道畦谷北尾根から荒地山

5月も下旬に入った月曜、荒地山へ。参考にするガイドは江頭務『六甲岩めぐりハイキング』2018年、創元社。その巻頭の「弁天岩と伝承の岩めぐり」のコースに概ね従う。出たばかりのこのガイド、タイトル通り六甲の「岩めぐり」を主題に編まれたユニークなもの。そこで紹介されているコースや岩はあらかた知っていたけれども、やはり取りこぼしていたものもある。

「弁天岩と伝承の岩めぐり」コースは、芦屋川右岸の道を辿って道畦谷北尾根から荒地山に登るもので、6年前、にゃみさんの『六甲山ショートハイキング77を参考に、一度歩いたことがある。城山、鷹尾山を経て尾根筋をたどり岩梯子を経て山頂に到るのが荒地山のもっともスタンダードな登路だとすれば、こちらは一種の「バリエーションルート」である。

芦屋川駅を9:15頃出発。一番奥の住宅地の急坂の途中で右に折れ、城山への道に入る。

直進すると高座滝、ロックガーデン。右に折れると荒地山。

6年前にはもっと手前のY字分岐を右に、動物霊園の横を通って芦屋川沿いに歩いていくことができたのだが、今はそのルートは閉鎖されている。霊園裏の広場辺りで焚き火やらBBQやらして騒ぐ馬鹿者がいたので地主が怒って通行禁止にしたと聞いた。元々あった踏み跡を整備して代わりに付けられたのが現在のルートで、城山への登山道に入ってすぐ、右に分かれる道に入る。道標も立てられている。(なお、『登山詳細図』のこの分岐の位置はデタラメである。)

分岐。左に登るのがスタンダードな荒地山登山道。右が芦屋川右岸道に到る。

概ね平坦な道を辿る。芦屋川の水音が聞こえてくるとすぐ、一対のベンチのあるところで旧道に出る。9:42。ここにもあってしかるべき道標はない。下りで辿ってきた人はそのまま旧道に入ってしまうのではないか。江頭氏が特記しているように、ここにはヤマザクラの巨木がある。花の頃にも来てみたい。

一対のベンチのある旧道合流点。

その先、多少のアップダウンのある道を20分あまり歩く。

「落石注意」と刻まれた落石。

「陽明水」に着く。小さな差掛け小屋の中に、テーブルとベンチがある。ここはカエデの新緑が美しい。しばし休憩。

陽明水の差掛け小屋。
陽明水前のカエデの新緑。

そこから10分足らずで「宝泉水」。

宝泉水。

こちらは小さなベンチが一つだけ置かれている。コアジサイが咲いている。陽明水も宝泉水も、斜面にさされたパイプから、今日は勢いよく水が流れ出している。

コアジサイ。
ミヤマナルコユリ。
宝泉水の前から見上げる空。

いい天気で、地面に踊る木漏れ日すら眩しい。

コアジサイ。

宝泉水から左に小尾根を登る道と右に下る道がある。右をとる。砂防ダムを左から越え、流れを渡ると分岐。

分岐。
コナスビ。

右の斜面を登るのだが、江頭氏のガイドに従い、一旦正面の幅広い道を進んで寄り道。すると谷の真ん中に巨大な岩が挟まっている。手前左手の踏み跡を登り、真横から岩の上へ。「これほどの巨岩に名がないわけはないと、さんざん調べたが手がかりは得られなかった」という江頭氏は、航空母艦岩と命名している。もうちょっとコンパクトに空母岩でもよかろう。上部は真っ平らで異様に広い。木漏れ日を浴び、すぐ横を流れるせせらぎの音を聞きながら、しばし岩の上に座っていた。たしかにちょっと訪れる価値はある。

空母岩を横から見る。
空母岩。
ソヨゴ?

分岐に戻り、岩の斜面を登る。岩の滑り台のようなところを登りきると、木蔭が切れて、強烈な陽射しにさらされる。

岩の滑り台のような登り。
岩の登り。
モチツツジ。

さらに岩の道ひと登りで、これも江頭氏命名の「知るべ岩」に着く。

「しるべ岩」。

岩の裏の小ピークに上がると、芦屋川の対岸、ごろごろ岳の中腹に、特異な形の「烏帽子岩」が見える。これもガイドの記述がなかったら気づかないところだった。寛延三年(1750年)の山論裁許状にもこの岩の名が記されているという。

「しるべ岩」から眺めるごろごろ岳の斜面。

「知るべ岩」の右が分岐になっていて、左が道畦谷北尾根、右が弁天岩。ここでもまず右に寄り道。少し水平に進んだあと、落ち葉が積もって変に乾燥しぐずぐずになった下り。こういうところは踏み跡を見失いやすいので、戻るときのためにも、時々振り返って道の様子を記憶する。『登山詳細図』は、等高線沿いにラインを描いているが、実際は一旦下って登り返す。再び下りになると、「ナマズ石」。右下すぐのところに芦有道路が見えている。ナマズ石は、阪神大震災のときに、荒地山山頂部付近からここまで転がり落ちてきた巨石。説明板などによれば、数百メートル、幅10メートルにわたって樹木をなぎ払いながら転がってきた。長さ8.6メートル、重さ推定500トン。震災で移動したもっとも大きな石だそうだ。

ナマズ石。

ナマズ石の左側を越えて、登って下ると弁天岩。その下には水神社の跡があり、すぐ向こうは芦有道路のガードレールだ。

弁天岩。

そこから右に、ヘヤピンカーブをなす道路に挟まれた部分の踏み跡を、ヘヤピンの頭に向かって進む。道路を横断して向かいの山道に入るとすぐに芦屋川の流れに行き当たる。右が轟音を立てる弁天滝の落ち口。落ち口の左岸側に雨乞いに使われたという「まな板石」がある。

弁天滝の落ち口。向こうに「まな板岩」がある。

知るべ岩の分岐まで戻り、少し木蔭に座って一息入れる。センダイムシクイが絶えずさえずっている。あんなに立て続けに焼酎をあおっても大丈夫なのか? 

道畦谷北尾根ルートに入る。ここからが登り本番。最初は露岩の急登り。ときどき振り返ると、ぐんぐん視界が開ける。

振り返ると視界が開ける。
露岩の登り。

一段落して「石のベンチ」のある小広場に出る。12:30。東側のベンチに座ると、松の木の間に大和葛城山、金剛山が見え、今日はさらにその間に大普賢岳まで見えている。西側は露岩の点在する荒地山の斜面。ここで長めの休憩。

石のベンチ。
石のベンチから、大和葛城山、第普賢岳、金剛山を眺める。

12:55、再び歩き出す。ちょっと暗い斜面の岩海地帯を抜けると、巨石の間を縫うような急登になる。

オトシブミの巣。
岩海の登り。
巨石の間の登り。
振り返ると眺めがいい。
コツクバネウツギ。

それが終わると山頂部。13:15。右に、扇岩に立ち寄る。眼下に芦有道路と、北に奥池の住宅地が見えている。

扇岩。

少し戻って、西への道に入る。この分岐は、少々分かりにくい。入口の木の幹に塗られた赤ペンキの目印が、かなり薄れてしまっている。山頂部の台地の上に乗っているので、傾斜は小さいが、微小地形は案外複雑だ。しかし入口が分かりづらい以外、迷うところはない。扇岩から15分ほどで、荒地山山頂と芦屋ゲートを結ぶメジャールートに行き当たる。

この道標の裏から出てきた。

(ところで『岩めぐりハイキング』のこのあたりの記述はまったく要領を得ない。「扇岩を後にして5分程登ると、はっきりしたT分岐がある。右手は荒地山に登る道で、左手は岩の展望台に降りる道である」というのだが、これがどこのことを指すのかまったく不明だった。芦屋ゲートへの道についての言及もない。最初の「はっきりしたT分岐」はここであり、左が荒地山山頂、右が芦屋ゲートである。左にとって、笹に囲まれた道を行くと、もう一つの三叉路がある。ここは左に下れば岩梯子、右に進めば荒地山山頂だ。「岩の展望台」と名付けて紹介されている地点、写真を見ると、岩梯子や新七衛門嵓の上のテラスのようにも思える。だから「はっきりしたT分岐」とはこの三叉路のことを言っているのかもしれない。しかし同書の絵地図は、岩梯子への道とはまったく別の枝道のように記している。)

コシアブラ?
もう一つの分岐道標。手前から来た。右が荒地山山頂、左は岩梯子。

ともかく荒地山山頂へ。

荒地山山頂。

小広いが展望のない山頂では、年配の女性二人が座り込んで、おしゃべりに余念がなかった。前を通り過ぎ、左に、黒岩への道を下る(道標はない)。樹林の中、標高差で40mほどを下ると道はいつのまにか小尾根に乗る。この小尾根の先端にあるのが黒岩。14:00。

黒岩。

上部のわりあい平坦な巨石が固まっていて、周囲から突き出しているため180度以上の眺めがある。しかも巨石群の真ん中に赤松が枝を広げ、日蔭を作ってくれている。週末は大抵人がいるが、今日は貸切だった。途中で三、四十代のトレラン三人組がやってきたが、きゃっきゃ言いながら写真を撮ると、とっとと下っていった。ここで大休止、本日の山めし。コンロを置く完全に平坦な場所を確保するには少し苦労した。「げんさん」レシピの「鷄白湯丼」

鶏白湯丼。
その材料。

ここから『岩めぐりハイキング』の別項のルート「荒地山のボルダーめぐり」に入ることも考えていたが、少し遅くなった。14:45、急下りで高座谷の奥に出て、キャッスルウォールの下を通り、高座滝を経て、芦屋川駅に戻って帰宅。

キャッスルウォール。登攀練習をしている人がいた。
荒地山堰堤を右から越えてくだったところにある道標。これも謎が多い。「通行禁止」と書かれているのは今しがた下ってきた道だ。荒地山は谷を挟んだ東側にあるので、左上に進んでもロックガーデンから風吹岩にしか行けないはずだ。手前の下を指している道標に従えば、確かに芦屋川駅に出るが、ロックガーデンは通らない。
高座谷右岸道の不動明王。
高座の滝。今日は水量が多めのようだ。
高座の滝前の護摩堂。
その手前の「金玉大明神」。
エゴノキ。高座谷に多い。
カキドオシ?

和泉葛城山 858m

5月1日。大和葛城山ときたら次は和泉葛城山である(そうか?)。ともかく、このあたり、中葛城山、南葛城山と葛城山だらけなのだが、この前大和葛城山に行くまで、どれにも行ったことがなかったのだった。和泉葛城山はまた山頂部での車道歩きがあることもあって、当初は食指が動かなかった。本州最南端で国指定天然記念物というブナ林の新緑を狙って行ってみることにする。今回もまた『関西日帰りの山ベスト100のコースに従う。

ガイドによってコース取りにはいくらかバリエーションがあり、『関西周辺の山ベストコース250』は牛滝山から登り、谷筋の道を蕎原に下る。『関西周辺週末の山登りベスト120』は同じく牛滝山から登り、なんと紀泉高原スカイラインの車道を歩き通して犬鳴山まで行ってしまう。『ステップアップ六甲・金剛・比良・京都北山』は、塔原から北尾根を登り、牛滝山に下る。『大きな地図で見やすいガイド関西南部』や『関西百名山地図帳』は『250』の逆コース。しかしこの蕎原の谷コースは現在通行止めである。
いずれも大阪側のルートで、分県ガイドの『和歌山県の山』あたりなら南側のルートを紹介していそうだが未確認。どれも牛滝山経由のいわゆる「地蔵さん登山道」を登下山どちらかに利用しているのが目に付く。
『関西日帰りの山ベスト100』もやはり牛滝山から入り、北尾根を下るので、『ステップアップ』の逆コースに近いが、北尾根の途中から塔原ではなく蕎原側に下る。

岸和田から牛滝山へ行くバスは本数が少ない。7:00の次はなんと11:30である。短めのコースだとは言っても、11:30では遅すぎる。頑張って5時ごろ家を出て、岸和田を目指す。

早朝の岸和田駅前。

早朝の岸和田駅。新今宮で一本早い電車に乗れてしまったので早く着いた。バスターミナルのベンチに座ってぼーっと朝日を浴びる。周囲の商店はまだほとんどがシャッターを下ろしており、人通りも少ない。タクシーはなぜか何台も停まっている。駅前にはローソンがあり、その奥にTEAR岸和田という名の葬儀所がある。涙の岸和田か、引き裂く岸和田か。

南海バスでもICカードが使えるようになったのはありがたい。三、四人の客を乗せて、やや小さめのバスは定刻に走り出した。真っ平らな街中から、次第に南の山が近づく。一時間弱、結局終点で降りたのはぼく一人だった。

大威徳寺山門。

坂を登って山門をくぐり、大威徳寺の境内に入る。紅葉の名所らしく、カエデの新緑が鮮やかだ。鐘楼、多宝塔を経て、本堂の背後から山道が始まる。

鐘楼と多宝塔。
本堂。
本殿背後の登山口。

二つの道があり、右に直接二ノ滝に登る道と、左に降って一ノ滝直近を経由する道がある。左を採る。

一ノ滝。

一ノ滝から階段道を上がり、二ノ滝への道に合流。渓谷沿いを、二ノ滝、三ノ滝、錦流滝を見ながら進む山道。意外といい感じだが、錦流滝の直上に砂防ダムが見えているのにはがっかりする。

錦流滝。

その砂防ダムの上で渡渉。ガイドブックによっては「難所」だと書いてある(『ステップアップ六甲・金剛・比良・京都北山』JTBパブリッシング)が、言うほどのところではない。よほどの増水時は上の車道を迂回すればよい。

渡渉地点。

再び植林地の中の急な丸太階段をひとしきり登ると、車道に出る。そこに七丁地蔵が立っている。

車道に出たところの七丁地蔵。

この道は、地蔵さん登山道と呼ばれており、丁石がすべて地蔵像になっている。地蔵たちは、牛滝町内会の人たちの手になる赤いよだれかけを纏っていて、よだれかけには、般若心経が書き込まれている。左10mほどで、再び山道に入る。

再び山道に入る。

入り口のコンクリート階段を登って進むと、すぐに八丁の地蔵が、右手の斜面に現れる。丸太階段が続く。ずっと植林地で、たまにハナイカダなどが見られる。

九丁。
山の木の根元のうろの乾いた砂には大抵蟻地獄が巣を作っている。
ハナイカダ。
十一丁。
丸太階段が続く。
十三丁。

十四丁の地蔵だけ小さい。小沢の源頭部に当たるところで、水がしみだしているが、汲めるほどではない。

十四丁。
十六丁。

十六、十七、十八丁と傾斜は緩くなり、その先、ちょっとした鞍部で尾根に乗る。ここで一休み。ガイドにはこのあたり「突然、視野が開ける。伐採地で日当たり、眺望ともよく、切り株などに腰を下ろし、しばし休憩」とあるが、そのポイントはおそらく消滅しているだろうと予想していた。その通りだったようだ。伐採地にはまた植林がなされることもある。植林によるものも、自然林も、木々の成長は意外と速い。そしてまた伐採が行われることもある。低山のガイドブックの展望地点の記述は、だからあまり当てにならない。この尾根に乗った地点は、右側が自然林になり、明るく気持ちのいい所だが、展望はない。コゲラか、キツツキの木を敲く音、ウグイスや、ポポポポポという、ユーモラスな、しかしなぜか時に不穏に聞こえるツツドリの声。

十九丁。

すぐ先に、十九丁の地蔵さんがいる。最後にひとしきり丸太階段登りがあり、ようやく車道に出る。

奥に車道が見える。

道の反対側に二十一丁の地蔵が立っている。

二十一丁。

車道を右にたどる。ここから1.8kmは車道歩き。ところどころ緩い登りになっている。早速ミニバンが一台走っていったが、車は少なく、あとはバイク二台と自転車一台にすれ違っただけだった。ほぼ稜線上の明るい道路だが、意外に日陰も多くて助かる。左右には、イタドリ、タチツボスミレ、ムラサキケマン、ウマノアシガタなど、里山の春の植物が多い。チゴユリの群生もあった。大抵のチゴユリは下向きに花を付けるが、このあたりのチゴユリの花は、割と上向きな奴が多い。

上向きなチゴユリ。
明るい車道歩き。
山頂までの距離を表す標識が立っている。
ニョイスミレ?

右に下る本谷林道を分けて、なおもまっすぐ歩くとまもなく、右に「ブナ林ボードウォーク入口」が現れる。

「ボードウォーク」入口。
ムラサキケマン。

最初は折り返すように平坦な土の道があり、それから谷の源頭部を回り込む木道が現れる。それが結構な登り坂だったりもする。

最初は平坦な土の道。
上り坂になった木道。

ブナ林というよりはブナも混じる広葉樹林、なのだけれど、新緑の鮮やかさは格別だ。ここにも、直下まで車で来たのだろうと思われるごっついレンズ付きのカメラを持った写真屋さんたちが何人かいる。

新緑のブナ林。
新緑のブナ。

ボードウォークを抜けると、山頂の神社参道の階段最下部に出る。少々食い違った十字路で、正面の道に入れば、あたりで最大のブナが見られるはずなのだが、そちらは路面崩落で立ち入り禁止になっている(この道はその先、近木川沿いを蕎原(そぶら)に下るルートで、つまり現在このルートは使えない)。

十字路。正面は通行止め。
石段を登る。

左に石段183段を登ると和泉葛城山山頂。二つの石の祠があり、周囲にはいくつかのベンチがある。

展望台に向かう道。

その奥、「展望台」に向かう道があり、やや草のかぶったところを抜けると円筒形のコンクリートの展望台が現れる。

展望台。
展望台1階のイスとテーブル。

40段の螺旋階段を上って展望台へ。今日も春霞で視界は良くない。この和泉葛城山のある紀泉山地の延長上、西の方の犬鳴山あたりのハイランドパーク粉河の五本松展望台がよく見える。紀ノ川を挟んだ龍門山や飯盛山もその独特な形で際立っている。本当は北西の大阪湾方面、南東の高野山から大峰方面も見えるのだろうが、残念ながら霞んでいる。

紀ノ川を挟んで、竜門山、飯盛山。
西には粉河の展望台が見える。

ここで本日の山めし。シンプルに豆乳味噌ラーメン。チャーシュー、細切りピーマン、塩昆布をジップロックに入れ一晩冷凍。山の上で水と豆乳でラーメンを茹で、添付スープの素を入れ、具材をトッピング。『フライパンで山ごはん2』のレシピ。

豆乳味噌ラーメン。
その材料。

コンクリートに囲まれた中での山めしは少し味気ない感じもしたが、周囲にほかに落ち着けそうな場所はなさそうだったので仕方ない。展望台には下の車道の方から登ってくる道もある。展望台の手すりなどには、どこぞの真似らしく、いくつもの南京錠が掛けられている。

カップルの名の書かれた南京錠。

神社の石段を下って戻り、そのまま北の尾根道に入る。しばらくまだブナ林の中、幅広いしっかりした道で、六甲で言えば一軒茶屋から有馬に下る魚屋道みたいな感じ。

ニガイチゴ?
北尾根。
まだブナ林。
ミヤマシキミの花はもう終わってしまっている。
地蔵よりは新しそうな丁石がある。
チゴユリ。

右下に車道が見えてくるとまもなく、「作業用道路」の屈曲点に飛び出す。ベンチが一つある。ワゴン車が停まっていた。左前方にはチェーンの車止めがある。

「作業用道路」に出る。
右に下ると車道に出る。

右に下ると、車道に出る。ここから300mほど車道下り。右に登山道が現れる。

車道から山道へ。

車道に並行して少し下り、また車道を横断して、少し左で山道に入る。このあたり、もう花は終わっていたが、ショウジョウバカマが多い。

二度め、車道から山道へ。

ちなみに、『関西日帰りの山ベスト100』掲載の地図のこのあたりのラインも、かなり杜撰である。玉冷泉はもっと手前にあるし、最初に車道に出てから山道に入る地点は、描かれているよりもS字一つ分、車道をさらに下ったところにある。道標はしっかりしているから大過はないと思われるが。

枇杷平。

道が尾根に乗り、二基の灯籠の台石のみが残る少し広くなったところが枇杷平。展望はない。ちょっと休憩。その先、道を外れて左の稜線上に上がると、「枇杷」三等三角点520.40mがある。木の間越しに大阪湾側の眺めがある。

「枇杷」三等三角点。

標高460m付近で道が右に折れるところの手前、左の稜線上を見上げると、木々の間に石塔が見える。

ここの左上に、
これがある。

たまたま通りかかった地元のハイカーの方に教えていただいたのだが、周囲に木が茂って、「200回以上登っている人でも気がついていなかった」という。この辺りでバードウォッチングをして、双眼鏡をぐるりと回した時に偶然発見したのだそうだ。その人は灯籠と言っていたが、やはり水輪の抜けた五輪塔のように見える。しかしまた最下部は方形の地輪と違い、灯籠のようでもある。ともかく、今の登山道は稜線の東側少し下を通っているが、古くはあの塔の立つ稜線上に道があったのだろう。

道が左に折り返し、少し下ると塔原と蕎原の分岐。ガイドブックには「蕎原への道は見逃しそうなので左手の山側を注視」とあるが、現在は「貝塚市医師会」による立派な道標が立てられていて、迷う気遣いはない。

道標。前方で、塔原に下る道(右)と水平な蕎原への道(左)が分かれている。
モチツツジ。
分岐方向を振り返る。

その先、蕎原に下る道も、「いきなり悪路で急坂の下りになる。初心者には、ちょっと厳しい下りだ」とあり、「山と高原地図」(2016年版)にも「ルート荒廃」と注釈があるものの、近年人の手が入れられたのか、特に問題は感じなかった。分岐までよりも細くはなるが、ゴロゴロした石もなくなり、むしろ歩きやすいぐらいだ。分岐直後が、何本も道がつけられていて混乱するかもしれないが、歩きやすいところを選んでいけばよい。

人家裏のコンクリート道を下る。

道はすぐに左側の小尾根の中腹を下っていくようになる。人家裏の細いコンクリート坂を下ると、集落の中に出る。古い木造家屋の多い、いい感じの山里だ。

集落の中の道を右に下り、信号のある交差点手前100mほどのところで左に折れ、橋を渡って川の左岸の山裾の道路を歩く。800mほどで道が右に蕎原口に向かって曲がるところ、「身障者用駐車場入口」とある坂道をまっすぐ登ると、「ほの字の里」の温泉棟の前に出る。

「ほの字の里」温泉棟。
「ほの字の里」はかつての小学校だ。グラウンド、体育館、バーベキュー場。

「ほの字の里」は、廃校になった小学校を転用した施設。体育館も残されて活用されている。グラウンドがあり、背後の岩山の斜面にはアスレチック遊具もある。屋根のかかったBBQ施設や、地元産品の売店もある。全体にとても良い施設だという印象を受けた。露天もある温泉はナトリウム炭酸水素塩泉だとかで、ぬめりがあり、温まる。

絶妙な場所に置かれたバス停標識。

ここから水間観音駅までは、貝塚市のコミュニティバスを利用する(施設のサイトには、週末のみの蕎原口からの水鉄バスしか紹介されていない)。その中の「黄バス」と呼ばれる路線だ。バス停は「ほの字の里」正面入り口、階段を降りて駐車場を抜け、短い坂を登って府道40号線に出たところにある。なんとこのコミュニティバスではICカードが使えた。運行しているのは水間鉄道らしい。このバスで水間観音駅に出て、初めて水間鉄道に乗り、貝塚で南海に乗り継ぎ、帰宅。

水間観音駅。

このコースも、車道歩きがある割には、季節と好天のおかげもあるだろうが、意外と楽しめた。

大和葛城山

大和葛城山も、関西ではメジャーな山の一つなのに、登ったことがなかった。いつも、行くならツツジの季節かなあと考え、その時期になると、でも混んでいるだろうなあと思って、ずっと行きそびれていた。今回はツツジの季節の前の平日に、カタクリなどのスプリング・エフェメラルを狙って行ってみることにした。

いつも通り、『関西日帰りの山ベスト100のコース取りに従い、北尾根を登って弘川道を下る。北尾根はスタンダードなルートだが、大抵のガイドブックは、櫛羅(くじら)ノ滝ルートや、天狗谷道または水越峠経由のダイヤモンドトレイルと組み合わせて紹介している。しかし櫛羅ノ滝ルートは台風による崩落で通行止めになっているし、天狗谷道・水越峠は、スタートないしゴールとなる地点へのバスが、週末しか走らない。(ガイドには「櫛羅滝コース」の「通行禁止が解除されている」とあるが、その後再び通れなくなったようだ。)

だが歩いてみた結論から言うと、弘川道は、あまり積極的には推奨しにくい。週末に、天狗道を利用するのが賢明かもしれない。

阿部野橋駅から近鉄に乗り、尺土駅で乗り換えて、御所(ごせ)駅下車。南北に伸びる山地の東面が朝日をいっぱいに浴びている。奈良交通バスで、「葛城ロープウェイ前」へ。いつもながら、このあたりの山の登山口は高台にあり、奈良盆地方面の眺めがいい。もっとも今日は春霞だか黄砂だかPM2.5だかが濃く、遠くは霞んでしまっている。

葛木ロープウェイ前。山上駅も見えている。

ロープウェイの駅前を通って右に抜ける。駅には「カタクリの開花状況:満開」という掲示があった。

ロープウェイの駅の掲示。

「ようこそ大和葛城山へ」とデカデカと書かれたゲートを開けて平坦路を進む。

ようこそ大和葛城山へ。
しばらくは平坦。

櫛羅ノ滝コースと北尾根コースの分岐が現れる。櫛羅ノ滝コースはロープが張られて通行禁止になっている。北尾根コースはそこから右にいきなりの急登。

分岐の、櫛羅滝コース入り口。進入禁止。
北尾根コース取り付き。いきなり急登。

ところどころ平坦になることもあるが、厳しい登りが続く。

北尾根コース。

標高530mあまりのところに、岩と岩の間に板を一枚渡しただけのベンチがある。南から東への眺めのいい展望地点。右はロープウェイの山上駅、左は高見山あたりまでが見えている。ここで一息入れて朝食。

530m地点のベンチ。
ベンチからの眺め。

途中、チゴユリが固まって咲いているところがあった。コバノミツバツツジはほとんど散っているが、たまにまだ花をつけている株がある。

チゴユリ。

標高610mあたりで尾根に乗り、少し傾斜は緩む。右側は杉檜の植林地になる。

尾根筋に出ると右側は植林地。

710m付近でそのまま尾根を突き上げてダイトレ(ダイヤモンドトレイル)に出る道と、左にやや下る「自然研究路」の分岐がある。ガイドブックのコースでは自然研究路に進むのだが、ここも昨年の嵐で崩落があり、進入禁止のロープが張られている。

自然研究路(左)とダイトレへの道(右)の分岐。
自然研究路入口にある進入禁止の掲示。

崩落があると言っても、まったく通れないということはないだろう、行ってみてやろうかなどと考えていると、ロープの向こうから歩いてきた人がある。状態はどうか、通れないことはないという感じかと訊ねると、彼は苦笑しながら自分の黄色い腕章を指した。巡視員だった。そういう立場であれば通れるなどと答えるわけにはいかないだろう。おまわりさんに向かってどの家が入りやすいかなどと尋ねてはいけない道理である。

仕方ないのでダイトレへの道を登る。これもまだなかなかの急登だ。小さなニシキゴロモや、まだ蕾のヤマツツジが見られる。山桜の巨木があって、花びらがいっぱいに散り敷いている。

まだ急登が続く。
ニシキゴロモ。
散りかけたコバノミツバツツジと、まだ蕾のヤマツツジ。
桜の花びらが散り敷いている。

やや平坦になった先、左右にロープの張られた、カタクリ群生地が現れた。時刻、気温、日差しの関係か、開いている花は多くない。多くは棒のように閉じている。開いていても、あのカタクリ特有の、花弁の反り返った姿はほとんどない。

ダイトレのメインルートに出て、左へ。花の終わろうとしているショウジョウバカマが二、三見られる。

ダイヤモンドトレイルに合流。前方右下から来た。この後ろに進む。

少し進むと、分岐がある。大きな道標があり、左は「自然研究路から山頂 1.4km (階段少ない)」、右は「ダイヤモンドトレールから山頂 1.0km(階段多い)」と書いてある。これは左に行くしかないだろう。

ダイトレから自然研究路に入る分岐。

山ひだをうねうね進んでいく道をとると、すぐにまたカタクリ群生地が現れた。まあまあ開いている花もある。

カタクリ。閉じているものが多い。
最大限開いていてこのぐらい。

丸太階段をちょっと下ると、左下からの道が合する。その入り口は封鎖されている。先ほど巡視員氏に出くわした道の、反対側の封鎖地点だ。

左の丸太階段を下りてきた。右は封鎖されている自然研究路。

このあたりの山ひだの北側斜面が概ねカタクリ群生地になっているようだった。カンアオイ(ミヤコアオイ?)もそのあまりにも地味な花とともに姿を現しており、ここはギフチョウの棲息地でもあるようだ。北寄りの谷の高いところには、まだ山桜が固まって咲いている。

谷の奥ではまだ桜が咲いている。
カンアオイ(ミヤコアオイ?)の地味な花。地面すれすれの茶色いのがそれだ。

やがてロープウェイ山上駅からの舗装道路に出る。右に登る。

ロープウェイ山上駅からの道に出た。正面奥から来た。
奈良側の眺め。

右に進むとダイトレ分岐。先ほどの「階段多い」道にここで合する。飲料の自販機があり、念のためスポーツ飲料を一本補給する。すぐ先に「白樺食堂」がある。日・祝のみの営業のようで、今日は閉まっている。

ダイトレに再び合流。手前右から来た。

その白樺食堂前から右に入るのが、草原の葛木山頂への道。

白樺食堂前の山頂登り口。
山頂への道。

ほどなく山頂。三角点は上面だけを見せて地面に埋没している。予想外に大きななだらかな山頂で、ススキや笹が刈り取られていて、四方の展望が開けている。今日は空気の透明度が低いのが残念だ。

葛城山山頂。

西向きの斜面に腰をおろし、「即席キムチ鍋」。『山ごはん12か月』の「げんさん」レシピ。鍋キューブの「ピリ辛キムチ」を使うので、キムチは使わない。豚バラ薄切りと、袋入りで売られている白菜浅漬けが主な材料だ。漬物は汁ごと使う。白菜は1/4株ほどが丸ごと入っているので、あとで食べるときに噛み切るのに苦労した。調理段階でまな板の上に出してナイフで切ったらビショビショになりそうだったし、フライパンに放り込んだ状態でナイフを使うわけには、フライパンが傷つくから、いかない。キッチン鋏でも持参すればよかったかもしれない。

即席キムチ鍋。
その材料。

これで結構腹が膨れて、別に持参したおにぎりはもちろん口に入らず、〆に食べるはずだったラーメンも投入する気にならなかった。レシピでは一人前となっているが、二人で食べるのにちょうどいい量かもしれない。

パンパンの腹を抱えて立ち上がり、広い山頂部を少し歩き回る。山頂部は南側がさらに小さな丘のようになっていて、その向こう側に葛木高原ロッジがあり、その先の斜面が一面のツツジになっている。まだ蕾は固く、茶色い塊にしか見えない。南側のその向こうには、金剛山が大きい。

山頂にはこんなところもある。
葛城高原ロッジ。
真ん中の茶色いのがツツジの群生。右奥は金剛山。
ツツジの開花にはあと少し。

山頂部東側の道を戻り、先ほどのロープウェイからの道がダイトレと合流する地点へ。実はここは三叉路ではなく、もう一本、西側にキャンプ場を抜けて下る道がある。これが弘川道。

葛城キャンプ地の下を通る。

多くの山のキャンプ場同様、どこか薄汚れた感じのキャンプ場の下を通り過ぎ、植林地に入って行く。驚いたことに、ここから先の林床はショウジョウバカマの一大群生地だった。そういえば三石山の植林地も、季節を外れていたから花は見られなかったが、ショウジョウバカマの株が無数にあった。今頃はあそこもこんな感じなのだろう。

ショウジョウバカマ。
相当な群生ぶりだ。

この弘川道、「山と高原地図」にも記載されているものの、決してメジャーではなく、ガイドブックの記述も圧縮されすぎていて、ややわかりにくい。それに何より長い。

ガイドブックの記述を見よう。

青崩(あおげ)への分岐はゲートのある「弘川寺」方向へ進む。

今現在、ここにゲートはない。ただし明瞭な道標がある。

青崩への分岐。直進する。

アンテナを右から巻くように下り、林道を道なりに弘川寺方向へ歩く。

これはまあその通り。

五ツ辻を経て、ゲートのある分岐を右の広い林道へと進む。

五ツ辻。手前から来た。左に下る。

ここで五ツ辻と呼ばれている地点、道標も何もないので、ちょっと問題になりうる。「経て」という記述は、いったいどの方向に進めばいいかという情報は含まれていないので、不親切だ。地形図から見て、左に谷に下って行く道を取ればいいのだなと判断した上で、少し座って休んでいたら、もう一つ先の道から、三人の年配の男性が下ってきた。誤って進み、戻ってきたらしい。多分ここ下るんですよ、保証はしませんけどと言って彼らを見送り、しばらくしてから腰を上げてあとを追う。コンクリート舗装の坂道をずんずん下る。

ずんずん下る。

「ゲートのある分岐」という表現もよくわからなかった。左に分かれて登って行く道(分岐?)があり、それを見送ってあくまでも谷筋を進む。少し先に「ゲート」があり(つまり「ゲートのある分岐」ではなく、分岐の後にゲートが現れる)、しかもそこには「工事中につき通行止 ご協力ください」という看板と、大きな文字で「この先通行止 人も通れません」という看板がある。ゲートの脇は少し空いていて、リュックを肩から外せば人一人は通ることができる。あのなあ、車やバイクならともかく、ここまで下ってきて通れませんと言われたって、はいそうですかと戻って登り返す歩き手はいないだろ、と思いつつ先に進む。通行できない理由も明らかでないし。

ゲート。通行止の表示がある。

しばらく行くと、山側に土嚢が多数積まれ、つい最近崩落地を修復したばかりという感じのところを通る。そこから少し先、左下30mぐらいの植林地の林の中から、先の「三匹のおっさん」に声をかけられた。この先に工事箇所があり、追い返されたので別の下り道を探しているのだという。ともかくその工事箇所まで行ってみることにする。

問題の箇所は、山腹から谷筋のコンクリート舗装の道に出る箇所だった。その直前が崩落したらしく、パワーショベル一台が入って、二人の男性が作業中だった。すぐ下の谷に、この先の道が見えている。二人は口々に、一応にこやかにだが、ここは通れません、向こうに通行止の表示をしておいたんですけど、などと曰う。だからな、ここまで下ってきてはいそうですかと戻るハイカーはいねえよ、と思いつつ、黙って頷く。いや、お仕事ご苦労様です。こういう場合、普通は、歩行者用の迂回路を設定した上で工事にかかることが多いようにも思う。

工事現場。

彼らの鼻先でこれ見よがしに植林地の斜面を下ってやろうかとも思ったが、三、四十メートル戻ったところで、リュックから軍手を取り出してはめ、いくらか傾斜がゆるそうなところを選んで、ジグザグ歩きとカニ歩きを合わせて、道なき急斜面を二、三十メートル下の道目指して下る。工事箇所の脇を通らせてもらえればずっと楽だったと思うが、まあ、もうどうでもいい。それにしても、あの「三匹のおっさん」は随分と戻ったところから下り始めたものだ。その後の彼らの消息は杳として知れない。後述するように、この先も道の分かりにくいところは何カ所かあるのだが、無事下り着けただろうか。

下の道に出て、とっとと歩き出す。

再びガイドの記述。

四ツ辻も、「弘川寺」方面へ直進。

四ツ辻。手前から来た。正面の土の道に進む。

林道は左にカーブして下っている。その左にある古い道標「弘川寺」というのは左に下る道を指しているのか、直進する道を指しているのか曖昧だ。右にも舗装道路が登っていっていて、少し先にゲートがあり、そのゲートは跳ね上がって開いている。直進する道は、幅広いが土の道だ。入り口に大阪府による国定公園の略地図があり、その下に、ブリキ板だろうか、「弘川寺←」という手作りの小さな道標がある。

土の道の入り口の手作り道標。

その先、路傍には下向きに花をつけるモミジイチゴやヤマブキの花が目立つ。

モミジイチゴ。
ヤマブキ。

広い林道を蛇行しながら下り、道が左に曲がるところにある分岐は右の細い山道にとる。手製の小さな道標しかないので要注意。

「右の細い山道」正解はここ。

この記述にもちょっと振り回された。蛇行しているんだから「左に曲がるところ」は何度もある。実際その都度踏み跡があり、少し入ってみる。いくら何でもこれは違うだろ、と思って戻る。かなり先で「正解」を見つけた。「手製の小さな道標」は見当たらない。この記述、「左が谷になっていて左に曲がるところ」とでも書けば、ずっとわかりやすく限定されたことだろう。それまではずっと右側が谷だからだ。細い山道というか、これまでの林道に比べて細いので、低山の山道としては幅広い部類に入る。この辺り、「山と高原地図」の赤いラインは概ね正しいので、スマホ版でGPSを取りつつ歩くのがいいかもしれない。

「弘川寺文化と歴史の森」の看板があるエリアに入り、複雑な道の三つの分岐を右にとる。

この記述もよく分からない。「複雑な道の三つの分岐」というのは、三叉路のことか、分岐が三つあるのか。「右にとる」とだけ言っているのだから、分岐は一箇所なのだろう。それらしい分岐には、17、18、29という数字の読み取れる作業用と思しき標識があり、そこにほとんど薄れて消えかかった「弘川寺」という手書き文字が読み取れる。それに従って、右の山腹道をたどる。「弘川寺文化と歴史の森」の看板はこの後に出てくるが、これ以前にはない。

それらしい分岐。
看板の薄い手書き文字を読み取る。

「弘川寺文化と歴史の森」の看板と、京都一週トレイルに見られるような、角柱の上を斜めにカットしたような立派な道標が現れる。少し先に、伐採が行われて、西方向の視界がひらけている箇所がある。そこからまたずんずん下っていく。

西側(左)の視界が開ける箇所。

次は「すぎ・ひのきの道」へ右折。

「すぎ・ひのきの道」分岐。
道標の上の略地図。

確かに、しばらく下った先、角柱の道標がまたあり、鋭角に右折して谷を登っていく道が「すぎ・ひのきの道」だと告げている。「山と高原地図」はこれを顧りみず、そのまま下っていくルートを描いていて、そちらの方が明らかに早そうだったが、乗りかかった船、岡弘氏の記述に従って「すぎ・ひのきの道」に入ってみる。谷の奥を回り込んで、かなりの急登も交えつつ、北側の尾根に乗る。

新緑は鮮やかだ。
チゴユリ。

「さくらのこみち」をやり過ごし直進。/尾根道を歩き、分岐を左の「桜山周遊路」へ入ると弘川寺へ導かれる。

とあるが、「さくらのこみち」は近年「里山の道」と改称されたようだ。そういう道標が立っている。さらに進んだ先、一段下ったところに道標があり、左が「桜山周遊路」だと書いてある。左に進む。あたりは桜やツツジが多く、下生えの草の緑が目に心地よい。

西行の墓近く、まだ残っている桜があった。
下生えの緑が気持ちの良い道。

いくつか脇道があるが、下へ下へ向かう道をたどると、大きな石碑を右下に見て、T字路に下り着く。一旦右に行くと、木立に囲まれた大きな広場になっていて、そこに似雲と西行の墳墓がある。カエデの緑が美しい。

西行の墳墓。

前々回の笠置山と前回の吉野は南朝・後醍醐天皇つながり、吉野と今回の弘川寺は西行つながりになった。意図したわけではない。要するにムカシの人はみんなここら辺りでごにょごにょやっていたわけだ(<強引すぎるまとめ)。しかし奥千本といい、弘川といい、西行の、美しい土地を選ぶセンスはなかなかのものではないかという気がした。冬は大変そうだし、食料などどうしていたのだろうとは思うが。

T字路に戻り、反対方向に、水が流れシャガやマムシグサの咲く野道を通り、右に下ると舗装道路に出た。

マムシグサ。
舗装道路に下り着く。

少し先が弘川寺。

弘川寺。

境内に入り、石段を下り、左に坂道を下る。やや広い道路に突き当たって左に50mほど登ると、河内バス停。この時、16:35。バス時刻は16:30。ここはバスの転回点、終点なので、時刻通りに発車したはずだ。次のバスまで1時間。

河内バス停。バスは出たあと。

仕方ないので、17:12のバスがあるはずの別路線の河内小学校前バス停まで、さらに500mほど歩く。バス停は「さくら坂」という新興(と言ってもかなり古そうだが)住宅地の坂道を登ったところにあった。ベンチにすわってぼーっとバスを待つ。小学校の向こう、弘川寺の背山の新緑が西日を受けて美しい。

河内小学校前バス停から弘川寺方面を眺める。

実はこのすぐ先、ワールド牧場なる施設の中に「一の湯」という温泉があるはずだが、残念ながら週末しか営業していないらしい。

数分遅れてやってきた金剛バスに乗り、富田林駅まで20分。ICカードは使えない。金剛バスだからね。

駅前でタクシーに乗ってしまった。うぐいすの湯へ。市街地の道路はやたらと信号が多く、妙な迂回も必要で、車で動くのは大変そうだった。

うぐいすの湯は一度閉鎖され、最近「Book & Spa uguisu」という奇妙な名前で復活したようだ。本が一冊しかないのかと思った。あるいは予約して温泉、か。それも違う。時間制で1時間まで500円。マンガなどが並んだ休憩室やマッサージ、食堂もあり、時間無制限の選択肢もある。温泉自体は、なかなか充実している。

uguisu。

送迎バスもあるが、日祝のみの運行で、終わる時間も早い。帰りは駅まで歩く。下り坂で、12分ほどだった。

富田林駅から準急で阿部野橋へ。

吉野・百貝岳(863m)

これも『関西日帰りの山ベスト100のコースに従って吉野の百貝岳へ。今年は花が早い。それでも奥千本まで行けば花が見られるだろうと踏んだ。またこの時期、吉野は観光客でごった返すわけだが、平日なら混雑もいくぶんマシだろうと思われた。

ガイドブックは「4月の桜は見事だが、人ごみで山歩きには不向き」と言いながら、歩いてみて分かったことだが、巧みに人の多い場所、多い時間帯を外した、岡弘氏らしいコース取りになっている。それでもコース中程は人ごみに入らざるを得なかった。(岡弘氏のもう一冊、軽めのコースを集めた『関西気軽にハイキング』は、同じ道を登って人の多い水分神社付近に出る手前で宮滝方面に下っていくコースを掲げている。これも上手い歩き方に思える。)

そもそも山歩きコースベスト~の類のガイドブックで、吉野を取り上げているものは多くない。さらに百貝岳を扱っているものはほとんど見ない。百貝岳は奥千本のあたりから南東に続く大峰奥駆道とは反対に、西に突き出したピーク。

近鉄吉野駅
駅前。左側は土産物と飲食の店が並ぶ。
待機するバス。

吉野駅を出ると、脇に土産物屋の並ぶ駅前広場の向こうは、バス待ちの人々の列でいっぱいだった。今日はなぜかロープウェイが運休だったらしい。奥には何台ものバスが停まっている。それを尻目に、左に、車道に出る。岡弘氏のコースでは、いきなり坂を登って旅館や土産物屋の並ぶ稜線上のメインストリートに出ることはせず(それは帰路に通る)、北側の温泉谷沿いの道を進む。あくまでも舗装道路で、つまらないかと思ったら、意外にいい感じだった。中程に吉野温泉湯元の旅館があるほかは、人家もほとんどない。意外に切り立った両側の斜面に生えた桜はほとんど終わっていたものの、ところどころむき出しの岩が混じる中、明るい芽吹きに満ちていて、里の春の草花がふんだんに見られる。

ウマノアシガタ。
クサイチゴ。
ムラサキケマン。
タチツボスミレ。
ヒメウズ?

斜面のいたるところにシャガが青々とした葉を突き出していて、すでに花を付けているものもある。左右からところどころ、小沢が流れ落ちている。定番のタチツボスミレ、ウマノアシガタ、ネコノメソウ、クサイチゴの花も多い。

なんとニリンソウの群落があった。

吉野温泉湯元。
左斜面から落ちてきている小沢。下の黄色いのはショウジョウバカマの花のあと。

中でも意外だったのは、右から落ちている小沢の下に、ニリンソウの小さな群落ができていたことだ。ところどころの路傍の岩の小さなくぼみには、小さなお地蔵さんや五輪塔が祀られている。

ネコノメソウ。
両岸、こんな斜面。山菜(おそらくわらび)を採っている人がいた。
路傍の石仏。
温泉川。
シャガの花。

谷の奥で舗装道路は終わり、石畳の小道に突き当たる。右に下ると五郎平茶屋、左に登ると如意輪寺。この辺りで振り返ると、歩いてきた谷の眺めがいい。

石畳を登る。
この階段を上ると如意輪寺。

石畳を登り、最後の石段を上がって如意輪寺の境内に入る。休憩。

如意輪寺本堂。
鐘楼。

小広い境内には上の駐車場から下りてきた観光客が大勢いる。ここまでほとんど人がいなかったのと対照的だ。お守りなどの土産物やアイスクリームまで売っている。山門脇には役行者像。本堂左には楠木正行が植えたとされるモッコクがある。

さまざまなものを売っている。
後醍醐天皇陵に上る石段。
裏の山門。

本堂の左手から回り込み、後醍醐天皇陵への石段道を見送って、本堂裏手の道を進み、裏の山門から出る。ここにも数台の車が停められている。

さらに石段を登る。そこから振り返る。

さらに石段を登ると大きな駐車場で、手洗いもある。

観光車道を横切り、向かいの山道に入る。

もう一段登って観光車道を横断し、反対側の駐車場脇の山道に入る。ようやくの山道だ。植林地の中の登りで、かなり先まで後ろから車の騒音が追ってくる。

ようやく山道。
シハイスミレ。

ガイドには展望がよいと書かれているが、近年植林されたらしい部分もあり、展望はない。シハイスミレが見られる。道が平坦になると、石畳の道に合流する。すぐ上が稚児松地蔵堂。お堂の上に屋根が差し掛けられ、両側はベンチになっている。ここで休憩。

石畳の道に合する。稚児松地蔵堂がある。

地蔵のすぐ先、水平に宮滝方面に向かう石畳の道に分かれ、右に石段道を登る。

稚児松地蔵堂のすぐ先、正面は宮滝への道。右の石段を登る。

これも平坦になると四つ辻で、ここにも祠がある。日拝地蔵。左はやはり宮滝に行く道。

日拝地蔵の四辻。

まっすぐ進み、ひと登りすると小さな墓地で、急に大展望が開ける。花矢倉展望台の下の、車道がつづら折れに登ってきているところの最上部付近。

ここを登ると、
突然眺めが開ける。

墓地が切れて車道に出る手前あたりが眺望ポイント。北西の、二上山、葛城山、金剛山、岩湧山から竜門山あたりまでが一望できる。

金剛山、岩湧山、竜門山。
大和葛城山、二上山。

車道を登る。右に花矢倉展望台に出てみる。ちょっとした広場に茶店があり、前面の桟敷は飲食物を購入しないと立ち入り不可。桟敷と桟敷の間のわずかな隙間に観光客がひしめき合っている。すぐ下の先ほどの地点よりも眺望がいいわけでもない。広場には客待ちのタクシーも二、三台停まっている。

展望台から戻り、車道を進む。両側に人家が犇めく狭い道路に、あとからあとからタクシーがやって来る。人通りも多い。そこを抜けると左上が吉野水分神社神社。これはたしかに一見の価値のある建築だった。意外とこじんまりしている。中庭のしだれ桜も満開だった。でも人は多い。

吉野水分神社。
その境内。

その先、民家は途切れるが、なおも車道。やはりかなりの車と、人通りがある。

クロモジ。
相変わらず車道歩き。

600mほども進むと、高城山。車道から左に登る登山道が付いている。百貝岳へはこのまま車道を進んでもいいのだが、いささかうんざりしてきていたので、土の道を登る。

高城山への登り口。
山頂まであと少し。休憩所が見える。

道筋の桜は、まだいっぱいに咲いている。丸太階段を上り詰めて山頂へ。698m。山頂北端にはコンクリート製の大きな休憩所があり、その南側はかなりの広さの広場になっている。南に向かってゆるく傾斜していて、奥千本方面の眺めがいい。右奥にはこれから向かう百貝岳も見えている。休憩所や広場には、弁当を広げている人が多い。ここで少し長めの休憩をとり、オニギリ一つ。

山頂から奥千本方面を眺める。
百貝岳も見えている。あそこまで歩く。

南に丸太階段を下り、左に折れるとコンクリートの坂道に出る。これを下ると元の車道に出る。

さらに600mほど車道歩きをすると、右から登ってきた車道に合流。「奥千本」バス停がある。正面に金峯神社の参道が伸びていて、これを登る。コンクリートの坂道だ。ここも人がいっぱい。両側の桜は満開。

金峯神社の参道。

坂道を上り詰めたところにトイレと休憩所があり、トイレ前は行列。神社の本殿に向かう階段の右に石畳の道が伸びており、そちらに向かう。

参道終点。右側は休憩所。手前左側にお手洗いがある。鳥居の右の道を進む。
石畳の道。

途中左に大峰奥駆道が分かれる。土の道になりさらに200m先の鞍部、左の谷の西行庵に下る道がある。ここまではまだかなりの人が歩いているが、全員が西行庵に向かう。こちらは鞍部から水平に山腹をたどる鳳閣寺へのルートに入る。

西行庵へはここから左に下るが、ミニバンの横を抜けてまっすぐ進む。

西行庵分岐までは道幅があり、ワゴン車が停められていたほどだが、ここから先は細い山道。突然人が絶え、一人になる。

ちょっとだけ北側の眺めがある。

概ね平坦な山腹道だが、長い。ずっと植林地の中で、眺望もほとんどなく、その単調さが長さの感覚を増幅させる。途中、西行庵分岐から1キロあまりのところで左に百貝岳への登り道が分かれるが、ガイドのコースに従い、やり過ごしてそのまま山腹道をたどる。この分岐には復路で下りてくることになる。

左が百貝岳登り口。しかしまだ右に水平にたどる。

人ひとり会わないが、道はしっかりしている。要所には立派な道標も立っている。西麓の黒滝村によって整備されているらしい。

しかし長かった。背の高い杉林の中、たまにクロモジが黄色い花を付けているぐらいで、何にもない。鳳閣寺にようやく着こうかという直前、ヒトリシズカがいくつか固まって咲いている箇所があって、ここまで歩いてきたご褒美のように思えた。

ヒトリシズカ。

小さな祠を過ぎると鳳閣寺に着く。鐘楼の右下から舗装道路が登ってきていて、ここも北面の眺めがいい。

この祠が現れると鳳閣寺は近い。
鳳閣寺の鐘楼と北面の眺め。

ひと気のない荒れた感じの庫裏の左、狭いところを通って、「理源太師廟へ」の山道に入る。これも山腹道で、途中、小さな鞍部を一つ越える。

ここをすり抜けて山道に入る。

理源太師廟というのは石の宝塔で、屋根が付いて囲われている。尾根の先端にあり、ここから背後の尾根の急登が始まる。

理源大師廟。
お堂の中にあるのは石の宝塔。

ひとしきり急坂を登ったあとは、一旦なだらかになる。地形図から事前に見て取れた通り、最後の標高差40mほどはまた急登になる。

急登が始まる。
シキミの花。

ようやく山頂に着く。祠とひとかたまりのテーブル、ベンチがあり、どちらにも屋根が掛けられている。

百貝岳山頂。

ガイドブックでは南側に大峰山系の眺めが得られることになっているが、植林の杉が育っていて、本当に木の間越しにちらちら見えるに過ぎない。残念だ。

豚バラと白菜のミルフイユ酒蒸し。

ここで本日の山めし。豚バラと白菜のミルフイユ酒蒸し。『げんさんとよーこさんの山ごはん』のレシピ。昨夜のうちに具材をメスティンに詰めてまるごと冷凍してあったのを、朝、リュックに放り込んできたのだが、自然解凍した中身は小さく小さくなって端に寄っていた。それを一生懸命広げ、鶏ガラスープの素と酒を注いで火にかける。レモンを絞り、唐辛子を振って完成。まあ食えた。

北に下る。ゆるやかな尾根の上の道になる。途中、分岐があり、いずれも先ほど歩いてきた北面の山腹道に下るのだが、鳳閣寺寄りに下る道と西行庵分岐方向に下る道になっている。右のゆるやかな谷に下る道を取る。道はすぐに西に向かってのびる尾根に乗り、その尾根の上や脇を絡みながら下っていく。山頂までずっと植林地だっただけに気持ちのいい自然林だ。

タムシバ一輪。
自然林の中の下り。

そのうち、もう一つの分岐が現れ、道標が立っている。あれ?こんな分岐、ガイドブックには記載なかったよなと思ったら、行きに通った山腹道に合流したのだった。そこからはまた、あれ?来るときこんなに下ったっけ、と思うような登り。山腹道は鳳閣寺に向かって徐々に下っていっていたから、逆に歩くと結構な登りが何回か現れる。

ようやく西行庵分岐まで戻る。西行庵へは南の谷に下る。いい加減くたびれていたし、また登り返して戻ることになるわけだからパスしてこのまま戻ろうかとも思った。道標に0.2kmと書かれているのを見て、それぐらいなら寄ってみるか、と思い直す。谷をずんずん下っていく階段道だ。結局200m以上、少なくとも300mはあったのではないかと思う。いっぱいに桜の咲く広場と、木製の展望休憩所が見えてくる。このあたりも奥千本。

西行庵直前。

右隅に、西行像の鎮座する小屋がある。谷は桜が満開だが、残念なことに谷の反対側は株の更新作業中のようで、古い木がすべて伐採されて、細い若木が植えられたばかりのようだった。

休憩所兼展望台。
西行庵。
奥千本の桜。

斜面に張り出した休憩所でしばし休み、それから腰をあげる。

この時期、西行庵には順路が設定されていて、一方通行になっている。先ほどの分岐からの道が下り専用。東へ、山腹を回っていく道が登り専用。無視している観光客も少なくないが、違う道の方が面白いし、登る負担もさほど差がなさそうに思えた。ので、順路に従う。

ヤマルリソウが一株だけあった。
苔清水。

下ってきた道の直下を谷の奥に進むと、「苔清水」の水場がある。

そこを過ぎて反対側の斜面の細い道を登ると四方正面堂跡の広場。ここから西行庵側の桜を狙って、巨大な望遠レンズを付けたカメラマンたちが何人か三脚を立てている。大峰方面も見えている。

四方正面堂から大峰方面。

なおも若木の斜面の中の道をゆるく登っていくと、奥駆道に出た。ここにも休憩小屋がある。右に行けば大峰山。

右から来た。正面奥に進むのが大峰奥駆道。今回は手前の坂を下る。

左に下ってしばらく行くと、金峯神社奥の元の道に戻る。石畳の下りは歩きにくい。左端に設置された階段状のところを下る。

しばらく往路を戻ることになる。金峯神社参道のコンクリート坂を下り、奥千本バス停でバスを待つ長蛇の列をやり過ごし、再び高城山へ。もうほとんど人はおらず、フランス人のカップルがドローンを飛ばして遊んでいるだけだった。そしてまた水分神社へ。ここも人はぐっと少なくなっている。

行きに如意輪寺から登ってきた山道の分岐を過ぎ、再び眺望を楽しみながら、そのままジグザグの車道を下る。もう車もめっきり減っている。その先は吉野観光のメインストリート。人家や、食べ物、土産物を売る店が少しずつ現れ、旅館も増えてくる。谷の向こうに、今朝通ってきた如意輪寺の屋根が見える。竹林院を過ぎたあたりからは両側びっしりとそうした客商売の店や旅館ばかりになる。このあたり、午前から昼にかけては人々でごった返していたはずだが、この時間になるといたってわずかな人しかいない。たまに車は通る。なるほど、このへんも考えて岡弘氏はコース設定をしているわけだ。

坂の途中の店で、話のネタに「梅焼き」なるものを買って食べる。たこ焼きの生地に梅肉を練り込み、アンコを入れて、串に刺したもの。話のタネにはなる食べ物だった。

うめ焼。

それから、途中の温泉旅館を片端から覗いて、入浴利用ができるか尋ねる。表に入浴利用を掲げている旅館はほとんどないが、訊いてみれば入らせてくれることがあることは知っていた。最初のところは、今の風呂の状況を確認するからちょっと待てと言い、結局混んでるからダメということだった。入浴利用の時間は過ぎてしまったというところ、ウチは入浴のみは受け付けていないというところ、さまざまだったが、最後に覗いた「さこや」のフロントのおばちゃんは、ちょっと考えて、この時間ならイケるんじゃないかしらね、と同僚と話し、結局快く入らせてくれた。日帰り入浴施設ではないから、風呂場に大きなロッカーはない。荷物を置いておく部屋を用意してくれて、それから浴場に案内してくれた。この手の旅館によくあるように、迷路のような廊下を進んだ先だった。

浴場は広くもピカピカでもなかったが、十分だった。やたら熱い内湯に少し浸かり、それからぬるめの露天風呂にゆっくり入った。露天風呂の脇には「八咫烏」の樽と、升が数個置いてあった。つまり風呂に浸かりながらタダ酒が呑める。まだ少し歩かなければいけないし、回っては困るので、ほんの一口、味見程度に収めておいた。

「さこや」を出るとすっかり暗くなっていた。
「ちもと」のうどん定食。

入浴料千円を払って外に出ると、もうすっかり暗くなっていた。尾根上のメインストリートの外れの飲食店、たしか「ちもと」という店が、そろそろ店じまいの時刻だったらしいが、入れてくれた。柿の葉寿司付きのうどん定食を頼んだ。店の人の話では、今年は花が二週間早かったそうだ。二週間もか。

下り坂の途中のしだれ桜。ライトアップされている。

ぐねぐね曲がりながら駅に向かう舗装道路を下る。駅前の売店もすべて暗くなっていた。最後の店の中で、店主が電灯のスイッチを切るのが見えた。

駅の窓口で特急券を買い、すでに停まっていた列車で大阪阿部野橋へ。

花矢倉展望台付近から金峯神社までの人や車はものすごいし、百貝岳北面の山腹道は長く単調だし、そのあとに来る百貝岳の登りはきついが、全体として意外と満足度の高いコースだった。

笠置山

3月30日、笠置山へ。『関西日帰りの山ベスト100所収の、笠置駅から一つ先の大河原駅から木津川沿いを歩き、最後に笠置山に登るコース。前半大部分が平坦地だから、同書の中でも最も軽いコースの一つ。今年は桜が早い。多少の花見もできるだろうと踏んだ。それに最後には「笠置温泉」が待っている!

大阪駅から大和路快速で加茂駅まで。関西本線で二駅、大河原へ。この関西「本」線、単線、一両または二両編成の気動車、ワンマンで、加茂より先はICカードが使えない。そのことに想到せず、大阪からPiTaPaで乗車してしまった。運転手の脇にもう一人係員が立っていて、事情を告げると、加茂~大河原間の運賃240円を現金で払い、加茂までのICカードデータの処理は、帰ってからICカードの使える駅でやるようにと言われ、名刺大の証明書を渡された。

行楽客でいっぱいの小さな車両、他にもそういう乗客は少なくないようで、その処理のために、ワンマンなのに乗務員二名なのだ。自動化されている部分とそうでない部分の間に、結局人によるインターフェイスが必要になる。

というわけなので、面倒を避けるためには、乗車駅で予め切符を購入して出かけることをお勧めする。

大河原駅の跨線橋から木津川が見る。

大河原駅で降りる。跨線橋の上から、木津川と、沈下橋が見えている。

大河原駅。綺麗なトイレもある。

駅を出て右へ、緩やかな坂を下り、恋路橋と名付けられた沈下橋へ。

木津川に向かって下る。
恋路橋。

沈下橋(潜没橋)とは、ガイドブックの言葉によれば、「川の水かさが増すと、橋の上を越えて水が流れるように橋脚を低くした橋。こうして水の勢いをかわすことで橋の流出を防いだ先人の知恵」。知恵は先人のものだが、現在はコンクリート製である。欄干もなく橋脚が低いから、ちょっとしたビューポイント。

恋路橋を渡る。

春の里の定番、ヒメオドリコソウ、オオイヌノフグリ、サギゴケ。

橋を渡ると左へ上り坂となり、道が右に曲がると南大河原の集落に入る。突き当りが戀志谷神社。

戀志谷神社。

後醍醐天皇の側女が伊勢からこのあたりまでやってきたときには、すでに後醍醐帝は破れて笠置山を下り、隠岐に流された後だった。そのため帝を恋しつつここで病没したという恋志谷姫を祀り、恋愛、病気平癒、安産などにご利益があるそうだ。

集落の中の細い道を抜けて元の道に戻る。木津川左岸に沿ってのびる道で、舗装された車道だが、車はほとんど通らず、のんびり歩ける。集落のはずれから檜林の中に入る。

車道歩き。

まもなく左手がかなり高い岩壁になると、その基部に彫られた「十一面観音磨崖仏」が現れる。小さなものだから、どう見ても一面しかない。天文3年(1534年)の作だという。このあたり「名所」にはすべて立派な金属製の案内板が立てられている。

十一面観音磨崖仏。
十一面観音磨崖仏。

やがて車道は左に登る坂道になる。その右下の水平道に進む。

ここで右に進む。

ここから土の道。檜林から竹林になり、道が左に回り込んで竹林が途切れるあたり、路傍にお地蔵さんが立っている。こちらは文亀二年(1502年)建立。

お地蔵さん。

その先の沢にかかる橋を渡って進むと木津川が近づき、対岸の相楽発電所が見えてくる。このあたりは少し道が荒れている。

ヤブツバキも多い。
マムシグサの芽吹き。
道は木津川に近づく。

一度小さな登り下りがあり、堰を真横に見て進む。

相楽発電所と木津川の堰。

両岸に白い岩盤が出てきて、そこで釣りをする人々がちらほら見られる。

鉄橋の下を通り、
緑色の小橋を渡る。

鉄道橋の下を通り、緑色の小さな橋を渡ると、南大河原の集落を出て以来見なかった桜が数本、道沿いに植えられている。

桜が現れる。

そのすぐ先、沈下橋がもう一つあり、そこの河原に下りて休憩しようかと思っていたのだが、あいにく橋は工事中で、近くには入れなかった。

沈下橋は改修中。

すぐに飛鳥路(そういう集落名らしい)の集落。「笠置町飛鳥路駐車場」の手前、あんぱんまんが二体磔になっているところを左に、山の方に向かう。

アンパンマンの磔二体。
踏切を渡って山の方へ。

関西本線の踏切を渡り、小さな峠越えになる。しかし飛鳥路の集落は峠の向こう側まで伸びており、ずっと舗装道路だ。

タチツボスミレの群落。
峠への登りから振り返る。

布目川沿いに出て橋を渡り、布目川に沿って下る道路を歩く。布目川は花崗岩の岩盤に水路を穿って流れており、数十万年以上かかって抉られたとされる甌穴群が見られる。展望台様のデッキのすぐ先に、河原に降りられる階段が隠れている。河原におりて休憩。右岸の樹林にはところどころ山桜が混じっている。

布目川の甌穴。
布目川の河原。

川沿いの道をさらに下ると、布目川発電所と鉄道橋があって、そこで布目川は木津川に注いでいる。

布目川の木津川への合流点。

発電所の前を回り込んでいくと、小さいけれども遮断機のある踏切。

小さな踏切を渡る。

この踏切の前、山側に登っていく踏み跡があり、「笠置山三角点」への小さな道標がある。

踏切手前の山道。

笠置山三等三角点 324.17m はこれから向かう笠置寺のあるピークの東一キロほどの「かさぎゴルフクラブ」の横のピークにあるようで、ここからそこに登ることができるわけだ。ガイドブックに「笠置山山頂は、コースから少し外れたところにあり、展望もきかないので登るまでもないだろう」とあるのはこの三角点のことらしい。笠置寺からも山伝いに行けるようだが、今回は割愛する。

踏切の先、ハイキングコースは線路と木津川の間の狭い通路状になる。線路沿いに、鋼板の桟橋状になっている部分や、谷の狭いところを走る鉄道によく見られるトンネル状の構造物の外側を通る部分が多い。

線路と木津川の間を歩く。

この道は「銀の帯ハイキングコース」と名付けられているらしい。
線路脇のルート。
木津川の眺め。

谷がひらけて対岸の北笠置の集落が見えてくると、河原巨石群。

河原巨石群の公園。
公園の東屋。

公園として整備されている。左上に大きめの東屋があったので、そこで本日の山めし。ズワイガニのトマトクリームパスタ。『山ごはん12か月』のレシピ。レシピ通りに湯を200ml入れたら多すぎたようで、全然水分が飛んでくれず、スープスパゲッティになってしまった。味はOKだ。

ズワイガニのクリームスパゲッティ。
その材料。

その先、やはり左上の斜面にトイレがあったので寄る。行ってみると、思いがけないことに、その周囲はキクザキイチゲの群落になっていた。この時期のこのトイレは立ち寄り必須である。

キクザキイチゲ。
キクザキイチゲ。

古さびた温泉旅館の下を通り、「日本の遊びカヌー発祥の地」の石碑を見て、笠置橋近くで車道に出る。

笠置橋が見える。
遊びカヌー発祥の地、の石碑。
スズシロソウ。
スズシロソウ。

もう一度線路をくぐり、南笠置の集落の中の道路を進む。

線路をくぐる。
南笠置の街並み。

多くの商店はシャッターが下りている。円筒形の小洒落た郵便局の前を過ぎると、「歓迎 笠置山自然公園」のゲートの立つ坂道が左に登っている。

笠置山自然公園歓迎ゲート。

この車道を20mほど登ったところから右に分かれる登山道に入る。

登山道に入る。

すぐに一丁の丁石がある。最初150mほどはコンクリートのまっすぐな坂道。山桜も咲いており、笠置の集落と棚田を見下ろしながら進む。左に折れると土の道になる。

まっすぐなコンクリート坂。
笠置の集落と棚田。
山桜。

100mほどで二丁の丁石があり、道は右に曲がる。そこに庚申堂があり、青面金剛の石像が立っている。その足元には三猿がいる。

庚申堂の青面金剛。
石畳。
三丁の丁石。

そこからしばらく石畳の道。三丁の丁石があり、そのあたりから意外と山深い感じになる。何しろずっと平坦なところを歩いてきて昼飯も過ぎてからのこの登りだから少しキツい。四丁か五丁で休憩しようかなと思ったが、それらの丁石は一向に現れない。

意外と山深い感じ。

そのうち突然左上に民家が現れ、石段を登ると車道に飛び出す。

突然民家が現れる。
車道に出たところの桜。
ここから再び残りわずかの山道。
七丁。

右に少し進んで再び山道に入ると唐突に七丁の丁石が立っている。ひと登りで今一度車道に、その終点に合流する。「松本亭」がある。この旅館、大昔アマオケの合宿で使ったことがある気がする。そのときは車で往復しただけだった。

松本亭。

そこから石段をまた少し登る。途中、右へ柳生への道を分けて笠置寺山門に着く。「拝観料申し受けます」とデカデカと書かれた看板が立っている。

笠置寺山門。

山門をくぐって左に進み、窓口の僧侶に拝観料300円を払って略地図付きのパンフレットを受け取る。

パンフレットの山上巡り略地図。

このあたりでトムくんと一緒になった。D大学で英語を教えているらしい。日本語もかなり達者なようだが、こういうところの説明板や順路指示の読解にはちょっと難儀しているようだった。一緒に山上巡りをする。

この山上巡り、かつての行場が整備されて、大部分はお気楽な散歩コースになっている。「忘れた頃に亡くならはる」鷲峰山(過去記事)とはえらい違いだ。トムくんとごちゃごちゃやっているうちに、本来順路は左回りなのに逆回りになってしまった。まず後醍醐天皇行在所に登る。288m、これがこのあたりの実質的な山頂だ。

後醍醐天皇行在所。288m。

行在所から石段を下って戻り、貝吹き岩へ。左下が「もみじ広場」となっている。

もみじ広場。
貝吹き岩。

貝吹き岩からは木津川下流方向(西)の眺めがいい。少し戻って二の丸へ。こちらは上流方向(東)が眺望できる。その次の「蟻の戸わたり」が一番「行場」の面影を残している。岩の間のチムニー状を腕力で上がり、巨岩に浅く掘られたステップを踏んで上に出る(順路通りならこれを下る)。ここも東側の眺めがいい。

蟻の門渡りの上から木津川上流の眺め。
ゆるぎ岩。

ゆるぎ石を見て、ずんずん下る。太鼓石も胎内くぐりも巨岩のトンネル。胎内くぐりって、つまり birth canal を通ったってことだよ、きみはいま生まれ直したんだ、とトムくんに説明する。

太鼓石。
胎内くぐり。

巨大な虚空蔵磨崖仏を見上げて通り過ぎる。

虚空蔵磨崖仏。

あちこちの岩に生えている植物を、これは何だとトムくんが問う。ぼくの英語も錆び付いていて、fernという単語が出てくるまでに少しかかった。

正月堂横のさらに巨大な本尊の弥勒磨崖仏は、元弘の変の際の火災で線刻が消えてしまったという。近年、特殊なカメラを使って線刻の痕跡から復元した姿が、正月堂の中で見られるようになっている。

弥勒磨崖仏。

一周して、山門に戻る。トムくんは柳生街道へ。一緒に行くかと誘われたが、いや、まっすぐ下って温泉に行く、と言って別れる。彼が手にしていたのは、『分県登山ガイド 京都府の山』のコピーのようだった。あとで確かめると、柳生に向かう尾根道を南東にたどり、「笠置山」三角点を往復して、「緑のしぶきコース」と呼ばれる府道4号線で打滝川を下ってくるコース取りになっていた。温泉、いいね、早く下山できたら温泉で会うかもね、と言って去っていったトムくんだったが……。

ネコノメソウ。

さてぼくは元の道を下り、郵便局の角を左折、笠置駅手前を左折して駐在所の前を通り、橋を渡って「わかさぎ温泉笠置いこいの湯」へ。ここまでの市街地、いたるところに温泉を指し示す道標が立っている。

白砂川の桜。
鉄兜を戴いたような温泉施設が見えてきた。

着いてみると入口にこんな掲示が。

えええっ!

くっそー

改めてウェブ見たらそこの奥に隠れていた告知もなんだかなあであった。

笠置いこいの館は3月22日~3月31日まで改修工事の為全面休館いたしますが、4月下旬頃にリニューアルオープンいたします。

4月下旬でさらに頃が付く日本とは思えないアバウトさも素敵だが、4月1日から下旬までは、全面休館でもなく、オープンでもなく、いったい何なんだろう?

仕方なく道を戻り、駅へ。

笠置駅。

次の列車まで三十分以上ある。駅前のベンチで過ごす。駅前の桜の木の下には、元弘の変を再現?したキッチュな武者人形群がある。右側の僧兵が差し上げているのは本物の岩のようだ。

駅前の武者像。
駅前の桜。
笠置駅の跨線橋から木津川の眺め。

駅のホームにはかなりの人がいる。駅の向こう、木津川の河原は広大なキャンプ場になっている。沿線の桜と駅に入ってくるディーゼルカーを狙う撮り鉄が何人もいる。

駅の向こう側はキャンプ場。
乗るべき列車が来た。一両。

加茂、木津で乗り換え、帰りは学研都市線で尼崎まで。乗り継いで西宮へ。

ま、温泉は入り損ねたが、意外と変化に富んだ楽しめるコースだった。おそらく真夏は外した方がいいが、オススメできる。

三草山(564m、北摂)

三草(みくさ)山は過去に幾度となく登っている。慈眼寺からゼフィルスの森を通って登り、才ノ神峠から長谷の棚田に下る、あるいはその逆というスタンダードなコースも何度か歩いているし、才ノ神峠から南に下って屏風岩に出たことも、『関西日帰りの山ベスト100の無茶なコース取りに従ってゼフィルスの森から上阿古谷に下り、大部峠を越えて日生中央駅まで歩いたこともある。

三草山から才ノ神峠に下った稜線は、北西に向かってまた盛り上がり、北から東へ回り込むように連なっていて、そこには滝王(りゅうおう)山、宮峠、牛ノ子山がある。この山脈が以前から気になっていた。『分県登山ガイド大阪府の山』の新版(2016年)は、これを左回りに辿って最後に三草山に登るコースを紹介している。これに従って歩いてみることにした。コースの副題は「隠れた2つの〈干支の山〉と、ミドリシジミが棲息する森を歩く」だが、干支に関する説明はない。牛=丑と、滝=龍=辰を指しているのだろう。

しかしこの『分県登山ガイド』シリーズが取り上げるマイナーコースは、経験からすると、悪路だったり、説明がわかりにくかったりすることがあるので、要警戒だ。実際このコースも、「通好みのコース」だとして紹介されている。結論から言うと、面白いところもあるが、三草山が目的なら、初心者は避けた方が無難。才ノ神峠やゼフィルスの森から北、長谷側から周回する標準的なコースを歩いた方が安全だ。今回のコースの前半部、才ノ神峠までは、道標は一切ないし、倒木・落木で相当に荒れている。踏み跡も定かでない部分も多い。以下では、『分県登山ガイド』の記述と突き合わせながら歩いて行くことにする。引用はすべてこのガイドブックからである。ガイドのテクストの「読み」のサンプルにもなるだろう。

能勢電鉄の山下駅へ。トイレは改札内。改札を出たところにカフェ兼ベーカリーがある。小さな駅前は何も繁華なものはないが、真ん前のスーパー、〈フードネットマート〉は毎朝8時から営業していて、一通りの食品が揃う。

山下駅前のスーパー。

駅前から阪急バスに乗る。能勢の里まで行く数少ない便だったようで、発車直前、二十人くらいの老老男女のグループがドヤドヤと乗り込んできた。森上で降りたのはぼく一人だったから、みなさん剣尾山へ行かれたのだ。

森上バス停から府道62号を西へ。岐尼(きね)神社の前を通り、次の角を左折する。大木橋を渡ってすぐ右折し農道を行く。古い標石のある交差点を直進して道なりに進み…

森上で降りて、北にすぐ、府道62号に出て左へ。岐尼神社、蓮華寺の前を通って左折、大木橋を渡って右折、まっすぐ西に向かう。広い田園の向こうに、三草山、滝王山が見える。途中右手に高岳も覗く。

岐尼神社。
蓮華寺の鐘楼門。
本日の最終目的地、三草山を望みながら歩く。

山裾に入り、神宮神社の先、道が右に曲がるところの石垣の上が大日堂。ガイドは触れていないが、休憩適地。

垂水の大日堂。

ため池の横を抜けて樹林帯に入る。

その奥の溜池が二つ並ぶあたり、奥の道を採っても、手前の車道を登ってもすぐに合流する。今回は奥の山裾のガタガタなコンクリート舗装の道を行く。

垂水の奥から振り返る。イノシシ捕獲用の檻がある。

最初の分岐を右へ進み、尾根の鞍部に出て右をとる。尾根の南側直下の道はツツジがトンネル状になり心地よい。

谷に入り、すぐに道は二手に分かれる。右に進む。杉檜の落ち葉や枯れ枝が多い。枯れ枝に隠れるように、小さなワゴン車が打ち捨てられている。左へ弧を描く浅い谷筋を詰めて鞍部に出る。

ここは右へ。
鞍部に出る。

そこから右にたどると、右の小ピークの山腹をトラバースする踏み跡に誘い込まれた。この手前で尾根に登り気味に進む道があったのかもしれないが、気付かなかった。踏み跡は植林帯の中で、踏み跡自体が薄く細く、落ち葉もかぶっているが、とにかく続いている。林業の仕事道なのかもしれない。そのまま進むと、真西に向かって突き出た小さな枝尾根の上に出た。本来のルートは右の尾根近くにあるはずだから、あくまでも薄い踏み跡を拾って、右に斜上する。果たして稜線近くで、明瞭な道に出た。いったいどこで外れたのだろう? ツツジの花の季節でもないが、それらしい木も目に付かない。

稜線の少し下を北西に水平にたどる道で、しばらくは快適だった。ところが、稜線が一旦低まって、道が尾根の上に出たあたりから、倒木がすごいことになっていた。やがてまた稜線の南側を斜上する道になる。幅もあるしっかりした道だが、とにかく大量の倒木で、くぐったり乗り越えたり迂回したり難儀だ。ガイドがこれに触れていないのは、つい最近の嵐によるものだからだろう。

倒木がひどい。

途中、木々の枝を透かして、三草山や滝王山が見える。森上方向から見るのと違って、こちらから見る三草山はかなり鋭角的だ。

この方角からの三草山は鋭角的だ。

金井ダムからの林道と合流してすぐ、峠で林道が終わる。右の荒れた踏み跡をたどると、牛ノ子山のピークに出る。

林道(左下)に合流する。
牛の子峠。

金井ダムからの地道の林道に合流して、すぐ先が峠(「牛の子峠」という札が下がっている)になっている。道は明らかに続いているが、ガイドはここを「林道終点」と呼んでいる。そこから右に斜面を登る。道は山腹を距離にして200mほど、西に向かって緩やかに登り、右に鋭角に折り返して稜線上を東へ、牛ノ子山三角点に向かう。「荒れた踏み跡」というが、ここに来るまでも十分に荒れていた。牛ノ子山へのこの道は、前半はいいのだが、斜めに進んで稜線にクロスしたあたり、折り返して登る道がはっきりしない。踏み跡はそのまま下る方向に(も)続いているようだ。なので適当に折り返して稜線上を登り始める。ここも、倒木がひどいし踏み跡も不明瞭だ。三角点の保守用か、小さな黄色のプラの角柱が点々と打たれているので、それを手掛かりに、倒木をくぐったり跨いだりしながら進むと、「牛ノ子」四等三角点450.71mのある牛ノ子山山頂に着いた。三角点の周りだけ、倒木が片付けられているようだった。あまり展望もないが、北側の木の間越しに、赤白の鉄塔が並ぶ高岳が間近く見える。

黄色いプラの角柱。
牛ノ子山の山頂。三角点がある。

戻るときに折り返し点を見失いそうだなと思っていたら、案の定10mか20mか、行き過ぎた。GPSをチェックして復帰し、元の峠まで戻る。

林道終点に戻り、西へ30㍍ほど下ってV字分岐を左に入る。左からの涸沢の手前で谷筋の道に入ると、明るい稜線に出る。

「林道終点」つまり牛の子峠からは、牛ノ子山と反対の尾根に直接取り付く踏み跡もあり、『山と高原地図』はその道を破線で表示しているが、ガイドの地図には「この踏み跡に入らないように」という注釈がある。西に続く林道を進むと、たしかにすぐに二股に分かれる。右は谷に沿って下っていく道で、かなり荒れている。左の水平に続く道を行く。

峠からすぐ、道は二股に分かれる。右に下っていく方はかなり荒れている。

路面を水が流れているところがあり(直近の天候や季節によっては涸れるのかもしれない)、それを過ぎて、道が短く急登りになる直前(急登りの先は、しっかりした水平道が続いている)、左に登る踏み跡がある。これを登る。

路面に水が流れている。

この部分、ガイドでは「左からの涸沢の手前で谷筋の道に入る」とあるが、「涸沢」がどこを指しているのか判然としない。とにかく先ほど路面に流れ出していた小さな水流の上部に絡んで登っていくことになる。しばらく植林地の中を行く。

「明るい稜線に出る」というのは、地形図上450mの等高線の間で鞍部に出るところではなく、少し先の460mあまりの小ピークをかすめるあたりのことだ。たしかにここで初めて稜線に出たような感じがするのだが。ここから自然林になる。

明るい「稜線」に出る。

次の480mピークをかすめた先、地形図の破線はやや谷に下りて行くように描かれているが、道は小さな尾根筋を忠実にたどる。

小さなアップダウンがあり、地形図の破線は476mと記された小ピークに這い上がっているが、道はその手前で一旦やや下りになり、小ピークは迂回してやり過ごすことになる。登り返して宮峠に着く。

宮峠。手前から来た。左上斜面の道に進む。

宮峠からは

直進してすぐのV字分岐で左のえぐれたような尾根道を登る

これも少し惑わされる。まず宮峠から再び正面の尾根に取り付くのだが、ここも「えぐれたような」道である。ひと登りすると、水平に直進する道と、左に登る道が分かれる。ガイドが言っている「えぐれたような尾根道」というのはここの左の道のことである。

507㍍三角点を経て、やがて岩がゴロゴロ現れると、滝王山山頂の巨石に着く。岩の上部に祠がある。

登って行くと、507mの「長谷」四等三角点のあるピークに着く。ここからの下りは右に直角に曲がる方向になるので注意。下って、滝王山の登りにかかる。最初の急登の後、緩く細く長い尾根の登りになる。同時にこの辺りから巨石がゴロゴロし始め、また杉や檜の打ち払われた枝や葉が積もって、道もはっきりしなくなってくる。しかしこの登りに関しては、稜線を外さないように進めば、まず迷う気づかいはない。

急登が終わると巨石がゴロゴロし始める。

山頂直前の巨石の上に小さな石の祠がある。落下防止のためか、その横にコンクリートブロックの小さな壁が作られていて、少し興ざめだ。

山頂直前の巨石の上の祠。

滝王山は570mあって、実は564mの三草山よりも標高では少し優っている。だが全山植林地の中で、眺めはない。山頂一帯、巨石がいくつも転がり、杉檜の落ち葉と枯れ枝が分厚く積もっている。

滝王山山頂。巨石、降り積もった枯れ枝。

ここからの南面の下りは、尾根が丸く広がっているので、少々方向に気をつける必要がある。落ち葉のせいで、踏み跡はほとんどわからない。とにかく南方向に下り始め、左下に平坦に伸びている尾根地形が見えてきたらそちらを目指す。尾根はその先で南東方向(右)にカーブし、また急下りになる。ずっと植林帯の中の下りだ。やがて右手に笹原が現れる。

急下り。右手に笹原が現れる。

この滝王山からの下りの記述も、ガイドではかなり圧縮されている。

尾根を南東に下り、90度右折してササやぶを分けながら、開けだ雑木林を抜けると林道に合流する。

この「90度右折」する箇所だが、急下りが終わって尾根が一旦平坦になり、植林地が途切れた部分だ。左前方の谷は自然林、右前方にはまた一かたまりの植林地、右は笹原。その植林地と笹原の間に道がある。この転換点には、いくつかのテープが木に巻かれているだけで道標はない。(ちなみに地形図の破線は尾根をまっすぐ進んでいる)。

右折して植林地と笹原の間を進む。

右に進むと両側が道にかぶる笹になる。それを抜けると前方が栗園のT字路になる。一気に展望が開け、正面に六甲山が望まれる。

笹原を抜けると栗園で、展望が開ける。

椎茸園を見ながら進み、林道の分岐は右へ。次の分岐は直進すると、8本の道が集まる才ノ神峠に着く。

左に下る。この辺りで三草山が正面に見える。

三草山が見える。

右下に椎茸栽培のホダ木が整然と並べられた一角を過ぎて、

椎茸栽培地。

林道に出る。

林道に出る。

道なりに進んでT字路に出たら右に進む。

林道のT字路を右へ。

また椎茸栽培地があり、その先で才ノ神峠に出る。

才ノ神峠の石仏。

とにかくここまで、初心者にはお薦めしない。わずかなテープがあるだけで、道標は一切ない。逆に、地図読み、地形読みの練習には好適かもしれない。実際、途中の507mピークでは、そういう訓練の最中らしい5、6人の自衛隊の方々とすれ違った。

さてようやく三草山である。

木製階段から、美しい雑木林の坂を登ると、広い三草山山頂に到着だ。春は桜の花見が楽しめる。西から南にかけてのワイドな眺めがすばらしい。

才ノ神峠から三草山への登り口。
丸太階段登り。

才ノ神峠から先は、よく整備されよく歩かれているハイキングコースだ。才ノ神峠から三草山への登りは、少し急な丸太階段が多い。ここまでの歩きの後では少々コタえる。山頂が近づくと傾斜は緩やかになり、大きな丸い広場になった頂上に飛び出す。

三草山山頂。

木々の茂った北東の一部を除いて、220度ぐらいの大展望だ。正面の南西側奥には六甲山地が大きい。東には冬枯れの枝越しに妙見山、西には羽束山、大船山、有馬富士など北摂の山々。幹をびっしり地衣類に覆われた何本かの桜は、蕾もまだ小さい。

正面は六甲山地。
西寄りの北摂の山々の眺め。羽束山、有馬富士、大船山など。

ここで本日の山めし、ちゃんぽん風ラー油うどん。『げんさんとよーこさんの山ごはん』のレシピ。

ちゃんぽん風ラー油うどん。
その材料。

下山は東南に下る道を取り、ゼフィルスの森をかすめて清山寺跡を経て慈眼寺へ。寺前の坂を下って長谷川沿いの農道に出る。あとは大木橋から来た道を戻って森上バス停へ。

東へ下る。下り始めは急な丸太階段。それから右手がミドリシジミの保護区(ゼフィルスの森)となっている緩やかな尾根下りになる。

ゼフィルスの森。

その先の鞍部で左(北)へ、植林地の下りになる。再び丸太階段が現れ、笹原が見えてくると、神山地区の奥のため池のところで農道に出る。

再び丸太階段が現れると里は近い。
登山道(左上)から出たところ。
山から出たあたりからの眺め。
剣尾山が見える。
棚田の眺め。前方は滝王山。

棚田や、遠くの剣尾山などを眺めながら舗装道路を下って慈眼寺へ。この下り坂、舗装道路と田畑の間、かつてツクシなどがよく出ていた部分に醜くコンクリートが流し込まれ、固められている。「ゼフィルスの森」を管理する「大阪みどりのトラスト協会」の仕事らしいが、一体何を考えているのか理解に苦しむ。

慈眼寺から、森上バス停には向かわず、稲地口を通って国道173号の下をくぐり、汐の湯温泉へ。入浴利用は17時まで。¥1000。この日の男湯は一階の狭い方だったが、十分に温まった。バスで山下駅に戻る。

汐の湯温泉。

山下駅は、川西能勢口に向かう電車が、日生中央から来るものは2番線に、妙見口から来るものは4番線に停まるので、次に来るのはどちらか、ホームに上がる前に確認する必要がある。改札を入って正面のエレベーターは、そのまま昇ると2、3番線に出る。4番線に行くには途中階で降りなければならない。

額井岳 812m

2月下旬。前日、老人オケの練習で疲労困憊した。これは明日は休養かなと思っていたら、案外すっきり起きられたので、貴重な好天のオフ日、急遽出かけることにした。

鶴橋で贅沢にも近鉄大阪線の特急に飛び乗り、大和八木まで。車中で車掌に特急料金を払う。520円。大和八木で準急だったかに乗り換え、榛原下車。室生の山々への玄関口だ。駅前からローカルバスで、天満台西四丁目下車。10時過ぎ。いきなり北側に額井岳と戒場山が大きく見えている。

天満台西四丁目バス停付近からの額井岳。

住宅街を抜け、裾野の緩斜地の、棚田・段々畑の中の舗装道路をゆるゆると登っていく。

額井岳を正面に見ながら、ひたすら舗装路の坂登り。
途中、振り返る。中央付近、低く尖っているのが伊那佐山。右に遠く見えるのが龍門山。
ようやく十八神社が見えてきた(左端)。

25分ほどで十八神社に着いて休憩。ここですでに標高490m近くあって、南面の展望が開けており、展望案内板も設置されている。奈良の盆地周辺の低山はみんなそうなのだろうか、この山も、山麓のここが一番眺めが良かった。中央に三郎岳、高城岳が大きく、その右手には遠く大台ケ原や大峰の山々が、左手には高見山、三峰山、国見山、兜岳までが見えている。小さな手水舎を囲むように、何本かの高野槙の巨木が並んでいる。

神社前から左に進むと、すぐに樹林の中の山道になる。貝ヶ平への分岐(絵地図が立っている)を過ぎ、溝状の道を登る。

神社からすぐに植林地の登りになる。

右に水場があり、まもなく林道に出る。道標があり、額井岳へは左に「70m先右折」と書かれている。ここで振り返ると、杉や檜の間に台高までの眺めがいい。

林道に出る。
そこで振り返る。

70m先を右に登り、すぐに左に分かれる登山道に入る。

右に登り、
すぐ左に入る。

道は山裾の植林地の中を斜めに登っていく。

植林地の緩やかな登り。

やがて稜線に出る。分岐になっていて、これを乗越す道は都祁(つげ)村へ行くのだと道標にはある。コースはここから右へ急な尾根を0.3キロ、ほぼ一直線に登っていくことになる。

稜線に出る。
稜線上の急登り。

山頂直下、わずかに雪の残る急斜面を登ると、山頂の休憩小屋が見えてくる。

山頂の休憩小屋が見えてきた。

山頂はそこそこの広さがある。南側に立派な展望案内板があるが、檜林が成長してしまって、眺めは限られている。それでも、小屋の前の切り株に乗ると、いくらかマシになる。むしろ北西側、冬枯れの落葉樹林越しの眺めがいい。小屋の右前には小さな祠があり、その後ろ、休憩小屋の脇に隠れるように、額井岳四等三角点 812.33mがある。

山頂南側の眺め。
山頂北西側。
ひっそりと隠れた三角点。

一休みして東尾根を下る。ロープの張られたかなりの急下り。

激下り。

延々と下ってようやく鞍部に着き、小さなピークを登り返す。そこから少し下ったところに電波反射板がある。反射板の前、ひとかたまりの枯れススキの向こうに、高見山、三峰山などが覗く。

電波反射板。正面は戒場山。
反射板の前から高見山、三峰山が見える。

この辺りで尾根は90°曲がってやや平坦に北に向かう。

額井岳を振り返る。

やがて今度は北東に向かって下り始める。いくつかコブを越えると、戒場山直下の鞍部になる。右に、山部赤人の墓に直接下る道が分かれる。ここから戒場山へ、150mほどを登り返す。中程1/3はかなり急だ。朝スッキリ目覚めたものの、やはり昨日の疲れが残っているのか、やはりこの二登目はキツかった。

戒場山への登り。

戒場山山頂は植林の中で眺望はない。戒場三等三角点737.36mが打たれていて、周囲にはベンチがわりの丸太が転がっている。

戒場山山頂。

ここで本日の山めし。チキンラーメンのいんちきカルボナーラ。特に山めしレシピではなく、BuzzFeedかどこかネットで見かけたもの。

本日の山めし。
その材料。

山頂から戒長寺に下る道に道標はない。地図で方角を確認して、赤テープを頼りに、檜林の斜面を下っていく。ガイドブックにはこのあたり草花が豊富と書かれているが、この季節は何もない。少し歩きにくい谷状の道をひたすら下る。

ようやく戒長寺の屋根が見え、本堂脇の車道に飛び出す。車道を少し登って境内へ。鐘楼門の十二神将が刻まれて貴重だという鐘を眺め、その脇の、今は葉を落としていて普通のイチョウにしか見えないお葉つきイチョウの巨木を眺め、鐘楼門からまっすぐ下る石段の最上段に腰を下ろして休憩する。ここもやはり眺めがいい。

鐘楼門。
十二神将の刻まれた鐘。鎌倉時代のものらしい。
鐘楼門前からの眺め。

石段を下って右に、正面に数時間前に歩いていた額井岳を眺めながら歩く。

額井岳を眺めながら歩く。さっきまであそこにいたのだ。

途中、通行止めの看板があり、何事かと思ったら、100mほど先で、道路が半分、齧り取られたように崩落しているのだった。残りの部分があるので、人が歩く分には支障はない。

車道の崩落箇所。
高見山、三峰山がよく見える。

少し上り坂になって、伝山部赤人墓に着く。手前に休憩小屋がある。古そうな墓石は、全体として五輪塔の形をなしているが、水輪は縦長でいびつだし、火輪は明らかに宝篋印塔から転用されたものだし、あり合わせのものを積み上げた感が強い。

伝山部赤人墓の前の休憩小屋。
山部赤人の墓と道標。

墓の南側から下る山道があって(道標あり)、これを取る。やはり檜林の中。やがて視界が開けると、正面に三郎岳が大きく見える。枯れススキ野原を通って、集落に出る。

三郎岳の眺め。
枯れススキの原を下る。

大きく回り込むように下る坂を通って、車道に出る。道標があり、ここから左に下る道が本来のコースだが、道標に取り付けられた小さな「近道 天マ台」の表示にしたがって、再び正面の山道に入る。415mのピークに少しばかり登り返す形になるが、確かにこの方が近そうだ。笹に縁取られた道を進む。

笹に縁取られた道。

地形図ではこの道(破線)は尾根の先端までまっすぐ下っているのだが、途中、右に下る道が付けられている。まっすぐ進む方向には枯れ枝が積まれていて、つまりは進むなという印だ。おとなしく右に下る。まもなく天満台東の住宅地に出る。突き当たった道路を右に少し行くと、天満台東三丁目のバス停が現れた。路線の折り返し点で、まだ時刻までは十分以上あったが、すでにバスが停まっていた。

天満台東三丁目バス停。

バスで榛原駅に戻る。駅前で美榛苑の送迎バスを待つ。榛原駅発は10:10から18:10まで、毎時10分発だ。伊那佐山から下ってきた時もそうだったが、どうもタイミングが悪く、三十分以上も駅前のベンチにぼーっと座っている羽目になる。徒歩でも20分ぐらいのはずだが、登りになるし。ようやく来たワゴン車で温泉へ。美榛苑の温泉は、ガイドブックには登山靴での入場不可とあるが、そんなことはない。登山者はよく靴を拭え、という表示が玄関先にあるだけだ。露天風呂はないが、ぬめりのある湯で、とても温まる。下半分が曇ったフィルムで目張りされた大きな窓からは、立ち上がれば、西方の山々が目に入る。

食堂もあるのだが、残念ながら送迎バスの帰りの最終は18:00で、夕食を摂ってからでは帰りの足がなくなる。

美榛苑入り口の表示。

再び送迎バスで榛原駅に出て、近鉄に乗って帰宅。

音羽山 593m・高塚山 485m

2月下旬。音羽山へは、山科で京阪に乗り換え、大谷駅から歩き出す。駅のすぐ近くに蝉丸神社があり、その社殿の脇から道が始まる。蝉丸は「音曲芸道の祖神」であるらしい。音曲技芸の上達を祈念してからコースに入る。

社殿の右脇からコースは始まる。

急斜面に水平に付けられた道を、右下に民家の屋根を見ながらしばらく進むと、国道1号を渡る橋がかかっている。深く掘り込まれた下の道路の交通量はもちろん半端でない。そしてこのあたりが、これやこの、かつての逢坂の関だ。いま現在、ここは滋賀県に入っている。

前方に、国道1号を渡る歩行者用の橋がある。

そこからは南へ、音羽山まで連なる尾根道で、植林帯も混じるが、自然林の多い気持ちの良いコースだ。だが、特に前半は急で、丸太階段も、合計で600段以上ある。さほどの苦もなく登れたのは、この数年で、少しは脚力も付いたということか。尾根は途中から京都と滋賀の府県境になる。

丸太階段が延々と続く。
一旦ちょっと平坦に。
振り返ると比叡山が見える。
途中のベンチ。
まだまだ続く。天国まで続いていそうだ。

最後の丸太階段に、「605」(段目)というシールが貼られている。その先は、割合なだらかな道になる。右側に金網が現れ、NTT音羽無線中継所の鉄塔が見えてくる。金網の向こうは鉄塔管理用の舗装道路だ。

605段目のシールの貼られた丸太。
舗装道路と並行する、いい感じの混合樹林の道。
鉄塔が現れる。

鉄塔の横を通り過ぎ、少し下る。このあたり、少しだけ雪が残っていた。小さなピークの東側を緩やかに登る。その途中、一箇所、左側がひらけて、琵琶湖越しに雪を戴いた霊仙山、伊吹山、金糞岳が見える所がある。

琵琶湖越しに雪をかぶったピークが三つ見える。右が霊仙山、中央が伊吹山、左端が金糞岳。

まもなく「音羽山路傍休憩所」分岐。休憩所は100mほど進んだ534mピーク上の広場。展望はない。手洗いがあるが、使用不可(とガイドブックにあるが、確認していない)。

音羽山路傍休憩所への分岐。
音羽山路傍休憩所。眺めはない。
元の道に戻る途中。いい感じの落葉樹林。

分岐に戻って、気持ちのよい広葉樹林の中を進む。

山頂直下の分岐。ここも広場になっていて、ベンチやテーブルがある。
音羽山山頂三角点。遠景は愛宕山。

そこからもう一息で音羽山山頂。11時半。手前の分岐のあたりも広場になっていて、ベンチやテーブルがある。最初誰もいなかった山頂は、後から四、五人の年配の登山者がやって来た。
「小山」三等三角点のある山頂、593mからの眺めはたしかに素晴らしい。山頂南側に金網に囲まれて高圧線鉄塔が立ち、そちらの視界は妨げられているが、北側は右に琵琶湖を、正面に比叡山や比良の山々を、左に山科や京都市街、愛宕山などを望む。視界の西端には、六甲山も見えている。蓬莱山と、湖北の山々が雪を戴いて白く輝いている。

音羽山から北の眺め。どっしりとした比叡山。その右に、雪を戴いた比良の蓬莱山。
京都市街と愛宕山。
左端に遠くうっすらと、六甲山が盛り上がっている。

オニギリを一個食べて分岐に戻り、南に歩く。

音羽山からの下り。

だらだらと下って、小さなピークを登り返し、「パノラマ台」手前の分岐は右に、山腹道をとる。ここで府県境を離れる。まもなく尾根に乗り、牛尾観音に向かって下っていく。ところどころ急だ。

牛尾観音への尾根下り。

尾根先端の広場状のところから、左に下る。ここには道標はない(赤テープはあった)。しかし概ね道は明瞭だ。何度か折り返してぐんぐん下る。枝尾根のさらに枝の尾根の小さな鞍部を過ぎると、右下に牛尾観音の堂宇が見えてくる。

牛尾観音。

石段を下って境内に出たところに、ほぼ等身大?の弘法大師像と観音像が立っていて、それぞれその周りを回ると四国八十八ケ所、西国三十三ヶ所を巡ったことになるという。一応回っておいた。

観音像と弘法大師像。

牛尾観音から桜馬場への下りは、谷筋を直線的に下る階段道と、左に大きく回り込んでいく坂道がある。坂道をとる。

坂道と階段道の分岐。
坂道を進んですぐの「天狗の足跡」。

途中から、コンクリートの角柱を敷き詰めた舗装になる。よくよく見ると、コンクリート枕木の転用だった。

枕木を使った舗装。

坂を下りきって階段道と合流。見上げる階段は、これを下ってこなくて正解だったという気がした。

合流点から階段道を見上げる。
合流点から桜馬場を見下ろす。

桜馬場はかなりの広さの平地だが、どことなく殺伐としている。花の頃ならまた違った趣になるのかもしれない。
広場の下端、舗装道路が登ってきていて、そこから山科音羽川にかかる橋を渡って左にさらに登っているのだが、これも何かの管理道らしく、橋のところに閉じられた扉がある。歩きのルートは、その橋のすぐ隣の、鋼材が三本渡されただけの橋を渡る。ガイドブックには「木橋」と書かれているが、現状とは異なる。

橋のところで閉じられた車道。向こうに歩行者用のコースがある。
鋼材の橋。これを渡る。

ここからは細い沢筋をひたすら詰めていく。

細い沢筋を詰めていく。
沢筋に入ってすぐの小滝。
その脇に掲げられた札。
土の沢で、所々崩落しているが、迂回路が作られている。

少し荒れた感じはあるが、道ははっきりしている。下部は植林が多いが、しだいに自然林になる。前半はいくつか小滝がかかり、その一つは「苔滑洸の滝」とかいう手作りの札が脇に掛かっている。「たいかっこう」ではなく湯桶読みをさせるらしい。文面を見ると、山屋のオヂさん(どんな人だか知らないが)の得意げな顔が眼に浮かぶ。一度自動車道の下の四角いトンネルを潜る。

車道の下をくぐる。

高塚山は細い枝尾根の先のピークだ。辿ってきた谷は、緩やかに延々と続いて、その枝尾根の付け根に到達する。今日二本目の登り、緩やかなのにキツい。源頭直前、溝状に抉れたもともとの道に代わって、右に新たな道が付けられている。それをたどる。

緩やかな沢筋をどこまでもたどる。
ホオノキの葉が散り敷いている。
稜線に出る直前、元のえぐられた道に代わって、右に踏み跡がつけられている。
その分岐に付けられた名刺サイズの親切な道標。

まもなく高塚山の尾根に出る。高塚山まで、500mほどの、西に突き出た細く平坦な尾根だ。

尾根に出た。

高塚山はほとんど展望はない。三角点の少し手前、北西方向の一部、京都市街方面にいくらか視野のひらけているところがあって(音羽山直下のトンネルに出入りする新幹線が見える)、そこに細い丸太を組んだベンチとテーブルが設えられている。ここで本日の山めし。鶏ワンタン。「げんさん」の新作レシピだ。

高塚山山頂、わずかに視界の開けたところのベンチ&テーブル。
鶏ワンタン。
その材料。
高塚山の三角点。

高塚山からそのまま西に尾根を下っていくルートもあるようだが、ガイドブック通り、尾根の付け根まで戻って、ちょっとした急坂を登って下ると、舗装道路に出る。

ちょっとした急登り。
下って舗装道路に出る。
舗装道路歩き。基本下り坂だ。
途中、京都側の眺めがある。
横嶺峠(突き当たり)。車道は左に下っている。
横嶺峠の地蔵堂。

これを横嶺峠までだらだら下る。車道は峠から滋賀側に下っている。反対に下る道を取る。両者の間には急な上りの階段道があり、これを登ると上醍醐の寺域に入るらしい。そこから参道を下ることができるが、入ってから600円の拝観料を払わなければならないはずだ。それも癪だし、もう登りはいいやとも思い、右に下る。

横嶺峠から醍醐側に下る道。

未舗装だが幅広い道で、車両が誤って入り込まないよう、入り口に警告看板が出ている。歩きやすい道だが、単調だ。標高350mあたりで尾根の先端を回り込んで急下りに変わる。一旦再び緩やかになって、最後はまたジグザグの急斜面下りになり、醍醐寺女人堂の横に飛び出す。

女人堂の傍に飛び出す。

そこから醍醐寺(下醍醐)の境内を通って行けたわけだが(ガイドブックもその道を記している)、そちらには目もくれず、Googleマップの徒歩ルートの指示にしたがって、ひたすら「湯〜とぴあダイゴ」を目指す。この最後の二、三キロの市街地歩きがキツかった。バス利用を考えるべきであった。

湯〜とぴあダイゴ。

「湯〜とぴあダイゴ」は市街地の単なる銭湯である。温泉ではなさそうだ。二、三人が入ればいっぱいになるような小さな浴槽がいくつもあって、それぞれジェットバスや薬草風呂になっている。この日の一階の薬草風呂は「ローズマリーとセイジ」風呂だったかな、色も匂いもバスクリンだった。浴場内のタイル張りの狭い階段を上がると「露天風呂」もある。とは言っても狭い空間に浴槽が二つ、二人でいっぱいになりそうな方は朝鮮人参を使った薬草風呂、もう一つは水風呂。形ばかりの露天で、天井に一メートル四方の穴が開いていて空が見える。薬草風呂のヘリに腰掛けた刺青のあんちゃんはひっきりなしに痰を吐いている。だいたい、十人ぐらいの入浴客の中で、二人も倶利伽羅モンモンがいた。さすが京都である。そういえば、入れ墨の方お断りというよくある表示は見かけなかったように思う。ここならタトゥーをした外国人も安心して入れることだろう。なんだかんだ言って、よく温まった。決して悪い湯ではない。すぐそばの地下鉄石田駅から山科に出て帰宅。

ツツジオ谷から金剛山

2月2日、ツツジオ谷から金剛山へ。当然、氷瀑や霧氷を期待して行ったのだが…。

家を出るのが遅くなって、バスで登山口に着いたのは10時半近く。同時に貸切バスが停まり、高校生の一団が降りてきた。スニーカー履きの者も多い。舐めてるなあ。

登山口。

坂道を登って、「まつまさ」の前で軽アイゼンを付ける。ここで右に行くのが千早本道。高校生たちもここでアイゼンを付け、右に向かったようだ。こちらは左に、舗装道路の坂を登る。シャーベット状の雪がのっているが、おそらくこの辺りは融雪剤がまかれている。

舗装道路を坦々と登る。

車止めのある橋の手前から右に入る。黒栂林道やカトラ谷に崩落があり、荒れているという警告が出ている。

黒栂、カトラ崩落の注意書き。
ツツジオ谷入口。
渡渉を繰り返す。
クリスマスツリー。ではない。
丸太橋。
一箇所、倒木が折り重なっているところがある。
ミニのスノーブリッジ。

ツツジオ谷に入り、何度も渡渉を繰り返してしばらく行くと、腰折滝。数日前、氷結していたという記録をネットに上げている方があったが、中央部分は完全に融けて普通に水が落ちている。この二、三日、気温が上がりすぎたのだ。

一の滝。単なる雪の急斜面。

11:50ごろ、一の滝。最初は気づかなかった。氷結してはいるのだが、上に雪が乗ってしまって、単なる雪の急斜面にしか見えない。続く二の滝(12:05ごろ)も同様。いずれも巻道はロープの設置された急斜面で、少し慎重に歩く。

二の滝。

左に急登して尾根に出る道を分け、あくまでも沢沿いに詰める。いかにも金剛山という土のV字谷になり、どんどん狭くなってくるが、こうなってからが案外長い。ここまで登ってくれば見られるのではないかと思っていた霧氷は影も形もない。冬の金剛には過去2回登っていて、いずれも見事な霧氷が見られたのだが、実はかなり繊細な気象条件が整わないと見られないもののようだ。

源頭部の雰囲気だが、まだまだ続く。

源頭部直前、ようやく左に登って、石仏群のある平坦地を抜け、六地蔵の尾根道に出る。ここから山頂広場へはすぐ。もう子供たちの嬌声が聞こえる。

六地蔵。
山頂広場。

山頂到着は一時半過ぎ。下の広場にも、上の広場にも、小学生の団体がいた。一校だけではないようで、合わせて五百人ぐらいはいたように思う。みんなきちんとしたトレッキングシューズに軽アイゼンをつけている。彼らも千早本道を登ってきたのだろう。道の途中で小学生や高校生の集団に巻き込まれたらエラいことである。少しマイナーなルートで登ってきて正解だった。もう昼はかなり回っているので、小学生たちはとうに弁当を終えていたらしく、十数人ずつ例の山頂看板と時計の前で記念撮影をして、やがて山を下りていった。

山頂広場。

雲海が出ていて、眺めはあまりよくない。しばらくして、雲が切れ、某宗教団体の塔が見えた。国見城跡広場のへりのベンチで、山めし。「いちご煮とイカくんのラーメン」。『げんさんとよーこさんの山ごはん』のレシピ。一見地味で、実際シンプルではあるが、実はちょっと贅沢なレシピだ。ウニとアワビの旨味たっぷり。

いちご煮とイカくんのラーメン。
材料。

食べ終えて、2時半ごろ、広場から下り、カードに登山証明のスタンプを捺してもらう。金剛山には少なくとも7、8回は登っているが、前回初めてカードを購入したので、スタンプは2個目。

かまくらが造ってあった。

ここから葛木神社への登り坂、朱塗りの灯篭の並ぶ坂道はいつもキツく感じる。

葛木神社への坂道。
夫婦杉。
葛木神社。
大和葛城山方面の眺め。

神社から下って、一の鳥居で左に入る。ダイヤモンドトレールのルートだが、100mほどで右に、郵便道が分かれる。これを下る。

ダイヤモンドトレイル(左)と郵便道の分岐。
杉植林の中を延々と下る。

歩いている人はいない。ところどころ踏み跡はあるが、昨日かそれ以前のものだと思われる。しかし道はしっかりしている。途中、崩落地があり、上側に迂回路が作られている。このルート、最初から最後まで眺めのない植林帯の中。この山抜けのおかげで、ここだけ展望が開けて奈良側が見える。

崩落地。
雪をかぶった丸太椅子とテーブル。

雪はかなり下まであった。杉の梢に溜まった雪が、気温の上昇で溶けて、ポタポタ落ちてくる。その水滴が、路面の雪に無数の小さなクレーターを穿っている。雪が薄くなり、流石にアイゼンがかえって邪魔になってきたので外す。

なおも長く感じられる下りの後、獣避けゲートを通り、人里に出る。堰堤だらけの高天谷にかかる橋を渡り、登り返すと、高天神社の前に出る。木造の小さな休憩小屋のようなところの外側のベンチで一休み。

里に出た。

実は金剛山のこの奈良側のルート、里に出たところが随一の眺望ポイントだ。高く密に育った杉林のため、あの崩落地を覗いて、途中展望はまったくない。そして山道が終わって里に出たところは、まだ標高450mほどある高原状の土地だ。そこからは金剛山の裾野は、緩やかに広がり、下っていく。畑の中に人家が点在する。ここから、奈良盆地を挟んで、奈良県西部と南部の山々の眺めが素晴らしい。

ここからまだ延々と舗装道路の下り。さらに標高差200mあまり、水平距離で3キロほどを下って目指すのは「かもきみの湯」。露天風呂も、眺望はないが、充実している。

すっかり暗くなった「かもきみの湯」バス停からバスに乗る。ここで一つ判断ミスをした。国道168号線を走るバスは、途中、近鉄御所線の終点、御所駅前で停まり、御所線に並行して走る。そして最後は大和高田駅まで行く。この御所駅で、とっとと電車に乗り換えるべきだった。バスは途中から渋滞につかまり、大幅に遅れた。

甲山森林公園周辺うろうろ

久しぶりに体重計に乗ったら冷酷な事実を告げられた。だいたい、年末年始は動けず、年が明けてからもまだ一度も山歩きに行っていない。今日は土曜出勤で試験監督。10時過ぎには解放されたので、そのまま仁川渓谷に歩きに行くことにした。以前、この記事で書いたルート。沢通しに歩いた記録はこの記事

文中の丸囲み数字はこの地図上の数字に対応。

仁川沿いの道路を進むと、住宅地のどん詰まり近く、ちょっとした滝がある。仁川渓谷は堰堤だらけで滝はほとんどなく、もしかしたらこれが一番滝らしい滝かもしれない。

仁川沿いの道路を歩く。
滝。正面の仁川百合野橋を渡る。
小さな切り通しを通る。
斜め堰堤。
ムーンライトロック。この左手、右岸を登る。
するとこんな道に出る。フェンスがあり整備されているのはこの部分だけ。
第1の鎖場。江戸期に掘られた断崖中腹の水路、その外側の細いフェンスのようなところの上を伝う。
古い石積み堰堤。
石積み堰堤のすぐ下流、大きな露岩の斜面があり、下は淵になっている。

ところが肝心の仁川渓谷、二番目の鎖場②が最近崩落したらしい。途中、警告表示が下がっている。

2番目の鎖場。コンクリートの構造物の上を通り、岸壁の中腹をトラバースする地点。
鎖場を近くから見る。ロープの先、鎖が垂れ下がるように続いているが、その部分の足場になる岩が崩落、消滅している。

当の箇所まで行き、鎖場を途中まで行ってみたが、鎖とロープは残っているものの、足場になる部分が崩落していて、元々かなりスリリングだったのがさらにかなり危険な状態になっている。鎖の付いた岩がオーバーハング気味になってしまって、鎖に全体重をかけなければ通過できそうにない。

この仁川渓谷右岸道、ちょっとしたスリルが手軽に味わえる近場の半日コースとしてお気に入りだったので残念だ。

仕方なく引き返して、地すべり記念館①からハイキングコースを辿る。

地滑り記念館奥の階段を登る。

甲山森林公園の展望台から北に、東屋のあるところから踏み跡を辿って、仁川渓谷べりの断崖の上の展望岩(と勝手に名付けているスポット)③に出る。渓谷沿いのルートを予定通りに辿っていたら出たはずの地点だ。

展望岩から東の眺め。六甲の主稜東部が見える。左端に甲山。
しかし西に目を転じるとすぐそこに仁川高丸の住宅が。

ここで昼食。「野菜たっぷりピリ辛ビーフン」。『おかわり!山グルメ』のレシピ。

ピリ辛ビーフン。
その材料。

その先の道も、倒木と落ちた枯れ枝が多く、非常に分かりにくくなっていた。一度道を失いかけ、なんとか復帰。いつもはそのままいわゆる「なかよし池」に出るのだが、途中左に登る踏み跡、以前から気づいて気になっていた踏み跡をたどってみた。するとガードレールの切れ目から車道に出た④。「五ヶ池ピクニックロード」の、「なかよし池」よりも南の地点だ。

ガードレールの切れ目から車道に出る。

道路を左に100mほど進むと、「関学道」バス停(バスは週に一便しかない)があり、

「関学道」バス停。正面は甲山。

そこから左に、甲山森林公園に入り、「レストハウス」⑤に寄ってから、

「レストハウス」からの甲山。

行きにも通った森林公園内の「展望台」広場に向かう。東側の眺望がひらけた場所だが、数日来暖かい今日は春霞のような靄が濃くてせいぜい五月山ぐらいまでしか見えず、大阪越しの生駒山や葛城・金剛山もまったく見えない。仁川競馬場や、大学のキャンパスと、その下を通る六甲トンネルに出入りする新幹線が見える。

森林公園の「展望台」。

展望台からは南方向に下り、いつもは行きに通った地滑り記念館の上から上ヶ原浄水場の東側の道路を通って大学のキャンパスを抜けるのだが、途中、西に向かって登る踏み跡⑥に入ってみた。すると200mほどで、森林公園内の整備された道に出た。南に伸びる尾根上の軽ハイキングコースで、少し右=北に行くと、露岩とベンチ・テーブルのある眺めのいい場所⑦があった。

⑦の展望。

南に戻って下っていくと、森林公園の東入口に出た。ここから車道を歩けば、浄水場東側のいつもの道になるのだが、そのまま正面の橋⑧を渡り、反対側の山道に取り付く。ここも森林公園の敷地内だ。入り口には、「300m先眺め良し」という小さな札がかけられていた。300m先は標高140mほとのピーク⑨で、露岩が点在し、やはりベンチ、テーブルがあり、西側、甲陽園側と甲山の眺めがとてもいい。この辺り、仏性ヶ原と呼ぶらしい。

140mピーク。

ピークを越えてそのまま南に下るよく整備された道があったので行ってみる。途中、右に、森林公園管理棟に向かう道を分けた先に、ベンチ、テーブルが一つある。そこからそのまま踏み跡を下ると、甲陽園東山町の住宅地の奥の、つい最近住宅地拡張のために造成されかけたような荒れたところに出た。ここから東に、上ヶ原山手町方向に向かう道があるかと期待したのだが、それは見当たらない。造成地を抜ければ甲陽園側に下れそうだったが、それはしたくない。

甲陽園側の造成地に出た。

しかたなく140mピークまで戻り、さらに戻って森林公園東入口。浄水場の北から東に回り込む道路に出る。車道を50mも下ると、右にイノシシよけのゲートがあり、どうやら浄水場の西側を回り込む山道があった。

浄水場西側を回り込む道の入り口。

そちらに進む。道はよく整備されていて谷に下っていく。ところどころにスズメバチの警告掲示がある。まあ、今の季節なら蜂も出てこないだろう。どうやら大学の「第4フィールド」「第3フィールド」の縁を回っていく道らしい。谷を下りきったあたり、巨大な水道管の下を通り、

巨大な水道管の下をくぐる。

右に流れ下っていく小川から離れて、左、東に階段を登る。厩舎横の上り坂になり、野球場とおぼしきグラウンドに出る。その手前を、馬術部の馬場を右に見下ろしながら進む。

馬場。
アメリカンフットボール場。
上ヶ原八幡宮。

さらに進むと、右手はアメリカンフットボールのグラウンドになった。こちらに来てから数十年経つが、このあたりにはこれまで来たことがなかった。一般道に出てちょっと左に入ると上ヶ原八幡宮の小さな社がある。そこから上ヶ原三番町の狭いバス道を通り、帰路につく。