龍門山

6月中旬。6時前に家を出、大阪から、JR、南海、JRと乗り継いで、8:23 粉河着。ローカル線の平日の朝は、どこも通学の高校生で一杯だ。

粉河駅から望む龍門山。

駅前に一台だけ停まっていたタクシーに乗り込む。紀ノ川を龍門橋で渡り、果樹畑の中の、すれ違いも不可能に見える細い道を、車はぐんぐん登っていく。一本松と呼ばれる登山口で下車。千円ちょっとだったと思う。たまに紀泉山地以南の山に来るときはいつものことだが、植物の繁茂の旺盛さに驚く。路傍に野バラやアカツメクサがいっぱいに咲き、たくさんの実をつけた桑の枝が無造作に折り取られて打ち捨てられている。

一本松登山口。(松はない)
野バラ。
アカツメクサとモンキチョウ。
打ち捨てられたクワの枝。

中央コース登山口へは、車道をさらに水平に西に辿るのだが、ここから直接取り付く田代峠コースに入る。石垣の下の狭いコンクリートの通路を通る。覆いかぶさるように生い茂った植物と石垣の間をすり抜けるような道だ。

植物と石垣の間の道。
ヒメレンゲ?

抜けると、程よく岩の露出した、まあ普通の山道になる。でも山道になってすぐ、シライトソウがひとかたまり咲いていて、そのすぐ先には、草の中に埋もれるように、ササユリが一輪開いていた。

普通の山道。
シライトソウ。
ササユリ。

作業用らしい踏み跡がしばしば分岐するが、特に迷うようなところはない。

モチツツジ。

田代峠までのちょうど真ん中あたりに、小さな祠があって、お地蔵さんが祀られている。水場でもあるらしいが、今回は汲むのも難儀なほどの滴りしかなかった。

地蔵堂。

その少し先、道標に従って右へ、「ちりなし池」に立ち寄る。

「ちりなし池」分岐。

二つ目の道標からさらに右に、下り始める。このあたり、落ち葉も多く、少し不明瞭なところがある。立木に巻かれた白テープを頼りに進む。このテープは、特に戻るときに役立つ。下りついたちりなし池は、水もなかった。池畔の片隅には、野バラの大きな株が、いっぱいに白い花を付けていた。池の北側に腰を下ろしてしばし休憩。池の向こうから数匹のカエルの声がした。すぐに背後からも声がして、少し驚かされた。しばらく鳴き交わすと沈黙してしまった。ここは独特の雰囲気のあるちょっと不思議な空間だ。

ちりなし池。
ちりなし池。水はない。

白テープを頼りに登山道に戻り、先へ。このあたりからは山腹を斜めに登っていく道になり、少し傾斜が緩む。ほんの二、三箇所で杉林をかすめるが、大部分は自然林。

見上げると緑が濃い。

フタリシズカの群落があった。ただし時季は過ぎていて、ちょうど咲いている花は一つだけだった。

フタリシズカ。
点々と白い木の花が落ちている。
田代峠直前のもう一体のお地蔵さん。

田代峠で休憩。ナワシロイチゴ、コナスビの花。

田代峠。
ガマズミ。
ガマズミ。
ナワシロイチゴ。
コナスビ。

そこからは尾根歩き。とは言ってもずっと自然林の中で、展望はない。日差しの強まってきたこの季節には快適な、明るい木漏れ日の中の道だ。ちらほらカキノハグサが現れる。兵庫県ではレッドデータブックに載っている花で、六甲界隈にもあることはあるらしいが見たことがない。ここでは路傍のあちらこちらで普通に見られる。特に磁石岩のあるピークへの登り道に多かった。

カキノハグサ。
磁石岩。

磁石岩に磁石を近づけてみた。

キイシモツケも、進むにつれて少しずつ増えてくる。

北側の視界が開けはじめる。
モミジイチゴ。
キイシモツケ。

山頂三角点で北側の視界が急に開ける。「竜門山」三等三角点 755.86m があり、大きな展望案内板もある。まわりはキイシモツケだらけだが、残念ながら花は盛りを過ぎているようだった。

山頂。

少し先が広場になっていて、「龍門山」の大きな標識が立っている。3、4匹のアゲハチョウ、その他数種類のチョウがくるくると舞っていた。

山頂広場。
山頂から大阪湾方面の眺め。
キイシモツケとハナムグリ。

本日の山メシは、シンプルな塩鮭のマヨネーズ焼き。一応、『フライパンで山ごはん 2』のレシピ。

塩鮭のマヨネーズ焼き。
材料。

西へ下る。

アザミ。

「勝神コース下り口」を左に分け、「中央コース」を下る(道標あり)。

ギフチョウの食草。ここはギフチョウの生息南限らしい。
下山路。

トウゴクシソバタツナミソウの株があちらこちらに花を付けている。カキノハグサもこの辺りにもかなり見られる。

シソバタツナミソウ。
カキノハグサ。
サルトリイバラの実。青リンゴの味がする。
ハナイカダ。

途中右に、蛇紋原への道標がある。眺めのいい岩場はすぐ。周囲はキイシモツケの群生地だが、花はあらかた終わっている。

蛇紋原から紀ノ川を眺める。
シソバタツナミソウ。

戻ってしばらく行くと、やはり右に、「明神岩・風穴」への道標に従って進む。

明神岩分岐。

明神岩は蛇紋岩の大きな塊で、前方は切り立っている。ここも北から東にかけての眺めがよく、蛇行する紀ノ川の向こうに紀泉の山々から金剛山、東の遠くには三峰山が見えている。周囲には大きな朴の木が多く、点々と花を付けているのが見下ろせる。

明神岩からの眺め。紀ノ川を挟んで、右奥には金剛山が見えている。

明神岩の根方から右に、鎖柵を設けた短い通路があり、途中すぐのところに風穴が口を開けている。その先で、岩の上に出る。ここから眺める明神岩の横顔は迫力がある。

風穴。
明神岩を横から眺める。

明神岩から少し戻り、「登山口」方向に下る。このあたりは、大きなムロウテンナンショウが多い。ずんずん下っていくと、中央コース登山口に出る。

ホタルブクロ。
クサイチゴ。
クサイチゴ。

林道風の水平道を右へたどる。

水平道。

この間も北側の眺めが開けている。やがて、朝のスタート地点、田代峠コース登山口に出る。そのまま車道を下り、途中で歩行者用の地道に入る。道が竹林に接しているところには、お手製の空き缶鳴子がびっしりとぶら下げられていた。よくこれだけ単一ブランドの缶コーヒーを飲んだものである。

お手製の鳴子。

まもなく舗装された農道に出て、果樹畑の緩い斜面の中の坂道を、紀ノ川を眺めながらひたすら下る。果樹は柿、桃、キウイ、梅など。明らかに畑に属さず道端に勝手に生えている様子のビワやクワの実を摘んで口に入れる。

果樹畑の間を下る。
桃畑。

舗装道路の下り坂、眺めはいいのだが暑い。そして長い。水平距離にすれば、おそらく、今日の山道の全行程と、帰りの舗装道路歩きの距離は、あまり変わらない。行きにこの部分をタクシーでショートカットしたのは正解だったと思う。でもフルーツ天国のこの風景、帰り道にぐらいは歩いて味わってみるべきだろう。

滋賀県とは違う「飛び出し坊や」。
龍門橋を渡る。
橋の途中から眺める紀ノ川。
龍門橋越しに龍門山を振り返る。
駅下のこの通路を通って駅前に出る。

かつて龍門橋南詰の近くには、龍門山温泉というのがあったが廃業してしまったらしい。残念なことだ。なので別の温泉に行く。

粉河駅で少し待って、電車で3駅隣の笠田へ。10分弱歩いて、「かつらぎ温泉八風の湯」へ。4つもの源泉の「かけ流し」を売りにしている温泉。以前に行った永源寺温泉などとチェーンらしい。永源寺は紅葉シーズンの休日で混み合っていて、いろいろ問題があったが、今日のここは平日で人も少なく、快適だった。露天の一つは有馬のような金泉だ。

かつらぎ温泉八風の湯。
花籠膳。

笠田駅まで歩いて戻り、橋本で南海に乗り継ぎ、帰宅。

青山高原

素晴らしくて酷い山だった。ひどく素晴らしい山であり、すばらしく酷い山だった。
もともと山頂部に道路が走っていたり、人工物が多い山は敬遠していて、だから生駒も比叡山もつい最近まで行ったことがなかった。青山高原も、道路が通っている。三重県道512号青山高原公園線。6月上旬、ふと行ってみる気になったのはなぜだったか。新緑と渓谷の組み合わせが良さそうだと思ったのだったか。そろそろ新緑でもないけど、それは間違いではなかった。登路の、布引の滝を含む渓流は、予想以上に素晴らしかった。だがしかし。

鶴橋から近鉄の急行に乗り、東青山で下車。他に降りた人はいなかった。目の前がいきなり「東青山四季のさと」という公園で、それ以外何もない。よく手入れされた斜面の花壇の中を、階段が登っている。

東青山四季のさと

その階段を登って、左に歩く。かなり広い芝地になっていて、奥に黄色いローラー滑り台が見える。日曜なのに、朝早いせいか、人は誰もいない。振り返ると、近鉄の特急が走り抜けていった。

振り返ると近鉄特急が走り抜けて行った。

売店前を通り過ぎ、一段低くなった「イベント広場」を南から西へ、ぐるっと回り込むと、ハイキングコース入り口が現れる。

だだっ広い芝生の「イベント広場」を回り込む。
ハイキングコース入口。

途中で園内を周回する「せせらぎコース」を右に分け、「青山高原」道標にしたがって左の谷に下る。

ここで左に下る。

沢を渡り、西側の尾根に登る。中腹道になり、一つ尾根を越えて登り返し、またなだらかな道が続く。

なだらかな山腹道。

最後に鉄階段が現れ、これを下ると「トンネル広場」に着く。

トンネル広場。この階段を降りてきた。

大村川の谷の奥を横切る場所で、両側に、廃されたトンネル跡がある。後で調べたら、かつての単線時代の近鉄大阪線の線路だったらしい。この廃線跡と、1971年の列車衝突事故については、「古都コトきょーと」のこの記事が詳しい。橋を渡った西側のトンネル入口の前には、東屋というか、陶製の、壺を伏せた形の椅子を配した屋根付きの休憩所がある。あたりは多くのウツギが白い花をいっぱいに付けている。

トンネル広場の休憩所と、反対側のトンネル。
満開のウツギ。

道はしばらく渓谷に沿って下流に向かい、それから支流に沿って遡り始める。

支流に沿いはじめてすぐ、「二川橋」を渡る。
右奥から来た。左上に登る。

この流れがなかなかにいい感じだった。ガイドブックはこの先の滝谷川の布引滝にフォーカスしていて、大村川支流のこの渓谷のことはほとんど書いていない。しかし次々に小滝をかけるこの谷も十分に美しい。いくつか木橋を渡ったり渡渉したりして進む。

いい感じの小滝が多数かかっている。

やがてゆるい尾根を一つ越え、隣の開けた枝谷に下りる。名残のモチツツジが花を付けている。枝谷を越えて登り始めたあたりには、シソバタツナミソウの小さな群生が見られた。

名残のモチツツジ。
シソバタツナミソウ。

そのまま登ると林道に出る。

林道に出た。

150mほども行くと、左手に滝見台が現れる。

滝見台への分岐。

割と新しい、立派な木造の東屋と、木造のテラスがある。

滝見台。

向かいの谷の奥に、ややまわりの樹木が被っているが、大日滝、飛龍滝、霧生滝が一本に連なって見えている。これを布引滝と総称するようだ。

滝見台から遠望する布引滝。

滝見台には、この先増水時には渡渉できないから迂回せよという警告看板がある。遠く、滝の真ん中を横断している先行者たちの姿が見えた。今日は問題なさそうだ。
滝に向かって、道は急下りになる。一つ手前の支流を渡り、垣内への下り道を分け、大日滝の右側に付けられた道を登る。

大日滝(下)と飛龍滝。

大日滝と飛龍滝の間に出て、ここを渡る。間近に見る飛龍滝も見事だ。

飛龍滝。

右岸に付けられた石段道を巻き上がる。

右岸の石段。

途中右に、霧生滝の真下に出る観瀑のための道があり、簡素な東屋もある。

霧生滝。

戻って進む。ややゴルジュっぽいところもあり、少し暗め。「増水時迂回路」の橋が架かっている。

増水時迂回路の橋。

布引滝上部のこの渓谷も、多数の小滝をかけて美しい。

布引滝から上流も、多数の小滝がかかっている。
カンアオイの実。
コアジサイ。

しだいに両岸の傾斜が緩やかになり、谷は開けてくる。二俣を左に進む。

水流から離れる直前。

次の二俣をまた左に行くと、水流は消える。この辺りから、山上の騒音が聞こえ始める。運動会の日の小学校の校庭からのような、ハンドマイクを通したやや興奮した感じの女教師のような声が、静かな山に響き渡る。何を言っているのかまではここでは分からない。山上に車道が走り、レストハウスなどの人工の施設があることは承知していたが、いったいこの騒音は何なのか。
浅い谷を登りつめると、幅広い尾根の上に出る。ガイドブックが「休憩広場」と呼んでいる場所だ。

「休憩広場」。

広い尾根上の全体が植林地で、左右に絶えず未舗装の林道が現れる。地形図には載っていない林道もある。林にきちんと手がかけられている証拠でもあるだろうが、どこか荒廃した印象を与える。その間も、あの拡声器の声が降ってくる。林道を何度か横断する。

林道を何度も横断する。
すぐ横に白茶けた林道が見えている。

途中少し急なところもあるが、基本、幅広く緩やかな尾根を延々と登り続ける。ずっと植林地の中で、展望はほとんどない。地形図には未記載の高圧線鉄塔の横を二回通過する。

地形図には記載されていない鉄塔。

この区間の唯一の救いは、シライトソウの群生が見られたことだった。

シライトソウ。
シライトソウ。

最後は自然林の急斜面のジグザグ登りになる。あの声はどんどん大きくなる。山頂のレストハウスの前に飛び出す。
どうやらマラソン大会が終わったところで、その表彰式の最中のようだった。あとで調べたら、これだった:青山高原つつじクォーターマラソン大会。 年一回のその日にぶち当たってしまったのだ。山上の自動車道を走るらしい。

園地として整備された道を右に登り、円頂の三角点に到る。

三角点と風車。
三角点から室生〜大嶺の山々を眺める。

文字通り360度の眺め。室生の山々、伊勢湾、前方の稜線には無数の発電用風車。しかしその間も表彰式の声はガンガン響き渡る。三角点から下った芝生には、マラソン参加者たちか、思い思いにすわったり寝そべったりしている。そのむこうには自動車道が走り、いくつか白いテントが並んでいる。

三角点直下の芝生。

ここで休憩する気にはならなかったので、遊歩道を円山草原に向かう。頂稜部には、車道と遊歩道が並行して走っている。車道の向こうには、東海自然歩道も通じているらしい。遊歩道は少しだけ南東寄りの山腹にあり、路面にも芝草が生えている。茂った潅木のおかげで、ほとんどの箇所で、自動車道は直接目に入ることはない。「展望の良い尾根歩き」と書いているガイドもあるが、現在はわずかな箇所を除いて道の途中に展望もない。

遊歩道。
ツリバナ。
ツリバナ。
ウツギの仲間。
ウツギの仲間。

 

周りにはツツジ類が多いが、わずかなモチツツジを除いて、残念ながら花はほとんど終わっている。ほんの時折垣間見える車道をゾロゾロ歩いている人たちは多いが、この遊歩道を歩く人はほとんどいない。車道はあまり見えないとは言え、わざわざ余計な騒音を立てるように改変された車が、何台も走って行くのが耳につく。
途中、ちょっとした登りもあって、円山草原に着く。三角点から30分。ここも大展望。展望案内板が三角点にもあったしここにもあるが、奈良側の室生や大峰の山々の姿が面白いのに、そちらはそっけないというか断ち切られている。三重県が設置している案内板だからか。なんか大人気ない。周囲にはアセビが多い。その頃までに、マラソン大会は終わったらしく、ハンドマイクからの嬌声は聞こえなくなった。相変わらず車の音がうるさいのは仕方ない。

草原の奥の壊れかけた東屋で、本日の山メシ、お茶漬けそうめん。『シェルパ斉藤の元祖ワンバーナークッキング』のレシピ。茹で汁を捨てる必要がないのが素晴らしい。試みに梅干しを足してみた。風力発電のメッカとあって、風が強いが、火は思ったより支障なく使えた。

お茶漬けそうめん。
その材料。

円山草原から北東方向に進む。ことごとく「使用禁止」の札が貼られロープの張られたアスレチック遊具の脇を下る。

「使用禁止」のアスレチック遊具の脇を下る。

植林地の谷底に着いて、道は二分する。「木橋」経由の道と「太鼓橋」経由の道。どちらを取ってもいいようだが、右に太鼓橋コースに進む。しかし太鼓橋というもの、ステップを付けてしまってはいけないと思う。

太鼓橋。

すぐに「あせびの丘」に出る。いくつもプラスチック製の黄色いベンチが置かれている。展望はない。ここから北東方向一帯には、「つつじの丘」「赤とんぼの丘」といった園地が整備されているようだが、そちらには向かわず、南東に下る。ひたすら下る。尾根の先端近く、地形図を見れば分かるように布引滝の直上に当たる場所で道は左に直角に折れ、浅い、水のない谷を下る。と、林道に出る。すぐにあの布引滝の上の橋につながる「増水時迂回路」が右に分岐する。これをやり過ごして進むとすぐに、滝見台分岐になる。行きに通った所だ。再び滝見台に立ち寄って休憩。午後のこの時間、滝のあたりはもう翳ってしまっている。

ここからの下山路の選択肢は、往路を戻って「東青山四季のさと」に出る以外に少なくとも二つある。一つは『関西日帰りの山ベスト100』の、林道に戻ってそのまま下り続けるルート。もう一つは、布引滝に改めて下って、そこから滝谷川沿いを下り、旧垣内宿を回っていく『関西周辺週末の山登りベスト120』が紹介しているルート。いずれも最後は東青山駅に戻る。少しでも短い方がいいかなと思って前者を取ったが、これは味気なく、従ってかえって長く感じる道だったように思う。途中から、延々と太陽光発電施設の敷地に沿って歩くことになるのだ。相当に広大なもので、もしかしたら他の施設を転用したのかもしれないが、どれだけの山が削られたのかという気がする。

広大な太陽光発電施設。

太陽光パネルに代わってやがて霊園の墓石が現れる。その入口の前のY字路を左に下る。

「青山メモリアルパーク」入口。

橋を渡って行き当たった道路を右へ。すぐに左に、草の生い茂った幅広い石段を登る。なんか異界に行きそうな階段だ。最後に白々した蛍光灯が点り、水の流れる音がする地下道を通って階段を上がると、無事、東青山駅前に飛び出す。

異界に通じていそうな階段。

帰るのとは反対のホームで、本数の少ない電車をしばし待ち、一駅先の榊原温泉口へ。また少し待って、やってきた猪倉温泉の無料送迎バスに乗る。ややぬめりのある泉質、露天も開放感のある、悪くない温泉だった。

猪倉温泉。
猪倉温泉の食事。

食事処で、少し早い夕飯に天丼と蕎麦のセットを食べ、最終の送迎バスで榊原温泉口駅に戻る。ここは東青山と違って特急停車駅だ。iPhoneから特急指定席を取り(この近鉄アプリの「チケットレス」サービスは問題なく機能するが、結局アプリからWebに飛ばされ、それがまたガラケー仕様のデザインのままで萎えた)、チケットレスで、往きよりかなり短時間で鶴橋へ。JR、阪急を乗り継いで帰宅。

というわけで、予想を超えて素晴らしい渓流と、確かな大展望、それと、どうにも困った騒音とのせめぎ合うコースだった。これから山歩きのためにここに行く人は、6月初旬のこのマラソンの日だけは事前に調べて外した方がいい。できれば平日に出かければ、車の騒音もぐっと少なくなることだろう。それが365分の1の最も行ってはいけない日に行ってしまったぼくからのアドバイス。

クリンソウの雲取山(京都北山、911m)

雲取山と言えば奥多摩の最高峰、だろうが、京都北山にも雲取山がある。この雲取山、花背高原前バス停から周回すれば歩程も割合短く、北山の魅力をコンパクトに凝縮した感じで、なかなかよかった。谷も尾根も峠も、杉林も自然林もある。なにより、周囲の谷がクリンソウ群生地だとは知らずに行って、それも満開ど真ん中だったのでびっくりした。

廃村八丁の時と同じ、鞍馬街道を抜けて広河原に行く京都バスを北大路でつかまえ、花背高原前で下車。

花背高原前バス停。ここで左の橋を渡る。

すぐに橋を渡って歩き始める。右手には廃校になった別所小学校がある。道は未舗装の林道状。路傍にはコバノガマズミが白い花を付けている。青、黄、緑、さまざまなトンボが飛んでいる。

コバノガマズミ。

少し行くと、左手の廃田?に、群生するシダに混じってぽつりぽつりとクリンソウが咲いているのが目に止まる。そのうち、かなりの群落をなしているところも出てくる。

クリンソウが、あらわれた。
廃田跡のシダ群生。クリンソウがポツポツと。

花背スキー場跡地の斜面を左に見て、さらに緩い坂を登っていくと、道端にもいくらでも咲いている。

花背スキー場跡。
クリンソウ群落。

クリンソウは魚谷山に多いというガイドブックの記述を見て魚谷山に行ったこともある(たしかに咲いていたが、それほどの群落ではなかった)。二、三のガイドブックで雲取山の記述も見たが、クリンソウに触れているものは一冊もなかったように記憶する。

しかしここ、ロケーションが人里に近すぎて、この花、もう少し山の中で見たいなあと思ったら、この後、寺山峠を越えて一ノ谷に入ってから先でも、いくらでも咲いているのだった。

話を戻す。まもなく林道は終わり、杉植林の中の幅広い谷を詰めていく道になる。

幅広い谷を登る。
キランソウ。

杉林の林床に多いミヤマカタバミは、さすがに花は終わって、葉ばかりになっている。要所要所に大きめの赤い文字で番号の書かれた札が下がっている。登りでは、3番のところで右の枝谷に入らないように少し気をつけたほうがいいかもしれない。4番で、道は沢筋を離れ、右斜面の急登になり、それからすぐに、山腹を緩くまっすぐ登っていくユリ道になる。

ここで谷を離れて右に登る。
ちょっと急な木の根道。

最後に自然林になって道が左に折れ、ここからまだかなり登るかなあと思っていると、思いがけずあっさりと寺山峠に出る。ベンチ代わりの丸太が置かれている。登ってきた側は自然林、進む先は再び杉の植林地になっている。眺望はない。

寺山峠。

杉林の中、やや溝状になった道を下っていく。

一ノ谷への下り道。

途中で右からこの小さな谷の本流が合し、水流が現れると、そこから先、杉木立の中の日の射すところには、クリンソウが咲いている。

クリンソウ。
クリンソウ。

一ノ谷にぶつかる直前、道標に従って、右に取る。

下りきったところの道標。

道はすぐに一ノ谷の沢に沿うようになる。やはり水流に沿ったところのここかしこにクリンソウが咲いている。植林地と自然林が交互に現れ、あるいは混じり合う。

「雲取山荘」と掲げられた小屋が対岸に現れる。「渓友クラブ」のものらしい。

雲取山荘。
コショウノキ。沈丁花の野生種だ。
いくらでもクリンソウ。

何度が渡渉を繰り返して進み、最後の二俣で、真ん中の尾根に取り付く(9番の札)。

9番の札のある二股。

やや急な登りがあって、暗い杉林から明るく開けた雲取峠にスポンと飛び出す。

雲取峠に出る直前。
雲取峠。

北山の数多い峠の中でも、とりわけ明るい峠であるようだ。広くゆるやかな斜面に、リョウブの木が点々と生えている。

リョウブ。

斜面の先、少し下ったところに見える小屋は、京都府大WV部のものらしい。ガイドブックには、南面の眺望が開けるとあるが、登ってきた南東側は、杉の木立で何も見えない。反対側、府大WV小屋の先には、ずっと遠くの山々が覗いている。

峠から来し方を振り返る。眺めはない。

リョウブの木の一本の下、まだらな葉蔭の中に座って、しばし休憩。

南に向かって歩き出すとすぐに、また小さな鞍部状の地形になる。左のピークに登る踏み跡もあるが、まっすぐ進む。このあたり、まばらな植林地で、かなりの倒木がある。

倒木がなくなったあたりの山腹道。

山腹の水平な踏み跡を辿っていくと、次の小ピークの登りになる。ここからはリョウブやオオイタヤメイゲツが混じる明るい自然林。これを越えて下り、もう一度登り返すと雲取山山頂。

山頂直前のピークからの下り。

雲取峠から、意外とあっさり着いた。山頂は細長く、三等三角点のあるポイントは少し先に進んだところにある。眺望はないが、快晴の今日はむしろ木漏れ日に包まれるこの山頂が心地よい。唯一の欠点はハエその他がブンブン煩いところか。

少し古いガイドブックには、雲取峠からここまで、笹薮がかぶっているという記述があるが、現在笹は完全に消えている。以前に登った魚谷山の柳谷峠から上もそうだった。後で見つけた芦生研究林関係の方のサイトによれば、2001年頃笹の開花があり、一斉に枯れた。そこで株が更新されるはずのところ、成長した笹はあまり食べないシカが若芽は食べてしまい、そのまま笹消滅に至ったのだという。クリンソウが増えたことも、実はこれに関連しているらしい。

今日の山メシは久しぶりの「げんさん」レシピ、「サラスパとチキラーで作る山のカレーパエリア風」。どこがパエリアなのか少々疑問は残るが、食えたし面白かったし腹はふくれたので良しとしよう。高価なホタテ缶に代えて、百均で見つけた「ベビーほたて」缶を使用。

雲取山山頂での山メシ。

山頂には三ノ谷への道標はあるが、二ノ谷へのそれはない。

山頂の道標。

赤テープを頼りに、二ノ谷に向かって、南側の急斜面を下る。かつてはここも笹薮だったらしいが、今はまばらに灌木の生える草地になっている。

ニノ谷への下り。
下り道から振り返る。

傾斜が緩んで、水のない谷底を行く。一箇所、涸れ滝のような岩場は、左側を巻いてロープが設置されている。この岩場付近には、数本のヤマツツジが紅い花を付けている。

岩場のヤマツツジ。
タニギキョウの小さな花。

七人の小人が住んでいそうな(したがってまた中で毒リンゴを食わされた白雪姫が倒れていそうな(?))立命館WVのかわいい小屋が現れ、その先で二ノ谷本流が合する。水流のあるここからは、またクリンソウが見られる。

立命館大WVの山小屋。

渡渉を繰り返しながら緩い谷を下っていくと、一ノ谷出合。渡って這い上がった一ノ谷左岸の道は、このあたり、幅広い林道状になっている。ここからほぼ植林地の中、一ノ谷を上流に向かう。ここも日の当たる水際にはどこでも、クリンソウが咲いている。

一ノ谷。

途中、幅広い道が左の斜面を登っていくが、そちらには行かず、あくまでも沢通しに踏み跡を拾う。

ここで左に登らず、右に、沢通しの踏み跡を辿る。

この谷もかなり幅があり、谷底全体が杉林になっている。その下草には、テンナンショウのほか、ニリンソウの花も見られた。幅広い谷底で、歩くべきルートがトラロープで示されている箇所も多い。

ニリンソウ。
クリンソウ。
クリンソウ。

やがて行きに寺山峠から下ってきた道に出会い、これを戻る。二ノ谷から一ノ谷に出たあとここまでが、案外時間がかかった。

寺山峠で今一度ゆっくり休憩。そこからの復路はあっという間だった。

マムシグサ。

廃校のはずの別所小学校、校庭に、朝はなかったはずの緑色のテントがいくつも張られて、子供たちがキャンプ遊びの最中のようだった。路肩のイチゴの花には、ウスバシロチョウ。

イチゴの木とウスバシロチョウ。

花背高原前バス停には、14:58のバス時刻よりもかなり前に着いてしまった。狭い道路の、土手の上の木々が陰を作っているところに立って待つ。500mほど南の、古くからあるらしい喫茶「カウベル」に行ってみてもよかったかもしれない。道路と川を挟んだ向かいの土手の上が別所小で、その土手には色とりどりのツツジが咲いている。

路傍の美味しそうなウワバミソウ。
別所小跡の土手。

ようやくやってきたバスに乗り、今回もまた鞍馬温泉で下車。汗を流してから帰宅の途につく。

峰床山(京都北山、967m)

週末と祝日のみの京都バスで、出町柳から葛川学校前で下車。小学校を回り込んで、江賀谷の林道を行く。すぐに車止めの置かれた橋があり、左岸沿いをしばらく進む。

車止めの置かれた橋
しばらく左岸を進む
ムラサキケマン

やがて右岸に移ってまもなく、二俣に着く。

右岸に移る
ヨゴレネコノメソウ

かつては橋があったという二俣のすぐ上、林道から下りて、左俣、右俣と、飛び石を伝って渡る。

二股。手前の左俣、奥の右俣を相次いで渡る。

道はすぐに右俣の左岸をやや高巻く感じになって続く。ロープの張られたちょっとした崩落箇所を過ぎ、また沢に近づく。一旦渡渉して右岸へ、それからまた左岸。奥の二俣では道が沢床に近づき、左俣方向に行きたくなるが、道はそのまま右俣の左岸を高巻くように続いている。リボン、テープを見落とさないよう注意。

右俣の流れ
マルバコンロンソウ?

その先、土の斜面の緩いV字谷で、中央の岩から小滝が落ち、なかなかいい絵になっている。道は右上の土の斜面の中程のうっすらとした踏み跡だ。

小滝の落ちるV字谷

このあたり、ニリンソウがちらほら咲いている。

ニリンソウ

さらに二、三度沢を渡り返し、右岸の斜面の巨石に向かって登り、そこから右に斜面中腹の道をまっすぐ進むと道標があり、道は左の植林地の斜面を登り始める。

前方の道標から左に植林地の登りになる。

所々にイワウチワが現れる。

イワウチワ

このジグザグの急登りは、かなり長く感じられる。最後に山腹を斜めに進んで、中村乗越に飛び出す。反対側は北山らしい明るい疎林の広く緩やかな谷になっている。前方に峰床山が姿を現わす。

中村乗越 左奥が峰床山
ヤドリギが多い

五分もかからず八丁平に下り着く。ベンチと道標、説明板が立っている。

八丁平に下り着く

八丁平の周回路を左に取る。

八丁平
八丁平

道標のある分岐で沢を木橋で渡ると、道は右に折れ、斜面を少し登って続き、八丁平を見下ろす感じになる。緩やかに下って木道を進む。

八丁平
クリンソウの蕾

フノ坂峠、二ノ谷への分岐を過ぎてしばらくすると、再び分岐があり、これをクラガリ谷に進む。

クラガリ谷分岐

ヨゴレネコノメソウ

ヤマザクラ
ネコノメソウ
イワウチワとクワガタ

クラガリ谷は、奥へ進むとささやかな水流が現れる。これをまっすぐ詰めればよかったはずだが、どういうわけか、途中で右の斜面に誘い込まれてしまった。踏み跡も消えたが、そのまま急斜面を強引に進んで、どうにか山頂にいたる尾根道にたどり着いた。消耗したが、おかげでイワカガミが固まって咲いている箇所を見つけることができた。今日、ここ以外では咲いているイワカガミは見なかった。

イワカガミ

最後にまた少々急登があって、峰床山山頂に到着。北東側を除く眺めが広く大きい。

山頂
山頂

周囲には多くのムシカリの木が白い花を付けているが、山頂にはあまり木陰がない。北寄り斜面の、少しでも木々の影が落ちているところを選んで座る。

山頂のムシカリ

本日の山メシは、「鴨セロリ」。成城石井で見つけた合鴨ローススモークを炒め、その油だけでセロリとミニトマトも炒め、最後に塩胡椒するだけの簡単なもの。『山登りABC 山のおつまみ』のレシピ。簡単だが、合鴨ロースの濃厚な味、セロリのサッパリとした味とシャキシャキ感、トマトの酸味が相俟って、なかなかのものだった。

鴨セロリ

さて峰床山からの下山路にはいくつかの選択肢がある。加藤芳樹『関西周辺週末の山登りベスト120』では、ここから大悲山口に抜けている。昭文社の『関西の山歩き100選』(2005) は八丁平からオグロ峠、峰床山、八丁平と周回して葛川学校前に戻っている。オグロ峠から鎌倉山を経由して坊村に出るコースも悪くなさそうだ。今回はあえて『ステップアップ六甲・金剛・比良・京都北山』の、林道ナメラ線、「緑風の道」、古道峠を経由するクッソ長いコースに従ってみることにする。

山頂から元来た道を戻る…はずが、オグロ峠方面の道に入ってしまった。200mほど行ってから気付いて戻る。山頂直下は急だから、この登り返しはちと応えた。正しい道に入り、クラガリ谷から登って来ている正しい道を左に見て、正面の小ピークに登り返す。そこにはベンチが設えられていて、皆子山の眺めがいい。

展望ベンチと皆子山

右に下り、林道を横断して、俵坂峠へ。

一度林道に出る

ここから分岐する大悲山口への道を見送り、まっすぐ進む。このあたり、シャクナゲの小群落があり、ちらほら咲いている。

シャクナゲ

再び林道に出る。このあたりから先、昭文社の登山地図の登山道のライン、近辺の林道のラインはかなりずさんなように思われる。正面に二ノ谷管理舎方面に向かう道もあるが、進むべきは右へ、林道ナメラ線そのものである。山腹に付けられたこの幅広い道は、尾根と谷を回り込みながら、延々と続く。

延々と林道歩き

周りの緑は美しいし、眺めもあるが、とにかく長くて暑い。ガイドブックの「ステップアップ」というタイトルは、北アルプスなどの大きな山への準備になるようなコースを集めたという意味らしい。確かに、北アルプスなどの深い大きい山では、山麓で延々と林道歩きを強いられることも少なくない。しかしこの道、途中で小ナメラ谷沿いに大悲山口方面に下る道を分けたあとは、かなりの登りにすらなる。後半にこれはかなりキツい。

ようやく林道を離れ、「緑風の道」と呼ばれる下り基調の尾根道に入ると、快適になる。でもまだまだ長い。林床にユズリハの群落のある二、三の小ピークを越えて丸太階段道を下ると、ようやく古道峠に着く。

ユズリハ群落

そこから下ると、八桝川沿いの林道に出る。右にとると、すぐに木橋があるが、これは無視して進み、その先で車止めのゲートを抜けてすぐ左に橋を渡る。廃田脇の木道を通り(このあたりにもニリンソウが咲いていた)、蛇行する桂川が見えてくる。

廃田脇の木道を進む
ニリンソウ

しかしそこで終わりではなく、道は最後にもう一つ、左の小尾根を越えるように登る。最後の最後にこのオマケは厳しい。でもこの登りで、ヤマルリソウやイカリソウの花に出会えたからよしとしよう。

ヤマルリソウ
イカリソウ
緑のと茶色いの
キケマン

小尾根の先端を越えると、コンクリートの坂道に出て、花背山村都市交流センターの敷地に入る。ここから桂川にかかる橋を渡ったところがバス停だが、バスまでにはまだ時間がかなりある。センターには多くの家族連れが訪れていて、ちょうどバーベキューの利用時間終了のアナウンスが流れていた。奥の翠峰荘でコーヒーでも飲もうかと思ったが、すでに営業を終えていた。その前のテラス席で休憩させてもらうことにする。

翠峰荘

そろそろバスの時刻だなと思って腰を上げ、バス停に向かう。バスは2分ほども早くやってきて、市街地のバスがよくやるように時間調整などもせず、直ちに発車した。危うく乗り遅れるところだった。

例によって鞍馬温泉で途中下車。露天風呂に浸かり、食事処で釜飯を食べて、送迎バスで叡電鞍馬駅へ。

峰麓湯
釜飯

荒地山(六甲、549m)

4月も下旬にかかろうという平日、全然早起きではなかったのだが、天気は悪くないし、季節はいいし、このところ仕事がグダグダだったのでリフレッシュした方がいいと思い、近場の荒地山に出かけることにした。549m。芦屋川駅から歩き出せる、六甲南東部のお手軽なコース。今ならコバノミツバツツジも見頃だろう。
阪急芦屋川駅から歩き出したのはすでに10:40を過ぎていた。山芦屋の超高級住宅街を通り、高座の滝やロックガーデンへの道から途中で別れて右へ。有刺鉄線の張り巡らされた高い石垣を回り込んで行くと、すぐに登山口が現れる。

登り始めてすぐ、右に芦屋川に下る道(「弁天岩方面」の表示)が分かれ、新しい道標も立っている。

真新しい道標

元々踏み跡としては存在した道だが、これより下流、地主の意向で川筋通しに通ってくることができなくなって、正式なハイキングコースに格上げされた。芦屋川沿いのコースに行くための一種の迂回路だ。それを見送って登り続けると、尾根の先端に乗ったところがちょっとした広場状になっている。かつてのベンチの土台が残っていて、そこに座ることができる。前方に、急斜面の上の城山が見える。この辺りのコバノミツバツツジは、すでに終わりかけている。それからさらに少し登ると、南側の展望が開けた所があって、わりと新しいベンチが設置されている。

わりと新しいベンチ

ツツジのほかに、少し奥に白い花をいっぱいにつけた木もある。時期的にやや早い気がするが、ウツギだろうか。

少しずつ増えてくるツツジを楽しみながら、ジグザグ登りで、城山の山頂に出る。

コバノミツバツツジ
ヤマツツジ

サンテレビの鉄塔とベンチのある広場で、中央には大きなヤマモモの木がある。何人かの人が休憩している。西側、高座谷を隔てて、魚屋道の尾根がよく見える。斜面はパステル系の春色に染まっている。

城山山頂のヤマモモ
城山から見る魚屋道の尾根の春色
クサイチゴ

その先は緩やかな尾根道になり、最初の高圧線鉄塔の脇を過ぎると鷹尾山に到る。いくつか巨石が転がっており、背後には荒地山の山頂部が望まれる。それと満開のコバノミツバツツジ、ヤマツツジが相俟って、なかなかいい絵になっている。

鷹尾山。正面に荒地山が見えてくる。

少し下ると右の脇道の先に岩の小ピークがある。右=東側の視界が開け、ゴロゴロ岳の稜線が見え、真下に芦有道路のS字カーブを見下ろす。岩のピークからそのまま進むと、登山道に復帰する。

芦有道路を見下ろす。正面はゴロゴロ岳。

再び急登になり、道が平坦になると、二番目の高圧線の下を通り、327mの3級基準点が現れる。

327m 基準点
327m 基準点

少し下った鞍部は、左に高座谷に下る道が分かれており、道標と朽ちかけた丸太ベンチがある。ヤマザクラも含む木立に囲まれたこの鞍部は、窪地のような雰囲気がある。その底に座っていると、おそろしく多様な鳥たちの声が降ってくる。ウグイス、ヤマガラ、コジュケイ、そのほか色々。相変わらず鳥に関する知識が乏しいのが残念だ。

サルトリイバラ

少し急登があって、三つ目の鉄塔の下に出る。ここはザレて展望の開けた広場になっており、なぜだか分からないがこのコースの中でここだけ、不思議に高山の空気を感じる。

ヤマザクラ

その先はまた高低差の小さい、ほぼ真西に向かう尾根になる。

パステルカラーのロックガーデン主稜
荒地山のボルダー群が見えてくる

尾根が北に向きを変えるあたりで左に踏み跡があり、そこを進むと、岩の小ピークがある。ちょうどキャッスルウォールの真上あたりで、高座谷の眺めがいい。

寄り道した展望地から高座谷と芦屋市街。左の尾根を歩いてきた。

登山道に戻る。次第に岩のゴロゴロする急斜面になる。

と間もなく名物の岩梯子が現れる。あらかた階段状だが、上寄りに、やや厄介なところが一箇所ある。

名物「岩梯子」

岩梯子を抜けて巨石の間を登ると新七衛門嵓。リュックを先に送り出してくぐる。

新七右衛門嵓

少し右に登り、すぐ左の踏み跡をたどるとテーブルロック。

テーブルロック。正面の鉄塔下が風吹岩。

いつもは多くの人がいるテーブルロックはまさかの貸し切り状態だった。正面に風吹岩の鉄塔が見える。目を凝らすと、風吹岩の上に何人か人の姿が見える。広い岩の真ん中に陣取ってオニギリを一個。住みついている黒猫が、哀れっぽい声を上げながら近づいてくる。オニギリをひとかけら投げてやる。

テーブルロックの黒猫
テーブルロック付近から黒岩を見る

このあたりは網目状にいろいろなルートがある。やや左寄りに、今まで通ったことのないルートを辿って、上で登山道に出る。芦有ゲートへの分岐を過ぎ、荒地山山頂へ。木々に覆われて展望もない山頂で、家族連れが一組、レジャーシートを広げて昼食中だった。そのまま通り過ぎて左へ、黒岩に向かって下る。

荒地山山頂

黒岩もまさかの貸切。大岩の真ん中に松の木が枝を広げる、周囲からちょっと突き出した岩峰で、とても眺めがいい。ガイドブックなどに大っぴらに紹介されることはあまりないが、知る人ぞ知るスポットで、十人もいたらいっぱいの岩の上には大抵人がいる。それを独占。

黒岩
黒岩から荒地山の尾根を見る

本日の山メシは「春キャベツの山ポトフ」、『山ごはん12か月』所収の「げんさん」レシピだ。何をもってポトフと呼ぶのかは少々疑問だが、要はコンソメ味の豚キャベツ鍋である。パプリカその他の乾燥野菜をお湯で戻し、フライパンにもお湯を入れて豚肉を投入、戻し水ごと乾燥野菜も入れ、それからざく切りにしたキャベツを投入していた途中で、ガスコンロの火が消えた。慌ててガスコックを開くと、一瞬また燃え上がって、完全に消えた。まさかのガス欠。出がけにカートリッジを振ってみて、中身の液化ガスがチャプチャプいう音が小さく、ああもう残り少ないなとは思ったものの、今日一回はもつだろうと思い込んでそのまま出てきた。
キャベツにはかろうじて火が通った。上にさらにソーセージを投入するのは諦めて、黒こしょうだけ振って食べる。十分に食えたからよしとする。でも火が消えたショックで写真は撮り忘れた。

帰路は高座谷にとる。岩の多い急斜面を谷底まで一気に下る。

高座谷源頭部
ヤブツバキ

高座谷本流に出て、道は左岸通しで、徐々に沢からは離れる。

キャッスルウォール(左)と芦屋市街

それから一気に下って沢を渡り、右から荒地山第2堰堤を越える。左岸に移り、まだ二つほど堰堤をすぎると、ロックガーデン中央稜からの道と合する。

ロックガーデン中央稜に出る。

高座滝、大谷茶屋、滝の茶屋を見て、舗装道路を下り、行きの道に合流して、芦屋川駅に戻る。

高座滝

改めて、これは六甲の中でも良いコースの一つだなと思った。

小塩山(京都西山、642m)

ポンポン山のフクジュソウに続き、「スプリング・エフェメラル」を求めての山歩き第二弾。小塩山のカタクリ。ポンポン山のすぐ北に位置する低山。ポンポン山と組み合わせて歩かれることも多いようだ。『京都府山岳総覧』によれば、古くはポンポン山一帯の山地を総称して小塩山と呼び、この山のことは大原山と呼んだという。

今回は、岡弘俊己氏の、『関西日帰りの山ベスト100』の対幅をなす『関西気軽にハイキング』(旧版名称は『関西里山・低山歩き』)掲載のコースに従って歩く。
阪急東向日駅の西口を出るとすぐにバス停がある。阪急バスに乗り、南春日町で下車。西に向かって歩き始める。

ここは左へ。

樫木神社の前を過ぎて直進。

樫木神社。

「←金蔵寺 淳和天皇陵→」の風化した東海自然歩道の道標の分岐を右へ。

ここを右へ。

右手に千原池が現れる。「大原野水土里へようこそ」という巨大な看板が立っている。水土里で「みどり」と読ませるらしい。DQN的暴走族的なネーミングである。夜露四苦。

千原池。

池とその奥の正法寺を眺めて、京都縦貫道のトンネル入口の上を通過する。枝道に気を付けながら竹林の中の坂道をたどる。大原野はタケノコの里。左右の竹林は言わば「タケノコ畑」であるようだ。

ここは左へ。
ここは右。
この先を右へ。

獣除けのゲートを開けて、山道に踏み込む。竹林が切れ、両側が自然林になる。「天皇陵道」と呼ばれる、よく踏まれた道だが、落ち葉が分厚く積もっていて、少し滑る感じがある。二日間のびっちり業務、二晩連続の飲み会の後で、予想通り調子が出ない。ゆっくり登る。

標高310mあたり、左に登って改めて稜線に出るところで、南東方向の眺めが開けている。ガイドブックに「ナラ、カシの林に展望の開けた広場があるのでひと息入れる」とあるのはどうやらここのことだと思われる。広場と呼べるような場所ではないが、展望が開けるのはここぐらいしかない。

唯一南東の展望が開ける地点。

金蔵寺分岐は、地形図に描かれているのよりも手前、標高460mの地点にある。この前後はヒノキとスギとアカマツの林になっている。

金蔵寺分岐。

分岐を過ぎると少し傾斜が緩む。平坦な道を通って谷の奥に進むと、突如、電柱が現れる。谷に沿って電線が張られていて、道もそれに並んで登る。

突如電柱が現れる。

555mで小尾根の上に出たところに、森林公園分岐がある。(ガイドブックの地図も、『山と高原地図 北摂・京都西山』に赤い線で記されたルートも、このあたりやや東にずれている。)

森林公園分岐。

右にひと登りで車道に出る。横断して再び山道へ。

車道を横断して正面の道へ。

また車道に出て、少し右寄りからまた山道へ。3度目、車道に出る。正面は「建設省京都国道工事事務所 小塩山無線中継所」の巨大な鉄塔。

「建設省京都国道工事事務所 小塩山無線中継所」の巨大な鉄塔。

この車道を左にたどる。右にチェーンの張られた坂道が分岐している。その上がFM京都とNHKの鉄塔。金網の周囲にはちょっとしたスペースがあり、休憩する人も多い。展望はあまりない。

FM京都とNHKの鉄塔。

休憩中のおっさんが、ラジオ?で60〜70年代のナツメロをガンガン鳴らしていた。クマ除けならともかく、あたりにクマの気配はない。いったい何しに山まで来てるんだか。できるだけ離れたところで鉄塔に背を向けて、前の林の中のアセビの花を眺めながら腰を下ろし、「イワシのつみれおじや」を作って大休止。コンビニが自社製品のプロモーションにスマホアプリ内で紹介しているレシピだ。特に山メシレシピというわけではないが、コンビニ食材でできるということは、山メシに向くことが多い。

イワシのつみれおじや。
材料。

車道からの(チェーンのかかった)分岐に戻ってもいいが、西にショートカットで下る踏み跡がある。これを下ると、舗装道路の終点で、その先、道が二つに分かれている。

左が天皇陵参道。

左が淳和天皇陵参道。中央が石畳になった参道は100mほどで、天皇陵に行き当たる。

天皇陵参道。
淳和天皇陵。

地形図で見る限り、642mの基準点のあるメインの小塩山山頂はこの墳墓部分。だが中には当然入れない。丸く巡らされた石垣の周囲をぐるっと回ることができるだけだ。針葉樹林で小暗く、眺望もない。ガイドには「周辺でのんびり大休憩を入れてもよい」とあるが、休憩適地はない。

淳和天皇 (786-840) は、Wikipediaによれば、「死にあたり、薄葬を遺詔としたため京都大原野西院に散骨された」という。「淳和上皇自身の意向により火葬され、その遺骨は近臣藤原吉野の手によって大原野の西山(京都市西京区大原野南春日町の小塩山)山頂付近で散骨されたと言われている。山陵を築く事を禁じられていたため「延喜諸陵式」に陵墓が記されておらず、当地には長らく小石で築かれた円塚のみであったが、幕末の陵墓修復の際、小塩山山頂付近に大原野西嶺上陵と称する陵が築かれた。」つまりこの墳墓は幕末の仮構なのだ。

分岐まで戻って、天皇陵とは反対の、入り口に小さな「←カタクリ」という標識のある道を進もうとしたとき、数人の手ぶらのおじさま方に呼び止められた。カタクリ見にいくの? ─はい。─まだ一個も咲いてへんよ。─はあ、そうなんですか、ま、一応見てきます。─戸を縛ってもた、ほどいて、また縛っといてな。─わかりました。

また巨大な鉄塔が立っている。前はちょっとした広場。眺めはない。そこに「小塩山 413m」という標識がある。標高は上から642mに書き換えられている。413という数字は、一体どこから出てきたんだろう?

鉄塔の囲いの左に進んで、網沿いにずんずん下って行くと、右がカタクリ自生地の一つ、「御陵の谷」。獣除け扉を開けて、ゆるく登る一本道の観察路をたどる。確かに今年は開花が遅いようで、まだ花は一つも開いていない。

固い蕾。

そのまま反対の扉を抜け、右に登ると、鉄塔の反対側から元の広場に出てくる。

車道を戻り、往路に登って来た山道を右下に見送って、そのまま車道をたどる。
道路が右に曲がるところの正面の谷にも網が張られている。ここもカタクリ自生地だが、整備中で、まだ立ち入ることはできない。その先、左に、ドコモの鉄塔への道路が分かれて下っている。入口の鉄扉は閉まっているが、人は脇を抜けることができる。ここから右に山道も付いていたようだが(ガイドに言う下山取付)、それは見落とした。鉄塔に向かって少し歩いた右手がちょっとした広場状になっていて、休憩している人たちがいた。南東方向の眺めもある。鉄塔の山小塩山では実はここあたりが一番の大休憩適地かもしれない。

docomo鉄塔への入り口。

そのまま道路を下って行くと、鉄塔の直前に、机が設置され、何人かの人がいた。カタクリの保護に携わっているNPO、西山自然保護ネットワーク(またはこちら)の人々、先ほどのおじさま方だ。

鉄塔直前にタープが設置されている。

すぐ左の谷が「Nの谷」と名付けられたカタクリ自生地の一つ。周回路になっている観察路を歩きながら、係の方から色々と説明を伺う。入ってすぐ、二輪だけ、咲いていた。昨日までは一輪も開いていなかったのだという。満開の大群落は見られなかったが、むしろ二輪でも見られて幸運だったと言うべきだろう。

かろうじて咲いていた。

踏み荒らしや盗掘の問題が大きいのかと思ったら、一番の敵はシカだという。食害から守るために、網を巡らせているのだ。

ここでクイズ。この、一本、ピョロッと伸びている植物は何か。

さてこれは何でしょう?

正解はカタクリ。これもカタクリなのだ。その一年目の姿だという。こんなだから、気をつけていないと踏みつけてしまう。観察路を整備し、三脚の使用を禁じなければならないのも、これだからだ。

カタクリの繁殖には、ギフチョウやマルハナバチによる受粉やアリによる種子の運搬も欠かせない。ギフチョウの幼虫の食草であるミヤコアオイも周囲に見られ、ギフチョウも保護対象になっている。(今年はまだギフチョウも飛んでいない。)ここでは白花のカタクリも見られるという。ミヤマカタバミもいくつか花を開きかけている。ピンクがかったものもある。クロモジが、こんな時期なのにまだツボミのままだ。あの巨大なウバユリの発芽したばかりの小さな苗など、教えてもらわなかったらわからなかっただろう。

エンレイソウ。
ウバユリの苗。

もう一つ東の「炭の谷」も保護地区で、そちらも見に行くつもりだと言うと、係の一人の方がわざわざ案内してくださった。鉄塔前から丸太階段を登ると、先の「下山取付」から来ているらしい道に出た。それを左に緩やかに下って行くとすぐ左が「炭の谷」。扉の細引きをほどき、掛け金を外して中に入る。ここの観察路は谷の真ん中の一本道。中ほどまで行くと、係の人は、扉、閉めておいてくださいね、と言い置いて戻っていった。一応一番下まで下ってみる。ここもまだ一輪も咲いていない。ミヤマカタバミがちらほら開きかけているだけだ。下り切った先にも扉があるが、その先の道は崩落しているとか。大人しく一本道を戻り、扉の掛け金をかけ、紐を結わえて、下山路に戻る。

「炭の谷」。
ミヤマカタバミ。

車道を横断し、明るい疎林の中を下っていく。

車道を横断する。

下生えは笹になる。少々抉れてV字になっている部分も多いが、概ね気持ちよく歩ける。

明るい林の中の道。

再び車道をかすめる(ガイドに言う「小塩山4km地点」)ところで少し車道に出ると、京都市街の向こうに先日登った比叡山が見える。山道に戻り、下り続ける。

比叡山が見える。

もう一度車道をかすめる。ここから右に下る山道は、一見薄い踏み跡状。登山地図はここから車道を100mほど歩いた先から下る別のルートを記しており、この道は載せていない。が、少し踏み込むと十分はっきりした道になる。

ここから折り返すように右下の一見薄い踏み跡に入る。

やがて沢音が大きくなり、なかなか美しい小沢を右岸に渡る。渡ったところは小さな広場で、丸太ベンチも置かれている。この渡渉点の沢の真ん中の岩にはサクラソウが、それも紅白揃いで、咲いていた。両岸に他の株は見当たらない。里もすでに近いが、誰かが植えたのだろうか。しかしこんなところに人の手で植えてうまく育つとは思えない。やはり自生だろう。

沢の中のサクラソウ。
サクラソウ。

下ってきた左岸の道はなお少し続いており、数十メートル先に鉄板の橋が架けられて終わっている。渡渉した先、広場側の右岸の道は林道風で、こちらも逆に上流に向かっても続いている。ネットでどなたかがこのルートを登ってきて、少し迷った話を書いていらしたが、道標もないし、さもありなんというところだ。きっと右岸通しに登ってしまったのだろう。上方には砂防ダムが見えている。登り方向なら、ここで左岸に渡らなければいけない。

林道状を下っていく。少し先に、鋼板を並べた橋があり、そこで再び左岸の細い道に入る。ガイドが「鉄橋」と書いているのはこれのことらしい。「てっきょう」ではなくて「てつばし」と読むべきなのか。橋の上の樹に、手作りの道標が下がっている。

「鉄橋」。
「鉄橋」の上の道標。

橋のすぐ下は、なかなかいい感じの小滝になっている。その先の流れはちょっとした峡谷だ。

「鉄橋」下の小滝。

左岸の道を進むと、流れを離れ、すぐに農地の広がる人里に出る。畑の上、山裾の小道をたどると、右から車道がぶつかっている。ここにも獣除けの扉がある。

獣除けのゲート。

これを開けて出て、畑の中の舗装道路を下る。いくつか人家を過ぎて下って行くと、京都縦貫道路をくぐる。

その少し先、左に、勝持寺参道の石段が現れる。これを上り、仁王門をくぐる。すぐの右側に大原野神社への近道があるのでそちらに進む。

勝持寺参道の石段と仁王門。
ここを右に。

藤原氏ゆかりだという朱塗りの美しい神社だが、録音の笛の音が流されていて、鳥居をくぐって本殿まで行く(ましてや賽銭を投げる)気力が萎えた。

大原野神社。

回れ右で、「鯉沢の池」のほとりのベンチで、綻びかけた桜を眺めながら休憩。池を挟んだ向こうには茶店がある。

参道を下って茶店の脇を通り過ぎ、道路に出る。左に歩くと樫木神社のところで行きに通った道に出る。南春日町バス停はすぐ。

小塩山、山頂部は生駒のような「鉄塔の山」で、一般車は入れないとは言え車道が登ってきているし、眺望はないし、本当の山頂は天皇陵の中で踏めないしで、山頂ハントの魅力はない。が、そのちょっと下の何箇所ものカタクリその他の保全区域は、花の季節には、間違いなく一見の価値がある。

たけのこの里を擁する西京区のゆるキャラ「たけにょん」。

比叡山(大比叡、848m)

家を出るのが少し遅くなった。丹波の山に行くつもりだったが急遽変更。比叡山。山の上に人工物が多いとどうも敬遠してしまうという悪い習性(?)のせいで、関西でメジャーな山の中でまだ行ったことがなかった山の一つ。でも予想よりずっと良かった。これも『関西日帰りの山ベスト100』のコースどりに従う。先日の西山のポンポン山に続き、今度は東山の雄である。

比叡山坂本駅に10:03着。

比叡山坂本駅。

駅の高架下には “An Deux” というとても気持ちの悪い名前の喫茶がある。「1、2」と数字が添えられているから、仏語の un, deux のことらしい。駅からすぐ、途中のコンビニに立ち寄ってから、日吉大社の参道を西へ、まっすぐ歩く。小さな商店の点在する、やはり歴史を感じさせる道だ。京阪坂本駅を過ぎ、古い商家風の坂本観光案内所の前を通り、なおも緩やかな坂道を登っていく。

坂本観光案内所。

大きな石の鳥居が現れ、道幅が広がる。

日吉大社参道。

左側の歩行者用の参道を行く。立派な桜並木で、きっと花の頃は見事なのだろう。左右は穴太衆あのうしゅう積みの石垣が目立つ。

桜並木。
穴太衆積みの石垣と、その解説板。

突き当たって車道を渡ると、小さな塔状の子育て地蔵のお堂がある。その横の、幅広い石段道を登る。左手は比叡山高校。

子育て地蔵。手前左の大きな石段を登る。
石段を過ぎて、ここは左へ。

車道に出てさらに進むと、南善坊の石畳の急坂が現れる。

南善坊の石畳坂。左の道を行っても上で合流する。

途中の五大堂前からは琵琶湖側の眺めが開け、展望案内板もある。湖の向こうに、伊吹山、霊仙山が雪を戴いている。

五大堂。
五大堂前からの眺め。

石段を登り詰めると木製の扉があって、山道に出る(石段を登らず、左の地道を辿ってもここに出るようだ)。かつてコンクリート舗装されていたのが崩壊したような痕跡がある。石畳だった部分もあるのかもしれない。

最初はこんな道。

山上に至るまでずっと幅の広い道で、いにしえにはここを僧兵の集団が登り下りしたのではないだろうか。一種の軍用道路の面影がある。
道が右に曲がった先に送電線の鉄塔があり、その下を過ぎて、右手、杉木立越しに展望がある道端で、遠く白く輝く伊吹山を眺めながら休憩。

休憩地点から、伊吹山、霊仙山方面の眺め。

左の斜面を登ると花摘堂跡だという道標がバラバラに壊れて、路肩にきれいに(?)並べられている。地面に置かれた「延暦寺東塔方面」の矢印に従ってそのまま進む。

花摘堂跡の道標。

この先にも花摘堂跡の道標があり、つまり花摘堂跡に登って尾根通しに歩いてくることもできるようだった。花摘堂は「伝教大師母君の遺跡」だそうだ。
左手の谷の向こうに、比叡山坂本ケーブルの赤い鉄路が見える。
道の右側に突然石垣が現れる。その上が楽樹院。

山の中に突如石垣が現れる。
楽樹院。

石仏を祀った小さなお堂だ。杉木立の中でちょっと暗い。石垣を回り込んで直角に曲がると、舗装道路になる。左回りの坂道を登ると法然院。法然上人得度の地だそうだが、屋根の上には衛星放送の受信アンテナが載っていてなんだか笑える。

法然院。

これまた突如、左上に鉄筋コンクリートのホテルのような巨大な建物が現れる。延暦寺会館。ホテルのような、ではなくてホテルであるらしい。このあたりから、路肩には雪が見られるようになる。

延暦寺会館。

延暦寺会館の正面を過ぎ、右手の急な石段を登って文殊楼へ。反対側にまた石段を下ると根本中堂。改修工事中で、囲いが立てられ、手前には黄色いクレーンが立っている。

文殊楼への石段。
文殊楼。
文殊楼前から改修中の根本中堂を見下ろす。

そこから左手の坂を登ると、比叡山観光のセンターのような広場があって、土産物屋もある。今日は座禅も組まないし拝観もしないが、ここで紅葉の絵入りの湯葉とゴマ豆腐だけお土産に購入。

不安定な天気で、登ってくる途中、一瞬小雨が落ちてきたし、ここでもわずかに雪が降った。かと思うと青空が広がって日が差す。

右に三本の道がある。一番左は直下の駐車場に向かって下る道、右は大講堂に向かう石段。真ん中の細い坂道を登る。

三本の道。真ん中を行く。

鐘楼と大講堂を右に見て、戒壇院の前を通り、やたら幅広い石段を登って毘沙門堂へ。

鐘楼。
毘沙門堂への大階段。

その左手の回廊をくぐり、いかにも裏手という感じの所に出る。

毘沙門堂の左、二重の塔との間を通って回廊をくぐる。

舗装道路も来ているが、すぐ左、回廊に沿った木製階段を登る。急に山の中の雪野原という趣になる。

回廊のすぐ裏で左に登る。

雪のかぶったコンクリート階段でもう一段上へ。

もう一段上へ。

その先、正面に道があったようだが、雪に覆われてよくわからず、右奥の階段道を登ってしまった。すぐに左に復帰。ガイドブックに言う「山頂」道標は目に入らなかった。木立の中の山道になる。延暦寺の堂宇のあたりから山頂まではまだ標高差150mほどもあり、まるでちょっとした登山だった。いや、登山に来ているんだけど。雪は凍りついてはおらず、少なくとも今回はアイゼンは不要、むしろ人の足の踏んでいないところを踏むと、キシキシと音を立てるような新鮮な雪だった。厚く積もっているところで10cmぐらい。

雪の山道。
雪上の足跡。

尾根筋に出て右に取ると、NTTの中継所とテレビ局の中継アンテナが次々に現れる。

NTTの中継施設が見えてきた。
TVの中継アンテナ。

何だかよくわからない巨大なコンクリートの箱のような建造物を回り込んで行くと、木立に覆われた小山があり、その上が「大比叡」の一等三角点。848.08m。

この小山の上が、
「大比叡」一等三角点。

そのまま西に下る。

西に下る。

目の前が広大な駐車場。

駐車場。正面が四明岳。
バス停。この右に進む。

舗装道路になり、一度くの字に曲がって下の車道に出て進むと、売店(閉まっていた)、トイレ、バス停もある駐車場に出る。所々に雪のかけらが残っている。ここからの展望が北と南になかなかのものだった。正面が四明山の山頂だが、「ガーデンミュージアム」ができてからは入場料を払わないと踏めなくなったらしい。

駐車場から南の眺め。
駐車場から北の眺め。

バス停右、四明山北側の道を進むと間もなく道標があり、そこから右に、再び檜林の中の雪の山道を下る。

ここから右に下る。
再びヒノキ林の中の雪道。
つつじヶ丘広場が見えてきた。

何度かジグザグに曲がって、浅い谷の奥をぐるっと回ると、つつじヶ丘広場。左右に京都一周トレイルの道が通り(「北山4」の道標がある)、広場の手前には五輪塔と石仏が並んでいる。

つつじヶ丘の五輪塔と石仏。

北側の眺めが素晴らしい。山頂を越えてきたから京都側しか見えないものと思っていたが、北に突き出した場所であり、比叡山の北側には高い山は続いていないので、京都北山はもちろん、比良山地、琵琶湖の西岸まで見えている。特に際立っているのが雪をかぶった比良の蓬莱山、その左に北山の最高峰皆子山、西に大きいのは桟敷ヶ岳のようだ。

皆子山(左)と蓬莱山。手前は横高山。

はるかに予想を上回る大展望を眺めながら、ここで大休止。今日の山メシは、おにぎり二個のほかは簡単におつまみ一品、ガーリッククラム。あさりの水煮缶にガーリックバター、オリーブオイル、塩胡椒を放り込んでレモン汁を垂らして直接火にかけ、最後にパセリを振るだけ。『山登りABC 山のおつまみ』のレシピ。しかしここ、眺めは最高だが、北風もびゅうびゅう吹き付ける。かじかんだ手で「箸上げ」をし、左手だけでiPhoneを持ってシャッターを押すのはなかなか大変であった。パセリ振る前に撮っちゃったし。

ガーリッククラム。
材料。

冷え冷えになって西へ、京都一周トレイルをたどる。これもかなり幅広い道で、最初は平坦。小さな人工スキー場跡に行き当たり、その縁を下って、下端を回り込む。このあたり、もうほとんど雪はない。

人工スキー場跡。

すぐにロープウェイの架線の下をくぐる。けたたましく警報が鳴って、頭上に注意しろという音声が流れる。何らかの警告はあってしかるべきとは言え、ちょっとうるさ過ぎだ。そのまま下るとケーブルカーの山上駅の前に出る。ちょうどこの日まで、冬季休業中。

ケーブルひえい駅。

駅舎の横を通って南側に出ると、「パノラマ広場」と名付けられた広場になっていて、ここも京都市街の眺めがいい。「東山74」の道標があり、そこから右に下る細いコンクリート坂は「旧ルート」と記されている。傍の木には、どこぞの保育園の登山記念らしく、園児たちの似顔の描かれた板が、組ごとに何枚も掛けられている。

「東山74」道標と園児たちの登山記念板。

このあたり、近年新しい道が開かれたようで、『ベスト100』の記述に頼っていると混乱する。「新ルート」は、パノラマ広場から 平坦な道をそのまま南に直進する。すると「やどり地蔵」を左に見て、

やどり地蔵。子宝祈願の信仰を引き受けているらしい。

「比叡ビュースポット」に出る。あまり広くはないが、ここも京都市街の展望がある。背後にはテレビ塔がやはり二基。

「比叡ビュースポット」からの眺め。

そのまま左に下って行く山道に入る。すぐに「東山73-3」の道標がある。道は途中で折り返しながら下って西に向かう。
「東山73-2」を過ぎ、「東山73-1」の十字路で左の「水飲対陣碑・北白川」方面に向かう。

「東山73-1」道標。

「東山71」のポイントはちょっとした広場になっていて丸太ベンチがあり、小暗い杉木立の中から、ここも京都市街が見下ろせる。

「東山71」の広場。
「東山71」広場からの眺め。

高圧線の真下で右の視界が開けているところを過ぎるとすぐに「東山69」、「水飲対陣碑」がある分岐。

「東山69」道標と「水飲対陣碑」。

水飲というのはこの地の地名で、後醍醐天皇の臣下であった千種忠顯が延元元年(1336)、ここで戦死したことを記念して大正時代に建てられた碑らしい。京都一周トレイルはここから左に折れて北白川に向かうが、直進して雲母(きらら)坂に向かう。道は掘り込まれた部分と痩せ尾根の部分が交互に現れる。右に修学院離宮の縄張りを表すネットが現れる。「宮内庁」「立入禁止」の札がある。ここからが雲母坂の狭く深く掘り込まれた急下り。なかなか楽しい。

雲母坂は、
下るにつれ、抉れ方が、
エグくなっていく。
雲母坂登り口に到着。

下り着いて橋を渡り、音羽川の左岸沿いの道をひたすら歩く。

音羽川左岸の道を歩く。

音羽橋で左折、店の半数ほどはシャッターの下りた「プラザ修学院」という名前のアーケード商店街を通り抜けて叡山電鉄修学院駅に着く。一両のワンマンカーで出町柳に出る。

「プラザ修学院」
修学院駅。

『ベスト100』、55コースめクリア。延暦寺の諸堂は外から眺めているだけでも迫力があったし、寺域と山頂部は除いてその前後、あちこちで予想を超える展望の良さがあったし、山頂部では雪が楽しめたし、雲母坂はそれなりに面白いし、悪くないコースだった。

ポンポン山 678.8m(北摂/京都西山)

春の山は忙しい。いわゆるスプリング・エフェメラルが次々に現れては消えていくからだ。春先の、わずかな間にのみ咲く花々。その期間はそれぞれせいぜい一週間というところだろう。その年の気候によって前後もするから、きっと今頃なら、と見当をつけて、せっせと出かけなければならない。今年はどれほど見に行けるだろうか。

その一つ、ポンポン山のフクジュソウを見に行こうと思った。三月上旬の今なら多分見られるだろう。

ポンポン山は9年前に訪れている。その頃はフクジュソウのことなど知らなかった。川久保から谷筋の林道を詰めて登頂し、出灰(いずりは)に下った。この山にはいくつものコースがあって、色々と歩いてみたいところだが、今回の主目的はフクジュソウなので、おそらく一番手っ取り早く登れる前回と同じルート、川久保渓谷の道をとる。フクジュソウ群生地を回るので、下山路は前回と同じではないが、最終的にはやはり出灰に出る。もう一つの目的のためだ。前回、出灰から樫田温泉に行ったら、なんと臨時休業で入りそこねた。だから今回はそのリベンジも狙う。

阪急高槻駅前を9:10に出る川久保行き高槻市営バスに乗って、9:33頃、終点下車。杉林の中の、川久保渓谷に沿った坦々とした舗装道路を歩いていく。

水の流れなくなった水車。

川久保渓谷は大きな滝などはないものの、水のきれいなわりと美しい沢だ。あたりは「全国水源の森百選」にも入っているらしい(途中に石碑がある)。

「水源の森百選」の記念碑。

2.8kmほど歩くと、ようやく舗装道路が終わる。そのすぐ先に水場があり、丸太のベンチも設置されている。しかしまだ砂利の敷き込まれた林道だ。

ポンポン山の南西の尾根に突き上げる道を左に分けてすぐ、道はまた二分する。右の本流沿いは、ポンポン山東側の尾根に連なる釈迦岳南の大杉に出る道だ。橋を渡って左の支流沿いを登る。

ここで左に入る。

この部分、150mほど再びコンクリート舗装になっている。急坂だ。さらに進んで、標高475mあたりでようやく林道は終わる。丸太でベンチとテーブルが作られており、「水声の道」という札が立っている。名付けの暴力の行使はいつだって楽しい。ここからがやっと山道。傾斜が急になり、沢はいくつも小滝をかけるようになる。何度か木橋を渡り返しながら、沢沿いの道を登る。

いくつも小滝が現れるようになる。
こんな木橋を何度か渡る。

また丸太のベンチとテーブルが置かれているところを過ぎると、水流はなくなる。標高614mにまた水場があり、その50mほど先、やはりベンチのあるところで、道は沢筋を離れ、右にゆるやかに、川久保尾根の稜線に向かう。

川久保尾根の直下。
川久保尾根に出た。

尾根に乗って左にとると、ポンポン山と釈迦岳を結ぶメインの尾根道に出る。そこから左、西に向かうと道標がある。右は出灰と記されている。

山頂直前の分岐。

左に少し水平に進み、右の丸太階段を登るとポンポン山山頂。11:18頃。

水平に進み、
丸太階段を登ると、
ポンポン山山頂。

真ん中に「加茂勢山」二等三角点678.82mがある。「加茂勢山」というのがポンポン山の「本名」らしい。山頂の周囲はかなり刈り払われており、四方の展望がある。ほんのわずかずつ木立が残されているので、四方であって360度ではない。西の京都側にのみ、展望案内板がある。今日は靄がかかっていて、あまりよくは見えない。木津川の向こうに意外とどっしり大きいのは、鷲峰山だろうか。桂川がかすかに光っている。比叡山はどれなんだかよくわからない。散々歩いているはずの西側、北摂の山々も、ほとんどどれがどれと分からなかった。

西(北摂方面)の眺め。どうやら中央左寄りに剣尾山、歌垣山が見えているようだ。
北西方面の眺め。遠景右端は愛宕山。その左に双耳峰のように見えるのは竜ヶ岳か。
南東方向。中央遠くはおそらく鷲峰山。

そこそこ広い山頂で、あちこちにベンチ、テーブルが配されている。ここで本日の山メシ、さわらうどん。

材料。
さわらうどん。

前回に引き続き、山めしレシピではなく、コンビニアプリで紹介されていたレシピだ。さわらの西京焼きを、電子レンジはないから、フライパンで両面軽く焼く。鍋に湯を沸かして、冷凍の讃岐うどん、うどんつゆを入れ、これも冷凍のほうれん草、家で刻んできたネギ、さわらを順次投入。この季節のことで、冷凍ものはまだあらかた凍ったままだった。最後、家で径3センチほどに切り取ってきた柚子の皮を千切りに…しようと思ったら、ヴィクトリノックスが、いつも入れてあるはずのところにない。仕方なく手でちぎる。柚子七味の小袋も持参していたのだが、これはうっかり使うのを忘れた。まあ満足できる食事だった。

ポンポン山山頂部は少し道が込み入っているうえに、大原野森林公園方面の道標はほとんどない。希少植物の保護のためか、北麓の管理事務所「森の案内所」を経由せずにこちらから人が入ることを嫌っているフシがある。……というのは憶測にすぎないが、ともかく山頂での表示、標識は不親切だ。山頂で耳が悪いらしい爺さん同士の会話を聞いた。片方は地図すら持っていないらしい。また別の爺さん二人組が、これからフクジュソウ群生地を見に行くんだと言って、誰かがこっちだと言っていたと南を指した。それは違うだろう。こういう人たちが大勢登ってきているからには、道標や山頂に掲げられた地図はもう少しなんとかした方がいいのではないか。

山頂北側、しっかりと道標に書かれている出灰方面に下り始めてすぐ、右に分岐する道がある。その入り口の木に黄色いテープが巻かれ小さな古い木札が付いている。文字も風化しかかっているが、どうやら「森林公園西ルート」と読める。左に下る出灰ルート(前はこれを下った)と別れ、この尾根道に進む。踏み入ってみれば道は明瞭なもの。

出灰(左)と森林公園西ルートの分岐。
森林公園西ルートの道標。

このあたり、木の根方などに、ほんのひとかけらずつ、雪が残っている。

わずかに残る雪。

分岐から500mほど先、小さく登り返したなだらかな円頂のピークが「リョウブの丘」。「この周辺で観察できる樹木」の案内板もある。

リョウブの丘。

反対方向、恐らくは「森の案内所」の方から、登ってくる人が多い。年配の10人ぐらいのグループが二、三組。

リョウブの丘からさらにコブをいくつか越えた先の小ピークに、大きな矢印で、フクジュソウ自生地の臨時の案内が出ている。

フクジュソウ自生地入口の案内。

トラロープの張られた順路に従って下っていくと、白いテントというかタープがあり、そこに監視員の方が駐在している。用紙に住所氏名を書き込んで、自生地の斜面の観察路に進む。

ここで住所氏名を書く。

観察路入口の案内によれば、今年(2017年)は2月13日から3月27日の10〜15時のみ、立ち入ることができる。その間であっても、悪天候などで閉鎖されることもある。おそらく、盗掘する馬鹿者がいるからこういう措置が取られなければならないわけだ。日々詰めていらっしゃる森林公園運営管理委員会の方々には頭が下がる。

かなりの広さの斜面に点々と、ウマノアシガタと同様の不思議な光沢のある、黄色い花が輝いている。ちょうど今が満開のようだった。

フクジュソウ自生地に進む。

観察路は一方通行で、自生地を通り抜けて斜面を登り、再び上の尾根道に出てくるようになっている。

上に戻って、尾根道を、小さなアップダウンを繰り返しながら、なおもたどる。

アセビ。

496mの小ピークが「ツツジの丘」と名付けられていて、ここにもベンチ、テーブルと植物案内板がある。

ツツジの丘。

そこから少し急な下りになり、やがて出灰に下るもう一つの道の分岐が現れる。尾根をもう少しそのまま進んで反対側(東側)に下れば「森の案内所」だ。今日はここから出灰側に下ることにする。

右上から来た。左に行けば「森の案内所」、右が出灰。

周囲が再び杉林になったジグザグ道を10分も下ると、出灰の奥の車道に出る。

出灰への下り。
車道に出た。

10分ほどで、ポンポン山から直接下ってきている道が出合う。一休宗純が若い頃庵を編んでいたという尸陀(しだ)寺跡だ。

尸陀寺跡。ポンポン山から直接下ってくる道は、前方の橋でこの道に合流する。
廃田になっている棚田。

日が隠れ、風花が舞い始める中、出灰川に沿った舗装道路をさらに15分も歩くと、バス道(枚方亀岡線)に出る。出たところに出灰バス停がある。13:57。

出灰バス停。

ここからJR高槻駅に向かうバスは14:32。その次は17:14までない。ここから逆にバス停一つ奥のところにあるのが樫田温泉。そちらに向かうバスが実は13:49にあったのだが、10分弱の差で逃したことになる。9年前に入りそこねた温泉には是非とも入りたい。ダンプカーの通行が少なくない道路を、歩くことにする。

樫田温泉に向かう途中、なぜかヤギがいた。

14分で着いた。今回は「営業中」のサインが出ている。

樫田温泉。

靴を脱ぎ、受付には誰もいなかったが、とっとと中に入り、男湯へ(急いでいても間違って女湯に入ったりはしない)。小さな内湯に小さな露天。露天風呂はガラスの屋根がさしかけられ、脇にはヤブツバキが花をつけ、背後の暗い杉林の谷に面している。その黒々とした背景の前に、白い雪片がちらちらと舞う。これはこれで悪くない。かすかにぬるりとした泉質は、湯冷めしにくそうだと期待できた。露天の方にだけ数分浸かってさっさと上がり、身支度をして出る。受付にいたおばさんに、バス時刻の関係で急いでいて、先に金を払わずに入ったと断り、千円札を渡す。ちょうど電話中だったおばさんは、黙って頷いて釣銭をくれる。靴紐も結ばずに靴を突っかけ、前の道路のバス停に向かう。どこから湧いてきたのか、バスを待つ人は六、七人いた。靴紐を締める。14:28のバスは、2分ほど遅れて来た。間に合わなければ17時台の次のバスまで待つつもりだったが、とにかく間に合った。9年前のリベンジはできたし、文字通り烏の行水だったが十分ポカポカになったし、バスには間に合ったしで、達成感があった。それ、何か違わないか、というかすかな疑念は無視することにする。いや、今日は何より、フクジュソウが見られたではないか。

15時過ぎ、バスは高槻駅に着いた。JRに乗って帰宅。

『ベスト100』にもポンポン山は取り上げられているが、まるでコース取りが違うので、今回はコースクリアにはカウントしない。

なお、高槻市営バスアプリが出されている。UIは美しいとも洗練されているとも言い難いが、時刻表のチェックには一応役に立つ。

三峰山 1235m

奈良交通の霧氷登山バスが走るシーズン最後の週末、三峰(みうね)山へ。6時ごろ家を出て、近鉄榛原(はいばら)駅に8:02着。

奈良・三重県境の山。昭文社の登山地図だと、『大台ヶ原』の図幅の上端ギリギリに、この三峰山が収まっている。

榛原駅から登山口のみつえ青少年旅行村までシーズン中の土日祝に直行する霧氷登山バスは、8:15と9:15の二本ということになっているが、実際はこの間、人が集まり次第順次、何台も走らせる。観光バスタイプで、原則として全員が座れるように計らってくれるようだ。

15:00と16:00の二便ということになっている帰りの便も同様。だがさらにその前の14:30に特別な便があり、そのバスに乗れば一旦「姫石(ひめし)の湯」に向かい、一風呂浴びることができる。そして16:00頃、そこから改めて榛原駅まで送ってくれる。料金はみつえ旅行村⇄榛原駅の通常の霧氷バスと変わらないうえ、タオルと入浴料100円引きのチケットが配られる。

これを利用したいと思った。ところが公式の行きの時刻表では早い8:15の便でも登山口到着は9:27ということになっており、そこから歩程を計算していってみると、14:30までに下山するのは、特別俊足ではないぼくにはかなりきびしい。下りに新道峠を回らず、途中で二分岐している不動滝/登り尾道を往復すれば、少しは時間が短縮できそうだが、それでもきわどい。まあ、間に合わなければ榛原駅まで戻ってから美榛苑の温泉にでも行けばいいだろう。そこは成り行きに任せることにして出かけた。

「三峰山霧氷号」

駅を出て、停まっていた一台めのバスにさっさと乗り込んだら、8:05には満員となって発車し、9時頃にはもう登山口の「みつえ青少年旅行村」に着いた。ありがたい。これなら14:30までに下山できる可能性は高い。早く送り出せるものなら早く送り出す。奈良交通は山歩きというものを分かっていると思う。バスの車内では、高見山行きのバスと同じく、登山届用紙が回ってきて記入させられる。これも便利だ。途中、道路脇の電光掲示板には、「気温0度」という表示が出ていた。

みつえ青少年旅行村の幟。

「みつえ青少年旅行村」から少し車道を戻り、奈良県なのに滋賀バージョンの飛び出し坊やを見て、右に、大タイ谷に沿った林道に入る。

滋賀バージョンの「飛び出し坊や」

9:12、右に、木橋を渡って登り尾の尾根に取り付くルートを分ける。今回はまっすぐ林道を登り続ける。

右に登尾道が分かれる。

9:30頃、林道が沢を渡って右に折れる地点。公衆トイレがある。ここで林道と別れ、沢沿い右岸の山道に入る。

林道の橋と公衆トイレ。こここで沢沿いに入る。
山道に入ってすぐの二条の小滝。

3、4分で、鳥居と、コンクリートの箱のような「参籠所」と呼ばれる避難小屋みたいなものがあり、その奥に立派な不動滝が姿を現わす。

鳥居と参籠所。
不動滝。
不動滝。

滝の前の橋で左岸に渡り、そこから杉植林帯の中の急登りが始まる。これは武奈ヶ岳の、坊村から御殿山への登りに似た長くキツい道だ。あたりには雪はほとんどないが、雪よりも霜柱が融けかけて再凍結したように思われる箇所が多い。上に散った杉の葉が滑り止めになっているが、歩きやすくはない。

杉植林地の中の急登。

アイゼンなしで登り続けたが、10:30頃、高度1000mの辺りで、これはそろそろ着けないとまずいなと思ってアイゼンを装着する。ところがこれが厄介だった。スノーピークのコンパクトな軽アイゼン。買ってからまだ使ったことがなかった。ベルトの長さの調節に手間取り、足の甲の外側に二つのフックを掛けるのにまた苦労する(ガニ股気味だと、足の甲の外寄りがよく見えるように脚をひねり、そこでさらに微妙な作業をするというのは実に大変なのだ)。手袋をしていては作業ができないから、手袋を外す。じっと座って悪戦苦闘していると、どんどん身体が冷えてきて、手指が凍傷寸前になり、おまけに左手親指の爪を剥がしそうになった。右足だけどうにか装着したところで、これは身体を動かさないとまずいなと思い、手袋をはめて立ち上がり、歩き出す。片足アイゼンでもなんとか効いて、20分ほどで、さらに100m上の避難小屋に着いた。スノーピークのこれは、小さな6本歯だが、しっかり氷を噛んでくれる、悪くない品だ。教訓:登山用ギアは家で必ず試してから持参すること。

避難小屋。

丸太作りの小屋。人が5、6人いた。大きめの小屋なので、余裕がある。中は薄暗かったが、だんだん目が慣れてくる。入り口近くに陣取って、山メシの用意をする。山頂か、その先の八丁平での大休止も考えていたが、稜線の上とその向こう側のことだから、どんなコンディションになっているか予断を許さない。曇って冷たい風でも吹いていたら悲惨だ。後でこれは杞憂だったことが判明するが、そういうわけで、ちょっと薄暗いけれども風の当たる心配のない小屋の中で大休止にする。ちょうど11時を過ぎたところで、山の昼飯には決して早くない。

和風ハンバーグの卵とじ。

本日の山メシは、和風ハンバーグの卵とじ。山メシレシピではなく、セブンイレブンが自社製品のプロモーションのためにiPhone用のセブン‐イレブンアプリの中で紹介しているレシピだ。コンビニ食材でほぼ完結するレシピということは、しばしば山メシにも向くということを意味する。フライパンに水とめんつゆを入れて沸かし、レトルトパックのハンバーグ、家でカットしてきた玉ねぎ、椎茸を入れ、卵を溶いて流し込む。ハンバーグ添付の和風ソースをかけ、三つ葉をちぎって散らして完成。

避難小屋脇の巨木。
避難小屋前。登尾道から登ってくる人々。

小屋の中にいるうちに、日が射してきた。食べ終わって指先の感覚も完全に戻った頃、続々と人が登ってきて小屋に到着した。登り尾からの道も、この小屋のところで合流しているのだ。小屋の外の陽射しの中で左足にもアイゼンを着けて、11:38、歩き出す。これまでの植林帯と違って、少し先から自然林になるし、傾斜も緩くなる。ここまでほとんどなかった雪も現れる。北斜面の上部のことで、結構残っている。特に人に踏み固められている登山道部分は、あちこちが完全なアイスバーンになっている。アイゼンさまさまである。

アイスバーンの登路。

11:50頃、三畝峠に着く。三峰を「みうね」と読ませるのはかなり強引な気もするが、この峠の表記は素直である。

三畝峠。

峠からは稜線をゆるゆると登っていく。このあたりから、霧氷が見られるようになる。ブラシ状に5mmぐらいに伸びたもので、小さい。数日前の暖気でいったんすべて融け、その後改めてかろうじてここまで、育っていてくれたのではないかと思う。これがうんと成長してボテボテに太ると、あのエビの尻尾タイプの霧氷になるわけだ。

霧氷。

青空が広がって日も差している。この稜線はシロヤシオツツジが多いらしい。少し進んだ辺りでは、霧氷の幅は1cmほどにもなっていた。風の当たり具合とか、気温とか、微妙な条件の差があるのだろう。山頂が近づくと、霧氷の幅は再び5mmほどになった。

1cm以上に成長している霧氷。
木の幹にも。

途中、左手の視界が開け、「御嶽山ビューポイント」という札の下がっているところがあり、確かに見えた! 御嶽山が、はるか遠くに白く浮かび上がっている。後で Googleマップで確認したところでは、198km離れている。

中央やや左寄りに御嶽山が浮かび上がっている。
中央は倶留尊山。
馬酔木の葉にも霧氷。
丸く融けているのは樹木が体温を持っているしるしだろうか。

12:10。山頂も、北側が開けて眺めがいい。

三峰山山頂と北側の眺め。

南側はゆるい傾斜の疎林で、雪が一杯に積もっている。今日は幸い風もまったく出ていない。陽の当たるその雪面に、三々五々、人々が陣取って昼食を摂っている。

山頂南側の緩斜面。

しかしあまり休まず、次の八丁平を目指して歩き出す。最初、山頂から南東に伸びる幅広い尾根に踏み込みかけた。20mほどで、これは違うぞと思い引き返す。ガイドの記述を見直すと、山頂から「数メートル戻ったところ」が八丁平への分岐だと書いてある。果たして小さな道標があった。地面が雪に覆われている今はこの分岐は少し分かりにくい。すぐに極めて明瞭な道になった。ずっと疎林だが、山の南面だけにどんどん雪が少なくなってくる。

八丁平への分岐。

10分ほどで林から飛び出したところが八丁平。

八丁平に出る。
八丁平。

かなり広い草原状の緩斜面で、南面がばーんと開けている。ものすごい大展望だ。見えているのは迷岳、古ガ丸山、池木屋山、国見山などの面々らしいが、全然山座同定ができない…。

山腹の水平道を通って、三畝峠に戻る。峠からは、避難小屋方向に戻らず、稜線通しに新道峠を目指す。こちらに来る人は案外少ない。このあたりには霧氷はまったくない。幅の広い尾根で、ブナや、落ち葉から察するにオオイタヤメイゲツなどの多い、いい感じの林だ。展望はあまりない。時々、正面に、冬枯れの樹冠越しに、トンがった高見山が見える。高見山は一昨年、やはり霧氷バスを利用して登った。

木の間越しに高見山が見える。

小さなピークを三つほど越える。三つめの1102mピークでまた休憩を入れる。持参したオニギリにはまったく手をつけていなかった。炭水化物も摂った方がいいと思い、ここでそれを食べる。

ブナ林の中の道。

すぐに新道峠。高見山まで続く稜線を離れ、北に下る。1102mピークのあたりで氷はまったくなくなっていたものの、北斜面のこの先には凍結部分が残っていることが予想された。なのでアイゼンは付けたまま。

新道峠。ここから右に下る。

道はすぐに小さな沢沿いになる。獣除けのネットが現れ、それを過ぎると左の小尾根に向かって再び登る。しばらく水平に進んでから下りになる。

水平道部分。
立派な霜柱。

最後にジグザグの丸太階段になり、林道に下り着く。

林道に下り着く。

林道に出たところでアイゼンを外す。靴紐を解いて靴を脱いでおいて外すことにした。雪の消えたあとも歩いてきたので、アイゼンの底は枯葉が何枚も重なって突き刺さり、文字通りのミルフイユになっていた。

舗装道路が凍結するとそれはそれは厄介だが、林道には雪も氷もほとんどなかった。滑空走法とコーナーショートカット走法1)で速度を上げ、みつえ青少年旅行村を目指す。

1)どちらもぼくのテキトーな命名。山歩きの際、山麓の退屈な林道歩きで、時間と労力の短縮の役に立つ。コーナーショートカット走法は、路面が安定していて、幅が広く、かつ蛇行していて、車がほとんど通らない道(林道のほとんどが該当する)で使える。コーナーの内側から内側へ、最短距離を取って歩いていくこと。林道を歩く距離が長い場合は、塵も積もればでバカにならない。滑空走法は、路面が安定していて、平坦な、あるいはやや下りの道で使うことができる。前に踏み出した足が着地するのをできるだけ遅らせ、一歩一歩の距離を伸ばす。
どちらも、多くの人が気づいて実践していそうな気がするのだが、登山入門書などで語られているのを、管見の限りでは知らない。

道路脇のつらら。
林道歩き。
旅行村に戻ってきた。

旅行村に14:15帰着。実にいい頃合いだ。旅行村の駐車場には、奈良交通のバスが四、五台止まっていた。その下のバス停で並んでいると、バスが一台下りてきて、タオルと温泉割引券を渡されて、行きに往復で買ってあったチケットの半券を運転手さんに渡して乗り込む。

タオルと入浴割引券。

15分で姫石の湯に到着。道の駅伊勢本街道御杖の中にある日帰り温泉。北東に大洞山の姿が大きい。西にのぞいているのは倶留尊山だろう。露天風呂スペースは広いが浴槽そのものは3m四方の方形に屋根のついたこじんまりしたもので、6人も入ると一杯。露天が岩風呂なのはこの日女湯になっていた方らしい。

姫石の湯。

16:00少し前、全員が戻ったことを確認してバスは出発。16:45榛原駅帰着。

不動滝から避難小屋までの登りはハードだったが、霧氷は見られたし、天候に恵まれて大展望だったし、温泉も悪くなかったし、満足度の高いコースだった。

考えたら1000m以上の山も昨夏の剣山以来だった。いかに薮山ばかり歩いてきたか、だ。そしてこれも『ベスト100』所収のコースなのでもあった。54コースめクリア。

打越峠から西おたふく山へ

2月も下旬の日曜、そろそろ三峰(みうね)山の霧氷登山に行く最後のチャンスかなとは思ったが、それには早朝に家を出なければならない。榛原(はいばら)からシーズンの土日のみ、登山口へのバスが出るのだ。しかし前日の土曜が色々とキツすぎた。早起きは前の晩早々に諦めていた。

しかし朝から天気がよかった。ここしばらくの間でもとびきりの晴天だ。なのでネギを刻み、湯を沸かしてテルモスに入れ、近場の六甲へ、西おたふく山に行ってみることにした。これも実は『ベスト100』が掲載しているコース。六甲はかなり歩いてきたが、西おたふく山へは行ったことがない。六甲主稜の中程、六甲最高峰と六甲ガーデンテラスの中間から南に伸びる大きな尾根の一つ。860mあたりの顕著なピークが山頂ということになりそうだが、そこには巨大な電波塔が立っているし、主稜部からそこまでは車道も伸びている。だからこれまで食指が動かなかった。

『ベスト100』のコース取りでは、岡本から歩き出し、打越(うちこし)峠、黒五峠を越えて住吉川の谷に入り、西おたふく山の尾根に取り付く。

岡本駅の南改札口を出て、コンビニに寄っていたりしたら、歩き出したときはすでに10:45ぐらいになっていた。駅東側の踏切を渡り、坂道を登る。右の尾根を登れば保久良梅林だが、岡本八幡脇の駐車場にも何本かの紅梅白梅があって、四分咲きになっている。

岡本八幡脇の梅。

境内を抜け、西側の急坂を登ると、突き当たりが登山口。

登山口。

八幡谷に沿った道になる。このあたりは深く狭く切り立った峡谷になっていて見ものなのだが、あまり話題にされることがない。

八幡谷の峡谷。

途中、二体の孔子像みたいなのの間を通り抜けると、古くくすんだ社があって、その奥に八幡滝がかかっている。

何の像なのだろう。
八幡滝。

自然木で手すりのようなものが設えられた急な石段を登り、道が平坦になると、南に海が見え始める。左手に「岡本バットレス」の手作りの道標があり、急斜面にトラロープが下がっている。さらに進むと「山の神」。石の祠があり、その背後で道は二つに分かれる。左に進むと、杉の植林帯の中のつづら折れの急登になる。そのつづら折れが終わり、山腹道になるところの右下に、知る人ぞ知る水場があるが、今日はほとんど水は湧き出していないようだった。

途中のお地蔵さん。

山腹の道を詰めると打越峠。12:10。小さな広場で、丸太ベンチが置かれているが、かなり朽ちかけている。左右に尾根道が通じ、十字路になっている。尾根道左(西)は打越山へ、右(東)は七兵衛山や横池に至る。横池からは、ロックガーデンから最高峰に至る「銀座通り」はすぐだ。正面(北)を下ると黒五谷を経て住吉川。丸太に座って休憩していると、西から東へ、東から西へ、北から東へ、何人もの人が通り過ぎていく。誰も立ち止まらないし、僕が登ってきた南の道へは、誰も下って行かないし、登ってくる人もいない。東から母親と小学校低学年の男の子二人という感じの三人組がやってきて、北に下っていった。つられるように立ち上がり、僕も北に下る。

緩やかな下りしばしで黒五谷を渡る。しっかりした飛び石の橋ができている。

黒五谷を渡る。

その先はゆるく広がっていて、ちょっとした庭園風。

庭園風。

ゆるゆると登って、小さな峠をもう一つ越える。

小さな峠。

下った先は住吉道で、ちょうど古い石畳が残っている部分だ。親子三人は左に、住吉方向に下っていったようだった。

石畳。

右に登るとすぐに石畳は消える。それから右斜面へ、高巻き道になる。この道がこんなに登らされるとは予想していなかった。途中、西おたふく山頂の電波塔が意外に近く見えた。

住吉谷から西おたふく山を望む。

もう一度石畳が現れ、河原に二度めか三度めに近づくと分岐がある。

再びの石畳。

左岸を直進すれば七曲りから最高峰。再び飛び石で住吉川を渡って、西おたふく山への道に入る。当初はこの住吉河原で大休止のつもりだった。ガイドブックもそれを推奨している。しかし季節のせいか、あまり落ち着ける感じのする場所ではなかった。

住吉河原。

それですぐに立ち上がる。この時点ですでに13:15ぐらい。出発が遅かったし、体調もベストではなかったから、場合によってはここから住吉川沿いにそのまま下って下山することも考えていたが、電波塔が案外近く見えたこともあって、再び登り始めることにする。右と左の足をゆっくり交互に前に出していけばいい。

道はしばらく平坦に、なおも住吉川に並行して右岸を上流に向かう。それから左へ登り始め、右に山腹を七曲りに向かう道を分けると、ジグザグの登りになる。西おたふく山の尾根先端の550mの小さなピークを回り込んで、鞍部に出る。急に西側の視野が開ける。このあたりで今日初めて、名残の雪を見る。

名残の雪。

次第に傾斜は緩くなる。この登り、『ベスト100』は、「このあたりの紅葉が美しい。ヤマツツジの季節も見応えのあるところ。少し急な登りも、赤、黄色のカエデやブナ、ナナカマドの葉が癒してくれる」と特記している。ほとんどが落葉樹で、林床はクマザサ。冬枯れの今も、確かに美しい林相だ。青空に、灰褐色の木々が映える。

熊笹の道。

マイナーな道だとばかり思っていたのだが、ジジババのグループが、二、三回、合計30人ぐらい、下ってくるのとすれ違った。その度、脇に避けて通過を待つ。まあ、ちょうどいい小休止になる。

山頂部近くには、ブナの森、小鳥の森、ツツジの森などと名付けられた周遊路が整備されている。下からここまでハードな登りを登ってきて周遊路をぶらぶら歩くことは想像しづらい。おそらく、上から車でやってきて、あたりをそぞろ歩くお客さんが想定されているのだろう。そういうお客もあまり多そうに思えないが。「ブナの森」の道をとり、小さなピークを越えて一旦やや下り、それから登り返すと、頂稜部の舗装道路に飛び出す。

舗装道路に飛び出す。

住吉河原からここまで1時間10分ほど。巨大な鉄塔の直下だ。左方向の先、駐車場だか広場だかになっていて、テントを張っている人がいた。そこまで行ってみなかったが、あまり展望はなさそうだった。ガイドには「南部に開けている頂上部の眺望の良い広場が休憩におすすめ」とあるが、それがどこを指しているのかはよくわからなかった。山の名前から、東おたふく山のような「草原」をイメージしていたが、そういう感じではない。鉄塔は、六甲山系に立つ塔の中でもおそらく一二を争う高さで、てっぺんに白い球を載せた姿はあちこちから目立つ。

休憩は諦め、車道を右に歩いて鉄塔の下を回りこみ、進んでいくと、メインの車道(ベルビュー有馬ロード)に合流する直前、(全山)縦走路の入口が左手に現れる。

縦走路入口。

車道と平行に、登山者のために付けられている道だが、平坦な車道と違っていちいち小さなピークを越えていくので、けっこう骨が折れる。全山縦走ってやったことないけど、全縦の人たちは、この道をいちいち登りくだりするのだろうか。須磨からここまで来たら、絶対に車道を歩きたくなるに違いない。階段を登って車道脇に下り、また階段を登る。

階段登り。

その二つ目のピークで大休止にする。山頂には「本庄山」という古めの石柱があった。登山地図でもガイドブックでも、このピークがそういう名前だという記述は見たことがない気がする。OK、ここは本庄山なのだ。ここで休憩にしよう。南北両面の展望が開けている。南は神戸市街から海、北は有馬や三田方面。

本庄山の石碑。

もう3時だったが、ここで本日の山メシ。例によって「げんさん」レシピで、「すき焼きそぼろうどん」。これをやるために、「今半の牛肉そぼろふりかけ」も「寿がきやの味噌煮込みうどん(乾麺)」も、わざわざネットで取り寄せたのだ。

すき焼きそぼろうどんの材料。
すき焼きそぼろうどん。

たっぷり休んで、下って車道に出る。この先、今度は車道の北側に登山道が続いているのだが、腹も重くなったし、そのまま車道を歩くと、極楽茶屋跡。ガイドではここから北に、旧版では紅葉谷、新版では番匠谷畑尾根から湯槽谷峠経由で、有馬に下ることになっている。この新版でのコース変更が道の崩落によるものであること、しかし実は現状ではこれでは回避になっていないことは、以前に書いた

かろうじて明るいうちに有馬に下り着くことは不可能ではないと思われたが、標高差800m以上の登りで歩きは堪能した気がしたし、最後に炭屋道を登り返すのはちょっと気が進まない。有馬への下りは諦め、そのまま西へ車道を歩く。16:00、ガーデンテラス到着。16:37の山上バスで六甲ケーブルの山上駅へ。ガーデンテラスから乗車した観光客の大半は中国語を喋っていた。先日の京都のみならず、こんなところにまでお越しになるのだなあ。あとは日本人の若いカップルが二、三組。日曜のことで、途中の六甲スノーパークから大勢の親子連れが乗ってきて、小さなバスは満員になった。やはり満員のケーブル、神戸市バスを乗り継いで阪急六甲駅へ。

西おたふく山、山頂部はやっぱり今ひとつだったが、そこに至るまでの道は思いの外いい感じだった、と言っておこう。

番匠谷畑尾根や紅葉谷道は以前に歩いているので、これで『ベスト100』のうち53コースめ踏破ということにする。