堂山 384m(湖南アルプス)

早朝、出がけにバタバタするとろくなことはない。この前の白髪岳のときは、朝、湯を沸かしておきながら、それをテルモス(この会社、最近は日和って英語読みの「サーモス」を名乗っているようだ)に入れて持参するのを忘れて出てきてしまった。テルモスの保温力はなかなかのものなので、今回は前の晩に沸かしてテルモスに詰め、早々にリュックに入れておいた。

いわゆる湖南アルプスは、低山ながら眺望はいいし、面白い岩場は豊富だし、渓流も美しく、全体に独特の明るさがあって、気に入っている。

その昔、奈良・京都の寺社などの建設のため、この山域から木々がやたらめったら伐り出され、土も流失し、近代にいたるまで一帯ははげ山だったという。それが、現在の独特の雰囲気のもとになっているのかもしれない。

最初、金勝(こんぜ)アルプスに行って魅力に目覚め、太神(たなかみ)山、矢筈ヶ岳、笹間ヶ岳に登り、大戸川吉祥寺谷の遡行もしたが、その中で堂山が残っていた。

9月中旬、堂山を目指す。石山駅からバスで新免(しんめ)へ。東に向かって歩いていくと、すでに右手に堂山が見えている。

すぐに堂山が見える。

すぐに堂山が見える。

このコース取りは白髪岳の項でちょっとクサした『関西日帰り山歩きベスト100』とほぼ同時期に同じ著者によって書かれた『関西里山・低山歩き』に従っている。前者と違って、こちらの方が掲載地図の等高線も明瞭だが、もちろん別途地形図は用意する。

西性寺の前で道標に従って右に折れる。吉祥寺谷に行ったときは、ここで折れずにまっすぐ進んだのだった。

道なりに進むと新宮神社。手前右側のアパートはフィンランド関係らしくて、アパートの前では、フィンランド人らしい父親が子供たちに日本語で指示をして、車のマットレスを叩かせていた。

新宮神社。

新宮神社。

境内に入ってすぐ右手の細いコンクリートの坂を登ると、登山道の入口がある。すぐに、両側にネズ、松とシダが生え、石英の粒が散り敷いた、湖南アルプスらしい道になる。獣除けゲートを通る。

湖南アルプスらしい道。

湖南アルプスらしい道。

路面の石英の粒。

路面の石英の粒。

これも湖南アルプスらしいシダ。

これも湖南アルプスらしいシダ。

要所要所、道標もしっかりしている。低いけれどもやせた明るい尾根をたどっていくと、程なく岩場に行き当たる。

明るい尾根。

明るい尾根。

岩場。

岩場。

岩場を中ほどまで登ると、一気に琵琶湖側の眺望が開ける。湖を挟んで、比叡山、比良の山々、北側には近江富士も顔を出す。日差しを避けて岩蔭に腰をおろす。微風に吹かれながら景色を眺めているのが異様に気持ちよかった。

岩場。

岩場。

北西に比叡山、琵琶湖、比良の山並みが見えてくる。

北西に比叡山、琵琶湖、比良の山並みが見えてくる。

北に近江富士(三上山)も姿を覗かせる。

北に近江富士(三上山)も姿を覗かせる。

iPhoneを岩場に立てかけ、リモコンで自撮りを試みるが、角度が決まらず、断念した。下はそのテスト写真。後で見たら、水平線は無視しているし、自分で構えたらフレームに入れることはない太陽が写り込んでいて、意外と面白い絵ができたような気がした。ちょっとした高山のようにも見える。

どこの高山?

どこの高山?

岩場続き。

岩場続き。

こんな道も通る。

こんな道も通る。

堂山の北面が見えている。

堂山の北面が見えている。

このあたりで休憩していると、後から登ってきた年配の登山者が一人通り過ぎていった。歩き始めて最初の人間。「いい山ですねえ」と声をかけると、我が事を褒められたかのように無言でにやっと笑った。その気持ちは分かる。

「新免」の道標のある分岐からメインの尾根に乗る。

いよいよメインの尾根。

いよいよメインの尾根。

メインの尾根も岩場とザレ。

メインの尾根も岩場とザレ。

その続き。

その続き。

白い砂地、岩、緑がモザイクになっていて美しい。遠景は矢筈ヶ岳。

白い砂地、岩、緑がモザイクになっていて美しい。遠景は矢筈ヶ岳。

いよいよ山頂かと思うが、本当の山頂はこのもう一つ先。

いよいよ山頂かと思うが、本当の山頂はこのもう一つ先。

最後から二番目のピークから、本当の山頂を眺める。ここは一旦左に下って、前方に見える巨石のあたりを登る。

最後から二番目のピークから、本当の山頂を眺める。ここは一旦左に下って、前方に見える巨石のあたりを登る。

週末のことで、このあたりからちらほら他の登山者に出会う。いくつかピークがあって、本峰直前のピークから直進は困難。ちょっと戻って左に下り、最後の岩場を攀じ登って堂山山頂に着く。この山頂には大きなアゲハが舞っていた。思ったほど広くはないが、四方に大岩があって、その上に上るとほぼ360°、標高は400mにも満たないのに本当に眺めがいい。琵琶湖、比叡山、比良山脈。三上山、金勝アルプス。すぐ南には笹間ヶ岳、矢筈ヶ岳、太神山。それらの間に覘いていたのは鈴鹿の山かもしれない。

山頂から南の眺め。中景は笹間ヶ岳。遠くに見えている山はなんだろう?

山頂から南の眺め。中景は笹間ヶ岳。遠くに見えている山はなんだろう?

昼食は例によって「げんさん」レシピの、「ファミチキのトマト・オニオンソース煮」

昼食。

昼食。

ベランダのバジルが元気なうちにやってみなければと思って決めた。フリーズドライのオニオンスープとトマトペーストの小パック、ベランダで採ったバジルをリュックに入れて、朝6時、自宅近くのファミマに寄ったら、ファミチキのケースは空だった。店員に尋ねると、今揚げてるところで、店に出すのは6時半ぐらいからだという。地図で調べると、JR石山駅から京阪の駅を越えたところにもファミリーマートが一軒ある。バスに乗る前にささっと寄って、無事、ファミチキゲット。「げんさん」の山メシは、いつもながら、B級には見えない。いや、味もいいんだけど。

テルモスの湯をフライパンに入れて、火にかける。この山地の歴史を反映して、地面がものすごく固い。コンロのための風よけを立てようとしたのだが、固定のためのピンが全然刺さらない。幸いたいした風ではなかったので、風よけを立てるのはあきらめた。

ついでに、今回思いついたのは、iPhoneのコンパスの水準器としての利用だ。コンロはできるだけ水平に置かないと具合が悪い。コンロのアームを広げて、その上にiPhoneを置く。これは必ず火をつける前にやらなければいけない。iPhoneをローストしても、おそらくあまりおいしく食べることはできないからだ。微妙にコンロの置き場所を動かしながら、水準器の表示を見て調整する。

iPhoneのシンプルな水準器。「コンパス」を開き、左にフリックすると現れる。

iPhoneのシンプルな水準器。「コンパス」を開き、左にフリックすると現れる。

早めの昼食後、岩場を下って登り返して、主稜線をしばらく戻る。「新免」道標の分岐まで戻る手前、右に分かれる道がある。立派な道標の多く設置されている堂山だが、この分岐は「鎧ダム↔︎堂山」という小さな札が細い松の幹にくくりつけられているだけだ。この先、地形図にくっきり表れている細く短い渡り廊下のような尾根を進むというか渡るので、そう思って地図を見ていれば迷うことはないだろう。

鎧ダムへの分岐の道標。

鎧ダムへの分岐の道標。

その小さな痩せ尾根から堂山の南面を振り返ることができる。

堂山を振り返る。

堂山を振り返る。

痩せ尾根を過ぎると樹林の中に入り(従ってこのコース、ここから先は眺めはほとんどなくなる)、短く急に登り返す。登り切った小ピークは三叉路になっていて、左の道が鎧ダムだという道標がいくつも付けられている。木漏れ日が好ましい灌木の中の尾根を下っていくと、砂地のささやかな流れのある谷に出る。

砂地の小川。

砂地の小川。

流れに沿って進み、鎧ダム上部の広大な砂地に出る。水の大部分はこの厚い砂の層の下に潜っているのだと思うが、砂の上にも、いく筋もの浅い流れが蛇行しながら走っている。かつての地形図には鎧ダムの上に水が、つまりダム湖が描かれていたが、今は消されている。

こんな山の中にもスタバはないが砂場はある。

こんな山の中にもスタバはないが砂場はある。

広大な砂場を淡々と歩いて、明治初期に作られた鎧ダムに着く。

鎧ダム。

鎧ダム。

鎧ダムから下の流れ(若女谷というらしい)も、水平距離にしてほんの600mほどの渓谷だが、磨かれた花崗岩の上を走っていてとても美しい。登山道は、何度か沢を渡りながら、巻くように付いている(従ってアップダウンがある)。一箇所、大きな滝場があるが、一度下から沢通しに遡行してみたいものだと思う。鎧ダムができる以前は、上流までこんな流れだったのだろう。蛇足だが、このあたりから、これもこの山域によくある、登山道脇の白いロープと警告表示が現れる。盗掘する奴がいるからいけないのだろうけれど、げんなりし、ルソーを思い出す。

鎧ダム直下の流れ。

鎧ダム直下の流れ。

磨かれた花崗岩を掘り込んで流れる沢水。

磨かれた花崗岩を掘り込んで流れる沢水。

二条の滝。

二条の滝。

もう一度、古いダムが現れると、沢は天神川に合流する。天神川を飛び石伝いに渡る。ちょうどその通り道を塞ぐように一家族がテーブルを設置して「アウトドア」を楽しんでいらした。山歩きをしていないと、飛び石伝いの先のその河原が「道」だなどとは思いもしなかったのだろう。そういうわけで、とっとと林道に上がる。この先も近くに車を停めて天神川の河原で楽しんでいる家族連れが多い。林道は、太神山へのアプローチ、吉祥寺谷からの帰り、笹間ヶ岳からの下りで何度も歩いている道だ。舗装道路ではあるけれども、緑のトンネルになっていて、割合気持ち良く歩ける。

富川道分岐で座り込んで最後の休憩を入れていたら、バスを一本逃した。6分ほど、急ぎ足でさらに林道を下っていくと、「アルプス登山口」バス停からちょうど走り去っていくバスが見えた。バス停脇に腰を下ろし、コーヒーを淹れて、40分も待つと、次のバスが来た。登山口のバスとしては本数は多いほうだ。その直前、高齢の30人ぐらいの団体が山から下りてきた。バスが着くと、先に一人待っていた僕などにはお構いなく、どやどやと乗り込んでいった。まあ、まだ席は空いていたからよしとしよう。南郷温泉に立ち寄ることも考えていたが、面倒になってそのまま石山駅へ。

8.5kmの軽い歩き。

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白髪岳(篠山)722m

悪天候続きだった夏のあと、ようやく天気が安定してきた9月初旬、白髪岳に行ってみた。

大抵のガイドブックが白髪岳から松尾山を経て古市に戻る周回コースを紹介している中で、岡弘俊己『関西日帰り山歩きベスト100』実業之日本社、2007年(以下『ベスト100』)は、篠山口に抜けるコースを掲載している。これに従うことにした。

このガイドブックは、一つのコースが見開き2ページで、その中に情報がぎっしり詰め込まれている。往復の交通はもちろん、登山適期、出発点に食料の得られる店があるかどうか、休憩に適したポイントなどが簡潔な文章で記されている。また他書とは微妙に違って一ひねりした、したがってまた魅力的なコース取りをしている場合も多く、さて近場でどこにでかけようかというとき、ぼくが真っ先に手に取る本だ。

ただし一点問題があって、各コースに付されている地図がたまに異様に杜撰なことがある。湖南の笹間ヶ岳に行ったときも、本書に掲載の地図(p.109)を信じて道に迷った。コースラインは赤い線で示されているのだが、笹間ヶ岳から御仏河原に出る山道が、その南側の林道のラインになってしまっている。

この白髪岳の地図もひどかった。天神川の林道から取り付く登山口がずっと南に移動させられているし、松尾山から文保寺に下るラインもデタラメだし、最後の市街地に出てからの部分も、ポイントの記述は確かなのだが、地図上ではそれがことごとくズレたところに記されている。もちろん別途地形図を参照すべきものだろう。どの2.5万図を見るべきかはもちろん記載されている。だが地形図では登山道がどこを通っているかは必ずしも解らないし、いずれにしてもここまで狂うかという地図なのである。

さて、JR古市駅を出て交通量の多い372号線に入り、左手に採石場になっている山を見ながら踏み切りを渡って、切り通しの一段高いところに設けられた歩道を通る。その歩道が終わると右に住山への道が分岐する。そこから先は車もほとんど通らない。平日の朝のことで、ときどき自転車通学の中学生と行き違う。幅広い谷の、田園の道だ。前方、手前の尾根越しに、形のいい白髪岳が姿を見せる。

白髪岳が見える。

白髪岳が見える。

『ベスト100』の地図で登山口と記されているポイントよりもかなり先、だいぶ山の中に入ってきたなあというあたり(まだ人家がある)に松尾山への分岐がある。別のガイドによればこの辺りに有料駐車場があるはずだが、見落とした。自家用車ではここに駐車して白髪岳から松尾山を周回してくるのが普通なのだと思われる。

右が松尾山、左が白髪岳への道。

右が松尾山、左が白髪岳への道。

左に白髪岳への道を進む。幅のある林道だが、栗林のあたりですぐに舗装はなくなり、ガタガタの地道になる。この先、白髪岳への本当の取り付きである住山登山口にも数台ぶんの駐車スペースがあるが、そこまで車で入るのは、四駆車でもないと辛そうだ。

栗林がある。

栗林がある。

道は左岸から橋を渡ってきついS字に屈曲し、右岸をさらに登っていく。このあたり、マツカゼソウの群落。

マツカゼソウ。

マツカゼソウ。

柔らかな緑色の、ハギに似た葉が美しい。ちょうど小さな白い花をたくさん付けている。

葉の緑はやわらかく、とてもやさしげです。また、葉の丸みも独特の美しい曲線で、気品ただようその形は、花のない時期でもひときわ目立ちます。(ピッキオ『花のおもしろフィールド図鑑 秋』実業之日本社、2002

このマツカゼソウ、ミカン科で、葉を揉むと柑橘類の匂いがする。ミカン科で草本なのは、この植物が世界で唯一だそうだ。これの群落は、小金ヶ岳のクリンソウ群生地の近くでも見た記憶がある。

まもなく八角形の東屋のある住山登山口。東屋の背後には水場がある。大きな案内看板があって、辺りは一種の自然公園として、いくつかの遊歩コースが設けられているが、あまり整備はされていない。

住山登山口。

住山登山口。

東屋の脇からずんずん登っていくと、そのまま沢筋を進む道と、右に急斜面を登る階段道に分かれる。地形図を見ると、沢に沿った道でも行けて、距離的には近そうだったが、最初の堰堤の上からはひどく藪がかぶっていたので、あえて進むのはやめて分岐まで戻った。急斜面の階段を上るとまもなく、水平道に出会う。

丸太階段の道。

丸太階段の道。

左に進んで少し下り、二つの小沢を相次いで渉る。小沢はすぐ下で合流している。近くに銀山の跡があるらしいが、どこだか分からなかった。

小沢を渡る。

小沢を渡る。

その後は急斜面のジグザグの登りになる。朝から曇りで、このあたりでびゅうびゅう冷たい風が吹き始めた。Tシャツに短パンで来てしまったのは失敗だったかなと思った。かなり登ってようやく枝尾根の上に乗る。この尾根自体が相当に急な、木の根と岩の道。

枝尾根の急坂。

枝尾根の急坂。

息を切らせながら登りきると、ようやくメインの尾根。小さな広場になっていて、道の両側にベンチが設置されている。ここで初めて、展望も開けてくる。西には名前を知らない山々が、美しく折り重なっている。東には松の枝越しに松尾山が見える。

尾根合流点から西の眺望。

尾根合流点から西の眺望。

このベンチのある尾根合流点は、あくまでも尾根の上だが、まるで穏やかに守られた凹地のような感じがした。回りに丈の低い松が茂って、また地形のせいもあるのだろう、ここでは風が当たらず、静かで暖かかった。北東の谷から吹きつけてくる風は、頭上を越えていっているように思えた。ハントケが記した、カルストのドリーネの中のように。

尾根合流点のベンチと東に松尾山。

尾根合流点のベンチと東に松尾山。

20分ほども休憩して、再び歩き始める。ここから山頂までは一息のはず。両側に低い木々の茂る平坦な尾根の道だ。

主尾根の道。

主尾根の道。

まもなく噂に聞く、というかどのガイドブックにも書いてある岩場が現れる。

岩場が現れる。ここはまず右に巻いていく。

岩場が現れる。ここはまず右に巻いていく。

ロープや鎖が張られて、よほどの突風か雨か雪でもない限り、特に危険はない。けれど楽しめる。コースは最初岩場の東側を巻き、それから急斜面を登って尾根の西側に跨ぎ越す。その瞬間、西側の眺望が大きく開ける。先ほどのベンチのところでも見えてはいたが、ここで本当に視界がぱあっと開ける感じ。

岩場を東から西に越える。自撮りに挑戦してみた。w

岩場を東から西に越える。自撮りに挑戦してみた。w

岩場から見る松尾山。

岩場から見る松尾山。

岩場から先ほど歩いてきた住山の谷を見下ろす。

岩場から先ほど歩いてきた住山の谷を見下ろす。

狭い岩の背を進んでさらに行くと、まもなく白髪岳の山頂。360°の眺望。相変わらず高曇りだが、眺めは申し分ない。南北に伸びた山頂は、あちこちに岩が突き出している。

山頂に一輪だけ咲いていた。

山頂に一輪だけ咲いていた。

まだ風が冷たかったので、岩の一つを選んでその蔭に腰を下ろす。四斗谷を挟んで西側に伸びる尾根が美しい。あの尾根を、南のトンガリ山620mから縦走してくるコースもあるらしい。その向こうに僕にはいわゆる山座同定のできない山々が幾重にも続いている。

山頂から西側の眺め。

山頂から西側の眺め。

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休憩場所に選んだのは山頂北端の岩陰だった。そこから北に、急下りの道に入る。道の両側には、ものものしく延々とロープが張られている。数えたら、右側には6本、左側には4本のロープが束ねられ、ずうっと下まで延びている。

白髪岳北面の道。

白髪岳北面の道。

ところどころロープに助けられ、滑らないように注意しながら下りきると、道は白髪岳北側の小ピークの東側を巻く比較的平坦な道になる。このあたりは、疎林の中のうっすらとした踏み跡のような道だ。

白髪岳北の小ピーク山腹の踏み跡のような道。

白髪岳北の小ピーク山腹の踏み跡のような道。

小ピークの腹を渡りきって、再び尾根に乗ると、道は広くなる。この頃から風は止んで、青空が広がり始めた。

まもなく四叉路。左に文保寺に下る道、右に、谷沿いに住山(おそらくはアプローチに使った住山登山口の先)に下る道(「ワン谷より住山へ」の道標)。そのまままっすぐ尾根道を行く。と、鐘掛の辻。左に「肩越の辻を経て文保寺」の道標。右寄り正面の急坂登りが松尾山への道。

鐘掛の辻。松尾山側から見下ろしている。カニコウモリが多い。

鐘掛の辻。松尾山側から見下ろしている。カニコウモリが多い。

ずっと垂線通しに登っていくのかと思ったら、後半は左に回り込むようにしながら登っていく道だった。

松尾山への登り。

松尾山への登り。

ちょうど12時ごろ、松尾山山頂着。かつての城跡だそうで、まばらに木々の生えるかなりの広さがある平坦な山頂。展望はあまりない。

松尾山山頂。

松尾山山頂。

「げんさん」本レシピの「海鮮XO醤ラーメン」を作って食べる。チューブ入りを見つけて買っておいたXO醤も良かったが、桜エビが案外効いて、美味だった。まあ山では何を食っても美味い。こうした「山メシ」の問題点は、調理時間が4,5分でも、そこにいたる準備や後片づけやその他ぐだぐだしている時間を含めると、あっという間に一時間ぐらいは経ってしまうことだ。やはり余裕がないとできない。

「海鮮XO醤ラーメン」。

「海鮮XO醤ラーメン」。

太陽が出てきた。松尾山山頂の木漏れ日。

太陽が出てきた。松尾山山頂の木漏れ日。

松尾山からの下りが問題だった。先に記したように、『ベスト100』の地図は相当に怪しい。鐘掛の辻から登ってきた道とほぼ平行に、別の下り道があるかのように記されている。山頂には確かに「肩越の辻を経て文保寺へ」という道標もある。とりあえずこれに従うと、北東の尾根上をずんずん下っていく。後から考えると、『ベスト100』の記述はこの道のことを言っていたのに違いないのだが、ちょっと不安になって、途中で山頂まで引き返した。元の道を鐘掛の辻まで下って戻り、そこの道標に従って文保寺を目指す。松尾山の北側の山腹を平坦に進む道だ。結局、先ほど山頂から下りかけた尾根道らしきものと合流した。しかしその道と、鐘掛の辻から山頂への道は、決して平行ではない。90°くらいの開きがある。

鐘掛の辻からの道(右)と、松尾山からまっすぐ下りてくる尾根道(左)の合流点。

鐘掛の辻からの道(右)と、松尾山からまっすぐ下りてくる尾根道(左)の合流点。

尾根通しに下りてきた道と合流して尾根筋を歩くようになってまもなく、ベンチのある肩越の辻。尾根の右に下りていく道と、左に文保寺に下りていく道が分かれる。しっかりした道標が立てられている。ここから文保寺に下りていく道は、2.5万図に記載されていない。だから『ベスト100』のいい加減な地図と相まって、松尾山からの下りで躊躇したわけだ。尾根通しにも明瞭な道が続いているが、そちらを指す道標はない。

肩越の辻。背後が松尾山。左に下ると文保寺。

肩越の辻。背後が松尾山。左に下ると文保寺。

どうやらこの道で間違いはなさそうだという確信が得られて、文保寺に向かって下っていく。植林の中の道。一箇所、刈り払われて北側の展望が開け、ベンチも設置されているところがある。

伐採地から北側の眺め。

伐採地から北側の眺め。

既に沢音も大きく、まもなく文保寺の谷の沢筋に下り着く。この沢筋もマツカゼソウが多い。しばらく右岸を進んで、途中で左岸に渡る。

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再びマツカゼソウの群落。

再びマツカゼソウの群落。

そこから一息で、舗装された林道に出る。林道を下り、獣除けの扉を開けて出ると、すぐ右に文保寺観音堂。そのまま林道を進んでしまったが、境内に入って参道を下ってもよかったかもしれない。いずれ先で合流する。

文保寺観音堂。

文保寺観音堂。

ゲンノショウコ? 文保寺周辺に多い。

ゲンノショウコ? 文保寺周辺に多い。

桜門に立て掛けられた二足の巨大わらじを見て、まっすぐな舗装道路を歩く。

なんだかしどけない大草鞋。

なんだかしどけない大草鞋。

白髪岳を振り返る。

白髪岳を振り返る。

石の鳥居があって、そこで右折。『ベスト100』に記された「しゃれた美容室」(「しゃれた」というのは、店先にガス灯のような街頭が立てられていることを言っているのだろう)とカーブ「ミラー」のある辻は、本の地図上の位置はずれまくっているが、確かにあって、そこで右折。午後になって晴れた日差しの中、たらたらと歩いていくと、無事、JR篠山口駅に着いた。

火曜と木曜だけ、草野駅から「こんだ薬師温泉」に行く「コミュニティバス」が出ている。その日だったら草野駅で途中下車したのだが、生憎月曜だ。おとなしく宝塚までそのまま電車に揺られて行った。

平日のことで、山中では他の誰にも出会わなかった。一人きりの山。

白髪岳はいい山だった。しかし今回のコース、古市駅から住山登山口までと、文保寺から篠山口駅までの舗装道路歩きがかなり長い。総歩行距離15キロを超えた。やはり車で白髪岳・松尾山分岐まで乗りつけて、周回するのが正解かもしれない。

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ヴァイオリンの右手と「虎拉ぎの手」

ヴァイオリン初心者に右手の形を教えるのは難しい。腕の使い方の問題もあるが、適切な手の形もなかなかできない(そしてどうやら腕の使い方と手の形は連動しているようだ)。弾けはしない人を起用した、ヴァイオリンを演奏する姿のコマーシャル用画像や映画のシーンが見るに堪えないのは、主にここに起因する。それは初心者も同じで、大抵は、普通にものを掴む、つまむ形になってしまう。このとき、「初心者」の手は、指の付け根の関節(中手指節関節、MP関節)が曲がっている。弓を持つ(という言い方自体も問題だが)場合、MP関節はほとんど平らか、ごく軽く曲る程度だ(特殊な奏法は除く)。はっきり曲がるのは、一つ先、指先から二番目の関節(PIP関節)だ。親指は指先から一番目の関節ということになる。

腕の関節は何箇所あるかと問うと、大抵は3箇所という答が返ってくる。実際は大まかに言って4箇所ある。手首、肘、肩、そして首の下の鎖骨の付け根。この鎖骨から指先まで、一つの力のラインが通っていなければならない。へんに肘を下げたり(どこで思い込んだのだか、弓元でそうするように指導するヴァイオリン「教師」も少なくない)、手首が山形に曲がっていたり、指の付け根の関節が曲がっていると、各所の力が妨げあって適正な運弓はできなくなる(繰り返すが、いずれも特殊な奏法を除く)。そしてそうやって無理に弾いていると、手や腕に故障を招く。

このラインが通っている状態のとき、そのラインの先端は親指の先になる。先述の適正な手の形、MP関節を曲げず、PIP関節を曲げた形、指先を指の付け根に向かって軽く引き寄せた形のとき、鎖骨からのラインの終点が親指の先になっているはずだ。

ところで、武術研究者の甲野善紀氏の術に、「虎拉ぎの手」(参考)という手の技というか形がある。たとえば踏台昇降のような動きを普通にやる場合と、この手をしてやる場合では、安定度がまったく違ってくる(どなたにもぜひ試していただきたい)。手を虎拉ぎの手の形にすることで、不思議なことに全身に一つのラインが通るのだ。たとえば路面が不安定な山道を歩くときにも、この形は有効だとされているし、実際に有効だと思う。

もうお分かりだと思うが、ヴァイオリンの弓を持つ手と、この「虎拉ぎの手」(そして実はもう一つの「旋段の手」も)の形は、かなり似ている。…と、いうことに、最近になって気付いた。どちらも体の中に一本のラインを通し、全身を協働させる形なのだ。

ヴァイオリンの弓は、掴むのでもつまむのでも、「持つ」のですらない。手の中にスポッと収まっている感じだ。先ほど力のラインの終点は親指の先だと言ったが、もちろんそれは弓先まで、もう少し正確に言えば弓の毛と弦の接触点まで続いている。要は手と弓の間に、もう一つの関節ができるわけだ。関節だから、掴むのでもつまむのでも持つのでもない。十分な可動性をもって手と弓とが嵌り合っていなければならないわけだ。

付け加えて言うと、「虎拉ぎの手」に近い形は、ヴァイオリンの右手だけではない。左手もそうだ。違いは、右手は特に弓先で前腕の内転が加わり、左手は大きく外転させた形が基本になるということぐらいだ。

というわけで、ヴァイオリン初心者には、「虎拉ぎの手」で踏台昇降をさせてみる、というのを指導の一部に組み込み、その「手」を使わない場合との全身感覚のちがいを体感させてみるのも、今日、試してみて、案外有効なように思えたのだった。

ついでに記すと、甲野氏の初期の発見、「井桁の術理」は、ヴァイオリンの右腕の使い方そのものだ。一つの関節の回転運動ではなく、複数の関節が協働して、直線を作り出していく動き。

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ゴロ寝筋トレ

昨冬も軽アイゼンを着けてせっせと山歩きをしていたせいか、一年前の夏ごろにはちょっと出ていた腹が引っ込んだことに、春先、気付いた。その勢いで、ちょっと筋トレめいたこともすることにした。

ちょうど、自分にぴったりの、ゴロゴロ寝ながら楽に確実にできる筋トレの方法がわかった。金も時間も労力もかけない。いわゆるアイソメトリックスというものだが、そこにさらにそのための使い勝手のいいインターバルタイマーアプリも見つけることができた。

一言でいうと、ゴロゴロしながらインターバルタイマーを使ってアイソメトリックス、これが個人的に最強の組み合わせだということを発見したのだった。かつて、腹筋や腕立てをやっていた時期もあったのだが、取り立ててはっきりした効能は感じなかった。腹筋腕立ての他にも、iPhone用のトレーニングアプリをいくつか使って、やってみていたこともあるのだが、妙に大変かつ/または効果の実感できないものばかりだった。アイソメトリックスのことは以前から知っていたが、効果的なやり方がわからなかった。

その手のジムに行くことは最初から考えていない。金もかかるだろうし、近くの駅に隣接するガラス張りのジムの中でサイクリングマシンを必死に漕いでいたりする人たちを通りすがりに見ると、どうも奴隷のようにしか見えない。ペーター・ハントケが、トレーニングジムについてではなくてダンス教室についてだが、こんなことを書いている。

ダンス教室のドアの前に立って、インストラクターの女の命令する声を聞いていると、この中にいる連中は一生監禁されているのではないか、それも自分たちで進んで、という気がして、手首に触れるドアレバーもそのための手錠のように思えた。(『反復』)

これはまあ好みの問題ではあると言っておこう。そもそもがわざわざジムまで出向くことが面倒くさい。

腹筋運動(シットアップ)や腕立て(プッシュアップ)は手軽なトレーニング方法としてよく知られているが、ここで述べる方法だと、それらほどにもバタバタ動かないですむ。ぼくは家にいるとき、ベッドでゴロゴロしながら本など読んでいることが多い。つまり、似たような生活スタイルの人、そういう懶惰な生活を送っている人にお薦めだ。

iPhone用のインターバルタイマーアプリはいくつか見たが、Runtastic Timer、これが良かった。

runtastic Timer

runtastic Timer

無料だとタイマーは一種類しか設定できないし、バナー広告も出るので、アプリ内で有料版(2014年9月現在¥200)に切り替えた。タイマー開始時や、トレーニング開始と休憩(インターバル)開始の三秒前からのカウントダウンを音声で知らせてくれる。この音声がまた英語、ドイツ語、スペイン語、フランス語、イタリア語から選べるようになっている。残念ながら日本語はないが、単純なカウントなのだから問題はない(画面の文字は日本語化されている)。ぼくはどれもそれなりになじみのある言語なので、気分で切り替えて使っている。(ただし、「あと1回」のコールが、フランス語やイタリア語でちょっとおかしいようだ。encore une série à faire が encore un série à faire になっていたりする。)

以下は具体的なやり方。ネット上から「アイソメトリックス」などをキーワードに拾ってきてアレンジしたものもあるし、この部分の筋肉を働かせるにはどういう姿勢を取ったらいいかと自分で考えたものもある。

大胸筋:口元ぐらいの高さで両手を合わせ、下におろしていくと、両前腕が水平になるぐらいのところでおのずと止まる。そこで、大胸筋の緊張を感じながら、両手を押し合わせる。指先は上(頭のほう)を向いていても、少し前方に傾けてもよい。厚手の小さめの本(ASSIMILのテキストなどは最適だ。ってマイナーすぎて誰も知らないか)などを両掌の間に挟むのもいい。ひじに変な力が入らないように気をつけたほうがよさそうだ。

腹筋:ひざを立てて仰向けに寝て、上体を起こすだけ。基本的な姿勢は普通のシットアップと同じだが、そんなにバタバタ動かない。首、背骨の上の方から、起こしていき、一定秒数止める。目は自分のへそのあたりを見るようにする。腕は、個人的に、両手で反対の腕のひじを掴む形が楽なので、そうしている。普通の腹筋運動もそうだが、腰に余計な負担がかからないように注意する。

上腕三頭筋:右ひじを曲げ、右手のひらを自分のほうに向ける。左の手のひらで外側から右手の甲側、手首のあたりを押さえる。右腕の上腕三頭筋の緊張を感じながら、一定秒数両腕を押し合う。右腕は伸ばそうとする方向、左手はそれを阻止する方向。手を替えて、左も同様に行う。

上腕二頭筋:小指を巻き込むように手を握り込み、手首、ひじを内側にぐっと折って静止する。よく力こぶ(つまり上腕二頭筋そのものだが)を見せるのに使われる形そのものだ。

大臀筋:ひざを立てて仰向けに寝、足首をやや尻に近づける。肩は床に付けたまま、肩からひざが一直線になるように尻を持ち上げ、静止する。

つねにそのつど鍛えている部位の緊張を意識する。そしてそれ以外の部位に余計な力がかからないよう、また呼吸を止めたりしないよう注意する。いずれも、少しずつ角度を変えたりすると、微妙に鍛えられる部位が変わる。それを感じながら、小さなバリエーションを楽しむといい。

腹筋は最初少しきつく感じられたので、(一回15秒+インターバル10秒)×5回にタイマーを設定した。それ以外は(一回20秒+インターバル10秒)×5回。上腕三頭筋は片腕5回ずつ。1セット5回の4〜5回目で少しキツい感じがするぐらいがちょうどいいように思う。

慣れてきて、腹筋は一回20秒に、大胸筋は一回30秒(インターバル15秒)にした。一回の秒数を伸ばすのと、回数を5回から増やすのと、どちらがいいかは分からない。まあ、こんなレベルでは、どちらでも大差ないだろう。好みや気分で決めればいいのではないか。

以上のうち、腹筋、大臀筋のものは当然寝て行うのだが、それ以外もたいていは寝たままやってしまう。これぞゴロ寝筋トレである。さすがに脚部は寝たままでは鍛えるのは難しく、寝たまま広背筋を鍛える方法とともに、何かいい方法はないか模索中だ。

これを約2ヶ月、一日一回(まれに二回)ほぼ毎日(たまに何もやらない日もある)続けて、効果が実感できている。と言うか、一応効果が実感できた現時点で記事にした。

何しろゴロゴロしていることが多い人間で、ゴロゴロしたまま、起き上がりもせず、iPhoneでタイマーアプリを立ち上げさえすれば取り掛かれる。以上の5種類全部やってもさしたる時間はかからない(大胸筋と腹筋しかやらないこともある)。タイマー以外は特別な道具も一切使わない(そのタイマーも、iPhoneのおかげで別個のハードを用意する必要がなくなった)。ダンベルはもちろん、チューブやタオルすら使わない。腕立てや腹筋のようにバタバタしないからひどく疲れることもない。もちろん金もかからない。だから続く。気軽にいつでもできるような形にすること、タイマーを使うことによって、一定の時間、一定の回数を確保することがポイントだ。

ただし最後に重要な注釈を加えておきたい。こうした筋トレは、鍛えるには鍛えるのだが、あくまでも単に見た目のシェイプアップだと考えている。体が動く、体が使えるようにするには、別の視点と方法が必要だと思う。スポーツトレーナーの松村卓は、筋トレやストレッチが体を固めてしまい、かえって動かなくしてしまうと説いている。腹筋を固めることによってたとえば大腰筋が動かなくなるというのだ。

松村 私の場合、「なぜ腹筋をやったらダメなんですか?」とよく聞かれるんですが、「じゃあ10回腹筋をやった後、腕を回してごらん」って言うと、全然回らなくなるんです。前屈すると痛いって言いますし、歩いてもらうとほんの数メートル進んだだけで足取りが重く、体が鉛のように感じてしまう。(甲野善紀、松村卓『「筋肉」よりも「骨」を使え!』ディスカヴァー・トウェンティワン、2014

「現役時代は100キロ以上のベンチプレスを青筋立てて、毎日のように挙げていたんです。クオータースクワットは300キロのバーベルを担いで10回、これを5セットは繰り返していました。」という人の言葉だ。そんなハードなトレーニングをしながら、肝心の「走る」方は記録も伸びず、故障も多かったと言う。その果てに、いかに身体を使うかを根本から考え直し、スポーツトレーナーになったのだという。そして相当な実績をあげていらっしゃる。

いまそちらの話には立ち入らないが、そういうわけで、このゴロ寝筋トレは、単なるシェイプアップです。体力を付けるわけでも、身体が使えるようにするわけでもない。それは確認しておきたい。

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伯耆大山

#あとで画像を追加する予定です。

8月中旬、台風が通り過ぎたあと、大山へ。

普通は大山寺で前泊するものなのだろうが、諸事情あって皆生(かいけ)温泉に泊まった。朝6時にタクシーを予約しておいた。5:15ごろ起き出して、一風呂浴び、支度を整えて、宿の隣のコンビニに食料と飲み物の買い出しに。ロビーに戻って待つと、5:50ごろにはタクシーが来た。大山寺までは30分ほどで、5300円だった。タクシーの運転手さんは、乗って早々、かなりの額になるが大丈夫かと尋ねてきた。もちろん痛いが、やむを得ない。

途中、大山山頂に雲がかかっているのが見えた。車道の両脇の緑もとても濃くて、いい感じだ。大山寺橋のたもとの駐車場のところで降ろしてもらった。一応トイレに。ここから車道をぐるっと回り込んだところが登山口なのだなと思って歩いていくと、そこまで行く前にショートカットのような道があったので登り始める。

すぐに夏山登山道に合流。石段の道。左右には、あちらこちら、かつての塔頭(僧坊?)の跡らしい草の生えた平地がある。排仏毀釈の嵐がいかにものすごかったかということなのだろうなあ。

寺域を過ぎても、木の階段が続く。マルタ会談、じゃなかった、丸太階段は、土止めなのであって、決して歩きやすくはないことに文句を言ってはいけない。台風のあとだからか、かなり湿っぽい。でも朝早いし、曇りがちで、涼しく、しかも最初からブナ林の中で、あまり苦痛にならない。次第に山道らしくなる。最初に見つけた花はヤマジノホトトギスだったか。どんどん花も多くなる。曇天のせいか、シモツケソウのピンクを、初めて美しいと思った。クサボタン、ソバナ、シコクフウロ、コオニユリ、クガイソウ、ヤマハハコ、ミヤマコゴメグサ、ダイセンオトギリソウ。イワカガミはすでに花を終えて、実をつけていた。

そこそこ早めに歩き出したつもりだが、もう下ってくるひとたちが何組もいる。幼稚園ぐらいの男の子を連れた夫婦が下ってきたので尋ねると、4時から歩き始めたとのこと。涼しいうちの早朝登山。

四合目か、五合目か、このあたりからは、大山北壁の眺めや、下の地べたの眺めが、次第に開けてくる。弓ヶ浜の海岸線がくっきり見える。

六合目小屋は1360m付近。昭文社の2014年版地図では1280mあたりに小屋が描かれているので、それを頼りにすると徒な期待になるから注意。

1580m八合目。このあたりから傾斜はゆるくなる。八合目は丁子路になっていて、右は岩小屋を回ってくる周回路。とりあえず左にまっすぐ登っていく。ここから木道だ。木道は、植生保護のためなので、決して歩きやすくはないことに文句を言ってはいけない。

ヤマアジサイ、シコクフウロ、サラシナショウマ、ダイモンジソウ、トモエシオガマ、シシウド、ダイセンキャラボク。

弥山避難小屋の背後が山頂。と言うか、現在立ち入りが許されている最高点。山頂記念碑が建っている。10時頃だった。この先、ほんとうは尾根が続いて、弥山三角点1709m、剣ヶ峰1729m、天狗ヶ峰、槍ヶ峰と続くのだが、2000年の鳥取地震以後、崩落がひどく危険なので、歩くことが禁じられている。剣ヶ峰方面の尾根は、霧が出ていて、見ることも叶わなかった。到達できる最高点は、避難小屋を囲むようにして、木道のループになっている。最高点の碑のあるあたりは木道が広くなっていて、人々が思い思いに休憩している。しかしこのあたりの木道は、ほとんど傾斜が付いていて、コンロを置くには適さない。火を使って料理することはあきらめ、おにぎりだけを食べる。一段下の、小屋の回りの地面はもちろん平らだが、どうも腰を据える気にならなかった。時折霧が吹き寄せて、あたりは真っ白になる。

石室の方を回る道に入る。こちらも木道が敷かれていて、一部は地上2mあるのだそうだが、所々は地道にもなる。ダイセンキャラボクの純林。枝が木道の両側からかぶさってきているところもある。時々霧が晴れて、左手に大丿沢が落ち込んでいるのが見える。石室と池の間を通って少し登り返すと、夏山登山道との丁字路。

元の道を下っていく。やがてまた右手に大山北壁が見えてくる。そこに霧が湧き上がっては消える。立派な眺めだと思う。

自分が登っていた時間帯とは比べ物にならない程の多くの人が登ってくる。道は所々細くて、対面交互通行になる。まあ、ちょうどよい小休止の感じだ。すれ違う人の多さのせいか、山頂から6合目避難小屋まで、登りよりも長かったように感じた。

行者分かれの分岐まできて、そこからは元の道ではなく、行者登山道を下る。樹林の中のかなりの急斜面を、少しもジグザグにならず、一直線に下る。そこにびっちり土止めの丸太階段が敷かれている。これはキツかった。こちらに下ってくる人は少ない。この道を登るのはさらにキツそうだ。登ってくる人はいないだろうと思ったら、二三組、いた。ホツツジが咲いていた。

ようやく水音が聞こえてきて傾斜が緩み、少し登山道がジグザグになると、元谷の河原に出た。灰白色の岩だらけの、ガラガラの、広大な河原。これまで樹林の中だったのが、一気に日射にさらされる。しまった、日焼け止めを塗っていなかった。北壁の壮大な眺め。さっきまで霧や雲が出ていたのが、いつのまにか大きく青空が広がっている。右上の林に半ば隠れるようにして、元谷避難小屋が建っている。河原の石に記された赤ペンキを拾いつつ、日にじりじりと焼かれながら、大堰堤の右端に向かう。

そこには幅のある林道が来ている。すぐに左に元谷右岸の登山道が分かれて、そちらを下る。ブナやオオイタヤメイゲツや、緑の濃い、瑞々しい林間の道。アカタデの花が木漏れ日を受けて鮮やかに輝いていたのだが、iPhoneのカメラでは色が飛んでしまった。

大神山神社奥の院の脇に飛び出す。手水はおそらく谷から引かれた水が、中空になった古い木から流れ出していた。石段を下ると、石畳。「日本一長い自然石の道」だそうで、これがまた最後の最後で応えた。

大山寺の集落に14:00頃着。ひさしぶりの高山っぽい山。とても良かった。でもその後二日間、ひざ上の筋肉痛が引かなかった。

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インドア・クライミング教室

岩登りはやっていない。沢登りが好きで高校ぐらいの頃からちょろちょろ行っていた。が、ロープワークはまったくダメ。易しめの沢ばかりを選んできた。丹沢の葛葉川や源次郎沢、関西に来てからは六甲の西山谷、京都の毘沙門谷、金剛山の妙見谷など。しかも沢靴を買ったのも去年初めてで(それで比良の明王谷と湖南の吉祥寺川に行った)、普通の登山靴で歩いていた。

もう少し奥の深い、美しいところに行ってみたいと思うようになったのと、近ごろはたまに人を案内することも出てきたので、最低限のロープワークは習得しておかなければと思われた。

昨年K山荘の比良白滝谷ツアーに申し込んだのだが、人数が集まらなかったとかで中止になってしまった。今年になって、近くの登山会の「公開山行」で、ロープワークもある沢登りの企画をネットで見つけたので、問い合わせのメールを書いたのだが、pearのつぶてだった。なんなんだろうなあ。

ボルダリング・ジムを持つモンベル六甲店が月に二回、ロープクライミングのインドア初級講座をやっていることをつい最近知って、参加することにした。

その STEP1 と STEP2 の講習が、今日、あった。阪急六甲からバスで徳井下車。時折雨のぱらつく不安定な天気だが、インドアなのだから問題ない。

で、話が逸れるが、店に入って声を掛けたバイト店員からいきなり「××先生じゃないですか!?」と言われた。二年前にドイツ語を教えた学生、Tくんだった。今は学士入学でこの近くの大学に移っているらしい。あれ、きみ、山やるの? ─いえ、物品販売の経験があるってだけで採用してもらったので、山は知らないです。あ、でも、この前屋久島行ってきました。─それはいい。楽しいでしょ。ここで学べばいいよね。

2階のジムへ行き、ハーネスとシューズを借りて、講習開始。生徒は定員6名のところ、僕ともうお一方だけ。STEP1、90分でまずは anseilen して登り、落ち、降りる練習。ダブル・エイト・ノット(ものの本で見てブーリアン結びはそらでできるようになっていたのだが、その説明もあったものの出番はなし)を結ぶ練習を何回かして、講師のかたに確保されて人工岩壁を登る。そして下降。講師はとても丁寧で明快な教え方をされる人だった。

そもそもボルダリング・ジム自体が初体験。岩場や滝場のちょっとした登りはそれなりに経験していたが、いささか勝手が違う。大過なく登りきれたものの、少し緊張した。ジムでは、思い思いに登って落ちてくる人たちがいる。幼稚園ぐらいの女の子も楽しんでいる。僕はひたすら三点支持を厳守していたが、ボルダリング系の人たちの感覚は少し違うようだった。

ボルダリングというのは基本フリー・クライミングで、ロープの出番はないわけだが、このジムは一部にロープを設置して、そういう練習もできるようになっているのだった。

1時間の休憩があって、案の定階下の店で散財してしまった。

STEP 2 では確保側の練習。出てくる結びは、二重八の字結びに加えて、自己確保のためのインク・ノット。もう一人の参加者が登るのに合わせてロープを張り、下降に合わせて繰り出す。講師の方自らが登り、落ちるのを止める。ビレイ器のおかげで、案外力は要らない。とにかく器具の扱いやロープの結び方を間違わないかぎり、大きな困難はなさそうだ。そこを間違えば命にかかわる。ということは、結び方をせっせと復習して、体にたたき込まなければいけないということだ。

というわけで、楽しく学べました。講師の先生、相方のSさん、ありがとうございました。

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高丸山

有馬に泊まりの用事があったので、一人で六甲越えをした。六甲ケーブル下のバス停からアイスロード。「山と橋を渡る」さんのブログ記事を見て、前ヶ辻谷を遡行してみたいと思った。アイスロード途中の「鎖場から豪快な谷歩きが楽しめますがラストは難儀です。」と書かれていて、いい感じの小滝の画像がいくつも掲げられている。これは行ってみなければと思った。

しかし「山と橋を渡る」さんの記事は途中でカメラの電池が切れてしまったとかで、極端に情報が少ない。アイスロードは1回しか歩いたことがない。はて、鎖場なんてあったっけと思ったが、アイスロードの登山道がいったん谷に降りて、前ヶ辻谷本流と左股との間の小尾根に取り付く、山側に鎖が手すりのように設置された階段箇所のことだった。その階段を登らず、すぐ左の谷の奥を見ると、小滝がかかっている。ああ、これは面白いかも、と難なく越える。と、上はガラガラのガレの急斜面、ずっと上に。白く大きな堰堤が見えた。どーん、って感じ。堰堤の手前は夏草が生い茂って、フサフジウツギの花の乱舞状態。堰堤を越えるのも大変そうだが、その手前の藪コギからして大変そうだった。もしかしたら巻き道があるかなあと思ってきょろきょろしたが、それらしい踏み跡は見当たらない。「山と橋を渡る」さんの記事は2010年。「ここにダムが出来たらいやだな いやな予感が・・・」と書いていらっしゃる、その予感が、的中したのだろう。この4年の間に、大きな砂防ダムが作られ、沢はいくつもの美しい小滝とともに潰されてしまったということらしい。

しかたなく戻って階段道を上り、普通のアイスロードコースで山上に。有馬での集合時間が午後早めだったので、紅葉谷を歩いて下るのはあきらめ、バスとロープウェイで有馬へ。

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有馬ではカタ越峠近くの宿に泊まった。これはいい機会だと思い、翌朝、高丸山に行ってみることにした。六甲山地の北の外れの小ピーク。こんな機会でもないとわざわざ出かけることはないだろうという気がした。参考にしたのはにゃみさんの『六甲山ショートハイキング77コース』。

カタ越峠から有馬口に向かって車道を下っていく。にゃみさんは「右手に〈太陽と緑の道〉の案内看板が立てられた分岐がある」とお書きになっているが、この案内看板は現在はなくなっているようだった。車道から右に、車止めのポールが立つ、車が通れるくらいの砂利の道が分かれているのがそれらしい。車道を挟んだ反対側にはガードレールの切れ目から踏み跡があり、〈太陽と緑の道〉の標識があって、「←落葉山:東有野台→」と書かれている。とにかくその反対の幅広い道を進むと、10メートルほど先の右側に、〈太陽と緑の道〉の「有野台・高丸山⇔落葉山」という小さな標識があった。

ここで車道から別れる。

ここで車道から別れる。

それにしても、〈太陽と緑の道〉って標識はあちこちで目にする。で、ろくに整備されておらず荒れていることが多い。なんか謎だなあと思って少し調べたら、神戸市がやっているのだった。もう少しなんとかならないのだろうか。

そのまま進んで、神戸電鉄の線路を横断する。踏み切りはない。

神鉄有馬口〜有馬温泉間の線路を横断する。踏み切りはない。

神鉄有馬口〜有馬温泉間の線路を横断する。踏み切りはない。

横断して、左方向にゆるく登り、下っていくと、小さな沢を渡る小さなコンクリート橋を通る。沢沿いの道を少し行くと、

いい感じの谷道。

いい感じの谷道。

ヒヨドリソウ。

ヒヨドリソウ。

また、どーん。階段が現れる。最初の20段ほどで左に曲がり、そこからは一直線。250段くらいか。上部は傾斜がきつくなっている。登りきってほっとするのもつかの間、平坦な道30mくらいの先に、さらに階段が150段くらいある。でもこの間もわりと植生が豊かな感じ。

階段。

階段。

シライトソウ。

シライトソウ。いや、ノギラン?

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階段のどんづまりは水道施設。

階段のどん詰まりは水道施設。

階段のどん詰まりは水道施設。

一気に登ってきたから、ここでもう有馬三山や六甲最高峰の眺望がある。

鬼ケ島や有馬三山が見える。

鬼ケ島や有馬三山が見える。

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水道施設のフェンスにそって、石垣の上の狭いところを右にトラバースし、回り込んでいくと、

ここを回り込む。

ここを回り込む。

普通の山道になり、やがて四叉路の、ベンチのある小広場に出る。

四叉路の広場。

四叉路の広場。

ここから先はとてもよく整備されたしっかりしたハイキングコースだ。昭文社の登山地図に登山路として描かれていないのが不思議なほど。

ここから左に折り返して尾根に乗る。まもなく鉄塔のある小ピーク。明るい尾根を進んで、次の小ピークでは南に分かれて下っていく道があった。

小ピークから高丸山を望む。

小ピークから高丸山を望む。

それからちょっと下って登り返して、階段登りなどがあり、これで頂上かなと思ったらまだ手前の小ピーク。

ネズ?

ネズ?

階段道。

階段道。

もう一登りで高丸山頂上だった。

高丸山山頂。

高丸山山頂。

山頂広場。

山頂広場。

山頂はちょっとした広場になっていて、自然木でいくつかベンチが作られている。西方向の展望があり、眼下に、阪神高速北神戸線や、神鉄有馬口駅などが見えている。

阪神高速神戸線を見下ろす。

阪神高速神戸線を見下ろす。

南西方向も開けていて、鬼ケ島や有馬三山や六甲最高峰が見える。東から北にかけては、樹木が茂っていて展望はない。

有馬三山や六項最高峰の眺め。

有馬三山や六項最高峰の眺め。

下山は北西に、明るい尾根をたどる。かなり先、露岩の箇所があって、北や東の眺望が開ける。北に遠く見える双耳峰は三岳・小金ヶ岳だろう。

尾根の途中の露岩からの眺め。

尾根の途中の露岩からの眺め。

地元の登山会の方によって整備されているようで、道はきれいで歩きやすい。ちょっと急な箇所には、これでもかというぐらい、ロープが張られている。有野台の公園に下り着き、

下り着いたところ。

下り着いたところ。

住宅街を通って、神鉄五社駅へ。三田〜宝塚回りにしようか谷上〜三宮回りにしようか少し迷ったが、後者を選択して昼には西宮の自宅に帰着。

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摩耶東谷

梅雨があけて間もない7月後半、ネットで見かけて気になっていた摩耶東谷へ。阪急六甲駅から神戸市バスに乗り、五毛下車。いきなり住宅街の中の急勾配のまっすぐな坂道を登る。

五毛バス停からの坂道。

五毛バス停からの坂道。

この舗装道路歩きを避けたければ、JR六甲道か、阪急王子公園北から、神戸市バス102系統で、灘丸山公園前まで行ってしまうのが賢明かもしれない。

『ヤマケイアルペンガイドNEXT 六甲山』のこのコースの記述はそっけなくて、「六甲登山ハイキング100コース」のコーナーにたった2行、

阪急六甲駅〜長峰堰堤〜摩耶東谷〜摩耶山 摩耶山に突き上げる谷。歩行=2時間5分、下りは不適 熟練者向き

とあるのみ。

長峰砂防ダムから山道。

長峰砂防ダム。車道は橋を渡って右へ、山道は左へ。

長峰砂防ダム。車道は橋を渡って右へ、山道は左へ。

ちらほらと草の花が見られる。

フェンスの下が長峰堰堤。

フェンスの下が長峰堰堤。

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対岸には大きな霊園が広がっている。

杣谷堰堤の上部。対岸は墓地。

杣谷堰堤の上部。対岸は墓地。

途中左に柵があり、「通行止め」の札が地面に落ちていた。おそらくケーブルの虹の駅に突き上げる尾根の道だろう。

虹の駅への尾根道。

虹の駅への尾根道。

杣谷堰堤を越えて左に下っていき、左から入る摩耶東谷を渡る。右に尾根の先端に登っていくのが杣谷への道。

摩耶東谷下流を渡る。右が杣谷への道。

摩耶東谷下流を渡る。右が杣谷への道。

ここから逆方向、左に沢沿いに入るのかと思ったが、すぐに堰堤にぶち当たる。右から越えられないこともなさそうだった(そしてどうやらそこを通っているらしい記録を上げている方もあった)が、少し戻って別の道を探す。

杣谷への道を進み、結論から言うと、ひと登りしてすぐに左に入る踏み跡が正解だった。最初、その先の、山寺尾根への道に入ってしまった。分かりにくかったのは、工事のために山寺尾根下部の道が付け替えられていたせいもある。この期に及んでまだ六甲では砂防ダムが増加しているらしい。谷崎も描いた洪水に触れて砂防ダムの意義を説いた説明版はこの山塊のあちこちにあるが、それが適正な数であるかどうかについての説明は決してない。工事用ケーブルの下に臨時に設置されている差し掛け屋根を二つくぐり進んで行くと、どうもひたすら尾根筋をぐんぐん登っていく。谷に降りる気配がないし分岐もない。これは違うなと思って、戻ることにする。(この差し掛け屋根、人が通ると十秒ほど、何やら音楽と鳥の声が流れるのだった。山の中で人工の小鳥の声。工事関係者に人の通行を知らせるといった役割でもあるのだろうか。でも近くに関係者はおらず、(幸い)遠くまで通る音でもない。)

工事用索道の下の差し掛け屋根。

工事用索道の下の差し掛け屋根。

最初の差し掛け屋根の(元の方向から見て)手前に、左に入る踏み跡があり、これが正解。差し掛け屋根はやがて撤去されるだろうから、別の言い方をしておくと、先ほど言ったように、摩耶東谷を渡って杣谷への道に入り、ちょっと登って尾根の先端に乗り、そこから少し平坦になるところ、その左手だ。最初は少し草がかぶっていたが、はっきりした道。摩耶東谷の左岸の少し高いところをまっすぐ進んでいく。

摩耶東谷への道。

摩耶東谷への道。

4つか5つか、木々に隠れてよく見えなかったが、摩耶東谷下流の砂防ダム群をまとめて越えていくことになる。

深谷砂防ダムを過ぎると、道は緩やかに沢筋に降りる。対岸に道もあるようだったが、沢の中を進む。沢靴は用意しなかった。普通の登山靴。

沢に降りる。

沢に降りる。

すぐにいくつか小滝があるが、楽しく越えられる。

すぐに小滝がいくつか現れる。小滝1

すぐに小滝がいくつか現れる。小滝1

小滝2

小滝2

小滝3

小滝3

梅雨明け直後の歩きではいつものことだが、調子が出ず、やたら滝のように汗をかく。しょっちゅう座り込んで長めの休憩を入れる。そのたび、首に巻いたタオルを絞る。体調の悪いとき、いやな脇汗が出ることにも気付いてしまった。これ、冬にグループで金剛山に登ったときもあったな。なんとかしなければ。

黒っぽい岩の三角形の滝が現れる。その背後にはまた大きな堰堤が聳えている。深谷第二砂防ダム。黒滝の前から右に巻く階段道が付いている。たどると、砂防ダムの上に出て、そこからさらに登る梯子段が設置されている。それを過ぎると下りになり、沢筋に戻る。

黒い滝。その上は深谷第二砂防ダム。

黒い滝。その上は深谷第二砂防ダム。ここから右に巻く。

巻き道。

巻き道。

砂防ダム上からさらに側壁に沿って階段を登る。

砂防ダム上からさらに側壁に沿って階段を登る。

タマゴタケがあった。

タマゴタケがあった。

まもなく不動滝。滝の下と、滝の上に、小汚いトタン板の小屋がある。滝行の人が使うのだろうか。滝の下、左にも支流があり、すぐ奥にまた大きめの砂防ダムが見えている。

不動滝。

不動滝。

滝の手前の中空に蔓草(テイカカズラ?)が両岸を結んで真ん中の撓んだ橋のように茂っている。そのせいもあるし、小屋のせいもあって、中段に釜を持つ三段の大きめの滝なのだが、あまり見栄えがしない。

滝下小屋脇から左の支流に向かう道。ここから右に入ると滝上に出る。

滝下小屋脇から左の支流に向かう道。ここから右に入ると滝上に出る。

下の小屋の脇を通り過ぎ、左の支流に沿った道を少し行くと、右に分かれる道があり、それを進むと、滝の落ち口にかかる小さな橋を渡り、上の小屋の前に出る。そこから上に向かう地道もあるようだったが、とりあえず沢通しに進む。

不動滝の落ち口にかかる小橋。右奥は滝上の小屋。

不動滝の落ち口にかかる小橋。右奥は滝上の小屋。

すぐにまた巨大堰堤が行く手を塞ぐ。上部に丸い穴が二つ、下に四角い穴が一つ。その四角から水が流れ落ちている。確かに間抜けな鬼の顔のようだ。

深谷第三砂防ダム。

深谷第三砂防ダム。

堰堤の30mほど手前、左岸の小尾根に、戻るように登っていく踏み跡を見つけて辿る。道はすぐに小尾根の上に出る。不動滝のすぐ上の道に入っても同じことだったろう。

一旦右にいくと、小尾根の先端の巨石の重なる小ピーク。不動滝の左岸直上の位置に当たる。この辺りから、これまで辿ってきた摩耶東谷のV字の間に、海までの視界が開けている。コース中、掬星台にたどり着くまでの唯一の展望ポイント。

小尾根の先端からの眺め。

小尾根の先端からの眺め。

小尾根の先端の岩。

小尾根の先端の岩。

小尾根の道を戻り、尾根伝いに進む。これもとてもはっきりした道。そこに落とし穴があった。息を切らせながらぐんぐん登って、どうも沢に戻る気配がないしそういう分岐もない。あの堰堤はかなり大きいとは言え、あれを越すだけならこんなに登る必要はない。どうやらこれは山寺尾根の枝尾根に付けられた道で、上で山寺尾根本体の道に合流するのだろう。こんな道があることはどの地図にも書かれていなかったから油断した。何だか今日は同じようなミスを摩耶東谷の入り口でもやっていたような気がするが…。

かなり下り戻り、堰堤上部に向かっているように見える踏み跡を発見。いや、この踏み跡は最初から目に入っていたのだが、尾根をたどる道は、このすぐ上の岩に上向きの矢印が赤ペンキで描かれていて、それにミスリードされた。この踏み跡は本当に踏み跡程度。木の間越しに見えている堰堤上部を目標に、灌木につかまりながら、かなり急な斜面をトラバースしていく。

深谷第三砂防ダムというのが堰堤の名前だった。その上を越え、砂のたまった沢にようやく戻る。

そのすぐ奥に、きれいな三段の小滝がかかっていた。播州野歩記さんの言われるように、砂防ダムができる前はもっと落差のある立派な滝だったのかもしれない。でもそこそこの水量もあり、ちょうど日が当たって、とても美しかった。下段の滝の左手にはロープが下がっていたが、頼らずともほぼ直登できた。

深谷第三砂防ダムの背後の三段の小滝。

深谷第三砂防ダムの背後の三段の小滝。

ときどき、摩耶ロープウェイの発車ベルが聞こえてくる。

ごろごろした石の増えてきた沢を進むと、間をおいて、いくつか小滝が現れる。沢筋が右に曲がるところにかかる2m程度の二条の滝は、右から巻くこともできそうだったが、あえて右側の水線を登る。足がかなり濡れた。まあ、これでいいのだ。先の三段小滝でも岩に葉が付いていたイワタバコがこの滝の左側にもあり、ここでは花を付け始めていた。

二条の滝。右側の流れに沿って登る。

二条の滝。右側の流れに沿って登る。

イワタバコ。咲きはじめたところらしい。

イワタバコ。咲きはじめたところらしい。

まもなくスリット式の巨大堰堤。別にハイカーのために空けてあるわけではないらしいが、真ん中をありがたく通り抜ける。その分厚さに驚く。これを「古代遺跡」に喩えている方があった。ピラミッドのイメージだろうか。

小滝の奥にスリット式砂防ダムが見える。

小滝の奥にスリット式砂防ダムが見える。

スリットを通り抜けて振り返る。

スリットを通り抜けて振り返る。

ガラガラの岩の沢筋を進むと、ゴルジュに入る。両岸が切り立ったゴルジュあるいは廊下と呼ばれる地形、これまで知っている範囲では、下は廊下の名にふさわしく平らなことが多かったが、ここは沢床もかなり急傾斜で、ゴルジュの中が小滝の連続になっている。

ゴルジュへ。

ゴルジュへ。

ゴルジュの中。

ゴルジュの中。

途中、左から入ってくる枝谷は、ロープウェイの西側を突き上げる沢らしい。午後のことで、ちょうどそこから、水と一緒に光が、暗いゴルジュの中に落ちてくる。このあたりは、独特なものがあって、歩いていて楽しい。どうも僕は今回、日差しがこぼれ当たっている褐色の岩とスギゴケの緑と水流の白の組み合わせに萌えていたようだ。

左から枝谷が水と光を落としている。スギゴケが鮮やかだ。

左から枝谷が水と光を落としている。スギゴケが鮮やかだ。進路は右奥にまっすぐ。

ゴルジュのどん詰まりは、三方が垂直に近い岩の壁になっている。右手の岩盤は水が流れ落ちている。奥の左側にも、わずかな水が流れている。抜け出てわかったが、上で沢が二股に分かれる、そのそれぞれの水流なのだった。

ゴルジュのどん詰まり。

ゴルジュのどん詰まり。

真ん中の比較的乾いたところに、トラロープが下がっている。ここを突破するには、このロープに頼らざるを得ない。頼ると、意外に簡単に上に出た。

このロープに頼ってゴルジュを脱出する。

このロープに頼ってゴルジュを脱出する。

先に触れたように、上はまた二股になっている。ロープの固定されている大きな杉の木の下を回り込んで、右の沢に入る。もう水量も少なくなり、次第に傾斜の増すガレ沢を進む。低い石積み堰堤を一つ越える。

ソウメン滝(←適当な命名)

ソウメン滝(←適当な命名)

石積み堰堤。

石積み堰堤。

ガレた沢が続く。途中、沢の左側が小さく崩れて湧き水が滴っているところがあったので、1Lのカモノハシに水を満たす(こういう水は持ち帰って、コーヒーやみそ汁など、沸かして使うことにしている)。

ガレた沢。

ガレた沢。

右手に、これも枝谷だろうか、ぬりかべのような岩盤を水が滴っている箇所がある。

ぬりかべが、あらわれた。×たたかう ○にげる

ぬりかべが、あらわれた。×たたかう ○にげる

やがて両側を石垣で固めた水路に行き当たる。水はまったくない。傾斜は一定しているが、水路の中は石や枯れ枝や落葉が溜まっていて歩きにくい。一定間隔で現れる堰の段差は、いちいち左右に逃げて越えなければならない。掬星台から投げ捨てられた、あるいはうっかり落とされたゴミが所々に目立つ。タイヤ、子供用のボール、一番多いのはペットボトルと、ブルーシートの切れ端。有名な(このコースの記録を上げている方が必ず触れている)、モズのはやにえのようなアンパンマンに挨拶して進む。

ここまでたいへんだったね。ぼくのかおをおたべ。<食えねえよ。

ここまでたいへんだったね。ぼくのかおをおたべ。<食えねえよ。

水路。

水路。

水路の外に出て、急斜面の道なき道をはい上がる。地面は変に乾いていて、落葉が厚く、すべりやすい。先ほどまでの水のあったところよりも、この辺りの方がヤブ蚊が多い。立ち止まろうものならプーンと纏わりついてきてうるさい。ただ、アロマオイルの虫除けが効いたか、幸いほとんど刺されなかった。この水路を離れて、山寺尾根にエスケープする水平道があるということだが、どこだか判然としなかった。美しくもスリリングでも歩きやすくもない斜面をへろへろになりながら仕方なく延々登り続けると、ようやく摩耶ロープウェイの星の駅の入り口直下に出た。

出た。

出た。

靴と靴下を脱ぎ、大きな松が蔭を落としているベンチで、しばし寝転がる。途中迷って余計な尾根道を二回も登って戻ったり、体調が今一つだったりで、ずいぶん時間がかかってしまった。山寺尾根を下るつもりでいたが、乗り物を使って下山することにする。ケーブル+ロープウェイでもよかったのだが、iPhoneでふと時刻表を見ると、あと3分で阪急六甲直通のバスが出る。急ぎ足で掬星台奥のバス停に向かい、乗り込むと、すぐに発車した。

最初乗客はほとんどいなかったが、六甲山牧場でかなりの人数が乗ってきた。いつも思うのだが、バスの座席の高さで丁子ヶ辻からの車道を下っていくと、六甲の山の大きさ、深さが案外実感できる。

摩耶東谷、いくつかの小滝の直登は楽しいし、ゴルジュもいい。すごく良いところと、すごく残念なところが半々ぐらいのコースだった。迷って時間とエネルギーをロスすることがなく、最後の水路から尾根にエスケープする道が採れれば、そしてまたこんなに暑い時期でなければ、ずいぶん印象が違ってくるかもしれない。

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仁川渓谷沢登り

仁川渓谷の右岸の道はここ2、3年、何度も歩いているが、ようやく今回、沢通しに(前の記事で「ウェットコース」と呼んだもの)歩くことができた。

仁川百合野橋。

仁川百合野橋。

いつも通り仁川百合野橋から右岸沿いに進み、沢に降りる。このあたり既に、ウィリアム・デイヴィスの浸食輪廻説に言う幼年谷(ようねんこく)らしい、両岸の切り立った「渓谷」になっている。

ツクバネウツギ。

ツクバネウツギ。

この狭い切り通しを抜けて沢に降りる。

この狭い切り通しを抜けて沢に降りる。

傾斜のゆるい堰堤の上で沢靴に履き替える。

傾斜のゆるい堰堤。

傾斜のゆるい堰堤。奥にムーンライトロックが見える。

堰堤から下流を振り返る。

堰堤から下流を振り返る。

その少し先、右にムーンライトロックの聳えるところで、いつもは左の急斜面を登って、用水路沿いのコースに入る(前の記事でドライコースと呼んだもの)のだが、今回はここから水の中を行く。今日の水量はやや少なめ、水質は仁川渓谷にしてはいい方に思えた。

ムーンライトロック。

ムーンライトロック。

ムーンライトロックを回り込んで、浅い流れの中を進むと、左に露岩の斜面が現れる。沢はそこで左に曲がり、その奥に、古い石積み堰堤が水を落としている。ここはかなり深い淵になっていて、夏場は近所の中学生たちの遊び場になっている。露岩の上から飛び込むのだ。今日は誰もいなかった。

露岩の飛び込みスポット。

露岩の飛び込みスポット。

石積み堰堤は直登できないので、露岩の上から巻く。いつも歩いている道(ドライコース)だ。堰堤の上で再び沢に降りる。

小堰堤上から振り返る。

小堰堤上から振り返る。

いつも(ドライコース)はここからまた左に登り、鎖場を通過するのだが、水の中を進む。奥に閘門がある。

奥に閘門が現れる。

奥に閘門が現れる。

閘門に向かい合った大きな岩壁はパール(真珠?)と呼ばれて、古くからのクライミング・スポットの一つらしい。その岩壁が閘門に連なる部分、閘門の右側には、水路が穿たれていて、勢いよく水が噴き出している。その水が流れ込む閘門下は、ちょっと深めの淵になっている。小さな閘門は今日は完全に閉じられていて、まったく水は流れていない。

閘門下の淵。

閘門下の淵。

閘門の左手も切り立っていて、巻けるルートはない。前回、沢装備をせずにここに来たときは、この淵が越せずに撤退した。今日はじゃぶじゃぶと水に入る。閘門の下は水面から1m程度の石積みの壁になっている。その前、淵の真ん中に、大きな丸石が顔を出している。石垣を登ろうと思ったが、滑りそうな苔は付いているし、案外ホールドが薄く、躊躇した。このあたりで水深はヘソぐらい。石垣から右の端は、自然石の小さな斜面になっている。そちらに泳いでいってみたが、これも意外と取り付けない。右の水路からの水流が強くて、流されそうになる。慌てて泳ぎ戻って、一旦手前の岩に上がる。さてどうしたものか。閘門左手の岩も登れるような形ではない。かつてはここにトラロープがあったらしいが、今はそれもない。

案外難所。

案外難所。

思い切ってもう一度淵に入り、丸石に片足を置いて、もう片方の足を石積みの下部に掛け、石積みの上に手を突いて体を引き上げる。案外簡単に登れた。案ずるよりも江戸前寿司。その上の段は、閘門左側の岩が簡単に登れた。

閘門をクリアして、パールを振り返る。

閘門をクリアして、パールを振り返る。

しばらくはまた砂地で浅く平坦な沢を進む。やがて奥に大きめの堰堤(大井滝砂防ダム)が水を落としているのが見える。これも巻くルートを考えなければならない。

大井滝砂防ダム。

大井滝砂防ダム。

堰堤まで行かず、手前の、沢筋がわずかに右に屈曲するところ(上の写真を撮ったあたり)で、左手、砂が溜まって陸になっている凹角の岩壁を見ると、古くに刻まれたステップのようなものがある。そこから見上げると、すぐ上にはトラロープが下がっているのが見えた。ここから登れば、いつも右岸道(ドライコース)で大休止に使っている展望岩(勝手に命名)に出るはずだ。

トラロープの下がる脱出路。

トラロープの下がる脱出路(巻き道)。

ありがたくトラロープにすがりながら、かなりの急斜面を登ると、踏み跡はトラバース気味になり、展望岩から堰堤上に降りる踏み跡(これは通ったことがあった)に合流する。そこから一登りで展望岩。大休止。

展望岩から六甲縦走路を望む。

展望岩から六甲縦走路を望む。沢はこの右手のはるか下。

休憩後、同じ道を途中まで下り、堰堤上に下る側の踏み跡をたどる。やはり砂地の浅い流れになっているが、右側から葦の茂みが迫り、その先が意外と深そうに見えた。沢装備ではあるが、あまり積極的に泳ぎたい気分ではない。展望岩から降りてきた地点まで戻り、対岸の踏み跡から、小さく巻く。

大井滝堰堤上の流れ。

大井滝堰堤上の流れ。

再び浅い流れの中を進んでいくと、3m程度の石積み堰堤がある。その手前の淵はかなり深そう。堰堤右端の自然石の部分は、多少のホールドはありそうだが、あまりいい感じではない。

石積み堰堤。右の岩を登って高巻く。

石積み堰堤。右の岩を登って高巻く。

堰堤手前の右側の岩角を登って、左岸の古い道に登って高く巻く。狭い階段道を越えて、再び沢に降りる。また平坦な流れの中を進み、水管の橋の下をくぐる。

水管橋。ここから左岸の道に上がることもできる。

水管橋。ここから左岸の道に上がることもできる。

この辺りの流れ。

この辺りの流れ。

と、右手に「仁川渓谷バットレス」が現れる。ここも登攀練習によく使われてきた壁らしい。見上げると、いくつか残置ハーケンが見えた。

仁川渓谷バットレス。

仁川渓谷バットレス。

その先、大岩がごろごろして、小滝もかかっている。考えてみると、この沢は、峡谷の名の通り両岸はほとんどの箇所が切り立っていて、流れも美しいが、滝らしい滝はほとんどない。百合野橋の手前、沢へのアプローチのまだ車道の部分から眺める小滝と、ここの滝ぐらいだ。滝のように水を落としているのは、すべて堰堤だ。

数少ない小滝。

数少ない小滝。

そしてこの小滝の先が、高さ15mの「仁川峡堰堤」。手前の両岸はV字に立った岩。その間は深い淵。

仁川峡堰堤。高さ15mあまり。

仁川峡堰堤。高さ15mあまり。

ここから脱出するのが難儀だった。巻き道らしい巻き道が見つからない。堰堤より少し手前、堰堤に向かい合った右側(左岸)の岩に、これも昔誰かがステップを切った跡ではないかなと思われる箇所があった。しかし少し登ると、人が通ったとおぼしい痕跡は消えた。その上のやや左よりの岩窪が、なんとか登れそうに見えたが、その入り口を径15cmぐらいの松の倒木が塞いでいる。その倒木をなんとかかわし、潅木や笹の茎に掴まり、時折サルトリイバラの攻撃を受けながらよじ登ると、左岸の山道に出た。ちょうど、引き抜かれて倒された「立ち入り禁止」の看板のあるところ。

左岸の道に登り着いた。

左岸の道に登り着いた。

朝、ぐうたら筋トレをしたばかりで回復していない上腕三頭筋がぴきぴきした。腕にはいくつものひっかき傷ができていた。まあ、こんなところに半袖で来る奴が悪い。(そう言えば、仁川峡堰堤から少し戻った水管橋のところからは、左岸の道に確実に上がれるのだった。安全を期すならば、あそこまで戻るべきだろう。)

仁川峡堰堤を上から見る。

仁川峡堰堤を上から見る。

同じあたりから望む甲山。

同じあたりから望む甲山。

しばし息を整えてから、山道を辿り、広河原に出る。広河原というのは、要するに仁川峡堰堤によって形作られた砂地の広場なのだろう。ここから上はもはや「峡谷」ではない。広河原は葦がいっぱいに茂っている。広河原に出てすぐ、左に踏み跡があり、それを辿ると再び沢に出る。

広河原付近の沢の様子。

広河原付近の沢の様子。

そこからまた沢通しに進もうと思ったのだが、葦が生い茂り、かぶさってきていて、引き返した。ちなみにこのあたり、下流ではあまり見なかった魚影が多かった。アマゴだろうか。15cmくらいのもたくさんいる。沢に出たところまで戻り、右岸の踏み跡をさらに辿ると、「なかよし池」に出た。桟道が整備され、大きな東屋のある、トンボなどの豊富な池。

なかよし池。

なかよし池。

東屋で少し休憩。ここに座っていると、葦の茂った広河原の方から、いつも子供の遊ぶ声が聞こえる。でも今のあのあたり、あまりひと気はない。一種の心霊現象みたいだなあと思う。

なかよし池から車道に出る道から右に逸れ、妙に幅広い砂の道(あとで地図で見ると、枝分かれしまた合流する川床であるらしい。ここに水が流れているのは見たことがないが)を行くと、

砂地の涸れ沢。

砂地の涸れ沢。

再び沢に出る。先ほどの、葦の生い茂っていた地点の上流だ。喫茶「こんにちは」(←ドイツ語)のすぐ下流。「こんにちは」を左側に、五ヶ池からの水路が落とす滝を右に見ながら、沢筋を進む。やはりこの右側は禍々しい雰囲気が充満している気がする。

車道の橋を見上げる。以前は朱塗りだったが、黒く塗り直されている。

車道の橋を見上げる。以前は朱塗りだったが、黒く塗り直されている。

車道の橋をくぐり、なおも進んでいくと、葦などがかなりかぶさってくる。小橋が見えたところで右岸に上がる。小橋からの道を奥に辿ると、甲山キャンプ場下のなじみのテントサイト?に出た。今回の遡行はここで打ち切ることにする。

小橋。

小橋。

小さなコンクリート橋のかかるテントサイト付近。

小さなコンクリート橋のかかるテントサイト付近。

一休みして、着替えをし、沢靴をスニーカーに履き替えて、出発。ドライコースで来ると、ここから左岸に渡ってロックヒルに登るのだが、今回はパス。ここから小道を登って甲山自然の家を経由して森林公園に行くことも考えていたが、少し戻ってあの小橋を渡って進むことにする。道は細いが中途半端に舗装されており、すぐに車道の橋の袂に出た。

nigawa59

車道を辿って甲山森林公園に入り、展望台から関学に出て帰る。

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仁川渓谷とロックヒル

樫ヶ峰と並ぶ近場の遊び場に、仁川(にがわ)渓谷がある。住宅街の近くの意外な自然。僕自身が知ったのは、たかだか三年くらい前のことだ。古くから岩登りのトレーニングなどに使われてきたスポットらしい。しかし別に岩登りをせずとも、ここは美しいし楽しい。そして色々な楽しみ方がある。

阪急仁川の駅から、仁川の右側の車道を、上流に向かってずっと歩いて行く。だんだん甲山が近付いてきて、舗装道路が終わる。その直前、岸辺にはまだ住宅の建つところに、最初の滝が現れる。左に百合野橋を渡ったところにある「地滑り記念館」に登る階段をやりすごし、沢の左側の細い道を進む。小さな岩の切り通しのような所を過ぎて、沢に降りる。

石伝いに沢の左側に沿って進み、ゆるい傾斜の堰堤を登ると、目の前に大きな岩がある。ムーンライトロックと呼ばれる岩だ。

ここから上流に向かうには、少なくとも二つの行き方がある。一つは沢にざぶざぶ入る、いわゆるシャワークライミング。流れの中を直接進めばいい。ムーンライトロックのある左岸にどうにか渡れば、岩の裾に歩ける踏み跡もあるが、岩の向こう側でどのみち水の中に降りることになる。ここではウェットコースと名付けようか。

もう一つは、右岸(左側)沿いに、概ね沢から離れた高い所に付けられた踏み跡を辿るもの。ドライコースと名付けよう。先ほどの、ムーンライトロックが対岸に迫る箇所で、左上を見上げると、石垣と柵が見える。かなり急な土の斜面を、無理矢理登って少し左に向かい、桜の木の根を掴みながら、柵の上に出る。狭い道があり、その山側には清水が流れている。実はこれは江戸時代、文化文政の頃に掘られた山之井(やまのゆ)用水の水路だ。水路は側溝のような溝状の部分と、岩壁の中をくりぬいた小さなトンネル状の部分とからなる。当時のことで作業用機械があったわけもなく、大変な仕事だったろうと思われる。

文化・文政の頃、武庫川の渇水に悩まされていた段上村の庄屋、松山五郎右衛門が村人にはかり、農民たち総出で、鑿と鎚で仁川右岸の岩壁に穴を穿ち、鋤と鍬で溝を掘る難工事を4年の歳月をかけて完成させた。この用水路が「山之井」と呼ばれ、長年の水不足は解消された。だが他村との水争いとなり、大阪奉行所の裁定を仰ぐ。文政7年、勝訴となり、利水権を獲得。(西宮市広報誌、2012. 9. 1. の記述による。)

柵の上の道を左に戻れば、地滑り記念館の敷地に至るのだが、そこは金網の扉があって、鍵がかけられている。ちょっとワイルドな道だから、記念館を訪れた客がうかつに入っては困るということだろう。その反対、上流に向かうとすぐに、スリリングな鎖場になる。登りではなく、ほぼ水平なのだが、左は岩壁、その下に用水路の水が流れ、右はほぼ垂直に沢に落ち込んでいる。歩ける道の幅はとても狭い。左の岩壁に固定されたロープを支えに通過する。

そこからしばらくはそこそこの幅のある山道。相変わらずほぼ水平に進むと、露岩帯に出る。傾斜した岩の真ん中に、狭い棚状の道が続いている。ここから、右下の浅い溝状を辿って、沢に降りてみるとよい。そこはちょっと深い淵になっていて、夏場はよく近くの中学生のガキどもが、水遊びに来て、岩の上から飛び込んだりしている。(そしてあとにしばしばゴミを残していく。困ったもんだ。)沢の中をざぶざぶウェットコースで来ても、当然ここにたどり着く。足を濡らすのを厭わなければ、上の鎖場経由よりも楽で安全だと言えるだろう。

岩を回り込んで、沢は左に曲がっていて、その奥に、石積みの堰堤が滝のように水を落としている。ここもなかなか美しい。

この上流には、ゴルフ場があり、実は水質はあまりよくない。時期にもよるようで、濁って見えるときもあれば、とても澄んで見えるときもある。

さて、この堰堤を直接登るのは困難なので、ウェットコースにせよドライコースにせよ、一旦岩の上に上がる、ないしは岩の上に戻ることになる。先ほど言った狭い棚状の道は、すぐに道ともつかなくなり、傾斜して不安定な岩場を慎重に進むと、堰堤の上で水辺に再び降りる。

そこから奥を覗き込むと、閘門が見える。ここから先も両岸は切り立っていて、水深も膝ぐらいまではある。さらに閘門の直下はちょっとした釜になっていて、泳がないことには閘門にたどり着けない。ウェットコースたるゆえんだ。かつては閘門左手の岩壁にトラロープが張られていたこともあるようだが、今はそれもない。実を言うと、ウェットコースは一度試したものの、完全な沢装備では行かなかったので、この泳がなければならない地点で断念したのだった。そのうちクリアせねば。

堰堤の上で水辺に降りた所、左に水路の一つが流れ込んでいる。ドライコースは、落ち葉もかなりたまった斜面を登り、その水路の上に出て進む。すぐに第二の鎖場。急傾斜の岩場をトラバースするもので、最初の鎖場よりもさらにスリルがある。沢からはかなりの高さがあるように感じる。(水路はこの岩盤の中のトンネルになっている。)

ここを通過してしまえば、ドライコースはあとは普通の山道だと言っていい。

ドライコースの明瞭な道をたどる。途中すぐに右下に分岐する道は、閘門の上に出る道だ。これをやりすごして進んでいくと、沢からはどんどん離れた高いところを辿るようになり、やがて右手に大きな露岩が現れる。先ほどの露岩帯と違って一枚岩ではなく、大きな岩が積み重なっている。ここは休憩に最適。正面から左手の展望が開け、六甲山地が見える。やや川下の対岸には、摩天楼岩?が見える。その上に目を転じると、高圧線の電線も通っているし、仁川高丸の住宅がちらちら見えていて、やや興をそがれるので、そちらは見ないようにする。それさえ見なければ、ずいぶん山深い感じがする。

露岩の右手から下に向かう踏み跡があり、降りていくと、砂防ダムのすぐ上の、平坦で水の浅い流れに出ることができる。ここで徒渉して対岸に取り付くと、そちら側にも道があるのだが、今は措く。

露岩の付け根から左に登っていく道は、甲山森林公園の展望台近くの東屋に突き上げる。上部は夏場は草がかぶっていることが多い。

その道を登らず、さらに水平に、やや下ったり登ったりもしながら進んでいくと、やがて丁字路で、整備された道に出る。これを右に下っていくと、「なかよし池」というなんだかなーという名前のビオトープ池に出る。季節次第では、トンボをはじめ、さまざまな生き物がいる。池には木の桟橋がめぐらされ、奥に大きめの東屋がある。ここも休憩ポイント。

東屋の先の幅広い道をゆるく登っていくと、自動車道に出る。週末に一便しかないバスの停留所がある。車道を右に進めば、なぜかドイツ語で「こんにちは」という名前の山荘風の喫茶店がある。川縁にテラス席もあり、仁川上流の流れを眺めながら、かなり高価なコーヒーが楽しめる。車道をさらに進めば、フィールドアスレチックの跡地、かつて貸しボート屋のあった五ケ池、阪急仁川テニスコート、かつての仁川植物園跡を経て、仁川駅に至る。

先ほど車道に出たところで、やや右斜め前の山道に入る。このあたりは西宮市甲山キャンプ場で、少し登ると広い道に出る。左に登れば甲山自然観察館、右にたどるとすぐにバンガローやテント場が現れる。今は右へ。さらに先、右手は湿原観察園になっている。その金網が切れるところで、右に下る道がある。下っていくと、左手はキャンプ場の炊事場。それを過ぎると、また仁川源流の水辺に降り立つ。二三、テントの張れそうな広場になっていて、沢にはコンクリートのささやかな橋が架かっている。

橋を渡って、ほぼ正面の奥に、階段がある。登り切ったところは水平な道で、その道を塞ぐように小さな金網フェンスが立てられている。道の山側には側溝状の水路がある。左にそのまま沢沿いに進んでも先で合流するが、小さな木橋で水路を渡り、正面の道に入る。

しばらく進んで、右手に気をつけていると、ザレた露岩の登り口がある。ここから取り付く。下から上までザレた急斜面で、途中にはロープも設置されている。あたりにはツツジが多い。ほぼ登り切ったあたりに大岩が現れ始める。突き当たりの大岩には、なぜかスマイリーが描かれている。左に少し行くと、大岩の折り重なった場所があり、短い固定ロープにすがって大岩の上に登る。このあたりが、ロックヒルと呼ばれる場所。真正面に甲山がでんとそびえている。ここは甲山を眺めるには最高の場所だと思う。休憩ポイント。

元のザレた斜面を下るのは難儀なので、大岩からさらに西に向かう道を辿る。途中、左に入る道を選んで下ると、山裾の水平道に出る。左に向かえば、元の場所に出る。先ほど沢から上がってきた階段とフェンスの箇所で、そのまままっすぐ進めば、喫茶店の近くで車道に出る。

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