて、山道に踏み込む。竹林が切れ、両側が自然林になる。「天皇陵道」と呼ばれる、よく踏まれた道だが、落ち葉が分厚く積もっていて、少し滑る感じがある。二日間のびっちり業務、二晩連続の飲み会の後で、予想通り調子が出ない。ゆっくり登る。

標高310mあたり、左に登って改めて稜線に出るところで、南東方向の眺めが開けている。ガイドブックに「ナラ、カシの林に展望の開けた広場があるのでひと息入れる」とあるのはどうやらここのことだと思われる。広場と呼べるような場所ではないが、展望が開けるのはここぐらいしかない。

唯一南東の展望が開ける地点。

金蔵寺分岐は、地形図に描かれているのよりも手前、標高460mの地点にある。この前後はヒノキとスギとアカマツの林になっている。

金蔵寺分岐。

分岐を過ぎると少し傾斜が緩む。平坦な道を通って谷の奥に進むと、突如、電柱が現れる。谷に沿って電線が張られていて、道もそれに並んで登る。

突如電柱が現れる。

555mで小尾根の上に出たところに、森林公園分岐がある。(ガイドブックの地図も、『山と高原地図 北摂・京都西山』に赤い線で記されたルートも、このあたりやや東にずれている。)

森林公園分岐。

右にひと登りで車道に出る。横断して再び山道へ。

車道を横断して正面の道へ。

また車道に出て、少し右寄りからまた山道へ。3度目、車道に出る。正面は「建設省京都国道工事事務所 小塩山無線中継所」の巨大な鉄塔。

「建設省京都国道工事事務所 小塩山無線中継所」の巨大な鉄塔。

この車道を左にたどる。右にチェーンの張られた坂道が分岐している。その上がFM京都とNHKの鉄塔。金網の周囲にはちょっとしたスペースがあり、休憩する人も多い。展望はあまりない。

FM京都とNHKの鉄塔。

休憩中のおっさんが、ラジオ?で60〜70年代のナツメロをガンガン鳴らしていた。クマ除けならともかく、あたりにクマの気配はない。いったい何しに山まで来てるんだか。できるだけ離れたところで鉄塔に背を向けて、前の林の中のアセビの花を眺めながら腰を下ろし、「イワシのつみれおじや」を作って大休止。コンビニが自社製品のプロモーションにスマホアプリ内で紹介しているレシピだ。特に山メシレシピというわけではないが、コンビニ食材でできるということは、山メシに向くことが多い。

イワシのつみれおじや。
材料。

車道からの(チェーンのかかった)分岐に戻ってもいいが、西にショートカットで下る踏み跡がある。これを下ると、舗装道路の終点で、その先、道が二つに分かれている。

左が天皇陵参道。

左が淳和天皇陵参道。中央が石畳になった参道は100mほどで、天皇陵に行き当たる。

天皇陵参道。
淳和天皇陵。

地形図で見る限り、642mの基準点のあるメインの小塩山山頂はこの墳墓部分。だが中には当然入れない。丸く巡らされた石垣の周囲をぐるっと回ることができるだけだ。針葉樹林で小暗く、眺望もない。ガイドには「周辺でのんびり大休憩を入れてもよい」とあるが、休憩適地はない。

淳和天皇 (786-840) は、Wikipediaによれば、「死にあたり、薄葬を遺詔としたため京都大原野西院に散骨された」という。「淳和上皇自身の意向により火葬され、その遺骨は近臣藤原吉野の手によって大原野の西山(京都市西京区大原野南春日町の小塩山)山頂付近で散骨されたと言われている。山陵を築く事を禁じられていたため「延喜諸陵式」に陵墓が記されておらず、当地には長らく小石で築かれた円塚のみであったが、幕末の陵墓修復の際、小塩山山頂付近に大原野西嶺上陵と称する陵が築かれた。」つまりこの墳墓は幕末の仮構なのだ。

分岐まで戻って、天皇陵とは反対の、入り口に小さな「←カタクリ」という標識のある道を進もうとしたとき、数人の手ぶらのおじさま方に呼び止められた。カタクリ見にいくの? ─はい。─まだ一個も咲いてへんよ。─はあ、そうなんですか、ま、一応見てきます。─戸を縛ってもた、ほどいて、また縛っといてな。─わかりました。

また巨大な鉄塔が立っている。前はちょっとした広場。眺めはない。そこに「小塩山 413m」という標識がある。標高は上から642mに書き換えられている。413という数字は、一体どこから出てきたんだろう?

鉄塔の囲いの左に進んで、網沿いにずんずん下って行くと、右がカタクリ自生地の一つ、「御陵の谷」。獣除け扉を開けて、ゆるく登る一本道の観察路をたどる。確かに今年は開花が遅いようで、まだ花は一つも開いていない。

固い蕾。

そのまま反対の扉を抜け、右に登ると、鉄塔の反対側から元の広場に出てくる。

車道を戻り、往路に登って来た山道を右下に見送って、そのまま車道をたどる。
道路が右に曲がるところの正面の谷にも網が張られている。ここもカタクリ自生地だが、整備中で、まだ立ち入ることはできない。その先、左に、ドコモの鉄塔への道路が分かれて下っている。入口の鉄扉は閉まっているが、人は脇を抜けることができる。ここから右に山道も付いていたようだが(ガイドに言う下山取付)、それは見落とした。鉄塔に向かって少し歩いた右手がちょっとした広場状になっていて、休憩している人たちがいた。南東方向の眺めもある。鉄塔の山小塩山では実はここあたりが一番の大休憩適地かもしれない。

docomo鉄塔への入り口。

そのまま道路を下って行くと、鉄塔の直前に、机が設置され、何人かの人がいた。カタクリの保護に携わっているNPO、西山自然保護ネットワーク(またはこちら)の人々、先ほどのおじさま方だ。

鉄塔直前にタープが設置されている。

すぐ左の谷が「Nの谷」と名付けられたカタクリ自生地の一つ。周回路になっている観察路を歩きながら、係の方から色々と説明を伺う。入ってすぐ、二輪だけ、咲いていた。昨日までは一輪も開いていなかったのだという。満開の大群落は見られなかったが、むしろ二輪でも見られて幸運だったと言うべきだろう。

かろうじて咲いていた。

踏み荒らしや盗掘の問題が大きいのかと思ったら、一番の敵はシカだという。食害から守るために、網を巡らせているのだ。

ここでクイズ。この、一本、ピョロッと伸びている植物は何か。

さてこれは何でしょう?

正解はカタクリ。これもカタクリなのだ。その一年目の姿だという。こんなだから、気をつけていないと踏みつけてしまう。観察路を整備し、三脚の使用を禁じなければならないのも、これだからだ。

カタクリの繁殖には、ギフチョウやマルハナバチによる受粉やアリによる種子の運搬も欠かせない。ギフチョウの幼虫の食草であるミヤコアオイも周囲に見られ、ギフチョウも保護対象になっている。(今年はまだギフチョウも飛んでいない。)ここでは白花のカタクリも見られるという。ミヤマカタバミもいくつか花を開きかけている。ピンクがかったものもある。クロモジが、こんな時期なのにまだツボミのままだ。あの巨大なウバユリの発芽したばかりの小さな苗など、教えてもらわなかったらわからなかっただろう。

エンレイソウ。
ウバユリの苗。

もう一つ東の「炭の谷」も保護地区で、そちらも見に行くつもりだと言うと、係の一人の方がわざわざ案内してくださった。鉄塔前から丸太階段を登ると、先の「下山取付」から来ているらしい道に出た。それを左に緩やかに下って行くとすぐ左が「炭の谷」。扉の細引きをほどき、掛け金を外して中に入る。ここの観察路は谷の真ん中の一本道。中ほどまで行くと、係の人は、扉、閉めておいてくださいね、と言い置いて戻っていった。一応一番下まで下ってみる。ここもまだ一輪も咲いていない。ミヤマカタバミがちらほら開きかけているだけだ。下り切った先にも扉があるが、その先の道は崩落しているとか。大人しく一本道を戻り、扉の掛け金をかけ、紐を結わえて、下山路に戻る。

「炭の谷」。
ミヤマカタバミ。

車道を横断し、明るい疎林の中を下っていく。

車道を横断する。

下生えは笹になる。少々抉れてV字になっている部分も多いが、概ね気持ちよく歩ける。

明るい林の中の道。

再び車道をかすめる(ガイドに言う「小塩山4km地点」)ところで少し車道に出ると、京都市街の向こうに先日登った比叡山が見える。山道に戻り、下り続ける。

比叡山が見える。

もう一度車道をかすめる。ここから右に下る山道は、一見薄い踏み跡状。登山地図はここから車道を100mほど歩いた先から下る別のルートを記しており、この道は載せていない。が、少し踏み込むと十分はっきりした道になる。

ここから折り返すように右下の一見薄い踏み跡に入る。

やがて沢音が大きくなり、なかなか美しい小沢を右岸に渡る。渡ったところは小さな広場で、丸太ベンチも置かれている。この渡渉点の沢の真ん中の岩にはサクラソウが、それも紅白揃いで、咲いていた。両岸に他の株は見当たらない。里もすでに近いが、誰かが植えたのだろうか。しかしこんなところに人の手で植えてうまく育つとは思えない。やはり自生だろう。

沢の中のサクラソウ。
サクラソウ。

下ってきた左岸の道はなお少し続いており、数十メートル先に鉄板の橋が架けられて終わっている。渡渉した先、広場側の右岸の道は林道風で、こちらも逆に上流に向かっても続いている。ネットでどなたかがこのルートを登ってきて、少し迷った話を書いていらしたが、道標もないし、さもありなんというところだ。きっと右岸通しに登ってしまったのだろう。上方には砂防ダムが見えている。登り方向なら、ここで左岸に渡らなければいけない。

林道状を下っていく。少し先に、鋼板を並べた橋があり、そこで再び左岸の細い道に入る。ガイドが「鉄橋」と書いているのはこれのことらしい。「てっきょう」ではなくて「てつばし」と読むべきなのか。橋の上の樹に、手作りの道標が下がっている。

「鉄橋」。
「鉄橋」の上の道標。

橋のすぐ下は、なかなかいい感じの小滝になっている。その先の流れはちょっとした峡谷だ。

「鉄橋」下の小滝。

左岸の道を進むと、流れを離れ、すぐに農地の広がる人里に出る。畑の上、山裾の小道をたどると、右から車道がぶつかっている。ここにも獣除けの扉がある。

獣除けのゲート。

これを開けて出て、畑の中の舗装道路を下る。いくつか人家を過ぎて下って行くと、京都縦貫道路をくぐる。

その少し先、左に、勝持寺参道の石段が現れる。これを上り、仁王門をくぐる。すぐの右側に大原野神社への近道があるのでそちらに進む。

勝持寺参道の石段と仁王門。
ここを右に。

藤原氏ゆかりだという朱塗りの美しい神社だが、録音の笛の音が流されていて、鳥居をくぐって本殿まで行く(ましてや賽銭を投げる)気力が萎えた。

大原野神社。

回れ右で、「鯉沢の池」のほとりのベンチで、綻びかけた桜を眺めながら休憩。池を挟んだ向こうには茶店がある。

参道を下って茶店の脇を通り過ぎ、道路に出る。左に歩くと樫木神社のところで行きに通った道に出る。南春日町バス停はすぐ。

小塩山、山頂部は生駒のような「鉄塔の山」で、一般車は入れないとは言え車道が登ってきているし、眺望はないし、本当の山頂は天皇陵の中で踏めないしで、山頂ハントの魅力はない。が、そのちょっと下の何箇所ものカタクリその他の保全区域は、花の季節には、間違いなく一見の価値がある。

たけのこの里を擁する西京区のゆるキャラ「たけにょん」。

比叡山(大比叡、848m)

家を出るのが少し遅くなった。丹波の山に行くつもりだったが急遽変更。比叡山。山の上に人工物が多いとどうも敬遠してしまうという悪い習性(?)のせいで、関西でメジャーな山の中でまだ行ったことがなかった山の一つ。でも予想よりずっと良かった。これも『関西日帰りの山ベスト100』のコースどりに従う。先日の西山のポンポン山に続き、今度は東山の雄である。

比叡山坂本駅に10:03着。

比叡山坂本駅。

駅の高架下には “An Deux” というとても気持ちの悪い名前の喫茶がある。「1、2」と数字が添えられているから、仏語の un, deux のことらしい。駅からすぐ、途中のコンビニに立ち寄ってから、日吉大社の参道を西へ、まっすぐ歩く。小さな商店の点在する、やはり歴史を感じさせる道だ。京阪坂本駅を過ぎ、古い商家風の坂本観光案内所の前を通り、なおも緩やかな坂道を登っていく。

坂本観光案内所。

大きな石の鳥居が現れ、道幅が広がる。

日吉大社参道。

左側の歩行者用の参道を行く。立派な桜並木で、きっと花の頃は見事なのだろう。左右は穴太衆あのうしゅう積みの石垣が目立つ。

桜並木。
穴太衆積みの石垣と、その解説板。

突き当たって車道を渡ると、小さな塔状の子育て地蔵のお堂がある。その横の、幅広い石段道を登る。左手は比叡山高校。

子育て地蔵。手前左の大きな石段を登る。
石段を過ぎて、ここは左へ。

車道に出てさらに進むと、南善坊の石畳の急坂が現れる。

南善坊の石畳坂。左の道を行っても上で合流する。

途中の五大堂前からは琵琶湖側の眺めが開け、展望案内板もある。湖の向こうに、伊吹山、霊仙山が雪を戴いている。

五大堂。
五大堂前からの眺め。

石段を登り詰めると木製の扉があって、山道に出る(石段を登らず、左の地道を辿ってもここに出るようだ)。かつてコンクリート舗装されていたのが崩壊したような痕跡がある。石畳だった部分もあるのかもしれない。

最初はこんな道。

山上に至るまでずっと幅の広い道で、いにしえにはここを僧兵の集団が登り下りしたのではないだろうか。一種の軍用道路の面影がある。
道が右に曲がった先に送電線の鉄塔があり、その下を過ぎて、右手、杉木立越しに展望がある道端で、遠く白く輝く伊吹山を眺めながら休憩。

休憩地点から、伊吹山、霊仙山方面の眺め。

左の斜面を登ると花摘堂跡だという道標がバラバラに壊れて、路肩にきれいに(?)並べられている。地面に置かれた「延暦寺東塔方面」の矢印に従ってそのまま進む。

花摘堂跡の道標。

この先にも花摘堂跡の道標があり、つまり花摘堂跡に登って尾根通しに歩いてくることもできるようだった。花摘堂は「伝教大師母君の遺跡」だそうだ。
左手の谷の向こうに、比叡山坂本ケーブルの赤い鉄路が見える。
道の右側に突然石垣が現れる。その上が楽樹院。

山の中に突如石垣が現れる。
楽樹院。

石仏を祀った小さなお堂だ。杉木立の中でちょっと暗い。石垣を回り込んで直角に曲がると、舗装道路になる。左回りの坂道を登ると法然院。法然上人得度の地だそうだが、屋根の上には衛星放送の受信アンテナが載っていてなんだか笑える。

法然院。

これまた突如、左上に鉄筋コンクリートのホテルのような巨大な建物が現れる。延暦寺会館。ホテルのような、ではなくてホテルであるらしい。このあたりから、路肩には雪が見られるようになる。

延暦寺会館。

延暦寺会館の正面を過ぎ、右手の急な石段を登って文殊楼へ。反対側にまた石段を下ると根本中堂。改修工事中で、囲いが立てられ、手前には黄色いクレーンが立っている。

文殊楼への石段。
文殊楼。
文殊楼前から改修中の根本中堂を見下ろす。

そこから左手の坂を登ると、比叡山観光のセンターのような広場があって、土産物屋もある。今日は座禅も組まないし拝観もしないが、ここで紅葉の絵入りの湯葉とゴマ豆腐だけお土産に購入。

不安定な天気で、登ってくる途中、一瞬小雨が落ちてきたし、ここでもわずかに雪が降った。かと思うと青空が広がって日が差す。

右に三本の道がある。一番左は直下の駐車場に向かって下る道、右は大講堂に向かう石段。真ん中の細い坂道を登る。

三本の道。真ん中を行く。

鐘楼と大講堂を右に見て、戒壇院の前を通り、やたら幅広い石段を登って毘沙門堂へ。

鐘楼。
毘沙門堂への大階段。

その左手の回廊をくぐり、いかにも裏手という感じの所に出る。

毘沙門堂の左、二重の塔との間を通って回廊をくぐる。

舗装道路も来ているが、すぐ左、回廊に沿った木製階段を登る。急に山の中の雪野原という趣になる。

回廊のすぐ裏で左に登る。

雪のかぶったコンクリート階段でもう一段上へ。

もう一段上へ。

その先、正面に道があったようだが、雪に覆われてよくわからず、右奥の階段道を登ってしまった。すぐに左に復帰。ガイドブックに言う「山頂」道標は目に入らなかった。木立の中の山道になる。延暦寺の堂宇のあたりから山頂まではまだ標高差150mほどもあり、まるでちょっとした登山だった。いや、登山に来ているんだけど。雪は凍りついてはおらず、少なくとも今回はアイゼンは不要、むしろ人の足の踏んでいないところを踏むと、キシキシと音を立てるような新鮮な雪だった。厚く積もっているところで10cmぐらい。

雪の山道。
雪上の足跡。

尾根筋に出て右に取ると、NTTの中継所とテレビ局の中継アンテナが次々に現れる。

NTTの中継施設が見えてきた。
TVの中継アンテナ。

何だかよくわからない巨大なコンクリートの箱のような建造物を回り込んで行くと、木立に覆われた小山があり、その上が「大比叡」の一等三角点。848.08m。

この小山の上が、
「大比叡」一等三角点。

そのまま西に下る。

西に下る。

目の前が広大な駐車場。

駐車場。正面が四明岳。
バス停。この右に進む。

舗装道路になり、一度くの字に曲がって下の車道に出て進むと、売店(閉まっていた)、トイレ、バス停もある駐車場に出る。所々に雪のかけらが残っている。ここからの展望が北と南になかなかのものだった。正面が四明山の山頂だが、「ガーデンミュージアム」ができてからは入場料を払わないと踏めなくなったらしい。

駐車場から南の眺め。
駐車場から北の眺め。

バス停右、四明山北側の道を進むと間もなく道標があり、そこから右に、再び檜林の中の雪の山道を下る。

ここから右に下る。
再びヒノキ林の中の雪道。
つつじヶ丘広場が見えてきた。

何度かジグザグに曲がって、浅い谷の奥をぐるっと回ると、つつじヶ丘広場。左右に京都一周トレイルの道が通り(「北山4」の道標がある)、広場の手前には五輪塔と石仏が並んでいる。

つつじヶ丘の五輪塔と石仏。

北側の眺めが素晴らしい。山頂を越えてきたから京都側しか見えないものと思っていたが、北に突き出した場所であり、比叡山の北側には高い山は続いていないので、京都北山はもちろん、比良山地、琵琶湖の西岸まで見えている。特に際立っているのが雪をかぶった比良の蓬莱山、その左に北山の最高峰皆子山、西に大きいのは桟敷ヶ岳のようだ。

皆子山(左)と蓬莱山。手前は横高山。

はるかに予想を上回る大展望を眺めながら、ここで大休止。今日の山メシは、おにぎり二個のほかは簡単におつまみ一品、ガーリッククラム。あさりの水煮缶にガーリックバター、オリーブオイル、塩胡椒を放り込んでレモン汁を垂らして直接火にかけ、最後にパセリを振るだけ。『山登りABC 山のおつまみ』のレシピ。しかしここ、眺めは最高だが、北風もびゅうびゅう吹き付ける。かじかんだ手で「箸上げ」をし、左手だけでiPhoneを持ってシャッターを押すのはなかなか大変であった。パセリ振る前に撮っちゃったし。

ガーリッククラム。
材料。

冷え冷えになって西へ、京都一周トレイルをたどる。これもかなり幅広い道で、最初は平坦。小さな人工スキー場跡に行き当たり、その縁を下って、下端を回り込む。このあたり、もうほとんど雪はない。

人工スキー場跡。

すぐにロープウェイの架線の下をくぐる。けたたましく警報が鳴って、頭上に注意しろという音声が流れる。何らかの警告はあってしかるべきとは言え、ちょっとうるさ過ぎだ。そのまま下るとケーブルカーの山上駅の前に出る。ちょうどこの日まで、冬季休業中。

ケーブルひえい駅。

駅舎の横を通って南側に出ると、「パノラマ広場」と名付けられた広場になっていて、ここも京都市街の眺めがいい。「東山74」の道標があり、そこから右に下る細いコンクリート坂は「旧ルート」と記されている。傍の木には、どこぞの保育園の登山記念らしく、園児たちの似顔の描かれた板が、組ごとに何枚も掛けられている。

「東山74」道標と園児たちの登山記念板。

このあたり、近年新しい道が開かれたようで、『ベスト100』の記述に頼っていると混乱する。「新ルート」は、パノラマ広場から 平坦な道をそのまま南に直進する。すると「やどり地蔵」を左に見て、

やどり地蔵。子宝祈願の信仰を引き受けているらしい。

「比叡ビュースポット」に出る。あまり広くはないが、ここも京都市街の展望がある。背後にはテレビ塔がやはり二基。

「比叡ビュースポット」からの眺め。

そのまま左に下って行く山道に入る。すぐに「東山73-3」の道標がある。道は途中で折り返しながら下って西に向かう。
「東山73-2」を過ぎ、「東山73-1」の十字路で左の「水飲対陣碑・北白川」方面に向かう。

「東山73-1」道標。

「東山71」のポイントはちょっとした広場になっていて丸太ベンチがあり、小暗い杉木立の中から、ここも京都市街が見下ろせる。

「東山71」の広場。
「東山71」広場からの眺め。

高圧線の真下で右の視界が開けているところを過ぎるとすぐに「東山69」、「水飲対陣碑」がある分岐。

「東山69」道標と「水飲対陣碑」。

水飲というのはこの地の地名で、後醍醐天皇の臣下であった千種忠顯が延元元年(1336)、ここで戦死したことを記念して大正時代に建てられた碑らしい。京都一周トレイルはここから左に折れて北白川に向かうが、直進して雲母(きらら)坂に向かう。道は掘り込まれた部分と痩せ尾根の部分が交互に現れる。右に修学院離宮の縄張りを表すネットが現れる。「宮内庁」「立入禁止」の札がある。ここからが雲母坂の狭く深く掘り込まれた急下り。なかなか楽しい。

雲母坂は、
下るにつれ、抉れ方が、
エグくなっていく。
雲母坂登り口に到着。

下り着いて橋を渡り、音羽川の左岸沿いの道をひたすら歩く。

音羽川左岸の道を歩く。

音羽橋で左折、店の半数ほどはシャッターの下りた「プラザ修学院」という名前のアーケード商店街を通り抜けて叡山電鉄修学院駅に着く。一両のワンマンカーで出町柳に出る。

「プラザ修学院」
修学院駅。

『ベスト100』、55コースめクリア。延暦寺の諸堂は外から眺めているだけでも迫力があったし、寺域と山頂部は除いてその前後、あちこちで予想を超える展望の良さがあったし、山頂部では雪が楽しめたし、雲母坂はそれなりに面白いし、悪くないコースだった。

ポンポン山 678.8m(北摂/京都西山)

春の山は忙しい。いわゆるスプリング・エフェメラルが次々に現れては消えていくからだ。春先の、わずかな間にのみ咲く花々。その期間はそれぞれせいぜい一週間というところだろう。その年の気候によって前後もするから、きっと今頃なら、と見当をつけて、せっせと出かけなければならない。今年はどれほど見に行けるだろうか。

その一つ、ポンポン山のフクジュソウを見に行こうと思った。三月上旬の今なら多分見られるだろう。

ポンポン山は9年前に訪れている。その頃はフクジュソウのことなど知らなかった。川久保から谷筋の林道を詰めて登頂し、出灰(いずりは)に下った。この山にはいくつものコースがあって、色々と歩いてみたいところだが、今回の主目的はフクジュソウなので、おそらく一番手っ取り早く登れる前回と同じルート、川久保渓谷の道をとる。フクジュソウ群生地を回るので、下山路は前回と同じではないが、最終的にはやはり出灰に出る。もう一つの目的のためだ。前回、出灰から樫田温泉に行ったら、なんと臨時休業で入りそこねた。だから今回はそのリベンジも狙う。

阪急高槻駅前を9:10に出る川久保行き高槻市営バスに乗って、9:33頃、終点下車。杉林の中の、川久保渓谷に沿った坦々とした舗装道路を歩いていく。

水の流れなくなった水車。

川久保渓谷は大きな滝などはないものの、水のきれいなわりと美しい沢だ。あたりは「全国水源の森百選」にも入っているらしい(途中に石碑がある)。

「水源の森百選」の記念碑。

2.8kmほど歩くと、ようやく舗装道路が終わる。そのすぐ先に水場があり、丸太のベンチも設置されている。しかしまだ砂利の敷き込まれた林道だ。

ポンポン山の南西の尾根に突き上げる道を左に分けてすぐ、道はまた二分する。右の本流沿いは、ポンポン山東側の尾根に連なる釈迦岳南の大杉に出る道だ。橋を渡って左の支流沿いを登る。

ここで左に入る。

この部分、150mほど再びコンクリート舗装になっている。急坂だ。さらに進んで、標高475mあたりでようやく林道は終わる。丸太でベンチとテーブルが作られており、「水声の道」という札が立っている。名付けの暴力の行使はいつだって楽しい。ここからがやっと山道。傾斜が急になり、沢はいくつも小滝をかけるようになる。何度か木橋を渡り返しながら、沢沿いの道を登る。

いくつも小滝が現れるようになる。
こんな木橋を何度か渡る。

また丸太のベンチとテーブルが置かれているところを過ぎると、水流はなくなる。標高614mにまた水場があり、その50mほど先、やはりベンチのあるところで、道は沢筋を離れ、右にゆるやかに、川久保尾根の稜線に向かう。

川久保尾根の直下。
川久保尾根に出た。

尾根に乗って左にとると、ポンポン山と釈迦岳を結ぶメインの尾根道に出る。そこから左、西に向かうと道標がある。右は出灰と記されている。

山頂直前の分岐。

左に少し水平に進み、右の丸太階段を登るとポンポン山山頂。11:18頃。

水平に進み、
丸太階段を登ると、
ポンポン山山頂。

真ん中に「加茂勢山」二等三角点678.82mがある。「加茂勢山」というのがポンポン山の「本名」らしい。山頂の周囲はかなり刈り払われており、四方の展望がある。ほんのわずかずつ木立が残されているので、四方であって360度ではない。西の京都側にのみ、展望案内板がある。今日は靄がかかっていて、あまりよくは見えない。木津川の向こうに意外とどっしり大きいのは、鷲峰山だろうか。桂川がかすかに光っている。比叡山はどれなんだかよくわからない。散々歩いているはずの西側、北摂の山々も、ほとんどどれがどれと分からなかった。

西(北摂方面)の眺め。どうやら中央左寄りに剣尾山、歌垣山が見えているようだ。
北西方面の眺め。遠景右端は愛宕山。その左に双耳峰のように見えるのは竜ヶ岳か。
南東方向。中央遠くはおそらく鷲峰山。

そこそこ広い山頂で、あちこちにベンチ、テーブルが配されている。ここで本日の山メシ、さわらうどん。

材料。
さわらうどん。

前回に引き続き、山めしレシピではなく、コンビニアプリで紹介されていたレシピだ。さわらの西京焼きを、電子レンジはないから、フライパンで両面軽く焼く。鍋に湯を沸かして、冷凍の讃岐うどん、うどんつゆを入れ、これも冷凍のほうれん草、家で刻んできたネギ、さわらを順次投入。この季節のことで、冷凍ものはまだあらかた凍ったままだった。最後、家で径3センチほどに切り取ってきた柚子の皮を千切りに…しようと思ったら、ヴィクトリノックスが、いつも入れてあるはずのところにない。仕方なく手でちぎる。柚子七味の小袋も持参していたのだが、これはうっかり使うのを忘れた。まあ満足できる食事だった。

ポンポン山山頂部は少し道が込み入っているうえに、大原野森林公園方面の道標はほとんどない。希少植物の保護のためか、北麓の管理事務所「森の案内所」を経由せずにこちらから人が入ることを嫌っているフシがある。……というのは憶測にすぎないが、ともかく山頂での表示、標識は不親切だ。山頂で耳が悪いらしい爺さん同士の会話を聞いた。片方は地図すら持っていないらしい。また別の爺さん二人組が、これからフクジュソウ群生地を見に行くんだと言って、誰かがこっちだと言っていたと南を指した。それは違うだろう。こういう人たちが大勢登ってきているからには、道標や山頂に掲げられた地図はもう少しなんとかした方がいいのではないか。

山頂北側、しっかりと道標に書かれている出灰方面に下り始めてすぐ、右に分岐する道がある。その入り口の木に黄色いテープが巻かれ小さな古い木札が付いている。文字も風化しかかっているが、どうやら「森林公園西ルート」と読める。左に下る出灰ルート(前はこれを下った)と別れ、この尾根道に進む。踏み入ってみれば道は明瞭なもの。

出灰(左)と森林公園西ルートの分岐。
森林公園西ルートの道標。

このあたり、木の根方などに、ほんのひとかけらずつ、雪が残っている。

わずかに残る雪。

分岐から500mほど先、小さく登り返したなだらかな円頂のピークが「リョウブの丘」。「この周辺で観察できる樹木」の案内板もある。

リョウブの丘。

反対方向、恐らくは「森の案内所」の方から、登ってくる人が多い。年配の10人ぐらいのグループが二、三組。

リョウブの丘からさらにコブをいくつか越えた先の小ピークに、大きな矢印で、フクジュソウ自生地の臨時の案内が出ている。

フクジュソウ自生地入口の案内。

トラロープの張られた順路に従って下っていくと、白いテントというかタープがあり、そこに監視員の方が駐在している。用紙に住所氏名を書き込んで、自生地の斜面の観察路に進む。

ここで住所氏名を書く。

観察路入口の案内によれば、今年(2017年)は2月13日から3月27日の10〜15時のみ、立ち入ることができる。その間であっても、悪天候などで閉鎖されることもある。おそらく、盗掘する馬鹿者がいるからこういう措置が取られなければならないわけだ。日々詰めていらっしゃる森林公園運営管理委員会の方々には頭が下がる。

かなりの広さの斜面に点々と、ウマノアシガタと同様の不思議な光沢のある、黄色い花が輝いている。ちょうど今が満開のようだった。

フクジュソウ自生地に進む。

観察路は一方通行で、自生地を通り抜けて斜面を登り、再び上の尾根道に出てくるようになっている。

上に戻って、尾根道を、小さなアップダウンを繰り返しながら、なおもたどる。

アセビ。

496mの小ピークが「ツツジの丘」と名付けられていて、ここにもベンチ、テーブルと植物案内板がある。

ツツジの丘。

そこから少し急な下りになり、やがて出灰に下るもう一つの道の分岐が現れる。尾根をもう少しそのまま進んで反対側(東側)に下れば「森の案内所」だ。今日はここから出灰側に下ることにする。

右上から来た。左に行けば「森の案内所」、右が出灰。

周囲が再び杉林になったジグザグ道を10分も下ると、出灰の奥の車道に出る。

出灰への下り。
車道に出た。

10分ほどで、ポンポン山から直接下ってきている道が出合う。一休宗純が若い頃庵を編んでいたという尸陀(しだ)寺跡だ。

尸陀寺跡。ポンポン山から直接下ってくる道は、前方の橋でこの道に合流する。
廃田になっている棚田。

日が隠れ、風花が舞い始める中、出灰川に沿った舗装道路をさらに15分も歩くと、バス道(枚方亀岡線)に出る。出たところに出灰バス停がある。13:57。

出灰バス停。

ここからJR高槻駅に向かうバスは14:32。その次は17:14までない。ここから逆にバス停一つ奥のところにあるのが樫田温泉。そちらに向かうバスが実は13:49にあったのだが、10分弱の差で逃したことになる。9年前に入りそこねた温泉には是非とも入りたい。ダンプカーの通行が少なくない道路を、歩くことにする。

樫田温泉に向かう途中、なぜかヤギがいた。

14分で着いた。今回は「営業中」のサインが出ている。

樫田温泉。

靴を脱ぎ、受付には誰もいなかったが、とっとと中に入り、男湯へ(急いでいても間違って女湯に入ったりはしない)。小さな内湯に小さな露天。露天風呂はガラスの屋根がさしかけられ、脇にはヤブツバキが花をつけ、背後の暗い杉林の谷に面している。その黒々とした背景の前に、白い雪片がちらちらと舞う。これはこれで悪くない。かすかにぬるりとした泉質は、湯冷めしにくそうだと期待できた。露天の方にだけ数分浸かってさっさと上がり、身支度をして出る。受付にいたおばさんに、バス時刻の関係で急いでいて、先に金を払わずに入ったと断り、千円札を渡す。ちょうど電話中だったおばさんは、黙って頷いて釣銭をくれる。靴紐も結ばずに靴を突っかけ、前の道路のバス停に向かう。どこから湧いてきたのか、バスを待つ人は六、七人いた。靴紐を締める。14:28のバスは、2分ほど遅れて来た。間に合わなければ17時台の次のバスまで待つつもりだったが、とにかく間に合った。9年前のリベンジはできたし、文字通り烏の行水だったが十分ポカポカになったし、バスには間に合ったしで、達成感があった。それ、何か違わないか、というかすかな疑念は無視することにする。いや、今日は何より、フクジュソウが見られたではないか。

15時過ぎ、バスは高槻駅に着いた。JRに乗って帰宅。

『ベスト100』にもポンポン山は取り上げられているが、まるでコース取りが違うので、今回はコースクリアにはカウントしない。

なお、高槻市営バスアプリが出されている。UIは美しいとも洗練されているとも言い難いが、時刻表のチェックには一応役に立つ。

三峰山 1235m

奈良交通の霧氷登山バスが走るシーズン最後の週末、三峰(みうね)山へ。6時ごろ家を出て、近鉄榛原(はいばら)駅に8:02着。

奈良・三重県境の山。昭文社の登山地図だと、『大台ヶ原』の図幅の上端ギリギリに、この三峰山が収まっている。

榛原駅から登山口のみつえ青少年旅行村までシーズン中の土日祝に直行する霧氷登山バスは、8:15と9:15の二本ということになっているが、実際はこの間、人が集まり次第順次、何台も走らせる。観光バスタイプで、原則として全員が座れるように計らってくれるようだ。

15:00と16:00の二便ということになっている帰りの便も同様。だがさらにその前の14:30に特別な便があり、そのバスに乗れば一旦「姫石(ひめし)の湯」に向かい、一風呂浴びることができる。そして16:00頃、そこから改めて榛原駅まで送ってくれる。料金はみつえ旅行村⇄榛原駅の通常の霧氷バスと変わらないうえ、タオルと入浴料100円引きのチケットが配られる。

これを利用したいと思った。ところが公式の行きの時刻表では早い8:15の便でも登山口到着は9:27ということになっており、そこから歩程を計算していってみると、14:30までに下山するのは、特別俊足ではないぼくにはかなりきびしい。下りに新道峠を回らず、途中で二分岐している不動滝/登り尾道を往復すれば、少しは時間が短縮できそうだが、それでもきわどい。まあ、間に合わなければ榛原駅まで戻ってから美榛苑の温泉にでも行けばいいだろう。そこは成り行きに任せることにして出かけた。

「三峰山霧氷号」

駅を出て、停まっていた一台めのバスにさっさと乗り込んだら、8:05には満員となって発車し、9時頃にはもう登山口の「みつえ青少年旅行村」に着いた。ありがたい。これなら14:30までに下山できる可能性は高い。早く送り出せるものなら早く送り出す。奈良交通は山歩きというものを分かっていると思う。バスの車内では、高見山行きのバスと同じく、登山届用紙が回ってきて記入させられる。これも便利だ。途中、道路脇の電光掲示板には、「気温0度」という表示が出ていた。

みつえ青少年旅行村の幟。

「みつえ青少年旅行村」から少し車道を戻り、奈良県なのに滋賀バージョンの飛び出し坊やを見て、右に、大タイ谷に沿った林道に入る。

滋賀バージョンの「飛び出し坊や」

9:12、右に、木橋を渡って登り尾の尾根に取り付くルートを分ける。今回はまっすぐ林道を登り続ける。

右に登尾道が分かれる。

9:30頃、林道が沢を渡って右に折れる地点。公衆トイレがある。ここで林道と別れ、沢沿い右岸の山道に入る。

林道の橋と公衆トイレ。こここで沢沿いに入る。
山道に入ってすぐの二条の小滝。

3、4分で、鳥居と、コンクリートの箱のような「参籠所」と呼ばれる避難小屋みたいなものがあり、その奥に立派な不動滝が姿を現わす。

鳥居と参籠所。
不動滝。
不動滝。

滝の前の橋で左岸に渡り、そこから杉植林帯の中の急登りが始まる。これは武奈ヶ岳の、坊村から御殿山への登りに似た長くキツい道だ。あたりには雪はほとんどないが、雪よりも霜柱が融けかけて再凍結したように思われる箇所が多い。上に散った杉の葉が滑り止めになっているが、歩きやすくはない。

杉植林地の中の急登。

アイゼンなしで登り続けたが、10:30頃、高度1000mの辺りで、これはそろそろ着けないとまずいなと思ってアイゼンを装着する。ところがこれが厄介だった。スノーピークのコンパクトな軽アイゼン。買ってからまだ使ったことがなかった。ベルトの長さの調節に手間取り、足の甲の外側に二つのフックを掛けるのにまた苦労する(ガニ股気味だと、足の甲の外寄りがよく見えるように脚をひねり、そこでさらに微妙な作業をするというのは実に大変なのだ)。手袋をしていては作業ができないから、手袋を外す。じっと座って悪戦苦闘していると、どんどん身体が冷えてきて、手指が凍傷寸前になり、おまけに左手親指の爪を剥がしそうになった。右足だけどうにか装着したところで、これは身体を動かさないとまずいなと思い、手袋をはめて立ち上がり、歩き出す。片足アイゼンでもなんとか効いて、20分ほどで、さらに100m上の避難小屋に着いた。スノーピークのこれは、小さな6本歯だが、しっかり氷を噛んでくれる、悪くない品だ。教訓:登山用ギアは家で必ず試してから持参すること。

避難小屋。

丸太作りの小屋。人が5、6人いた。大きめの小屋なので、余裕がある。中は薄暗かったが、だんだん目が慣れてくる。入り口近くに陣取って、山メシの用意をする。山頂か、その先の八丁平での大休止も考えていたが、稜線の上とその向こう側のことだから、どんなコンディションになっているか予断を許さない。曇って冷たい風でも吹いていたら悲惨だ。後でこれは杞憂だったことが判明するが、そういうわけで、ちょっと薄暗いけれども風の当たる心配のない小屋の中で大休止にする。ちょうど11時を過ぎたところで、山の昼飯には決して早くない。

和風ハンバーグの卵とじ。

本日の山メシは、和風ハンバーグの卵とじ。山メシレシピではなく、セブンイレブンが自社製品のプロモーションのためにiPhone用のセブン‐イレブンアプリの中で紹介しているレシピだ。コンビニ食材でほぼ完結するレシピということは、しばしば山メシにも向くということを意味する。フライパンに水とめんつゆを入れて沸かし、レトルトパックのハンバーグ、家でカットしてきた玉ねぎ、椎茸を入れ、卵を溶いて流し込む。ハンバーグ添付の和風ソースをかけ、三つ葉をちぎって散らして完成。

避難小屋脇の巨木。
避難小屋前。登尾道から登ってくる人々。

小屋の中にいるうちに、日が射してきた。食べ終わって指先の感覚も完全に戻った頃、続々と人が登ってきて小屋に到着した。登り尾からの道も、この小屋のところで合流しているのだ。小屋の外の陽射しの中で左足にもアイゼンを着けて、11:38、歩き出す。これまでの植林帯と違って、少し先から自然林になるし、傾斜も緩くなる。ここまでほとんどなかった雪も現れる。北斜面の上部のことで、結構残っている。特に人に踏み固められている登山道部分は、あちこちが完全なアイスバーンになっている。アイゼンさまさまである。

アイスバーンの登路。

11:50頃、三畝峠に着く。三峰を「みうね」と読ませるのはかなり強引な気もするが、この峠の表記は素直である。

三畝峠。

峠からは稜線をゆるゆると登っていく。このあたりから、霧氷が見られるようになる。ブラシ状に5mmぐらいに伸びたもので、小さい。数日前の暖気でいったんすべて融け、その後改めてかろうじてここまで、育っていてくれたのではないかと思う。これがうんと成長してボテボテに太ると、あのエビの尻尾タイプの霧氷になるわけだ。

霧氷。

青空が広がって日も差している。この稜線はシロヤシオツツジが多いらしい。少し進んだ辺りでは、霧氷の幅は1cmほどにもなっていた。風の当たり具合とか、気温とか、微妙な条件の差があるのだろう。山頂が近づくと、霧氷の幅は再び5mmほどになった。

1cm以上に成長している霧氷。
木の幹にも。

途中、左手の視界が開け、「御嶽山ビューポイント」という札の下がっているところがあり、確かに見えた! 御嶽山が、はるか遠くに白く浮かび上がっている。後で Googleマップで確認したところでは、198km離れている。

中央やや左寄りに御嶽山が浮かび上がっている。
中央は倶留尊山。
馬酔木の葉にも霧氷。
丸く融けているのは樹木が体温を持っているしるしだろうか。

12:10。山頂も、北側が開けて眺めがいい。

三峰山山頂と北側の眺め。

南側はゆるい傾斜の疎林で、雪が一杯に積もっている。今日は幸い風もまったく出ていない。陽の当たるその雪面に、三々五々、人々が陣取って昼食を摂っている。

山頂南側の緩斜面。

しかしあまり休まず、次の八丁平を目指して歩き出す。最初、山頂から南東に伸びる幅広い尾根に踏み込みかけた。20mほどで、これは違うぞと思い引き返す。ガイドの記述を見直すと、山頂から「数メートル戻ったところ」が八丁平への分岐だと書いてある。果たして小さな道標があった。地面が雪に覆われている今はこの分岐は少し分かりにくい。すぐに極めて明瞭な道になった。ずっと疎林だが、山の南面だけにどんどん雪が少なくなってくる。

八丁平への分岐。

10分ほどで林から飛び出したところが八丁平。

八丁平に出る。
八丁平。

かなり広い草原状の緩斜面で、南面がばーんと開けている。ものすごい大展望だ。見えているのは迷岳、古ガ丸山、池木屋山、国見山などの面々らしいが、全然山座同定ができない…。

山腹の水平道を通って、三畝峠に戻る。峠からは、避難小屋方向に戻らず、稜線通しに新道峠を目指す。こちらに来る人は案外少ない。このあたりには霧氷はまったくない。幅の広い尾根で、ブナや、落ち葉から察するにオオイタヤメイゲツなどの多い、いい感じの林だ。展望はあまりない。時々、正面に、冬枯れの樹冠越しに、トンがった高見山が見える。高見山は一昨年、やはり霧氷バスを利用して登った。

木の間越しに高見山が見える。

小さなピークを三つほど越える。三つめの1102mピークでまた休憩を入れる。持参したオニギリにはまったく手をつけていなかった。炭水化物も摂った方がいいと思い、ここでそれを食べる。

ブナ林の中の道。

すぐに新道峠。高見山まで続く稜線を離れ、北に下る。1102mピークのあたりで氷はまったくなくなっていたものの、北斜面のこの先には凍結部分が残っていることが予想された。なのでアイゼンは付けたまま。

新道峠。ここから右に下る。

道はすぐに小さな沢沿いになる。獣除けのネットが現れ、それを過ぎると左の小尾根に向かって再び登る。しばらく水平に進んでから下りになる。

水平道部分。
立派な霜柱。

最後にジグザグの丸太階段になり、林道に下り着く。

林道に下り着く。

林道に出たところでアイゼンを外す。靴紐を解いて靴を脱いでおいて外すことにした。雪の消えたあとも歩いてきたので、アイゼンの底は枯葉が何枚も重なって突き刺さり、文字通りのミルフイユになっていた。

舗装道路が凍結するとそれはそれは厄介だが、林道には雪も氷もほとんどなかった。滑空走法とコーナーショートカット走法1)で速度を上げ、みつえ青少年旅行村を目指す。

1)どちらもぼくのテキトーな命名。山歩きの際、山麓の退屈な林道歩きで、時間と労力の短縮の役に立つ。コーナーショートカット走法は、路面が安定していて、幅が広く、かつ蛇行していて、車がほとんど通らない道(林道のほとんどが該当する)で使える。コーナーの内側から内側へ、最短距離を取って歩いていくこと。林道を歩く距離が長い場合は、塵も積もればでバカにならない。滑空走法は、路面が安定していて、平坦な、あるいはやや下りの道で使うことができる。前に踏み出した足が着地するのをできるだけ遅らせ、一歩一歩の距離を伸ばす。
どちらも、多くの人が気づいて実践していそうな気がするのだが、登山入門書などで語られているのを、管見の限りでは知らない。

道路脇のつらら。
林道歩き。
旅行村に戻ってきた。

旅行村に14:15帰着。実にいい頃合いだ。旅行村の駐車場には、奈良交通のバスが四、五台止まっていた。その下のバス停で並んでいると、バスが一台下りてきて、タオルと温泉割引券を渡されて、行きに往復で買ってあったチケットの半券を運転手さんに渡して乗り込む。

タオルと入浴割引券。

15分で姫石の湯に到着。道の駅伊勢本街道御杖の中にある日帰り温泉。北東に大洞山の姿が大きい。西にのぞいているのは倶留尊山だろう。露天風呂スペースは広いが浴槽そのものは3m四方の方形に屋根のついたこじんまりしたもので、6人も入ると一杯。露天が岩風呂なのはこの日女湯になっていた方らしい。

姫石の湯。

16:00少し前、全員が戻ったことを確認してバスは出発。16:45榛原駅帰着。

不動滝から避難小屋までの登りはハードだったが、霧氷は見られたし、天候に恵まれて大展望だったし、温泉も悪くなかったし、満足度の高いコースだった。

考えたら1000m以上の山も昨夏の剣山以来だった。いかに薮山ばかり歩いてきたか、だ。そしてこれも『ベスト100』所収のコースなのでもあった。54コースめクリア。

打越峠から西おたふく山へ

2月も下旬の日曜、そろそろ三峰(みうね)山の霧氷登山に行く最後のチャンスかなとは思ったが、それには早朝に家を出なければならない。榛原(はいばら)からシーズンの土日のみ、登山口へのバスが出るのだ。しかし前日の土曜が色々とキツすぎた。早起きは前の晩早々に諦めていた。

しかし朝から天気がよかった。ここしばらくの間でもとびきりの晴天だ。なのでネギを刻み、湯を沸かしてテルモスに入れ、近場の六甲へ、西おたふく山に行ってみることにした。これも実は『ベスト100』が掲載しているコース。六甲はかなり歩いてきたが、西おたふく山へは行ったことがない。六甲主稜の中程、六甲最高峰と六甲ガーデンテラスの中間から南に伸びる大きな尾根の一つ。860mあたりの顕著なピークが山頂ということになりそうだが、そこには巨大な電波塔が立っているし、主稜部からそこまでは車道も伸びている。だからこれまで食指が動かなかった。

『ベスト100』のコース取りでは、岡本から歩き出し、打越(うちこし)峠、黒五峠を越えて住吉川の谷に入り、西おたふく山の尾根に取り付く。

岡本駅の南改札口を出て、コンビニに寄っていたりしたら、歩き出したときはすでに10:45ぐらいになっていた。駅東側の踏切を渡り、坂道を登る。右の尾根を登れば保久良梅林だが、岡本八幡脇の駐車場にも何本かの紅梅白梅があって、四分咲きになっている。

岡本八幡脇の梅。

境内を抜け、西側の急坂を登ると、突き当たりが登山口。

登山口。

八幡谷に沿った道になる。このあたりは深く狭く切り立った峡谷になっていて見ものなのだが、あまり話題にされることがない。

八幡谷の峡谷。

途中、二体の孔子像みたいなのの間を通り抜けると、古くくすんだ社があって、その奥に八幡滝がかかっている。

何の像なのだろう。
八幡滝。

自然木で手すりのようなものが設えられた急な石段を登り、道が平坦になると、南に海が見え始める。左手に「岡本バットレス」の手作りの道標があり、急斜面にトラロープが下がっている。さらに進むと「山の神」。石の祠があり、その背後で道は二つに分かれる。左に進むと、杉の植林帯の中のつづら折れの急登になる。そのつづら折れが終わり、山腹道になるところの右下に、知る人ぞ知る水場があるが、今日はほとんど水は湧き出していないようだった。

途中のお地蔵さん。

山腹の道を詰めると打越峠。12:10。小さな広場で、丸太ベンチが置かれているが、かなり朽ちかけている。左右に尾根道が通じ、十字路になっている。尾根道左(西)は打越山へ、右(東)は七兵衛山や横池に至る。横池からは、ロックガーデンから最高峰に至る「銀座通り」はすぐだ。正面(北)を下ると黒五谷を経て住吉川。丸太に座って休憩していると、西から東へ、東から西へ、北から東へ、何人もの人が通り過ぎていく。誰も立ち止まらないし、僕が登ってきた南の道へは、誰も下って行かないし、登ってくる人もいない。東から母親と小学校低学年の男の子二人という感じの三人組がやってきて、北に下っていった。つられるように立ち上がり、僕も北に下る。

緩やかな下りしばしで黒五谷を渡る。しっかりした飛び石の橋ができている。

黒五谷を渡る。

その先はゆるく広がっていて、ちょっとした庭園風。

庭園風。

ゆるゆると登って、小さな峠をもう一つ越える。

小さな峠。

下った先は住吉道で、ちょうど古い石畳が残っている部分だ。親子三人は左に、住吉方向に下っていったようだった。

石畳。

右に登るとすぐに石畳は消える。それから右斜面へ、高巻き道になる。この道がこんなに登らされるとは予想していなかった。途中、西おたふく山頂の電波塔が意外に近く見えた。

住吉谷から西おたふく山を望む。

もう一度石畳が現れ、河原に二度めか三度めに近づくと分岐がある。

再びの石畳。

左岸を直進すれば七曲りから最高峰。再び飛び石で住吉川を渡って、西おたふく山への道に入る。当初はこの住吉河原で大休止のつもりだった。ガイドブックもそれを推奨している。しかし季節のせいか、あまり落ち着ける感じのする場所ではなかった。

住吉河原。

それですぐに立ち上がる。この時点ですでに13:15ぐらい。出発が遅かったし、体調もベストではなかったから、場合によってはここから住吉川沿いにそのまま下って下山することも考えていたが、電波塔が案外近く見えたこともあって、再び登り始めることにする。右と左の足をゆっくり交互に前に出していけばいい。

道はしばらく平坦に、なおも住吉川に並行して右岸を上流に向かう。それから左へ登り始め、右に山腹を七曲りに向かう道を分けると、ジグザグの登りになる。西おたふく山の尾根先端の550mの小さなピークを回り込んで、鞍部に出る。急に西側の視野が開ける。このあたりで今日初めて、名残の雪を見る。

名残の雪。

次第に傾斜は緩くなる。この登り、『ベスト100』は、「このあたりの紅葉が美しい。ヤマツツジの季節も見応えのあるところ。少し急な登りも、赤、黄色のカエデやブナ、ナナカマドの葉が癒してくれる」と特記している。ほとんどが落葉樹で、林床はクマザサ。冬枯れの今も、確かに美しい林相だ。青空に、灰褐色の木々が映える。

熊笹の道。

マイナーな道だとばかり思っていたのだが、ジジババのグループが、二、三回、合計30人ぐらい、下ってくるのとすれ違った。その度、脇に避けて通過を待つ。まあ、ちょうどいい小休止になる。

山頂部近くには、ブナの森、小鳥の森、ツツジの森などと名付けられた周遊路が整備されている。下からここまでハードな登りを登ってきて周遊路をぶらぶら歩くことは想像しづらい。おそらく、上から車でやってきて、あたりをそぞろ歩くお客さんが想定されているのだろう。そういうお客もあまり多そうに思えないが。「ブナの森」の道をとり、小さなピークを越えて一旦やや下り、それから登り返すと、頂稜部の舗装道路に飛び出す。

舗装道路に飛び出す。

住吉河原からここまで1時間10分ほど。巨大な鉄塔の直下だ。左方向の先、駐車場だか広場だかになっていて、テントを張っている人がいた。そこまで行ってみなかったが、あまり展望はなさそうだった。ガイドには「南部に開けている頂上部の眺望の良い広場が休憩におすすめ」とあるが、それがどこを指しているのかはよくわからなかった。山の名前から、東おたふく山のような「草原」をイメージしていたが、そういう感じではない。鉄塔は、六甲山系に立つ塔の中でもおそらく一二を争う高さで、てっぺんに白い球を載せた姿はあちこちから目立つ。

休憩は諦め、車道を右に歩いて鉄塔の下を回りこみ、進んでいくと、メインの車道(ベルビュー有馬ロード)に合流する直前、(全山)縦走路の入口が左手に現れる。

縦走路入口。

車道と平行に、登山者のために付けられている道だが、平坦な車道と違っていちいち小さなピークを越えていくので、けっこう骨が折れる。全山縦走ってやったことないけど、全縦の人たちは、この道をいちいち登りくだりするのだろうか。須磨からここまで来たら、絶対に車道を歩きたくなるに違いない。階段を登って車道脇に下り、また階段を登る。

階段登り。

その二つ目のピークで大休止にする。山頂には「本庄山」という古めの石柱があった。登山地図でもガイドブックでも、このピークがそういう名前だという記述は見たことがない気がする。OK、ここは本庄山なのだ。ここで休憩にしよう。南北両面の展望が開けている。南は神戸市街から海、北は有馬や三田方面。

本庄山の石碑。

もう3時だったが、ここで本日の山メシ。例によって「げんさん」レシピで、「すき焼きそぼろうどん」。これをやるために、「今半の牛肉そぼろふりかけ」も「寿がきやの味噌煮込みうどん(乾麺)」も、わざわざネットで取り寄せたのだ。

すき焼きそぼろうどんの材料。
すき焼きそぼろうどん。

たっぷり休んで、下って車道に出る。この先、今度は車道の北側に登山道が続いているのだが、腹も重くなったし、そのまま車道を歩くと、極楽茶屋跡。ガイドではここから北に、旧版では紅葉谷、新版では番匠谷畑尾根から湯槽谷峠経由で、有馬に下ることになっている。この新版でのコース変更が道の崩落によるものであること、しかし実は現状ではこれでは回避になっていないことは、以前に書いた

かろうじて明るいうちに有馬に下り着くことは不可能ではないと思われたが、標高差800m以上の登りで歩きは堪能した気がしたし、最後に炭屋道を登り返すのはちょっと気が進まない。有馬への下りは諦め、そのまま西へ車道を歩く。16:00、ガーデンテラス到着。16:37の山上バスで六甲ケーブルの山上駅へ。ガーデンテラスから乗車した観光客の大半は中国語を喋っていた。先日の京都のみならず、こんなところにまでお越しになるのだなあ。あとは日本人の若いカップルが二、三組。日曜のことで、途中の六甲スノーパークから大勢の親子連れが乗ってきて、小さなバスは満員になった。やはり満員のケーブル、神戸市バスを乗り継いで阪急六甲駅へ。

西おたふく山、山頂部はやっぱり今ひとつだったが、そこに至るまでの道は思いの外いい感じだった、と言っておこう。

番匠谷畑尾根や紅葉谷道は以前に歩いているので、これで『ベスト100』のうち53コースめ踏破ということにする。

 

大文字山 465m

二月の初め、大文字山に。東山は伏見稲荷の背山をちょろっと歩いたことがあるだけ。比叡山もまだ歩いていない。今回もまた『ベスト100』のコース取りに従って、山科駅から歩く。たいていのガイドは蹴上から出発して蹴上に戻るので、これも岡弘氏らしいひねりだろう。

JR山科駅で下車。昔はホームに上がるコンコースだったらしい狭い歩行者用通路(ホーム表示の痕跡がある)を通って北に抜ける。東に歩いて、JRのガードをくぐってきている道をまっすぐ北へ。緩やかな坂道。左右はいかにも古くからの静かな住宅街。

琵琶湖疏水。

琵琶湖疏水に掛かる橋も渡って1kmほどもまっすぐ歩いたどん詰まりが毘沙門堂。その直前、散歩?のおじいさんに声を掛けられる。「登らはるの、大文字山?」─はい。「えらいなあ」─はあ。何と返事すればいいのかよくわからなかった。えらいなあ言われましても。石段を登ってお参り。社殿両脇の紅梅がほころびかけている。

毘沙門堂。
毘沙門堂の門の装飾。

下に戻って、西に、沢沿いの道に進む。この沢も意外と美しい。次第に山の中に入っていく感じになるが、まだ舗装道路だ。犬の散歩のおばさんに「おはようございます」と挨拶される。

沢沿いの道。

蕎麦屋だったらしい茅葺の家の下を回り込むと、右に分かれる道がある。そちらからも大文字山に登れるらしい。が、まっすぐ進む。

道端に数軒の木小屋と、彫刻が何点かと、無数のワインボトルのある奇妙な一角を通り過ぎ、

よくわからない彫刻1
よくわからない彫刻2
ワインボトル。すべて空だが、律儀に栓がしてある。

安祥寺上寺跡の石柱を見送ると、道が右に曲がって、ゲートが閉まっている。

道が右に曲がった先、ゲートがある。ここは左に進む。

その左に分かれる地道に入り、すぐの「F0」と記された標柱から右に、山道に入る。柱には、手書きで小さく、三方向の行き先が書かれている。

すぐにF0の標柱がある。

最初は踏み跡のような感じだが、すぐに意外とはっきりした道になる。これで大文字山から弓なりに伸びてきている尾根の先端に乗ったことになる。明るい疎林の下の、両側にウラジロの茂る登りだ。

登りにかかる。

鉄塔の横がF1の標柱。さらに登ると傾斜が緩まり、時折、西側に木の間越しの眺めが開けるようになる。

京都一周トレイルに、その「東山41」の標柱のあるところで合流し、右にたどる。

京都一周トレイルに合流。

左右にちらほら名残の雪が見られるが、道には雪は付いていないし、凍結もない。念のため持参した軽アイゼンを出すような箇所はなかった。ただ、少しぬかるんでいるところが多い。

低い土手があり、真新しい丸太階段を登ると、森林管理道。

土手の上は森林管理道。

横切って真ん中の尾根を進む。

大文字山山頂へは背後から、つまり東側からたどり着くので、展望が一気に開ける爽快感がある。京都市街が一望だ。北山の峰が、ところどころの谷に白く雪を貯めている。

山頂直前。両側の土饅頭のような地形が門のようだ。
山頂からの眺め。
山頂の「鹿ケ谷」三等三角点。465.44m。

大文字の火床は、北西に伸びる尾根の先、山頂から標高にして100mほど下ったところにある。ややぬかるんで急なところもある道を15分も行くと着く。こちらのほうが山頂よりもさらに眺望が開けている。下のあちこちから見上げて大の字がくっきり見えるような急斜面なのだから当然か。

送り火(大文字)火床の中心。正面は愛宕山か。
すぐ北に比叡山が大きい。

火床というのは、長さ数十センチの拍子木状の石が二枚、下駄の歯のように並んだもので、それが字画に沿って点々と設置されている。二枚の石の間に、松明を固定するわけだ。その火床に沿って、左右に幅の狭い石段が下っていっている。「大」の横画の書き出しにあたるところから少し引っ込んで、物置のようなものがあった。中には無数のポリタンク。なるほど。

物置に無数のポリタンク。

ここで大休止、昼食にしようと思っていたが、さほど強くはない風が、意外に冷たい。少し考えて、大の字の左の払いの先端の火床まで下りていく。(奇妙なことに、何冊かのガイドブックが、これを左の「ハネ」と記している。大の字にハネはない。)

大の字の左の払いに沿って下る石段。
下って見上げる。

すぐ下は林。ここなら、樹冠越しに眺めは十分あるし、風はやはりあるものの斜面を這い上ってくる風がないぶん、わずかながら寒さが和らいでいる。火床の石に腰をおろし、本日の山メシ、プルコギ。蓮池陽子『キャンプの肉料理 仕込んでいくから失敗しない66のレシピ』掲載の一つで、あらかじめ家でおろしニンニク、酒、醤油、砂糖、ごま油、すりゴマとともにジップロックに放り込んできた牛肉を焼いて、パプリカとニラを加え、最後にごま油を改めて垂らすだけ。

山のプルコギ。

大の字の上の方よりはマシだったとはいえ、大休止を終えて立ち上がった時には手指がすっかりかじかんでいた。

この左の払いの先端から下山路が続いている。明るい自然林で、気分良く歩ける。

火床から下る道。振り返って。

ガイドブックのコースは、広い鞍部に下りついたら右に戻るように進む道だったようだ。そのまま小さく登り返してまっすぐ進んでしまった。どのみち、都市の裏山のことで、この辺りには縦横にさまざまな道がついているようだ。どこかには下り着くだろう。途中、鹿よけのネットに沿って、右に曲がる枝道があったので、きまぐれにそちらに入ってみる。道端に、目鼻が油性ペンで描かれた小さなお地蔵さんが立っている。

目鼻の描かれたお地蔵さん。

小さな広場があり、そこからさらに右に下っていくと、林業用のモノレールの軌道の通る谷に出た。

谷に出た。

曲がりくねった谷の向こうから、何か機械音が聞こえてきた。ちょうど軌道で資材を運び上げてきたところだった。細い山道の真ん中を軌道が通っている箇所で、その場ですれ違うのは無理なので、横の小さな堰堤の上に退避して通過を待つ。車は、ゆっくりゆっくりと登って行った。こうした軌道は案外あちこちの山にあるが、実際に使われているのを見ることはあまりない。

軌道を車両?が登ってきた。

やがて沢を渡って林道に出た。それを下っていくと、左手は慈照寺(銀閣)の境内。回り込んで、寺の正面から下るキッチュな短い土産物屋街を歩く。修学旅行らしい学生服、女性のグループもいるが、一番多く聞かれるのは中国語だ。

慈照寺門前の土産物屋街。

橋を渡って左に、「哲学の道」に入る。このあたりから、腹具合がおかしくなる。途中、どこか喫茶店に入って手洗いを借りようと思うが、入りづらい店構えだったり休業だったり。

西田哲学の道。

哲学の道をおよそ非哲学的な速度の早足で駆け抜ける。いや、西田幾多郎なんてどのみちスローモーションのような速度でないと付き合えたものではないが、それは今はどうでもいい。

哲学の道を歩き通し、鹿ケ谷通りの角の喫茶店に駆け込んだ。扉や窓の桟を真っ赤に塗った店。¥350のエスプレッソを注文して手洗いを使う。手洗いから出ると、店の客は(ぼくを除いて)0人から3人に増えていた。扉近くの席ではアメリカ人らしい女性二人組が、地図を見ながらこの後の行き先について相談している。奥の席では角刈りで柔道かレスリングかフットボールでもやっていそうな若い巨漢が横文字の雑誌に読みふけっていた。こんな光景に出会うのも京都ならではか。エスプレッソを飲み、しばしぼーっとしてから、店を後にする。

南禅寺山門。

永観堂を横目に見て、南禅寺の山門脇を通り、金地院の前を通り過ぎて、蹴上へ。疎水の下、「ねじりマンボ」と呼ばれる歩行者用トンネルの向こうに地下鉄の駅が見える。

「ねじりマンボ」。
トンネルの内部。

トンネルの内壁を見れば「ねじり」の名の由来は一目瞭然だが、「まんぼ」とは何か。ともかく抜けると、見えていた地下鉄入り口は大きな車道の向こう。とても渡れない。キョロキョロ見回すと、左手に少し登ったところに、こちら側の地下鉄入り口があった。

地下鉄。安全「柵」ではなくて壁になっている。

地下鉄で京阪三条、一駅だけ京阪に乗って、河原町から阪急で帰宅。

四石山 (紀泉山地 384m)

年末から年明け、ずーっと風邪で、職務や家庭の雑事はぎりぎりなんとかこなしていたものの、山歩きに出かけることはできなかった。一ヶ月ぶりに出かけた。

十二月、最後に行ったのは三石山。その次に行くとしたらここしかないだろうと思っていたのが今回の四石山。まあ一種のシャレだ。同じ紀泉国境の山地に属しているとはいえ、東西に二、三十キロ離れているので、おそらくなんの関係もない。標高はちょうど三石山の半分ほど。やはり『関西日帰りの山ベスト100』がとりあげているコース。

天王寺から阪和線で和泉砂川下車。

和泉砂川駅東口。

ガイドではここから登山口までも歩いてしまうことになっている(45分)が、コミュニティバスを利用する。小さな駅だが東西に出口がある。コミュニティバスのバス停も東西にあり、乗るべきバスが停まるのは東口の方なので注意が必要だ。その名も「泉南市さわやかバス」という。どうしてイナカの役人は「ふれあい」とか「さわやか」とかこうも好きなのだろうか。コミュニティバスでいいではないかとも思うが、community と違って「コミュニティ」という日本語は発音しづらい。その「山方面まわり」路線の9:14のバスに乗る。(この路線名も、よそ者にはどこを走るのだがさっぱり見当がつかないので、路線図とにらめっこして、乗るべき路線を探し出すことになる。)

金熊寺(きんゆうじ)」バス停で降りて車道を歩く。登山口は、次の「東小学校前」のほんの一歩手前なので、後者で降りた方が賢明だった。まあ、たいした距離ではない。(昭文社の地図は、さらに奥、もう一つ東側のマキ谷という谷を詰めていく道を掲載している。キカワ谷と呼ばれるらしいこちらの谷筋には道を記していない。)登山口には円盤形の独特な道標がある。

東小学校前手前の登り口。
登り口の道標。

金熊寺は梅林が有名らしいが、まだ少し早いようだった。道端の紅梅はほころびかけている。畑の中を、左手に小学校の校舎を眺めながら登る。

紅梅。
東小学校。
別所池。

溜池(別所池)を過ぎるとまもなく、道沿いに数軒の丸太造りの建物が並んでいる。薄汚れてひと気もない。看板は「メカロトシヨプ 森の家」。いったい何なのか謎だ。

謎の「森の家」。

メカロトシヨプを過ぎると、山道らしくなる。沢沿いになり、一部では沢の中を歩く感じになる。水量は少ないので問題はない。

沢沿いの道。
沢の中の道。

山間の小さなため池がまたあり、独特の色の水を湛えている。

山の中のため池。

その先はやや平坦になるが、倒木がひどい。倒れた桜や竹や杉を跨いだりくぐったりして進む。

倒木がひどい。

この山も、このあたりまでと、最後の下りの谷筋で、フユイチゴの葉が目立ったが、少し暖かいこのあたりでは残念ながら実はほとんど終わっているようだった。

やがて再び円盤型の道標があり、道は左の植林帯の急斜面を尾根の上目指して登り始める。杉と竹の混じる奇妙な斜面。

竹と杉の斜面。

登りきった右には送電線の鉄塔がある。ここまで谷の中でしばらく日差しはなかった。冬場のことで、明るい日差しが嬉しい。ここで20分ほど休んでサンドイッチで朝食。

尾根に出た。

鉄塔、山頂方向とは逆に尾根を辿ると、右(東)の谷への急下降となる。急なうえにウラジロが茂って覆い被さり、少し歩きにくい。

ウラジロが道にかぶさっている。

下り切ると杉の植林地で、昭文社の地図がルートを記しているマキ谷だ。つまり登山地図のルートなら余計な尾根越えが一つ減るわけだが、『ベスト100』がなぜあえてキカワ谷からのルートを選んでいるのかはわからない。マキ谷通しでは歩き足りないだろうという配慮なのか、他に何か理由があるのか。

マキ谷に下りて右に向かうとすぐに、さらに東の尾根への急登になる。上部にはロープが張られている。

急登。ロープあり。

登りきって尾根上に出たとき、尾根の先を走り去って行くリスの姿が見えた。そこでまた休憩。

再び尾根に出た。

すぐ北寄りの小ピークに行くと、四石山がよく見えた。稜線に四つほどの小さなコブが並んでいる。四石山の名はこの連なりから来ているのだろうか?

四石山の眺め。中央に三つ見えている右端が山頂。

戻って南に、尾根筋を辿る。これは枝尾根のさらに枝と言うべき尾根で、ちょっと急坂になると、そのメインに一段近い枝尾根に乗る。尾根筋に乗ってからは総じて明瞭な歩きやすい道だが、メインの尾根に近づくと、道はその北斜面を巻き始める。この辺りは急傾斜の上にかなり細い道だ。

尾根筋の道。
主稜の北斜面の道はかなり薄い。

ようやく尾根に乗り、しばらく行くと、一瞬、採石場の上に出て、北側の眺めが開ける。ガイドは「大きな岩があり、休憩ポイント」と書いているし、登山地図に「眺めの良い岩場」と記されているのもここのことなのだろう。しかし「大きな岩」というのはわからなかったし、もう少し先に該当地点があるのかと思ってそのまま歩き続けてしまった。四石山の北面はかなり幅広い採石場になっていて、この後の道はやや南面を回っていくような感じの部分が多い。この先採石場側が見下ろせて展望が開ける箇所はほとんどなかった。手前から見えていた通り、いくつかのピークが連なっているので、潅木の中、少々の登り下りを繰り返す。一番奥が四石山だ。道はやや不明瞭で、テープが頼りになる。特に四石山山頂ピークの手前は尾根が幅広くなっており、気をつけないと道を失う。

そこまで誰にも会わなかったが、山頂に着くと、年配のグループが男女7人冬物語の最中だった。南側の短いコースから登ってきたらしい。山頂は決して広くないので、ぼくは仕方なく隅の方、三角点の脇に陣取って昼食にする。「四ツ石」という名の二等三角点で、384.41m。しかし周囲には木々が伸びて、展望はあまりない。北側と南側に、かろうじて木の間越しの眺めがある程度。「関空などを一望にできる」というガイドの記述は、もはや事実に合わなくなっている。

四石山。
山頂三角点。
山頂から北の眺め。
山頂から南の眺め。

本日の山メシは、サンマの蒲焼柳川風。元は『シェルパ斉藤のワンバーナークッキング』のレシピだが、乾燥きんぴらに代えてベターホームの缶詰のきんぴらを使った(コンビニによくあるレトルトパックの方がもっと簡単か)ので、フライパンにきんぴらをあけ、その上にサンマ蒲焼きをのせ、少し水を足して加熱するだけという、料理とも言えない代物だ。でも山の上ではこんなのも美味かったりする。

サンマの蒲焼柳川風。

7人組は再び南に、楠畑方向へ下っていった。しばらく山頂独り占めを楽しんでから、西へ、「わんぱく王国」方面の道標に従って下り始める。最初の方こそ少し枯葉がかぶっているものの、非常に明瞭なよく整備された道だ。山頂から西南西に向かうこの道の最初1キロほどは、大阪府と和歌山県の境になっている。

明瞭な道。
明瞭な道。

やがて道筋は北に向かい、西に、山中川を挟んだ山々が見えるようになり、そして急な丸太階段で谷に下っていく。まだ真新しい丸太だなと思ったら、途中、整備工事をしている人たちがいた。整備、ありがとうございます。

山中川の向こう、西の山。この奥に雲山峰がある。
真新しい丸太階段。

下りきって沢を渡り、向かいの小尾根にもう一度登り返すのが本来のコース。その先で大規模な滑り台が有名な「わんぱく王国」という子供向けの無料の市営公園を通る。以前子ども連れで雲山峰に行った帰りに寄ったことがある。公園の正面入り口から下ると山中渓駅の真ん前に出ることになる。谷から登り返すところに大きな立て札があり、「こちらの道は『わんぱく王国』の敷地内を通ります。/わんぱく王国の閉門時間は、16時30分です。現在地で15時以降は他のルート(この川に沿って)下山してください。/又毎月第3水曜日と年末年始(12/29~1/3)は休園となります。/他のルート(この川に沿って)下山してください。」と書かれている。今日はまたドンピシャで第3水曜日なので、「わんぱく王国」方面には向かわず、沢筋に沿って下る。

本来はここから右に再び登る。今日は沢通しに下る。

阪和道の下、トンネルをくぐると、府道64号線に出る。北に向かって1kmほどの車道歩きで山中渓駅。

阪和道をくぐるトンネル。
車道歩き。
山中渓駅。

駅に着くとすぐ、大阪直通の紀州路快速が来た。一つ隣の和泉鳥取で降りて温泉(平野台の湯 安庵)に行くことも考えていたが、駅から5分とは言えタクシーでの往復が面倒になって、大阪駅までそのまま乗って帰ることにした。

標高も低く、ハードな山ではないが、一部コースが不鮮明なところもあり、山歩きの全くの初心者には勧めない方がいいかもしれない。

三石山 738.4m

この山も、『関西日帰りの山ベスト100』以外で紹介されているのを見たことがない。岩湧山の南東にひっそりと隠れるように佇む山。昭文社の『金剛・葛城』地図にはコースは記されている。

南海高野線紀見峠駅下車。

南海高野線 紀見峠駅。
山間の狭い駅前にはタバコ屋と酒屋はあり、酒屋の前には飲料水の自販機がある。改札の真ん前に小さな道標があり、下ると「紀伊見荘から金剛山へ」向かい、左は「岩湧山へ」行くと言っている。これを左に歩き出す。

駅前の道標。
踏切を渡り、橋を渡ってすぐ、「三石山」の道標に従って、谷を離れ右に分かれる道をとる。

踏切を渡る。

紀見峠方面の眺め。
またすぐ天王神社の先で左に入り、コンクリート舗装の急坂を登る。

ここを左に。
最初のカーブのところに茅葺のミニチュアモデル二つが建っている。

茅葺のミニチュア。
丸太階段があるのでそちらを登る。すぐに再び舗装道路に出て、S字にカーブしながら登って行くコンクリート道を辿る。このあたりから、この先山頂近くまで、路傍にフユイチゴが多く、ときどき摘みながら歩く。

フユイチゴ。
道路が右に二度目に屈曲するところで、左の山道に入る。テープだけで道標はない。

ここで左に、山道に入る。

道が溝になっているところには丸太が投げ込まれ、ワイルドに「修復」されている。
ゆるやかに登って行く山腹道で、すぐに右上に東屋が現れるのでそこに上がって休憩。南東方向の眺めが得られる。

東屋。

東屋からの眺め。
山腹道に戻ってしばらく進むと、山ノ神の祠があり、その先で道は右に登って再び舗装道路に出る。

山ノ神。
少し左に歩いてまた山道に入る。

ここを右に入る。
もう一度車道を横切り、四たび車道に出たら50mほど左へ。鉄塔の下でもう一度左の山道へ。

また車道に出てしばらく進み、再度右の山道に入ってかすかなピークを越えて車道に出ると、舗装は消えていて、地道の林道ふうになる。ここで目の前に三石山が姿を現わす。あとは落ち葉の積もった林道をタラタラ下っていく。(ここまでの車道・林道を縫う道に道標はない。)

三石山が見えた。

落ち葉の積もった林道。
道が大きく左にカーブしてわずかに登りになると、三つ辻に出る。ここに「金剛生駒起泉国定公園 三石山」の大きな看板がある。

三つ辻。
そのまま右に辿ると岩湧山に行くらしい。これを左に入り、ほんの少し進んだところで右の山道に入る。この分岐にも立派な道標があるが、半ば草に隠れている。すぐに小さな尾根に乗る。

ここから三石山山頂までの標高差150mほどはほぼ一直線の急登り。この途中、ショウジョウバカマではないかと思われる株がたくさんあった。シロウトのことで確信はないのだが、もし当たりなら春先のこの道はなかなか楽しいのではないか。もし違っていたらごめんなさい。(と思ってネットで調べたら花の時期に行って愛でている方があった。やはりショウジョウバカマらしい。)

ショウジョウバカマの群落。
あと20分、あと10分というところに、CDを使った道標があった。こういう使い方は初めて見た。普通のCD-Rかなと思ったら、10分のやつは「駅すぱあと Windows版」のインストールディスクだった。

ユニークな道標。

ミヤマシキミ。
左に、帰路にとる「杉村公園へ」の道を分けるとまもなく山頂。「菖蒲谷」三等三角点があるが、杉木立に囲まれて展望はない。

三石山山頂。
ガイドブックの勧めに従って一旦西に下って林道に出、少し左に歩くと、南面の眺望が、あくまでも木の間越しながら開ける。眼下には紀ノ川が流れ、その向こうの紀伊山地の山々が青い。ものすごく青い。そこで大休止。(しかし作るつもりだった山メシ材料の半分ほども入れてくるのを忘れ、オニギリのみ。このボケぶりは今日の最後でも発揮することになる。)

紀ノ川と紀伊山地を眺めながら休憩。
山頂に戻り、さらに来た道を少し下って、先ほどの分岐から南へ。

ここを右へ。
道ははっきりしていて、分岐には道標もある。ガイドに「古くから歩かれている道」とある。道の大部分が深く掘れた溝になっていて、なるほどそうかなと思える。

巨大なテンナンショウの実。
だいぶ標高を下げてなお、コースは延々と末端の細い尾根を辿る。しかし植林帯の多い今日のコース、眺めや秋色が楽しめるのはこのあたりからだ。

秋色。
梅林が尾根上のこの道まで迫っているところがあり、そこでは南面の眺望が開ける。その先でも遠くが望まれるところがあり、高野山をはじめとした紀伊山地、さらには大峰の山々が眺められる。

梅林越しの紀伊山地。
ガイドには「東屋から右に下り」とあるが、道が右に折れて下ったところに東屋はある。一般的な東屋のイメージとは異なるが、屋根があり座るところがある以上、確かに東屋の条件は満たしている。そこから下るとすぐに丸尾池にかかる吊り橋。

吊り橋。

吊橋の途中から大峰山系を眺める。

三石山を振り返る。
渡って左に向かうと、もう一つ「東屋」がある。

もう一つの東屋。
少し登って郷土資料館の前を通り、丁字路で右折、次を左折、八王子池沿いの道を進み、真新しい国道371号線を横断すると南海御幸辻駅。本日の歩程完了。

国道371を渡って御幸辻駅へ。
ここから難波方向に戻るのとは逆の電車に乗って一駅、橋本で下車。14:34。恒例の温泉、今回は「ゆの里」に行く。駅前からの送迎バスは出たばかりだったので、駅の向かいの「三角亭」という店に入る。昼食が物足りなかったから、蕎麦と柿の葉寿司のセットを注文。

ソバと柿の葉寿司のセット。
15:25の送迎バスで「ゆの里」へ。ウェブサイトを見ると、なんだかスピリチュアル系に走っている感じだが、温泉はいたって普通。ジェットバス、ミストサウナなど取り揃えているものの、浴場は白基調のデザインだし、浴槽は2センチ四方の青系のタイル張りだし、「銭湯」っぽい印象。滝風呂はちょっとユニークか。露天風呂はまるでマンションのベランダみたいなところにあり、湯に浸かると景色はまったく見えなくなるけれども、意外と空が大きく見える。その空を、数十羽の鳩が群れをなして、何度も旋回していた。

橋本駅に戻るバスは16:10、16:45があった。後者では少し間が空きすぎると思い、ささっと上がって身支度をし、靴箱から山靴を出して履いた…ところでiPhoneがないことに気づいた。上着やズボンのポケットには入っていない。リュックにもない。靴を脱ぎ、受付に戻って先ほど使った脱衣場ロッカーの鍵を借り、二階に駆け上がって確認したがない。入浴前、服を脱ぐとき、財布やキーケースはポケットから取り出してロッカーに入れたが、そのときiPhoneもあったかとうか記憶にない。受付には落し物の届け出はないという。三角亭では写真を撮っているからあのときはあったことになる。そのまま店に忘れたのか、それとも…。

そんなことで結局16:10のバスは逃し、悄然と16:45の便を待つ。バスが来たので、運転手さんに、落し物はなかったか訊ねたが、知らないという。来るときに座った座席を見ると…あった! 行きに、ポケットからするりと抜けて、落ちていたらしい。今日は客が少なく、この間バスは二往復しているはずだが、誰にも気付かれずにそこにあったというわけだ。6年以上iPhoneを使ってきて、落としたのは初めてだ。薄く、滑らかになったiPhone 7+、こういうところに気をつけないといけない。ちなみに送迎バスの運転手さんはとても親切な感じのいい方だった。

三石山、地味な山ではある。展望の開ける箇所も多くない。他のガイドブックが取り上げていないのも宜なるかなだ。が、春先のショウジョウバカマの頃は良さそうだ。
ところで、この三石山で、『ベスト100』のうちちょうど半分の50コースをクリアしたことになる。『ベスト100』を参考に歩き始めてから四年。他のコースにも行っているからだが、全クリアはいつのことになるやら。

大岩ヶ岳・東大岩ヶ岳から武田尾へ

前に大岩ヶ岳に登ったのはもう6年前、2010年の5月のことだったらしい。『もっと阪急ハイキング』という古いガイドブックを見て行ったのだが、これがJR道場駅から舗装道路を一時間半延々と歩いて川下川ダムのところから入山するというコース取り、かなり暑い日で、アプローチだけで疲れ、持参した水分も足りず、最後はバテ切っていたのを覚えている。歩くときには十分な水分の用意が不可欠だということが身にしみてわかったのがあのときだった。

今回は『関西週末の山登りベスト120』も参照しつつ、ヤマレコのtoshithyさんという方の今年4月の記録を主な参考に歩く。

8:02道場駅着。まずは踏切を渡り、前回下山に使った武庫川左岸の道路を逆に歩く。やはり車道歩きだが、45分ほど。

踏切を渡る。
踏切を渡る。

波豆川。水量が少ない。
波豆川。水量が少ない。
武庫川の左岸を千苅ダムに向かう。道がいつのまにか武庫川から離れると、やがて支流の波豆川に沿うようになる。

千苅貯水池の門。
千苅貯水池の門。
千苅貯水場の敷地は桜の名所で、花の季節には公開されているはずだが、今は門は閉まっている。フェンス沿いに右側の川べりの細い通路を進む。途中公衆トイレがある。

千苅ダム。橋を渡って左岸へ。
千苅ダム。橋を渡って左岸へ。
前方に巨大な千苅ダムが現れる。文化庁が「有形文化財」に、経産省が「近代化産業遺産」に指定しているそうだ。両者仲良く併記したプレートが設置されているが、なんだろね、この無駄感ダブり感は。

ダムの下の歩行者用の橋を渡り、左岸を少し戻ると登山口。最初はコンクリートの坂で、それから整形された枝谷の水路のフェンス沿いになる。谷沿いをなおも進むと、まもなく道は左の小尾根に登る。

水路のフェンス沿いを登る。
水路のフェンス沿いを登る。

小滝も現れる。
小滝も現れる。
都市部に近い低山の常として、この山も多数のコース、様々な踏み跡がある。『ベスト120』が言うように、地形も複雑だから、地形図は必携。

「南コース」を右に分け、さらに登ると、道は西向き斜面の中腹をトラバースするようになる。左下には千苅貯水池が見下ろせる。

右は「南コース」。ここは左へ。
右は「南コース」。ここは左へ。

千苅貯水池の湖面が見下ろせるようになる。
千苅貯水池の湖面が見下ろせるようになる。
湖水の方から、ウィンウィンという妙な機械音がする。見下ろすと、金属製の筏のようなものが湖の真ん中に浮いていて、音はそこから来ているようだった。水質調査か何かの一種のロボットなのだろうが、山の中で聞きたくはない音だった。

小さな枝谷を小さなコンクリート橋で渡り、小尾根を乗り越え、もう一つ小さな谷を同じく小さな橋で渡り、改めて尾根に乗る。

橋その1。
橋その1。

橋その2。
橋その2。
ここから尾根伝い。このあたり、道は溝状になっている。

溝状の道。
溝状の道。
砂地の明るく開けた箇所があり、最初の休憩に使える。ここで朝食のオニギリ一個。

大岩ヶ岳(右奥)が姿を現す。
大岩ヶ岳(右奥)が姿を現す。

羽束山を望む。
羽束山を望む。
左に、貯水池沿いに波豆に向かう道を分け、尾根筋を北東に向かって登る。

岩の登り。
岩の登り。
傾斜がきつくなり、それから尾根筋=道筋が90度右に曲がり、ひと登りすると356mのピークに着く。地図を見ていなければ、大岩ヶ岳山頂に着いたと勘違いしてぬか喜びしそうだ。

急斜面の登り。
急斜面の登り。
少し下って最後の急坂を登る。山頂直前、かなり大きな岩が現れる。

山頂直前の岩。
山頂直前の岩。
大岩ヶ岳の山頂は南北にのびる神戸市北区と宝塚市の境になっている。本当に眺めがいい。北側にうねって続く千苅貯水池の湖面、その先の羽束山、大船山の特徴的な姿が、絵になっている。西には有馬富士や三田市街、丹生山系、南西には六甲の山並。

山頂から北の眺め。
山頂から北の眺め。

山頂から東の眺め。
山頂から東の眺め。
山頂には一人先客がいて、ドローンを飛ばそうとしているところだった。どのくらいの距離飛ばせるのか尋ねると、1キロぐらいだそうで、今日は高速道路の撮影をするのだという。数日前にも来られていて、その時は雲海が見られたという。

オニギリをもう一つ食べて、早々に山頂を辞する。

山頂から東に下る。
山頂から東に下る。
東に下って、平坦な道になり、249mの小山の北側を横断する。249mピークを挟むように、その西側でも東側でも、丸山湿原へ下る道が分かれている。

分岐。
分岐。
今日はどちらにも下らず直進する。二つ目の分岐から6、7分急坂を登ると、大岩ヶ岳手前よりもさらに大きな岩が現れる。

東大岩ヶ岳直下の大岩。
東大岩ヶ岳直下の大岩。
その右に回り込んで稜線に出て、左に辿ると東大岩ヶ岳。大岩ヶ岳より狭いが、ここも眺めがいい。

東大岩ヶ岳からの眺め。
東大岩ヶ岳からの眺め。左端は大岩ヶ岳。
ここで本日の山メシ、Lチキの赤ワイン煮。

Lチキの赤ワイン煮。
Lチキの赤ワイン煮。

材料。
材料。
元レシピは例によって「げんさん」の「ファミチキの赤ワイン煮」。ファミチキがLチキになってしまったのは、ウチの近くのファミマがトロくて、朝早くはファミチキがなかったり、おにぎりすらほとんど品がなかったりするからだ。ローソンは舛添の選挙資金を出して以来、極力使わないようにしているのだが、仕方ない。元のレシピ、記述はないが、画像には赤や黄色のパプリカらしいものが見える。なので、(げんさんが他のレシピで使っていらっしゃる)HOSHIKOの乾燥野菜を足した。コンビニチキンごときを赤ワイン煮にしてもちょっとという感じはなきにしもあらずだが、もちろん食える。「げんさん」はこのレシピを「テント場で」の夕食として紹介なさっているので、昼食にする場合にはしっかりアルコールを飛ばすように気をつけないといけない。

食事の後、一旦北に下り、馬の背に向かう。大きな一枚岩でできた尾根は、馬の背、龍の背の名にふさわしい。先端に、小さなピークがあり、そこからの眺めもいいが、二、三人でいっぱいになりそうなほど狭い。

馬の背。
馬の背。

馬の背
馬の背から見る大岩ヶ岳。

馬の背から振り返る東大岩ヶ岳。
馬の背から振り返る東大岩ヶ岳。
東大岩ヶ岳に戻り、丸山湿原に向かう。右に下って分岐まで戻ってもよかったのだが、尾根通しに進む。この道はやや薄いものの、随所に赤テープがあり、踏み跡としては上等なほうで、とにかく尾根通しだから、尾根の屈曲部などで方向を誤らなければ、迷うことはない。

oiwagatake-28

最後は南東にゆるく伸びた尾根を下りきると、丸山北側の明瞭な遊歩道風の道に出る。すぐ左は北東から延びてきている車道の終端で、駐車場になっている。ここまで車で来て、湿原観察に向かう人がいるらしい。

丸山北側の道に下り着く。
丸山北側の道に下り着く。
道を西に向かう。丸山西分岐、丸山南分岐を過ぎて、ゆるやかな谷道をたどっていくと、第一湿原北分岐。木製の柵がめぐらされた湿原の、東側周回路を柵沿いに進む。(ここで西側周回路、291.4m三角点を通って南西に向かえば、東山橋を経て道場に帰り着く。『ベスト120』が紹介しているコース。)ところどころにベンチがある。湿原観察に一番いいのは、クソ暑い8月あたりのようだ。今は眺めわたしても何もない。浦の苫屋の秋の夕暮れ。いや、紅葉はあるし、まだ夕暮れではない。

丸山湿原の木道。
丸山湿原の木道。

丸山湿原。
丸山湿原。
湿原地帯を過ぎて沢を渡ると、第一湿原南分岐。ここから左に、川下川ダム方面に向かう。道標には「岩場あり通行注意」と書かれている。

その少し先、toshithyさんの記録のGPSトレイルは奇妙な動きを見せる。左の小尾根を越え、ちょっとした回り道をしているのだ。その分岐で空を見上げると、高圧線の電線が通っている。小尾根を越えるのはおそらくその巡視道なのだろう。距離的には回り道だが、この先の岩場は回避できるし、何か別に面白いところのある道なのかもしれない。今回はとにかくまっすぐ進む。

岩尾根を下る。
岩尾根を下る。
しばらくの沢沿いから、狭く急な岩尾根の下りになる。件の道標の注意書きはここのことを言っているのだろう。少しスリリングだ。下の方は鎖の手すりが設置されている。

岩尾根の途中から南の眺め。
岩尾根の途中から南の眺め。

岩尾根下部には鎖がある。
岩尾根下部には鎖がある。
下りきったところは左右の小沢の合流点。右の小沢にちょっとした滝がかかっている。一旦左岸に渡り、すぐにまた渡り返す。二、三回渡渉があって、190m基準点のあたりて車道に飛び出す。この入り口には道標はない。

車道に出た。左奥から出てきた。手前側に進む。
車道に出た。左奥から出てきた。手前側に進む。
車道を右に歩くと、やがて川下川貯水池の湖岸の道になる。前方に建設中の新名神の橋が見える。事故があったのはもっと西だが、あんなものが落っこったら、それは大変だわなあ。

川下川貯水池と新名神の橋。
川下川貯水池と新名神の橋。

新名神の橋の下をくぐる。
新名神の橋の下をくぐる。
川下川ダムの脇から坂道を下り、JRのトンネルの上を通過、一旦西方向、道場方向に200mほど下る。

まっすぐ進めば道場駅方面。ここで左に折れる。
まっすぐ進めば道場駅方面。ここで左に折れる。
今回は道場駅までの一時間半の車道歩きをするつもりはない。ここから鋭角左、東向きに、水平な道が分かれている。これを進む。明らかにかつて線路敷だった道だ。

元線路敷の道。
元線路敷の道。
JRの橋の真下で道を外れて武庫川の河原に下り、川下川を渡渉する。河原は大きな岩ががゴロゴロしていて歩きにくい。おまけに、大水のたびに流れてきたと思われるゴミがけっこう散らばっていて汚い。この部分は武庫川の水際なので、水量の多いときには通行困難になりそうだ。

武庫川の川辺に下りる。
武庫川の川辺に下りる。
やがて左の山腹を行く踏み跡が現れる。川下川出合から武田尾まで、武庫川は二回S字に屈曲している。言い換えれば、左岸・右岸から2回ずつ尾根が川筋に突き出している。コースは左岸通しに進むが、一つ目の尾根の先端を回り込む手前に、二箇所岩場がある。二つ目の大岩を乗り越える箇所にはロープが下がっている。

二箇所の岩場が見える。
二箇所の岩場が見える。二つ目は画面中央右寄り。

一つ目の岩場。
一つ目の岩場。

二つ目の岩場。
二つ目の岩場。
白いガードレールが現れるとその先は平坦になり、旧線路敷の面影が感じられる(ガードレールは線路敷がそこで途切れていることを示している)。

再び旧線路敷の道。
再び旧線路敷の道。
現在のJRが今一度トンネルから姿を現わすところがあり、道はその下を通っている。ここから先は林道状で、とてもしっかりしている。もとの線路敷であり、トンネル工事の際には車両が入ったりもしたのだろう。途中、かつての線路に付属していたと思われる石積みの防護壁がある。

古い防護壁。
古い防護壁。
生瀬から武田尾の間の旧線路敷はハイキングコースとして人気があり、最近改修が行われて再オープンしたばかりだが、武田尾からこちらはほとんど紹介されることはない。

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武田尾温泉が近づく。対岸の復旧作業のために、工事車両が渡る臨時の土橋ができているのを眺めて進むと、紅葉館の下に出る。無料の足湯があり、10人くらいのハイカーが集まっていた。

そのまま通り過ぎて、左に折り返して紅葉館に向かう。

紅葉館入口。
紅葉館入口。
14:40。フロントで日帰り入浴できるかと尋ねると、15:00までだがいいかと言う。長湯はしないから構わない。タオル付き(バスタオルも使える)で¥1800。日帰り温泉施設の相場が¥600、ホテルが日帰り入浴させるケースの相場が¥900~1000というところだから、その3倍、2倍。ちと高いというかかなりぼったくり感があるが、風呂はいい。黒を基調に丸太の梁を配した大浴場はきれいで落ち着いた雰囲気。露天風呂は小さいが、対岸の山々を眺めながら入ることができる。

紅葉館から5分ほどで武田尾駅。宝塚に出て帰宅。

惣川谷支流と足洗川の噴泉

元はデジタル朝日のこの記事。兵庫)川の中の岩から吹き上がる水、どうして?

中山はかなり前に何度か行ったことがあり、縦走もしたことがあったが、南側の登路としては、阪急中山駅(現中山観音駅)からの奥の院参道と清荒神駅からの道しか知らず、天宮塚を通る道は歩いたことがなかった。昭文社の登山地図には、中山桜台の住宅地ぎりぎりを通る東の尾根通しの道は記されているが、足洗川沿いの道の記載はない。だからそこに道があることも知らなかった。

上記の記事で、噴泉があるというのは、その足洗川沿いのコースの中程らしい。記事をツイートしたら、知人のにゃみさんから反応があり、では行ってみましょうかということになった。噴泉に行くだけでは歩きとして物足りないから、惣川谷支流を詰めて中山最高峰へ、下山路に足洗川コースを回る。

惣川谷支流は2012年、2014年のいずれも11月に行っている。今回もなぜか2年おいて11月。宝塚在住の登山ガイド、ライターで、六甲のガイドブックを何冊も書いていらっしゃるにゃみさんは、そこらじゅう歩きつくしているかと思ったら、意外なことに惣川谷支流は行かれたことがないという。僭越ながらガイドさんをガイドしての遡行。

宝塚駅前から9:05のすみれガ丘東行きバスですみれガ丘一丁目下車。のはずが、うっかりしてすみれガ丘中央まで行ってしまった。住宅地内の道をたらたらと戻る。宝塚北高校を回り込み、採石場沿いの車道を北に歩く。途中、鈴なりにものすごい量の実を付けたアキグミが何本もある。タンニンが強くてあまり食べられないが、リコペンもトマトの10倍ぐらあるという。

アキグミ。
アキグミ。

惣河谷支流

惣川谷に架かる橋を渡り、県道33号線に合して、少し右に歩いたところで、ガードレールを越え、ゴミの多い斜面を沢に下りる。

橋からの惣川谷。
橋からの惣川谷。

下りたところは惣川谷の本流で、20mほども右に下ったところに、左から支流が合している。ここから遡行開始。遡行と言っても普通の登山靴だし、にゃみさんに至っては軽い布靴なので、水にはほとんど入らないし、滝もほとんど高巻き。

最初の小滝。
最初の小滝。
モチツツジ。秋に咲くことも多いそうだ。
モチツツジ。秋に咲くことも多いそうだ。

やや水量が多かったか、最初の小滝の左をへつって抜けるのに少し苦労した。2年前にはなかったロープが下がっている。しばらく行くと、大滝、F1が現れる。

F1。
F1。
F1。
F1。

右から採石場の土手を通って巻くこともできるが、ひっつき虫だらけになる。今回は左、少し戻ったところから、設置されているロープに頼りながら急斜面を登る。そこから右岸の断崖の上のちょっとスリリングなトラバース。ありがたいことにずっとロープがある。東側の採石場と高層住宅群が目に入る。F1の上部が小さいながら見事なゴルジュになっているのを眺める。

F5。
F5。

いくつか小滝を見て進み、F6、F7に寄り道。どちらも立派。

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F6。
F6。
F7。
F7。

戻ってコース最大の激登りでF6〜F8までを一気に巻く。40度近くありそうな急斜面に、延々とロープが張られている。

巻道の上からの眺め。
巻道の上からの眺め。
巻道の上に、さらにこんな岩壁がある。
巻道の上に、さらにこんな岩壁がある。

登り詰めた岩峰で、展望を楽しみながら小休止。この上にも岩壁、対岸も岩壁。かつてよくクライミングゲレンデとして使われていたはずとのこと。

F8上部に下る。
F8上部に下る。

右下に斜瀑F8を見ながら沢筋に戻る下りもかなり急斜面。数年前の崩落地を通り、F9へ。残置ロープと鎧で左側が登れるのだが、にゃみさんは即座に巻道を選択。w

F9。
F9。

F10を難なく越える。F10の上、右側に、見慣れない鉄梯子があった。どこに出るのかの確認は次回の宿題にする。

F10。
F10。

遡行終了点〜中山最高峰

自衛隊が造成した道を回り込んで、最後の小滝を越え、土管橋で遡行終了。

遡行終了点近くの小滝。
遡行終了点近くの小滝。

ここから直接続く山道があるはずなのだが、それがどこなのか分かっていなかった。造成された道を少し登り、前回見つけた切通しの道からコース後半に入る。沢まで戻ったところに古い案内板がある。が、取り立てて役立つ情報はない。

古い案内板。
古い案内板。

ここから左に、小さな尾根通しに下る道があったので少し行ってみた。これがあの遡行終了点から続く本来の道なのだろう。次回は下からこれを登ってくることにしよう。ただ取り付き部分は草薮に覆われていそうだ。

コースは沢筋に戻ったところ、案内板の立つところからすっかり穏やかに表情を変えた沢を渡りかえしながらゆるく登る。疎林の中の緩やかな沢沿いの道が続く。

色々なキノコがある。
色々なキノコがある。

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かなり進んで左にひと登りで稜線に出る。反対側、木の間越しにゴルフ場が見える。前々回はゴルフ場の中に入り込んでしまい、そちらから強引にこの尾根に登ってきたのだった。途中、大峰山の眺めのいい場所がある。道々、植物に詳しいにゃみさんにあれこれ教えていただく。このあたりにも案外タカノツメやコシアブラが生えていることを知る。

尾根道の途中からの大峰山。
尾根道の途中からの大峰山。

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この尾根をたどり、中山最高峰の少し下、461mピークでメインの登山道に合流。その先、気まぐれに大峰山側に回り込む道を取って西側から山頂へ。

「げんさん」レシピの「山のそば鍋」を作って大休止。(ところで、商売柄か、例えば山で山メシを作ったとき、元々のレシピの出典などは記すようにしているし、山のコース取りに関しても、どのガイドブック、どのブログ記事を参考にしたか極力記すようにしているのだが、そこらへん無頓着にしれっとオリジナルであるかのように書いているブログやヤマレコ、YAMAPの記事もよく目にする。そういう感覚の方が普通なのか。)

山のそば鍋。
山のそば鍋。

下山:足洗川ルート、噴泉

メインの登山道を下り、461mピークを通り過ぎ、天宮塚への道に入る。天宮塚は枝尾根の上の小ピークで、南側の眺めがとてもいい。

天宮塚。
天宮塚。
天宮塚からの眺め。
天宮塚からの眺め。

そこからの下りは中山桜台の住宅地ぎりぎりの尾根道。しばらく進んで右の谷筋に下りていく。これが足洗川。沢沿いの道はしっかりしている。鋼製のカゴに石が詰め込まれたような堰堤、「第4号鋼製自在枠谷止」を右から越えて下り、道が右岸から左岸に渡るところで、谷の下流に噴泉が見えた。

第4号鋼製自在枠谷止。
第4号鋼製自在枠谷止。
噴泉が見えた。
噴泉が見えた。

相当に勢いよく噴き出している。噴泉の真横から沢に降り、じっくり眺める。沢の真ん中の岩の穴から噴き出す水は高さ3mにも達しようかというほど。鉄分を含んで黄色い。飛沫の当たる一帯がすべて黄色く染まっている。周囲の沢水とは明らかに質が違う。脇の登山道寄りのところからも、同じ色の水が染み出している。面白い。

噴泉。
噴泉。

ここは有馬高槻構造線に近く、この先の下山地、中山観音駅と隣の山本駅の間には、有馬同様の金泉を持つ温泉「宝乃湯」もある。噴き出している水は熱くはないが、その枝脈のようなものなのだろう。

しばし見とれてから下山の続き。これで本日のミッションは完了。「第3号鋼製自在枠谷止」を左から越えると、もう甘い実をつけているフユイチゴがあった。近くにはまだ蕾の固い株もある。

フユイチゴ。
フユイチゴ。

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夫婦岩からの道を合わせ、さらに下ると市街地。中山寺の前でにゃみさんと別れ、中山観音駅の南ロータリーに出ると、ちょうど宝乃湯の送迎バスが停まっていた(→送迎バス時刻表)。金泉にも浸かって、再び送迎バスで中山観音駅へ。阪急電車で帰宅。

にゃみさんによる記事はこちら